人形使い 18


 雲はカシックスの森に侵入。木々の生い茂り、足元が草花で埋め尽くされた。人の手も届かず、視界の先すべてらが緑一色。されど雲にはわかる。老婆の独特の匂い。それは臭いというより清潔さを保った人間のもの。匂いは確実に残り、行き先を痕跡として残している。




 自然の中に異質なにおいを頼りに雲は駆けまわった。木々をはねるように舞い、時には地面を駆けて突き進む。




 そして、人の手で開かれた区域を発見。




 草花が根元から刈り取られ、円状のサークルとして開かれた場所。




 その中心に老婆はいた。




 木々から飛び降り、その区域に着地。




 老婆は雲に気づき、攻撃の手段を展開。サークル全体が輝き、そこから幾つもの輝くつぶてが構築された。老婆と雲を埋め尽くさんとばかりの数が宙に浮かび上がった。光のつぶてが老婆と雲の上空まで浮き上がり、そして勢いをつけ襲い掛かってくる。老婆も雲も無差別に狙われた、つぶての弾丸。その速度を目でとらえるのは難しく、ましてや避けることすら不可能。






 属性は光。




 魔王にとって最悪の結果をもたらす戒めの属性。






 ただの魔王であればこの一撃を食らえば能力は半減する。二度と戻ることのない制限を永遠に受ける。








 つぶての弾丸が雲の脇腹を貫く。されど血液はあふれず、進行は止まらない。雲の両手を傷つけ、蜘蛛の足数本が吹き飛んだ。それらによって足元がおぼつきもしたが、されど目標はただ一つ。




 老婆の体も傷だらけ。されど致命傷だけは独自の手法で防いでいた。魔法による急所の防御だけをし、肝心な場所は放置。自滅を狙っての雲殺害をもくろんでいた。






 雲は足を止めない。




 老婆も魔法をやめない。






 だが突き進む以上、やがて辿り着いた。




 肉薄した力を籠めた両手を後ろに引き絞る。老婆は最後の手段とし、つぶてを集約、お互いめがけて落下。




 雲の両手が老婆の腹部を貫き、そのまま左右に引き裂いた。




 老婆の上半身と下半身がわかれ、地面に落下。その直後に雲の頭上めがけて光が落下。致命傷を避けるため、体をずらすものの背中が焼けた。光の祝福が魔物たる雲に染み渡る。いくら混沌の化身であってさえも、この熱量の祝福を前に苦悶の表情を浮かべた。




 悲鳴は上げないが、それですら厳しいものがあった。






 耐えて、地面に転がった。直撃した途端雲に吸い込まれるように溶けた光。それらが雲をむしばみ、くるしめ続けた。




 地面に落ちた老婆の目がぎょろりと動き、挑発している。その目がある以上、雲は苦しんでも悲鳴は上げない。死にかけの老婆と、生き残った雲の差。目先に迫る死を前に、余裕すら残す老婆。死を回避し、生を手に入れたものの、余裕がない雲。






「終わりだねぇ・・・終わった。・・・だが私の勝ちだよ・・・未来はつながった」






 勝利宣言をし、老婆は嘲笑を浮かべたまま息絶えた。








 雲は胸元をかきむしり、皮膚を爪の内側に残す。意地が、祝福の思い通りにさせない。






 雲はもはや魔王ではない。




 別種の属性。




 混沌の化身である。




 悪意も善意も魔力も命も兼ね備えた異常な魔物。これらを手に入れる未来を知らない老婆では想像つかないだろう。魔力だけに頼り、魔物として生きるだけの存在しかしらない者に決してわからない。






 善意を体内で駆け巡らせ、祝福と属性を一部同調させる。命を祝福に対抗させる。悪意をもって体内で蝕む制限の力を封じ込める。魔力によって体力を維持させる。これらができるのは雲という魔物のみ。




 制限能力も魔王には聞いても、混沌には届かない。






 だから耐えて、そして何事もなく終わった。






「・・・ざまあみろ」






 老婆の最後の攻撃は終わった。そう雲は断定し、転がったまま老婆の頭部に中指を立てた。




 雲はやがて立ち上がる。




 そうして思い至る。




 彼の指示を無視した。わざと無視し、はじめから殺すつもりであった。されどここまで被害を食うつもりはなかった。この体に残った傷は一日で消えやしない。彼に見せればいろいろと推測されることだ。




 老婆を殺さず見逃す命令は無視。




 命令に従っている最中に攻撃を食らって、殺したとでも言い訳は立つ。




 だが彼を前にそんな未熟な嘘は意味がない。見抜かれて、追い詰められるだけだ。




 無傷で戻った場合においても別の推測を立てられることだろう。だが少なくても傷を負うよりは疑われない。通常の人間であれば、無傷であることを疑うだろう。だが彼は常人とは違う観点を持っている。






 極力、無傷を装いたい。




 だから雲はこの日彼のもとへ戻らない。




 だが殺した以上、必ず利益が欲しい。だから老婆の死体から右手をもぎ取り、首から声帯を奪った。




 そして森を迂回するように、ベルクの別門へと向かった。






 






 そんな雲を尻目に事態は急変。




 魔物と人形の戦闘。魔物の勝利という形で結果を迎える瞬間にそれは起きた。




 人形使いの最後の仕掛けが発動した。






 男子たるアルトは女子であるミズリにもたれかかっていた。ミズリの正面にもたれ、呼吸は荒い。体をえぐり取った大きな傷があった。彼からみてアルトの背中。その背中からミズリの正面が見えるほどの大きな傷の開き方。その形は剣の形をしていた。立った状態での持ち手の部分が首に当たり、刃先が下半身に向かうような傷口。肺の部分は鍔のような形をしてもいる。




 息をしているのは人形であるからだろう。




 人間であれば即死。






 もたれかかったアルトの体を無視したまま、動じもしない。




 年頃の女子にしては、落ち着きがありすぎた。




 目から光を失い、自我を失った人形のそれ。感情も消え去り、ただの本来の目的として生まれた意義を取り戻した人形そのものだった。




「完成しました。偉大なる創造主様。この世に生まれた聖なる剣は人形の命を吸い、偉大な御方の最後の輝きをもって、この世に誕生いたしました」






 アルトの足元からのぞける銀の輝き。それは切っ先のように見えた。切っ先が地面についていない以上、握られているのだろう。それはアルトの手ではない。ならばミズリの手しかない。銀一色の剣をもち、悲鳴もない。




 そのくせ隙間から見える輝き。彼の目でも視認できるほどの崇高な光をまとった剣。通称、聖剣。






 この一連の人形騒動の真なる目的。




 人形の素材は人間である。その残された命の残骸を効率よく吸い取るための策。殺すだけではだめで、人形から離れ切らない意志なき魂の分離。それは人間同士ではできない。他種族が介入することによってのみ、起きる分離。




 他種族に対しての嫌悪。憎悪、衝動。




 それは魔物に対して強く生まれる感情。それらが魂を死んだ肉体から引きはがす術。




 その分離された魂を吸い取る装置、それがアルトである。意志がある聖剣の持ち主、アルト。聖剣を軸に生み出された人形である以上、聖剣が体から引き抜かれれば、その分大きな傷を覆うのも同じことだ。




 ミズリは意志ある聖剣人形を人間たらしめんとする補助装置。




 聖剣は持ち主が危機に陥れば陥るほど、外部から力の吸収を加速させる。持ち主を保護するため、意志に沿った力の入手を遂行。




 だから追い詰められ。




 苦しめられ、




 どんどん力の吸収はされていった。






 所詮はその程度の人形。




 人形に意志はあっても、いつだって誰かの願いによって上書きされる消耗品。




 これは人形使いの死によって、意志制御が損失する仕掛けなのだ。




「・・・残念ながら・・・」






 されど意志は常に推測される。誰かの受け売りでしかない時代の流れ。彼はすでに対策を打っていた。


ミズリの小さな手がアルトの体を跳ねのける。体で隠された視界を取り戻したミズリに向かうものは一つ。




 成人男性ほどの影が新たにミズリの視界を覆っていた。




 その陰の中で存在を放つもの、短剣の輝きだった。




 ぐさりという音を立て心臓の部分を穿った。人口の皮をつらぬく感触が彼の手元に伝わる。されど血液はまぎれず、ただの感触のみ。人間の肉体らしからぬ物体そのものの感触。だが間違いなく死傷に至るものだ。




 何もする気もない底辺からの一撃。




 そもそも誰も予測しておらず、ただ予想外のことに沈黙が落ちた。




 知性の怪物は魔物を優先した戦略を持つ覇者である。自分が動くよりも配下に任せて、指揮を執るタイプだと思われていた。それが本人自体が動くことによって、大きな作戦が崩壊した。




 覚醒間近の人形は聖剣を手にし、魔物を殺す。魔物の命が聖剣を通し、人形を本当の意味で対魔物用の兵器に仕立て上げる。これは人間を知り学んだものが起こした結果だけの戦略。




 個人を知り、個性を尊重する宗教上の常識。その常識から導かれた予測は崩れたのだ。




 彼が人形の心臓の部分を突き刺した以上、待つのは死。




 いや故障。




 人間のようにこだわった人形であるならば、死ななければいけない。壊れなければいけないのだ。






「・・・こんな展開になると思っていました。・・・だから過程は大切なんです・・・結果だけが全てじゃない・・・結果だけが全てならこんな結末に対して、どんな思いでいればいいのですか・・・」








 こんな展開になるのだろうと呼んでいた。






 初めから人形が依頼人で。




 老婆が黒幕で。






 意志があるだけの、誰かにとっての代替品。




 聖剣の有無などは知らない。だが人形使いはこういうことをしてくるだろう。最後の最後にトラップを仕掛け、勝者へとなるだろう。










 最初から最後まで結局彼は読んでいた。




 高い知能など彼にはない。人形遣いの人間性を知ったうえで、やり遂げたことなのだ。






 アルトもミズリも血液などは一切ない。ほかの人形の部品が人間であっても、この二体だけは人間が混じらない。






 完全な人形にして、意志をもった傑作。起動し、数分ほど時間がたてば完全な存在となっただろう。聖剣を巧みに使い、少なくても魔物を殺し切る能力などはあった。人形による半減した性能であっても、少なくても彼の魔物に対し大損害は与えられたことだろう。




 だがあくまで魔物にのみだ。




 人間たる彼が相手の場合、人形は強く反応しない。人間である場合において、反応が遅れてしまう。




 完全起動する前と、彼が人間であることによって人形は終わりに向かう。




「・・・おひとつ・・・つたえておきましょう・・・僕はお二人が本当の意味で自我を持っていたのであれば・・・何もする気はありませんでした・・・ですが自我を持っただけで、誰かの意志で自分を守れないだけならば・・・破壊するつもりでした・・・」




 自分とは意識。常識からなる理性。感情からなる衝撃。本能からなる衝動も彼は認める。それこそ非常識をこなすものですら、存在という意味では認めてしまう。犯罪行為をする人間も彼は否定しない。社会適正が高いものを必要以上には思いをはせない。






 個性の影響力とは、己のみにとどまらない。




 他者へ大きく影響を残す。






 有名人が発信した情報、哲学者が残した言葉。文学者が描く世界。人は人の影響によって左右される。義務的教育の先に、それらはある。必要最低限の環境を人間は与えられている。それを派生させ、オリジナルを生み出して文明は進化してきた。






 彼はその連鎖を敬愛していた。




 だからこそ今は必要のないものがあることを強く警戒していたのだ。




 人形。




 人権というものが薄い世界に、さらなる混乱をもたらす別種の存在。新種族、人形である。自我を持つがゆえに人に染まり切らない。個性を持つがゆえに人間と同等の価値。命を次なるものへつなげる生殖能力も持たない。




 されど人間によく似ている。




 人権がないが、満たされるべき水準は満たしている。




 そのような場合、人々は人形に人権を認めるだろうか。そう考えた際、彼は否と思ったのだ。




 人々は命があるものを見下す。人間同士においては尊重をできても、結局は見下して終わる。己か他人かを見下して終えるだけ。それは社会的生命体の正常的な潤滑だ。だから人々は人形を認めない。その意見が主流となり、人形が己の立ち位置を奪うという危惧を抱くだろう。




 そして、その流れが生まれれば、反発する者も生まれる。




 人形にも人権をと。




 大多数に反抗する英雄を気取って少数派が生まれる。少数派を見下し、弾圧することによって正当性を保つ大多数。






 この争いが人々の未来に役立つのであれば、彼は静観する。




 だがこれは紛れもなく良くないものを生む。






 人類同士の営みですらまともに動かない世界に、新種族は早すぎる。魔物も亜人も未だ協調する世界はできていない。その世界での人類の製造物、人形など急激な変化を及ぼす。基準にすら立てない自我を持つ人形など問題だ。




 まだ人類はほかの種族に権利を認めていない。命と命のぶつかり合いの間に、人工物をはさむことは別の混乱を確実に作り上げる。








 まだ依頼人が人形であることは彼と人形使いしかしらない。二人の、二体の意志が努力し、隠した真実は未だ暴かれていない。それでもいずれ暴かれる。




 世界に混乱をもたらす前に破壊するしかなかった。






 だが彼は最後まで悩んだ。




 この世界の流れを彼が壊すことになるからだ。もしかしたら人形が生まれ、そこから文明が大きく変化するかもしれない。その流れを彼個人がせき止めてよいのかもだ。




 だがその変化以上に被害が大きいことも予測できてしまった。




 天秤にかけ、選択肢を作った。




 人形が人形のままであるならば放置。




 自我を自分のものだけのものにするならば放置。




 自我をもってはいるが、他者に乗っ取られる程度の意志ならば破壊する。






 だから彼は二人の前で、クッキーを食べた。効果のない精神安定剤入りのクッキー。思い込みの力が彼の意志を強く残し、躊躇いを押し殺す。






 意志を手放した人形を彼が刺し壊す。心臓の部分も肉を突き進む包丁の感触が手に残っていく。力をこめ、さらに奥へ。






「・・・あなたがたは・・・本当の意味で自我をもっていない・・・何も考えず誰かに従う社会文化と・・何も考えられず誰かの媒体となるのは大きく違う・・・嫌なことでもやる社会的歯車の労働者と・・・その手先の道具とでは大きく違うのです・・・意志を常に持ち続ける力がない存在は・・・あまりにも弱すぎる・・・ですが・・あなたがたは何も悪くない・・・この世界は・・・あなたがたを認められるほど・・・余裕を持っていないのです」






 現に地面に倒れ伏した男子の人形アルトは、意志を消している。壊れたことによる損傷かもしれない。だが痛みによるものは一切ない。悲鳴も苦痛も一切ない。ただ神経がない虫のごとき、うごめいているだけだ。意志をなくした女子の人形ミズリは、意志を奪われている。彼に刃物をさされ、それらに抵抗する様子すらない。




 起動時におけるタイムロス。どんな機械も動き始めは、最高の力を発揮できない。そのロスかもしれないが、彼が勝てるチャンスもそれしかない。




 他人の権利を、他人への共感性を、他人への義務を、他人への尊重を。






 命が命に対する主義主張を認めるまでは、人工物が権利を持つべきではない。あくまで命の権利が認められたうえで、新種族たる人口物が権利を会得しなければいけない。




 要は順番。




 彼は屈辱を籠めた。この世界における選択を選んだ屈辱をだ。命ではないが、意志を持っていたものを殺す選択への屈辱。




 彼の理念を曲げさせられた現状など屈辱でしかない。




「・・・どうして、こんなに早くあなた方は意志をもってしまったのか・・・人形に意志を持たせるまえに・・・命同士の対立を減らすことが先決だろうに」






 同時に二人に対し、謝罪を。その思いは瞳に貯めた涙が物語る。流すことなく、貯めるだけの涙。意地をもって流さず、流れず押し壊す。やがて短剣は最後まで人形に突き刺さった。






 意志を奪われ、体のコントロールすら破壊によって奪われていく。




 ミズリの口が開いたまま、光のない眼光が彼を貫いていく。




 人形は後悔も残せない。意志があるならば恨み言一つ残していくべきなのだろうが、人形にはそれがない。




 聖剣を手から離し、地面に切っ先が突き刺さった。






 そのまま彼は短剣を引き抜いた。ぐしゃりという肉と人口の繊維の名残惜しさがあるかのような感触。それらを頭から振り払って、短剣は再び体内から外へ姿を現した。






 意志はなく、そのまま背中からミズリは倒れた。




 瞳孔は開き、口は開いたまま沈んだ。






 アルトはうごめいているだけだ。






 彼はそのまま覆いかぶさり、両手で握った短剣を自身の顔より高く上げた。






 その瞬間にアルトの口が少し開いた。






「満足かい?人形を壊し、人々にとって危険な存在を守った気分は?」




 老婆の声だ。アルトの体を代替し、意志を残す。




 それは人形の形をもった、人間の意志。




 アルトにもミズリにも組み込まれたシステム。そのシステムは人形使いの記憶を継承するものだ。ただ人形遣いが死んだ場合にのみ作動する。紛れもなく人の意志である。




「・・・最高に最悪です」




 彼は自身に嫌悪を抱く。こんな選択しなければよいと思いたい。だが社会において命同士が価値を紡ぐには、余計な不純物は必要ない。今は人形が意志をもつ時代ではないのだ。




「どんな顔をしているのか知りたいねぇ。私は今目が見えなくてねぇ、匂いも熱も感じる機能がないんだよ。記憶を残しただけの偽りの人間。幸い耳だけが無事なのが救いさ」






「・・・僕はあなたに何も聞く気はない。・・・なぜこんなことをしたとかも・・・語りたいことすらも残させない。・・・あなたの疑問を答えて終わらせるつもりです」






「では最後に」






 老婆の最後の意志。






 記録からなる記憶システム。






「お前にとってあの魔物は何なんだい?」






 短剣が振り下ろされた。




 首を貫き、その空気の流れをつき壊す。






「・・・非常に・・・危険で・・・油断ができない・・・身内です」




 苦しくも、居心地が非常に悪くても、彼は遂行する。両目に込めた己の後悔が涙となって、少し流れていく。必死にせき止めつつ、壊すことをためらわない。




 彼はそうして人形を壊した。




「・・・あんたは異常者だよ・・・わ、たし・・よりも・・ね」








 この世界は魔物の命を認めていない。それは彼もある程度は同意できる。いちいち動物や魔物に権利などに認めていれば、人々は文明を維持できない。どこかの命を消耗し、人類は豊かさを享受する。




 だから人類は命に基準をつけるのだ。




 ペットは家族という区別にて保護。家畜は食料だからという意味で殺害。害虫だから殺し、益虫だから見逃す。






 その基準を持たなければ、命の価値という思考の海におぼれてしまう。




 どの命も平等にしてはいけない。同じ価値をもち、意志を持ち、思考が通じるもの同士のみで完結すべきなのだ。




 人類はみな平等であろう。だが動物や魔物にその平等性は求めてはいけない。命を奪う以上、その命への思考を止めなくてはいけない。








 感謝という形で沈めて、終わりにしなければいけない。後悔も謝罪もしてはいけない。




 思考と感性は本能すらを上回る。人はそれほど高度な生命なのだ。




 でなければ死という未来が確定するためだ。






 そんな世界で、彼は魔物を命として認めてしまった。




 彼の周り限定とはいえ、人類が生み出す物よりも大切だと認めたのだ。






「・・・僕からすれば・・意志をもつ貴女のほうが異常なんです・・」




 それは誰に耳にも届かない。






 彼はそっと立ち上がり、手を合わせて合唱。




 視線を横にし、地面に突き刺さった聖剣に手を載せた。何ら輝きももたず、されど握れば感じる力強さ。地面から引き抜けば、光に反射した刀身は銀がかった透明で、向こう側の景色すら覗けた。






 軽く振るえば、膨大なエネルギーが衝撃波となって平原を先行する。




 この聖剣は人間と人形にしか使えない。命がある場合は人間を、ない場合は人形を。




 彼ですら人間である以上、力を引き出せる代物。羽のように軽く、貧弱さも関係ない。性別さも関係なく強くなれる。




 むろん所有権というものはある。




 だが彼の瞳に宿る悪意が、所有権という交渉の席に立たせない。また彼独自の精神構造が強すぎるため、聖剣の交渉要求を跳ねのけている。






 聖剣には意志がある。だが彼に届かないだけなのだ。




「・・・報酬にいただきます・・・拒否は認めないつもりです・・・これは放置するには危険なので」








 そして彼は踵を返す。壊れた人形を背に、戦闘に勝利し待機した魔物のほうへ向かっていく。

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