人形使い 2

 直視する現実。理解するべき正しさ。問題には疑問と答えがある。問題の数がひとつでも湧き上がる疑問や答えは幾通りの数だけあった。彼の悩みがあり、先ほど起きた問題のようなもの。疑問も湧き上がったし、答えも一つは見えた。




 護衛の依頼は受けるつもりだ。これは悩んだが決まったこと。




 彼を悩ませるのは別口の問題。




 それは明かすときでも、みせしめるべきものでもない。






 ただ、言うのであれば。




 彼は面倒くさいということだ。その彼が素直に受けることが問題である。相手が子供であるという点。相手が嘘をついていないという点。彼が不利な情報を一切隠す気はなさそうであり、もし隠すつもりと思われるのであれば相手が伝えることを忘れただけのようにも推測できる。






 彼は喫茶店の席を立った。飲んだハーブティーの代金を会計所にて済ませ、外へ。薄暗いところから外へ出る際、光のまぶしさが彼の足を一瞬止めた。いつものことだ。彼は旅をしてきた過去、異世界でも旅のような仕事をしている。




 外には光があふれ、命にあふれている。それは現代でしったものだ。現代で知識と経験で生み出された彼の価値観だ。現代での旅で見た生きた命と、死んだ命。彼と同じ人間が生きている世界の裏で、死んだ人間がいる。その二つを知識でなく経験で見た彼だからこその意見。




 どんなときにも光はあって、命が道端を歩いている。






 それを彼は見てきて、常に勝手な妄想を繰り広げた。命とは何か。世界とは社会とは何か。無為無用の考えであれど、しつこく考えた。国は命に関して義務と権利というわかりやすい価値観で庶民に教えてくれている。だからそれで満足すればよかった。




 だが彼はそれすらも無駄に考えた。最初は権力者の都合の良い義務と権利という意見。中途半端にねじ曲がった人間ならそう思うだろう。彼も最初は権力者の都合のよい憲法、意見、奴隷を減らさないための価値観として考えた。それがいつしか考えるたびに、本当に権力者は都合のよい国民という形でなく。本当の意味で悩まないように意志を示してくれたのではないかという意見に変わった。




 憲法や法律。世界の法則。




 考えれば考えるほど、一つの問題に対し疑惑が出てきた。そのなかで彼なりに必死に考えた。都合の悪い方向に考えれば、世界は権力者によって支配されやすくなっていく。その意見も彼の中である中で、さらに考えた。




 そして、別の考えが生まれた。




 世界に反発するような疑惑の意見より、自分にとって都合の良い捉え方をするように努力した。そうしたとき、国は社会は、世界は、誰よりも同族に優しい存在に見えていた。






 なにせ彼は生きてこられた。本当に厳しい世界ならば、無能も無職も死んでいるはずだろう。親がいるから守られているのもある。親がいなくても守った実績もある。補助制度、生活の保護制度、災害における資金援助。






 光が満ち溢れている。生きるための光の兆しがどんな底辺にでも与えられている。




 命があふれている。生きるために必死な光を守って、頑張る命がたくさんある。






 彼が思考の中でも広げる視界の中、見慣れたものを見かけた。




 店の入り口から少し離れた壁脇のほうに一匹の魔物が地面に座りこんでいる。黒い巨躯をもつ4足の闘牛。それも現代の闘牛よりも遥かに体格の大きさをもつバッファローのような猛獣。




 牛さん。




 牛さんが入り口を凝視していたのだ。彼が出てくるのを待っていたのかもしれない。彼が入っていたのを見ていたのかもしれない。




 ただ牛さんは店の前で彼を待っていた。






 牛さんは厩舎に置いてきたはずだった。宿の厩舎で牛さんに彼は挨拶し、少し待機するよう指示を出していたはずだった。そして一人喫茶店でハーブティーを飲んでいたはずなのだ。一人での短めの空間を楽しみたかったかもしれない。




 ただこの世界のハーブティーを飲みたかったのかもしれない。




 彼のことを彼自身も理解はできない。




 なぜ一人で喫茶店に行くのかも実はわかっていないのだ。




 それでもわかることは一つある。






 牛さんは彼の意見を無視することなどはあり得ない。彼が牛さんにかける信頼はとてつもなく高い。だから彼は自分の指示が悪かったか、何かが間違ったかを考えた。




 牛さんが間違えることより、彼が悪いことであることを前提に考えた。




 面倒な彼が、牛さんを相手にした場合、意外と素直な点。




 それだけは彼は気付いていない。この事実だけは彼は見つめられていない。牛さんだけは彼だけの特別。




 特別を本当の意味で理解など、認識など、彼にはできていなかった。




 彼は牛さんに歩み寄る。歩み寄ればよるほど、牛さんの凝視した視線が柔らかくなる。そのなかで彼が近づくたびに牛さんがわずかに震えている。




 牛さんが彼の顔を窺うようにしているのだ。彼が店から外に出たときに彼を凝視。そのあとすぐに地面に視線を下にずらすようにし、ときおり上目遣いで彼を見る。






 こういうときは牛さんが彼の怒りをかったと思い込んだときだ。




 牛さんが彼の指示を破ったときに見せる反応だ。






 それを彼は気付く。しかしそれでも指示を破った認識がある中で、わざわざ破ることを牛さんはしない。少し悩むようにし、自然な動作のなかで額に手を当てようとしたとき。






 額に当てかけた腕に付けた時計。




 いつもより時刻が進んでいた。






 おおよそ18分ほどの遅れ。彼は勝手に予定を組み、勝手な時間で安定的に日常をこなす。そのなかで自然に行われた日常の中で18分の遅れがあり、牛さんが気付いた。いつもとは違う遅れ、彼が時間にある程度沿った行動をするなかでの遅れ。




 彼は気付かず。




 牛さんが気付いた。




 きっと牛さんは彼の身に何かがあったと思い込んだのだろう。心配で動いたのだろう。だから牛さんはいつもならばこの時刻にいる喫茶店にまで訪れた。しかし問題が起きた様子はない。このベルクで彼に対し反発や逆らう意見を持つものはいない。だからこそ、ありえない遅れ。




 だが実際は何もなかった。18分の遅れ程度で店を出た。勝手な牛さんの思い込み、しかし牛さんからすれば、心配の意見。




 それを牛さんは出さず、彼からの指示を破ったことへの恐れだけが前面に出ている。




 牛さんは早とちりをした。






 彼はそんな牛さんの考えをある程度見抜いた。






 彼は彼が悪いことを理解している。18分の遅れ。しかしながら彼はいつも遅れないし、早めに行動する。集合時間のなかで指定された時刻の20分以上早く現地に到着する。予定日時より一日前に現地に。とにかく余裕をもって動く。そんな彼の遅れ時間などあり得ない。






 これは牛さんの経験であり、彼の初めての経験。




 結局彼が悪かった。








 彼は表情を変えず、牛さんの元へ歩み寄る。その距離が手を伸ばせば届くほどまでになれば、牛さんが勝手にがくがくと震えだした。




 彼は指示を破っても怒らない。




 なぜなら指示を破られても、彼は勝手に出した指示が悪かったと思い込むからだ。






 それが怖いし、本気で怒る彼は、ものすごく怖いのもある。






 彼の手が伸びる、牛さんの頭部へ。




 地べたについた牛さんの体が思わず跳ね上がるように浮きかけた。しかし牛さんはすぐさま地面に体をつけた。彼のか弱い体は牛さんがはねただけでもダメージを受ける。




 そういう配慮を牛さんが見せた。それを彼は気付いている。




 伸ばした手は牛さんの頭に届き、彼なりに優しく撫でた。








「・・・遅れてごめん・・・なさい・・」






 誰にも、いや牛さんにだけ聞こえるように謝罪を彼はした。そう彼が遅れただけのことだ。それを牛さんが心配してきてくれただけのこと。




 さすがは彼が信頼する牛さんだった。




 彼が頭を撫でても牛さんの機嫌は晴れていない。






 牛さんは上目遣いで彼を見つめている。撫でられたことに対しての困惑の色もある。彼の指示を破ったことへの反省もある。牛さんは彼に対し、どう反応すればよいのかわからないようだった。






 彼は僅かばかりに苦笑し、腰を軽く下した。






 牛さんの顔と彼の上半身が向く距離にて。






 小声で、牛さんだけに届くように彼は口を開く。






「仕事の依頼があって、遅れたんだ。ごめんね。わざわざ来てくれてありがとう」






 そう彼が悪いことで牛さんが反省する必要はない。だけども、彼は面倒な人間。その牛さんの殊勝な態度を見るたびに信頼関係の高まりを感じるのも事実。




 彼は牛さんには勝手な思い込みをする。なるべく他者に対して勝手な価値観を持ち込まないようにしている。だが牛さんにだけは出来なかった。






 牛さんには、強い勝手な思い込みを込める。






 牛さんだけは絶対に彼を裏切らない。指示を破らない。彼の思いに反するときは、彼の指示などが間違っていただけのことだ。そう彼は断言できるほどに牛さんを信頼していた。






 その彼の謝罪を聞いても牛さんの表情は晴れない。彼が牛さんに勝手な思い込みをするように、牛さんも勝手に思い込む。牛さんからすれば彼への裏切り行為をしていることに変わりはない。いくら彼のためといえど、指示を破ったのだ。




 だから牛さんは複雑な表情をしている。




「もぉ~」




 複雑に、しかし悲壮感を感じる鳴き声。視線は下に落ち、牛さんはいつもの彼に対して頭部押し付けをしてこない。体のなすりつけをしてこない。それほどまでに落ち込んでいた。




 彼は牛さんに対し、さらなる苦笑を浮かべた。




「落ち込まないで、牛さんは悪くない。・・・ついでだから買い物の荷物もち頼みたかったんだ」






 そう彼なりの励まし。頭をなでるやさしさを込め、頭全体をなでていく。牛さんは彼の為に動いた。彼が悪く、牛さんは悪くない。むしろ彼の為に怒られることを覚悟で動いてくれたことこそ誇らしい。






「牛さんは悪くないから。悪いのは全部僕だから」






 そう牛さんを励ました。








 そして、世界を照らす光がある。世界を包む命の育みがある。








 世界に必要以上に悲観など似合わない






 だが、彼は自己完結したうえで別の考えも作る。








 それでも光には一向になれない。




 それでも人間には一向に慣れない。






 薄暗い店内から明るいところに出た反応が視界に出たこともあるが、ただ明るいところに出るのが苦手でもある。外が明るく、快適な空間ならば人は外に出てくる。外が光に満ち溢れるほど、人は集まる。夜中に光に集まる虫のように、人は外へあふれてくるのだ。




 暗闇だからこそ映える輝きに群れる虫。繁殖のためかもしれないし、捕食のためかもしれない。




 晴れだからこそ変わり映えのしない明るさに群れる人。繁殖のためかもしれない。捕食のためかもしれない。




 人も虫も植物も命ある生物は皆、光に群れる。




 夜行性の動物ですら、光を集約して視界を確保しているぐらいだ。限りある光を暗闇で有効活用する生物も、ありふれているものを有効活用している生物も。






 皆等しい命。




 光を活用して、命を育てて、奪って、食らって、捨てて、同族と命を作り、同族と群れる。




 彼はそんな日常のありふれたことでさえ、勝手に感情を込める。勝手な理屈で自分が納得できる答えを見つけ出す。悪い意見も良い意見もそれぞれ作っては吐き捨てる。捨てた考えを、また拾い出し考える。




 彼は思考の日常にとらえられていた。






 そういう面倒な人間でありながらも、彼は未だ生きている。現代でなく異世界でも生きている。






 結局、世界を厳しく見えるのは個人の価値観によるもの。






 自分を奴隷と捉えるか。




 自分だけは違う異端者として考えるか。




 誰とも変わらない量産品として考えるか。




 世界が敵だと勝手に思い込む、狂人に成り果てるか。






 そんな風に分類できてしまうし、分類されたくない人ほど分類しやすい現実もある。






 では彼はどう分類できるか。






 決まっている底辺だ。






 納得した答えでも、ひっくり返しては無駄に考えて思考のドツボにはまる。天才であれば、まだ見栄えはいい。底辺のそれは、見苦しさを通り越し、認識すら拒絶される。






 だから彼は底辺の先を進めないのだ。






 牛さんの温まりを手に感じながらも、結局思考の闇に落ちる。その思考の闇も牛さんがいなければ、もっと深みに落ちている。牛さんが近くに感じるから、この程度にすんでいる。




 もし異世界にて、牛さんがいなければ。






 考えるほどに悍ましい将来が想像できただろう。彼は本当に牛さんに感謝している。






 牛さんを撫でるたびに思考の波から上がれる気がしていた。どんぞこに落ちるための思考が、浮上するための思考に切り替わっていく。






 彼はこの日本気で決意した。






「牛さん、・・・今日受けた仕事」






 そう彼は撫でながら、牛さんにだけ聞こえるように音量を小さく落とした。彼なりの小声。もともと出せる音量の低い彼の喉。それが小さくしたのだ。動物ぐらいしか聞き出しにくい音量にて彼は牛さんに伝えた。




 仕事の概要。








「牛さん、この仕事受けるつもりだ」






 彼の意志は変わらない。






 ほかの魔物にも伝えるが、最初は牛さんと決めている。もともとそうだ。魔物全体に伝えるか、牛さんに最初に伝えるか。これは異世界にて最初に初めた決まり。






 牛さんの答えは決まっている。




 彼の意見に対し、反発などしない。牛さんが反発するときは、彼が本当に不利なときだけだ。






「もお」




 牛さんなりの指示する鳴き声だ。牛さんは先ほどの失敗を腫らすかのように彼の耳元に届く音量で鳴いた。彼が静かに言うときは、牛さんも静かに鳴く。彼に合わせた行動を牛さんはする。






「ありがとう」






 彼はそして、牛さんの頭を撫でた。






 牛さんから指示された以上、この仕事にたいする不安などは余りない。彼からすれば、最近慣れてきたような案件の一つ。内容は。






 内容は心配が少ない。






 彼は立ち上がると、軽く両手をしたから上へ手招きする動作をした。立ってという指示をジェスチャーでしたのだが、牛さんは即理解。彼の指示に牛さんはすぐ立ち上がった。








「依頼主のところへいくから・・・信用はできる。・・・ただ」






 彼はその先を言わなかった。






 牛さんはそんな彼の様子に鳴き声を見せなかった。






 彼は歩く。依頼主の場所はわからない。しかしながらきっと店の近くにいるだろうと勝手に思い込んだ。牛さんは彼についていく。彼は勝手に歩き出す、牛さんは絶対についてくる。






 牛さんが裏切ることは絶対にない。




 彼は今までの経験から、観察から勝手に推測している。












 そして彼の読み通り、待ち合わせ場所がわからず店の近くで待機していた依頼人たちを発見した。待ち合わせ場所もしてない依頼人。要件を切り捨てられない依頼人は、勝手な独自の場所で待ち合わせをする。約束もせず、要件がある場合。きっと見つけてほしい相手に気付きやすそうな場所を勝手に選ぶ。彼なりの法則。依頼人が思い込んだわかりやすい場所、それを探し出せばよいだけのこと。人目につきやすく、かといって環境に溶け込まない場所。




 彼の観察はそういう領域に達していた。




 そして依頼人を見つけ出した。




 人の目がつきやすく、通りに面した箇所。されど人ごみに紛れるほどのものでもない。ベルクの郊外ではそれなりに目立つが、人が集まりにくい場所。周りに店もない。あるとすれば薄暗い喫茶店のようなところのみ。そんな郊外で唯一目立つような通りに面した箇所に依頼人はいた。






 彼が訪れた際、牛さんが追従していた。その牛さんに対し、警戒するような構えを依頼人が見せていた。そんな依頼人に片手を出して制する彼。






 そして依頼人に告げた。






「・・・仕事は受けます・・・報酬は出せる範囲で結構。・・・お金に困っているわけでもありませんので出せる範囲で構いません・・・・ただお願いが」






 彼は依頼人のアルト、ミズリの両者に伝える。






 いまだ人になれず、いまだ光に慣れず、いまだ命の強さへの考えにとらわれる。




 彼のお願いという言葉に、二人は体を伸ばし、わずかに後ろに下がりかけた。それを瞬時にとめ、同じ位置にて待機に成功。




 仕事を依頼する以上、相手の素性をある程度は調べるだろう。




 彼は自分があらかじめ調べられたうえで、依頼されたと確信している。




 二人の様子を見て、彼は見逃さない。




「・・・そんなに大したことじゃありません・・・貴方も貴女も僕を調べたのでしょう・・・大したことのない唯の一般人だと・・・わかったはずじゃありませんか?・・・悪いことはしていないし、問題になることもしていない・・・ただの自由な仕事をする・・変わり者という事実だけが残っていると思います」






 彼は調べられている。経歴から悪いことまみれは事実。問題になることも、問題自体を叩き潰してなかったことにしているのも調べられている。それこそ王国の大会から、大商人、住人皆殺し事件、ニクスフィーリド、リコンレスタのスラムでの勢力転換。




 ローレライの事件は王国では誰の目についていない。彼が動き、実質支配したような展開はしられていない。ニクス大商会、ギリアクレスタや現地の商人、宗教法人などによる情報隠蔽。雲の余計な作業による情報の伝達を遅らす努力。




 あれほどやって、いまだ伝わらない。




 時間の問題ではある。その時間を稼がなければいけないのだ。




 しかし彼が話すたび、二人は震えるしかないのだ。




  会話では無害を彼が言う。しかし皮肉のように聞こえるのだ。




 悪事をしていないといいつつ、規模が違うことをしている。問題になることもないといいつつ、問題そのものを消している。








 怯えるしかないのだ。






 ただの一般人に護衛を頼むものはいない。ただの一般人に二人が怯えるものはいない。人間は相手より自分が肉体的、体力的に上だとわかっていても、怖がるときがある。社会性による権力が相手にある場合、とたんに羊のように弱者になるのだ。




 例えば、年老いた権力者なんか大したことはない。肉体的にも寿命的にも若者のほうが上だ。将来性も若者には勝てないだろう。されどその権力者がいなければ回らない。その重要性を知るからこそ、人は自分から弱者になってくれる。相手が求め、自分も弱者になりたがる。




 若者は、年老いた権力者に従いたくて、弱者になってしまう。従いたくなくても、勝手に弱者になってくれる。これこそ社会というもの。誰かが教えたわけじゃないが、法則のように世の中は回っている。






 さて彼を前にした二人は法則にしたがい、自分から弱者になってしまったのだ。






 人を調べる。その行為は、人を時折不快にさせる。信用におけるマイナス点。こそこそと嗅ぎまわる獣のような薄汚さ。




 彼は自覚している。この件において彼は上の立場。相手が勝手に降りた弱者なのだと。




 重要なことを任せる以上、相手を調べる。調べられた相手が不快に思うという事実を忘れ、自分勝手に調べる。相手を調べたうえで、信頼があるからと頼んだとしよう。調べられたことをしれば、相手はどうなるか。不快に思うか、信頼性が調べられたうえで評価されたと思うか、名前が表に勝手に出ていると思うか。




 人それぞれ。




 彼は自分の名前が勝手に表に出ていることを望まないタイプ。




「・・・僕からのお願い・・・ただの質問です・・・命とは何でしょう。・・・貴方も貴女も命を自覚して生きていますか?・・・日々に負われ、人としての無用の考えを忘れてはいませんか?・・・聞きたいんです・・・貴方と貴女に。・・・嘘もつかず、ちゃんと僕に対し敬意を示してくれた相手への変わったお願いです・・・その代わり報酬は払える分だけで結構です・・・どうでしょう?」






 二人はお互いに顔を見合わせている中で、頷きだした。






 彼に二人は視線を合わせ、口を開いた。




 アルトが最初に口を開き、ミズリが続くように開いた。




「命とは」








 すぐに答えようとする二人、その二人を彼は手で制した。






「・・・命という質問にすぐ答えられる。・・・それは今わかりました・・・ですが考えとは変わっていくもの。・・・仕事の終わりに聞かせてください」






 この一瞬で彼は二人を推測した。知識はある程度を持ち合わせ、文学に関するものを多少は読み合わせている。こういう無駄な考えは、無駄な知識を組み合わせた本などを読んでいる人間の特有。本を読むにつれ、自分の世界が生まれる。


 こういう展開なら、自分はこうするといった考え。それが自分の世界。


 自分の世界が生まれたものが考えるのは、命や正義とか悪とかといったジャンルなどが多い。聞いたときに応えられる以上、前提の意見は持っていたのだろう。


 現代ならともかく、異世界で本に触れられる機会も少ない。知識に触れられる機会も少ない。この世界は娯楽もあるが、それより生きることに主に重点を置いている。そんな世界で二人は知識を持っていた。



 二人はきっと無用な考えを出来る余裕がある。多忙な日々の中にきちんと思考に潜れる時間がある。二人は二人の時間を共有しながら、一人の時間もある。こういう無用な考えは時間が余ったときにするものだ。誰かが傍にいる際、無用な考えはできても、深くは考えられない。


 人にこたえられるような考えは決して。






 それを彼は見たかった。




 その考えがどのぐらいで変わるのか、二人に自覚させたかった。






 二人に気付かせたかった。




 彼はとっくに気付いた事実を、二人に気付いてほしかった。


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