ローレライでの報酬/人形使い 0

 彼はローレライで手に入れた報酬。その2割を手元に残りは全てローレライの民間支援団体に寄付していた。宗教関連の民間支援団体、商人による寄付金額の数割を救済に回す支援団体。国家による支援金受付の場所。色々報酬を分けて、寄付した。同情のためでもあるし、義務感のようなものでもある。元々文化人たるゆえんであり、余裕があれば多少は慈悲に回す。それらの義務感のようなものもあった。関わった仕事で起きた出来事ゆえに他人事だと思えなかった。そういう同情。




 同時に手に入れた報酬全てを自分の懐にいれたい欲望もある。自分が働き、手に入れた報酬。欲深く、更なる要求をしてもよかった。だが、人は己の領分を超えた金銭を持ったとき、必ず破滅する。元々、庶民の出のものが多額の金銭を手に入れたとき、生活レベルを上げるのが大半だ。今まで我慢していたことをかなえてしまう。できなかったものをやり、買いたかったものを買う。最初は大金を使うのに躊躇いはなく、大金の半ばを下回っても、残額を見て、これだけあるから欲望に従う。




 気付いたときにはすっからかん。最初は大金の強さに従い、中頃では大金にのめり込み、最後手前で焦りだしつつ、今までの習慣によって金を使い続ける。抑えられないのだ。




 給料が入ったときでさえ、抑えられない人もいる。そういう人は大金を常に手に入れる夢を頭に入れている。その夢は大金が入れば贅沢に暮らす夢。使う事ばっかりだ。貯めることなどしない。貯蓄が得意な人間が大金を手に入れても同様。これだけあるから使えるという欲望には勝てないのだ。そもそも庶民で貯金が得意な人間は過去に金を溶かした人間が多い。最初から金を手に入れて質素に暮らせるものはいない。元々金を使う時間がない場合も、金を使う趣味もない場合は除くが。




 若いころに金を使い、中年間近になってようやく貯蓄に目覚める。それが人である。若いうちは目先で、歳をとれば将来を考える。




 将来が絶望が確定している場合は別であるが。将来のために今を犠牲にする精神であるならば別であるが。大体そういう思考に陥ったものは、金銭自体手元に入ってくるのが少ない。もしくは貯蓄することが目的となって、数字だけが人生の生きがいになるか。




 極端な人間のみが、大金にのめりこむのだ。消費も貯蓄も、大金によって左右される。それがなければ程よく消費するか、自分ができる範囲での貯蓄をするか。将来も不安だろうが、今も大切であろう。大金が手に入ったばっかりに、更なる極端の道へ突き進む。




 大金が手に入ったら、安定的な収入が手に入る仕事をやめて、自由に生きるとか。




 大金を貯蓄して、将来に備えるとか。




 そういう建前で、実際はそれ以上に突き進んでしまう。人は極めようと思えば、極められるのだから。






 自分はそうならないと思いつつ、大金の誘惑には人は勝てない。自分が欲しいとおもった金額、常に頭に浮かべる大金より、3割程度のほうが人は自制が効く。誰もが大金を欲しがりつつ、手に入らない。そう諦めの感情で生きていた方が、結局楽しいのだ。








 金は人を狂わせ、馬鹿にさせる。金がないときと、あったときの知力は同一人物でも全然違う。金がないときは、人は極端に馬鹿にさせる。金を頭の隅で常にとらえ続け、脳のキャパシティーを使うからともいわれている。ある場合の知力こそ、本人の力そのもの。金よりも日常をこなそうと脳が働くからだ。






 貧乏人、庶民と金持ちは学力すら差がつくのだ。悩み多き貧乏人、庶民。生活すら困難であるから仕方がない。勉学に生活に急な出費に景気に左右されまくる収入。一人の力で出来ることが限られているのに、全体的に能力を割り振らなければいけないのだから時間すら足りない。金持ちは全くの逆。悩みもあるだろうが、それは別のベクトルでしかない。学力に向けようと思えば向けられるし、生活の質を上げようと思えば金で何とかする。




 貧乏人の悩みより金持ちの悩みは質が高く、深い思考によって選択肢を選ぶ。






 そういう貧乏人、庶民にいきなり大金を渡せば、それは狂うことだろう。金によって、生活が困難なところまで下げられたのに、いきなり余裕ができた。その余裕をどう使うかすら思考力が追い付かない。ただ使うばっかりで終わるのだ。貯蓄だけして将来に備えたものですら大半は狂っていく。不安が大金に殺され、余裕が大金のみで埋まる。




 元々金持ちに大金を渡したところで余裕があるのだから、別の道へ割り当てることだろう。貯蓄か投資か、それこそ余裕のなかで更なる余裕の選択肢があてられる。無駄な使いであっても、人生の価値観を高めるものへ思考を変換することができるだろう。






 その差は習慣。




 極端に変わった生活、極端に変わった資産。




 金持ちは元々金持ちであり、金のことを数字でしか見えない。そういう習慣と、金が麻薬のように見え、数字でなく財宝のように崇める貧乏人、庶民。金は所詮金と割り切れる、金に慣れきったものに、かないっこない。




 それこそ習慣。






 金持ちはより金持ちに。




 貧乏人はより貧乏人に。




 その差を分ける日常や生活レベル。






 人は己の領分を超えた大金を持てば狂う。有名人など特にそうであろう。庶民の出の有名人が大金を持ち、消費する。最初は仕事で稼げるから使う。使った以上に稼ぐから問題はない。だが稼げなくなった場合にも習慣が呪いのようにつきまとい、金をいつもと同じく使う。収入が少なく、消費を抑えようにも、過去の稼いだ記憶や大金をもった経験が邪魔して自制できない。結果、破産。有名人が破産するのは当然なのだ。抑えられないのも当然なのだ。




 金は呪い。




 金は人を狂わせる。






 だから彼は大金を持たない。求めない。程よく稼ぎ、程よく貯めて、夢の中で大金を持つだけに済ませる。持てる機会があれば、それは誰かのために回す。寄付という形にし、誰かへ。余裕など彼にはない。異世界の地にて余裕など持ちたいに決まっている。されど金というものに、消費、貯蓄という呪いに巻き込まれたくもない。金は誰かの嫉妬をかい、誰かから危害を加えられる呪いもある。






 必要不可欠であるが、必要以上に持つ意味もない。






 彼は鋼の精神にて、報酬を寄付した。結果は誰かのため、本来は自分の精神安定のため。金を失った後悔はある。強くある。今でも寄付せず、持っておけばよかった。自分の為に使えばよかったという思いが強い。だが、それでいい。後悔があるからこそ、自分が地に足をつけていると自覚させる。










 そうやって彼は常に、自制させてきた。己の欲望すらも、誰かのためにする建前すら利用して、抑えたのだ。常人に出来ることではない。賢人がすることでもない。賢人は金を自分の為に活用し、更なる裕福へつながる道を作り出す。決して寄付などせず、更なる未知のため、自分の欲望すら押し殺して見せるだろう。彼はそれができない。賢人のように知力をもって、活用などできない。常人のように自分のために使い切り、破産する未来であろうと、今を楽しむ欲望に飲まれることすらできない。




 底辺。




 彼は常に最下層にいる、ただの底辺。それを自覚しつつ、改める気もない。己が領分をわきまえた結果の判断。自分が導き出した正解の一つ。誰かが何を言おうとも変わる気などなかった。






 ただ、この寄付の金額が問題なのであった。






 ローレライの庶民が一年暮らせる金額を彼が要望し、アーティクティカの娘ベラドンナはそれ以上に渡した。金額は貴族が数年は遊びつくせるほどの大金。其の2割といえど凄まじく、また残りの金銭を寄付したことはローレライ中に広がった。




 王国から来た、異常者、大金をローレライに寄付。その心は慈悲か調略か。




 そういう記事や噂が広がった。




 寄付された宗教団体は元々弱小であったが、彼の寄付にて力を増した。その寄付を元手に救済を建前にし、買い付けを開始。資源や人材といった職人を買いあさり始めた。弱者を引き込み、勢力を増してからの資金集めのつもりが、いきなり資金集めが出来たのだからしょうがない。彼の力によって、選択肢が広がり、宗教支援団体の賢人がそれを活用しだした。






 彼を極悪人と呼ぶ者がいる。学園にいた貴族や平民が告げた噂の一つ。やり方が姑息で卑怯で効果的な一撃を使ったうえでの掌握。それをされた人間が流した噂。




 ソラが引き起こした事件で、怪物の名前を押し出したことによる、血の噂。




 ギリアクレスタにおける狐顔の男を指揮し、反乱を鎮めた救世主。








 ニクス大商会、ギリアクレスタ。この二つは彼の名前を前面に押し出し、行動を開始している。結果も出している。利益だけを取り、評判は彼に捧げた。だから彼の評価は割れている。学園にいたものたちだけが彼を悪く言い、学園外のものだけが彼を良く言う。




 ギリアクレスタで人材と経済圏を確保し。




 ニクス大商会が侯爵を掌握し、そこから貴族たちを掌握し、政治力を確保。




 彼が民衆に支援を申し出て、実際に大金を流した。その慈愛の意志と思われた行動が、弱者の心中を掌握。






 ローレライは彼によって乗っ取られ、支配下の組織が利益を楠目取った形。その裏ではローランドやカルミアが働かされ、悪人ですら許した慈悲の男とすら片隅では流れている。ただ、ローギニア第二王子などのクーデターで後継者を取り、兄を引きずり落とした後始末が残っていた。裏切りの形がクーデターとして証明され、今後荒れるかもしれない。




 高位の貴族による反乱。それを恐れた弱者たちが彼へ勝手に幻想を重ね続けた。とくに強いのが彼が善人の姿だけでなく、怪物としての外道を兼ね備えていると弱者が認識している。だから酷いことを誰かにしても自分たちでなければ、問題はないという考えすら持っていた。外道が外道をするのは当然。それより多額の資金を流した彼のほうが弱者の為になっている。




 そういう噂を流し続けているのが、宗教支援団体の賢人。商人の民間支援団体の賢人たちである。ローレライで起きた出来事の情報を手に入れていたものたちが、彼へ媚びているのだ。王国の経済はまだハリングルッズのものであっても、彼が持つ経済圏はローレライの商人たちや宗教団体からすれば、凄まじいものだ。また怪物本人のカリスマ性が結果によってつくられ、更なる熱狂的なファンを引き起こしていた。






 たかが寄付。自分のための寄付が、誰かをファンにさせた。ただ、ろくでもないファンであるが、力にはなっている。なぜならそのファンは、彼を悪側のダークヒーローと理解したうえで、応援しているのだからだ。彼が、今後外道的に地位を高めても引かない強いファン。強者と戦い、勝利していく外道。そんな弱者が夢でしか思えない逆転劇を見せた彼に称賛してるのだから。






 だからかベルクにはローレライからの客人が訪れていた。商人も宗教家もベルクに訪れ、観光し、街中をうろつく彼の姿を遠くから見て、記憶に刻み込む。






 そう彼こそは悪のカリスマなのだ。






 突き抜けたものは、悪であっても、外道であっても、通じるのは尊敬の念。敬意と敬服と畏怖がつきまとう。






 彼は知性の怪物。






 外道にして、ローレライの救世主。










 そんな彼に対し二人の客人が訪れた。彼が訪れる町の郊外の喫茶店。かつてはリザと出会った薄暗い喫茶店の中で客人二人と遭遇したのだ。客人二人からしてみれば、調べたうえで彼がこの時間ここにいることを知った上での来店。彼からすればいつもと違う日常の始まり。






 この二人の客人はローレライからではない。




 ただ別のところから訪れた、変わった二人組だった。




 青春を謳歌する年頃の男子と、少し世間知らずが目立つ男子と同じ頃の女子。その二人。男子はこの世界でよく見かける冒険者の皮装備とロングソードを腰にさしていた。女子は協会のシスターを思わせる服装をし、好奇心が勝るのかうろちょろと視線を回す。




 そんな客人が彼の目の前に訪れ。




 二人して彼に頭を下げた。




 王国に頭を下げる文化はない。この文化は余所の国の文化。それを彼は知っている。だからこそ、その文化を見せられた瞬間、王国人でないと理解。






 同時に厄介ごとの始まりかと思考を高めていった。




 テーブルに並べられた、ハーブティーのカップ一つ。食べ物は食べない。それは彼の魔物と一緒に食べるからである。あくまで飲み物で精神を抑えるよう、習慣としたものだ。その習慣は現代から異世界まで変わらない。変えられないのだから、しょうがない。






 彼が席に座ったうえで、二人はテーブルの横、狭い道の通りでいきなり彼に頭を下げた。




 客人は彼と二人の男女しかいない。だが彼はさすがに立たせるのも忍びないのか、話を聞かず、手先で空いている席に誘導した。彼はテーブル席を選び、彼の前の席は余裕で空いている。






 二人が座るまで無言で視線の圧力を彼はした。いきなり頭を下げられた仕返しかどうかは定かではないが、無言の圧力。返事もなく下げた頭に当たる視線の意図に二人は顔を上げた。そして、彼からの視線に困惑し、手先を見て、誘導されているのを理解。抵抗することなく、席に座った。




 教会の服を着たシスターのような女子が先に座り、冒険者のような男子が次に座る。




「・・・話をききましょう」




 彼は事務的に切り出した。




 そうこれは大したことのない事件。




 彼が関わったうえで最も影響力も被害のない事件。




 誰かが死ぬことはない。命ある生命がひどく苦しむことはない。あくまで、前提条件の中で被害はない。






 ただ、彼は二人を視界にとらえ、少し怪訝そうな表情を浮かべた。








「・・・要件を聞く前に・・・お二方・・・」






 彼は両手をテーブル前方に置いた。それぞれ片手ずつ二人に差し出す形。






「・・・僕の手に・・・手をおいていただけませんか?・・・疑問に思うかもしれませんが・・・これが要件を聞く儀式のようなものなので」






 ただ彼は怪訝そうに、されど当然のように口に出した。




 あくまで疑惑。彼が思っただけの疑惑。






 二人は困惑しつつ、彼の言った通りに差し出された片手に手を置いた。彼の指先が手首をふれるような形で差し出された二人の手。






 そして数秒がたち。






「・・・ありがとうございました・・・確認がとれました・・要件をどうぞ」






 その一言とともに彼の手から二人の手は下げられ、彼も下げた。彼が浮かべた怪訝な表情は消え、ただ観察するかのような表情に変わっている。警戒ではない。まるで観察。




 新しいものを見るかのような観察の視線。




 好奇心における彼の視線を前に二人はますます困惑していた。






 だがその中での男子が一人。




 口を開いた。








 その要件は。






 命を守ってほしいという要求。保護してほしいという要求。






 よくある話。二人を狙う襲撃者がいて、その襲撃者は姑息にも追跡するように二人の命を狙っている。とくに狙われているのが女子のほうであり、それを男子が守るように護衛している。二人の旅の行方は知らないが、ただ知ったのが親から離れた二人の理由。




 それは親が選んだ人生のレール。それが気に食わない相手との結婚。二人してそういう運命にあって、その運命から逃げるうちに出会ったのが二人。




 気付いたときには二人きりで、気付いたときには襲撃者に狙われていた。






 そういう物語。




「・・・世知辛い世の中ですが・・・親元をから離れることの意味を知らないわけがないでしょう・・・」




 彼は決して油断しない。その会話を全て信用しない。この時代、この世界。親が選んだ婚約者が気に食わない。それだけで逃げる二人の子供。作って生んで、育てたのが親のエゴなら、子供のエゴは自分勝手であることだろう。生きるだけでも精一杯の世界で、婚約者すら選んでもらえる環境。その保証を捨て、逃げ去った子供に対し彼は同情はない。




 ただ自分が好きな相手がいて結婚したいとかいうのであれば、話は別。好きでもない相手と結婚したくない気持ちは彼はわかる。好きな相手がいて結婚したいという気持ちも彼はわかる。だが、選択には必ず責任を負わなくてはいけない。




 ただ相手が子供である以上、必要以上に論破する気もない。




 子供の心を言葉で叩き伏せるのは大人のすることではない。年齢だけを重ねた肉体が大人で、精神が子供の人間がすることだ。それをしていいのは他人ではない。子供を言葉で叩き伏せるのは肉親だけだ。それ以外のものは唯の幼稚な大人でしかない。




「・・・しってますが、・・それでも俺やミズリの気持ちは同じなんです」




 男子が慣れない敬語で彼へ必死に伝え。




 ミズリと呼ばれた女子も合わせて頷くようにしていた。






 二人は常人の精神を持ち、ローレライのときのように変わった環境下で育っていない。






「・・・僕に保護する力は正直ないです・・・ただまあ、襲撃者がいることは厄介かと思います」






 襲撃者は一人。それは人形使いと呼ばれた職業の襲撃者らしい。人形使いは魔力を用いて、それぞれの得意な人形を遠隔操作で操り駒とするものだ。魂を持たない人形に命を吹き込み、それを戦闘にも支援にも活用する。






 男子と女子の会話の中で人形使いの話が幾度もされ、其の厄介さは、しつこいことだということが理解できた。何故彼の元へ情報が流れたかは知らない。それを探る術はない。客人が彼の元へ訪れ、助けを求めている。






 ただ彼には力がない。






 下手に介入し、襲撃者とやらに目をつけられても厄介。さりとて子供の姿をしている男子と女子の前に彼は無力。切り捨てるには精神が落ち着かない。結果曖昧さが彼の思考を濁らせた。








「・・・行政に頼るのも手です・・・冒険者ギルドでもいい・・・領主の館なら知ってます・・・」






 彼は定番の語句を並べ。






「・・・全て頼ったうえで・・・拒否られました。・・行政もギルドも領主の受付からも全部。・・・この町で勝手なことは自分たちではできない。職務があり、義務がある。それから外れることはできないっていって、断られました。・・・そして、こうもいってました。・・・我々は与えられた役割を果たすだけ、その役割から外れるものがこの町に一人いる・・・それが貴方だってことだということ」




 男子からやんわりと、されど彼の敵意を買わないように丁寧に答えていく。




 この町の行政もギルドも領主自体も彼に表向き支配されている。彼は知らないことだが、ニクス大商会もそう、雲もそう、彼自体の存在がそう。ギルドもトップを殺され、ニクスフィーリドも壊滅され、大商会と合併という形での乗っ取り。領主も彼に秘密で勝手なことをして怒りを買いたくない。怒りを買った後で、利益という利益を彼事どこかへ行かれても厄介。邪魔しなければ邪魔してこない。利益だけを運ぶ金の卵たる彼の敵意を買いたくなかった。






 その会話内容を彼は自分を自由に仕事を受けられるフリーランスという形で捉えた。人は己が前提条件で動く。己の価値観で動く。彼の前提条件および価値観には現代というものがどうしても抜けない。この世界の価値観と現代での価値観をどうしても照らし合わせてしまう。






 環境に適応しようと努力する彼ですら、こうなのだ。




 この世界の住民が他国の環境に適応するのが困難なのがわかることだろう。国には国の価値観。町には町の価値観。それぞれの価値観があって、いまだこの世界はそれを理解しきれていない。国家間の価値観などはある程度認識されていても、それ以上にルールが浸透しきっていない。




 相手のルールを押し付けないという現代では当たり前のルール。




 それは血を流した歴史が、世界が大きな血を流した過去があるからこそのルール。それは未だこの世界ではない。まだ大きな血が流れていない。文明が進化し、大勢の人々を駆り立てる大戦が生まれてない。国民全体に瞬時にいきわたる電波通信もなければ、映像放送もない。同時に国民の感情を高ぶらせることも、国民の意欲を駆り立てるための見える成長するための施設がない。




 人は同調し、共有することで、激しく燃え広がるのだ。反乱も協力もそう。人は一人では動けないし、動かない。誰かがいなければ行動してくれない。それが人間なのだ。




 電波通信は国民全体を同時に動かせるし、映像放送なんかは同時に現状を伝えられる。これが国民を駆り立てる灯なのだ。今はない。






 大きな血が流れていない以上、相手の価値観などは配慮することもない。相手に血を流させ、自分も大きな血を流す。それを国家の損失ととらえ、妥協すべき点として見出し、被害を少なくさせるために自分の価値と相手の価値を考え出す。






 その過去を持つ現代の生まれである彼ですら、元いた世界の価値観を忘れられない。




 だから今回の男子が発言した内容は彼自身が怪物として君臨しているのでなく、フリーに動ける人材という形で認識しかできなかった。






 深く追求することなく、ただ相手の出方を窺う。ただ彼の表情はすぐれなかった。いつもの観察以上に視界は相手を捉えている。されど半ば確信を持ったかのように相手を見つめていた。

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