怪物の進撃 12

 彼の発言にどれほどの衝撃があったのか。狐顔の男の笑顔が硬直し、人々の動きすら最低限のものになっていた。誰もが先ほどの発言に、理解できないのか。彼を見つめる人々の表情には呆然としたものと、困惑のものが混じっていた。






 人々も狐顔の男も凍ったように動きを止めている。されど耳も目も彼に対し、全力を尽くした形で硬直していたのだ。頭が追い付かないのも、理解がしたくないのもあった。






「・・・どうしました?」






 彼だけが凍らず動く。当然のごとき、静かに問う。彼の言葉に、人々は己の耳を信じられない。狐顔の男がようやく氷漬けの常態から解凍されたかのように動き出す。しかし動きに鈍さが感じられ、硬直していた笑顔の口元が開くころに。




 彼は狐顔の男に見えるように人差し指を立てた。




「・・・貴方の言いたいことはわかります。そんなのは聴いていない」






 狐顔の男が抗議しようとした内容を彼が先回りに投じる。反論も展開も読まれているのか、それこそ彼に流れを奪われたのだ。






 たった一言で沈黙させた。




 心を読めない彼が、心をよむ狐顔の男の言葉を読む。だからか開きかけた口を苦渋の表情で閉じるしかなかった。






 彼は二本目の指を立てた。








「・・・だから答えましょう。僕は言っていません」








 その彼の態度はもはや狐顔の男の反応すら気にしていない様子だった。拘るところもなく、寄り添う処もない。この町において彼は強い。彼本人は弱者であるが、魔物たちが強い。手に入れた怪物という社会的立場が強い。






 その怪物という立場と魔物という立場が。






 彼の言葉に深みを持たせていく。






 されど黙っているのが狐顔の男ではない。歯ぎしりを僅かにならしながらも、笑顔を必死に維持させた。させつつ、抗議の言葉を転換するのだ。






「それで通じると思っているの?お兄さんさ!むちゃくちゃじゃないかな!わかるかい、俺がやったんだよ!俺を動かしといて、今更言ってないから無効といわれても納得ができない!」






「・・・それで通じます。・・・感謝の気持ちは絶えません」






 狐顔の男の笑顔は崩壊寸前だ。感情のままに楽しいことを探す狐顔の男にとって、彼は異端なのだ。楽しみを途中で奪われた。可能性のあった退屈を忘れる手段に、水をさされた。ろくでもない、結末を目指そうとしているとはいえ、協力は協力。




 その協力に対するものが、言ってなかったという騙し文句。




 また抗議しようとも、否定どころか気にしてすらいない様子。






 狐顔の男の笑顔が崩れ、無表情な彼の態度に腹を立てる。そのあまりか目元にしわがより、されど冷静にという感情が理性を作りたてていく。






 されど放たれる言葉に理性の形は薄かった。






「感謝なんかどうだっていいんだよ!」






「・・・貴方の力がなければ、ここまで来なかった」






「そんなのはどうだっていんだよ!」






「・・・ありがとう」








 取り付く島もない。狐顔の男の抗議など彼の前にとっては無意味なものだ。






 ギリアクレスタは町を統一する組織。ただし、管理するのは複数の組織。それが彼の論である。






 ギリアクレスタは町を統一する組織。また管理するのもギリアクレスタのみ。それが狐顔の男の論である。






 彼の言い分、力の貸し方を見るに、勘違いするのも無理はない。狐顔の男はギリアクレスタでリコンレスタを一度支配している。そのなかでリコンレスタをギリアクレスタで統一といえば、おのずと管理も同じ組織だと思うだろう。






 人は一度味わった経験を忘れない。仕事でも日常でも、かつてあった幸せでも、嫌な不幸でも、決して忘れない。






 人は都合のよい方向に生き、悪い方向に進みたくない。停滞をしたいわけじゃなく、更なる幸せを噛みしめたい生き物なのだ。








 無理はない。勘違いしても無理はない。されどしいて言うなれば、勘違いさせた方の言い分もある。










 わざとだった。あえて言わなかった。ギリアクレスタで統一させる。






 その先、支配も管理もギリアクレスタでやるとは言わない。言っていないのだからいつでも、追加事項を打ち込める。






 狐顔の男の鋭くなった視線、殺意すら込められつつある眼光に彼は一つ追加した。どうせ諦めきれない人間は、蒸し返すことを企むものだ。






 それを理解し。






「・・・僕も聞かれなかったのでお答えしなかった。・・・言ってないので聞かれなかった。・・・ただこれだけの違いです・・・」






 言われる前に踏みつぶす。彼は会話が得意ではない。だから会話の流れに乗っていくのが難しいのだ。






 彼はいつもの会話がかみ合わない癖を発動させたわけじゃない。狐顔の男の退屈に対する耐性の低さを知ったときには方針を転換していた。退屈が嫌いで飽きやすい。飽きたら追放されそうな動きも見逃すほどの狂人っぷり。






 飽きたからといって、仕事を放りだすタイプだと彼は判断したのだ。そこで彼は方針を一転させた。この町を統一させるのは、狐顔の男しかできない。良くも悪くも個性的。心を読める力とリコンレスタを統一させた経験を持つ、この町に必要な存在。






 同時に楽しいことを邪魔されると、本気で怒るタイプ。それは今の会話から導き出した答え。






 退屈なら組織から追放されることも厭わず、楽しければ指示にも従う、扱いづらさ。その時点で彼は方針をかえた。






 地下牢にいたときに、計画の結論から物事を立てたのだ。






 ギリアクレスタによるリコンレスタ統一と支配。




 それをギリアクレスタによるリコンレスタ統一。複数の中の一つの最大勢力組織として計画に組み込むことにしたのだった。






 ギリアクレスタを最大勢力とした街の勢力。その町の勢力にも複数の勢力を持たせ、ギリアクレスタ唯一の支配体制を脱却させる方針に変えた。たとえ、狐顔の男が飽きて逃げても、他の組織が何とかできるように対策をうったのだ。






 人は一人では生きられない。服も食料もおもちゃも、おかしも一人で生み出すものではない。土も道路も街路樹も街並みも一人で育てるわけじゃない。子供も、恋人も、自分も一人で慈しむのではない。






 だれもが誰かの手を借りる。






 それを町の法律に邪魔されない策として、前提に生み出した策。




 小さな子悪党大作戦。人々に小さな悪事をさせ、その悪事の共通認識として纏まる作戦。






 この作戦を思いついたとき、彼はリコンレスタの法を学んでいた。宿の店員から、町の人々に至るまで全てに話を聞いた。人々をたきつけ、金を投げ渡した後に、一人一人に話を聞いた。どういった文化を持つ町なのか。どういった人々の共通の認識があるのか。




 聞き出した。金を僅かにわたし、半分以上の人から聞いた。






 王国は王族と貴族に対する反逆などといったもの以外、大体自治体によって法律がなされている。絶対的な法律は王国全体のものだが、犯罪といっても町一つ一つによって処罰も無罪も異なるのだ。だから聞いた。




 とくに処罰はない。




 昔あった、リコンレスタの掟とやらも大体の人から聞き出した。






 とくにない。今の領主になってから法も秩序もなくなった。






 それで一つ決意がついた。




 次に文化と共通な認識を人々から聞き出した。




 そのなかで似たような内容が多かった部類。






 犯罪組織たちによって仕事を与えられ、飯を食っていたという認識。生きるためなのだから、仕方がないといった認識。力関係で無理やりだから仕方がない。自分たちはやりたくなかったいう言い訳。






 大体が誰かの指示がなければ動かない人々だという認識。力関係をもち、無理やりにでも人をひっぱる力を持ち、飯を食わせていける人物。






 その人物は狐顔の男しかいなかった。






 だから彼は決して。








「・・・貴方は優秀だ」






 否定も侮辱もしないのだ。相手をほめたたえ、そして相手の能力の高さに憧れるのだ。彼では上手くいかなかった。彼は人を導く能力もない。人を引っ張るなど底辺に求めることではない。






 それをこなせた人間など。








「・・・有能な人で助かりました」






 尊敬するしかないのだ。たとえ指示にないことをしてても、裏切る可能性があったとしても、決してその能力は本当のこと。




 彼がいくら人をほめたとしても、彼の態度は褒めたものではない。






 無表情だった。たとえ第三者から見て、狐顔の男を利用し、騙した評価だったとしても彼は気付かない。手のひらで人を転がす悪そのもの。狂人を弄び、更なる最悪がいることを見せつけた事。反論もさせず、言いたいことだけを先読みし、黙殺させる。








 これが本当の支配者だと。






 見せつけてしまった。






 そして、退屈が嫌いな人間が、楽しみを邪魔されて黙るわけもない。退屈嫌いで、楽しいこと大好き主義者が考えることなど大体、破滅主義的なものなのだ。




 今のリコンレスタにおいて最大勢力は狐顔の男が率いる人々と残党たち。この数の優位性は確かだ。怪物に勝てるかどうかであれば、勝てない。だが数的優位性が、その真実をそらしてくれるのだ。いくら牛さんが強くても、リザードマンやオークが強くても、自分たちは数がある。また残党たちも仲間にいる。その流れが狐顔の男と率いる人々全体にあるのだ。






 レギアクレスタよりも勢力で言えば上になった。この町で邪魔なのはハリングルッズ、レギアクレスタ。






 そして怪物。






 一気に全てを敵に回しても勝てはしない。されど一つずつ倒せば何とかなる。






 怪物を倒し、レギアクレスタを倒し、ハリングルッズをリコンレスタから追い出すことも可能。目先の相手こそ怪物。レギアクレスタを吸収する前に、前菜に怪物をと無茶な理屈を立てるのだ。






 それこそ数の優位。町を一匹で破壊できる牛さんも残党たちが抑えてくれれば何とかなると。思いあがるのだ。狐顔の男の考えも、数的優位に立つ人々も大体が同じ。相手は一人と3匹。






 怪物を倒し、人質とすれば魔物は何もできない。






 そう思い描くほど短絡的になる。






 狐顔の男は実際考えている。人々も狐顔の男がもたらす未来の日常に懸けている。嫌々渋々従うくせに、利益だけは一人前以上にもらえると描く人々。そして目的を達成した後、全て切り捨てようとする狐顔の男。未来で日常を手に入れるか、未来で裏切るか。






 そうした流れが密かにできた。






 彼が現れ、未来が変わる可能性。






 そこに不快さを覚えないものはいない。町最大の勢力になるから良いのであって、複数の一つの組織など未来が遠のく。一つの組織が全力を尽くすか、複数の組織が全力を尽くすか。リコンレスタは一つしかない。そこで分散してなど、意味がないのだ。時間がかかるのだ。










 だからか。人々は僅かに手を握りしめた。






 だからか、狐顔は策謀を張り巡らせた。






 リコンレスタは弱者が強者を引きずり落とす町。強者が強者であらねばいけない町なのだ。








 狐顔の男が横目で背後の残党たちを見つめる。それぞれのトップたちに視線を張り巡らせ、狐顔の男は顎を小さく前面に押し出す。そのアイコンタクトとジェスチャーにそれぞれのトップたちは自分の部下たちに指示を聞こえないよう与えていく。






 残党たちに情報がいきわたり。






「いいのかい、お兄さん。俺はね、」






 未来で切り捨てるものたちなど興味がない。だから、人々も残党も使い捨てに出来る。今捨てるか未来で捨てるかの違い。警戒を隠さず、さりとて大げさに肩を広げた狐顔の男だ。






「皆、見ているかい!俺が皆を脅して沢山仕事させた。だがその分皆に食事を与えた。仕事を与えて僅かばかりの金を渡した」






 彼の指示である。彼が狐顔の男に与えた、殺さないことと人を動かすという役割を与える指示だ。






 彼が人々に伝えた。金を僅かばかりにもらうこと。それを狐顔の男が人々の心を読み取り実施した。






 あくまで人々からすれば狐顔の男が恵みを与えた形になる。人々にとって、最終的に彼が与えた結末だとしても狐顔の男からの施しだ。






「俺がいなかったら、どうなった!?俺がいなかったらどうなってたと思う?俺が皆の前に立ってから、この町のほとんどが俺たちになった。この町の未来は明るい」






 その声は高らかに宣言される。狐顔の男は声の抑揚を上手く使い、不安にさせるところではトーンを落とし、良くなったところは音楽のように声を刻む。






「いいや、明るかった。この町の犯罪組織、レギアクレスタを倒すことで俺達には幸せが待っていたんだ。でも、邪魔をされた。俺かな?違う。レギアクレスタかな?違う。レギアクレスタはもう俺たちには勝てない。ハリングルッズかな?あいつらはよくわからない!でも邪魔はしてきていない!!」






 人々の恐怖が、施しを与えた狐顔の男によって強調される。不安が生み出され、声が人々の誰かから上がった。それは残党たちが人々に紛れて声を上げたものだ。その残党たちの一人一人の声に、後押しされるように人々が声をあげていく。






 レギアクレスタではない!




 ハリングルッズではない!




 残党たちが上げた声を、人々が連呼する。自分が叫ぶ言葉がわからないから、他人の言葉を使い、自分の意見のように叫ぶ人々。






 恐怖や脅迫をしてきた狐顔の男の怖いところ。






 怖いだけでなく、利益を与えるところ。利益を与え、幸せのある未来を見せるところ。






「誰が悪いのか!さあいってやろうじゃないか!!」






 それは。








 その先すら。








 拍手の音で掻き消された。小さく人々の声にも掻き消される拍手が水を差した。この際音など関係ない。人々の熱意と残党たちの熱意と狐顔の男の熱意は、彼に向っている。






 誰も一目も逸らさず彼を見つめている。






 相手は怪物。




 その彼が拍手をしていた。まるで称えあうかのように綺麗な拍手の仕方だった。また彼に押されるように二匹の魔物も拍手をしていた。






 彼の拍手と違い、魔物たちの拍手は音ばかりが強調された勢いあるものだった。魔物の拍手という世にも珍しいものを見せられた。






 人々の熱意が、少し冷やされる。






 されどそこで黙らないのが狐顔の男。






「目の前のお兄さん、その拍手をしているやつが邪魔をするやつなんだ!!」




 そして残党たちも相槌を打つ。






 目の前の敵を倒せ!




 倒せ!






 そうした仕込みの相槌と追従する人々。たとえ心の中に不安があったとしても、今ある熱意に身を任せればいい。思いは誰にも負けない。誰かに与えられた使命が自分の想いだ。そう思いあがる人々であっても、不安しかなかった。






 相手、彼は一切恐れていない。数的優位にある自分たちを恐れていない。それどころか拍手すらしている始末。






「目の前にいる敵を倒せばいいんだよ!そうすれば、君たちは本当の日常を取り戻せる!!!」






 それだけは人々の熱意である。日常を取り戻す。何もしてこなかった人々、何も考えてこなかった人々、誰かに与えられるだけの人々でも、日常だけは取り戻したい。






 日常は金で買えない、失ったら取り戻せない。退屈で贅沢な願いだけは人々の本当の願いだ。












 人々の熱意の叫びが木霊し、今か今かと指示を待つ。狐顔の男の言葉に酔いしれ、自分たちは正義なのだと身勝手な妄想を描きだした。






 その熱意を冷めた目で彼は見続けた。どういう風な流れが来るのかを見つめていた。狐顔の男が発言し、人々の中に潜む誰かが仕込みをし、人々が応じる形。その形式を見つめていた。






 そこまで出来れば、あとは彼の番。






 彼は冷静に冷徹に、己の手を尽くす。






「・・・本当に貴方は優秀だ」






 彼は狐顔の男に対し、評価を下す。対等ではなく、相手が遥か上をいく優秀な人間だと認識した。元々、自分より有能だと思っていたが、ここまで人々を導けることに対し評価を上げた。その彼の声は余りにも弱弱しかったため、誰にも聞き遂げられない。








 だから彼は拍手を止めた。












 魔物たちが拍手をやめ、背負った旗を外し、両手に持ち替えた。そして少し彼から離れた。またオークとリザードマンの互いの距離も少し開けた。






 彼の手が左右に広がる。






 人々は彼を睨み付けている。だが同時に不安も感じている。熱意を己に感じながらも、突然の彼の行動に困惑も隠せなかった。剣呑とした空気の中に混じる、不安。






 それこそ彼の力。






 何をしでかすかわからないから彼は怖いのだ。己の情報を決して漏らさないから、怖いのだ。






「・・・旗を振って、華、静」






 その指示は二匹に与えられ、人々は己の熱意の声で掻き消してしまったために聞こえない。彼が話したという事実を開いた口だけでわかった。それだけであり、どういった指示を出したかはわからない。




 されど背後の二匹の魔物が大きな赤い旗を振り出したところだけはわかった。リズムよく風を切り裂く音をたて豪快に旗が振られていく。オークが旗を左回しで回せば、リザードマンが右回しで回す。それは空気のよんだ同一の行動であった。その同一行動で方向だけが違うだけのもの。






 その魔物二匹の奇妙な行為に。






 狐顔の男が、それこそ焦ったように口を開いた。




「それ以上、やらせるな!!目の前の敵を倒せ!!走れ!倒せ!駆けろ!!お兄さん、あの男を倒せば俺たちの日常が取り戻せるよ!!」








 旗を振るなどおかしい。ここは魔物に武器を持たせて構えさせる場面のはずだ。それを相手にもせず、ただ旗を振らせるなど常人のやることじゃない。狂人だからこそ、彼を疑う。己が狂っているからこそ、さらに彼という相手を疑うのだ。






 狂人である自分を相手に、騙そうとするなど狂っているに決まっている。






 人々が、残党が声をあげ、彼と魔物たちめがけて殺到する。その熱意は失った過去を取り戻すという建前に酔いしれた人そのもの。物語に憧れた子供がヒーローを目指すかのような希望。








 その殺到する人々に対し、一番腹を立てそうな魔物がいる。




 牛さんが咆哮を立てる前に、彼は片手で制した。距離が離れていようとも、牛さんは彼の手ぶりで全てを理解し口を閉ざす。










「・・・さあ、出番だよ」






 彼は己の羞恥心を殺し、狐顔の男と同じように手を広げた。左右に大きく広げ、そして大胆に笑うのだ。成人になって、このような仕草をすることに、死にたい気分になりながらも努力するのだ。






 旗が止まる。風を切り裂く旗の音が止み、しずかに旗の先端が地面についた。








 そして、大通りの左右から激しい音がなる。金属を叩き、廃墟の壁を鈍器で叩くような音が響く。人々を囲む廃墟軍の片側から鳴った音に、人々の視線がそこに流れる。自然と足は止まり、音の出所を見つめていた。




 そして今度は逆側。先ほどの音の逆側から、激しい熱波が流れ、人々の隙だらけな側面を叩く。痛みなどはないが、とにかく急激な熱波に急いで視線はそちら側へとそれる。熱がくれば、こんどは冷気による風が顔に浴びせられる。




 人々から見て、




 左が金属音、壁を叩く物理的な音。




 右が熱や冷気やらの温度変化。








「・・・みなさま」






 彼が口を開く。突然の音や温度の変化に無言と呆気ない空気をかもしだす人々。その人々は彼が元凶だと知る。旗をふり、辞めてからの変化。旗を振ったから攻撃の指示が与えられた。旗が止んだから変なことが起きた。




 だから元凶は彼である。






 また彼が口を開いたことにより視線を向けた。






「・・・紹介しましょう・・・今回みなさまのために、お集まりいただきました」






 左手を掲げ、オークが旗を掲げる。






「・・・僕から見て左側、みなさまから右手側の廃墟をご覧ください」






 その指示に人々は大通りを囲む右側の廃墟群を見つめた。屋根も壁もむき出しの廃墟群。その中の隙間から、廃墟の間からワザとらしく出した気配を感じた。視線のような殺気のようなものが人々を見つめていた。






 彼の左手が軽く振られる。オークの旗が大きく振られた。風を切り裂く音とともに左側の廃墟から何者かが現れた。




 一人ではない。数十人規模の何者かが現れた。四角の中に対角線上の線がはいったバツマーク、その中央に小さい円がきざまれたシンボルマーク。そのマークがついた旗を掲げ廃墟の間、廃墟から続々と姿を現したのだ。






 黒いローブに身を包み、顔を隠したものたち。






 だがそれよりも目がつくのが。






 シンボルマークの旗だ。その旗は誰もが知る。この町だけでなく、王国中の誰もがその旗の意味を知る。






 ハリングルッズ。








「・・・ハリングルッズ、リコンレスタ支部の皆さまに来ていただきました」






 左手を下ろし、オークも旗を降ろす。彼が左手を体に付けた瞬間に旗を地面に落とした。






 彼は一人拍手をした。




 ぱちぱちぱちと拍手した。オークも合わせて、彼と二人きりの拍手コラボ。








 人々は敵は彼一人じゃないことを知らされる。思い知らされる。一つ一つの強敵ならば勝てるかもしれない。だけども、二つそろえば勝てるわけがないと思い知るのだ。






 拍手をやめ、彼が今度は右手を掲げる。




 リザードマンが旗を掲げる。






「・・・皆様から見て左側、僕から見て右側をご注目ください」






 その言葉に、先ほどのハリングルッズ登場で絶望まみれの人々が指示に従う。この場面でも誰かの指示で動くしかない。








 彼の右手が小さく振られる。リザードマンの旗が大きく振られる。風を付き切るように振るわれる旗は、風よりも旗のなびく音の方が激しかった。また一回り振り終えたころに、音が後からついてくるようだった。






 人々から右手側の廃墟には隠そうとすらしない気配がある。ときおり廃墟の暗闇からちらつかせる反射させる光が潜む正体を隠さない。










 また廃墟のなかには幾人かが壁を殴りつけている、鈍器で。金属音は巨大な盾を手にしたものから放たれた音だとも理解した。






 人々から見て右側の廃墟から何者かが姿を現していく。金属の鎧をまとった戦士。巨大な盾を抱え、右手には棘の付いたハンマーを持つ戦士。その盾を隣で巨大な金づちを用いて叩く戦士。軽装な装備であれど、手にもった弓が印象的な戦士。






 幾つもの戦士が姿を現した。






 ただし数は少ない。15人ぐらいのものでしかない。しかしそれぞれの得意分野をもつ戦士が廃墟の間や、廃墟から姿を現したのだ。








「・・・みなさまご存知」






 彼は笑う。






 右手を下ろして、体につける。リザードマンが旗を地面に落とし、背筋を伸ばす。








「レギアクレスタの皆さまです」




 彼は拍手する。リザードマンも合わせるように拍手する。一人と一匹の拍手コラボが少し始まり、すぐ終わる。






「・・・リコンレスタを代表する二つの組織が集まってくださいました・・・」




 彼は述べる。感情をこめず、抑揚すらもつけない。




 人々は足が止まった。勝てる希望を失い、絶望の表情を濃くしている。ハリングルッズではない。レギアクレスタではない。怪物ではない。ひとつだけを相手にするのではなく、全てが敵として同時の場面に現れた。絶望的な状況で絶望な表情をうかべさせられる。




 その人々の決意を圧倒的差で踏みにじられた形なのだ。




 あくまで人々はおまけでしかない。踏みにじられた人々には申し訳ないが、彼にとって本来の獲物は一人だった。








 彼は狐顔の男だけを視界にとらえている。その相手に手のひらを向けて指し示し、彼は口を開いた。




「・・・盛大に歓迎してください。貴方のために用意したんです」

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