怪物の進撃 終

 ベルクの門前まで来れば、彼にも感慨深いものが心を満たす。外敵から人々を守り続けた壁と入り口の門。その歴史を見るだけで想像したくもなる。しかしそれよりも先に、門の入り口付近では出迎えるものたちがいた。




 蜘蛛の足をもち、人の上半身を持つアラクネ、雲。小鬼のような魔物、ゴブリン。子犬が二足歩行で歩くコボルト。その留守をしていた魔物たちが彼の帰りを今か今かと待っていたのだ。だからか、彼の姿が見えた瞬間、大きな拍手をし出していた。彼が近づくたびに拍手の音が大きくなる。




 この拍手の音、普段の彼ならば抑えるように指示を出す。だが仕事をして帰ってきたという彼の自負と周りに門番ぐらいしか人がいない。門番に彼は独自の頭を下げる挨拶をした。うるさいこと、戻ってきたことの二つを混ぜた礼儀の挨拶。その彼の独自の挨拶に対し、門番も合わせるように頭を軽く下げていた。






 そして彼は魔物たちに向き直る。




 拍手が激しくなる。それを彼は片手を小さく上げ、拍手に応えるようにした。その瞬間、拍手だけでなく絶叫のような鳴き声がベルクの内側で爆発した。拍手が彼の目で追い付かないほどの激しいものになり、興奮のためかその場で跳ねているコボルトたちもいた。






 大げさだと彼は思っている。しかし一週間以上会ってなかったことを考えれば、無理はない。だからか、彼は抑えつける気はないのだ。周りに人がいないし、あとで門番には詫びの品をもっていけばいい。うるさくした礼として、適当なものを渡せば許してくれるだろう。






 彼は門番がまともな人間だと知っていた。






 だから敬意を彼なりに示す。しかしこの出迎えだけは抑えつけたくない。迷惑をかけていることを自覚しつつ、彼は迷惑を押し通す。門番以外に誰かがいれば、即座にやめている。門番だからこそ、細かいことは追及してこないともしっている。




 彼の観察眼は誰に対しても発動する。それこそどういった性格かすら読み、怒らせない対応すら予測できた。勿論、最後に謝罪の礼は持っていくのだ。ただ迷惑をかけるだけでは彼の誇りが許さない。








 その内心で門番への対処を浮かべつつ、彼は魔物たちの元へと歩み寄っていた。






 留守番をしていた魔物たちの先頭には雲が立っている。その背後にゴブリンとコボルトたちが並んで拍手をしていた。誰もが興奮し、彼に対しての敬意を見せている。




 彼は膝を軽く曲げ、手を伸ばした。




 ゴブリンとコボルトの頭を全員撫でる。一匹ずつ近くにいたものたちから軽く撫でて、別の魔物へと撫でる対象をかえる。雲を除き全員撫で終えた後。




 雲と視線を交わす。




 雲はこのちびっ子軍団の長である。ゴブリンもコボルトも雲に逆らえない。彼の命令と雲の命令であれば、彼の命令だ。だが、彼の不在中は、雲の命令に従う。その群れの上位関係を彼は観察して理解していた。




 だが下位者であるゴブリンとコボルトを短く撫でた。




 魔物と人間の考えは違う。全てを平等に扱うのは、どこかで軋轢を生む。人間ですらそうなのだ。魔物たちならば最も違うものだ。本来ならば雲を撫でてから、下位者の魔物たちにいくべきだろう。




 彼は優先したのは下位者の魔物。




 わざとであるが、わざとでない。






 彼が見る、雲の目線が高くなっている事実。全体的に成長したのか、雲の様子が全然違う。子供らしさは変わらないが、その子供の中に大人が混じり出したようなのだ。




 身長が伸びた。目元がくっきりしだした。




 その事実に彼が気付き、時間をかけたいと思った。だから他のちびっこ軍団を先に優先した。決して悪意ではない。彼は雲を信用はしてないし、信頼もしていない。でも、言うべきことは言うべきだと自覚している。






 現に雲は彼の性格を知っているから文句など言っていない。それどころか嬉々として彼を見上げている始末。






 彼の手が雲の頭に伸びる。いつもより違う高さまで伸ばす手。雲のふんわりとした髪の上から優しく撫でる。そっと宝物を扱うように撫でていく。






「・・・ただいま」






 彼は雲から目線をそらさず、帰宅したと告げたのだ。雲も彼から目線をそらさず、笑みを浮かべて口を開く。




「くきゅ♪!」




 おかえりといった鳴き声。雲は人語を喋れる。だが彼の前で話す気は一切ない。雲は人の姿をとれる。だが、彼の前でなる気はない。彼に対し、どこまで秘密を作るのかという挑戦をしているのだ。




「留守番ありがとう」




 ベルクにおいての出来事を彼は知らない。だが雲が成長したことは知っている。ただで雲が成長するわけがない。その秘密があることを知りつつ、彼は聞かないのだ。しかし、言うべきこと定番の事だけは言った方がいい。彼の中の常識が当たり前を選択する。




 留守番をしたのは事実。ベルクで他の魔物の面倒を見たのも事実。出迎えたのも事実。




 雲の功績を彼は否定しない。するわけがないのだ。良いことをすれば、それなりの報酬を。悪いことをすれば、それなりの教育を。彼は恵まれた世界で生まれた。恵まれた人生は送らずとも、環境が多少悪くても、彼は恨みなどはない。必要な勉強も食事ももらえた。ただ次のステップに進めなかっただけのこと。それを恨んでいいのは自分の無力さであり、他人に対してのやつあたりでない。




 与えられてきたものは確かにあった。それを彼なりの解釈で魔物たちに与えていく。




 彼は自分でも面倒臭いと理解していた。こういった解釈で自分を訴えないと動けない。




 理屈が彼には必要なのだ。感情ではなく、理屈が。動いたメリット、動かないメリット。感情だけで動くと損をするから、理屈でメリットを誤魔化す。






「雲」




「くきゅ?」




 彼の名指しに雲は首を傾げた。頭を撫でられつつ、雲は彼の様子を窺っている。突然、彼が名前を言うときは大体何かある。彼は雲の考えを気にすることなく続けた。






「今晩、何が食べたい?」






 その瞬間だけは雲の考えが吹っ飛んだ。彼の発言において、雲は初めて頭が真っ白になったのだ。少しして、雲は大きく跳ねた。頭をなでる彼の手が衝撃で上下にゆれる。雲が着地した際に彼の手が雲の頭に着地する。




 雲の小さな両手は彼の肩を掴む。膝を曲げているため肩に手が届く雲。それから更に彼へと身を乗り出した。目にはキラキラとした輝きがあった。雲の顔と彼の顔の至近距離。




 そして、雲は大きく離れ。くるりとその場で回る。一周したように周り、彼に正面が向く瞬間、大きくジャンプし、地面に着地した。




「くきゅきゅ!!」






 両手で作る大きなわっか。大きな輪っかを雲はニコニコしてつくる。そして大きなわっかを崩し、小さな輪っかを作る。先ほどの大きな輪っかがあった場所に乗せるように、小さな輪っかをのせる。




「くっきゅ!」




 彼が見届けたのとを確認し雲はつづけた。




 雲の両手は両頬を押し込んで当て、体全体をふわふわとしたように揺らす。楽しそうに、美味しいものを味わったかのように雲は表現していた。






 彼の記憶。




 雲がその様子をした記憶が一つある。適当に作った物だった気がする。前の世界であったものを彼がこの世界で再現もどきをしたものだ。






 大きな輪っかに小さな輪っか。






「・・・ハンバーグ?」




 大きな輪っかはハンバーグ。小さな輪っかはその上にかけられたソース。




「くきゅ!!!!」




 彼の問い、答えがあっているかの疑問。雲はその名前を聞いた瞬間、大きくうなずいた。雲はワクワクとした様子だ。彼を窺い、本当の意味での子供らしさを見せている。




 演技ではない。




 たかがハンバーグ。しかも彼が作る普通の腕前の料理。この世界で手に入れた安物の肉を適当にこねたものだ。品質も種類もわからない。適当に安くて、単体で食えばぱさぱさした肉。それをこねて焼いた。材料が悪い以上、彼も気取らず作れた料理だった。ソースはケチャップもどき。トマトのような赤い実と砂糖のように甘いもの、玉ねぎっぽくて玉ねぎじゃないもの、この世界における材料を適当に組み合わせたケチャップもどき。自家製の料理だった。




 この世界に調味料など少ない。彼がこの世界の食材を前の世界の調味料もどきにしている。




「時間かかるよ」




「くきゅ!!」




 ケチャップもどきを作るのも。ハンバーグもどきを作るのも。時間がかかる。それでもいいといった雲は返事を返していた。彼は雲の意見を聞いた。だが時間がかかると他の魔物たちの食事も時間がかかる。だからか彼は周りの魔物たちの様子を窺った。




「ハンバーグ結構、時間が・・・」




 時間がかかるから他のにしたほうがいいよと続けたかった。彼としてもいきなりハンバーグを作るとなると労力がかかる。手間がかかるのだ。だから極力避けたかった。




 しかし魔物の様子を見た瞬間、口を閉ざした。いつもならば、気にせず魔物たち相手に言う彼の口が閉じたのだ。






 皆、ワクワクした様子で彼を見上げている。ちびっ子な魔物たちだけでない。華も静もハンバーグの言葉を聞いた瞬間、彼を見つめていたのだ。希望に満ちた様子、ハンバーグの名前を聞いてよだれをこぼすゴブリンもいる。魔物たちの幹部として華も静も抑えてはいるものの、楽し気な様子を隠しきれていない。




 そう、皆楽しみにしている様子なのだ。






 たかがハンバーグ。






 彼は額を思わず掻いた。




 狐顔の男ですら彼に額を掻かせなかった。しかし彼は魔物の楽し気な様子に、自分の手間の苦労を天秤にかけたのだ。




「う、牛さん」






 牛さんなら、ハンバーグを聞いても普通だろうと彼は思った。だが彼の思惑と違い、牛さんは涎をこぼしそうで、こぼさない絶妙プレイをしていた。肉食もでき、草食もできる異世界の牛さんは、彼のハンバーグが決定事項のように感じていたのだ。






 彼は牛さんに弱い。彼は華に静に弱い。働いたものたちの細やかな要求に弱い。彼が何もできないからこそ、魔物たちが補う。彼にはこういった還元をしないといけない義務がある。






「・・・ハンバーグかぁ」




 悩みつつ、半ばハンバーグにすることを決めていた。




 彼は負けた。知性の怪物と呼ばれる彼が、魔物のワクワクした様子に勝てなかった。実際留守番をしていた魔物もすごい。彼を守った華も静もすごい。牛さんも彼の指示に従った。彼はただ、適当に状況を読んで、介入しただけだ。






 たかがハンバーグ。たかが自分の料理。




 それで喜んでもらえるならいいのかもしれない。






 あきらめて、彼はハンバーグにすることにする。どうせ美味しくもないし、不味くもないハンバーグが出来るだけだ。






 彼は自分の料理の腕を知り、それでも魔物が喜ぶからこそ、報酬にしたのだった。








 しかし訂正をするのであれば、彼の料理はこの世界において不味くない。むしろ上手いレベルだ。ハンバーグもケチャップもどきもこの世界にはないのだ。肉の寄せ集めはあっても、素材をそれなりに生かす料理は少ない。彼の前の世界の食材への知識が、ある程度の形を保つ。ある程度といっても、この世界においてはレベルの高い形だ。




 現代人の舌が化学調味料やら調整剤になれているからこその評価。味が薄く、料理になっているだけのものと彼が評価を下しただけだ。あくまで現代人の判断でしかない。






 この世界にとって彼の料理は新鮮である。化学調味料などを知らない世界の住人にとって、彼の料理は食材を生かした技術の高いものだったりする。適当に作って、料理の形になる腕が、下手なわけがない。






 店の料理に勝てなくても、素人レベルにおいては遥か上。前の世界の知識で料理をすれば、それこそ上級者のシェフにでもなれる。この世界のシェフが彼の料理をまねしたところで、真似しきれるものでない。調理工程を見るだけで真似たとしても、他の知識で負けていく。




 衛生にも気を使った彼に、料理で勝てるものは実は少ない。






 そうでなければ、魔物たちは彼の料理を楽しみにしない。魔物たちの贅沢の一つ、彼の料理がある。毎日変わる献立。彼なりの飽きさせない工夫。宿の食事だけでなく、ベルクの外でも行われる野外調理。魔物たちは、彼に敬意を持っている。敬服している。




 弱い彼であるが、従わせるほどの逞しさがある。




 弱いくせに、強い。彼への魅力だけでなく、料理によって胃袋を捕まれた魔物は、もはや彼なしでは生きられない。雲ですらそう。留守番中、彼のことを思い、彼の料理を思っていた。






 彼は強い。






「仕方ないから、ハンバーグにしよう」






 彼の諦めた声、面倒そうなものである。だが彼は一度発したことを変えたことは少ない。天気が不安定なときの仕事日の変更。体調が悪いときの休み。基本、やると決めたらやろうと努力するのが彼だ。




 だから彼がハンバーグといえば、ハンバーグなのだ。






 彼の発言を聞き、魔物たちは大きな声で爆発した。




「「も!!ぐぎゃ!!ぶい!!くきゅ!!わん!!が!!!」」




 それぞれの魔物たちが、独特の鳴き声で合わせてくる。興奮のためか、抑えられないのか。その場で独自の喜びを示した魔物たち。涎をたらしそうで垂れない牛さん。握りこぶしを空へと上げた華、足を地面に大きくたたきつける静。拍手をやめないゴブリン、コボルト。






 そして雲は表情をとろけさせ、彼へ抱き着いた。






「・・・みんなで食べるから準備をしよう。場所は平原。食材を買うのを華は手伝って。小鬼くんと子犬くんは、宿にある調理器具を纏めて持ってくるように。静は馬車を宿の前において、皆が持ってきたものを馬車の中に入れとくこと。牛さんと雲は場所取りしといて、危ないものがないところ、危険な生物がいないところでやるから」






 たかがハンバーグで大げさになってしまう。




 しかし魔物たちが選んだ以上、働いてもらう。それでもハンバーグの魅力が勝るのか、魔物たちは嬉々として指示に従う意志を見せた。本来ならば彼一人で用意しないといけないのかもしれない。普段働かせる魔物たちへの報酬だ。数が多いため、彼一人では厳しい。体力がない。




 何より彼が一人でやろうとすると勝手に手伝おうとするのが魔物たち。だから彼は深く考えない。






「・・・では、各自指示に従って解散」






 彼の指示によって、魔物たちは駆けるように動き出した。慌てているわけでなく、彼の指示を早急にこなそうとする決意の表れだ。またハンバーグを早く食べたいという欲求の表れだ。






 彼は思う。






 食べ物一つで、夢中になれた頃が懐かしい。




 子供のころを彼は思い返した。大したことのない子供時代であっても、確かに食べ物で一喜一憂した過去がある。それを思い出し、なつかしさのあまり微笑んだ。






 魔物たちの動きを見送り、食材を買う要因として指示した華に視線を送る。






「行こう・・・他の子たちに負けるまえに」






 彼は歩く。食材を買うために、魔物たちに日々の感謝を還元するために。














 野外調理のハンバーグは魔物たちに大盛況だった。魔物たちが美味しさのあまり発狂し、おかわりのアンコールの鳴き声。聞き分けのいい牛さんですら、鳴き声の合唱に乗っかる始末。それに苦笑しながら彼は夜空の下、ハンバーグを作るのだった。






 それと、出来立てのハンバーグを門番へと静に届けさせた。門前で騒いだ謝罪品としてフォークを込みで、渡した。彼が人に調理したものを渡した理由。本来なら渡さないが、あのとき門番のおなかが減る音が聞こえた。仕事中に食べ物の話題、それでお腹がすいて職務に忠実になれなくても困る。騒いだところを見逃してもらったのだから、こちらも恥をかくべきと渡したのだ。






 結果、門番の胃袋すらつかんだ。






 同時に怪物の料理は上手いとベルクに広がった。怪物から料理を渡される門番の地位が何故か上がった。誰もが恐れる彼に料理を作らせ、持ってこさせる門番。冒険者からもベルクの人々からも見下された門番が、見下されなくなるのもどうでもいい話。




 怪物の料理がどのようなものか興味を持たれるのも、どうでもいい話。


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