王城 その2

 王とは国の絶対主である。その王が座る居室こそ、国の顔だ。舐められてはいけない。侮られてはいけない。

 外国の要人、客人、自分の配下たる貴族に自身の権威を見せつける重要な部屋なのだ。


 そのため、この居室が王国で一番金と力が注ぎ込まれていた。


 高価な装飾品などがあちらこちらに飾られ、床には赤いカーペットがしかれている。また床は鏡のように反射し、汚れどころか塵一つないように思えた。


 この部屋は、窓が無かった。自然の光がささない。


 なのに明るい。幻想的な白色の光。自然界で見るならば、まるでオーロラだ。決して火を使っているわけでもない。


 目を奪われる優しくも神々しい光。自身を上位者として価値をつけるにはもってこいの光でもあった。


 全ては演出。光は全ての劇で要となる重要なもの。


 ここは、王を演出するための劇場なのだ。


 その光は、上、下、左、右。ありとあらゆる方向から放たれている。

 よく見てみれば、壁、柱、床のところどころに設置された結晶が光源となっていた。その反射によって照らされているのだ。


 この部屋自体の色は白だが、結晶の光がその色を変色させていた。全ての物質は光によって色がつき、この部屋は自然光によって白色と定められている。そこに結晶の光が混ざった事により、ただの白色が淡く幻想的なものとなっていた。


 何もしていない結晶は透明なものだ。


 魔力結晶は採ったばかりでは光を放たない。さまざまな加工によって輝きと色をつける。魔力を強くこめればこめるほど、淡い色になり、弱くこめれば、濃い色へと変色する。


 人間が手を加えない限り、色がつくことはあまりない。


 特定の色を持たない結晶は、元々ある光を増幅する力があった。常人には終えない魔力の光を吸収し、増幅。それを放つのが結晶の本来の力だ。


 ときおり、採ったばかりの結晶が光を放っているのは、その土地に魔力がこもっているからでもある。だが、それは滅多に無いことだ。一攫千金の宝物を掘り当てるより難しい。


 また一つが凄く値段がはるものでもあった。


 そんな幻想な光に満ちた部屋の奥には小さな段差がある。そこは少しだけ地面が高くなっており、宝飾で彩られた大きな椅子があった。


 玉座だ。


 玉座に男が座っている。頬杖を付いた、白髪が生えかけた男だ。年をとった人間であるが、その眼光は老いを感じさせない鋭い眼光があった。


 王国を何百年も支配してきた一族であり、この王国の絶対主。王が座っていた。


「ようこそ。」


 短くまとまった言葉。それが最初の王なりの挨拶だった。簡潔に済まし、入り口で待機している客人たちを歓迎する。


 こちらに招くように手を振るう。


 一国の権威者は、誰に対しても短く済ませる。言質をとられないためでもあるし、簡単にすむからでもある。


 参加者達は、王の手招きによって行動を開始した。彼は皆の真似をした。


 部屋の両脇には王国のそれなりの地位を持つものが控えており、高台の周りには近衛兵が控えていた。


 中央まで騎士の案内で参加者達は動いた。そこから騎士は小声でここで待つように指示を出した。指示を出せば後は任せたといわんばかりに騎士は足早に出口にむかっていた。


 王が目配せで脇にいる近衛兵に指示をだした。簡単なことだ。権力者とは図が高い。


 それは自分だけ許されることで、他者は許されることではない。見逃せば、自身の権威を疑われる。


 かならずやらなければいけないことがあった。


 参加者達にたたせたままではいけない。気遣いではない。


 近衛兵が大きく口を開いた

「王の面前だ。控えろ」


 王の前では、片膝をついて、ひざまづくのが礼儀だ。権力者に対しての大体が媚をうること、自身を下に取り繕うことから始まる。


 それは常識だった。


 王国では。


 隣国でも。


 どんな偏狭の村でも。


 常識だ。


 言葉とともに、参加者達は膝を床につけた。頭はたれて、下をみるような格好だ。これこそが、身分が低いものの正しいあり方でもある。


 一人以外は全員ひざまづいていた。どこかで息を合わせたのではないかというぐらいぴったりのタイミングだった。


 命令には絶対。それはどこの国でも常識であり、即座に行動するのが当たり前なのだ。


 だが一人だけはそうはしていない。


 言うまでもなく。


 彼だった。


 何をすればよいのか戸惑っていた彼はすぐに動けなかった。他の参加者たちは一緒のタイミングでひざまづいた。


 それしかわからない。


 混乱だ。どうすれば、どうしたらよいのか。


 反応が遅れるとかではなく。


 彼にはこの常識なんかわからなかったのだ。


 まねをしようにも何か手順があるのかもしれない。面接でもノック、挨拶、座る、話す、立ち上がるといった簡単なことひとつでも余計な付加動作がつくのだ。椅子に座るのでさえ、入り口側の椅子でたって、面接官の許可を待つ。立ち上がるときもルールがある。面倒な手順があるように、ここでもそれがあるのではないか。


 そういった悩みが彼を混乱させていた。引きこもりであり、社会的弱者の彼は、その場で臨機応変に行動するのが苦手だった。


「貴様何をしている!」

 とがめるような声が近衛兵から放たれた。

 近衛兵が一人だけ立つ彼をにらみつけている。絶対の権力者である王の前で無礼は許されない。殺気のこめた視線にさすがの彼も引きつった表情となった。


 表情の乏しい彼は、普段使わない筋肉を使っていた。それは権力者や人前ということで、引きつっていた。彼からすればどうすればいいか迷っていただけだ。


 だが第三者からみれば違う。


「…」


 笑みにみえた。


 狂った笑み。頬をゆがませた彼の表情。大会で行った悪逆と重なり、意図しない方向へと進む。


 ありていにいえば、権力者に逆らう姿にみえる。命令に不服従。暴威を撒き散らした彼の行動は、ここで王に対して唾をつける行為をもたらした。



 彼を横目でみていた参加者達は、顔が凍りついている。大会で恐ろしさをしった参加者達。彼への誤解はこういう所でも本領を発揮する。


 王の前ではまともだと思った。


 それはありえなかったのだ。


 彼こそ知性の化け物だ。いかなる弱みを突き、そこを踏み潰してきた彼。やってきたことが彼を馬鹿だと思わせず、何かを企む悪魔の姿に見せていた。


 王に対しても。


 支配者は変わらない。


 それがわかった。敵に回してはいけない。関わってもいけない。狂った獣に壊れた支配者に。


 常識は通じない。




 ただどうすればよいのか。迷っているうちに皆座っていた。そういう感覚であり、この世界の常識が彼はわからない。


 近衛兵が剣に手をかけた。彼に対しての警戒のためだ。王の前で無礼をするものは許されないし、見逃せば沽券に関わる。


「貴様!!!」


 憤激の声。近衛兵の一人が発したものだ。王の前だからこそ、機械的に動いてきた兵だ。その機械も王の前でふざけたことをすれば、簡単に人間に成ってしまう。


 彼の魔物が彼を心酔するように。


 近衛兵も王を心服していた。


 彼は、その言葉にようやく、戸惑いの中で硬直していた体を動かした。他の参加者たちと同じように膝をついたのだ。


 手順がわからない。だがやらなければ、いけない。そういった思いから適当に動き出したのである。面接ならば、ノック、入る、座る、出るといった大まかな流れがあるのだが、ここでの流れはわからなかった。適当にひざまづいたのだ。


 もし、間違っていても殺されることはないはずだ。


 そういう逃げもあった。




 閉会式がはじまった。


 横一列にならび、ひざまづく参加者達。後方には、参加者達の仲間やら離れていた。あくまで、参加者達が呼ばれている以上、関係ないものは下がるのがルールだ。最初は一緒でも、閉会式のときには離れるのが当たり前だった。


 

 彼の魔物たちもそのルールに縛られる。彼の後ろでは家族が待っていた。彼の常識から考えれば玉座の間に魔物をつれてきてもいいなんて国の防衛的に悪いのではないだろうか。


 参加者達の武器は取り上げなくて良いのだろうか。


 そんなことを思っていた。あいにく王国の中で玉座の間ほど安全な場所は無い。近衛兵が守るのもそうだが、王自体もかなりの実力を持つ戦士なのだ。


 今でこそ椅子に座る道化を演じているが、本来の王は暴力が得意の人間だ。それこそ参加者達から武器を奪わなくても良いと余裕を持っているぐらいだ。


 武人たる王だからこそ、人から武器をとるようなまねはしない。それは戦う人間に不安を与えるようなものなのだ。


 誰も信じられなくても、武器だけは信用できる。そういう考えから人から武器を取ろうとはしなかった。


 またテイマーたる彼の魔物を奪わないのはそのためでもある。



 彼は何も言わない。


 彼の安全常識から、武器や魔物に関して思ったが口に出すことは無い。一度ならず二度も目をつけられたくないのだ。いくら混乱してても、王が定めたルールに違反したのは彼のほうだった。


 列から関係のないものが後ろへ下がるように、関係のあるものは前方へでていた。


 第一本選で負けた参加者達が前へに出て、ひざまづく。



 王は立ち上がり、歓迎するように手をひらいた。


 高台から見下ろされるようではあるが、権力者としての正しいあり方をしているようでもある。


 貫禄ある権力者は大袈裟ではあるが、必要なものを行うのだ。


「第一本選出場者諸君、わざわざご苦労。諸君らの検討により、ここに大金貨1枚を授与するものとする」


 手で脇に控える部下を呼び寄せた。近衛兵が応じ、前方に出ていた参加者達のところまで歩き出した。


 近衛兵は参加者達の前についた。

 つけばやることは一つだけだ。参加者達の手に大金貨を渡していくのが命令だ。それを実行していた。


 参加者達はひざまづきながら、兵が前に着たら顔を上げ、手を出して、受け取る。渡す兵の機械的な作業。受け取る参加者達の受け取る流れ作業。

 お互いはお互いの役割をはたしていた。

 参加者達は常識として知っていた行動を行っているだけだ。常識だからこそ、ある程度はできる。もし少し下手でも咎めるものはいない。王も変なものは見ないようにしてくれるだろう。


 下のものが上のものの礼儀をできるわけがないと思っているからだ。だからこそ、寛大な心で見逃すことが出来る。


 だが兵は違う。常識とは別のものがあった。


 教育だ。

 徹底的に訓練された王のための兵。それは王の手足だ。手足たるべく無様な姿は見せないように叩き込まれている。そのゆえ失敗は許されないのだ。



「下がれ。第二本選出場者前へでろ。」


 大金貨をもらった参加者は列に戻り、代わりに第二本選出場者が前へとでた。


 出たのを確認したようにうなずいた王。

「第二本選出場者に対しては、大金貨2枚だ」


 その命に従い、今度は大金貨2枚を渡す近衛兵。先ほどと変わらない流れ作業。ひざまづき、兵がきたら手を差し出して受け取る。参加者達のその場にあわせた行動、見事なものだった。


 臨機応変。


 その場面に合わせた適切な行い。それを簡単に行える時点で彼は絶対勝てないと自覚していた。


「次は第三本選出場者だ。大金貨3枚。残り二名だ。優勝者もでろ」


 第三本選出場 つまるところ決勝戦出場者。


 第二本選出場者が戻り、今度は彼のばんだ。彼は立ち上がり前へと出た。また勇者も同じようにしていた。彼が内心びくついたように歩き出し、勇者もまた心のうちに恐ろしさをひめて歩き出していた。


 勇者はこう思っている。


 支配者は何かをしでかす。


 武器は取り上げられていない。だが支配者もまた武器を取り上げられていない。魔物もそうだが、噂ではアサシンの類とも言われていた。


 最悪とめる。その覚悟をもって前へ進んだ。



 彼はこう思っている。


 優勝者おめでとう。


 彼が優勝したのに、自分では優勝をしていないと思う哀れなピエロ。王が道化を演じているが、彼は道化そのものだった。


 列から離れて前へでた二人。その二人は位置につくとひざまづいた。顔を下へ俯かせ王や近衛兵の反応をまった。



 王はうなずいた。

「二名のよき勝負、決勝戦にふさわしいものだった」


 嘘だ。

 クキ以外の参加者達全員が思った。クキ自身は彼の戦い方を認めているため何も思わなかった。


 他の参加者達は考えが違う。あの戦いどころか大会自体が彼の手のひらで遊ばれていたのだ。どんな人間も亜人も単純な実力でこそ上回るのに、それを発揮させなかった悪魔。


 精神的な布石を打ちはなち、思った展開に進ませた悪意の天才。


 大会はルールのある戦いの場だ。ゲームといってもよい。金が動き、人も動く。感情や実力をただ発揮するものだと思っていい。


 それが違うものへと変更させたのは、何をかくそう自分達の前にひざまづく彼なのだ。


 自身たちとは違う物事を瞬時に思い浮かぶ悪魔。その悪魔は王の前でも不服従の形を示した。悪意の天才は、瞬時に頭を回転させて行動したのだ。それが不服従という王国では一番やってはいけないものだ。


 馬鹿でもやらない。だが彼はやった。やってしまったのだ。常人の感覚でいえば危険な一手だった。それを躊躇せずに行った彼は本当の意味で狂っている。


 常人がやっていれば、命知らずの馬鹿だ。


 悪意の塊、知性の化け物がそんな枠に当てはまるわけも無い。


 誰もがやらない。


 誰もしない。


 そんなことをやって勝ち進んだのが彼なのだ。


 下手すれば死んでいる。


 命の価値を誰よりも知っている参加者達だ。何事にもかけがえのないものだ。そんな考えから彼の博打のような手は理解できなかった。


 彼は命を賭けにして行動したのだ。


 何かをしでかす。


 何かを企む。


 こいつは危険だ。誰かがとめてほしい。自分達からは動くつもりは無い。彼の敵に回したくない。死にたくない。壊されたくない。とくにクイナ本人は彼を敵に回すぐらいなら逃げ出す選択肢をとるぐらい怯えていた。


 問題はおきませんように。


 クイナが強く神に祈っていた。また他の参加者たちも思っている。クキ以外。


 困ったときがあれば人は大抵神に頼む。助けてほしいときも神様へと祈りをささげるのだ


 そんな都合の良いときだけの神頼みであるが、今この瞬間彼を見てきた人間は祈りをささげたのだ。


 参加者達の些細な祈りの中、物事は突き進んでいた。


 第三本選出場者へ褒美授与。


 優勝者へと褒美授与。


 第二本選出場者までは数名いたため、出場したという数字のみで扱われるのに対し、第三出場者を出たものは数字ではなく、名前を使われる。



「第三本選出場者、ニゼル・グミニスン。大金貨3枚を渡し、諸君の戦闘に敬意を払うものとする」


 勇者の名前。ニゼル・グミニスン。


 近衛兵が読んだのは彼の名前ではない。今呼ばれたのは決勝戦出場者に対してのものだ。彼も第三、つまり決勝戦にでたが呼ばれないのは勝利したからだ。どんな物事も良い順位を紹介するのは遅れるものだ。後へ後へと伸ばし、人の注意を先のばす。そんなのは誰もがしっていることで彼もまた知っていた。


「...!」

 彼の心は驚愕よりも愕然としていた。考えていたことと違うのだ。他の参加者たちと同じようなことをすればいいという安易な考えがあった。


 しかし違うようだ。戦いの場から離れようとした自分と戦いの場で残った勇者。勝つのは普通勇者のはずだ。


 残念ながらそれでも彼の表情を崩すことはなかった。命の危機でもない限り滅多に彼の顔は変わらない。


 無表情。


 優勝なんて当たり前だったという勝者の風格。負けることなんかもないし、そんな考えも無かった。絶対強者の姿がそこにある。


 ここにいるのは当然だ。


 第三者からすればそう見えた。


 彼はもはやどうすればよいのかわからなかった。

 自分が思っていたことと違う結果になった。口を開いて抗議したい。だが感情よりも理性が勝つ文化人は思いとどまってしまった。


 疑問の声をあげたい。


 だが場の空気を読めば、ここではおとなしくておいたほうがいい。彼は無難を好む。結果声をあげなかった。


「はっ」


 勇者は応じ、顔をあげた。そして恭しく目の前にいる近衛兵から直接大金貨をうけとった。


「ありがたき幸せ」


 礼をいい、また頭をふせた。自身の順番が来たら動き、終わればすぐに身をひく。簡潔に簡単にすませる王とそれにあわせた勇者。


 勇者は有能だ。

 それと比べ彼はどうだろうか。


 無能の一言で終わる。

 緊張にのまれ、あせりも出てきた。同じ事をすればよいとはわかっているが、それをするだけでも心に負担がかかった。


 人と同じ事をするというのは、比較をうむのだ。


 簡単なものからいえばこいつは同じことやって遅い、早いといった誰もが経験する速度比較。あいつが出来て、そいつは出来ないという出来比較もある。言わないだけで沢山の批評が生まれてしまうのだ。


 自分ができないから他人もできない。誰かがこれを簡単にやったから、お前も出来るという謎の民衆意識を生みだすこともある。


 だからこそ、恐ろしい。



 戦慄した。面接よりも厳しい。会社の人事の人間や社長と離すことよりも恐ろしい。


 相手のレベルが違うのだ。

 一企業の長を相手にするとは違う。



 相手は一国の主だ。


 悩む思考の中で、ついに彼の番が訪れた。


「優勝者 サツキ マダライ  大金貨5枚を渡し、諸君の功績を評価する。また望みがあれば、できる範囲でかなえよう」


 寛大な権力者は、実力を示したものにある程度の望みをかなえるという。それは彼が予測していた内容と違ったものだった。


「・・・」


 他の参加者と同じように流れ作業で片付けてくれるだろうと考えていた。だが王国でも有名な大会で優勝し、王城までこさせた実力者を流れ作業で片付けるわけにもいかなかった。


 面子があるのだ。権力者は人を利用し、命令する。そこに対価や報酬といったものをしっかりと行うことで、よき支配者であることを理解させる。働いた分の給料、命令を聞いたものへの褒美。そういったことをかかさずやることにより、人の忠誠を培ってきたのだ。


 近衛兵が彼の前にやってきた。手にもつのは大金貨5枚。彼は顔をあげ、渡される大金貨をうけとった。その兵の顔にはわずかな強張りがあった。


「...ありがたき幸せ」


 勇者と同じせりふを放つ。彼はまねをすることで自分を無難な存在としようとした。しかし独特の間と人形のような無表情さが不気味さを生んでいる。


 王の前で不服従、優勝者として素直に祝えないほどの悪行。王国の貴族の間でも彼を呼ぶのはやめたほうがよいといった意見が強かったのだ。


 流れは、彼をよばず他の参加者たちを呼ぶという展開になりそうだった。


 だが王がそれを握りつぶした。長年続けてきたことを彼一人のために例外を作れば王国は近いうち軋轢を生むだろうとした言葉によって反論や批判を揉み消したのだ。


 それを知っている近衛兵の顔はとても緊張にまみれていた。大会を魔物の中でも価値が無いもので勝ち進ませた実力は正直怖いものがあった。


 王は強い。近衛兵自身も強いと自負している。


 それなのに、不安が切れない。目の前でひざまづく彼が本気で動いたら、防げるだろうか。


 守れるだろうか。


 兵の手は剣に手をのばしていた。それは不安が生み出した反射行動。目に物が飛んでくれば目をつぶるのと、熱いものを触ればすぐに手を離すといった無意識な行動と一緒だ。


 無意識で、剣をにぎっていた。いつでも抜ける。いつでも切れる。王のそばにいる近衛兵たちも皆剣を握っている。


 彼はそんな様子を気にするほどの余裕はなく。

「....」


 望み。


 願いをある程度かなえてくれるという。




 それは彼が考えていた以上の余計なものだった。そういうものを持ち込まれ頭がパニックになっていた。


 思考の波に溺れた。


 その波にのまれ、パニックとなったものが全てではなく、冷静な部分もわずかに存在した。それが導きだしたのは今の立場を考えることだった。


 自分は今、何をしているのか。


 ひざまづき、王の前で媚をうる人間。そんなのではなく、彼の立場、本来の立ち居地だ。


 無職。


 草をとる仕事は本当の仕事とはいえないかもしれない。

 草をとる仕事があるとすれば、草取り職人なのか。否、それはありえない。彼が望んだのは正社員だ。


 冒険者でもない。


 派遣社員でもない。


 ただの保障がある正社員。


 でも今、彼はある意味フリーターと呼ばれるものにそっくりだ。その場限りで生をつなぐ、派遣社員よりも境遇が遥かに悪いものだ。


 探そうにも、見つからない。


 見つけたとしても働けない。雇ってくれない。


 住所不定の無職を雇うものがどこにいるというのか。


 就職をするには確かな立場というのが必要なのだ。無職、住所不定の彼ができることなど草取りぐらい。能力も低かった。


 それ以上に。


 能力が低すぎるのはおいておいて、絶対必要なことが一つある。


 彼は頭で言葉をつむぐ。能力以前の問題が彼にはあった。無職とか以前の問題でもある。住所不定どころの騒ぎではない。


 考えた中で彼は組み合わせた問題、絶対必要な条件を今この場でクリアすることにした。


「…身分をいただければと思います」


 平民が貴族へ。


 そういう風に聞こえる内容。


 彼の声は小さいが、玉座の間ではなぜか響いた。その言葉は、わずかな静寂を生み、憤慨するものがあらわれた。


 平民が何を望む。


 そういった貴族上がりの者達の声。陰口のようにひそひそと囁きあい、木霊する。


 王は困惑したようだった。


「さすがに、平民を貴族にするのは不可能だ」


 そう、いくら大会で勝ったとはいえ、その程度で平民は貴族へとなりあがれない。


 それをわからぬほどの愚か者か。彼を知らぬものは思い、知っているものたちは、何かしでかす気だと予感した。


「...そうではありません。貴族になろうとは思いません。」


 一つ呼吸をはさんだ。

 就職で絶対に必要なもの。


「…この国の民として認めていただければと思います」



 確かな身分。


 住所を手に入れるにも。仕事を得るにも。


 何かをするにも絶対に必要なものは、国籍だ。


 それが何より大切なのだ。


 あって当たり前、ないのがおかしい。不確かで浮いていた社会的立場。ふわふわと風船よりも空に舞い上がりそうな軽さの彼は、地に着く重さを欲っしていた。


「というと、お前は、王国の民ではないのか」


「....孤児なのです」


 深くはいわない。


 察してほしい。


 そういった嘘をつく。


 彼は突然異世界にとび、この国にやってきた。もし異世界からやってきたといっても本当のことをいっても馬鹿にされる。


 彼の立場によくにたものとすれば、不法滞在というものだ。彼が外国からの不法滞在といえば、誰もが納得するかもしれないが、手に入りそうなものが遠のくかもしれない。


 無難なことをする。


 彼の大好きなことのひとつだ。



 自分を孤児として扱う。戦争で孤児になったのではなく、ただ親がいない前提で動くことにした。亡くなったとはいわない。日本で元気に生きている両親を想像の中でも殺したくはない。


 あくまでこの世界では孤児として嘘をついた。





 王が考えていたことは一つ。


 国民になるのは、簡単だ。冒険者や騎士になればよい。また各町にある行政の管理事務所のところにいけば、条件を満たし、期間をもってなることができる。


 王の前でいうことではない。


 王国の民になるということは、王の権利の中に入るということだ。



 そんな彼が、玉座の間でなぜ不服従という命令違反を起こすのか。



 謎が謎を呼ぶ。


 獣が仲間と群れ行動するように、謎は謎とくっついて動き出す。何をするにも、しでかすきでも、この程度をかなえられないほど王は弱くはない。


 彼がやった行動は一つ一つ意味がある。王に直接言う必要があること、不服従などといったこともあわせた中で一つの答えがうかんだ。


 王の支配下に入るが、命令を聞くつもりはない。


 彼が言いたいことはそういうことなのだ。



 ふざけている。激情にもまれそうになる王だが、ここでは必死に抑えることにした。また会場の空気も最悪だ。


 王に対し、お前の下では動かないといったのと同じなのだ。侮辱よりも恐ろしい危険な一手。



 いつのまにか全ての人間が彼から目を離せなかった。



 ここにいる人間全てが彼に細心の注意を払った。


「よかろう。その程度ならば叶えてやる。だがそれは望みとは呼べぬ。もう少しましな願いをいえ」


 王が答えたのは、支配下にいれてやるし、主導権は自分のものだという意思のものだった。


 彼の望みを望みとして扱わず、別のものを望みとする。


 そういったやりとりが短い言葉の中に入っている。



 彼からすれば、身分がもらえれば御の字。他には何もいらないです。といって安い宿に今すぐ戻りたいぐらい余計な追加事項。


「....ありがとうございます」


 しかし不満は口に出すことはなかった。


 主導権は王にくれてやった。それがこの場での評価だ。だが、そんな単純なことで終わるような彼ではないというのが、参加者以外にも薄々感づくものが現れ出していた。


 リスクが大きい。

 とっさの判断力や行動にすぐれる彼が、危険を犯したのには意味がある。これはその序の口なのではないか。


 そういった不安を持つものが少しだけ現れていた。

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