第13話 奴隷と勇者

オークとリザードマンがよちよちと後ろからついてくる。


 二匹を購入後、魔物と不快な彼の一行は宿にむかっていた。


 今日は疲れた。


 いつも、疲れているが、今日も疲れた。


 毎日、疲れている。


 これは彼にとって現実だ。


 誰にも頼れない現実のこと。


 2ヶ月もいるんだ。


 さすがの彼もここが夢の世界だとは思っていない。


 長く、居すぎたというのもあるが、夢の世界ならあって当たり前の現象が何一つ起きなかったというのが最大の理由だ。


 夢の世界では必ず場面がよくわからないほうにいく。水泳をしていたかと思えば山にいた。外で遊んでいたかと思えば、車にのっていた。


 場面が飛ぶ。


 そういう現象がなかった。


 彼はいつも夢を見るとき、状況がよくわからないほうに動く。現実の彼がしないようなことをすでにやっていた世界観から始まる奇天烈なことが何一つおきなかったのだ。


 なぜか犯罪者。

 なぜかドライバー。

 そういったことはなかった。


 むしろ、この現実で寝るとそういう摩訶不思議ワールドに飛ばされる。さすがの彼もわかるというものだ。


 夢でつねったら痛くないといったやつは、うそつきだ。

 すごく痛かった。


 歩いていると、いつもの町並みにでた。彼の行動範囲外のところの風景は正直不安が出てくるが、いつも見ている通りに戻ると少し安心するものがあった。


 しかし、今日を夢であればどんなによかったかと思う出来事はすぐそこまできている。


 彼は出会ってしまう。

 通りに一つのパーティー。


 男が一人居た。それにむらがる5人の女性達。

 男は腰に剣をさした冒険者みたいなやつで、女性はメイド、魔法使い、ヒーラー、そして首輪をつけた二人の奴隷。



 彼は出会った。


 見なかったことにはできないものがそこにはあった。男性が笑い、女性達の一人ひとりは豊かな感情を見せていた。頬を膨らませた魔法使い、笑いをこぼしたヒーラ、無表情で、油断なく周りを見渡すメイド、何故か明るい奴隷の二人。



 そいつらは彼のなれなかったものをもっていた

 そいつらは彼のなりたかったものをもっていた。


 そいつは光だ。

 マッケンのように作られた光ではなく。


 天然の光をもっていた。自身に溢れ、それに付き添う女性達。ありえぬことがありえてしまう、絶対の運を持ち、いかなる逆境も跳ね返す。


 選ばれた存在。決まったかのような女性だけのパーティ。


 勇者。

 勇者がいた。


 彼は決して足を止めない。魔物と彼のPTは決して歩くのはやめない。

 やめたら、壊される。目を離せなくなる。


 同じ人間なのに、自分とは違う。自分はこうも落ちているのに、なぜそいつは上にいる。


 嫉妬。

 その感情が勇者をみていると噴出してくる。とめようにもとめられない。見ているだけで彼は黒い感情にぬりかえられていく。


 他の人間から希望かもしれない。

 でも、彼には劇物だった。

 へたれで面倒臭がりで、自分が関わらなければどうでもよいという普段の彼の姿はない。

 強く嫉妬し、妬む黒い自分の姿。


 通り過ぎ、すりぬける。魔物が近づいてくるということで、勇者達は少し警戒の顔色になったが、彼は決して視線を横に向けない。


 呼びかけられることもなく、ただすぎた。


「あ、あの人はオークションのときの人じゃない?」


 魔法使いが怯えた声で通り過ぎた彼の背中を指を指した。あのときのことは忘れられない瞬間だった。誰もが彼に従った。生み出された悪意の数々を踏み潰し、換わりに恐怖とすりかえた一瞬を。


 トゥグストラの力であっても、それを鎮めて有利に運んだのは紛れもなく彼だった。子供に教えるようにトゥグストラをあやつった男。


 その後、リザードマンを購入。誰にも邪魔はさせず、決してはむかわせない。支配者の次に続くものはいなかったし、作らせなかった。


 抑圧されれば人は暴発するが、彼はそれをしなかった。その後の彼は一切の邪魔をせず、目的を果たしたかのようにまっていた。


 オークションが終わり、外に出たときメイドも魔法使いもヒーラーも勇者も民衆と同じように恐怖していたことを思い出した。トゥグストラではない、彼の姿に、だ。


 トゥグストラなら勇者のパーティならば倒せてしまう魔物だ。だがそうじゃない。


 自分達ができないことを行える。自分達は民衆の希望であるがゆえに、人の意思をなにより尊重させなくてはいけない。


 

 勇者は民衆の光だ。


 民衆が望むことを行わなくてはいけない。政治じゃなく、経済じゃなく、身の安全を民衆は今望んでいる。魔王を退治せよというのが民衆の意思だ。その意思を遂行するのが勇者なのだ。


 だから、だ。


 もし、彼みたいな人間が民衆を束ね、勇者に対し矛先をむけたら。


 自分達はどうなるのか。


 味方がいない、周りは全て敵。

 そういう状況を作られれば、勇者は勇者じゃなくなってしまう。 

 それが恐ろしかった。


 敵に回ったとき、残酷な顔で笑うのだろう。

 誰もが逆らえない。


 徹底的な弾圧者。


 物語の支配者の姿が彼とかぶった。

 誰であろうと、敵ならば容赦はしない。

 目的とかぶらなければ寛容を示す。


 一度牙を向けた民衆は叩き潰され、従った彼らは他の取引を邪魔されない。

 腕を組み、目を瞑るだけの彼は弾圧と寛容を示した支配者の姿そのものだった。



 メイドがうなずき、口を開いた。


「はい、確か購入なされたのが、オーク、リザードマン、でした」


「初心者テイマーが買うものですよね、あの方は初心者なのですか?」


 ヒーラーが問う。自分でもわかっている、あの支配者がそんなわけがない。


「それはありえません」


 メイドが考えるに。


「オークとリザードマンは必要な存在だったのかもしれません」


 何に?


 何の目的で?


 わからない。メイドは次を続けられない。


 悩む仲間に今まで黙っていた勇者が言葉をもらした。


「あの2匹に何かあるのかもしれないな」


 ただのオークとリザードマンが?

 何をもって?


 考えれば考えるほど、深みにはまり抜け出せなくなってくる。

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