人形使い 3

 ニクス大商会に手紙が届いた。王国での手紙や配達を請けおう民間企業。その民間企業の中でも特進級と呼ばれる配達人がいる。王国での配達人に対してのランクを定める際での公式の基準。その基準の中で最高級とされる配達人がニクス大商会に手紙を届けていた。




 たかが手紙一通。




 されど手紙一通。配達人のランクの高さが、この手紙の価値を推し量る。送り先はいたって普通のもの。貴族ではなく、そもそも王国の民によるものでもない。筆跡が王国の民によるものより、書きなれていない。だが、文字に不慣れというもので片づけるには惜しい。独自の文字を持つものが、他国の文字を使用したような書き方。




 そんな相手からの絶対的信頼のおける配達人指定。




 特進級は凄まじく高い。




 平民あての手紙で最低ランクの配達人であれば、わずかな金で済む。それに対し特進級は平民4人分ぐらいの月収を合わせた金額を叩きだす。その金額でも請け負った場所から隣町程度の金額でしかない。そのかわり絶対に配達は遅れず、紛失されず、必ず遂行される。今まで特進級が配達物に対しての不祥事をしたことはない。だからこそのランク。年に一人か二人なれればいいほどの上級ランク。たかが配達人でもそういうランクがこの世界にはあった。






 民間による王国での配達物の展開。




 かつて王国は民間でなく公共の配達組織があった。だが腐敗と不正が凄まじく、利益に関して無頓着。税金を投入しても、どこかで垂れ流すように赤字。資金をそのまま懐にいれる職員たち、決して首にならないという驕りからか、平民に対しての仕事を拒否しだす始末。貴族や金持ちの平民での仕事しか受け取らない。そのくせ、配達物の喪失や遅れは日常茶飯事であった。その驕りや手抜きが嫌われ、不正の情報がどこから漏れて、平民たちに伝わった。




 そのとき平民による大暴動が起きて、公共の配達組織は消え去ったのだ。






 いつも彼に手紙が送られてくるのは、特進級よりはランクが一つか二つ低い程度の配達人。それでも高いランクの配達人を彼に対し使用している。ハリングルッズも、ギリアクレスタも、ニクス大商会の遠方支部もローレライの侯爵令嬢も全員が彼に対し高いランクの配達人を使っている。






 高い配達人というのは、相手への印象になるのだ。手紙ひとつでも重要さが増せば増すほど、中身より配達人によって決まる。安い配達人であれば、あるほど手紙は読まれない。重要なものを先に、それ以外のものは後回し。それが人間の絶対的な思考。






 そういう高ランクの配達人がニクス大商会に手紙を届けた。




 入り口から奥の受付が手紙を受け取り、中間管理職の階層へ急いで届ける。届けられた先で手紙を読まれ、内容を別紙に模写。判断が付く場合は手紙はそこで止まり、上層部へまではいかない。模写された手紙が全体にいきわたる。逆に中間で判断が付かない場合は、模写だけして手紙のほうは上層部へ送る。






 今回は上層部へ手紙が送られた。この際、手紙を開けたのも届けたのも同一人物によるもの。信用が裏切りが少ないと判断された人間だけが出来る。上層部へ手紙が届けられ、それはすぐに上層全体に読まれていく。読んだらすぐに次の者へ、無駄に時間をかけることは許されない。




 時間とは、暇も浪費もしてはいけないものだ。




 そして、円卓状の会議室に上層部や特定の立場のものたちが集合をかけられる。手紙の内容自体は大したことではない。だが中間管理職も上層部も判断が付かない。ならば、それ以上のものに判断を頼むしかないのだ。




 全員が席に着く。戦闘職と商人サイドの席の間。その間の一席に視線が集中していた。上層部より上の立場といえば、一人。いや一匹しかいない。




 その上の立場は、一人で相手するには恐ろしく、強い。息を吐けば、悪意の霧が立ち込めるように、薄く部屋を汚す。抑えているのだろうが、それでもむき出しにされた魔力や強者による波動が本能を刺激する。かかわりを避けたくなる。




 とくに種族が違う。魔物が上司で、種族がアラクネ。嗜虐性の高く残酷な魔物で有名である。人に良く似ていて、上半身が人の形をしている。下半身が蜘蛛の足を複数。見た目は子供にして無邪気そのもの。だが内に秘めたる心は、悪魔そのもの。外道をこよなくこなし、最低を繰り広げる。






 名は雲。




 ニクス大商会の実質的支配者にして、ベルクの支配者代理でもある。






 雲は手紙を小さな両手でつかみ、蜘蛛の足の幾つかを円卓に乗せていた。お行儀が悪いけれども、誰も口を出せない。無邪気そうに笑い、子供のように愉快気。されど目線が退屈そうに手紙を滑っていき、乗せた足が円卓に何度も叩きつけられている。




 たたきつけた衝撃が円卓を通じ全員に届けられる。誰も怪我をするものではないが、揺れる衝撃は強く、見た目子供の足遊びにしては冗談が通じない。音も激しく、そもそも叩きつけられる足が目で追えないものも大半。




 手加減はされている。




 しかし子供の無邪気な足遊びといえど、円卓にヒビが入っているのは笑えない。下手な魔物でも壊れないように作られた職人の一品。軽く壊してしまえる相手に対し、恐れを抱かないものはいない。




 手紙を読み終えたのか、手紙を円卓に放り投げる。乗せていた足を床に下し、首を左右に揺らす。




 実質的支配者たる雲がゆっくりと口を開いた。




「・・・なんだ・・・このてがみ・・・よくわからない」






 子供でありながら、しがれた声。中年の男性のような掠れた声が見た目子供の口から外へ出ていく。そのギャップによるもの、雲は声を変えられる。子供のような声も、青少年のような声変わりものも、女性のような声も、少女のような声も出せる。その事実はローレライにて部下たちは知った。




 人間にも変身できることも知った。




 だが雲はめったに人間にならない。声は中年から変える気はしない。雲は気に入っているのか、この声を好んで使う。それがニクス大商会における、ニクスフィーリド残党から支持されてもいる。ニクスフィーリドのかつての代表たる中年男性。その声は、消して記憶だけじゃなく、未来に引き継がれる。雲が未来に引き継いでくれる。その思いがあるのか残党たちからは評価されている。




「・・・とくしんきゅうの・・はいたつにんを・・・つかうほどのものにはみえない・・・でも・・・つかっている・・・あけてほしかった・・・むしをしてほしくなかった・・・それはわかる・・・でも、これだけならば・・・いやそうじゃない・・・そもそも、てがみにかかれた・・・なまえは・・・だれ?」






 手紙に書かれた内容。




 ニクス大商会の皆さまに対し、お願いがございます。




 その前に自己紹介を。そして皆様の客観的事実と私の実力をば紹介を。


 私、人形使い、バーアミズルトリと申します。実力は皆様よりは、上でございます。ですが、皆様の組織力には敵えるものではない程度でもあります。私は一人、皆様は集団。皆さまは組織力をきちんと使えるようでして、敵に回すと厄介だと感じております。ですが皆様も私を敵に回すと厄介。面倒です、私。




 私は、人形使いの名の通り、人形を使えます。その人形は同時に6体まで複数操作できます。実力と技術は秘密で内緒にしないといけません。それを公開することに躊躇いはございます。しかしながら問題はないとも思っております。なにせ皆様では私の人形には敵わないからです。でも皆様が本気で組織力を使ったら、すごく邪魔です。怒らないでください、私の細やかな手紙に。客観的事実です。皆さまは私に敵わない。でも皆さまの力に対し、私も敵わない。皆様にはアラクネがついているのでしょう?人形使いにとってアラクネは厄介なのです。逆にアラクネにとっても私みたいな人形使いは厄介なのでしょう。




 私、知っております。皆さまを指揮するのが魔物であること。




 魔物が王国で嫌われているのは皆様もご存知。不浄の存在として、穢れの証拠として王国民から嫌悪されている存在。その存在が上にいる。




 ベルクとかいう辺鄙な場所でも隠していられても、私の目には誤魔化せません。




 余計な一言を書きましょう。このまえ、ニクス大商会の捕まった部下。その部下を捉えたのは私なのです。ああ、部下さんは殺しておりません。きちんとお返ししております。どうせ探していたのでしょう?怪我も極力させていません。だって、怪我や殺したら恨まれるじゃございませんか。捉えた理由も書きます。邪魔だった。それだけです。でも、有能な部下さんです。情報を一切もらさず、拷問を耐えた。怪我は極力させていません。爪を剥がし、指を折り、足の爪を剥がし、足の指をおり、皮をはがし、塩を塗り、唇を引き裂き、塩を塗る。その繰り返しです。目や耳などの感覚器官は壊しておりません。私わかっております。それを壊すと拷問の効果が著しく落ちてしまう事をしっています。




 それをひたすらやっていただけの優しい慈悲です。時折、主旨替えとして、歯を砕くということもやってみました。刃物の切っ先を奥歯に定めて、柄を鎚で叩くだけの作業。いつもより力は抜いていたのですが、思いっきり泣いていました。ですが殺していません。ちゃんと返しております。無事帰れたら帰ってくるはずです。慈悲をかけた拷問でも、一切情報を漏らしていません。でも、一つだけ部下さんは漏らしました。私、拷問した後一人の時間を部下さんに与えています。苦しい時間と休まる時間を与えると、苦しい時間は我慢しても休まる時間に気が緩むのを知っています。その際休まる時間につぶやいておりました。雲さん、裏切っていない。俺は逃げていないという自分に対して言葉をかけるようにつぶやいておりました。




 雲さん、初めて聞いた名前のようなワード。




 だから調べました。




 雲という名前は、独特でした。独特で有名でした。魔物の名前にして、アラクネにつけられた名前。アラクネとかいう最低で糞みたいなゴミに名前を付ける奴も奴。そいつは界隈で有名で怪物とか名付けられているらしいのでした。だから特定は容易でした。怪物とかいう頭おかしい人間。実績もそこそこというか、頭おかしいぐらいに成功を収めています。調べた内容、人の噂はあてにならないと思います。ですが、魔物たるアラクネに対し、人間がつぶやくでしょうか?雲さん、裏切ってない。俺は逃げてないといった意気込みを見せるでしょうか?






 そうしたとき、思ったのです。




 噂は真実かもしれない。怪物のしたことも真実。アラクネが人間を支配しているのも真実。




 ああ、そうしたら私はどうしましょう。王国は魔物を嫌うはずなのに、魔物に従う環境があるだなんて、他国の民たる私はどうすればよいのか。強く強く考えました。






 そして思ったのです。




 皆様は特殊な環境を、王国で維持している。その実力は本物なのでしょう。私は王国に入国すると、何故か包囲されて、指名手配されてしまうんです。何もしていません。王国の人々に人形の素晴らしさを説いて、臓器を繰り出して人形にしただけです。人形になることは芸術で、人間が命を人形に注ぎ込むのは大切な行為です。職人たる私、道具たる人々の体。




 私は皆様を芸術品に変える天使なのです。






 こういうことを書くのは初めてなのです。私、人形使いを初めて数十年ですが、こんなに手ごわい組織は久しぶりです。ハリングルッズの輩よりも鮮麗されていて、正直敵に回したくないのです。魔物に支配されても、裏切らない人間の部下。アラクネとかいう魔物なんかを裏切らないとか頭おかしいじゃないですか!!!あのアラクネ。この世界共通の常識たる、害悪。恐怖で縛っているならわかります。でも、恐怖ごときであそこまで縛れるものではありません。あの部下さんの意志には呟きには、アラクネの雲さんに対しての敬意が含まれておりました。なので、私はニクス大商会を支配するアラクネさんは、ただのアラクネじゃないのだと確信しました。




 アラクネが馬鹿じゃありません。外道ですが、知能が高いことで有名。




 そんな奴が相手ならこちらも敬意を示さなければいけません。




 なので手紙を送りました。




 怪物本人よりも皆さまに手紙を送りました。




 私個人の感性ですが、怪物と皆様は共同関係ではありましょう。




 でも一蓮托生ではないのでしょう?怪物は動いたときに事態が変わる。そのような変局兵器なのでしょう?状況を変えるための兵器。動かしてはいけない危険人物。そんな怪物が動かずに最大の利益をえるには皆様が必要不可欠。






 怪物は動かないときのために、皆様がいる。そんな皆様は怪物の手間をそぐためにいて、そこに利益を見出す組織だと感じております。






 なら、この手紙は皆さまで十分。




 この一件で怪物が動くことはないと思っております。もし動くならば、本気を出しましょう。怪物の情報を得ようと、情報屋に尋ねたら一向に応えないのを思えば実力はわかります。怪物の名前を出した時、情報屋は口をつぐんでしまいました。だから口を閉じたいのだと思って、その情報屋の家族の口を削いで糸で縛ってあげたんです。それでも慌てる様子はあっても、情報を渋っていました。だから怖いんだろうと、恐ろしいんだろうと思って、鼻を縛り足を縛りました。糸で体を貫いて、縛りました。動くと激痛が走ります。そうやって情報屋の家族で芸術をしていて、ようやく話したぐらいです。






 怖いのでしょう、怪物というのは。




 恐ろしいのでしょう、怪物というのは。




 情報屋は勿論殺しております。家族も情報屋も全員殺しました。芸術品にもならないゴミのような貧弱な肉体でした。そのため私の情報をどこかで売られても厄介です。殺しました。




 私は皆様に対し、誠意を見せています。






その私が皆様にお願いがございます。其のお願いに対し、無償などとは申しません。ええ、私きちんと報酬を払える男です。言葉だけじゃなく、誠意もこめております。






 皆様が私の要求を聞いた場合、今後皆様の邪魔をしないことも約束いたします。




 たとえ誰かの依頼であっても、皆様が関与する場合においては、敵対しません。依頼をうけません。






 こんな待遇他には出せません。皆さま限定です。アラクネを代表にする変わった皆様へ贔屓です。






 条件は。




 ベルクに逃げ込んだ、アルトという少年。ミズリという名のシスターの少女。




 この二名を引き渡すこと。




 報酬金額はご自由に。払える金額なら払います。払えない金額なら、誰かから奪ってでも払います。






 お安いでしょう?




 私、最高の芸術を見るためなら、こういうこともためらわないんです。人形は素晴らしい。人形という芸術は素晴らしい。あの二人は、芸術なのです。だから寄越せ。渡せ、早急に。






 そこで手紙は終わっている。




 書きたいことを書き、内容が混乱気味である。しかし書かれていた内容にあったニクス大商会の部下が一人行方不明である。少し、近くの町に派遣してから消息をたっていた。いなくなったのは6日前。いまだに捜索隊を出し、探しつづけている。だが見つかっていない。其の捜索隊の指示を出したのは戦闘職の代表の提案。それを受け入れたのは雲。




 内容に対しての困惑している雲。




 そもそも二人を知らない。アルトという少年。ミズリというシスターの少女。その二人を知らない。そもそも人形使いでこんな手紙を送るなら、勝手にベルクに入って攫えばよいだけのことだ。実力があり、ニクス大商会より上だと書き記すならば、やればよい。ニクス大商会の部下でもない二人など、興味すらわかない。




 手紙にあった拷問のような内容。情報屋とその家族。




 どこの情報屋かもわからないし、家族が誰なのかもわからない。だから雲は一切興味がわかなかった。それどころか、そういった行為でどういう悲鳴をあげたのかが気になる。その程度だった。




 アラクネは嗜虐性が前提の魔物。




 脅しを見せたような手紙であっても効果はない。拷問したとか、されたとかいう内容でも一切嫌悪感などは出てこなかった。いたって普通の内容でしかない。




 しかし一つ気に食わないことがあるとすれば。






 部下が捉えられたこと。その部下が拷問され、情報を漏らさなかったこと。雲の名前は出ても、出てこなくても怒ることじゃない。隠してはいるが、ばれたところで、金を積んで黙らせればよいこと。拷問されても、人間がいたがる行為の連続をされても、その程度しかばれていない内容。




 それも気が緩んだときに呟いたとされる内容。嘘かもしれない。本当は拷問に負け、ばらしたのかもしれない。しかしながら、こういう自己アピールが得意で、事実を載せてアピールするタイプが、嘘を混ぜ込むとも思えない。嘘前提の自己アピールならともかく、真実が大半であろう内容に、わかりやすい嘘をいれるだろうか。そもそもワザとらしく書いているように見える。本気で書いたというより、煽るような形で書かれていると雲は判断した。




 面倒で芸術とかいうやつが、嘘で誤魔化す者だろうかと思えば話は別。






 雲は約束を破らない。一度したことは守り切る覚悟をもって、生きている。部下なんか拷問されても毛ほどに感じない。しかしながら雲に対し、信頼を寄せたような意見をもって拷問に耐えた部下に対して、侮辱する気にもなれない。努力を見せ、本気を出すものは有能、無能問わず雲は評価している。






 そもそも雲は人間に無能も有能もないと思っている。




 努力の差、本気の差。成長の速度の差はあるだろう。




 だが本気で無能がいるとは思えない。本当の意味の有能もいるとは思えない。雲からすれば、誰も同じような人間にしか見えない。魔物の基準でいえば、人間自体が無能でしかない。肉体的にも精神的にも弱すぎる。だが人間が一番文化を持った。強ければ強いほど、文化が薄く。弱ければ弱いほど、文化に傾向し、技術を作り上げる。




 自分本位になりがちな強者と、他者共存にこだわる弱者の差。






 他者共存にこだわる弱者。その弱者たる部下が雲に対し、こだわった。




 その事実だけが必要なのだ。






「・・・おこっているわけじゃない・・・いらだちをおぼえているわけじゃない・・・でも・・・きにくわない・・・たかが・・・にんぎょうつかいごときが・・・てをだすか・・・ぼくのものに」






 雲は普段と変わらず、無邪気そうに。




 無邪気に他人を見下す嘲笑を浮かべていた。




 実際、雲は怒っていない。苛立ちもない。気に食わないだけだ。人間がどうなろうと、部下がどうなろうと関係ない。雲に依存した少ない人間の部下。それを壊されかけて、気に食わないのだ






「・・・ベルクにいるふたりを・・・にくすだいしょうかいにたのむ・・・・ひとりでできるじつりょくがあるとかいておきながら・・・こない・・・にくすだいしょうかいより・・・じつりょくはうえ・・・でも・・・ベルクにはこない・・・きょこうか・・・もうげんか・・・いや・・・しんじつだとしてかんがえよう・・・・じつりょくはうえ・・・でも・・・あらくねは・・・てんてき・・・いいや・・・ちがう・・・ほんとうにおそれているのは・・・ぼくじゃない・・・・・にくすだいしょうかいじゃない・・・」






 そう人形使いは雲に対し、天敵とは思っているだろう。ニクス大商会の組織力はすごいというのも本当だろう。だが書かれていない案件。






 このベルクには立ち寄れない理由がある。






 それだけで十分だった。




 だが一番大切なことがある。たとえ本当に心に気にかけていなくても、やらなければいけないことがあるのだ。






「・・・ぶかの・・・このまえいなくなったぶかを・・・そうさくしろ・・・てっていてきにだ・・・ぞういんをかけて・・・さがしだせ・・・ぼうけんしゃどもをつかってもいい・・・だれでもいい・・・みつけだせ・・・・」






 雲は円卓に全部の足を乗せるようにし、上った。ヒビが入った個所がみしりと音を立てるが、気にしない。雲は円卓の上で、胸元に握りこぶしを掲げた。






「・・・おまえたちのなかまだ・・・おまえたちは、なかまをたいせつにするのだろう・・・ならまもるために・・・ほんきをだしつくせ・・・そして・・・みつけたあと・・・いきていれば・・きゅうごしろ・・・しんでいれば・・・いたいをもってこい・・・いたいのそんしょうがはげしくても・・・もちものぜんぶ・・・ひっくるめて・・・つれてこい」






 雲はそう指示した。




 別に感情的ではない。義務的に指示した。




 だが雲の意見に対し、上層部の部下たち、それぞれ異なる立場の部下たちは息をそろえ、口を同時に開いて答えた。






「「「応っ」」」






 雲はアラクネ。嘘むつくし最低の魔物である。嗜虐性が高く、残酷なことも平気でする。されど雲は意外と部下から評価されている。雲が上司となって、一度も切り捨てられる判断を誰もされていない。それこそ探すための意見があれば、採用している。






 人間は仲間が切り捨てられると、自分もそうなるのではないかと思い込み。




 危機的状況に自分を追い込むのを極端に躊躇う。




 彼がこぼした意見。ふとしたときに漏らした彼の意見。それを雲がたまたま聞き、ニクス大商会の実質的支配者になったときに、しないように誓った出来事。






 部下を少なくても切り捨てない。




 雲は最低だが、約束は守る。




 自分の為に、誰かを切り捨てない。そうすれば勝手に本気を部下は出してくれる。現に、雲の指示に対し、逆らわれたことはない。手を抜かれたことはない。いくら雲に逆らって報復が怖くても、そこまで本気を出す部下は珍しい。




 失敗も成功も褒める。失敗も雲なりに注意し、褒める。成功も雲なりに注意し、褒める。






 これも彼の意見によるもの。




 人は落ち込んだとき、さらなる失態を生む。人間は疲れているとき、本気を絶対に出せない。精神が摩耗した状況で体が元気でも意味がない。集中力が極端に下がり、失敗を生む。失敗が生まれれば勝手に落ち込む。その負のサイクルに陥る。




 だから雲は彼の意見を参考に、部下を注意して褒める。これを繰り返していた。心がこもっていなくても、どうでもよくても、つづけた。その彼の感性による意見だけは信じた。結果、勝手に雲に対して恐怖と敬服と敬意が生まれた。




 その前提は怪物の配下のアラクネ。怪物の配下だから従う前提がある。それは最初の前提。しかし、従っているうちに、部下は雲に対して良い感情は生まれていた。




 部下は間違いなく、雲が育てた者。






 糞みたいな外道な魔物が、ただ培った価値。




 雲は本気でどうでもよく思っている。でも、部下はそう思っていない。人間は勝手に保護してくれる権力者を守ろうとする。勝手に思いを込めて、本気を出してくれる。






「・・・あると・・・みずり・・・よくわからないふたりは・・・だれよりもさきに・・みつけだして・・・ほごしろ・・・ぜったいに・・にんぎょうつかいにわたさない・・・じゃまもさせない・・・そうさくかつどうをゆうせん・・・どうじに、ふたりのかくほ・・・それがおわったら・・・にんぎょうつかいをさがしだせ・・・みつけたら・・・ぼくにしらせろ・・・おまえたちはてをださず・・・ぼくにしらせればいい・・・あとは・・・ぼくがやる」






 雲は困難な相手には直接立ち向かう。強者が相手でも立ち向かっていく。外道な手は使うし、罠は使う。されど部下を強者の前面に出したことだけはない。だから、雲の外道な力強さに対し、否定の感情はあっても、本気の嫌悪はなかった。






 英雄を殺した雲の実力は本物。それに従う時点でニクス大商会に敗北はない。






 しかしながら雲の命令は遅かった。






 少しばかり遅かった。






 そのころには彼が二人の護衛の依頼を引き受けていた。それを知ったのは雲の命令を受けて、アルト、ミズリの捜索を始めて40分ごろの話だった。彼が二人の周りを歩き、二人がほっとしたような表情を浮かべベルク内を歩く姿をニクス大商会側が発見。






 それは円卓にいた雲にも情報は伝わった。






「・・・あれ・・・・かいぶつが・・・まわりにいるなら・・・つごうがいい・・・あれなら・・・きっとうまくやる・・・ゆだんはしない・・・こんどは・・・ぼくが・・・せんてをうつ」






 二人の近くに彼がいる。




 その事実は雲に対し、自信を持たせた。ローレライにて彼の登場で、一気に状況や環境が変化した。油断したことによる彼へのバトン回し。今度は違う。先手は打たれても、今度は状況や環境を掴むのは雲。




 そういう本気を雲は見せている。






 彼より先に人形使いを撃破し、二人を確保する。人形使いを撃破すれば、二人は自由になるだろう。あとは自由になった二人に、人形遣いが執着する理由を聞けば終わること。どうせ彼は、理由は聞かない。情報だけ求めて終わることだろう。






 彼は、余計な口や足を突っ込まない。




 だから雲が余計な口や足を突っ込むのだ。




 関わった以上、最後まで知りたいのだから

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