人形使い 1

 彼からすれば突然の訪問してきた二人。彼は人見知りでありながら、人を観察する。人を観察するくせに、人ごみは苦手。いや、人自体が苦手なのだ。目立つのも特に苦手であるし、人の目を集めること自体が嫌いだ。されど大人として、果たさなければいけない義務がある。大人としてあるように、培ってきた価値観がある。




 本来会話をせずに、無視もできた。だが、それは大人としてよろしくない。文化人として会話があり、相手が敬意を示してくる以上、彼も敬意をもって示さなければならなかった。




 それに今のところ別口の仕事もあるわけではないし、休息を楽しんでもよかった。だが次にもらえる仕事がいつ来るかもわからない。




 正直、暇だったのだ。だから会話に応じた。




 何もしないではいられない。実際、ここまで魔物をそろえ、環境を備えた以上、何もしなくても生活はできる。彼が動かずとも魔物が働けば生きているのだ。魔物に頼めば、どの魔物も快く働いてくれることだろう。だが、彼はそれだけはしない。




 人間は時間が必要だ。仕事だけでなく、趣味の時間も必要だ。一息つく時間も寝る時間も必要だ。時間を消費して金を得て、時間を消費して心を休めて、体を休める。そのさなかに社会が回り、国が回り、世界が回っていく。




 個人の時間の間には全体の時間もあるのだ。誰かが休む時、誰かは働く。休んだ誰かを置いて、働く誰かが社会を動かし、国を動かしている。それらが国で行われ、世界でも行われる。当たり前のことであるが、常識であるが。




 それを知識だけで頭に入れるのと、実際に感じようと努力するのは違う。ありきたりなものでも、当たり前のことでも、それを少し考えてみると感慨深いものが訪れていく。








 時間だけは誰よりも平等に訪れる。






 それ以外は誰も平等ではない。






 低賃金で働く時間と、高賃金で働く時間。




 一時間働いた労働の差。金の差はあれど、時間の差だけは一切ない。貧乏人も金持ちも時間だけは常に同等なのだ。その過ごし方が違い、生みだす価値だけが違う。




 病人の時間と健康な人間の時間も平等である。その時間に生み出される不安と苦痛も平等じゃない。病人が感じる自分の将来への不安。治療における苦痛、入院という拘束時間への精神負担。健康な人間が感じる将来への不安。日常における苦痛。社会における拘束時間への精神負担。






 消耗するしかないのが病人。生み出しも消耗もできるのが健康な人間。選択肢がないのが前者で選択肢があるのが後者である






 時間が日常の根源である。




 時間の浪費は人生の浪費。社会の浪費。世界への浪費。個人の時間は世界の時間。その事実は決して変わらず、平等だ。




 時間を浪費して働き続けるか、時間を浪費して怠け続けるか。時間を浪費して趣味に没頭するか。時間を浪費して勉学をするか。時間を浪費して、無駄な知識をため込むか。




 人は時間によって急かされているのだ。






 だから彼は現代でも働こうとした。人の文化に適した価値観をもって、働こうとした。就職口を探し失敗しつづけた。労働への意欲だけは忘れず動こうとした。彼は本音で言えば、働きたくなどはない。しかし、働かず、学業もない人間は無限の暇地獄に襲われる。暇は時間最大の天敵である。人類最大の敵である。




 人の意欲は暇などで作られるのではない。人の価値は暇などで生み出されるのではない。何かを生み出した偉人たちは、時間を暇で消費したのでなく、価値を作ることで無駄を打ち消したのだ。






 何かを生み出さず、消耗するだけの時間。それは人間の成長する意欲、労働への意欲、社会への意欲。世界への好奇心を殺す。暇だけはしてはならない。






 暇が消したのは、社会に溶け込む能力の損失。かつては平気だった社会が怖くなるのだ。働いていた過去を持つ人間が、暇の時間を得過ぎた場合、労働が怖くなるのだ。実際は駄目でも、自分は大丈夫という励ましの心の声すら届かなくなるのだ。自分が無価値でも、価値があるという思い込みすら殺される。




 社会が悪いという責任転嫁も、家族が悪いという責任転嫁も、状況が悪いという責任転嫁も






 一気に訪れ、押しつぶされて、あきらめる。




 いや、あきらめるという思いすら殺される。そのくせ他人に対して、家族に対して思った恨みは、結局自分が悪い事実に押しつぶされる。それが一番怖い。自分が悪いけれど、誰かのせいにしたいという思いも表には出せる。しかし内側に秘めたのは自分が悪いという感情。そうして暇な時間が自分を攻め立て、無力化へといざなっていく。






 暇つぶしだけが動き、環境を変える意欲もなくなる。誰かの保護があるうちはいいが、保護がなくなった際、どうすればいいかだけがわからない。その不安だけは常に抱えて、その解消方法すらもわからない。働けばいいかもしれない。だが動き方すらわからない。行動の仕方すらわからなくなっていく。






 それが暇の呪い。




 それが平等な時間の中で訪れる最大の敵。




 仕事の中で訪れる休息、休日における暇な時間は別だ。それは暇であるが、一時のもの。無限に続くかのような暇だけが怖いのだ。






 だが、仕事が続く中で訪れた休日。その休日の最後の夜などは明日が来るのが怖いだろう。連続で仕事があれば、次の日の仕事など日常の連続でしかない。しかし一旦、休息による暇を挟めば、それは未知なる恐怖に変わる。休み明けの仕事が肉体にも精神にも負担がある。




 仕事がいつもと変わらないのに、休み明けの仕事が一番怖くて仕方がない。つらくて仕方がない。




 暇の呪いは休息の合間にすら実は訪れている。ただし、仕事と休みがあるからこそ、バランスよく動けるというのもある。だが、暇だからこそ、その時間の無意味さと恐るべき誘惑に負けてしまうのだ。何もせずにいて、何も考えずに時間つぶしをして、次の日の時間をつぶす。いつしか一日が寝るか、暇をつぶすかのサイクルだけで固まって終わる。






 仕事があるからこそ、人間は腐らずにいれる。




 一日に幾つものサイクルを入れて動ける。






 だからこそ彼は暇が嫌いだった。退屈も苦手であるが、暇よりはましである。暇は人間を腐らせ、努力意識を殺していく。挑戦こそ人間の本質であり、努力こそ成長の近道。






 彼はテーブルに投げ出した両手を組み合わせた。






「・・・自由の立場で色々な仕事をできるという点は間違ってはいません・・・」




 彼はハリングルッズ側の人間である。いきなり首にはならないであろう立場の人間。これでもハリングルッズ側の仕事を適度にこなしている。それさえこなせば自由があるともリザから説明されている。




 自由のうちに何をしても構わないという証明もリザから受けている。




 牛さんを使った護衛、華と静を使った護衛。コボルトやゴブリンを使った細かい作業の仕事。静と華をお使いに出駆けさせたりもしている。牛さんを荷物持ちとして、使ったこともある。その作業の中には必ず彼が監督役として訪れ、実際に作業をしている。ただ彼の場合、極力第三者がいないような環境で作業するが。




 雲は勝手にしている。雲は勝手に仕事をしていて、勝手に成果をあげてくる。その成果が時折怖くなり、渡された仕事の報酬と労働証明書を誰かに調べさせたりもしている。その際調べさせられるのは狐顔の男か、薬師のフーリだ。二人は文字が読め、書類に関して詳しい。だから頼んでいる。




 誰かに頼り切りの時間など、自分が無価値だと示されるだけ。






 人は常に失敗してもいいから、動かなければいけない。たとえ働きたくなくても、頑張りたくなくても、動くべきだ。動いた人間が失敗して侮辱するのは、どうせ動けない人間だけだ。そんな声など無視すればいい。価値がないものの意見など聞かず、動くことに価値がある事実だけを示せばいい。






 だから文化とはよくできている。その事実を義務と権利という形で労働の義務、生存権という形で示している。無駄な知識は、無駄なことを考えさせる。それを深く考えさせないようにでもできているかのように義務があって、権利がある。その建前で、人は深く考えずに働いて生きていける。






 男子が彼に対し、恐る恐るといった感じで目を伏せた。そして勢いよく瞼を開け、口を大きく開く。






「・・・俺たちは生きたいだけなんです!ミズリと一緒に幸せに生きたいだけなんです!!」




 それは心からの意志によるものだ。男子が彼へ訴える思いだけは真実。彼の観察からにおいても嘘は一切ない。その思いに一寸の穢れもないことは、彼がよく感じ取っていた。




 ミズリと呼ばれたシスターの服装をした少女も大きくうなずき。






「・・・あたしも同じです。一緒にアルトと生きていきたい。離れ離れになるかもしれないとか考えたくないんです!!」






 強く訴えられた。




 彼は複雑なものを抱えながら、二人の想いを感じ取る。嘘は一切ない。感情の想いは真実だけが乗せられている。二人の表情を観察し、目線が泳ぐこともなければ、騙すことへの緊張感は感じ取れなかった。不安からなるもの、命への危機。それらもあるが、本当に二人が離れることのほうが怖いように感じ取れた。






 彼はそういう暴力が苦手だ。命を狙われるなどという行為も苦手だ。自分から暴力を振るうことも振るわれることも苦手だ。だがこの異世界にて彼は暴力を振るうように、魔物に指示するし、振るってきた相手に対しては防衛もする。






 これがこの世界の文化だからだ。価値観だからだ。現代の価値観を持ってきても、意味がない。環境に適応した考えを持たなければいけない。環境を壊す価値観だけを持っても、どうせ嫌われ迫害され、命を狙われるだけ。適応することこそ、何事よりも平和なのだ。




 暴力を振るうのも、この世界においては平和なのだ。よくあることで片付いてしまう。暴力への忌避が強い現代の価値観など、この世界において無価値でしかない。だから彼は暴力を振るうよう、魔物に指示を出す。




 環境に適応するため、現代の価値観の下地を持つ己をだましていくのだ。






 ソファーに深く背を彼は預けた。腕を組み、二人を先ほどよりも鋭く観察するように視線を尖らせた。




 その視線はまさに支配者らしき風格すら漂わせる。




 適応する努力を見せているが、彼の厚着はこの世界ではしない。彼の価値観への意識の高さは、懐の広さを示すかのような強さがある。意見を否定せず、最後まで聞くよう試みる彼は、未知に対するものを知ろうとする人間の在り方。否定でも肯定でもなく、ただ相手を探りつつも、騙す気などは一切見せない。




 この世界には見かけないタイプの人間。




 そのくせ、起こした事件が彼の恐ろしさを示す。誰も起こさないことをしでかす、見かけないタイプの人間。




 やっていることへの感想。彼という実物をみたことによる感想。その差があまりにもかけ離れているのだ。ちぐはぐゆえに、よくわからない。彼という人物の気配の薄さも、感情の薄さも、まるで人形のように思える。されど人間であることを意識したようにも見える。わかりづらく判断は出来にくい。






 彼は歪である。




 二人からすれば、彼を予測することは不可能だった。






 だから二人は視線を合わせていった。






 だがそんな二人の思考をよそに。




 一つ爆弾を落としてくのだ。






「・・・お二人は恋人ですか?・・・ときおり視線を交わわせたものには熱がありました・・・それは他人にむけるものじゃない・・・情熱のような、執着のようなものを感じました。・・・信頼関係が強い人たちが向ける視線にしては、妙に執着が強く感じます・・・・親友でも、家族にむける親愛なるものでもない・・・もう少し汚く言えば、家族に向けた視線に上乗せしたかのような欲望の熱」








 そんな彼の発言に二人は目線を合わせたまま、硬直した。




 冷や汗があふれ、次につなげる言葉が続かない二人の様子。




 恋人に向ける信頼と愛。愛からなる執着への欲望。性欲が活発な年齢の男女。自ずと彼は答えを導き出した。




 彼は二人に対し片手で制した。






「・・・失礼しました・・そういうのは聞く者じゃありませんでした・・・ですが聞かないといけなかったので、答えていただければとは思っています。・・・でも答えなくてもよいです・・・確かミズリさんでしたか・・・貴女は宗教に属するものだと恰好で思っています・・・男女の恋愛は宗教において大丈夫ですか?・・・また有名な宗教かどうか教えてください」






 彼は手で制しながらも、答えを要求する。




 その目は観察。






 シスター服を着た女子、ミズリは彼の質問に答えた。






「・・・平気です。あたしの宗教は男女の恋愛は自由です。有名な宗教じゃありません・・・気付いたときには、宗教に属するシスターでした・・それだけで詳しいことは覚えていません。・・・神様は自由で、活発で、好きな相手には遠慮しないという方針の宗教でもあります・・・あとはよくわからないんです・・・子供のころの記憶なので覚えていないだけかもしれません」






 その言葉に嘘はない。






 彼がいきなり踏み入った質問をしたのも、相手の感情を乱すため。その乱した感情で真実を探るためだ。そうでなければ、誰が他人の環境に土足で踏み込むというのか。




 彼は軽くうなずいた。




 記憶にない宗教。子供のころには入っていた宗教。しかしながら恋愛に関しては自由。






 その言葉は本物である。そこに隠された意図はない。






 彼はそう感じ取った。




 次に彼はアルトと呼ばれた冒険者風の男子に視線を向けた。いつものように無表情。いつものように観察するような視線。




 彼にとっては、いつものこと。しかしアルトという男子からすれば初めてのこと。






 人はここまで感情を消し、視線に無機質さを示せる事実。だから少し彼に圧倒された。見たことのない人間。滅多なことで動揺もすることもないだろうし、感情で動くだけのこともしない。




 まさに人形。




 人形使いに襲われているのに、助けを求めたのが人形とは因果なもの。






「・・・知っている範囲でお願いします。・・・襲撃者の人数、組織に属しているか。もしくは背後に何者かがいるか・・・です。・・・人形使いとは聞かされましたが、その人数は聞いてなかったので・・・」






 アルトは彼に圧倒されつつも、質問は答えていく。意識を強く持つようにし、彼へ感じる恐れを必死に隠す。




「人数は一人。人形使い、バーアミズルトリ。性格は残酷そのもの。嗜虐性が高く弱者をなんとも思わない人間です。実力だけが強く、冒険者で例えれば軽くAランクはあるでしょう。他者を見下す傾向があります。そのためか組織というものを毛嫌いし、一人でいることを嗜好と考えています」






 他人に関わらず、一人で出来るタイプの人間。自画自尊による自己主張タイプなのかはわからないが、一人でいるタイプ。他人を排斥しても、生きてはいけるタイプ。




 そういうタイプの襲撃者である。






 彼は頷いたまま、口を開く。






「・・・つまり、個人で動くと・・・その個人にお二人は狙われている・・・つまりは二人では撃退はできず、逃げるのが精いっぱいということでしょうか」






 彼は失礼なことを言っている。それも自覚している。相手の動揺を探るより、相手の実力を知りたい。二人の能力よりも襲撃者の能力を知りたい。






 軽くむすっとしたのか、だが事実なのか悔しさ紛れにアルトは答えていく。






「勝てません、ミズリと俺だけでは太刀打ちできない。相性が悪いのか、指揮する人形にミズリの魔法が効きません。それどころか、ミズリが使った魔法よりも同じ威力の同魔法を放ってきます。あげくにはミズリの行動を縛るかのような魔法も使ってきます。・・・ただ俺には魔法を使ってきません。一度使われたんですが・・・俺には対して影響がなくて、相手が驚いていました。きっと体質で魔法を受け付けにくいようです。」






 そう答えていたアルト。そこにも嘘はない。自慢するような気配もない。事実だけを告げているような気配しか感じなかった。彼はそれもうなずいた。










「・・・よくわかりました。・・・考えます。・・・すぐに答えはでますが、今すぐには無理です。・・少しばかり時間を下さい・・・まあ悪いようには致しません」






 彼はそう告げて、ハーブティーを飲んだ。






 だが二人に飲み物がないことを思い返したのか、彼はすぐさま自分のカップをテーブルに置いた。






 そして彼は訪ねた。






「・・・何か飲みますか?・・・驕ります」






「いえ、大丈夫です。ミズリと俺は喉が渇きにくいんです。ミズリに至っては魔法で何とかしてしまいますし、俺もスキルで大体解決してしまいます。食事ですらとらなくても動けるよう訓練しています」








「・・・それはすごいことです」




 彼はただ合わせていく。その視線には常に観察する目線だけが残る。彼の口調は失礼を知りながら突き進んでいくもの。いつもの彼ならばしない。いつもの彼であれば遠慮をする。




 しかし今回の彼は言葉に甘えて、ハーブティーを飲んだ。






 彼にとってこれは休息。




 暇な時間。




 仕事でなく、その合間に訪れた暇な時間。彼の自由時間にして、好き勝手出来る時間。相手がその時間に来た。会う約束でもしていれば合わせていたが、突然に来たものだからしょうがない。






 驕るといっても断られたのだから仕方がない。




 彼は人に驕るのも、驕られるのも嫌う。




 だが二人に対しては別に嫌いという感情がなかった。






 遠慮という気持ちでも、配慮という気持ちでもなく。




 本気で驕る気配を彼は見せていた。








 彼は言った。






「・・・お二人にとっては・・・大切な急ぎの用事。・・・僕にとっては大切な休みの時間・・・少しばかり休ませてくれませんか?・・・お二人の要件に関しても悪いようにはしません・・・少しばかり考えさせてくださればきっと・・・良い返事を返せます・・・嘘はついていない依頼人、騙す気がない相手に対しては真摯に向き合います・・・そのためには休息が必要なんです・・・」






 彼はそうして、二人に問えば。




 二人は慌てたように立ち上がった。途中、どちらかが体をテーブルにぶつけたのか、軽い衝撃がテーブルを伝わった。シスター服のミズリが痛がるような表情を見せつつ、急いで通路へ。アルトと呼ばれた少年もミズリという少女も通路へ行き、彼へ頭を下げた。




 そして急いで店の出口へ向かっていった。




 彼の機嫌を損ねないような配慮。




 子供だからこそ、大人の休息の意味を良くは知らない。しかし休息という以上、邪魔をする気は二人にはない。自分の要求を言うのだから相手の要求を聞く懐の広さはある。






 二人の考えは彼にとって不快ではない。




 むしろ好感を頂けるものだ。






 だが彼の表情は晴れなかった。




 二人が立ち去ったあと、彼の表情は暗くなっていたのだ。








「・・・最悪だ」






 彼は一人、つぶやいた。二人に対しての態度ではない。休息の時間を邪魔されたものでもない。彼は額に手を当てた。人生は考え事の連続。苦難の連続。






 悩まない日々はない。




 しかしながら今回は別のベクトルの悩みが突き立っていた。








 護衛という仕事。二人の危機への対処。




 それの悩みもある。






 だが違う悩み。その違う悩みだけが彼を追い詰めていく。人は常に慣れないことに対し、苦難を覚えていくものだ。それを得て成長をさせられるものだ。だから彼は苦難に立たされた。






 二人の情報の真実を調べる。襲撃者を調べる。嘘は一切ないだろうが一応調べる。報酬はどうなるかはわからない。もらえるかどうかはわからない。






 しかし彼は仕事を受ける気でいた。




 断る気など一切なかった。






 断っても、断らなくても、消えない悩み。その悩みは二人が来てから起きたものだ。






「・・・暇が欲しい」






 暇は嫌いであるが、今はほしかった。






 優しい世界が彼にはほしかった。現代もこの世界も残酷なまでに時間は進む。冷たいほどに無関心さが貫かれ、何かあれば自己責任で終わってしまう。そうなる前に誰かの救済が、行政による救済が、支援団体による支援があればよかった。そんなあやふやでも、安心感が今の彼にはほしかった。




 だからこそ、今の彼が欲しいものは二人もほしいはず。






 それを彼は差し出すつもりで、仕事を受ける気でいた。








 たとえ、わかりきったものであっても、優しさは必要であろう。




 彼は強く願って、欲する。




 例え、どんな未来が待ち構えていたとしても、必要であろう。




 やさしさは。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る