怪物の利益 好景気

 リコンレスタの一件から更に一週間がたった。彼の周りは平和だ。変わらぬ太陽が空を指し、からっとした風が程よく彼と魔物たちを包む。ベルクは異世界での故郷だ。初めての町、初めての魔物。




 ここで始まった。




 ここからベルクは変わっていた。






 


 少し変わったことがあるとすれば、時折人混みが整理されたことだ。それこそ規範のないごちゃ混ぜで人々が交差していた。それが通行に基準ができた。右側通行という基準だ。彼の元の世界は左側通行だった。だから少し感覚がずれそうになる。しかし基準は基準。すぐに彼も適応した。




 また商売人も礼儀を持つようになった。それこそ昔は、偽物販売をする宝石屋も品質偽装する肉屋もいた。薬の効能を騙るものもいた。人々に脅しをかける冒険者もいた。




 だが今はいない。




 この町に秩序ができた。




 この町の勢力が変わった。




 ニクス大商会と呼ばれるものが、冒険者ギルドよりも犯罪組織よりも勢力を拡大した。かつて町を支配した冒険者たちの立場は狭い。かといって冒険者がいなくなるわけじゃない。ニクス大商会になってから冒険者たちの給料が跳ね上がった。今まで支配者の立場であったからこそ、給料が安くてもよかった冒険者。しかし支配される側になってからは、不満があれば逃げ出したほうがメリット。そこをニクス大商会は自分から進んで支払う金を増やした。






 だから冒険者からすれば、ニクス大商会はかつての敵対者であっても、雇い主になる。支配される側になっても、構わないと利益によって意識がかわった。




 ニクス大商会の旗が立った商店は値段も多少高いが、嘘はない。信頼を売っているようだった。またニクス大商会側は武力を持っているようだった。支配者だったころの感覚が抜けない冒険者もいる。給料が上がろうと、立場がわからないものたちだ。それらを排除するために、身を守るために必要な武力だ。






 彼から見ても民衆の意識も改善した。マナーが変わった。ルールを特に守るようになった。かつては日常をこなすだけで精一杯だった。贅沢もできても月に一度ぐらい。今は、違う。贅沢は週に一度ぐらいの規模になった。収入が上がった。不安が減った。仕事が増えた。選べる職業が増え、他所から流入する人が増えた。




 利益があり、余裕が民衆には出てきていた。余裕は改善する気力を生み出した。マナーを守るという意識改善。ルールを守れない人は給料の高い仕事にありつけない。他人から無理やり奪うのでなく、争うのでもない。しかし競争相手に対しては本気を出す。単価を安くするのでなく、品質を高めていくほうへ。




 買う側のマナーができたのだ。




 売る側のマナーができたのだ。




 順番を守り、良いことを目立たせ、悪いことを排除する意識が芽生えたのだった。




 当時は冒険者たちの圧力もあり、少し窮屈さもあった。ニクスフィーリドという地方犯罪組織もベルクにあったが、冒険者たちに対し反抗する程度のもの。




 地方犯罪組織程度の戦闘素人が戦闘のプロたる冒険者に勝てるわけもない。






 しかし突然状況が変わった。




 ニクスフィーリドが壊滅。




 冒険者ギルドのベルク支部長の死。






 権力者に圧倒的有利なバランスが崩れたのだ。




 そのニクスフィーリドをグラスフィールの都市から来た商人たちが吸収し、新たな組織を立ち上げた。それこそ初めはグラスフィールの富を流したものだった。しかし吸収されたニクスフィーリドの元人員にもプライドがある。それぞれの技能を高め、商人たちが送ってくる富を使いこなしていくようになった。




 鍛冶もそうだ。武器も防具も独自の生産ラインを持った。食料も自分が食えるかわからない生産量で、他所から輸入したもので補っていた。それが今では専業の食料生産者ができた。その生産者から食料を買い、加工する業者もできた。




 商人が技術の富と、金銭による富を持ってきた。それをニクスフィーリド側の人員たちが一生懸命勉強したのだ。勉強して身に着けた技術を持って、職人となった。




 そして商売を開始した。商人がまとめやくとなり、顔役となる。




 裏役がニクスフィーリドの元人員。生産に関して、自信をもつほどに成長。




 商人もニクスフィーリド側のプライドの高さに、扱いづらさを感じながらも、成長の高さに関心。今では商売を支配させてもらっている。






 営業が商人なら、現場はニクスフィーリドの元人員だ。






 商人が必要以上に利益を貪ることはなく、元ニクスフィーリド側もぼったくることはしない。




 だからこその利益。だからこその好景気。ニクスフィーリドと商人連合を合わせた、ニクス大商会。その勢力は自分たちだけでなく、ベルクに還元しだしたのだ。ニクス大商会が雇うという形でベルクの人々に求人を出していった。




 最初は何もなく、限られた仕事を低賃金で働く人々。




それがやりたくない仕事はやらなくてすむ。別の仕事を探せるのだ。また人から嫌がられる仕事場は、給料を上げ、再び求人を出す。




 現在、ベルクは好景気である。








 好景気による人の溢れ具合。そのあふれは彼の精神に負担をかける。しかし好景気による活気が、彼の将来を明るく照らすため、負担以上に幸せだった。




 彼は故郷が好景気で大変喜んだ。その微小な喜びを、見上げるように魔物たちがみて共有した。とくに牛さんと雲が彼の様子を強く窺っていた。牛さんは彼が嬉しそうで何よりと狂暴な顔で微笑んだ。雲は表面上は笑みを浮かべ、含みを隠しきっていた。それを彼が知るものでない。




 彼が喜び、人々が喜ぶ中、ベルクには大問題があった。






 人手不足という問題だ。人手不足だから給料を上げて、人を雇う。安いところの人は高いところへ転職する。しかしそれ以上に人手が足りなかった。






 そこで別の町、都市、村から勢いよく人が流入しだした。ベルクの好景気を知り、不景気か飯を食うだけで精一杯の者たちが集まりだしたのだ。タイミングよく、仕組まれたかのようだ。




 むろん、その中にマナーが悪いやつはいる。








 彼は行政が仕事をしているためと思っている。しかし現実は違う。行政は口を出さない。手を出さない。




 流入してきたマナーの悪い奴は、ベルクの人々が自意識の中で排除したのだ。またマナーに同化させるように流入者に圧力をかけたのだ。だから皆、マナーがよくなる。マナーがよければ、求人を手に取れる。技術を学べる機会を得る。






 自浄作用が起きただけだ。




 行政は何もできなかった。




 行政側にも意見がある。






 冒険者という支配者を自前で駆逐できる何者かがいる。ニクスフィーリドなる地元犯罪組織を排除した何者かがいる。そのうえでグラスフィールから資金をもってきた何者かがいる。






 商人とニクスフィーリドをつなぎ合わせた何者かがいる。




 雇用が生まれ、好景気を作り出し、人手不足を作り出し、今では冒険者が求人を手に取って働くぐらい。




 税金も増えた。人々の笑顔が増えた。領主側である行政は口を出せなかった。なぜなら自分たちがやるべきことを何者かが勝手にやってくれたのだ。また利益だけを送り付けてきたのだ。




 そこで下手なことをするのは厄介だ。




 ベルクという一つの町。領主は町一つしか支配していない。




 グラスフィールの商人に繋がるパイプを持っていない。




 何者かは、幾つものパイプを持っている。それこそベルクの領主程度、いつでも破滅させるぐらいの規模のパイプだ。それを行政側は把握している。




 このベルクで英雄が死に、広場で幾つもの死体が溶けた事件もある。そういった物騒な事件があったのだ。しかし、もみ消された。王国側から消されたかもしらない。ニクス大商会が消したかも知らない。




 しかし、大きな力を持つものが消した。




 貴族が関わるか、王族が関わるか。それとも別の勢力、ハリングルッズか。






 そんなパイプを持つ、何者かの功績にケチはつけられなかった。知らずにいれば、利益がある。だから黙秘し、何者かに無条件降伏をしたのだ。






 実のところ行政側は何者かの正体をしっている。知っていて、表に出せないのだ。




 ベルクの人々に聞けばわかる。誰が持ってきた好景気か。誰がニクス大商会を誕生させたか。誰が雇用を生み出し、安定した日常に贅沢を持ってきたか。聞けばわかる。




 皆こう答えるだろう。






 知性の怪物と。




 歯向かう物は排除し、邪魔になったものも排除。




 しかし、邪魔にならなければ、利益をもたらすときもある。それが好景気となる利益。人々は怪物の恐ろしさを噛みしめた。暴力だけでない。ベルクの歴史に深く関係する、トゥグストラ。その魔物を連れ、街並みを散歩する姿を見ていた。気配が薄く、気付けば見失う人間。生きていると思えず、死んでいるかのような瞳。最近は赤く染め、見れば煉獄の地獄を思わせる悪意が詰まっている。




 その裏には恐るべき知略を持ち合わせた天才。悪意を貯めた裏には、その証明となる凄惨な事件を引き起こしてきた。だからこそ人々は恐れている。




 しかしベルクの人々は同時に尊敬もしている。




 不景気だった町が、仕事に満ち溢れた。




 悪意が実態をもって、空を隠すときもあるが、無害だ。体に悪影響はないとニクス大商会側から連絡もされている。また不安にさせているとして、悪意手当も支給されていた。






 贅沢も教え込まれた。働く意義を教えられた。冒険者も地方犯罪組織も叩き潰した。治安を良くしたのだ。生きやすくしたのだ。怪物は犯罪組織を身内に入れ、それらに技術を教えた。そして問題を起こすことは基本ない。問題を起こした者がいても、すぐさま教育と称してニクス大商会で連れていかれる。




 そこは時折犯罪組織臭い。




 行政も民衆も、知性の怪物を恐れている。その知略に、その掌握技術に。人は利益がなければ、動かない。圧力をかけた脅すだけで付いていくわけじゃない。強者の圧力は、力が弱まった瞬間反逆される。恨みが強ければ強いほど、反逆の目は大きくなる。しかしそこに恩を混ぜ込むことによって、反逆する意味すら消すのだ。






 怪物は天才だ。




 暴力も利益も圧力も綺麗に重ねてベルクを支配した。




 もう誰も逆らえない。






 彼はそう思われていても、自覚はない。人は自分のことになると無自覚になる。無関心になる。自分のことだからこそ、第三者の視点でとらえられなくなるのだ。










 彼と人々の意識が違う点がもう一つあった。彼の誤算だ。












 行政も民衆もある意味恐れるものが出た。知性の怪物関連において、利益を最も受けづらいものだ。流入したわけじゃない。何か活躍したわけじゃない。しかし、ニクス大商会も冒険者も人々もある意味恐れる上級者が生まれたのだ。






 その上級者は今でも外を見守っている。今まで見下してきた者たちを守るために職務に励む者だ。




 外と町をつなぐ、門の管理人。




 門番。




 その門番は怪物自ら料理を作り、渡したという。その残り香をたまたま嗅いだ人々は思った。匂いにつられ、視線を向ければリザードマンが皿に乗せた料理を持ってきたという。時刻は夜。昔は夜だったら人が少なかった。だが好景気の町において、人々の流れは夜でも止まない。






 その匂いを嗅いだものは腹を大きく鳴らす。その料理の姿は視界から空腹を作り出す。独特の肉の塊、赤いソース。それを怪物のリザードマンが笑顔で門番に渡したのだ。




 食べる様子を楽し気にリザードマンが見ていたのだ。




 その料理をフォークで門番がおいしそうに食べる姿を人々が見ていたのだ。






 美味しいと大きく騒ぐ門番を見たのだ。




 食べてみたいと思った。しかしその料理はどこにも売っていない。どこでも食えるわけじゃない。ベルクは好景気。金ならある人々が増えた。しかし金があっても買えないものがある。






 門番は、門前で魔物と彼の会話を盗み聞きしていた。だから、リザードマンが持ってきた料理の作成者も名前もしっていた。






 彼の料理は美味しい。




 彼の名前を出し、門番がほめたたえた。






 その瞬間、ベルクの勢力が大きく異なった。ニクス大商会も用意しきれない料理、知性の怪物は料理の才能もある。知略、調略、料理、武力。町を支配し、大きく王国に名を轟かす怪物。そんな怪物に門番が気に入られたという情報だ。






 また、怪物が作った料理を味見したいと思う贅沢が出来た。






 その夜、ベルクの料理店は多くの客が訪れた。しかし、門番が食べた料理の再現や名前を注文された。だがどの店も答えられなかった。ニクス大商会の旗を立てる料理店も出来なかった。






 いまだに、怪物の料理を再現できる店はない。知識も調理法もしらない未知の料理。その噂は町中に広がり、怪物への畏敬を高めた。主に料理店からの畏敬と嫉妬を稼いだ。




 同時に門番の地位が跳ね上がった。門番に対し理不尽は極端に減った。それどころか冒険者も人々も料理人も門番に形だけの敬意を示すようになった。






 人を不快にさせるだけじゃない。不幸にするだけじゃない。




 知性の怪物の君臨はこういう、形にならない利益があったのだ。

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