怪物の進撃 1

 怪物の到着一日目は休息によるもの。二日目はミディアレスタの襲撃から反撃、壊滅まで追い込む。言葉にしては軽いが、やっていることは異常だ。ミディアレスタは弱いとはいえ、高ランク冒険者当たり数人ぐらいなら排除してきたぐらいには人員は豊富だった。また平均的な質もそれほど悪くない。




 少なくてもハリングルッズが片手間とはいえ、手こずっていたのだ。ハリングルッズも高ランクの戦闘員も配置している。だがそれでも倒しきれていない。一対一では勝てようとも、質より量を投入するミディアレスタ、また本拠地もあって負ければ壊滅の意志が強いのか、決意が違った。ハリングルッズの片手間勢力と五分の形を保っていたのだ。




 むろん、ハリングルッズは彼とは違う魔物使いも投入している。Bランクという高ランクの魔物を操る魔物使いから質より数の低ランク魔物使い。複数のパターンの魔物使い。また元冒険者、Aランクも二人ほど投入していた。だが魔物使いは壊滅。元冒険者も殺害された。拷問などはされていなく、殺すだけで精一杯だったのか、10人ほどに囲まれる戦闘にて二名死亡。






 ミディアレスタにとって恐ろしいのは元冒険者であり、魔物使いではない。




 魔物使いとは王国でも人気のない職業。魔物の力に頼り切っているところなどが弱点だ。魔物の力は強いが、魔物使いの大半は強制的な隷属呪文によって操っている。




 だからミディアレスタは魔物使いが来たら、隷属呪文の解呪魔法を最初にかける。相手の魔物を強制的に操る術を解除してやるのだ。己の本能を大切にするのが魔物、人間の隷属呪文が消えれば鎖はない。今まで扱いが雑であればあるほど魔物たちの反撃が飼い主にまっている。自滅を魔物使い達に行わせてきたのだ。あとは低ランクの魔物はミディアレスタで殺害、高ランクの魔物に対しては食事を与え、そのまま遠いところまで運び出す。高ランクの魔物は大体が知性を持つ、自由にしてやり、食事も与えれば多少の恩を感じてくれる。その恩がミディアレスタの戦闘員たちに攻撃をしてこない。奴隷呪文とは魔物に人語を刻み込むものでもあり、言葉で説明もすれば魔物たちも大概理解する。魔物に説明後、馬車にて魔物を遠いところに運び出してお別れする。この際ミディアレスタは絶対に魔物に手を出さない、最後に食事を与えて消える。ミディアレスタの紋章、家名みたいなものを見せつけ、これを掲げるものに攻撃するなというお願いをしてから帰還する。








 ミディアレスタは魔物の力を甘く見ていない。だが魔物使いのことだけは甘く見ている。所詮、強制しなければ使いこなせない。意志を無視したやり方を、解放されたときのことまで考えていなのだ。






 むろん、魔物の隷属呪文を解除するのも結構難しい。ミディアレスタの魔法使いは基本、隷属呪文の解除魔法を最初に覚える。戦闘魔法などは二の次だ。とにかく魔物使いの攻撃手段を奪い取ることを優先する。そのためか、ミディアレスタは魔物使いの天敵だったのだ。






 あくまで過去形だ。魔物使いの天敵だった。






 怪物は違う。






 怪物こそ、魔物使いの頂点なのだと錯覚させられる。ミディアレスタは弱い。だが弱いなりのやり方で生存を熟してきた精神的強者なのだ。正々堂々と相手の弱点を狙える強者なのだ。






 魔物使いにして、隷属呪文を使わない。意志を縛らず、命令を下す。魔物に権利という言葉はない。魔物に義務という言葉はない。礼儀も忠義もないはずだった。




 怪物がリコンレスタ二日目の滞在中、宿の一階ロビーにて受付を開始している中で襲撃した。受付の人間には事前に連絡を送り付け、ミディアレスタが来たら逃げるように指示を出していた。ロビーの中央にソファーがあるだけで広いだけの空間。治安も悪い中、この宿が成り立つのはハリングルッズとミディアレスタの戦闘の中心地域にあるからだ。






 素行の悪いものも、危険な地域には手を出さない。またミディアレスタは中心地域を支配したいために宿の人間には喧嘩を売らないようにしていた。だから連絡を送り付けた。






 襲撃時、受付から急いで人が消えた。受付カウンターにて怪物がミディアレスタの襲撃者たちに視線を張り巡らせた。それを機に戦闘が開始された。怪物は慣れているのか、ミディアレスタを指さして、ロビーのソファーに座り込んでしまっていた。




 その後一切目をむけず、背をむけて座りこむ始末。




 ミディアレスタは怪物の魔物に隷属呪文の解除魔法を発動。オークにもリザードマンにもトゥグストラにも全員にかけた。あとは声にて縛るものはないと説明するだけだった。だが説明しても、攻撃された。魔物たちに攻撃する前に解呪魔法をかけた恩義はない。彼の魔物たちにとっていきなり魔法をかけられたのだ。むろん、攻撃的魔法とか不利になる魔法系統ではないと察知していたため避けてもいない。






 ミディアレスタは何度も解除魔法をかけた。攻撃はせず、かけては説明した。自由であると高ランクの魔物トゥグストラ、リザードマンに対して声を何度もかけた。オークに関しては魔法をかけたのち、自滅を完了した後、殺害しようと画策した。だが無視された。言葉も魔法も無視され、被害が出てきたため、戦闘員たちによる戦闘が開始。




 あとはごらんのありさまだった。






 ミディアレスタの攻撃魔法なぞ、トゥグストラに傷もつけられなかった。リザードマンに攻撃魔法を放とうとしたら腕が飛ばされた。オークにいたっては、魔法に対しミディアレスタの戦闘員を投げつけてくる始末。戦闘員たちなんか勝負にもさせてもらえず、蹂躙されていただけだった。








 意志を強制的に支配されたものには不可能の連携プレイ。3匹が意志を通じ合っているかのような、連携にミディアレスタも次第に戦意を喪失。怪物本人を狙おうとしたら魔物たちが激しく怒り出したため、中断。




 次第に思い知らされる。この魔物たちは隷属されていないんじゃないかという事実。魔物使いにあるまじき、奔放主義。なにより魔物たちは怪物を気にして、戦っている。その怪物はただソファーに座っているのみだ。






 なにより恐ろしいのは誰も死んでいない。ミディアレスタの怪我人はいても、誰も死んでいない。怪物の魔物は生かさず、殺さずの精神にて戦闘を行っていた。痛みによる悲鳴がある中で、無事の戦闘員たちも思ってしまうのだ。悲鳴を上げているような状態に自分たちもなるのではないかと。






 その思考は、けが人が増えるたびに頭を支配していく。








「・・・あなたたちは何の御用ですか?」






 背を向けたまま、怪物が問う。この空間は悲鳴と戦闘による音だけが響く。なのに怪物の声だけは響いた。悲鳴も戦闘の音も無視して、怪物の声だけは響いた。なぜかはわかる。無頓着にして、無機質。






 声に感情が入っていない。義務的な確認でしかない。






「お前の排除だ」






 ミディアレスタの誰かが言った。誰がいったのかはわからない。






「・・・僕が狙いですか?狙われる理由・・・物取りか何かですか?」






 そう、怪物は口にした後、誰もが答えなかった。ハリングルッズ側の戦力、名前だけは聴いた怪物という男。その男は人形のように無表情で、人の憎悪を秘めた片目をしている。その男は敵意をむければ容赦がない。また歯向かっても、邪魔になっても排除される危険人物。






 だからこそ、言葉を選ぼうとした。ハリングルッズから送られた人員が無能なわけがない。事情を知らないだけで、これから連絡を受けるのかもしれない。そういう憶測。ミディアレスタも事前情報とは違う場面に立たされることが何回もあった。だから、そういうものが怪物にあたったのだろうと思い込んだ。






 だが違う。






「・・・答えないなら、結構です」






 それ以来怪物は口を開かない。ただ、指を怪物はならした。一度だけじゃない。二度、三度ならした。その音のなり具合が早くなるにつれ、戦闘は激しさを増した。魔物たちの表情が怒りから焦りへと転じたようにも見えた。怪物に対し視線をちらちらと魔物たちは送り、その中で戦闘を早めに終わらせようとした戦いになりかわっていた。隷属呪文の解除魔法をいきなりかけて怒りだした魔物たちが、今では怪物のご機嫌を窺っている。








 その中でもミディアレスタの襲撃者は壊滅させられた。逃げた襲撃者は数名。だが気にしたこともなく、戦闘が終われば怪物は立ち上がった。






 背を向けていた怪物が倒れた襲撃者たちに正面を見せた。






 その目は無だった。






 その表情は無だった。






 人形のように感情を示さない。事前情報とは一緒だ。だが左目は異質だ。見れば見るほど、囚われて抜け出せない錯覚。それも入り込んだら最後、抜け出せない。その中では死という言葉が安息になる。そういう地獄が感情として想像させた。






「・・・いこうか」






 襲撃者たちにも一目も触れない。ただ魔物たちに問いかけ、そのまま進む。問いかけられた魔物たちは何度も頭を前後する首肯。体の震えを隠さず、魔物たちは何度も首肯していた。ミディアレスタは痛みと魔物たちの武力に恐怖。魔物たちは怪物に対し恐怖。






 そこで思い知る。






 隷属呪文などかけなくても、魔物たちは従う。弱肉強食の世界にて、弱者が強者に従うのは当然だ。魔物たちに自由を与えているのも、魔物たちが従うのも怪物という存在が強者だからだ。だからこそ魔物たちは怯え、怪物に従うのだ。








「・・・少しばかり、頭を冷やしてください」






 そして怪物は宿を後にした。








 そして、その半日もたたないうちにミディアレスタは壊滅。ハリングルッズの案内人に連絡がいき、リコンレスタに置かれたハリングルッズの勢力がミディアレスタを制圧。






 怪物一人にて、ミディアレスタは虫の息。併合したとしてもトップを入れ替えて、幹部たちも入れ替えるだけで下っ端は変わらない。リコンレスタは田舎町。またスラム化しているため経済も回らない。リコンレスタ領主など、下々の生活など一切見ていない。衛兵も下々には回さない。リコンレスタの一部の上級者たちのところに衛兵を配備されているのみだ。




 そこに必要以上の力をいれても意味がないのだ。








 だが彼は違う。この町は異常だと思っていた。グラスフィールのスラムよりも異常だ。グラスフィールのスラムは経済の良い部分の余りで、スラムは生きながらえている。だがリコンレスタのスラムは違う。どこにも過剰な裕福さが無い。過剰な裕福さが無いどころか、余裕すらない。




 生きるだけの食事と、それ以上の贅沢による食事。それらがない。贅沢がないところに誰かを思いやる気持ちなど生まれるわけがない。誰かを思うというのは贅沢がもたらす副作用なのだ。




 誰かを好きになる。誰かと友達になる。この人と一緒に遊びたい。そういった行為の裏側にあるのは贅沢という余裕がもたらすメリットなのだ。






 彼はミディアレスタという名前すら知らない。攻められたから攻めただけの話。底辺は基本攻撃をしない。攻撃をしても勝てるという状況以外では何もできず、うやむやにする。底辺は勝てる状況でも勝てると判断できずに、何もしない。行動をしないのが底辺だ。だから彼は勝てると判断したからといって攻撃をしたわけじゃない。




 底辺は時折、常識から外れる。ギャンブルで金を亡くす人々と同じだ。勝てるかもしれないといって勝てない勝負に挑む。買ったつもりでもトータルで見れば負けている人々と同じだ。やらなければいいと常人はいうが、それでやめれれば底辺ではない。




 変なところで強情で、おかしなところで我慢をしない。




 それが彼にも発動しただけだ。単に感情が赴くままに突き進んだ結果、反撃行為となったのだ。








 町中を彼は探索する。歩いても歩いてもスラム街らしい風景しか見えない。倒壊した家屋、悲鳴がどこかしらで聞こえる街並み。壁が剥がされた家。足元には血が付着したであろう木の板。黒くなった染み交じりのコップ。血交じりの散乱したものが通りに多すぎる。






 彼は正直一人で来たくない。今すぐにでも帰りたい。だが今町中を散策できるのは左隣を歩く牛さん、右隣をあるく華、背後を警戒する静の3匹の護衛のおかげだ。この町周辺で現れる魔物は強くてもBランク。その魔物ですら排除に困るリコンレスタでは、この魔物軍団はとてもじゃないが相手しきれない。






 彼の左手が牛さんの背を撫でる。




「も~」




 撫でた感触か、触った瞬間心地よさそうな鳴き声をこぼす牛さん。すりすりと撫でれば、その分気持ちよさそうに密着しようとしてくる。牛さんは彼の歩行を邪魔しない程度に、また痛みを与えない程度の密着をし、更に彼が背を撫でる。






 こんな街並み、牛さんでも撫でなければ歩けない。人間が人間として住めない町。そんな中で文化人たる彼が長く居たいわけもない。だからこそ、魔物の中で一番強く彼を絶対裏切らない牛さんを撫でる。彼なりの媚び売り。そして牛さんも彼に背の側面をなすりつけて、媚び売り。




 彼は歩く。その際襲撃はない。






 ミディアレスタを壊滅させた彼の情報はリコンレスタの住民たちに広がり、彼に手を出すものはいない。子供を相手にするように一方的に壊滅させたという情報が出回り、スラムの乞食たちも物乞いも、彼を一切視界にいれないようにしていた。だからか、街中の通りは活気があった。






 怪物がいるおかげか、その区域には犯罪が行われない。ハリングルッズ側の精鋭として見られる彼の前で犯罪行為などできるわけもない。






 このリコンレスタは異常だ。怪物たる彼が治安を正常な形に保たせている。本来ならば怪物が治安を悪化させる立場だというのに、それがなかった。怪物が近くにいる間は誰もが表通りに出てきた。怪物が移動するたびに、それに追従するかのように人波もついてきた。






 だから彼は牛さんを撫でる。彼が背後を静に任せたのも、その離れた後ろには人々がついてきているからだ。ただ彼個人に用があるわけじゃない。彼がいれば、街並みを安全に移動できる。それらがリコンレスタ住民にはわかっていた。またミディアレスタ壊滅後、悪事を働いたという情報はない。それどころか金を出し、物を買う。敵対しなければ、リコンレスタで失われた常識を持っている。






 その常識を持つ余裕をリコンレスタで保っている。武力を保っている。問題を起こした者ほど裏通りに隠れ、弱者として虐げられていたものだけが表通りに集う。表通りにいる彼という怪物を利用し、普段はできないリコンレスタの移動。リコンレスタ住民は拠点から極力移動しない。移動した好きに場所を奪われるのもそうだし、拠点の道具を盗まれるのもそうだ。また家族がいれば家族が襲われる心配もある。だから移動をあまりしない。家族をつれて移動なぞ、カモがねぎを背負って歩くようなものだ。弱い立場の家族、子供などが攫われ、酷い目にあわされる。






 それも今はない。




 彼たる怪物が表通りを歩いているからだ。ミディアレスタを壊滅しても治安がよくなることはない。悪くなることもない。今が最悪で、これからも最悪だ。人々はリコンレスタに縛られ、そこから動けない。リコンレスタは家族で町を歩けば、襲撃にあう町。一人で歩けば、またしても襲撃にあう町。外へいこうにも、そのまえに襲われる。最悪の町なのだ。










 襲撃にあいたくないのであれば、ミディアレスタ、ハリングルッズに属するぐらいしか選択肢はない。領主は治安に金を出さない。かわりに税金もとらない。正しくは税金を採れないから、住民の要望も無視しているだけだった。金を払わない、払えない人間の言葉など耳を貸す必要などない。






 ミディアレスタの構成員、ハリングルッズの構成員ですら、弱みを見せれば襲われる。襲われにくいだけで、襲われる。






 だから容赦なく歯向かう物、敵対意志を見せたら排除する外道がマシに思えるのだ。邪魔にならなければ、敵対しなければ盾にできる。ミディアレスタ壊滅後、人々は怪物を治安維持の盾として利用していたのだ。








 余裕とは抑制なのだ。生活に連なるものすべてに余裕が必要なのだ。人々には贅沢が必要だ。生きるだけの人生などで追われるのは物語のみ。心の余裕を保つための、贅沢。






 どのような人間も若干遊んだりして心に余裕をもったりしている。それがリコンレスタにはない。ほかの町、都市であれば怪物が問題を起こして、人々は逃げる意志を見せるだけだ。関わらないようにするだけだ。追いかけるようについてくるわけがない。






 怪物が抑止力になってしまった町。




 人々は今、怪物と一緒に行動をしている。


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