怪物の進撃 3
彼は悩んでいる。だが答えは見つかっている。もはや時間が無い。ハリングルッズのリコンレスタ壊滅までの期限が1週間しかないのだ。
フードの男はロビーにいない。彼はソファーに座って悩んでいるのだ。自室に戻る気もでず、動く気にすらならない。ソファーの脇には牛さんが座り込み、彼の手で撫でられている。その際牛さんは何も鳴き声ももらさず、彼の思考を邪魔しない。悩んでいるとき、考えているとき、うるさくされるのを嫌う。その主人の習性を理解し、牛さんはそこにいるだけだった。
静も華も彼の背後で立っているのみだった。緊張はないが、焦る彼の悩みに手助けできない悔しさはある。されど悔しいからといって、彼の邪魔をしてはならない。自粛が功を焦る己の心を静めていたのだ。
フードの男が言ったことを思い返す。決意をこめ、嘘偽りのない発言だった。
「マダライ殿、レギオンレスタ及びリコンレスタ壊滅の先陣となっていただきたい」
フードの男の決意は揺るがないであろうと彼は思った。責任の重さからの震えからか、されど仕事への職務か。彼に対して震えていたとしても、自身が知るわけもない。ただ彼からすれば、町一つを壊滅などということ震えられずにはいられないのだろう。そう勝手に判断した。
まるで与えられたことを忠実に遂行せんとする大人の覚悟。それがフードの男から見えてしまったのだ。さすれば彼も覚悟を決めなければいけないかもしれない。フードをかぶる変質者が大人の覚悟を見せたのに、自分だけ見せないのはおかしなことだ。
されど彼が先陣を切るという話。
彼は先陣を切りたくはない。勝てるかもしれない。フードの男の会話にはミディアレスタよりもレギオン勢力は弱い。烏合の衆だと聞かされていた。魔法を使えるわけじゃなく、ただ刃物を扱える程度のものだと。ミディアレスタ残党もハリングルッズ残党も突然の襲撃と数でやられただけだ。それも手をこまねいただけじゃなく、反撃もしている。そのためレギオンのほうが被害の数では多い。
リコンレスタは希望を失った人々の町だ。生活ができず、生きるだけの死んだ町だ。その町が滅んだところで誰も困らない。領主ですら困らない。この町は自然とこうなり、誰も何もしてこなかった町だった。領主も人々も何もしなかった。税金も取り立てることなく、あくまで自主的に任せた結果だ。また自主的に払ったものには領主も自主的に警備を行う。あくまで自主、そして返礼も自主。
自主、自主、自主が全て正しさを生むわけじゃない。誰かが強制的に取り立てなければならない。領主の怠慢を怒らずにはいられない。だが王国のルール上、領主は悪くない。フードの男から聞けば、領主は強制的に人々に指名された平民らしかった。貴族の誰もが田舎町に君臨することを望まず、平民も自分がなることを誰も望まない。
先代の領主が死に、子孫もいない。一代限りの貴族であったため、後釜がいなかったのだ。王国としても領主がない町というのもまずい。だから名誉貴族という名の市民を領主にした。だが外部のものたちは誰もいかない。どの貴族も行こうとせず、町の代表の空白が続く。領主がいない町は治安が悪化し、暴徒が生まれ続けた。町から外へ、周辺を通る商人たちや冒険者たちに害を及ぼしだした。暴徒が襲撃しだしたのだ。外のものがいかないのであれば、内側の人間しかいない。王国は町の人間から投票されたものを領主にすることにしたのだった。いわば選挙だ。
この選択で領主になったものは責任を負わない。貴族のみが責任を負う。あくまで暫定的な措置のために、制約がついたのだ。
王国の貴族が誰もやりたがらない。貴族が責務を負い、その代り生活基盤を整える。平民や商人などインフラ含めた循環は多大な苦労と責任が生まれるのだ。貴族は豪華な生活をする変わり、その責務を負う。
貴族だからこそ責任を与えられる
だが平民、名誉貴族に責任は与えられない。仕事は与えても責任は与えられない。王国の貴族は嫉妬深く、自身の責務に対し執着している。平民という格下が成り上がる風潮を好まない。だからこそ責任に関してだけは追わせないと貴族からの意見が多数だった。適当な仕事をしてもらい、貴族の重要性を平民に知らしめる。仕事を与える以上、賃金は与えなければならない。平民とはいえ、名誉貴族。
名誉貴族には平民には高い賃金が王国から支払われている。町の税収ではない。王国の中枢から賃金が支払われていた。
この町には大切な常識がかけている。
金をもらう以上、責任が生じる。
金を払う以上、責任が生じる。
仕事は金をもらい、それに責任を負う。税金を払う以上、その金がどうなるかを知る義務がある。買った商品の問題があった際の責任、問題があった商品を連絡する責任。
空白だった町に領主が生まれた。だが時間をかけすぎた。また平民だった領主は税金を人から取る勇気を持てない。また町の人々も税金を払う感覚を忘れてしまっていた。空白だったゆえに義務を忘れた。平民だったゆえに、平民の感覚しかしらない。領主の空白が続いたせいで、治安は最悪。暴徒まみれの街並みに成り果てている。
だから平民の領主は自主性に任せた。また一方的に町の人々に選ばれた領主は、人々に対し責任を負う気が無い。王国が強制しない以上、名誉貴族領主様として形だけの君臨を選んだ。治安も税金も自主的に任せ、その自主に関してだけ報いた。
貴族のプライドが名誉貴族から責任を奪った。平民の擦り付け投票が義務を奪った。平民の領主を作り上げた人々は、声をあげられない。なにせ成りたくもない人に領主を擦り付け、税金も払わなくていい。もはや義務を放棄した人々に声を上げる権利はない。それがわかる程度には人々も知能はあった。
だからこの町はおかしいのだ。
王国に根付く貴族の力。貴族の反発を恐れたから平民の領主を誕生させたわけじゃない。ただ単に貴族の人員が少なすぎるのだ。貴族の人員は少なく、田舎町にまで配慮するほどの価値は見いだせない。貴族の人手不足が招いた結果でもあった。
それを異世界人たる彼が排除する。王国の貴族の平民差別。貴族の人員不足。田舎町、先代の後継者がいない。平民の領主。義務を忘れた人々
貴族には貴族の責任がある。人で不足なら人を生む義務が貴族にはある。貴族は人々の代表者だ。町、都市、村、いずれかの代表者なのだ。貴族には王国を潤滑に回す義務があった。貴族に自由はない。権利はあり、義務はある。でも自由はない。王国の貴族は平民を越えた、責務を負わないとならなかった。
ここは自由社会ではない。現代の自由には義務と責任がある。だからこそ成り立つ。
だから違うだろうと彼は思う。自分が考える内容ではない。
彼は外部の人間だ。ベルクという都市の住人だ。
元は異世界人でも、今は王国の人間だ。
王国の人間である以上、納税も労働も義務がある。だからしている。ハリングルッズの労働をしている。またハリングルッズに対し、税引き後の給料をもらっている。
ハリングルッズの責務として、リコンレスタを壊滅させる手伝いか。
王国民としてのリコンレスタに対し責任を負うべきか。
底辺が迷う内容ではない。底辺が考える内容ではない。だからこそ彼は悩んだ。だが答えは知っている。己の心に潜む情熱を知っている。面倒なことが嫌いで、責任を負うのが大嫌い。また安定したものと安全な仕事のみを好む習性がある己を。雇い捨てが嫌いで、冒険者という名ばかり派遣社員にもなりたがらない。
だが嫌いでも仕事は見つけた。仕事という嫌なことの中で正社員を手に入れた。ハリングルッズの仕事を手に入れた。安全かはともかく。安定は彼の及びしるところでは随一だ。ハリングルッズの名は普通に生活する中でよく聞く名前だ。内容までは聴く気はない。ただ名前だけは知っている。
首都でもグラスフィールでもリコンレスタでもハリングルッズの名は轟いている。
つまり大手だ。
選ばなければ仕事はある。でも選んでも仕事はある。
異世界で魔法があって、人間の文化、学問もある。ただ現代とは違い、血が流れるのが常識の世界。そんな世界で現代と同じような安定と安全な仕事を探した。妥協もした、極力安全な仕事という認識に心を入れ替えた。
ないものはない。
似たようなものならある。
それをこの世界で学ばされた。
彼は己の心を理解している。人間の可能性を信じている。自分は底辺で何もうまない存在であると理解もしている。だがどこかで活躍をする夢を信じてた。
その夢は決して人を。
町を壊滅するものではない。
ハリングルッズは、大手の会社は、この町を壊滅させる。その中で働き続ければ安定性も安全も極力得られる。だがその先に妥協できないものが立ちふさがった。与えられるものの職務の中に、看過できないものが立ち上がる。
彼の夢は。
自分の夢は誰かの役に立つことだ。
彼は己の答えを見つけている。ただ見つけた答えを納得させるための手段を探している。
「・・・問題はハリングルッズの敵対組織」
倒しても、名前と人員を変え生まれ変わる現地組織。前組織を倒した相手を敵対者として生まれ変わる現地組織。常に現れては一対一の戦いを続けなければならない。
「・・・倒したら生まれる」
彼の頭にあった内容、倒さなかったら生まれない。それを思い浮かべて、頭を振るって掻き消した。そんなのは誰だって考える。倒さなかったら敵対者として君臨し続ける。ハリングルッズのような大手がわかって、それを考えないわけがない。
リコンレスタの敵対ルールが悩みの種だ。
ハリングルッズの敵対者ミディアレスタ。それを壊滅させた彼。彼は自分が狙われるかもしれないものを感じ取っていた。だがそれもあまり心配はしてもいなかった。
ミディアレスタは弱い。彼が強いんじゃなく魔物が強い。そして彼は、それよりも弱いとされるレギオンに対し警戒心は抱いていた。そもそもこんな町で組織一つ攻撃して、無事でいられるとは思っていない。それに対しての恐怖すら、慣れ過ぎた。
ベルクにいた騎士団。冒険者ギルドに乗り込んだ勇気、グラスフィールに逃げた犯罪者。保護した少女、少女の住んでいた町壊滅。色々あった。思い出せば、説明できない数々の出来事が彼の脳裏に刻まれてた。
心理的苦労ならば彼は慣れていた。
命の危機は魔物たちが守ってくれる。万が一もない。魔物たちを信じている。それらも今までの実績があり、証明されている。今手で触れている牛さんの体温が自信を持たせてくれた。
「倒したら生まれる組織、だけど倒さずに残すこともできない」
そこで彼は悩んだ。倒さずにいたら敵対者。倒しても敵対者が生まれる。倒さなければいいという考えもない。
その中で一つ変なものが思い浮かんだ。
金がかかり、手間がかかり、苦労するものだ。大したことじゃないものだが、負担は凄まじいものだ。でも、策のようなものはある。子供が屁理屈を述べた類の策だ。
無知ゆえの、策。
下手すれば敵が増加しかねない策。
無能が考えるにふさわしい一つの策が生まれてしまった。
彼は底辺。感情を抑制し弾圧する底辺だ。だが時として、抑制と弾圧をすり抜け、感情は羽ばたくものだ。思い立ったら実行するのみだ。何もしない自分ではいられない。
壊滅を回避するため、彼は行動を開始している。
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