怪物の進撃 11

 狐顔の男は順調すぎて退屈だった。




 リコンレスタの細い通りを大人数で並んで歩く。周囲の廃墟はことごとく壊れ、倒壊している。隠れる場所が極端に崩れてしまった以上、伏兵の心配はないのだ。ただ細い通りの少し先に大通りに面するカ所で壊していない建造物がある。




 大通りに向ける面の壁が砕けて、すっぽりと中の構造が丸見えの常態の建造物がある。その建造物は影があり、細い通りからすれば、大通りをの姿を隠しきった遮蔽物だった。また大通りには多少建物を残してあった。狐顔の男の指示ではない。




 この大通りも町の大半の廃墟も全部いらない。どうせ飽きて捨てるのだから、壊しても壊さなくても問題はない。むしろ壊した方が路頭に迷う人が多くて面白そう。






 愉快気に、最低な妄想が狐顔の男を突き動かす。




 されど破壊はできなかった。




 人間の手では時間がかかるため、魔物の力が必要だ。




 怪物の魔物の力が。






 されど牛さんが拒否したものだ。どうしても壊さないと命令を無視したものだ。所詮、魔物。気まぐれでも起こしたのかもしれない。もしくは怪物が壊すなと指定した建物なのかもしれない。理由を尋ねても顔を背けて、無視する始末。仕方ないと肩をすくめた記憶が片隅で蘇る。








 怪物を倒したら、この魔物も倒そう。






 倒し方は知らないが。










 その牛さんは大通りに先に侵入していた。先行と偵察のために牛さんを大通りに送ったのだ。建造物を壊せないなら、せめて伏兵でも気付いてほしい。また伏兵がいたら、牛さんを放っておかないはず。何せ、町を壊した元凶なのだ。意地でも戦闘が始まり、その音が伏兵がいる証明になる。






 怪物の魔物など囮で十分。倒されることはないだろう。






 倒されたところで怪物の戦力が減るだけだ。問題はない。




 そう、うぬぼれた狐顔の男だった。






 ちらりと横目で後ろをみれば人々の大群が背後をついてくる。犯罪組織の残党たちも含め、大多数の人々だ。怪物の指示にあった残党集め、人々を動かす。ほかに怪物とは関係ない人々も脅して付き従わせた。








 もうこの町で怪物以外に止められるものはいない。






 大通りの姿がわずかばかりに見えてきた。足は止まらず、ひたすら大通りへと向かっていく。大通りは十字路となった形である。細い通りを十字の分の縦線と考えるならば、左右に振れる通りが横棒ともいえる。細い通りから大通りの左側へ曲がれば、レギアクレスタの拠点まで真っすぐ進むだけなのだ。






 だからその通りに侵入した、大通りに進む際、人々の半分を先行させた。牛さんが大通りを見回り、安全は確保された。だが牛さんに勝てないから、人々を襲おうとする輩もいる。だから人々をおとりとして先行させた。残りの半分は囮の人々が無事だったら、一緒に進むのだ。






 そして囮の人々は安全だった。




 だから狐顔の男も大通りを左側へと曲がる。






 人々の大群が大通りを占拠して、突き進む。人々の表情は暗い。嫌々と恐怖による無理やりな命令。自分の意志とは違い、強制されてやっているといった表情だ。






 されどこれも怪物の指示。






 人々に伝えたことすらある。






 怪物が君たちを動かせといったから、脅してでも動かす。










 全部、怪物のせいにして行動させた。何も知らない、違う。何も動きたくない人々を無理やり労働させた。人々の心にあるのは怪物に対しての恨みだ。そして狐顔の男に対しての恨みだ。






 怪物にも狐顔の男にも手を出せないのは怖いからだ。強いからだ。倒せないからだ。人々が群れとなったとしても倒れない姿が思い描けるからだ。牛さんを見てみればわかる。牛さんは怪物に従う魔物だ。突進一つで建物を壊し、一度駆ければ周囲の建造物など倒壊する。そんな化け物にも勝てない。化け物を従わせる怪物などに勝ち目などない。






 狐顔の男は人々の様子を見て笑う。










 剣呑とした空気を醸し出しつつ、人々が命令に従う姿をみて嗤う。恨みがあるくせに、従うだけの能無しと馬鹿にしているのだ。楽しくもないことに嫌々やる姿を馬鹿にしていたのだ。










「さあ、皆。あともう少しでレギアクレスタの本拠地だよ!これが終われば、町は俺たちのものさ!その俺たちの町で如何にしてても怒られない。食事も酒も好き放題、楽しいほどに浴びれるさ!」




 その言葉に少しの人々が歓喜に震えた。大半の人々がこれでまた何もしなくていいと安堵の息をついた。その反応と意味は心を読んで理解する。




 苦痛の果てに僅かな幸せを与えれば、人は盲目になってくれる。目先の苦痛を我慢し、少し先の幸福を楽しむために頑張るのだ。






「はぁ」






 狐顔の男は退屈だった。そういっている狐顔の男は楽しげであるが、実際はつまらない。






 残党たち集めも、人々集めも簡単なのだ。脅して弱みを掴んで、そこから少し虐めてやれば支配できてしまう。このとき、支配した場合には旨みを少し与えてやればいい。ハリングルッズや彼から渡された資金。その中の小銭を適当にちらつかせれば、人々は旨みとして認識する。この町は金が出回らない。だから少額の資金ですら高額のように扱われる。他の町の金銭感覚とこの町の金銭感覚は異なるのだ。






 そもそも金が回らない以上、物も出回らない。






 金があっても、意味がない。






 それを知らない人々に金を渡して、こういった。






「その金は君のものだ。これで好きなものを買えばいいんだよ!今は何もないけど、俺たちの町になれば物が買えるようになるよ」






 産業も、商売における下地がない町で、夢を語った。かつての常識は、店があり、物がある。その前提のものだ。だからイメージしやすい。店が出来て、物が売られる。その姿を知っているがゆえに、今の町の何もなさを悲しむのだ。






 自分たちは酷いことをしている。怪物が悪い。狐顔の男が悪い。だけど酷いことをした先に日常が、かつて生きた日常が戻ってくるならばと動くのだ。










 物を作る産業もない。物をうる下地がない。どこから作るのか。店を作るのにも金が要る。金を使うには店がいる。店を作るには物がいる。そのどれか一つでも満たされたものがあるとでもいうのか。






 領主に金を渡して、守られた者たちは違うかもしれない。守られたもの達が持つ僅かな産業と下地を使えば何とかなるかもしれない。でもそれはしない。領主が、人々に強制的に選ばれた領主は、人々を恨んでいる。






 人々が何もしたくないゆえの傲慢さが、領主からの恨みを買ったのだ。人々は思うだろう、領主が仕事をすればこうならなかった。町の治安が悪化することも、商人や店がなくなることもなかった。




 人々は領主を多少恨み。




 領主は人々を強く恨んでいる。








 だから金を渡したものたちのみ、指示して協力するものたちのみ守っている。領主にも意地がある。薄汚い何もしなかった人々が、守っている協力者たちに手を出せば本気になる。






 領主が本気になれば国が出てくる。








 そうなれば地方犯罪組織など影も形も残らない。だから領主とその協力者には一切手を出さない。でも手を出さなければ、金と物を交換する店なども作れない。






 それを狐顔の男はしっていた。






 だが言わないのだ。








 性格が悪くて歪んでいるために言わなかった。






 それに気づかない理由は今が満たされているからだ。少し考えれば物が買える場所も売る場所も作る場所もこの町にないことに気付くのだ。






 でも食事があり、金だけが渡されている。






 錯覚するのだ。金は未来で使える。食料は嫌々な仕事をすれば食える。この町に食料など作れる人も場所もこれから作らなければいけない。






 食料もハリングルッズから少し支給されている。嫌々、渋々といったハリングルッズの職員が渡してくる姿は笑える。怪物の指示とはいえ、狐顔の男に渡すなど嫌なのだろう。心にも書いてあった。それでも渡された。怪物は何を考えていると職員の心が訴えていたのも知っていた。




 その食料は人々に与え、金は将来使える未来をイメージだけさせて、与えていく。






 未来で金を使えば食事がとれる。






 そのあり得ない日常が訪れると信じ込ませた。










 狐顔の男は怪物が何を考えているかはわからない。だが、町を統一するのはギリアクレスタであり、狐顔の男である。その指示をしたのは怪物だ。怪物は狐顔の男が裏切ることも予測しているはずだ。そもそも、悪名高いということは、計算高いということにほかならない。ただの蛮族で知能がなければ、幾らでも対処など簡単だった。






 問題はいつ裏切ると思っているかだ。






 怪物の悪名、知性の怪物と名付けられた以上。






 ある程度予測しているはずだ。そしてある程度対策もしているはずだ。






 この町は物がない。店もない。人材もろくでもない。だから怪物も好き勝手に資材を集められたりもしない。有能な人材を探すこともかなわない。ハリングルッズから集めていくのか、それでもリコンレスタ支部の人員は少ない。ハリングルッズの職員の心を読めば、追加増員はないことはわかる。






 だから怪物も初めに持ち込んだ魔物や、資材しかない。






 裏切るタイミング次第では勝てる。この統一線においての流れで倒せるかもしれない。でも今は無理だ。レギアクレスタを支配、もしくは倒すまでは無理だ。さすがに怪物を倒せたとしても、その被害は計り知れない。勝てない確率しか見えないし、かったところでレギアクレスタに蹂躙されるだけだ。




 蹂躙されたあと、ハリングルッズかレギアクレスタあたりに捕まるだけだ。拷問も大したことはないけども、少し飽きてきた。だから捕まるのは出来るだけ嫌だ。






 レギアクレスタ崩壊後、少し力を蓄えてからのほうがいいかもしれない。




 色々悩む。






 狐顔の男と人々の大群は大通りの中でも建造物たちが比較的残った区画に突入していた。大通りの左右を囲むように並ぶ建造物の群れ。どれもまともな形ではなく、壁が崩れたり、入り口が壊れていたりとしている。






 この区画も壊すつもりだった。






 牛さんが拒否した。








 あらかじめ牛さんに壊させた町であっても、牛さんが拒否した部分はどうしようもなかった。








 だが怪物の指示は完遂される。






 町をギリアクレスタで統一する瞬間。






 その瞬間こそ、誰もが隙を見せてくるに違いない。目的達成の高揚感の前では誰だって隙が生まれる。狐顔の男自体も隙があるのだ。目的の為に、目的達成の直前の前に。






 隙が生まれ。








 そして狐顔の男の油断が生まれてしまったのだ。






 足が止まった。狐顔の男が足を止めれば、人々は足を止めざるを得ない。






 隠すこともない、足音。じゃりじゃりとわざとらしく建てた音の前で足を止めたのだ。その音は大通りを囲む建造物のどれかから聞こえた。特定などは難しい。






 伏兵。




 それにしては数が少ない。






 伏兵からの奇襲ならば音を立てる必要はない。






 わざと。






 歩く音、壁を叩く音。




 気付かれるためにならしている音と判断できた。






 そして音が近づいてくるのもわかった。








 壊されなかった建造物と、一階部分が天井でつぶされた建造物の隙間から誰かが出てくる。建物が生み出す影の世界から、大通りの世界へと歩むものがいる。威風堂々とした形で人型でありながら、人ではないものたちの姿が先に現れた。






 初めに豚が人型になったような魔物、オーク。




 青いうろこを前面に押し出した魔物、リザードマン。








 そして最後に気配の感じ取れない人がゆったりとした歩みで大通りへと出ていた。その姿は恐れることもなく、大胆不敵な姿を持って歩いてきていた。表情は無、心を読む能力でも読み切れない。人はこう呼ぶ。






 知性の怪物。








 進む先は狐顔の男の進む先の道。その道を遮るように怪物と二匹の魔物が姿を現した。大通りの中心にて仁王立ちし、二匹の魔物は背中に巨大な旗を背負っていた。赤い旗、旗の柄の先端と布地手前につながった紐の輪に体を入れるように背負っていた。






 立ちふさがった怪物は狐顔の男と人々の歩みを止めた。








 そして怪物は、無表情に。




 軽く両の手の平を見せて。






「・・・こんにちは」






 感情もない、不快な挨拶を押し付けられた。狐顔の男は表情が渋かった。甘味が出てこない、渋みの柿を引き当てたかのような外れ。愉快気に目的達成後の楽しみががくんと崩れた音がした。








「・・・どうしました?・・・嫌なことでもありましたか?・・・失敗でもしましたか?」








 それは心配するような言葉である。だが言っている口調こそ、無機質だった。他人を心配する言葉を使用するくせに、建前上のもんでしかない。他人に心配の言葉をかけるならば、演技を誰でもするはず。それをせず、問いかける怪物は不気味だった。








「・・・表情が暗いのは何か原因が?」








 怪物の視線が狐顔の男を見つめ、背後にいる人々を見つめ。








「・・・さすがは優秀な貴方だ。・・・なにひとつ心配することもありませんでしたが、実際に見てみると・・・すごいものだと感心します」






 人々に対し怪物の視線が釘付けだった。人々の姿を見る際、怪物の顔が小さく前後にうなずく姿が見えた。






「・・・予想以上です」








 予想以上に数が多い。彼と狐顔の男の認識は同じ。












「・・・どうしました?・・・表情が暗いかと・・・失敗でもしましたか?・・・僕が見る限り失敗はしていません・・・」




「なんでもないよ、お兄さん。自分の仕事が完璧すぎて退屈だっただけさ」








 狂人たる狐顔の男の笑顔が引きつった。恐れることはない。拷問も楽しみのうちだ。裏切るのも楽しみのうちだ。楽しみだが、怪物を前に少しばかり見えない。目の前にしても心が読めない。手段と戦略が読めない以上、自分の計算だけが頼りだった。










「・・・指示以上に、結果を出してくれました。ただ僕の記憶によれば・・・見たことない方が多いかと。・・・残党の方達でしょうか?」






 笑いもせず、怒るそぶりすらも見せず。






 人々を観察し、今度は狐顔の男に対し、虫を見るかのような冷たい視線が向けられた。怪物こと彼は最初に出会った人々の数を大体目で数えている。また残党たちの情報もハリングルッズから与えられている。






 だから簡単な数合わせぐらいできている。






 そのうえで彼は指摘していない。直接言わずに、わからせる。それが彼の選択だった。












 対する狐顔の男は、どう切り抜けるかで頭がいっぱいだった。






 怪物の指示にあったのは、残党集めと人を殺さない指示。町を纏める指示






 狐顔の男の指示になかった余計なことは。






 怪物が合わせた人々と違う別の区域の人々を集めた事。




 先ほどから狐顔の男の表情が暗いのも理由があったのだ。怪物が現れる前に町を統一するつもりだった。怪物は介入する意志をみせず、狐顔の男に全てを任せている節があった。だから統一した後、ハリングルッズと今後の取り決めを考えるといって、怪物を誘い出し裏切るつもりだったのだ。








「さすがだろ、俺って・・」






 狐顔の男が続ける前に、怪物が告げた。








「・・・貴方に任せて良かった」






 そう言いつつも。






 そう感じ取れない無の口調が放たれていた。








 彼は指摘しない。無駄な追及をして選択肢を狭めるのはお互いによろしくない。今はまだ協力者である。お互いは仲間なのだ。今は。






 だから彼は言わない。狐顔の男の余計な人集めもいう事はない。






 言わずに、誤魔化した口調で問い詰めるのだ。ふてぶてしくも、におわせた内容を徐々に与えていくのだ。










「・・・もう少しですね」






「もう少しって何?」








 狐顔の男の表情が警戒からか、彼を睨み付ける。予想ができない相手に対し、心が読めない強敵に対し、最大限の警戒を見せていた。










「・・・もう少しで貴方は町を統一するギリアクレスタの組織だ」






「そうだね、これで俺も町を支配する組織のトップだ」










 警戒を隠さず狐顔の男は同調し。






 それを気付いたうえで、とぼける彼だ。








「・・・ええ、これでギリアクレスタは」








 彼は一呼吸をはさんだ。








「リコンレスタを支配する複数ある中の一つの組織となる」








 間をいれず、独特な会話をせずに、彼は告げたのだった。






 決してギリアクレスタがリコンレスタを支配する唯一の組織ではない。あくまで複数の組織の一つである。






 そう彼は告げてしまっていた

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