人形使い 17

 彼は魔物たちと依頼人のもとへ行く。雲がその後ろへ続いていた。






 人形はついていくのをやめた。独自に動き出し、門から対立するような位置で停止。




 その動きを彼は止めない。視線すら向けず気配だけでつかみ取っていた。




 だからこそ人形が動く前に指示は出していた。






 いつもとは違う無ではない。時折見せる怒った姿ではない。断固とした覚悟そのもの。肩越しに親指を人形たちに向けていた。口は語らず、目は語る。底辺たる感情のない人形ではない。意志をもった人間として、指示を出した。




 破壊。




 暴力を選択。この世界においての常識で、彼にとっての非常識。常識だからこそやるのが当たり前という風潮はどこでも変わらない。世間の空気の流れは常に彼を苦しめる。もとからある基準が圧迫されつつも、彼の選択は揺るがない。




 指示を出せば、魔物たちが駆ける。




 牛さんが重量をもった突進をはじめ、華や静はお互いを意識した協調して人形へ攻めていく。彼が依頼人のもとへゆく隣を牛さんが通りすぎる。その一瞬の差に彼と牛さんの視線が交差。言葉はなく、ただ伝達する意志のみは再認識。




 破壊。




 華と静の間を割るように彼が一瞬だけ挟まれる形。その二匹の視線が彼の側面へ向けられた。口には出さず、彼は上着のポケットに両手を突っ込んだ。




 そして二匹は通り過ぎた。その彼の後ろを続く雲。




 彼の背後から破壊の気配。肉のはじける音から始まり、大地を強く踏みにじる衝撃。鋭い風音とともに体が倒れていく連鎖音。いくつもの人形を同時に貫いた刺殺の響き。




 人形を軍隊とするならば、こちらは魔物の軍。




 人形が殺され、壊され、抵抗し、暴れだす。暴虐な魔物の進撃を食い止めるべく、人形は与えられた役割の武器を使用。弓も使用し、彼の背へむけたものもいる。それは薙ぎ払われた槍によって、弓ごと肩を砕かれた。




 その槍はオークの華のものである。




 腕力に任せた一撃は人形ごときで防げるものではない。本来ならば横なぎは障害物があれば、勢いを失う。されど華の横なぎは障害物ごときすら気にせず、人形の体を巻き込む形で大きく吹き飛ばす。




 槍の刃先では人形を数体倒しただけでだめになる。現に何体か連結で貫いたらだめになった。ただ刃先のみで、槍は健在。だから人形を周りから飛ばすのみに専念。




 とどめを華自体が出さなくてもよい。戦場に転がしておけば、どうせ機能しなくなる。




 彼の魔物の中で状況把握が得意な華は、己の役割を即座に理解していた。






 その飛ばされた人形の体は牛さんの被害となって粉砕される。華の読み。そもそも牛さんが通る領域に人形をわざと飛ばしたりもした。その戦場を駆け回る牛さんは、華と静の戦闘領域を侵さない程度の配慮しかしていない。




 駆けだすエネルギーの強さ。突進の破壊力。重量があるくせに臨機応変に速度を変え、得意を最大限に利用。それはトゥグストラの戦いではない。馬鹿正直に突進をする野生とは違う。




 牛さんを囲む人形はいない。そもそも牛さんが近寄れば、被害をさけるため人形のほうが逃げていく。その逃げは牛さんの突進すら躱せるほどの操作の洗練さを感じる。だから牛さんのみでは倒しきれない。一体、一体ならば追い詰めて壊せる。まとめてひき壊せないだけなのだ。




 それを華が支援。まとめて人形を飛ばし、まとめてひき潰す。これが戦場。










 複数の人形が剣をもち、リザードマンへ。されど囲まれる前には踏み込み、目の前の人形を両断。即座に剣を逆手にもちかえ、首筋に迫る刃を防ぐ。刃の主人である人形の腹部に膝をうちこんだ。距離があき、持ち直した剣によって首をはねる。同時に後報から迫る刃の突き出しに対しては、盾で防ぐ。相手の持ち物は片手斧。それを防ぎつつ、全身。勢いよく肉薄すれば、相手の足がもつれて体制を崩す。




 片手斧の圧が狭まれば、盾の自由がきいた。だから盾で人形の頭部をなぐり、そのまま蹴り飛ばした。腹部にはなたれた蹴りは大したことではない。その向かう先に牛さんが迫っていただけのことだ。




 だから人形の体は駆ける牛さんの力によってミンチになった。






 後は自分に迫る矢の群れを盾で叩き落し、近くの人形を正面から横なぎに両断。あとは静が華と合流する形で戦線を構築。華と静で分けられていた人形はおのずと、一纏めになっていく。牛さんの突進を警戒しつつ、二匹を倒すためへ全力を。




 遠距離武器もちは潰し切った。だから戦場を分ける必要がなくなったのだ。






 彼の背に放たれた攻撃は一切ない。もし放たれようが雲が叩き落すことだろう。










 この音は彼のゆったりとした歩みのうちにおきた。




 依頼人二人のもとへたどり着けば、さすがにポケットからは手は出した。






 背後にある人形軍は数の勢いを失った。400の数は今や200を切った。






 人形は弱い。目を人形に頼る者にとって、視界の確保。数の把握。戦闘の同時操作。複雑なことを400に分けてまでしないといけないわけだ。操者は一人しかいない。分身などできやしない。








 見なくても、気配を感じなくても、彼は信じた。その技術の高さを、ほこりの高さを、年齢が高くなればなるほど、人は固くなる。意地が、意志が、プライドが、高くなっていく。そのなかで努力を忘れず、年による忘却の渦にのまれず、技術を保ち続ける。




 彼には到底できない代物。




 戦いの中で彼は相手を尊敬した。恨みの中での敬意。




 だが仕事は仕事。






 されど仕事でしかない。






 彼は依頼人二人を見た。事前情報と推測による情報の違い。性格が残酷であり、嗜虐性もある。弱者を何とも思わない人間。他者を見下す癖。それが事前情報であり、彼の推測したものとは反対だった。




 だが依頼人は嘘をついた様子はない。現に二人の視線は彼を見つめ、その後ろの魔物の戦いを見つめている。二人の手はぎゅうっとお互いに握りしめあっている。強く、緊張を載せた手汗すらわずかに垂れた。この戦いに勝利し、人形使いを倒せば終わると信じた者の目。




 魔物の勝利を願う者の目であった。




 手のひらに忍ばせたクッキー一枚。ポケットの中にはクッキーの束。ポケットから手を出す際に一枚だけ握りしめておいたものだった。




 それを隠さず、口元へ。音を立ててかみ砕く。精神安定を保つ薬草、彼自体には全く効果はない。ただの思い込みの力で必死に心を落ち着かせる。効果があると信じた思いの強さだけが、物事を前に進める。






 そして、落ち着いた。




 こんな状況でクッキーを食べる彼の姿は異様。余裕すらも感じるかもしれない。されど人間の話。人形のように感情をみせないものを人間として見れるかは別。






 もともと、落ち着いた姿のところに飲食物である。常識を持った彼であるし、この場面ではふさわしくない。だが気にしたことがあり、そのような常識よりも心を動かすものがある。




 だから常識より優先する。精神を落ち着かせることのほうが優先されるのだ。その次に続くものを起こすためにだ。






 魔物の猛攻が進み、人形の数は激減していく。




 勝敗は誰も見ればわかる、彼の勝ちだ。知性の怪物の勝利でしかない。






 されど彼は満足しない。








「・・・誰に吹き込まれました?・・・人形使いのことを・・・バーアミズルトリという名前も・・残酷性も嗜虐性も弱者を何とも思わない点も・・・どなたから吹き込まれました?」




 尋ね、そして勝手に話を進めた。




 二人が硬直し、彼の問いを前にお互いが顔を見合わせた。その表情ははじめは彼に対しての恐れであった。されどお互いを見返し、彼からの問いに対し思考した瞬間、真っ白となりはてた。




 依頼人である男子も女子も、答えがない。知識はあるが、答えはない。それが自身の思いからというものではなく、いつの間にかあった知識としてのものでしかない。されど実証されたものはある。襲われた、追い詰められた事実。その因果が結果の証明として、人形使いを悪とする。




 だが、彼の問いの答えにならない。




 誰が吹き込んだのか。




 二人からすれば、二人が手に入れた答えでしかない。お互いが意見を合わせ、手に入れた答え。




 他者に介入などされてはいない。その意志が、二人の自尊心を大きく震わせた。






「・・・お二人はきっとこう思っている・・・自分たちで手に入れた意見であると・・・でも少し考えれば・・・結果だけを見ず、過程を見て、そこに至った経緯を考えれば・・・正反対の意見も生まれるはずなんです・・・ひどいことをするものが、悪そのものじゃない・・・悪人といわれる人ですら善行を積むし、善人ですら悪をする・・・」




 悪人が悪といわれるのは、悪行だけが前面に出るからだ。情報社会はどの時代もそう。ただ現代においては情報が過剰なだけだ。過去の積み重なりから成り立った現代社会。未来も予測し、過去を抱擁する時代ならば人の存在立場すら簡単に揺れ動く。






「・・・貴女も貴方も追い詰められてきた・・・」




 彼は二人を順番良く指を向ける。人を指さすなど、したいことではない。だがしたくないからといって、しないというのは人間らしくない。苦痛を感じ、前に進むことは人間らしくある。




 だから彼は耐えた。






「・・・ですが、それは答えじゃない・・・それを軸に物事は決めていいわけじゃないんです・・・被害者だから・・・加害者が最低であると思い込むのは自由・・・・だけれども自分の心が選んだものじゃないといけない」






 善人を悪人にするには、小さな悪のみを取り上げ、積み上げた善行に対しての裏の顔とすればいい。




 悪人を善人にするには、小さな善を過剰に取り上げ、積み上げた悪行に対してのギャップを演出。




 それは組織だってやることもするし、個人が取り上げることもある。善人が実は悪人だったとか、悪人は善人であったとか非常に揺れ動く情報だ。




 それは誰かが勝手に作るもの。




 誰かがまとめた証明を、社会に流す。その流された情報を個人が拾い、それを鵜呑みにする。人は自分に都合の良いものほど勝手に取り入れる習性だ。現代社会もそうであるし、過去の時代ですらそうである。




 情報は誰が作っても影響を持つ恐るべき装置なのだ。






 そして、与えられた情報を自分で考えるようで、実はその知識を前提に相手への評価を虚像する。




「・・・どのように至りましたか?・・・人形使いへの印象は・・・果たして本当に存在すべてが悪でしたか?・・・その過程が知りたい・・・結果など幾らでも生み出せる、されど過程だけは偽れない・・・必ず、そこに達した何かがあるはずなんです・・・」






 人は誰かの意見を取り入れる。有能な意見を取り入れ、悪い部分を改善する、誰かと比較して手に入れられる過程。




 つまり誰かに左右される。






 これは人間の社会性において、非常に恐ろしい点でもある。だがこれこそが人間を高度文明にさせた能力でもある。誰かが流す情報を軸に、まとまることができる知的生命体。使い方を誤れば、非常に危険であるし、有用でもある。




 これをされて騙されないものは存在しない。自分だけは違うという価値を持つものですら、偽りの自身とやらを埋め込まれた量産品でしかない。




 言葉は誰が作ったのか。知識は誰が作った。名前は誰が。ありふれた物はどうしてある。人は情報をもとに形を作る。その形が現代であり、異世界である。つまり社会において纏まるため必要なことなのだ。




 情報は吹き込まれ、息をする。それの代表が教育である。




 情報社会とはつまるところ、教育社会なのである。自分の情報が誰かを教育し、教育された誰かは別の誰かを教育する。子供から大人。社会のいたるところに存在する根源そのもの。




 だまされないということは、言葉も数字も読めない。知識もなければ計算すら不可能ぐらいの能力なのだ。




 それは教育を受けられない者だけなのだ。






 知恵をもち、賢いと自称するものほど誰かと違う何かを求めているだけ。






 そんなのは所詮心に生えた孤独な部分。誰よりも優位に立ちたい心が強くあるほど、誰からも相手にされない証明をしてしまう。






 二人は自尊心を震わせ、体を震わせ、お互いを見つめたまま表情が固まった。




 目を点にし、口を親指程度に開けたままだ。






「・・・見つからない・・・結果だけはあり、・・・その証明をするように被害はある・・・だが過程はない・・・なぜ悪なのか、・・・なぜ追い詰められたのか・・・貴方と貴女はどうして巡り合わせたのか・・・・さあ自分を探してみてください。・・・相手を探してみてください・・・・頭の中にある過程を引きずり起こしてください・・・」






 彼はそう言い、されど別の指示をジェスチャーで伝えた。二人に対してでなく、背後の一匹に対してだ。




 彼は指をカシックスの森へ向けた。ベルクの先、平原を超えた先に生える森林の数々。








 そのあと、人形に親指を肩越しに向けた。










 後は顔だけを雲に振り向き、言葉に出さない口パクのみで伝えた。




 人形使いは森にいる。




 それのみで、依頼人に向き直った。






 彼からすれば別に計算をしたわけじゃない。相手のことを思いやり、善人だった悪人の過程から導いただけだ。人を導くものが、人の犠牲を許容するわけがない。されど敵に加担するものには慈悲はない。










 雲の気配が動き出すのを感じ、今度こそ口に出した。極力抑えた小声、依頼人に聞こえず、魔物にも聞こえる音量域。






「・・・殺さないように・・・追い出すだけ」






 その指示にうなずくかはわからない。




 だが雲はいなくなり、森へ駆け出す気配だけが彼の背中に伝わった。








 二人は未だに悩み、答えが見つからず、ただ相手のことも自分のことすらもわからない。記憶はあるが、触れあった感触はない。過去はあっても、体験した過去がない。




 そのようにとれる。




 だが彼は別のことも感じた。




 ここで二人は一つの真実を避けるように模索しているようにも見えた。




 それは無意識でなく、意識をもってのもの。








「・・・気づいていたんですね・・・お互いのことすらわかっていた・・・誰かから吹き込まれた答えで動くだけじゃない・・・人形使いは悪であるけれど、そこに至った過程は見つからない・・・だけれどお互いのことに対してのものだけは見つかっている・・・」






 人形使いへの悪への印象。




 それは人形使いが虚飾したものでしかない。きっと残酷性で嗜虐性の高い最低な人間を印象付ける努力をした結果のものだろう。人を導き被害を避けるために、自身が最低と評すること。




 人形使いの名声は最低である。




 だが善人だったものが悪人を気取るなど、所詮はファッションでしかない。




 ファッションの悪人が、本物の底辺の目を欺くなど不可能だ。恵まれた環境であった現代でも下、異世界でも下の立場である底辺。前者は誰でも生きれるが、後者は誰もが死ぬ。






 善人の輝きをまとっておきながら、墜ちただけなのだ。眩しくて見つけ出せる。






「・・・僕は初めて会った時に気づきました・・・貴女も貴方も・・・本当は・・・」






 二人はお互いを見たまま、視線をずらすように彼へ視線を変えた。




 隠そうとしたものは、実は隠しきれていない。






 その真実だけは見つけ出されるものではない。






「・・・人形・・・」






 常に淡々と真実を語った。




 人形が依頼人である。気づいたのは初対面のときだ。気配も皮膚も人間によく似てはいた。呼吸もあったし、水分を体内に取り込んだ生命体としては見れた。




 だが違う。




 彼は最初に手を重ねさせた。




 そのとき脈を調べた。人間としての感触を確かめた。






 脈はなく、人間にしては少し精度が高すぎる。手の重さ、硬さ、まるで芸術品を作るかのように綺麗すぎたのだ。






 手汗のようなものはあったが、そこに不快さがなかった。




 人間の機能として汗があるから付け足した印象があった。




 二人とも人形であるが、ただし男子であるアルトだけは違う。人形であるが別の何かをもっている気配があった。それ以外はお互い変わったものはないだろう。




 推測、予測。観察。




 命は持たない。物に命はない。






 だが意志がある。人形使いかなら離れた意志。




 生みの親に対しての悪印象。




 それはまるで思春期の子供が親に対しての反抗期に似た物。この人形は害を受けているし、もっとひどいものではある。






 自由を求めた心の有様の暴走なのだ。








「・・・なぜ狙われる?・・・人形だから?・・・・いいえ、違います・・・貴女も貴方も狙われるものを持っている。・・・自我をもった物を壊せるほど、職人というのは無慈悲じゃない・・・知ってますか?職人や家畜を育てる生産者は、作品に思いをいれる・・・完成品に対しては・・・甘いのです・・・この世に残したいという思いが先に立つのです・・・」






 それは決して善も悪も逃れられない。






「・・・貴女も貴方も狙われる理由・・・それは手元に置いておきたいことかもしれません・・・もしくはそれを捨ててでも果たさなければいけないことがある・・・そのために必要だった」






 職人や生産者が作品を手放すのは、生きるため。生きるために最高傑作すら手放すこともあるだろう。




 彼は経験主義者である。彼は結果主義よりも過程主義である。結果から見る人の成り立ちも好きである。だが過程から見る、将来の人の姿を想像するのも好きなこと。






「・・・結果だけが全てならどれだけ楽だったか・・・勝てばいいだけの世界であれば、どれほど幸せだったか・・・負けたら駄目で、失敗したら終わり・・・緊張を抱いて終える人生であれば、どんなに素敵だっただろう・・・・・・人生は生まれた時点で死ぬまでの過程でしかない・・・それなのに足掻き、惨めさをさらしてまで生きている・・・死ぬ未来のために、今を消費する」






 結果は終わったこと、所詮は過去。過程は物事の最中、自由な未来がその先にはある。




 人形との戦いはそろそろ終わる。




 彼が依頼人に語る最中、戦況は魔物のほうへ向かっていた。残り人形が片手の指で足りるほどの数になった。地面に転がった人形の残骸が状況を物語る。魔物の猛攻は隊列を組む人形を吹き飛ばす。生きた戦車のような魔物が隊列につっこんでは、壊し、ミンチにする。無事で残った人形も吹き飛ばされた状態では何もできない。いつの間にか目の前には魔物が立っており、獲物の一突きで壊された。半壊して尚、生き延びた人形が次なる手を打つ前に、首が剣技によって跳ね飛ばされた。






 戦況という過程すら、結果という過去に変わる。






 彼の独特さはこの世界にはない。そもそも現代にすら余り見かけない。底辺であるが故の無駄思考。無駄思考が子供から大人までの形成を構築してきた。




 現代に有り余る底辺の中でも屈指の存在なのだ。




 感情を愛し、文明や社会を崇拝する。過去から未来までの進化の姿を自分に取り込めるよう、必死に文字化する底辺。




 物事に否定から入る時点で、そこで終わり、取り残されるだけ。




 その取り残されないが、輪にも入れない。そのぎりぎりを生きていくのが彼だ。








 だからこそ、この世界においての異常者。




 二人は結局答えられない。人形という事実を知ってはいるが、知られたくない。




 命があり意志があると思い込む二つの依頼人。




 彼の異常性に呑まれ、言うべき意見すら唱えられなかった。




「・・・・貴方も貴女も結果しか与えられなかった・・・過程がない・・・その過程の結果だけが貴方たちだ。・・・与えられたものを受け取るだけが人生ではない・・・そもそも受け取ってすらいない・・・ただ味見をしただけ・・・言葉も食事も必死に考えたフリをしなければ・・・食すだけでおわる・・・永遠に貴方たちの手元には降りてこない・・・成長できない雛で終わってしまうのです」






 これは彼なりの教育であった。




 人形使いは悪であるが善人であった。この与えられただけの結果では至らない答え。それは必死に模索し、思考する者ゆえの真実。






 人類は所詮、誰かの量産品だ。思想も生まれも全部誰かの受け売り。その受け売りをいかに自分流に改編し、後世に残すかで価値が変わる。




 人形使いは意志をもった人形を生んだ。その功績は凄まじい価値だ。傑作を追い詰めてまでしなければいけないことがある。その後世に残し、得られる名誉以上のものがあるのだ。






「・・・教えましょう・・・人形使い・・・・それは人のために動いています・・・ごく少数ではなく、もっと大きな人々のために・・・その信念が過程となり、悪という結果になった。・・・それは使命をもった哀れな大人の姿です・・・宿命も、使命も、持たなければいけない時代の悲劇の産物でしょう・・・」




 それ以外に彼には思いつかない。人間の有様、相手の有様、感情のとらえ方を軸に描く創造。




 人々のために、悪に染まった。偉大なる先人。




 彼は感慨深く思考に浸る。表情は変わらずとも、心に埋め尽くされた感心。






 願わくば平穏に。




 されど平穏には終われない。






「・・・だからこそ・・・終わらせなければいけない・・・」








 この対立はそういうものだ。




 彼だって被害を受けている。宿も壊され、ゴブリンも殺された。




 その憎しみは確実にある。それと同等の同情もある。感心も敬意すらも同等にある。






 その意志らを踏み殺し、突き進むべき気力は、労働への忠実さ。




 仕事という言葉で、心を統率していった。社会人がもつごく自然の気持ちを、偽ることで未来を切り開く。




 会社で退屈で変わらない日々を送る現代。新鮮さを望み嘆く人々に付け加えたい。こんな争いの新鮮さよりは少なくても幸せであろう。




 異世界を望むのであれば、来ればいい。価値観も文明も大きく違うのが望みであればくればいい。




 地獄としか思えないのだから。


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