帰宅 2
キャンプファイアー。それは、馬車に積んであった乾いた木々を集めて、ライターで点火したものだ。炎の勢いこそ、まずますのものである。木の量に対し、少し火の勢いが弱いぐらいと感じるほどだった。赤い明かりと熱をあたりに撒き散らし、存在を主張する。
キャンプファイアを囲むように、馬車や魔物たちが集まっている。魔物の数と大きさのせいで、炎が小さく見えているのは残念だった。
その明かりの上につるす様に大きな鍋が置いてあった。ぐつぐつと煮えたぎった中身を彼は少し距離を離して、覗き込んでいた。かき混ぜるための棒がはみ出しており、煮える泡で時々動く。
「....」
彼が今作っているのは、汁ものだ。味噌汁とかではない。カレーやシチューといった固形物を液状にしたものでもない。
スープ。彼がこの世界で始めて食べた料理。野菜スープ。自分が食いやすいサイズでカットした野菜を適当にぶちこんだものだ。順番なんかわからないから適当にいれ、調味料は塩とかを少しいれただけだった。
なんとかなるだろう。そんな安直な思考。
他に馬車の中にある乾燥パンがあるから、スープが駄目でも何とかなる。普段硬くて食えない乾燥パンだが、お湯、もしくは不味くてもスープに浸して食えばそれなりには食べられるはず。
ぐつぐつ。
野菜とは鮮度が大切だ。硬すぎず、やわらかすぎない。それなりの食感を持たせ、味という味を中途半端に染み渡らせるのが大切なのだ。心から真まで味をしみこませて、やわらかくなった野菜に価値はない。
そんな持論をもって、彼は調理していた。しかし料理の腕は普通、調理方法は適当。無駄な考えだけが先に行き、技術に追いつかない。頭の中で完結して、行動しない人間よりはましかと彼は思っているが、わからないまま動いても酷い結果になるので結局のところどちらでも換わらなく、ひどいものだった。
しかし匂いだけは、まとも。
香ばしいわけではないが、不快になるものでもない匂い。鼻を突き、それなりに食欲は沸かす程度。
魔物たちの反応はそれぞれ違う。
彼の3匹の幹部たちは今か今かと待ちわびている。喜びと共にすいた自身のおなかを満たすスープの完成をまっていた。小さな魔物たちは炎で殺されるのか、スープの具材にされるのかと勝手に怯えていた。
そんなことは知らず、スープを掬って味を確かめた。野菜は中途半端に味がしみていて、野菜の形、歯応えを崩していない。野菜本来の味のほうが強く出ていて、スープゆえの独特の味がうすかった。
特別おいしくはない。
まずくもない。
食べれる。彼の腕で作り上げた料理の味は、食えないことはなかった。
普通。
人が言われて最も嫌な答え。回答と反応がどうすればわからなくなるナンバー1位。
「...食えるからいいや」
料理のプロではない。そんな彼は気にせず、完成したと片付けた。彼は、3匹のほうに向き直る。無表情にしか見えない普段の顔も、3匹ならわかった。
彼の作業が終わり、今度は自分達の番であると理解したのだ。馬車も全て火を中心としておいてある。彼が料理する際の材料が入った荷物、パン、食器その他スプーンなどなどもあらかじめ近くにおいてあった。
リザードマンは皿を
オークは他の魔物たちのスプーンを。
牛さんは、パンが入ったかばんを角にひっかけて。
それぞれの分担場所、置く場所に持っていく。リザードマンは、小さな魔物たちに皿を渡し、オークもそれに追従した。その際、二匹は小さな魔物たちが小さく震えていることに気づいた。
自分達に怯えているのもあるし、牛さんをみて怯えるものもいる。だが、一番は彼をみて怯えていたのがわかった。
それに気づいた二匹はお互いの顔を見合わせた。そして苦笑する。数ヶ月前、小さかったころのことを思い出したのだ。最初に彼をみたとき、生活していたとき、小さな魔物たちと同じように怯えていた記憶がった。
今思えば、無駄な気遣いだったとわかる案件だ。別に甚振られた記憶もないし、ひどいめにあうこともなかった。ただ平凡に暮らしてきたわけだ。
「ぐぐぐはぐは」
「ぶぶぶひひ」
二匹は次第に大きく笑う。
自分達が大きく考えていたこととは違うこと。その激しいギャップの差が二匹に笑みを思い浮かばせる。
苦笑から、喜色の笑みへ。
主人たる彼は、お前達にひどいことはしない。安心しろ。それを言いたかった。でも言ったところで、本当の意味ではわからないだろう。
怯える意味もわかる。
オークもリザードマンも人間に酷い目に合わされてきた。
それが小さな魔物たちは大きな影を残しているのだというのもわかる。
小さな魔物たちにある大きな代償。身体の欠損。精神の憎悪の影。とくに尻尾を切られたリザードマンならば、その苦しみはわかるつもりである。人間を怯え、憎む。その黒き感情。誇りとも思える尻尾を切られて好きになれるわけがない。
痛みを負い、それが形と残り永遠に消えない証明。
それは彼以外の愚者がやったこと。
主人は、この小さな魔物たちを仲間にした。家族といってもよい。牛さんがアニキでオークとリザードマンは同じ双子みたいなもの。
そして小さな弟たちたる 小さな魔物。 ゴブリン、コボルト。
大きな影は決して消えない。だからこそ、覆い隠す必要がある。恐怖と憎悪を何かで隠さなければならないのだ。
誇りを持つ為に。生きるプライドを持つ為に。
それは、簡単にはできない。あせることもさせない。
ただ静かに、最初の一歩を踏み出すための環境が必要だ。暖かく、しっかりとした地盤。踏み出しても、沈まない。
そんな環境。
それを作り出す努力を小さな魔物たちみたいな下からではなく、リザードマンやオークなど上の立場から作り上げてやる必要があった。
リザードマンはなるべく、暖かい表情を浮かべる努力をして、一匹一匹にパンを手渡していく。オークは、スプーンなどを手渡す際、肩をやさしく叩く。二匹とも励ますように、己の分担をこなしていた。いずれ、彼という主人ならば、安心できるということを覚えてもらう。それには、二匹が兄貴分たる自分達が信用されることからはじめた。だが小さな魔物たちの反応は固かった。それも仕方なく。
人間は大嫌いだが、家族は大切。それ以上でも以下でもない。
嘘である。それ以上のものだった。とくに二匹は今まで牛さんの弟分であった。いってしまえば、今まで下の立場であったのだ。それが下のもの、弟ができるという嬉しい感情が二匹を普段以上に熱く、心を燃やさせていたのである。
兄は弟を守る。そんな当たり前のこと。もしくは、兄弟とかではなく、家族だから守りあう。そういう感情のほうが強いのかもしれない。
二匹はただ、暗い小さな魔物たちを心配し、励ますお兄ちゃんの姿を見せているだけだ。
魔物たちが列をなし、彼がいる火の元へと歩き出す。皿を持ち、スプーンを持つ。料理を各自、採りにきているのだ。並んできた魔物が持つ皿にスープをいれ、パンを手渡す。受け取った魔物は適当な場所に行って、座って待つ。
その流れの手本をみせたのが幹部のうちの二匹だった。オークとリザードマンだ。
3匹の幹部、リザードマンが先頭に並び、中間ぐらいにオークが並ぶ。リザードマンがどういう風にするかをわざとらしくオーバリアクションを交えて受け取る。そして適当なところへいった。リザードマンの近くにいた魔物はどうするかわかるだろう。
だがそれよりも後ろに並ぶ魔物たちが、わからないかもしれない。見えなかったかもしれない。そんな考えで中間ぐらいになるとオークがリザードマンのようにリアクションする。横にそれ、正面に並ぶ魔物たちが見やすいような位置取りでゆっくりと丁寧に受け取った。
だからこそ、小さな魔物たちは流れを理解することができた。その完璧とはいえないが真似をして、流れるように食事を受け取っていた。
幹部の残り一匹 牛さん。
彼の家族最強たる牛さんは警護の位置についていた。監視と守り。
牛さんは彼の顔を見つめて、また近づく魔物達を見るという確認作業。牛さんにとって、オークとリザードマンは信用しているから警戒はしていない。だが、他の魔物、ゴブリン、コボルトは信用ならない。まだ彼に忠誠を誓っていないし、怯えている。
怯えている存在は必ずどこかで破綻する。それが何をしでかすかわからないから牛さんは特に強く警戒していた。だが、にらみつけるようにした途端オーク、リザードマンが抗議の声を上げそうになるので、興味なさそうな表情で監視していた。もし家族になるのであれば、ここで恨みを買う必要もない。ふざけたこともしていない。
だから牛さんも意外と配慮して、対応していた。
最後のコボルトに料理を手渡した。パンもスープも受け取ったコボルトは他の魔物と同じようにした。
全員がすわり、食事を取るのをまっている。
だが自分の分と牛さんの分がまだだった。そして、鍋にのこっていたスープも大食いな牛さんの分でなくなる程度の量。多く作ったつもりだが、計算を間違えたようだった。
元々、小食の彼。スープは飲んでも飲まなくても何とかなる。だが牛さんの場合は違う。自分を守る為に色々と動いているのは見ていたらすぐわかった。それはベルクに戻るまで続くだろう。人の生活領域から外れれば、そこは外敵のテリトリー。
今が無事なのは牛さんとかのおかげだ。
だからだろう。牛さん専用の大皿にスープを注ぎ込み、全部入れようとしたのを迷わなかった。彼が牛さんのことがわかるなら、牛さんもまた彼がすることもわかる。
彼の手は止まらず、スープの全てを大皿に入れようとした。残り半分ぐらい。まだ入れる。底が見えてきた。
鍋の残りは、彼が飲んだらお腹が膨れる程度の量だけだった。それも迷わず入れようとした瞬間。
「も!!」
牛さんが彼に抗議する。
「もももも!!!も!」
突然隣にいた牛さんが声を上げたものだから、少し驚いた。だがスープを持つ手は、落とすこともなく、こぼすこともない。
丁度いい加減の声量だった。
何をいっているのか彼にはわからない。困惑したようで、注ぎ込む手を止めていた。牛さんは彼が自分を見たのを確認してから、今度は彼専用の小さな皿を見る。それにつられて彼も皿をみた。
そして理解した。
「...あぁ、なるほど」
ようするに自分の分を気にしなかったから、牛さんが文句をいったのだ。
牛さんは大食いだが、彼の食べ物全てを搾取する愚者ではない。彼もまた自分を優先して、牛さんをないがしろにする愚者でもなかった。
お互いの尊重。
別にスープ飲めなくてもいいやという彼と。
自分の分とらないなら、許さないという牛さん。
一人と一匹の視線が衝突ではなく、柔らかく当たった。
負けたのは彼のほうだった。
牛さんの大皿を火から少し離れた場所におく。炎の熱が少しばかり届くという距離。その床に置いた。そして今度は自分のスープを皿に注ぎ、パンを何個か手に取った。彼は一個で十分だが、牛さんは足りない。
牛さんの皿の隣に自分の皿を置いた。
そして、全員を見渡した。小さな魔物たちが浮かべるのは目の前で火の明かりを反射して輝くスープのみ。また王城でも食べたことがないパン。乾燥パンといえど、王城よりは遥かにましな食事。
まだ手をつけた様子はない。この彼の家族ルールを適応するほどの期間がないゴブリン、コボルトたち。それらはあくまで、オークとリザードマンが食べようとしなかったからだ。
自分より強大なものが先に食事をとるという自然のルール。それはここでは関係なく、同じタイミングで食事を取るのだ。
牛さんと彼が持ち場に着いた。
彼以外立っているものはおらず、全員が座る。
家族を見渡し、料理がいきわたったことを確認してから。
両の手のひらを合わせて。
「いただきます」
頭を下げた。
彼なりの大きな声。だがやはり小さい。努力はしたが、声はでない。それでも静まって彼の声をまつ魔物たちには届いた。
小さな魔物たちにはわからない言葉。オークとリザードマンも彼と同じように手のひらを合わせた。そしてゴブリン、コボルトたちに催促するように目をむける。
その視線に負け、一匹また一匹と両の手をあわせだしていた。弟達がまねしたのを確認して、今度は頭を下げる。それも小さな魔物たちは真似をした。
全員があわせて、続く。人間の言葉はわからない。だが手のひらと頭を下げるのを真似した。オークとリザードマンは、弟達が彼と同じことをしたのを確認して。
スプーンを手に取った。
「ぐぎゃぎゃが♪」
「ぶーーーい♪」
二匹なりのいただきます。そんな意味の鳴き声。スープをすくい、口に入れる。凄くおいしいというわけではないが、まずくもない。普通の味。
それでも二匹は笑顔を見せて、新参者に笑いかけた。
笑顔にようやく安堵したのかもしれない。小さな魔物たちが二匹と同じように声をあげ、食事をとり出した。スープを飲む小さな魔物たち。
変わった味だった。泥のようなものと、腐った食べ物しか食わせてもらわなかった小さな魔物たちにとって、初めての味。毒みたいな刺激臭もない。普通という感覚もない。
おいしい。
誰もが思った。初めては記憶に残る。たとえどんな結果であろうとも、それは人の記憶に残り続けるものだ。小さな魔物たちにとって、初めて食べた素敵な味。
人が作り、形にしたもの。
スープを食らい続ける。手は止まらず、小さな魔物たちはどんどん飲んでいく。パンも硬い歯で噛み千切り、腹の中へ。ときどきパンが塩の味がするのは気のせいだ。
スープもだんだんと味が濃くなっていくのは気のせいだ。いつの間にか流した涙がスープへ、パンへ、口の中へ、入り込んでいた。でも気にせず採り続けた。別に誰もとりはしない。横取りはないというのに、急いで、しっかりとかみ締めていた。
小さな魔物たちは泣いている。今まであった境遇よりもましなもの。人間というものは恐ろしいが、ここまでのものを生み出せる。
同属も乱暴なやつはいる。苛めるやつもいる。だから人間という全てが自分にとって悪いわけじゃない。料理というのは恐ろしい。胃袋をつかまれた。舌も何もかもが彼という人間の作品に奪われた。自分の体なのに、自分のものではない。そんな感覚が支配している。
視界が何かでおぼつかない。火の明かりが何かが拡散して、焦点が定まらないのだ。
オークもリザードマンもそんな姿をみて、自分達もそうだったと再度思い出す。彼と出会い、同じように料理に負けた。食事を一緒にとり、適当に生活する。
それだけで酷い目にあってきたものは、執着するのだ。彼という人間からすれば悪魔、自分達、恵まれぬ存在からは天使のような主人。哀れな住人は、彼という存在に縛られる。強制ではなく、自分から。
失いたくない。人間が強い世界。そんなのは関係がなく、初めてうける施しに魔物たちは負けていた。懐が大きく、すきだらけ。弱いはずだが、とても強い。矛盾しているが、いちいち説明するほどでもない。
わかるからこそ、何も言わず二匹は食事をとった。スープを飲み、パンを食らう。彼の料理の味に慣れている二匹だが、いつもより少しだけ塩分が濃い気がした。顔が汗でぬれている。その汗は目からこぼれている気がするが、深くは考えない。
説明しすぎても、駄目なのだ。
ただ新参者も関係なく、魔物たちが何かしら激しい感情を示している。悲しいのと嬉しいという二つの織り交ざった感情。
涙の劇場がこの場では繰り広げられた。
彼がそんな魔物たちの姿を見て、料理まずかったかと慌てふためいているのはこの場では言うこともない。
牛さんも何故か顔をぬらして、皆に見られぬようにしているのも言うことじゃない。
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