怪物の進撃 14
ハリングルッズは、レギアクレスタは、彼の背中を見届けていた。狐顔の男を相手に近づき、勝手に話をまとめた彼の背中を見届けた。隙だらけといいたいが、隙は無い。なぜならばトゥグストラが人々、二組織の注意を集めるように立っているからだ。
隙があるからといって攻撃を加えようなら、容赦はされない。
彼の背後を守るかのように、その場で動きを止めているのだ。されど休むなどではなく、獰猛な獣のように牙を見せて、狂暴な顔を前面に押し出している。
人々も二組織もトゥグストラを相手に動きを止めている。彼に対してでもあるが、彼がいない場合のトゥグストラを抑えるほどの人員は誰もいない。狐顔の男も所詮、彼から許可を得たからトゥグストラを利用していた。
何よりトゥグストラもそうだが、狐顔の男の様子がおかしい。だらりと下げた両手は、握りこぶしをつくっていた。爪が手のひらに食い込み、血が指の合間から垂れている。地面にぴちゃぴちゃと血の滴が垂れていく最中。
「絶対に、絶対に」
狐顔の男は瞼を開き、苛立ちの眼光を彼の背中へと叩きつけている。その姿をトゥグストラが睨み付け、一瞬即発の空気を出している。狐顔の男もトゥグストラが近くにいることを理解してはいる。おさまりがつかないからこその、理性が飛びかけていた。
二組織はやることもなく、その場で人々を囲む。
人々も囲まれた恐怖と、やることのなさが、熱意を奪っていく。
狐顔の男だけだった。熱意を持つのは。彼に優秀だと認められた男は、その本質を野望と化していた。
裏切って見せる。
決してあきらめない。心が折れたわけじゃない。砕けたわけじゃない。
しかしその思いが強くなるほど。
彼の言葉が頭に浮かぶのだ。
退屈より、暇がおそろしい。
この言葉だけがどうしようもなく許せない。狐顔の男は退屈で裏切る系男子である。退屈より恐ろしいものがあってはいけない。退屈より裏切る理由があってなるものか。己の評価を退屈よりも上の暇とした彼を許せなかった。
「絶対に許さない」
統一する前に、彼が統一する手間をまとめた。己が手を出せない、知らないうちに全て纏められた。認めよう、彼は強い。怪物として彼は遥か上の化け物だ。冷静さがなければいけないとわかりつつ、己の感情が暴発しそうになっている。
「絶対に」
裏切るタイミング、彼がまとめた町の統一プラン。残党たちを下位組織としてばらまく策。レギアクレスタを同盟関係として扱う。下位組織であったとしても命令系統は一つじゃなくなる。狐顔の男の制御から離れた残党は弱点を隠すだろう。従えない命令があれば、狐顔の男から反抗するための手を残党たちは打つ。レギアクレスタもそうだ。
そして嫌がらせを思いつく。
お兄さん、俺はね。諦めが悪いんだ。俺を退屈だ、暇だといった事を後悔させてあげる
その思いのために狐顔の男は嘲笑を浮かべたのだ。
彼は背後に二組織と人々を残し、次なる場所へと赴いた。ハリングルッズリコンレスタ支部である。その付近まで街並みを歩めば、一人の女性と出会う。彼にここまで協力してくれた案内役の女性であった。
彼は正念場と思い、硬くなりそうな表情を柔らかくする。笑顔ではなく、微笑。
案内役の女性も微笑を浮かべている。
「・・・貴女のいいたいことはわかっています・・・あの人は裏切ります」
彼が切り出し。
「裏切るとわかりつつ、排除しなかったのですか?」
案内役の女性が問いかける。そこに優しさも怯えもない。ただ問うだけの案内役の女性がいるだけだ。
「・・・裏切るから排除?・・・裏切らせなければいいだけです」
そんな野蛮なことはできない。そう含めた彼が肩をすくめた。むろん、これも演技である。わざとらしく下手くそな演技である。
下手くそな演技のあまり、女性の顔に朱が差した。煽られていると思ったのだ。
「裏切らせない手段があるとでもいうのですか?サツキ様。貴方が先ほど言ったばかりじゃないですか。裏切ると。ならば手を早めに打つのが先決かと思います」
その断言した女性に対し、彼は肩をすくめたまま、ため息を吐いた。
「・・・誰が?」
「サツキ様が」
彼はそうして馬鹿にするように嘲笑を浮かべていた。これは演技であり、本音でもある。ただし馬鹿にしたわけでなく、責任の有無がどちらにあるかを知らしめる。本音の部分は、彼の責任であるが、彼の責任ではない部分。
「・・・ハリングルッズがギリアクレスタの上組織なんです・・・監視も責任も全てあなたたちがするべきだ・・・」
「それこそ無責任では?あの男を外に出したのは」
「・・・僕と・・・貴女だ。・・・勘違いしないでほしい。・・・契約にハリングルッズに損害を与えないようにすると・・・。ハリングルッズに利益を与える形で自由を与えたと。・・・利益を与える形を捉え方次第で、どんな風にもとれます・・・どのような利益を与えるかはあの人次第です。・・・でもそれを利益として考えるのは貴女たち次第だ・・・」
彼はつづけた。
「・・・僕の責任は果たされています。町は統一された・・・そのうえで裏切らせるかどうかは貴女たちの腕の見せ所です。・・・それに僕が思うに、裏切りますが。貴女たちを裏切るほど馬鹿ではないと思います・・・」
女性が訝し気な表情を浮かべ、問おうと口を開いた瞬間。
「・・・裏切るといっても、僕の条件を裏切るだけです・・・僕が町からいなくなった後にでも、裏切ってきます・・・でも貴方達は裏切られない。・・・それだけです。・・・そこから貴女たちが管理次第ということです・・・」
「少しばかり、言葉遊びが多いのでは?それは屁理屈と」
「・・・では言い換えましょう。・・・現状、あなたたちに不利益はない。少しばかり混乱が起きるでしょうが、そこは管理者として仕事を果たしてください・・・得意でしょう?」
「それなりに」
彼はそうして最後に。
「・・・だって・・・今も管理者として仕事をしているんですから・・・そうでしょう、リザ氏」
そうして爆弾を投下した。彼は気付いた真実を、そのまま晒す。案内役の女性の体がピクリと跳ね上げ、驚愕したように目を点にしている。
彼は手を差し出した。握手の形を保った手を差し出している。
「な、なにをいっているのか」
言葉がつまり、女性の態度は豹変している。案内役の女性としての仮面か、本性としての仮面か。顔も特殊偽装技術において隠し、髪は色を染め変化させた。身長においても上げ底の靴、体系に関しても服装に仕込んだ偽装技術のおかげか、大人のような形に仕上げている。
「・・・裏切りが怖い?・・・良くいってくれます・・・裏切らなくても始末するつもりでしょう?・・・だから牽制しに来たんです。・・・あの人は優秀だ。・・・惜しいんです。・・・一時の感情だけで動ける人は、たとえ裏切り者であっても尊敬しています・・・」
彼は握手の形を示した手を上下に軽く振る。相手が握ってくれないから、苛立ちを見せるように振っている。
「・・・この手を取ってくれますか?・・・とってもらえたら、管理者としての仕事を信じます」
だから排除などは許さない。その圧力を彼は眼光に秘めたのだ。その冷酷なまでの無は、案内役の女性の瞳を直接のぞくように睨み付けていた。
「私はリザという人間では」
そういいつつ、女性も彼の手を受け取ろうと、手を伸ばし。
彼の手と女性の手が握手する寸前。
「おひとつ聞いても?」
女性が彼を真剣な眼差しで観察するようにしている。彼の表情の変化、彼の心の変化、どこが変化するのかを観察するように見つめている。そのさなかで口が開かれたのだ。
「・・・どうぞ」
「私はリザという人間ではありません。ですがどうしてそう思ったのかお聞かせ願いたい」
ああ、と彼は小さくうなずいた。
「・・・臭いです」
「臭かったと?」
彼は顔を横に振る。
「・・・臭いがしなかった」
「香水はつけていたはず」
その女性の疑問も、彼の観察目も両方とも確かである。
「・・・どこの世に香水だけしか匂いがしない女性がいるのですか?」
彼は前の世界で沢山の人々を観察した。時に人ごみの中、心が死にそうになりながらも必死に呼吸し、その中で沢山の臭いを嗅いだ。香水もたばこも、酒のにおいも全て嗅いできた。
その中に一人として、香水だけ、たばこだけ、酒のにおいだけといった人間はいないのだ。自分本来の体臭があり、そのうえで混ざるようにミックスされる。それが匂いだ。
「たった、それだけのことで」
女性の口元が閉じ、悩むそぶりすらある。されど額に現れた冷や汗が、衝撃を受けたことを隠せない。彼は、たったそれだけのことで見破った。たったそれだけのことで、理解した。
初めから狐顔の男など相手にしていない。それ以上の強敵がいるのだから。
本当の敵とは。
リザである。
「・・・僕は、それでわかりました。・・・初め見たときからわかっていました。・・・貴女がリザ氏である。・・・だから沢山お願いしました。・・・ただ、最初からリザ氏と確定していたわけじゃありません・・・だからお願いをしてみて、それが叶うかどうかも観察してました」
彼はわざと案内役の女性に仕事を割り振った。案内役の女性が自分以外に彼の相手が出来る者がいない。だから先導するだろう。そう知った上での判断だ。彼の予測通りに女性は動いた。
権力を持たなそうな、事務方の女性とした見た目。
されど地下牢のカギを持ち、狐顔の男の釈放などといった手段を持ち。
契約といった束縛なども行える自由さを持つ。
彼の心にある印象は、ただ一人、リザしかいない。
「・・・ほかにもあります」
「教えてください、私はリザではありませんが、興味があります」
彼は握手の形を示した手をまたしても上下に軽く振る。彼の視線がリザと自分の手を交互に見つめている。視線で握手を先にというものを示していた。
女性が彼の手を取り、握手する。女性の柔らかそうな手と思いきや、意外としっかりとした硬さをもった手。訓練を受けたどこぞの戦闘職のようである。
決して事務方の手ではない。
「・・・あとは気配です。・・・わざとらしく存在感をアピールしていても、時々気配が消えているんでは話になりません」
「気配が消えているからだというのですか?」
「・・・いいえ、気配は出すものじゃなく、隠すものなんです。ただ人は気配を隠そうとはします。音をなるべく立てないように歩いたり、呼吸を小さくしたりとかするんです・・・貴女は前提が違う。気配がないから・・・気配を出すしかないんです。・・・人は焦ると気配をさらけ出す。でも貴方は焦ると気配を隠してしまう・・・これで気付かない方がどうかしている」
彼は観察眼は前の世界で培った。数多くの人々を都会で目の当たりにし、駅でぎゅうぎゅうに押し込められた過去。その中でリザのような人間はいたことがない。働かなくても、働く人の気配と臭いだけは確かにわかるのだ。
「私はリザではありません」
「・・・そうですか・・・ならばそうなんでしょう」
女性の断固たる否定の声、彼の妥協する声。
「しかし、私がリザという人間であるならば、きっと貴方をこう思うでしょう。・・・次はこうはいかない」
「・・・ギリアクレスタのトップの人も同じことを思っています・・・きっと。・・・次はこうはいかない」
だからか、握手をしながら彼は少しだけ顔を近づけた。むろん相手が女性である以上、必要以上に近づく気はない。ただ少し間合いを詰めた。
しかし行動では彼が早くても口が早いのは女性の方だ。
「あの男を排除しないのは、貴方にとってもデメリットでは?」
「・・・排除してしまえば、町は再びバラバラになる。・・・でも生かしておけば・・・僕に対し対抗意識をもっている間は、少なくても町は一つになります・・・対抗意識を持つ人は、力を誇示しようとするものです・・・でもあの人は裏切ります・・・僕がつけた条件を破って町をどうにか自分のものとするでしょう・・・そこを監視するか否かは貴女たちの仕事です。・・・ただ一つ確実なのは。・・・」
彼は口を閉じた。
女性が口を開きかけた。彼の言葉の続きが気になるのか。その先を問う視線を女性は出し、彼はそれを受け止め無視した。
「・・・貴女がリザ氏であれば、教えました」
それは決して認められない案件。
あくまで案内役の女性であって、リザではない。変装はばれたのでなく、ただ単に彼の知り合いと勘違いされた。そういう体での話し合い。だから聞き出せない。
だが最後まで教えてもらえないことに対し女性は言うのだ。
「いい性格をしていますね」
「・・・ずるい大人なので」
彼はそう言い、最後に付け足した。
「・・・あの人はプライドが高い。・・・プライドが高い人は僕の約束を無視します。・・・でも前提条件だけは守る者です・・・プライドが高い人は前提を守りつつ、約束を破ることが多いです・・・そもそも、約束などしていませんが・・・ただ前提さえ守ってくださればいい」
人を殺さない。
その前提だけは狐顔の男は認めた。あとは町を統一関係の話は決して認めていない。だから約束ではなく、彼のお願いという形。裏切るどころか、約束していないのだから前提が違う。
プライドの高い人間は決して自分が認めた前提だけは残す。その中で屁理屈を探し、破るぎりぎりの線まで話を進めるのだ。
だから、やりやすい。
彼にとって、リザという女性のほうが手ごわいのだ。
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