第21話 予選の中の場違い
ここにいて更に余計な事が起きても面倒だ。そう判断した彼は闘技場に戻ることにした。それに誰が予選を勝ち上がるのかは確認しておいたほうがいい。自身の命がかかっているのだ。
自分の力は弱い。
少しでも敵はしっておくべきだろう。
観客席はにぎやかだった。先ほどの惨劇を民衆は忘れようとして、作り笑いを浮かべ歓声をあげる。騒げば騒ぐほど民衆は自身が浮かべた恐怖や罪悪感を外に追い出し、興奮だけを内側にこめる。
都合の良い観客。
だが、それは唐突に終わりを告げる。
彼が観客席に現れた。
暗いところから急に明るいところに出たため、彼はまぶしさのあまり手で光を遮断する。それが視界の妨げとなり、周りが良く見えなかった。ただ足は止めることはなく、適当に動いていた。
彼が光にいじめられているころ、民衆は彼がいることに気づきだす。
それに気づいた民衆は小さく悲鳴を上げあわただしく動き出した。近くに居た人間が動き、それを見た遠くの人間も動き出す。人があわてればあわてるほど、周りに感染していく。
木を隠すなら森の中。
人を隠すなら人の中。
そういわんばかりに、人は人の群れに飛び込んでいく。自身を紛れ込ませるため、人に近づき防波堤とする動きは次第に大きくなっていった。彼の進行を妨げぬように脇にそれ、道を譲る民衆。群れと同化するのと同時に譲るのも行う。人の波が同じ目的で動いている。
その大きな波はやがて二つの壁を作り上げた。彼の進行を邪魔しないように正面はあけた左右の二つの壁。彼が近づけば近づくほど人は群れと同化し壁となる。また彼が通り過ぎた後方の壁は分裂し、崩壊していった。安堵の表情を浮かべ、群れから離脱し、逃げるように走り去る。後方はそういう展開がおきていおり、後片付けは不要だ。彼のすぐ近くの壁は更に高性能だ。彼が近くなれば自動で一定の距離を保ち、進行を決して妨げない。自動移動式の壁がそこにはある。
彼が光になれ、手をどけるころには人が左右に壁として並んでいるものだから驚きのあまり声が出そうになった。だが人前ということで彼の無意識がそれを防いだ。
人に見守られながら歩くというのが初めてだ。だが全員彼と顔を合わせないように俯かせており、また彼も見ないように正面だけを向いていた。
目立つのが嫌いだ。
見るのも見られるのも嫌いだが、評判になるのが嫌いだ。有名になれば必ず何かと比較される。
比較されるのが何より大嫌いだ。
彼は足を止めず、足早に通り過ぎた。通り過ぎた後方の壁は存在しない。皆分裂し崩壊した。あるのは彼を何とか視界に抑えて、自身の安全を確保しようとする前方の人間と遠くに居る人間だけだ。
一番前の席から見て一段後ろの席についた。むろん周りは誰も座っていない。一番後ろの席の周りに彼を警戒するように人が集まっているだけだ。離れて分散することはない。下手に逃げれば彼を挑発するかもしれないという恐怖が民衆をしばりつけている。自由なのは彼が過ぎ去った後方の人間と、遥か前方にいる人間だけだ。だがそいつらも彼には少しばかりの注意を払っている。
惨劇の覇者が座り、背後にはリザードマン、オーク、隣の通路側にはトゥグストラが陣取った。
ベンチのときと同じように座っていた。
この人だかりは大会の予選突破者だから受けるものだろうと彼は思っていた。有名人に群がる人と同じように、この大会において自分の存在は有名人みたいな存在だと考えている。
そうではなく。
ただの予選突破者なら歓声が上がり、明るく出迎えてくれるのだろうが、彼の場合は別のように扱われている。
危険人物。
危険だと断定されているからこそ、誰もが彼から離れ、逃げるように遠くにいく。暖かく出迎えるものではなく、冷たく出迎えるわけにもいかない。冷たくしたら命をとられる可能性がある以上、少しでも生存するほうを選んでいる。それをただ彼は歓迎と勘違いしているだけだ。
皆、誰もが彼に対し、おびえている。それを気づかないのは彼が周りをよく見ずにいるからだ。へたれ代表の彼は人をうかがうことは出来ない。関係のないところからなら何とか見ることができるが、直接関係のあることに関しては彼は無力だった。
第二予選グループの残りも僅かだ。残り数名、皆負けを認めると潔く降参の合図をしながら戦いの場から出て行く。怪我をして動けないという人間は少なかった。皆が皆自身の実力を知って素直に消えていく。武器も防具も損失が少ないうちに参加者達はどんどんへっていった。
第一予選グループとは大違いだ。誰もが降参をするまでもなく踏み潰された地獄の惨劇とは違う。ルールにのっとった大会がそこにはある。
先ほどの戦いがおかしかったのだ。
そして、それは彼は知らない。
初めて参加した大会がいつもどういう風に動いているかは知るわけが無かった。
戦いの場では小柄な人間とその背後を守るように動く人間の姿が目に付いた。性別こそわからないが、小柄な人間は一体一という戦いでは有利にことを運ぶが、背後からの攻撃には無関心のようだ。小柄の人間が相手をしているのは鎖鎌を持った男だ。一撃一撃、弧を描く軌道の攻撃はさぞかし厄介なものだろう。そういう厄介な相手をしていると後ろががら空きだ。案の定背後から剣士からの一撃が狙う。だがそれを防ぐのは小柄の人間ではなく、背後の守護者たる人間がそれを弾いた。
弾く音がしてから小柄な人間が気づき、攻撃主を狙いに定める。先ほど相手にしている参加者はいつの間にか撃沈していた。
彼の魔物が行った戦闘がそこにはある。だが、彼の魔物よりも綺麗に動いている。それもそのはず、魔物は彼というお荷物を守りながら戦うに対して、小柄な人間と背後の守護者の戦いはお互いが補佐するように動いていた。リザードマンとオークだけで動くなら良い競争相手になることだろう。
彼の立場が無い。
そういう評価だ。
だが彼がいなければここにいる魔物の軍団はおらず、オークもリザードマンも碌な目にはあわなかったのは事実だ。
どうせ実験動物か、切り刻まれて遊ばれて殺される哀れな道化を演じる羽目になっていたころだろう。
そう考えればお荷物を背負ったほうがかなりましだといえる。
別にオークとリザードマンは彼をお荷物とは思っていないが、彼自身がきっと邪魔者だろうなぁと思い込んでいた。
そう考えさせるぐらい第二予選は綺麗な協力が映える戦いだった。
やがて残るのは二人だけとなった。
小柄な人間と背後を守ってきた人間。
協力してきた人間が今度は相対した。
小柄な人間が使うのは剣であり、背後の人間もまた剣だ。
剣と剣がぶつかり、金属音が鳴り響く。一定の規則を伴った音かと思えば途端にリズムがかわる。
彼の観客席まで届くのだから相当勢いをつけてきりつけあっていることだろう。
目が離せない。
というわけではなく。
こんなのが対戦相手になるかもしれないという不安感が彼を襲っていた。ただの子供でも力で負ける弱者の彼が、こんな高速で叩き付け合う化け物同士に勝てる予想は出来なかった。
どうあがいても絶望。
その一言しかなかった。
金属音のリズムが遅くなり、次第になりやんだ。
剣を首筋に突きつけ、勝者となりはてたのは小柄な人間だ。背後の守護者は負けを認めたように剣を落とし、降参した。
拍手が鳴り響く。
彼の周り以外から。
戦いを祝福するように拍手の音が会場を包み、歓声が大きく上がった。先ほどの戦いではなかった光景がそこにはある。
惨劇じゃない。
先ほどの戦いが夢だったんだといわんばかりだ。皆、声を上げ立ち上がり大いに騒ぎ立てている。
最初の戦いは地獄だ。
今の戦いは感動だ。
そういう声が彼の周り以外からちらほらと聞こえてきた。それは大きなうねりとなり、感動を呼ぶ。
地獄からいつもの大会に戻った。そのギャップから民衆は高らかに動いていた。
喜ばしいことだろう民衆にとっては。
だが彼はいたたまれない気持ちとなっていた。
そこまで酷かったのかという感情よりも、早く帰りたい。なんで観客席についたのかという後悔が彼にはあった。
何もしなかった彼にはその感動がわからない。ただ魔物たちが、家族達が頑張った。それを目を瞑ってみるのを放棄した。
感動よりも悲劇をうんだ。誰も彼もが口をつむぐ地獄を見せた。彼はそこは別に後悔していない。何もしなかった人間を守った家族の行動は褒め称えるものだし、感謝していた。
そうじゃなく。
彼が逃げたからこそ。
この観客の気持ちがわからない。
観客は観客の仕事を行っている。会場を盛り上げたり、下げたりとか罵倒したり毒を吐いたりして空気を悪くしたりも良くしたりもする重要な役割をきちんとはたしていた。
観客達は恐怖で口をつぐもうが、過去の自分の行いをなかったことにしようが、戦いはキチンを見たのだ。地獄だろうが、良き戦いだろうがしっかりと記憶に留めていたのだ。
観客の分担は見ることだ。
そしてその行いに対して感情を表すことだ。隠すのではなく、表に出し、参加者達のサポートをしてきたわけだ。歓声が上がれば人前になれた参加者は更にやる気がでるだろうし、悪態がつけば参加者の戦いを汚く見せる。
とても大切なお仕事だ。
お金を払っていても、観客は観客として演じている。
では。
彼はなんだ?
彼は参加者だ。
彼がするべきことは。
戦うことだ。
弱いから逃げるのではなく。
テイマーだから魔物に任せて目を瞑り暗闇に落ちるものではない。
彼自身に戦闘能力は無い。それを家族が補ってきた。
彼の不甲斐なさを必死に支えてきたのは家族だ。
逃げてはいけない。
負けてはいけない。
戦いとは必ずとも自分の体を動かすことではない。危険に身を晒すことではない。観客は地獄でも逃げずに見た。安全な場所かもしれないが、劇物を頭にいれた。
彼は参加者としての役割を果たしていない。
予選で彼は暗闇に逃げた。家族が本気で彼を守り、戦ったというのに信用していなかった。怪我をするのだろう、いたい思いをするのだろう、もしかしたら死ぬのかもしれないという逃避行。
彼の役割は。
戦えないなら見ることだ。
家族の戦いを見ることだ。
それができてなかったからこそ、場違い感が生まれた。
気づいたからこそ、弱いままではいられない。戦闘能力を付け焼刃でつけることは無理だ。
せめて信じてみよう。
予選では彼は無事だった。
ならば本選でも信じてみても良いかもしれない。
牛さんは裏切らないだろうし、リザードマンもオークも少女のときも身を挺して守ろうとしてくれた。
信頼。
彼は今までそれをしたことがない。連携もない。助け合いもない。誰もが行うことをしたことがない。
何もなかった。
空っぽの人生。
今日の第二予選において、空白でぽかんとしていた心に刻む。
仲間を信じる。
青臭い恥ずかしさがある。恥ずかしがりやだが、そこからだけは逃げてはいけないのだ。
そういう少年のような心が生む信用こそ、彼には何よりも大切なことだった。
大会だけではなく、人生とは連携のもとで成り立つ。
せめて、この大会だけは逃げないようにしよう。
この場限りかもしれないけれど。
一歩踏み出してみよう。
何事も始めなければ意味が無い。
最初は小さいことからこつこつと行うものだ。どんなこともいきなり大きいことからすればつぶれてしまう。それでは目標に押しつぶされて目的を見失ってしまうのだ。
当たり前のことだけれども、気づくのに時間がかかってしまった
ゆっくりと。
どんな速度でもいいから始めてみること。
それが必要なことだった。
少しずつ歩みだした彼。
やがてそれは大きな災厄も祝福を飲み込む、渦となる。
そのはじめての第一歩はここから始まった。
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