怪物の進撃 2

彼はリコンレスタの1区域を1周するように宿へと戻っていた。その時には宿の前では人だかりができていた。入り口だけでなく、建物全体を囲むような人だかりができていた。老若男女とわず、子供も含めて人だかりができていた。彼が振り返ることなく散策して、背後についてきた人々も含めれば、結構な数だ。1区域全体の住人が彼の宿の前に集結していたのだ。




 誰も救われたいと思っていない。安全だからここにいる。死んだような顔、目から希望をけした生きるだけの人々は怪物すら恐れない。




 宿で待っていた人々は彼が来ると同時に道を大きく開けた。人の海が割れるように、彼と魔物たちの道を作り上げる。誰も不満も言わない。彼が来たら道を開ける、当然の義務のようだった。その道を通れば、左右の人々の壁から死んだ視線が人形のような彼へと突き刺さっていく。






 この町はどこかおかしい。






 彼はアイドルではない。怪物はアイドルではない。悲鳴もなければ、絶叫もない。応援する声もなければ、否定する声もない。怪物が滞在する宿だから、ここにきた。しかも宿に入り込むことは一切していない。行儀よく、そのくせ周りにいたがる迷惑さ。






 リコンレスタは死んだ町。その住民は消えかかった灯そのものだ。






 誰も助けてとは声をあげない。助けてほしいとすら思っていない。怪物がいれば安全だから、その理由でここまで付いてきた。宿にまで押しかけてきた。








 そのさい宿には迷惑をかけても、悪事となることはされていない。










 ミディアレスタを壊滅させたハリングルッズの精鋭。ハリングルッズの精鋭にして、人でなしの怪物。ハリングルッズの一員であって、ハリングルッズすら手に余る。その彼に人々は自分から集まってきたのだ。










 この町はおかしい。






 宿のロビーに入れば、背後の入り口付近は人の気配。木の両扉で押し込むように力をいれれば、扉が内側に動くタイプのものだ。だから誰でも入れる。木の両扉も彼の腰から首元までしかないため、足元はがらがら。子供なら潜りぬけてでも入れる。彼が入った後、誰かが続くと思っていた。だが入り口付近で気配は入ってこない。






 受付まで彼は歩く。ミディアレスタの襲撃の際逃げていた受付も今では一人ほどたっていた。リコンレスタの宿は基本的に壁と屋根があればいいだけというものだ。壁紙なんていうものはない。床もところどころ抜けている。ただロビーだけは広く、歩きながら彼が指でロビーの端あたりを指さした。牛さんは指の方角を見て、指示された地点にて移動。そして座り込んだ。






 受付のカウンターに彼は片手を置いた。






「・・・あれは一体」






 彼がいうあれとは人々。ロビーの受付も不安そうに答えを返す。




「わかりません、お客様が・・・お客様が暴徒を叩き返してから」






 ロビーの受付は老齢な女性だ。一人残った老齢な女性は目の前の彼の機嫌を損ねないように答えていく。暴徒といったのもミディアレスタを知らない体のもの。このリコンレスタでミディアレスタの名前を知らないものはいない。だがただの暴徒をミディアレスタと知る術も基本ない。


 誰よりも先に逃げ出したのだ、知っていてはおかしい。ミディアレスタの襲撃者が勝てば、怪物は悪となる。だが負けた方が悪となるのが世の常、ミディアレスタが悪となる。そうなるとミディアレスタとつながっていたと知られるのも不味い。危険と怪物の実力を噛みしめさせられた老齢の女性は、年の功を生かしたのだ。




 知らない。知らない体なのだから、すっとぼける。






 彼の武力、名声、ミディアレスタ壊滅、自分だけ逃げたことによる報復への不安。幾つものマイナスな印象を彼に抱いている。抱いているが逃げていない。この宿の職員であり、今この宿はリコンレスタ随一の安全地帯と化している。年の功とはいったもので、彼から逃げなかったのは、ここ以上に安全な場所を知らないからだった。最初はミディアレスタ側の警戒が強い地点で家族を住まわせていた。だがミディアレスタ壊滅を知るや否や、すぐさま宿に家族を連れてきていた。ハリングルッズはよそ者、ミディアレスタは地元民。怪物はよそ者。地元民のミディアレスタが壊滅した以上、よそ者の中でも面識があるほうを優先した。




「・・・どうもありがとうございます」




 彼はそれ以上は聴かない。相手が知らないといっている以上、それ以上聞く気もない。小さな袋をカウンターに乗せた。そこにあるのはベルクから持ってきた金の一部だ。少なくも高くもない。情報料金として通常の料金より1割ほど上乗せされたものだ。




 この世界は情報に金を払う。情報は何よりも貴重だ。現代では情報の価値が安くなりすぎている。金を払わなくてもいい世間話にすら、貪欲に金をとられるのだ。むろん、彼から金をとろうとするものはいない。だが彼に好意的に情報を渡すもの好きもいない。だから金を渡すことによって、相手から旨みのあるやつだと認識されなければならない。旨みがあれば、多少は融通が利く。






「こちらこそありがとうございます」




 老齢な女性は笑顔を見せた。答えにも躊躇いなどは含まれない。あくまで全て知らない。怪物の不利になることも自分が不利になることもこぼさない。






 状況確認がおわり、彼が自室へと向かおうとしたときだ。歩もうとした足を彼は止め、再び老齢な女性のほうへと視線を向けた。






「・・・入り口の人々はどうしたらいいですか?」






「どうもしなくて結構でございます」




 追い出さなくても、追い出しても意味はない。宿に入るわけでもなく、問題を起こしているわけでもない。ほかの客が入るかどうかといえば邪魔だが、ミディアレスタ壊滅時に客が入ってくるわけもない。この町は戦争状態なのだ。壊滅したとはいえ、まだ落ち着きを見せていない。




 人々の群れを排除して、新しい客を迎えることはリスクだ。宿が無い客からすれば入りたいかもしれない。入り口にたかっている人が邪魔で入りたくないかもしれない。でも、新しい客が来たところで泊まらせる気はないのだ。来てもらっても断るだけだ。だから宿から断る手間をはぶくには、人々の群れはちょうどよかった。






 客を現状で入れることはリスクでしかない。ミディアレスタの残党、暴徒の侵入、色々な立場の弱者と立場を誤魔化す強者が入りこんでくるかもしれないのだ。入り込まれて、ミディアレスタの残党から宿は共犯だとばらされても迷惑だ。怪物に処分されるリスクがある。暴徒を迎え入れて、問題を起こされても手間だ。宿を壊されても、誰も修理代を払わない。暴徒を対処しようにも怪物ぐらいしかできるものはいないのだ。対処を怪物に頼んでも金を出さなければいけない。物が壊れても怪物に請求できない。






 この宿はミディアレスタ側の力を二度と受けれなくなった。ハリングルッズ側とミディアレスタ側の中間で天秤のように中立を保つこともできないのだ。






 だから老齢な女性は人々を排除しない。人の群れとは武力であり、防壁なのだ。天秤がハリングルッズ側に傾いた以上、敵を中にいれない方策をとる。








「・・・わかりました」






 そして再び彼が歩き出した。だがその背に扉の開く音が届いた。入り口の両扉を開けたものがいたのだ。さすがに普段なら彼も扉が開いた音ぐらいで足を止めたりはしない。されど彼は足を止めた。背後を振り返れば、入り口の両扉を両手で開く者がいた。それは人々の壁を両脇にし視線すら向けない者だ。入り口にそのまま入り込む、人々はついていかない。宿に入り込んだのは一人。






 鬼を象ったかのような邪悪な仮面をかぶり、黒いフードに全身を包む男。容姿などは一切みたことはない。共に仕事をしたときに聞こえた仮面越しの声が低音だった。そして渋かった。予感として勝手に男と彼は思い込んでいた。






 そのフードの男は入ったとたん、探すように仮面を左右にふっている。その行動のさなか、彼を見つけたとたん探る動作は止まった。






「マダライどの、少し問題が起きました」






 挨拶もなく、いきなりの要件。されど彼が気にする点はそこじゃない。仮面越しの言葉が嘘ではなく、震えていたからだ。疲労によるものではなく、彼を見た途端に体が震えだしていたのだ。






「・・・なんの問題が?」








 フードの男が要件を言おうとすれば、答えるのが彼の務め。常に受け身の彼は与えられたものを聞き出すことに躊躇いはなかった。




「その質問に答えるまえに、最初に言わせていただきたい」




 だからかフードの男は深呼吸をした。仮面越しから緊張が伝わる震え、そして声が発せられた。




「ハリングルッズは、リコンレスタを壊滅させます」




 それは不快を買う事への恐怖か。彼を一目見たとき、最初に出会った時とは違う変化が彼には会った。もはや誰もが彼を見たときに気付く点。悪意による変化した片目だ。その目は人の心を激しく動揺させる。負の感情を発しさせやすくする。だから怖くてしょうがない。




 彼、怪物のことを、村での脅迫事件から怖い目でしか見れないのだ。ただでさえ怖いのに、悪意の目とかなんてものを付けてる。そんな時点で悪行は更に重ねていることは明白だ。表に出ない部分もきっとある。






「・・・なんの問題があったと?町一つを壊滅させる判断なんて」




 だから怪物が質問を返したとしても驚かない。怪物が無機質に感情を伴わない声で聴いてても驚かない。興味があるようで、答えはわかりきっている。答えづらい質問をする性悪なのは誰もが知っている。






 怪物は相手に声に出させて反応を窺うのだ。




「この町に根付く組織が壊滅した後、ハリングルッズ側にも計画がありました。その計画は秘密なのですが、マダライ殿には晒します。この町をハリングルッズ側の・・・奴隷生産地として利用する気でした。この町は誰もが飢えに苦しみ、尊厳を奪い合う町です。正直奴隷の方が待遇は良いぐらいです。リコンレスタ領主からも了解を得ており、ミディアレスタも壊滅。その奴隷生産への計画が進もうとしたのです」








「・・・奴隷」






 彼は言葉を続けない。奴隷という言葉は好きじゃない。嫌いな部類だ。だが彼は奴隷制度に対し何もしない。行動を起こさない。あくまで彼は被害者でも加害者でもない。この世界の文化に対し上から目線で人権だのを語るつもりはない。非難を心に秘め、自分が関わる場合にのみ否定する気だった。






 だがフードの男は言葉をつづける。






「現地組織、ミディアレスタ。マダライ殿が壊滅させたミディアレスタ。我々が本気ではないとはいえ、倒せなかった相手。ですが一言申し上げます。ミディアレスタの前にも現地組織はいたのです。ギリアスタ、メリアクレスタ、フォリアロレスタ、そしてミディアレスタ。ハリングルッズも最初は潤沢な資金と人員を動員していました。リコンレスタへ本気で乗り込んでいたのです。ですが倒しても、駆除しても、リコンレスタという町は新たな組織を作り上げる。敵が新たに生まれ続ける、そんな切りがない町の勢力の前にハリングルッズは旨みを見いだせなくなったのです」






「・・・倒しても、倒してもきりがない。・・・ゾンビみたいです」






「ええ、ゾンビです。恐ろしいことにゾンビは感染します」




 彼のたとえに、あっているといった同調をフードの男は返す。




 この世界にもゾンビはいる。ただ噛みついたとかウイルス感染とかではない。死んだ人間の魂をゾンビが食らう事で、闇の魔力が魂に絡みつくのだ。ゾンビとは闇の勢力の下層住民。アンデットの勢力の中で最弱である。だが最弱は繁殖がもっとも強い。ゾンビの歯には闇の魔力が染み込んでいる。その闇の魔力は殺した相手限定にて、魂感染を施す。映画のゾンビよりかは感染しない。だが恐ろしい相手に変わりはない。感染を起こした魂が肉体に変化を及ぼし、ゾンビへと作り変える。




 作り変えられたゾンビは生者を襲う。魂を闇に染める。ゾンビになる。それの繰り返しだ。そうやって感染という繁殖を繰り返す。この世界のゾンビはそういうものだった。








「現地組織を倒した相手、この場合はハリングルッズ。次の組織はハリングルッズを警戒し、親の仇のように敵意を向けてきます。それは前任の組織とは違う人員であっても、敵意を向けてくるのです。前の組織の人員を取り込んでも、どこかの人員が別の組織を立てる。そして我々と戦いあう」






「・・・まさか」






「ハリングルッズは先ほどまで、ミディアレスタの拠点を本拠地としていました。かつての敵の拠点を利用し、リコンレスタの情報を集めていました。そしてミディアレスタ壊滅後、併合しようとする準備もしていました。ですがそれより先に別の組織が立ち上がったのです。。リスタレギオンと名乗り、ミディアレスタの拠点を占領。我々が回復させていた、ミディアレスタのけが人残党を皆殺しにし、ハリングルッズ側の人員も多大な被害を出しました」






 フードの男は一旦呼吸を挟む。そして仮面越しの視線で彼を捉える。ほかに何か聞きたいことはあるかといった空気だった。




「・・・続けてください」








「この町はよそ者を受け付けないのです、マダライ殿」






 彼も思い当たる節はあった。この町のおかしさに。用が無いのについてくる人々。宿に集まる人々。されどどうして付いてくるのか。






 彼という何もない人間に。




 なぜなのか。








「我々は限界です。被害を出し過ぎたのです。この町は、ハリングルッズにとって最悪の町だ。ここで手を引いたとしても、敵意は外にあふれだす可能性があります。そのあふれだした敵意はハリングルッズの邪魔をしてくることでしょう。よって、我々はリコンレスタを壊滅させます。生活基盤そのものを壊し、生きるだけのものを生きることすら不可能な町に作り変えます」








「・・・」




 彼が発する言葉はない。腕を組み、手を顎に当てる考えた振りをすることぐらいしかできなかった。


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