奇跡と獣 3
怪物とマッケンは一時的に手を結んだ。潜在的犯罪者たる彼と、王国の守護者のマッケン。両者の確執は、アイゼンという犯罪者を緩衝材として、一時の休息を手に入れた。
それが騎士団の見解だった。
マッケンの目論見は、ほぼ成功したといってもよい。
だがマッケンに達成感による喜色の変化はなかった。
怪物は、眼前で無表情の人形となり反応すら乏しいのだ。あの瞬時に物事を判断できる怪物が、マッケンの企みに気付かないわけもない。
それが不可解だった。マッケンの企みに誘導され、失態と自身を罵っているのかもしれない。表に出さないだけで、内面では失敗と失態による今後の展開を修正しているのかもしれない。
必死に隠して、偽って。
それならば、別に問題はないのだ。
マッケンは、何かしらの不安感がある。怪物は頭が切れる。それこそ容赦のないほどに、残酷なほどに現実を突きつけてくる。
アイゼンというものを利用し、怪物の目論見と手段を探る。そのために、アイゼンと怪物が関わりを持っているということをねつ造した。怪物の情報を得ようとするために工作した目的なのだ。
ほぼ、うまくいっている。
いや、全て成功した。
巻き込んだ。うまく行き過ぎていて、気色が悪かった。それほどまでにうまくいった。
誘導して。
話に乗せて。
計画に加えこんだ。
不安感が残る。全てが良い方向で進んでいるにも関わらず。
マッケンは自分の不安を取り除くように、表情に笑顔を被る。笑みの仮面を作り、自身の不安を押し込む。考えすぎても仕方がない。始まってから、対策を立てるしかない。
状況が進まなければ、展開も読めない。読めなければ、動きようがないのだから。
「アイゼンは今のところ、グラスフィールの都市、ニギユブの町、フラムストの町、この3つのどこかに潜んでいると考えているんだ。残念ながら特定はできていない。脱走したところから最寄りの場所が其の3つであり、今のところそこから動きはない。騎士たちを厳重に警戒させているから、出ることも入ることも難しいと思う」
「…そうですか」
彼は背負うこともなく、返事を義務的に返す。内容は犯罪者が逃げた、捕まえろ。どうせ出番はない。彼自身がお目にかかることもないだろうと高をくくっていた。
「…僕に特定は不可能です」
できることしかやれないのだ。
できることだけをやるしかない。
疲労感が彼を攻め立て、冷静な判断を阻害する。最初の騎士団と応対したときは、彼が感情を荒々しくする程度には体力があった。その時は、脳の疲労感も怒りによって、掻き消えていた。
今は違う。
感情的に動くというのは、思いのほか体力を使うのだ。泣けば疲れて眠くなるし、怒れば感情が荒れて、物事がうまく進まなくなる。
怒りは失敗を生み、涙は成功を遠ざける。
そのため、適当だった。適当に返事をするしかなかった。疲れすぎていて、碌に耳に入ってこないのも原因ではあるが。
そんな彼の状態を知らないマッケンは、問いに対して頭を振るっていた。
「そんなことを君にさせるわけがない。頼みたいのは、アイゼンを捕獲補助それのみだ。大体のことは騎士団がやる。これが私たちの役目であり、義務なんだ。君はただ私たちを補助して、成功するように協力してくれるだけでいいんだ」
「…あくまでも主役は騎士団だと?」
彼のか細い確認に、マッケンはうなずいた。
「あくまでも私たちが主役だ。私たち騎士団が陰に隠れていては、誰も希望を見いだせない。騎士団が動き、活躍してこそ人はついてくるものなのだから」
マッケンは、彼の先ほどの言葉に皮肉を込めて返していた。騎士団の調査に人はついてこないといった彼の嫌味に対して、皮肉を込めて返す。
私たちが主役で光なのだ。
怪物は陰で、闇なのだと。
牽制は牽制で返す。
嫌味は皮肉で。
呪詛の言葉は、笑みの見下しで。
彼はそれを聞いて、頬を緩めた。疲労感からまともな思考能力はかけている彼として、その一言だけは十分理解ができたのだ。
演劇による、黒子に徹すればよい。表舞台に立たずに、裏舞台でひっそりとすればよい。
日常によるリアル影役、黒子役に徹する根暗の彼としてこれほど、安心する言葉はなかった。
安心感が頬を緩ませ、笑みを生み出した。
「…ありがたいことです。それならば、安心です」
にっこりと彼は笑みを浮かべ、犯罪者と直接対峙しなくていいことに安堵した。面倒ごとからは離れていきたいと日々願う彼にとって、強烈な犯罪者イベントなんぞ望んでいないのだ。
イベントでは裏役で、仕事も少ない役割を積極的に求めていく底辺の彼に、現実の栄光というのは今だ先にすら現れない。
彼の笑顔を見て、マッケンも協調するように笑みを深くした。
「もちろんだ、安心してほしい、騎士の栄光は潰えることはないのだから」
「…それはよかった。その栄光が末永く続くことを願います」
両者は笑みの応酬を繰り広げ、皮肉と心からの賛辞をぶつけ合った。
やがて、自然とマッケンが手を伸ばしてきた。手のひらを横にしていることから、握手を求められている。それを彼でも理解し、合わせるように手を伸ばした。
手のひらと手のひらがぶつかり、指を絡めとる。力を入れることもなく、軽い接触のみ。
両者の仲たがいは留まることを知らず、関係を深めたくない。そのため、握手としても力を入れずに、すぐにでも切り捨ててやるという意味を込め、軽く触れるだけの接触で終わらせた。
周りにいる人間と魔物からすれば冷や汗ものである。
馬鹿でもわかる。この空気、空間において優しさの温もりなど何一つなかった。物語における敵と敵の協力合戦ですら、熱いものがあるというのに。
ここには冷気しかなく、終盤は何が起きるか予測すらできやしない。
もう怒っていないというのに、魔物たちは彼の反応を横目で見張る。何も気負うこともなく、感情もあらわさない通常の主人。それでもなお、立ち込める場の空気に、びくつきを覚えていた。その震えと恐怖は、視線となり騎士団たちを睨み付けるのを忘れず。
ごまかすように睨んで。横目で除いては、敵をにらむ。
騎士団たちも、彼をにらんで、魔物たちに殺意を込める。
両者のわき役たちも必死に視線合戦を繰り広げていたのだ。
「一週間以内には、潜伏場所を特定できるだろう、そしたら連絡をよこそう」
「…そのときは是非」
話は纏まり、両者の手は離れた。両者は互いを厄介者と考えて、行く末を見守るしかなかった。
彼からすれば、マッケンは面倒ごとの塊だ。余計なことを持ち込む偉い人という反応だった。
マッケンからすれば、彼もまた面倒ごとの塊だ。余計なことを持ち込む大悪党という反応だった。
お互いの内情を悟れず、語らない。
それでも社交辞令を述べて、今後ともよろしくと嘘でも言わないといけない心苦しさ。両者の苦々しい感情を、笑みで塗りつぶすしかないのだ。
彼は、そっと頭を下げた。話は終わって、とりあえず今日のとこはこれでという逃げの反応をもって、頭を下げる。相手に不快感を与えず、なおかつさっさと消えていくには素晴らしい常識文化。
その文化を用いたあと、マッケンの脇を通り過ぎた。魔物たちも追従し、騎士たちの横をすり抜けて町の中へと消えていった。その間、魔物たちは横目で騎士たちを睨むのをやめず、騎士たちも魔物たちをにらむのをやめなかった。
彼が消えるまで、騎士たちの行動はなかった。
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