奇跡と獣 2

 マッケンは言った。


「君の目的が知りたい。君がどう動くかを知りたい」


 青が清々しいほど舞う空の下、彼は問い詰められていた。仕事帰りに町に戻ったら、これである。尋問による尋問。森の中で集団に囲まれた。町の中で騎士たちに待ち構えられた。


 これほど、運のない日も珍しかった。


「…仰っている意味がよくわかりません」


 彼はマッケンが何を言いたのかがわからない。何を問うて、何の答えを求めているのか。それがわからないゆえに答えも鈍く、渋るように音に出た。



 彼の答えにマッケンの双眼が細く、鋭くとがる。笑みが崩れ、般若のようになる表情を必死に笑顔へと取り繕うとする努力。


 口元は抑えたが、眼光だけは押さえきれないようだった。


 咎めるように真意を知りたいという欲求は本人の意図も知らない形で表に現れていた。

 マッケンは、彼の反応の悪さに何かしらの企みがあると思い込んだようだ。彼が知性を持つ怪物として動いていると思い込むマッケンにとって、彼の行動と反応は何かを隠そうとする犯罪者のように見えた。


「これは失礼したね。聞きたいのはただ一つなんだ」


「…聞きたいこととは?」


 にっこりと笑みが深くなる。眼光の鋭い笑み、目が笑っていない。


「アイゼン」


 アイゼン。


 集団に囲まれた時もアイゼン。


 騎士団もアイゼン。


 彼は思い当たるものがあった。囲まれたときに集団が口にしたアイゼンという名前。そして騎士団もまたアイゼン。


 集団はアイゼンが正義の暴圧によって被害にあうといい、自身に救いを求め。


 騎士はアイゼンに対して、彼が何を目的としているのかという答えを求め。



 ようやく合点がいった。


 数少ないやり取りの中、ようやく。


 話がつかめてきた。しかしアイゼンという単語は名前ということしか知らない。名前だけで情報が周りにまわって話が大きくなっている。


 しかし彼は嘘が下手だ。


 彼は嘘をつこうとしたが、嘘をつく相手がいなかったのだ。


 それに相手は騎士団、国家の犬だ。国家の番犬にして、権力者の盾。


 歯向かう気もなく、嘘を付く気もない。



「…アイゼンさんという方の名前だけは聞いたことがあります。先ほども同じようにアイゼンさんがどうとか言われましたので」


「先ほど…ね」


 マッケンと彼の答えに終始狂いはない。


 だが、周りの反応は違う。

「何をいっているんだ団長と怪物は」

「話がよくわからない」

「マッケン団長と怪物の応対は我々には想像の付かない次元で行われているのだ」


 彼にアイゼンといったのが誰なのか。

 マッケンはそれを咎めることも、聞くこともせず。


 両者が話を勝手に思い込み、進めている。




 マッケンは予め、彼と集団の行動と結果を知っている。どういう話し合いがあり、どういった結末を迎えたのかは影も形もない誰かが言った。マッケンの裏役の誰かが報告し、それをもとに動いているのだから。


 知っていることを聞いても仕方がない。知っていることを二度報告されても意味がない。


 マッケンは仕事のうちは、無駄を省こうとする癖がある。それらはあって必要な概念や成り立ちをときとして狂わせる。


 彼は単純にコミュニケーション不足の人生を送ってきており、それらが何の不備をもたらしているかがわからない。


 お互いはお互いを牽制し、お互いを抑制するように言葉を逃がしあっている。周囲の人間はそう思っているし、マッケンも怪物の牙をむかせないように必死に言葉を濁して質問をしている。


 それを怪物は利用するかのように言葉を返している。


 まるで言葉遊びのように思っていた。




「アイゼンについて知っていることは?」

「何も」

 マッケンの問いと、彼の即答。


 これからのことを考えるマッケンと、あらぬ疑いをかけられたくない彼。


 問いに対して即答という彼にしては珍しい展開。

 彼とマッケン両者の会話は続く。


「アイゼンは、犯罪者だ」

「…ならば、僕には縁のない方です」


 しらじらしい。

 白々しい。


 ふざけている。


 犯罪の内容も聞かず、彼は遮るようにこたえる。


 取りつく島もない。マッケンはアイゼンを犯罪者だ、お前もそうだろうという含めた問いに、彼は僕は善良なので関係がない。知性の怪物と呼ばれた悪魔が、自分は善良な奴なので犯罪者とかと縁があるわけがないと面白おかしく言葉で遊んで返してくる。


 彼はまじめに答えているし。


 周囲は彼が言葉遊びしているように聞こえる。



 皆が皆、彼を悪人として断定しているからこそ、思い込みが発生する。もし彼が面倒くさがりで、行動したがらない人間だと知っていれば、誰もが思わないはずなのだ。



 全ては出会いと行動が全て。


 人は見た目でしか判断しない。


 人は一度の行動で全てを思い込む、欠陥品なのだ。




 アイゼンという情報は、有名だ。貴族殺し。これだけで国の上層部は本気で動いている。情報機関も、騎士団を、奇跡の剣と呼ばれたマッケンを動かすほどの。


 しかしアイゼンという情報が有名なのは、騎士団やら貴族やらだ。


 アイゼンという名前を聞けるのは、その関係者。


 あとは。


 アイゼンを狙う別の組織。彼がアイゼンの名前を知ったのは、森であった集団たちからだ。その集団たちからしか情報を得られていない。


 マッケンは、彼がアイゼンという情報を知っていると考えている。それこそ、今日だけで知ったという安い情報だけではないと思いこんでいる。



 そのアイゼンに関する情報を用いて、怪物は利益を考えたのだろう。



 そして彼は、利益が得られないと考えたのかもしれない。


 アイゼンを狙う組織の企みを彼は無下に切り捨てて、魔物たちによって排除している。


 アイゼンと関わるメリットがなく、デメリットのほうが大きい


 そういう考えならば、マッケンは笑顔のまま立ち去れた。


「アイゼンと…」

「関わりません」

 マッケンの問いに彼は即答。

 この流れは変わらない。


 両者を突き抜ける風は、冷えていく空気を温めることも、綺麗に流してくれることもない。両者の対峙は、開けた空間によって保たれている。距離を詰めず、離しすぎず。


 この距離がベストだった。


 人見知りの彼にとっても。


 騎士団の顔となるマッケンにとっても。



 両者はお互いを譲らない。


 マッケンは問い詰めても、彼はすぐに関係ないと答える。嘘を見抜こうとしても、彼は嘘をついているつもりはない。


 嘘をついていないのだから、見抜くということすらできない。


 長年培った嘘を見抜く技術も彼には通じない。決して嘘をついていない彼と嘘を見抜こうとするマッケン。お互いのお互いによる思い込み合戦は一層の冷え込みを見せた。


 しかし冷え込みは長く続くことはない。


 停滞が訪れれば、何かしらの変化があるものだ。


 マッケンの後ろに展開する騎士団。規律正しく整列する騎士たちの陣営から一人前へと出てきた。騎士団らしく鎧を着ていること以外変わりはない。


 だが、特徴なのは鍛え上げた肉体でもない。


 そいつは、騎士らしく荒事に耐えられる強固な肉体と大柄な身体。それだけではなく、頬から左耳にかけての線状の傷があった。刃物で裂かれたような傷で、その傷は治癒魔法でもなく、縫ったようなわけでもない。火で焼き塞いだかのような痛々しい傷を負っていた。


 マッケンの横に並び、彼を見据えた。


「いつまでも団長に対し、立て付くつもりだ?」


 問うものは、マッケンから傷の男へ。


 威圧まじりの尋問が始まった。笑みによる尋問から一転、今度は暴力的な尋問に早変わり。


「・・・たてつくもなにも、関係ないものは関係ないといっています」


 彼は変わらない。


 人間の怖さは顔の成り立ちよりも、体の成り立ちよりも別の物。


 確かに目の前に対峙するマッケンや傷の男は怖い。後ろの騎士団も怖い。数の暴力も見た目の怖さも両方怖い。でも怖さは同じなのだ。彼にとって全ての人間が怖い。


 人間は言葉があり、感情がある。


 その二つが怖いのであって、見た目の云々は別の物。


 この世界に来て、彼は人を見た目で判断しなくなった。なにせ、この世界の子供たちは優秀で、この世界の大人たちは化け物だ。


 見た目に惑わされたら本質を失う。


 ゆえに彼は変わらない。


「関係ないわけがないだろうが!貴様は!おまえのような奴が治安を悪化させ、物事を悪くさせる!さあ言え!何をたくらんでいる!」


 屈強な男の声はよく響く。大声で振り上げているわけでもなく、一つ一つの言葉に重みをつけて、迫力を演出する。



 マッケンはそれを止める様子がない。


 彼もそれを止めようにも、怖がろともしていない。

「・・・何もたくらんでいません」


 強いわけでもなく、貧弱な彼。その彼は相手を気にすることもなく、冷めたように見つめていた。無表情ではなく、本当に冷たい目つきだった。


「お前!マッケン団長が優しくしていれば付けあがりよって!今すぐ性根をたたきなおしてやろうか!」


「…関係がないといっています。それ以上でもそれ以下でもありません」


 答える言葉は簡潔だ。それ以上でもそれ以下でもない。




 冷めた目つきで物事を見つめ返していた。全てを見渡し、己の考えをまとめていく。


 今日はいろいろあった。


 思い返していた。


 今日の出来事すべて。


 思い返して、思い返すたびに疲れるのを感じた。無表情でいるのは楽なのではなく、相手に誤解を生ませないようにするための工夫。



 明るい感情を表に出せば、人は小馬鹿にしてくるし。


 暗い感情を表に出せば、人は卑下してくるし。


 冷めたように見せれば、人は忌避してくるし。


 何事もなく、何事でもあろうとしたくない。


 正も悪も関係ない。光も闇も関係がない。明るいものも暗いものも。熱い感情も冷めた思いも。


 彼には重すぎる罰だった。


 何かしら動けば、彼には罰が下った。主に他人からの感情による罰が。虐められた経験もなければ、虐めた経験もない。絡まれた経験もなければ、絡んだ記憶もない。



 人は感情を出すには旨みがないといけないのだ。


 彼にとっての旨みとは、関わらないこと。


 関わりたくない、だけれども自分の姿が滑稽に見えたくもない。


 そうして。


 感情が湧き出るたびに彼は無表情を演出してきた。無意識というわけでもなく、子供の時からだ。感情を表に出したくても、出す相手もいなかった。出す相手がいなかったからといって演出を加えてきたわけじゃない。


 なんとつまらない人生なのか。


 そしてそれらは変わることがないのだ。


 上を見上げれば、青の世界が広がっている。青の世界は雄大で、大きい。其の住民たる白い綿菓子がぷくぷくと浮かび、生命の元素たる光の温もりが地上を照らす。


 この空に向けて。


 視線を向けるたび。


 彼は自身が生きているということを自覚する。自身の矮小さを再認識し、自分はこの世界にとって大きい存在であると思い込んできた。


 卑下したことはない。青空と比較して自身を侮辱するのは愚か者のすることだ。


 自分は小さいのは仕方ないことだ。一個の生命たる彼と全ての生命を培った空。これと比べる方がおかしいのだ。


 一個の存在には一個の命と比べるべきなのだ。


 命は等しくない。


 等しくないけれども、比較するのは自分なのだ。


 彼は常に他人を気にしてきた。


 他人に自身が劣っている部分があることもしっている。


 だが、彼は自分が他人に全てで負けていると思ったことは一度もない。ただの一度たりともない。自分は駄目な人間だと思い込んだことはあっても、本当に駄目だと信じたことはない。


「貴様のような犯罪者は、今すぐにでも処罰するべきだ!マッケン団長、こいつを今すぐ捉えましょう!!」


 威圧は暴力に。


 冷めた感情はさらに冷えていくのを彼は感じた。


「ボルガン、マダライ君は犯罪者じゃない。言葉を慎むといい。マダライ君、すまなかった。部下が暴言を吐いてしまった」


 この通りとマッケンは腰に差した剣を鞘ごと引き抜いた。それを数回下に向けて下す。


 この王国での騎士たちの謝罪の仕方のようであるらしい。


 しかしながら。それらの謝罪は彼には届かない。


 彼の目に映っているのは、暴力で解決しようとする傷の男こと、ボルガンと。笑みを浮かべているニヒルなマッケンのみ。





 彼は妄信的でありながら、自身を保とうとする。


 ゆえに。


 彼の存在を、自分の否定をするものを。


 彼は許さない。


 ぴきりと常識の壁が壊れていく。今日一日いろいろあった。その中でも一度決壊しそうになった暴力的な思考。一度あふれたときは、集団が倒れた。その時は自制が利いた。怪我をさせないようにと指示を出せる程度には冷めていた。


 だが、理性の壁もヒビが入ってしまった。


 壁にヒビが入れば、もろくなる。


 もろくなれば、いずれ決壊し中身が噴出する。あふれだしたマグマのように抑えきれない全ての感情が吹きあがり。


 毒をまき散らす。






 彼は、ただ普通に生きたかった。



「答えるのが義務だ!!」

 ボルガンは変わらない。マッケン団長という名目で言葉を変えて、自身の感情の浮きを彼に向けている以上に。


「答えた通りのことです」


 決して変わらない答えの内容。


「アイゼンと貴様は何を考えている!!この怪物めが!!」


 そして代わり映えのしない内容に。


 疲れた体が限界を超え。








 変化は一瞬だ。


 彼は視線を下におろした。空から地へ。


 向き合うのは、人の集団。


 その数に思わず。舌をたたいた。


 ちっという小さな舌打ちから始まった。それらは騎士たちに届くこともなく、ましてやボルガンにも届くこともない。


 だがその音に何よりも反応した者たちがいた。


 びくりと跳ね上がり、恐る恐る彼を見上げる黒い巨躯の牛さん。同じように彼から一歩離れてから、震えるように彼の顔をのぞこうとするオークとリザードマン。


 それらは彼を見上げて、のぞいて。


 背筋に寒気を感じて、固まった。


 冷え切った彼の表情と煮えくり返ったかのような引きつく口元。


 ああこれはいけない。これは危ない。魔物たちが怖がるものが姿を現した。彼の親指が人差し指をひたすらたたく。音すら出ないけれども、それらは予備動作にすぎない。


 感情を沈めようとする予備動作。魔物たちは、二歩ほど彼から離れた。いつもは彼から離れない牛さんですらほかの魔物と同じように離れている。がたがたと震えだした牛さんの恐怖の振動はオークやリザードマンに伝染し、ほかの魔物たちへと伝わっていく。


 牛さんやオークやリザードマンすら歯を鳴らしてカスタネットみたいな楽器と成り果てている。強大な魔物たる幹部たちが震えあがっている現状。弱者なゴブリン、コボルトですら異質さを感じ、同じように鳴らしていく。


 音の始まりと震えの根源。


 それは紛れもなく彼だった。



 魔物たちが震えあがる変化を見せれば、それらに気付く者たちも現れる。


 目の前で対峙する近くの騎士たち。


 それらは、魔物たちの視線が恐る恐る彼へと向いて、震えあがる姿を確認した。騎士たちは彼に対して、魔物たちが怯えていることを認識した。誰でもない、彼に対して。


 彼へと威圧をかけるボルガンに対して、魔物たちは睨み付けていた。その姿、その忠誠心は影も形も見えなくなっている。彼の周りには数歩程度の空間が空き、全ては彼の暴圧から避難している姿だ。


 強者としてベルクの住人から名高いAランクモンスター、トゥグストラすら強者の影を隠し、ひたすら弱者に転じている。


 騎士たちは己の武器に自然と手を伸ばしていた。


 ボルガンはそれらを見ても変わらない。吠えるように、奮え立つ。


 だが最初に切り込んだのは彼だった。


「…答えるのが義務ならば、あなた方の義務とは何ですか?」


 いくら内心が爆発してても、すぐに感情で騒がない。騒ぐことはない。理性は必死に、声への感情の押し売りを抑制していた。


「我々の義務は守ることだ。犯罪者、魔物たち、ありとあらゆるものどもから国を、民を守ることだ!」


 躊躇うことなく、ボルガンは吠えた。彼が冷めるように、ボルガンは熱くなる。


「…守るために無理やりな尋問をすることが正しいとでも?」

「守るために無理やりな尋問をすることもある!犯罪者アイゼンを捕まえるためには必要なことなのだ!!」


 ただ冷めていく。


 ボルガンが吠えるたびに、彼は冷えていく。


「…貴方方がアイゼンさんとやらを捕まえられない憂さ晴らしを僕にぶつけていませんか?」

「そのようなことはない!我々は優秀だ!早期逮捕には必要なことだと判断し、貴様に問うている!」


 彼は顔を横に振る。それらは否定。


「僕は何も知らない。貴方方がどれほど素晴らしい人たちだったとしても、これらを見て尊敬する人たちは現れると思いますか?」


「人は結果こそ全てだ!結果が成り立ってこそ、人は評価を始めるのだ!!それに我々は、お前が関係ないと思っていない!」


 彼は笑う。


 ボルガンの内容に。


 彼は嘲笑う。


「僕が犯罪者だとでも?」


 頬を引きつかせ、口元を大きく釣り上げる。普段使わない表情筋が必死に仕事をこなし、感情を抑え込もうとする動作が、笑みへと昇華させる。


 ボルガンは一瞬、彼の姿に口を閉ざした。それからマッケンに視線を向けた。マッケンは首を横に振り、ボルガンは小さくうなずいた。


「そうとは思っていない。しかし何かしらの・・・」

「そんなものはない。何度も言わせるな」


 彼は冷たく引き離す。冷酷に、冷静に。相手が熱くなればなるほど、彼は冷えていく。何度も何度も冷えていき、今の彼はマイナスの温度の世界まで感情を冷ましている。


 その被害にあうのは、彼の周りにいる魔物たちだ。彼が冷たく会話するたびに、魔物たちは自身の体をびくりと跳ね上げる。

「ブイ」

「グギャッ」

「モ」


 ひぃと言わんばかりの小さい悲鳴。魔物たちは彼から地面へ視線をそらし、耳をふさぐ。怖いという原子の感情が魔物たちの脳裏を埋め尽くし、現実を逃避させる。


 なんてことをしてくれた。


 なんて恐ろしい主人をだしてくれやがった!という魔物たちの視線は地面から騎士たちへ。彼への恐怖を紛らわそうと、震えあがる体を必死に取り繕おうと。


 人間たちをにらむ。先ほどの比ではない。殺意すら込めた視線である。


 怖い主人になったぞ、どうしてくれる!ただ一つの八つ当たりが視線となって騎士たちを襲う。その騎士たちですら彼の突然の変化に背筋が寒くなった。また魔物たちの眼光に殺気が混じり出すのを感じた。


 武器に手をまわしている。ただ引き抜いていない。引き抜くのは一瞬だ。それらは許可されていない。マッケンが部下たち全員に睨み聞かせているため、抜くことはない。


「自分たちの無能さを僕に八つ当たりをするな」

「我々を無能扱いするならば、お前がアイゼンを捕まえろ!」


 氷と熱。


 二人の会話は止まらない。


「捕まえるのは僕の義務じゃない。貴方たち、騎士の義務だ。それとも義務を民に押し付けるのが騎士の義務だとでも?」

 小馬鹿にするように彼は問う。今度は彼の番だと言わんばかりに猛攻をかけていた。


「騎士を馬鹿にするな!騎士は誇り高いのだ!」

「誇り高い騎士が、一般人を罵るのですか?」


「ふざけているのか!!」

「ふざけているのはどちらです?」


「貴様!!騎士を愚弄するとどうなるか!!」


 彼はそこで、沈黙を返した。


 ようするに冷静になった。


 いってしまえば国家権力に歯向かっているのは自分なのだという事実に気付いてしまった。ボルガンの脅し言葉に怯えてしまったのもある。


 彼は元来臆病者なのだ。


「…貴方が僕に言ってきたのは、僕があなたに言ったことと同じなのです」


 そして締めを括りにかかる。


 ボルガンが何かしらの反応する前に。彼はつづけた。


「・・・マッケンさん、あなた方のやり方に人はついてくると思いますか?」


 ボルガンからマッケンへ。ボルガンとの話は平行線でしかない。決して進まず、とどまることしかない。会話はなるべく切り上げたい。その一心でボルガンよりかは話の通じるマッケンへと会話の対象を変えた。


 変えたせいかボルガンは口を閉ざし、沈黙する。マッケンが許可するまで声を出すことはないかもしれない。


 彼はどうにかして誤魔化そうと努力する。必死に取り繕おうと努力する。暴言を吐いた記憶はないが、それでも憎まれることは避けたい。


 ゆえに道徳的に。


 物語的に。よくあるフレーズを使い、誤魔化そうとした。



 そして彼はマッケンの弱点であり、築き上げてきたものをつついた。


 マッケンは人をたぶらかし、自身のために動こうとする部下たちを集めていることに苦心している。また人々に好かれようと努力すら怠らない。


 その男の本質を見抜いているぞと言わんばかりだ。




 マッケンは驚くこともせず、笑顔を取り繕うともしない。


「たしかにね」


 一言だけだった。後にも続く言葉はない。本来ならば、色々反論すべきなのだろう。だが、マッケンにはその気力がわかなかった。


 見抜かれたのは自分のみ。成り立ちを見抜かれ、行動を見抜かれ。


 マッケンは自分の本質が怪物に見抜かれたと思い込んだ。


 これが。


 怪物の本性なのだ。ボルガンに合わせて、マッケンに合わせて、冷静に対処していく。感情を高ぶらせたかと思えば、本質をつついて事態を終息へと向かわせる。ボルガンも口を閉ざし、マッケンも口を閉ざす。


 それでも、自分は騎士なのだ、とマッケンは動き出す。


「それでも疑いは晴れていないんだ、アイゼンに対して何かしら関係があると私たちは思っている」

「…それでも僕は関係がありません、どうしたら疑いは晴れますか?」


 両者の対峙はとどまらない。


 だけれども。


「アイゼンの捕獲に協力願いたい!」


 マッケンの頼みに。彼はこの後の展開を予測し、自身の発言した内容に関して。取り留めて、思い出して。


 今回は面倒だと逃げたら犯罪者扱いかという事実が彼をせめぎたてて。


「…微力ながら」


 両者は妥協をした。

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