怪物の進撃 15

 彼の目論見は正しかった。観察における人間性の本質。個性と習性をもって選ばれた選択肢は、確かに当たっていた。狐顔の男が裏切ること、殺さない前提をもって動くこと。ただし、リコンレスタ統一に関しての一方的な約束に対しての裏切り。






 それは確実だろう。






 ギリアクレスタのトップ、狐顔の男がまとめた残党たち。その残党たちを元の組織に分裂させ、傘下としてギリアクレスタが君臨する。別組織のため、指示を出したとしても時間がかかる。一つの組織としてまとめ上げた場合、物事を進めるスピードも段違い。また勢力拡大の能力も遥かに違う。




 別組織にさせた残党たちは、すぐに弱点を隠し、重要情報をしるものたちは狐顔の男にあわないように画策しだした。されど裏切るというものでない。






 裏切った場合、狐顔の男は必ず報復する。












 別組織にしてもらえた以上、即座に残党たちによる分離工作が始まった。ギリアクレスタとしてでなく、元の組織としての行動を開始しだしたのだ。




 あくまで傘下であるが別組織。聞きたくない命令は時間をかけて、出来るだけ期間を延ばす。そういった大人の事情を組み入れられる。






 その分裂を認め、拠点を彼に伝え、彼から狐顔の男に連絡。そうやってまとめられた案件だった。






 この分裂的約束。彼が一方的に押し付けた約束。これを必ず裏切ってくると彼は思っている。




 それともう一つ。






 ハリングルッズに対し、狐顔の男は裏切ると彼は思っている。ただリザに伝えず、裏切らないと伝えた。それは彼の予測ではハリングルッズよりも先に自分の約束を破ることが先決。その先、自分に対しての仕返しをしてくるのが最優先。そのために彼と狐顔の男をつなぐハリングルッズは裏切れない。






 感情で動き、理屈で支配するタイプの人間など。








 彼にとって最もやりやすい相手だ。理屈で動き、感情で支配するタイプよりも遥かにましだ。感情を利用し、理屈の上で誤魔化す相手だった場合、彼は絶対にかかわらない。そういうのは治安が良く、景気も良く、国民の良識が強い国家の政府がやる手段だ。感情を利用し、理屈をちりばめさせ、納得しやすい言論統制など怖いものだ。出る杭は打つ。徹底的な同一平均を求め、国民意識、国家意識からなる社会的主義者など恐ろしい。






 国民が望むから、国がやる。建前上は、国民のため。本当は国がやりたいことであり、国民の願いではない。されど国民の願いであるように作り上げ、そして完成させた。小さな不満もあるだろうが、幸せであり、快適である。意見もいえるし、国民が外国で被害にあえば率先して守ってくれる。




 知らないだけで守ってくれている。知らなくてもよいほどに国は安定をさせている。








 こんな相手であるならば、彼は絶対に喧嘩を売らない。






 それと比べれば、狐顔の男など、読みやすいだけの有能だ。使いづらいだけで、予想しやすい優秀な人間でしかない。この世界において、感情で動く人間は馬鹿だけと思われている。そのなかで感情で動き、優秀な結果をもたらした狐顔の男は、まぎれもなく狂人だ。








 彼はベルクに向かっている。リザとの協議を終え、馬車の中で思いに更けている。度重なる精神疲労、人前で立つ恐怖。人前で目立つ羞恥心。やりたくもないことをやらされる仕事への義務感。感情のまま動く狂人の相手。暴走しそうで、動かない人々。






 そしてリザへの牽制。






 オークの華が心配そうに見ている。この王国からもらった馬車、その席は対面式だ。彼の前にオークの華が座っている。彼の疲れた様子に、華は目を離さず様子を窺っているのだ。華は恩がある人間、彼が信じた相手にたいして思慮深い感情を見せる。人の様子を窺い、状況を判断する能力において華はどの魔物よりも優れていた。




 だから彼がリコンレスタで立ち回った際、いつもと違う様子に気付いた。彼は、目立とうとしない。動こうとしない。自分の被害にあう確率を極力避ける。その精神を普段は見せているのに、今回においては真逆を進んだ。だから華は心配なのだ。






 彼は強い。戦闘力とかでなく、彼個人の信用における箇所が強い。彼の優しくも、厳しい対応にほれぼれするところもある。華はまだ、人間が潜んだ陰謀を読み切るほど実力はない。他の魔物は認めない雲ぐらいしか見抜けない。華は雲を見たときから、大体賢い魔物だと気付いていた。だから彼と雲しか人間を相手にできないとも信じていた。リザードマンは今、馬の手綱を握っているが、きっと同じ考えだ。牛さん周囲を警戒し馬車を外で護衛しているが、雲を信じ切っていない。されど人間を相手にした場合においては、きっと同じ考えだ。






 華は知能はない。






 だが人を、状況を見る目だけは確かに優れている。華は牛さんを除けば、彼に最も近い魔物だ。力だけで物事を解決しようとする単純さはオークそのもの。しかし彼の次に、いや彼を越える部分こそ状況を見る目だ。






 その華が思うのだ。






 彼は疲れている。








 そのくせ、彼は華に対し疲れを隠そうとしている。時折、ため息の欠片をこぼしそうになる。だが途中で気付き、ため息を中断する。彼は自分を出さない。怯えたときぐらいならば魔物の前で出してくるが、常に隠そうとしている。








 華は彼を心配していた。そもそもリザードマンの静も牛さんも全員彼を心配している。あの立ち回り、暴力を振るわず終わらせた場面が一番の負担だと思っていた。案内役の女性が、リザだったと正体明かし、誰も気づかなかった。しいて言うならば華は彼の様子が案内役の女性が相手だと変わったことだけは気付いた。






 決して表に出そうとしない彼に対し、心配だった。






 だが追及などできるわけがない。






 彼は魔物たちを追求しない。悪いことをしている場合の態度以外、隠そうとした場合決して追及してこない。失敗を隠そうとしている場合も、彼は責てこない。彼は彼なりに魔物たちに権利を与えている。黙秘する権利を与え、自由を与えている。ただし魔物という扱いの中での自由ではある。






 されど幸せだろう。彼の魔物は他の人間の魔物より、野生の魔物より幸せだ。生きる権利と生きる義務を与えた。必要な存在なんだと感じられる仕事を与えた。人間が感じる幸福を魔物たちに与えた。






 だから魔物は彼には何も言えない。ただ心配そうに見守り、彼の負担を増やさないよう努力をすることだけだ。己の心に秘めた思いを自分から吐き出すまで、魔物たちは静かに守るのだ。






 それが彼と魔物の関係。






 裏切らない関係。






 彼と魔物の関係が強固なのと同時に。










 彼と狐顔の男の関係が薄いのも同じ。






 舞台は変わる。場面が移り変わる。






 彼がベルクに向かう馬車の中で、物事は変化した。






 リコンレスタにおけるギリアクレスタのトップ、狐顔の男が暴走した。予想通りに狐顔の男は、分裂した組織に襲撃をかけた。平和だと信じた残党たちに驚愕の反応だけを楽しみに、狐顔の男は心を読んだ。弱点は隠された。されど関係がない。残党たちの各組織の弱点など必要はない。






 構成員たちの弱点だけを暴いた。格残党組織の弱点でなく、人員の弱点を暴き出したのだ。各組織の秘密など、弱みなど、必要はない。上層部の弱点なども必要ない。上層部は切り捨てる。






 殺しはしない。前提条件だからだ。




 彼と次に喧嘩するために、彼が与えた前提条件を守る。






 ただし裏切らないとはいっていない。分裂した組織など狐顔の男は仲間とすら思っていない。とにかく人員たちの弱点、家族、宝物、思い出も全て読み込んだ。分裂して隠したとしても、下っ端の人員は隠しきれるわけじゃない。隠した本人の心が読まれれば意味がない。






 そうして一つの組織の弱点を再支配。二つ目の組織を支配。三つ目の組織を支配する際、狐顔の男の暴走が伝わり出したが遅い。ギリアクレスタとその構成員たちが容赦なく牙をむき、弱点を奪いきった。ただし殺してもいないし、尊厳は奪っていない。






 一つのギリアクレスタという論。






 町を一つのギリアクレスタにする論を守るため、恨まれては困る。ときに怪物の命令がという声も残党たちから聞こえた。だがその都度言うのだ。怪物は裏切ってくるのを予測したうえで、野放しにしていると。絶望もなければ、諦めしかない。






 レギアクレスタ、彼と協力していたレギアクレスタはハリングルッズに媚びをうっている。怪物の配下という建前とハリングルッズの同盟者という形。暴走しがちな狐顔の男を逐一監視していたため、残党乗っ取り作戦を開始したときには、ハリングルッズに助けを求めている。






 だから狐顔の男はレギアクレスタには手を出さなかった。






 ハリングルッズが格残党組織の吸収を始めたギリアクレスタに対し、制裁を開始し始めた。だが、その動きはどうやらやる気がない。レギアクレスタを守ることに対しては、本気を出すようで、外から色々な戦士たちをリコンレスタに集め出している。






 だが格残党吸収には制裁程度のものでしかない。






 だからとにかく集めた。全ての残党の弱点、および残党組織の上層部切り捨てを遂行後、ギリアクレスタはハリングルッズに降伏声明を発表。降伏条件はレギアクレスタを除く、全ての町の統一。それが認められる場合、ハリングルッズにだけは逆らわない。






 また利益の一部もそちらに明け渡すという発表。






 ハリングルッズも展開を読んでいたのか、即座に受け入れの発表。






 こうしてリコンレスタの統一線が終わった。






 狐顔の男の目的は、怪物。ハリングルッズの仲間である彼という存在だ。レギアクレスタも隙を見て乗っ取るつもりである。しかし、今は無理だ。急速に奪い取った勢力の安定を図らなければいけない。組織の拡大と安定を同時に行うのだ。給料も仕事も食料も供給率を高め、組織に対しての忠誠を作らせる。








 日常を取り戻させる。裏切ることがないよう、裏切れない日常を作り上げる。






 狐顔の男の高笑いは止まらない。己の狂気がどこから生まれるのか知らない。されど楽しくて仕方がない。狐顔の男の裏切りと彼が信じた裏切り。それは同じ内容であり、彼の思い通りの展開である。






 狐顔の男は、読まれていると知ったうえで行動していた。








 ただし、ここでお互いに誤算が生じるのだ。








 ある人物がリコンレスタに帰還したことによって状況が変わる。その人物は怪物が町を掌握することを確信した人物だ。少しの疑いもなく、その人物はハリングルッズのリコンレスタ支部へ帰還した。






 黒いフードをかぶり、鬼を象った仮面をかぶる存在。フードの男だ。フードの男はリコンレスタ支部の人間から町がどうなったのかを聞いた。怪物によって町が分割統治され、その分割統治を裏切りによって2つにさせられたことを知らされた。レギアクレスタとギリアクレスタ。






 フードの男が聞き出した、裏切った組織ギリアクレスタ。そのトップがハリングルッズの地下牢で捉えていた狐顔の男だということも知った。だが驚きはない。怪物が仕組んだことに、失敗はない。






 だからそのギリアクレスタの拠点までわざわざ訪れる。怪物が掌握し、怪物が裏切りを許容した組織。フードの男はもはや妄信的に怪物の知性を信じていた。戦略が狂うことなどない。フードの男はギリアクレスタに事前に連絡し、拠点の入り口まで一人で歩いてきていた。




 入り口で待っていた数十人の人間。ギリアクレスタの構成員とその中心に立つ狐顔の男。






 その狐顔の男に対しフードの男が告げた。






「町はお前たちが支配したようで何よりだ。怪物が何を思ってお前を選んだかは知らない。だが私としても伝えなければいけないことがある」






「ふうん、どうぞ。あとその仮面外してよ」






 フードの男はもはや怖いものなどない。狐顔の男にも怖がる様子はない。だがフードの男の仮面に関してだけは顔を左右に振って拒絶した。






「これはお前のために付けた仮面だ。この仮面をつけている者の心を守る力がある。お前相手に仮面なしは少しばかり危ない」






「あっそ」






 つまらなそうに狐顔の男がいう。リコンレスタ支部における戦闘職のトップ、フードの男。この男は強い。下手をすればギリアクレスタの組織に一人で大ダメージを与える力を持つ。強要を用いれば、力ではじくタイプだ。怪物という制御装置がいるからこそ、平和的に会話ができている。








 そうでなければ殺されている。








「私は忙しい。だから簡潔にいわせてもらう。それと今からいうことは決して嘘ではない」






「勿体ぶらずにいいなよ。そうやって事前に会話の防衛線みたいなの引くとダサい」






 平和的に会話できる条件は怪物。この憎たらしい狐顔の男も、フードの男の上から目線の態度もその程度ですまされている。






 されど楽しみを奪われた狐顔の男。されど現実を知らされたフードの男。








 フードの男が佇まいをかえる。重く、沈み込みそうなほどの空気。躊躇うかのような顔を少し上げて、下げる動作。






 狐顔の男の眉間に皺が寄る。




「リコンレスタにおける伝説。この町の周囲に脅威となる魔物がいない理由をしっているか?」






「もちろん、リコンレスタに住むなら誰もがしっているよね」






 リコンレスタにおける伝説。






 この近辺に強大な魔物がいない。この近辺に脅威がいない。この町の実力者が少ないのと同じぐらいの理由がある。強大な魔物や脅威がいないから、この町に実力者は生まれない。






 しかし昔はいたのだ。強大な魔物による脅威があったのだ。






 むしろ、この近辺は危険地帯だった。






 Bランク以上の魔物があふれ、Aランクの魔物がごろごろと暴れていた。町を囲む結界が魔物たちの襲撃を抑えてはいたが、ひとたび外に出れば魔物の餌となる地獄。








 その地獄に一人の男が立った。9年ほど前に現れた男は一つの槍を手にしていた。パイプを斜めに切り取ったかのような切っ先。切っ先から持ち手まで血管を催すらせん状の文様が張り付けられた魔槍を携えて、男は言った。






 この町を救いに来た。




 リコンレスタの領主が変わる前の話。その男は一人で強敵の魔物を駆逐していった。町に滞在していた期間は一か月。その一か月で町の周囲から強大な魔物は駆逐されていった。最初に駆逐されたのは人の味を覚えた魔物。その魔物が消えてから、別の魔物が現れ、また駆逐。町の近くから魔物が消えれば、少し遠出をして駆逐。Bランク以下の魔物になるまでひたすら駆逐していった。






 リコンレスタは人を呼べるほどの力はない。冒険者なども旨みがないから寄り付かない。脅威しかない町と逃げられない閉鎖空間。その中で、勝手に訪れた男が、勝手に魔物を駆逐した。






 名はベルナット。






 この事件を皮切りに、表舞台に名を売れ出した男の名前だ。






 そして将来英雄となる、男の始まりだ。








 英雄が英雄になる前にリコンレスタを救った。






 リコンレスタの伝説。名前のない男が町の脅威を一人で排除し、その後英雄となった。町を救った男が、王国に名を売る英雄になったのだ。リコンレスタの誰もが感謝し、その英雄と知られた名前に歓喜した。








「その伝説が」






「伝説が?」






 フードの男が突如体を震わし、続きを止めた。先を言いたくないような様子。怪訝な表情で狐顔の男は催促しだした。






「伝説がどうしたってさ」








 狐顔の男も続きが気になる。






 まるで伝説が。






「伝説の男、ベルナットは死んだ」








 伝説が壊れた瞬間。狐顔の男の脳が動きを止めた。ギリアクレスタの構成員たちも動きを止めた。震えでなく、町の伝説が死んだ瞬間、考えを強制的に止めたのだ。本能に近い動きである。






 リコンレスタの脅威に一人で立ち向かい、勝ち取った男。






 王国に潜む脅威を一人で倒してきた男。






 リコンレスタにとって英雄は、思い出深い伝説だった。






「う、うそだ」






 狐顔の男ですら余裕そうな表情を捨て、疑惑の視線でフードの男を見つめている。伝説が生まれたとき、狐顔の男は子供だった。それこそ一ケタの年齢だった時期だ。町を囲む魔物たちの脅威に恐れていた多感な時期。英雄の登場をリコンレスタで初めて見たのが狐顔の男だった。






 そう、リコンレスタにおける伝説の始まりは、狐顔の男が最初に見届けたのだ。








 思い出が死んだ。






 狐顔の男が身を乗り出すように、フードの男に歩み寄った。






「ありえない、嘘だ。殺しても殺せない英雄が死ぬもんか」






 フードの男の肩口の布地を掴み、声を荒げた。ギリアクレスタの構成員も同じ意見なのか、抗議するかのような声がフードの男へと突き刺さる。ギリアクレスタの構成員の中身は、統一戦で共にした人々だ。だから想いに動く部分は一般人と変わらない。










「嘘じゃない!!」






「嘘だ!殺したっていうならだれが殺した!?魔物に殺された?魔物に殺されるもんか!貴族に殺された?貴族ごときが英雄に勝てるもんか!!」






 思いつく可能性を狐顔の男は上げていく。されどすぐに自分で否定する。英雄はその程度で死なない。








「わからないか?誰が殺したか?」






「わかるわけないだろ!!英雄は、英雄なんだよ!!リコンレスタにおける伝説なんだよ!!簡単に死ぬわけがない!!あれは、俺が絶対に手を出さないと決めた男なんだぞ!第一、英雄に手を出す奴が・・・」








 いる。






 思いつく相手が一人。






 狐顔の男が後ずさりした。まるで拒否するかのように体が動いていた。






「・・・まさか英雄を殺したのって」






 王国の伝説に牙をむく者がいるとすれば、頭のおかしい奴だ。英雄を殺せるとすれば、それは同じ伝説だけだ。






 ただ伝説じゃなくても、これから伝説になる存在かもしれない。






 リコンレスタから始まった英雄。






 リコンレスタで名を売ったものは英雄だけじゃない。もう一人いる。つい最近までこの町を弄び、誰も殺さずに町を纏めさせた奴がいたではないか。






 その答えは拒絶したかった。






 だが運命は許さない。




「そうだ、英雄を殺したのは怪物だ」








 その言葉は狐顔の男の心を打ち砕くのに十分だった。狐顔の男は英雄を初めて見た。冴えない年上の大人だと侮辱を心に思った。だが一つずつ脅威を打ち砕き、町に希望を取り戻させていく英雄の姿にあこがれた。冴えない大人でも、実はすごい人間だという事実に興奮した。






 子供がヒーローに憧れるように。






 狐顔の男も英雄に憧れた。






 英雄の姿が心で砕かれていく。鏡に映るかのような英雄の像がひび割れていく。








 狐顔の男はそれでも英雄を知りたかった。どうやって死んだのか。






「いつ死んだの?」






 それは上目遣いで、か細く問うた。






「1週間前。怪物がリコンレスタに訪れていた時期に殺された」






 英雄は怪物に殺された。だが怪物はリコンレスタにいる。






「英雄がリコンレスタに来たのかい?リコンレスタに英雄が来れば誰だってわかる。嘘をつくなよ、怪物に殺されたなんて嘘ってことか?俺を騙そうとしたっていうのか?」








 フードの男は左右に首を振る。






「英雄はリコンレスタで死んだわけじゃない。怪物の本拠地、ベルクという町で殺された」






「怪物がリコンレスタにいて、英雄が殺された?怪物本人が相手せずに英雄を殺したっていうのかい?冗談がすぎるよ!」






「そうだ。怪物本人は相手をせずに配下に任せた。その配下は魔物だ。リコンレスタに連れてきた魔物のほかにアラクネという魔物がいる。残虐性で有名な魔物だ。本来人語を喋らない魔物だが、怪物のアラクネは人語を喋る」






「魔物が人語を喋るとか聞いてない。怪物が、お兄さんが相手をせずに魔物に任せて英雄を倒した?」






 信じられるわけがない。






「アラクネ一体で、英雄は死んだ。Aランクの魔物、アラクネが英雄を倒せる確率は0だ。奇襲や不意打ちを考えても絶対に英雄は倒せない。・・・倒せないはずだった。だが英雄は死に、アラクネは生きた。アラクネが生きたのは、怪物の魔物だからだ。・・・怪物は・・・」








 怪物は予測できない。








「ははは、リコンレスタに現れて、陰では英雄退治?逆でしょふつう。アラクネをリコンレスタに、英雄はお兄さんが相手にする流れでしょ・・・」






 そこで一つの戯言が思い出されてしまう。狐顔の男が気にした彼の言葉。








 退屈。






 暇。






 退屈は恐ろしい。暇はもっと恐ろしい。






 ぞくりと背筋が震えた。狐顔の男が自分で口にし、自分で思い知る事実。退屈とは何か、狐顔の男が恐れたことだ。物事がうまくいきすぎて、新鮮さがないことだ。






 怪物の退屈とは何だ。もし自分と同じ退屈だとしたら。






 英雄ですら既定路線で倒し、つまらないと感じていたのなら。






 もはや伝説は怪物の餌でしかない。








 リコンレスタの統一、命を奪わない。それはゲームであり、縛りのようなものだったのではないか。退屈を紛らわすためのゲーム。命を奪わない縛りで、退屈を紛らわすためならば裏切る自分すら縛りの一つ。






 冷や汗が前面に押し出されていく。






「・・・お兄さん、怪物が言っていたんだよ。退屈より恐ろしいのは暇だってさ。何回もいってたよ、退屈も暇も恐ろしいって」




「怪物がいうなら、そうなんだろう」






 狐顔の男はフードの男を見る。






 狂人としての姿は狐顔の男になく、フードの男にも余裕はない。






 だが思いついてしまった事柄に、狐顔の男は問わずにはいられなかった。






「英雄も、リコンレスタも・・・怪物の暇つぶしだったらどう思う?」






 フードの男が硬直した。ギリアクレスタの構成員たちも巻き添えで硬直した。狐顔の男の頭の速さは誰もがしるところ。






 そして思い知る。






 怪物ならば考えてもおかしくない。










 狐顔の男は拳を握りしめた。






「お兄さんさ!!頭がおかしいなら、最初から言ってよ!!!」






 狐顔の男の裏切りすら予測した。それを本人に裏切ると断言した怪物。もはや裏切りすら暇つぶしでしかないなら、もう手がない。








「どうすればいいんだよ、俺は!!お兄さんさ!英雄と違って俺は人間なんだよ!!退屈が嫌いで怖くて、裏切るだけの奴なの!!!」






 怪物みたいに頭はおかしくない。








 狐顔の男は怪物がこの場にいなくて助かったと思う。もしいたとすれば、感情の吐き出しどころがない。裏切りも英雄もリコンレスタも全て、暇つぶし。








 強大過ぎる、怪物。危険な魔物を駆逐してきた英雄を一匹の魔物で倒すという嫌がらせ。弱者を蹴落とすリコンレスタで命を奪わない縛り。






 思わず顔が下に向いていた。目先にある地面に小粒の雨がふる。その雨は局地的で、顔の下でしか振っていない。








 悔しさは目元から涙となって、顔を流れていく。






「こんなのってないだろうが!!!!!」






 全ては怪物の手のひら。遊んでいたと思っていた道具が、実は遊ばれていただけの事実。




 悔しさが狐顔の男の心を支配する。




 許せない。怪物の思い通りになってなるものか。






 強い思いが、別の解決策を構築しだしていた。






 怪物は暇つぶしのためならば、何でもする。ならば、暇つぶしの相手にならずにしてしまえばいい。狐顔の男の決意は定まった。目元を袖で拭い、顔を上げた。






「お兄さんを裏切るのはやめる!!暇つぶしになってたまるか!!覚えてろ、決してお兄さんの遊び道具にならない」






 この日、狂人は裏切りをやめた。怪物の思い通りになることが許せない。絶対に許せない。だから裏切りでなく、従うことで暇つぶしをさせない復讐に変換した。






 狂人に言われたくないだろうが、怪物は頭がおかしい。






 そう思い、行動を開始。






 ギリアクレスタは、怪物の支配下に収まる連絡を発表した。もはやなりふりかまわず、ギリアクレスタは怪物の配下であると前面にアピールを開始した。








 ハリングルッズを上位者としつつ、怪物の支配下であるとアピールを開始した。怪物がハリングルッズの仲間であるからこその対応だと知らしめる。






 怪物あってこそのギリアクレスタという情報の拡散がされていった。

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