英雄と外道 少し前2 / 怪物の進撃0

英雄が来る前に色々な企みがあった。




 雲の手配は完ぺきだった。ニクス大商会の手の物が連絡を英雄の情報を雲に伝え、雲がそれを彼に隠す。ニクス大商会には雲が話せることをしっているものがいる。怪物の信奉者がいることを雲はしっている。ニクス大商会が話を通さなくても、信奉者から雲に通る。雲に通れば怪物に通る。




 暗黙のルールみたいなものだ。今では雲がニクス大商会からの情報をもらう立場であった。直接怪物に情報がいくわけじゃなかった。






 なぜなら怪物は危険だからだ。アラクネという魔物の中で最悪な部類のものと話したほうがましと思われるぐらいだ。約束も平和も全てを邪魔だと粉砕し、邪魔じゃなくても粉砕する、行動の読めない怪物。それと直接かかわるぐらいなら雲に伝えた方がいい。手紙だと証拠が残る。だからこそ口頭にて雲に伝わった。雲が一人散歩中に通りすがった物から情報が伝えられた。そしてその対価に雲は金を渡した。




 金は全て盗んだものだ。ニクスフィーリドの中年からも盗んだ。声も金も名誉も全て盗んだ。ニクス大商会からの中途半端な危険な仕事は雲が勝手に片づけ、報酬を横取りもした。ただし雲の資金は少し彼の方へと流したりしてもいる。裏ルートではあるが代役を立てた仕事の報酬という形で送り付けている。




 雲は決して語らない。自慢をしない。彼の前、彼の魔物たちの前で決して語らない。口を開けば言葉がでる。言葉が出れば何かしらの弱点が出る。言葉を交わす知性動物は、100の話を語るなかで、1の弱みをさらけ出す。弱みをさらして、つっこまれれば騙しきれない。






 彼の前で嘘をつき続けるほど雲は強くない。彼が集める悪意もそうだが、彼自身がもたらす感情のふり幅が大きいのが原因だ。もし彼が特殊引きこもり精神構造を持たなければ、雲みたいな存在は感情によって押し殺される。彼の感情が雲を押し殺す。疑惑の感情が雲を圧迫する。








 この世界の魔物も人間も、彼ほど感情は持たない。魔力を持つ者は感情を強制的に抑制される。その分彼は魔力を一切もたない。現代人がもつ感情を理性で押さえる術はこの世界のものが獲得できないのだ。確かに欲望や慎重性は学べよう。学べたところで自分で押さえきる理性と魔力に負担してもらった抑制では大きく異なるのだ。彼は底辺で感情を表に出さない人形の部分がある。それでも感情は重いのだ。自分で抑圧している感情と、現代人による理性統制。それらはこの世界に悪影響を及ぼす。彼だからこそ、悪影響がこの程度で収まっている。もし目立ちだかりの現代人がいれば、この世界は大きく変化を遂げるだろう。






 いい変化かもしれないし、悪い変化かもしれない。だが目立ちたがりは自分の理論を通し、この世界に押し付ける。自分の文化を他者に押し付けず、尊重する。それが出来る現代人はあまりいないだろう。いるようでいない。ネットでも自分の理論を知らないものを弱者と馬鹿にする、そんな現代人にはこの世界に悪影響を及ぼす。








 雲は感情に特に弱い魔物だ。ほかのアラクネよりも人間に対し弱点を持っている。人間の子供よりも感情に対し脆弱な部分があった。魔物は感情を持ちすぎると暴発して砕けてしまう、それが雲は若干耐性ある。耐性あるがゆえに、感情が雲に必要以上に入り込んでしまうのだ。その制御を弱かったときの雲はできなかった。彼を利用し、彼に感情を誘導することで雲の負担を減らしてきたのだ。




 この世界の人間よりも感情を強く持ちすぎている。どの精神構造をしているのか、あれほど魂を集めても片目しか変化していない。現状もきっとこれからも大した変化をしないのだろう。






 だが英雄が来るとなると状況が違う。さすがに彼が討伐される可能性が高い。トゥグストラ、リザードマン、オーク、その他魔物。あの程度の魔物で英雄は止められない。止められるのは自分だけ。それも命を懸け、邪魔された聖女の性格を信じてくることを祈る。運要素のばくちをかけた。








 そして保険もかけた。






 英雄討伐時、彼はベルクにいない。守り手たる華も静も、攻めての特攻戦車たる牛さんも連れて行かせた。たださすがの雲も無から用事を作るほど器用ではない。ハリングルッズ絡みの要件があったことを利用しただけだ。ニクス大商会側とハリングルッズ側の小さな衝突を起こし、要件を遅らせた。ニクス大商会側からの手ではないと隠蔽済み。ハリングルッズ側からの仕事の要請をニクス大商会の構成員たちが必死に遅らせたのだ。交通の封鎖、嘘情報による遠回りなどなど色々やった。誰がやったかわかっても、証拠はない。被害は時間。ただ要件を遅らせただけなのだ。そして要件から彼とメイン戦力を逃し、失敗した場合の補填を利かせたのだ。






 雲が失敗しても勝てる別の手がある。これは彼が直接手を下す必要があるが、勝てる手段だ。むしろ雲が直接一人で戦うより勝算がある。だが急激な彼の心情が変化し、環境が崩壊する場合がある。それに失敗したということは雲が死ぬということ。雲が死ねば彼がどうなるかを見れない。




 この場合残るのは死んでも問題ないものたちだけだ。








 雲にとって必要なのはゴブリンとコボルト。いらないのもゴブリンとコボルト。そして、ニクスフィーリドの協力者。ゴブリンは索敵した間者の排除の協力。逃げた間者、紛れ込んだ拠点の臭い探査にコボルト。ニクスフィーリドには資金と入り込んだであろう間者のリスト、情報分担。ベルクに潜む間者は情報を集めるのが得意でも戦闘は不得意という情報を事前につかんでいるため、ゴブリンで十分と判断した。ゴブリンが排除しきれない間者はコボルトで追跡、あとは雲が自ら気絶させた。この際一人も殺していない。英雄排除のための駒をこの場で殺すわけにもいかなかった。




 あとはベルクの門側からの通りに間者たちを転がせておくだけだった。悪意による英雄の訪れを察知したあと、間者たちを気絶状態で徘徊させる。








 そういう風に雲が仕組んだが、雲自身が操作しきれない部分もある。彼の心情と持つ武力が大きく違う。彼は底辺であるし流れには乗る。だがそれでも確固たる基盤があった。精神基盤にして雲にも読めない彼の思考。読んでいたつもりでも時折外れる予想。




 心を読める魔物が唯一読めないのが彼。




 彼に悟られれば、全てを無に帰す。






 彼の指示を無視して、雲は立ち位置を確保できるわけじゃない。ただ単体のアラクネとしてならば、人類最悪、アラクネからも嫌われ者という弱者だ。誰からも守られない。味方がいないのだ。配下を作ろうにも、信用ができない。裏切らないという信用が得られない。






 彼だけだ。彼をメインとする魔物たちの武力。怪物としての基盤が作られ、悪意をため込んだところで変化はない。状況が悪化しようとも打破するだけの運。そして底辺な癖に、何をするかわからない雲を否定しない。切り捨てない懐の広さ。誰よりも誰かを拒絶する彼が、雲を拒絶しない。






 彼こそが雲の立ち位置そのものだった。執着するのも、利用するのも、そのためだった。武力もある、意味が解らない精神構造もある。彼は人間から恐れられ、変な社会的立場を作り上げた。怪物という異名を持って、恐怖を支配した。自覚があるのかないのか、彼の魔物たちですら、主人たる彼に恐怖する。






 そんな雲が彼の指示に逆らえばどうなるか。居場所がなくなる。アラクネにも人間にも魔物の中にも雲の居場所はない。雲は全てから好かれない。そういう嫌われの常識から外れた存在こそ、彼なのだ。彼は遊んだとしても壊れないと思われる。そもそも彼は雲を理解しているのか、遊ばない。






 雲は彼と戦わない。争わない。負けるのがわかっている戦いで勝負するのは阿呆のすることだ。










 彼の立ち位置を強固とし、雲は自分の安全性を確保した。彼を殺せば、死なせれば再び孤独。味方もいなくなる。今はそれだけでよい。






 こういう思惑があり、雲は色々やった。結果英雄は始末された。聖女が乱入したが、予想通り力をコピーした。雲のやるべきことは終わったのだ。あとは雲の主人たる彼の番。彼がどう動くは予測はできる。7割予測が外れるが、3割はあたる。






 実は雲が彼の行動予測の7割は外れた。英雄がきたとき聖女が来たときやら色々画策する魔物が彼だけは予測できない。グラスフィールの暴行犯、ニクスフィーリドのトップの中年。冒険者ギルドの支部長。雲はこれらを殺した。だが最初は彼がいくらか殺すだろうと予測を立てた。でも、結局やっていない。だが暴力を振るうべきシーンでは暴力をためらわない。グラスフィールの墓場にてリザとの戦闘。冒険者ギルドに魔物で押しかけるなどといった場面。殺せないだけかもしれないが、躊躇わない状況では意外と躊躇わない。






 読めるわけがない、彼は自覚がないだけで本物の怪物である。人々から見た怪物、魔物たちから見た怪物、雲からみた怪物。雲は最低の魔物だが、それですら怪物の前では劣る。風評は大きくなり、全ての動作が仕組まれたことと誤解されることだろう。








 雲ごときが彼を把握するのは不可能だ。だからこそ舞台は整えて、彼へと丸投げする。雲は彼を怪物と認めている。悪意をため込むことも、魔物たちの力も、関係ない。雲が予測できない人間は、まぎれもなく怪物だ。
















 雲が策略を擦る中で彼の動きもあった。雲が活躍をする中で彼にも活躍があった。彼はきっと、空気を読めずに物事を進めていくことになる。ハリングルッズ側の人間として。










 ハリングルッズの組織は強大だ。広く深く根を展開した大樹のごとき、王国に存在を示している。一つの支点をつぶしても、複数に分かれた根の一つを叩いだけにすぎない。巨大がゆえに駆除しきれない。その成長速度は尋常じゃない。潰れても、叩いても、その速度より展開速度は速かった。










 そしてその速度の一人。ハリングルッズが確保した最悪がこの場に訪れる。






 王国のスラム街、リコンレスタ。建物自体はグラスフィールと同様な建物群がある。だが見てくれは最悪だ。壁は落書きだらけ、道路の石畳はところどころ剥がれている。憩いの場であろう公園も掲示板や遊具などが破損。街並みにはホームレスの住居があちらこちらにあった。通りにも物乞いがあふれている。歩く住民は一人じゃなく、誰か別の人と連れ添っている。前だけを見ているのか、物乞いにも意識をむけず足早に目的地へと向かっているようだった。






 そして雲が色々動けば、別の物も動く。










 彼がその裏では活動を行っていた。








 ハリングルッズが未だ勢力を確保できない、死んだ町。人間が依存を失い、心を失った。生きるだけの町だ。犯罪は多発、女性は出歩くことが極端に少ない。一人で歩けば失うものがない人間たちの餌食。生きるだけで、安全性は一切なかった。






 そこに最悪がいる。その最悪は黒い巨躯を持つ四足の闘牛を携えている。最悪は青いうろこの蜥蜴をつれている。最悪は人型でありながら豚の魔物をつれている。異質にして、スラムの人々は近寄らない。




 連れてる魔物たちも恐ろしい。だが一番恐ろしいのは最悪本人。左目は赤く、視線を合わせれば地獄の檻に閉じ込められ、一生出られないことを錯覚させる。感情は人形のように無であり、リコンレスタに来る旅人にしては驚きすら見えない。必ずリコンレスタに来たものは、困惑か驚愕か、恐怖か、色々な感情の表情を見せるのだ。






 だが最悪には一切ない。無をもってそこに立っていた。初めて見る存在、リコンレスタを訪れたくせに何も思っていない。だが人々は知っている、ハリングルッズが送ってきた人間とは最悪のことだろう。






 このリコンレスタは現在ふたつの勢力が戦っている。リコンレスタ現地犯罪組織、ミディアレスタ。王国最大の犯罪組織ハリングルッズ。ハリングルッズは片手間でミディアレスタを相手にし、ミディアレスタは全力でハリングルッズに対応中。勢力拡大に時間をかけるのが手間なのか、一人の人間を送ったとハリングルッズ側がリコンレスタ住民にばらしたのだ。




 そしてそれ以上の人間は送らないとも情報を示した。それは幸か不幸かわからない。ハリングルッズの影響力はスラムの人間ですらわかる。それだからこそ、援軍を送らずこの片手間戦闘を維持できるのだと。だが、そのハリングルッズがたった一人しか送らない。






 その最悪は王国でこう呼ばれている。






 知性の怪物と。








 そして2日ほどの滞在にて、現地犯罪組織ミディアレスタは降伏した。怪物は何もしていないといえば嘘になる。怪物滞在の情報を聞きつけ、怪物が住む宿にミディアレスタの戦闘員が訪れもしたが、全て魔物たちによって片づけられた。リコンレスタは田舎だ。魔物の影響力も弱く、強くてもBランクぐらいの魔物しか出ない地域。そんなところにAランクの魔物トゥグストラをぶち込めばどうなるか予想はたやすい。








 トゥグストラの肉体は刃物を通さず、魔法を受け付けない。戦闘員に対し最大の天敵を送り付け、誰一人殺すことなく、けが人だけを大量生産。ミディアレスタが戦闘員を送り付けてこなくなったあと、行動を開始。大体現地勢力というのは表立ってアピールするものだ。ニクスフィーリドしかり隠れない。






 本拠地は巨大なテントを張り巡らせたものだった。サーカスのテントといえばわかりやすい。彼がリザードマン、オークを買ったテントを思い出させる拠点。




 ニクスフィーリドと違い。ミディアレスタは表立ってアピールして、どうしようもなくなったら逃げる移動式の拠点を持っているようだった。だが現地住民から漏れ出した情報と戦闘員たちの逃げ帰る先を追いかければ簡単に見つかった。ハリングルッズが片手間で対処できたのは、ミディアレスタの弱さもある。でも片手間で処理できなかったのは、移動式の拠点をもっているためだった。






 ハリングルッズは敵対するものを殺す。拷問しても口を割らないミディアレスタの戦闘員から情報は聞き出せない。時間と手間をかけるには惜しい相手。安く、簡単に処理できる少数を送り込んで処理した方が安い。




 それで彼に指名が入った。




 本拠地に乗り込んだ後は、ニクスフィーリドの再来。迫りくる戦闘員たちは静と華が殺すことなく怪我を負わせて処理。






 正直雑魚だ。だが彼一人というものにしては快進撃だった。怪物という情報をミディアレスタは知っていて、名声は何となくで知っていた。だが所詮は田舎者。数で押せば勝てると思い込んだ。倒せばハリングルッズの侵攻も収まると思い込んだのだろう。倒した後の名誉ももらえる。悪名が勝れば勝るほど平和を得られる犯罪組織。怪物が何故怪物かを知らず、襲い掛かったのが運のつき。量よりも質が勝る世界で、強者を知らない弱者。そいつらが攻めてこなければ拠点探しから初めて、時間がかかった。だが時間もかけず、戦闘員たちを処理、逃げたやつらを追跡。けが人は放置。むろん戦闘員たちはバラバラに逃げた。逃げ足は速く、魔物たちも彼に合わせて進軍するため追い付かない。だが臭いが強すぎた。不潔な臭いが強すぎた。オークの華や牛さんが臭いをたどってわかるぐらいに臭いがあった。スラムの臭さとは別の臭い、麻薬の臭いがミディアレスタの戦闘員たちにはあった。だから特定も用意だった。








 そしてミディアレスタのボスは泣きさけんで命乞いをした。むろん、彼は殺さない。降伏したのだから怪我もさせていない。二度と攻撃してくるなという要求をボスに告げて撤退した。






 彼は命を採る気はなく、物品を奪う気もない。何よりリコンレスタに来いとしかハリングルッズから連絡は来ていない。リコンレスタに到着、ハリングルッズから用意された宿にてミディアレスタの襲撃。攻撃してきたからには報復をしなければ、安全が確保できない。それだけで義務のような反復作業にてミディアレスタは壊滅したのだった。






 ミディアレスタの拠点を後ろにしてスラム街を歩く中、ハリングルッズの案内人が現れた。ミディアレスタの拠点が彼の目から見て点に見えるぐらいの距離にて案内人は現れたのだ。






「今回の目的、ミディアレスタが」




 ミディアレスタが邪魔になった。排除しろという要求。彼じゃなくても片手間で処理できるが、そこまでの価値が無い相手。怪物一人で十分、もしくは怪物もろとも潰れろというハリングルッズの思惑。






 案内人の言葉を遮るように彼は後ろに指だけ向けた。その指に誘導されるように案内人が見れば、ミディアレスタの戦闘員たちが地に伏せている。また耳をすませれば戦闘員たちの大号泣。痛みによる叫びだけが聞こえる地獄絵図。




「さ、さすがは」




 指示を出さずに、指示を読み切る。奇才の外道、知性の怪物。






 その案内人の言葉も最後までは聴かず。






「・・・かえっていいですか?」








 一方的な要求を案内人に告げ、この出来事は終わる。だが、これは彼の、怪物の表に出にくい活躍を切りとった場面でしかない。雲と英雄が戦う直前のお話だった。雲とちびっこ軍団のゴブリン、コボルトをベルクにてお留守番させている場面のお話だ。お留守番をすると雲が目をうるうるさせ、彼に訴えかけた。また体調の悪さをアピールされれば、連れていきづらい。咳を雲が何度もしてアピールしてくる中で連れてくるのはさすがに無理だった。ゴブリンもコボルトも何度も雲をチラ見しては咳のアピールをしていた。






 むろん、彼には雲が嘘をついているのはわかっている。だが雲は休みたいと思ってもいた。真実はともかく、彼にも休みたいときはある。さぼりたいときはある。だから雲はこのタイミングで休みたくなったのだろうと思い込んだ。






 連れ歩くのは牛さん、リザードマンの静、オークの華。この3匹と彼のみでハリングルッズの要件を片づけにきたわけだ。二日で片付いたが。


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