怪物の進撃 4

 リコンレスタは騒がしい。事件にしても人々の大移動にしても変化が激しかった。とくに宿から出た後の彼に付いてくる大移動は一番騒がしかった。宿の入り口に待機していた大量の人々は彼が外に出ると同時に後ろをついてくる。宿の入り口から人が減るたびに、追従する人の数が増える。






 だが特に騒がしいのは別の問題が起きてからだった。






 舗装の剥がれた道には土があふれている。かつては整えられた石畳の上は土で汚れ、血で汚れた酷い有様。その中で彼は足をとめていた。




 鋭い冷酷な人形の視線は目の前の人物に注がれていた。彼の足を止めた理由、目の前に立ちふさがる障害のごとき現れたフードの男。








「マダライ様、決・・」






 フードの男が仮面越しに語る言葉、その途中を彼は手で制した。








「・・・少し準備をしなければいけません」






 唐突にいった。脈絡もなくフードの男に対して告げた。




 彼はコミュ障の典型である。言葉を紡ぐのと相手からの言葉を嚙合わせることが非常に苦手だった。前の質問に対して答えるのもワンテンポ遅れるのは当たり前。相手がもとめることを予想できずに、勘違いの答えを言うのも当たり前。






 相手の質問を遮ってしまうのも当たり前。




 伝えたいことを優先するばかり、相手のことに思いを寄せれない。








 そのことを知りつつ、彼はわざと遮った。






 コミュ障の弱点はまだある。相手の流れる会話を途中で遮れない。遮るときは意図しない自分の発言だ。決してわざとではない。わざとではないけれど、ワザとに見えてしまう。




 きっと不快なことだろう。理解しがたい常人とコミュ障の違いに苛立ちを募らせることだ。普通ならば読む空気も読めない人間など敵でしかない。それはあくまで一方的に要求を突きつけ、理解させられなかった場合の話。




 状況を押し付けられなかった結果の話でしかない。






 だからこそ相手に先手を譲らせない。






 そうしても許される。なぜなら彼は怪物なのだ。彼自身は異名すらも知らず、恐れられていることも知らない。彼なりにかなりの罪悪感があるのだが、それはこの場においては無意味だ。






 彼は相手が自分を上の立場のように扱っている。そう認識し、それを利用する。




 この場においての怪物の立場など知らない。知らないくせに怪物へと変貌を遂げる。




 怪物は場を破壊する。空気を破壊する。常識も非常識も外道と人でなしの手段をもって辱めて、貶める。






「・・・ベルクに戻ります」








 そう、彼は必要なものを持ってくる。そのためだけにフードの男を黙らせて、最後の必要な言葉をつづけない。






 だが手で制されていても、怪物のリコンレスタ離脱に口を挟むのがフードの男だ。己の背後に嫌な悪寒が走りながらも怪物から聞き出さなければいけない。邪魔をしてもしなくても、邪魔になったら潰してくる。そのような危険人物相手に問わなければいけなかった。






「何ゆえにベルクに」






「・・・必要なものがあります。きっとそれがなければ叶わないので」






 コミュ障たるゆえの会話のぶつ切り。続けたくても続かないからこそ、すぐに途切れさす。所詮いつものことだ。怪物が彼がいつものようにコミュ障を発揮。それを周囲の者が怪物という独特のイメージをもって上手くことが運ぶ。






 だがフードの男は認められない。リコンレスタはリコンレスタの攻撃の始まりは怪物と決まっている。ミディアレスタを壊滅させ、人々から歩く安全地帯と認識された怪物は必要だ。この町から少しでも離れ指すわけにはいかないのだ。怪物のことだ、ハリングルッズの目的など頭に見通しているのだ。






 ハリングルッズはリコンレスタ壊滅の恨みを怪物に押し付ける。






 ハリングルッズが本気になればすぐにでもリコンレスタは壊滅させられる。だが怪物を待ったのは、怪物ならやりかねないというイメージを利用してやろうと画策したことなのだ。町を壊滅、一つではなく二つ。住人皆殺し事件についで、町の全てを壊滅。この二つのうち住人皆殺し事件はハリングルッズが先行させたものだ。実際怪物がやってなくても問題はない。怪物がいて、怪物ならやりそうだというイメージ。グラスフィールの商人もイメージ先行にかかわったが、ハリングルッズもかなり関わっている。




 商人は危機感から。




 ハリングルッズは飲み込むための策略として。






 ハリングルッズ側に怪物がいる。また怪物に対し、ハリングルッズから出たときの敵対者の増加をにおわせることによる謀反の阻止。ハリングルッズが全てを支配し、怪物すらを飲み込むための策。ハリングルッズは怪物の名をもって、リコンレスタを壊す。そして怪物の影響力を増させると同時に、怪物の敵対者を増加させる。魅力的な犯罪者に憧れるものはいても、とち狂った獣に憧れるものは少ない。むしろ危機を抱くはずなのだ。






 全てはハリングルッズのため。




 フードの男の理想は、ハリングルッズにある。だからこそ、ここから怪物を逃させない。そして彼の発言と同時にリコンレスタの人々から悲鳴が上がっていた。彼の後ろに蔓延る人々達は悲鳴をあげていた。






 怪物という安全地帯を一時的にでも失えば、安全な移動ができなくなる。また近くに住めば、犯罪に巻き込まれることもない。人々からしても、ハリングルッズ側からしても怪物という存在は必要だった。






「・・・すぐに戻ってきますから」






 感情もない、抑揚もない淡々とした彼の発言。それを信じるのは誰もいない。リコンレスタは怪物の一時離脱が安全地帯の一時消失につながるものとして悲鳴をあげた。ハリングルッズのフードの男は先手を打たれたことによる、計画破たんの予感。






 誰が罪を擦り付けられると知って戻ってくるのか。






 誰が安全な環境を作り上げてくれるのか。








 そのリコンレスタの人々、フードの男の反応を見て尚、彼はつづけた。




「・・・必要ないと思ったものが必要になったので」








 だからか、彼の言葉にフードの男が反応した。ぴくりと思考に陥っていたフードの男は意識を覚醒、すぐさまに彼へと問いかけていた。




「ベルクに必要なものがあると?忘れ物があると?それがあればリコンレスタにいてくださると?」






 乗りきままに、勢いを乗せたフードの男の問い。少しばかり性急すぎたかとフードの男が内心焦る中、彼は納得した様子でいたことが不可解だ。






 彼の思い描くこと。




 ハリングルッズからすれば、仕事場に来てすぐに帰ろうとする人間など信用ができない。納得できる理由が欲しいのだろうと彼がハリングルッズ側の意見を思い浮かべる。






 たとえ、やりたくないことでも仕事は仕事。突然帰られても困るというものだ。








 そう彼は勝手に納得した。相手がやたらにしつこい理由も人々が悲鳴を上げるのも、勝手に納得して判断した。リコンレスタの人々とハリングルッズのフードの男。その二つはつながっているのだろうと勝手に納得した。町を壊滅させる中で、この人々はどうなるかしらない。それを考える立場でなくても彼には困らない。






 悩む前に応える。考えなくていいといわれて、考えない者はいない。だが求められた答えだけは答えなければいけない。




「・・・はい。必要なものがあれば戻る必要はありません」






「ならば我々が取りに行きましょう。マダライ殿はここにて待機を」






 その答え、その言葉。






 ハリングルッズ、フードの男が言った言葉。それを待っていたかのように彼はにやりと笑った。慣れない表情でありながら、自然と出た笑みだ。純粋かつ不気味さの混じらない悪戯が成功したかのようだった。






「・・・ではお願いします」




 最後の語尾に念を押すように彼は言っていた。






 まるでそうなるかのように仕向けたかのようだ。そして実際に彼は仕向けている。これから行うべきことはハリングルッズにとってはよろしくない。壊滅させようとするハリングルッズとは別の道を行く気だからだ。




 彼は町を壊滅させたくない。だが町として生かすということも難しい。






 彼の策略が成功しても町としては成り立たない。これは事実。されど死ぬことはない。




 どちらにせよ、必要なことだ。




 ベルクに彼が行くのも行かせるのも必要なことだ。






 どっちに転んでも最悪は変わらない。最悪のうちの中の基準だ。




 最高の最悪か




 最低の最悪か






 言葉遊びにすぎないのだから。彼にとってもハリングルッズにとってもリコンレスタにとっても最悪なのだ。ただし、彼がやるべきことは困難だ。




 常人が思い描いた過程と結末、それらの現実の重みから動けない道。




 失敗する確率の高い攻略法。




 底辺は常人が失敗すると判断した事柄に対し考えずに動く。






 フードの男が彼の言動に疑問を抱いた様子であっても遅い。本来なら怪物はこの場から逃げようとしていると思い込んでいたのだ。それがあっさりと認め、この場にいる決意を見せた。






「我々は、何をとってくれば」






「・・・ベルクの宿、場所はご存知だと思います。その宿に蜘蛛の魔物がいます」






 疑いつつ、フードの男が尋ねた者に対し彼は場所と相手を指定する。






「宿にいる蜘蛛の魔物から何を」






「・・・いけばわかります。聞けばわかります」






 それだけだった。彼はただそれだけ述べた。あとは状況が勝手に動くのみ、用意をしなくても対策をしなくても案外うまくいく。人生とは妥協の中の変化だけでも生き延びられるのだ。






「わ、わかりました。我々の中で選りすぐりの者を向かわせ・・・」




「・・・貴方が行ってください。貴方でなければ蜘蛛の魔物は動かない」






 状況は誰にも理解させない。ただ一つ言えるのはフードの男が行かなければならない。彼かフードの男か、二名のみ。






 細かいことも必要なことも彼は延べない。答えない。






「・・・・それとも僕が行った方がいいですか?」






 リコンレスタから怪物を離すか、フードの男が離れるか。二つに一つ。ハリングルッズ側の要求も思考も読んだうえで、選択を怪物が押し付けている。そういう場面だ。






 脅迫ともいう。






「・・・わかりました、我々から私が」






「・・・ありがとうございます。蜘蛛の魔物はきっと僕からといえばわかってくれます」








 フードの男に残る雑念。ハリングルッズ側が把握する蜘蛛の魔物など一体しかいない。最低最悪の魔物にしてAランクのアラクネ。残虐非道の魔物を隷属呪文なしに野放し。本来ならば飼い主を排除し策略を立てる非道の魔物が動いていない。明け渡す際に隷属呪文をかけなかったアラクネ。それに留守を預けた怪物。




 信頼も信用も裏切るアラクネという魔物に対し、怪物は何の恐れも見せていない。リコンレスタに連れてくる際アラクネも一緒に来るだろうと予測した。だが予測は外れた。ベルクという怪物の拠点に危険物を放置する度胸。いつ爆発するかわからない時限爆弾を前に怪物は心配していないのだ。




 常人とは違う。




 フードの男に対する常識とは違う。フードの男は実力がある常識人だ。常識人が狂人の相手など付き合いきれるか。






 頭がおかしい奴の相手は苦労する。






 リコンレスタにいる怪物がアラクネにどう情報を伝えるかもわからない。怪物の行動を逐一確認しているため連絡人員や郵便などが働いてないことは確認済み。ハリングルッズとして怪物とリコンレスタの犯罪組織は信用ならない。






 だからこそ言えばわかるといった意味がわからない。






 事前に準備をしたとでもいうのか。事前に打ち合わせでもしたというのか。それはありえない。リコンレスタの情報はハリングルッズが封鎖している。王国貴族であっても知ろうとしない案件の一つ。






 リコンレスタの情報を掴めても断片ぐらいしかつかめないはずだ。それを断片程度で読んだというのか。だから事前に対策をしたというのか。ハリングルッズが町を壊滅させるか否かも読んだというのか。






 結局わからない。






 わかることは相手が怪物ということだ。






 怪物はいつものごとく無表情だ。笑みを浮かべたと同時に冷酷な無の視線で見つめてくるのみだ。顔が嗤っても目が嗤っていない。濁った無の目線が虫を見るかの如く、観察をしているのみだ。






 表情で人の反応を見る。それは怪物に通じるわけもない。かといって無理やり聞き出すわけにもいかない。どうせ答えないし、実力行使に出れば相手も実力に出てくる。アラクネがいないから勝てるというわけじゃない。ハリングルッズが渡した危険なアラクネが従っているだけで怪物本人の実力は証明される。






 フードの男も強い。だがアラクネ単体に勝てるだけの実力はある。だが他の魔物も相手になる場合は話の別だ。逆境をいくつも生き残ってきたフードの男にはわかる。怪物の周りにいる魔物には勝てない。トゥグストラ、リザードマン、オーク。オークには勝てるだろうし、リザードマンにも勝てるだろう。トゥグストラは勝てるかもしれない程度。だがあくまで常識の中のオークとリザードマン、トゥグストラだ。彼が操るリザードマンもオークもトゥグストラも常識とは異なる気配を感じる。






 油断をしていない。フードの男自身の動きも気配も探られている。熟練の冒険者が醸し出す空気をリザードマンとオークが二匹が出している。しかも二匹の前に飛び込んだとしても首が飛ばされる未来しか見えない。




 トゥグストラに至っては思慮深いものすら感じさせる。魔物の表情などわからないが、想像はできる。トゥグストラもフードの男を観察している。暴走して平原を我が物顔で走る、破壊者。魔法使いの天敵にして脳みそが筋肉の魔物。それが脳みそが仕事をしているように落ち着きを保っている。








 怪物は異常だ。






 トゥグストラを制御し、オークとリザードマンを熟練の戦士に。アラクネに留守を任せる度胸。
















 怪物は何をしたのか。リザードマンもオークの二匹程度、常識の範疇であれば二匹が相手でも勝てる。されど怪物の配下のオークとリザードマンには勝てるとは思えない。実力は相手の方が上だ。








 従うしかないのだ。怪物が思い描いた物語に従うしかないのだ。その順序をたどり、望む結末をもってくる。フードの男の役割、反応も怪物は予測しているはず。いつも通り、怪物が予想するように、己の思考にしたがって行動を起こすしかなかった。








「・・・そういえば一つお願いが」






 あきらめかけたフードの男に対し、彼が告げた。淡々と何にもないかのような無垢なものだ。表情は無、視線は冷酷な無。悪意を込めた片目を覗き、反応は読めない。






「お願いとは・・・」






「・・・伝言をお願いします、蜘蛛の魔物に対して伝言を」






 彼は雲という名前を極力人前で出さない。魔物の名前を極力人前で出さない。あくまで魔物の種族名でしか答えない。個体名は彼と魔物の中での秘密みたいなものだ。聞かれたら恥ずかしいし、ネーミングセンスを疑われたくもない。






 人から疑われるのも否定されるのも面倒だ。






「・・・・・・・・・・と伝えてください」








「わかりました」












 常人は実際、彼の結末を予想したとしたら絶対に行動しない。稚拙で幼稚な遊び。下手をすれば子供の屁理屈のほうがまだましだ。










 そして彼は振り返った。








 後ろにいる人々、老若男女問わず集まる人々に対し顔を向けた。彼が突然振り替えったことによる困惑、視線があったものから後ずさりを見せる。








 その時の彼は真剣に笑っていた。






 緊張を押し殺し、自分を一人前の社会人という洗脳をかけて行動を示している。








「・・・貴方たちの今後がこれから決まります。どうなるかは貴方たち次第」




 肩を小さく広げ、受け入れる懐を示す。彼はそんなキャラクターじゃない。だからこそ一言挟むたびに息を小さく飲む。それは一人前の社会人が同僚に、上司に語るような気軽な気配。日常におけるコミュニケーションの一つ。彼の内部に蔓延る緊張と吐き気、それらは不気味な笑みが覆い隠す。表情筋も仕事をしている、ぴくぴくと痙攣をしながら仕事をしている。






 あとは語り掛けるのみ。






 背後はフードの男が固唾をのんでいる。






 怪物の気配が急激に変わったこと。






 民衆の気配が急激に変わったこと。






 言葉のみで怪物は環境を支配する。その劇を一方的に見せつけられて、固唾を飲まされている。怪物は独特の空気と間の掴み方。人が言葉を飲み込めるように間を保った会話法。






 詐欺師の手法だ。






 人々を先導させる詐欺師の手法。内容など大したことではない。だが勢いと怪物の実力。リコンレスタ内における勢力の変化。それを成し遂げた怪物の実力が大したことのない発言に力を持たせた。






「・・・このままでいれば貴方たちは死ぬ」






 言わなくてもいいことを怪物は言う。人々が突然の内容に戸惑いを隠せない。死にたくないから無事でいたいから怪物の後を付いて町を歩いてきた。そんな守り手の人間から告げられる残酷な事実。一方的に守り手にしてきた人々は戸惑いと困惑をしても反論はできない。なぜなら弱者であり、何もしなかった人々だ。今回も何もできないでいた。








「・・・今動けば何とかなるかもしれない。ですが貴方たちは何もしない。見ればわかります。ここにいる皆さんは、どうせ誰かが何とかしてくれると思っただけで、何とかならなかった結果です」






 断定だった。怪物は無をもって、民衆の反応を無視する。誰も反論はしない。だが人々の心にあるのは世に対する反論だった。自分は悪いと思っていても、誰かのせいにした反論だ。






「・・・このままではリコンレスタは壊滅します。犯罪組織たちの手によってではありません」






 彼は吐き気を抑えている。飲み込んでいる。人々も吐き気を飲み込んでいる。彼は演説など出来るキャラクターではない。怯えて震えるただの底辺だ。だがそれよりも下の人間がいる。下には下がいる。だからその下に勇気を見せているだけだ。






 彼は行動をしている。仕事を得るため、町を壊滅させないための行動をしている。彼一人の力では敵わない。






「・・・ハリングルッズの手によって被害が出ます。でも、壊滅はしません」






 後ろのフードの男が何か反論しかけた。言ってはいいこと、いけないことがある。ハリングルッズ側の情報を人々に晒す行為に口を出し掛けた。だがそれすらも予測したように彼が手を挙げて制していた。また制したと同時にリザードマンとオークがフードの男に対し殺気を出した。手を出せば、反対すれば排除するという意志を見せつけた。








 たかが人間一人が魔物を魅了し、支配する。その手際を見せつけられれば人々も理解する。フードの男の焦りようをみれば、ハリングルッズ側と理解する。








「・・・ハリングルッズはリコンレスタに攻撃をします。でも町は壊れません」






 ばらす。




 さらす。






 人々の視線が彼とフードの男に向けられる。殺気に満ちたものも混ざった困惑の視線。だが行動はしない。行動をするための行動をしてこなかった人々に何もできるわけがない。








「・・・貴方たちが壊す」








 その言葉を聞いても誰も何も言わない。知っていたことだ。何もしてこなかった人々は何も守らない。何も守らないということは、何をされても何もしないことの証明だ。






「・・・どうせこの場において危機を抱いても何もしない皆様です」








 自分から何もできない人々。






 人は底辺に近づくほど、行動ができなくなる。上位になればなるほど自分で考えて動けるのに対し、下の人々は誰かに従うことしか頭を使えない。文句をいって従うしかないのだ。








「・・・だから、皆様に意見は問いません」










 人々の愚痴交じりの小さき声が響く。されど独り言みたいなもので彼の心も動かさない。歓声などは聞こえない。どうせ真実を教えても、教えた人を恨むだけの人々だ。








「・・・僕はこれから行動をする・・・ついてくるのならば覚悟してほしい」






 何もしない人々は戸惑っている。守り手からの行動要求。




 その反応をみて尚、彼はつづけた。現実を理解しても納得をしてくれない人々に対し対話をつづけた。






「・・・言い方を変えます。・・・貴方たちに役割を与えます。・・・逃げるならば見捨てます。ついてくるならば役割を・・・その役割があるうちはきっと生きることはできます」






 何もしなくても幸せが手に入る。






 それは前の世界だけだ。この世界は行動しなければ生きられない。役割なしには生きられない。国が守ってくれた前の世界がいとおしくて仕方がない。






 彼は柄にもないことをやらされる。前の世界はやりたくないことをやれば生きられたのに、やりたくないこと以上に役割を与えられる。








 本当に異世界とは








「・・・従わせます、皆さん。拒否は許さない」








 世知辛い。




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