第22話 お食事会

予選の最後の戦いが終わった。勇者が剣をつきつけて、何もできないと悟った相手を降参させたところで試合の決着がついた。勇者が戦った参加者たちは皆怪我をすることもなく、損失が少ない状態で敗北していた。

 綺麗な予選だった。

 この予選は8回ほどにわけられていた。最初が最悪だと後のものがマシに思えるもので、第一回の予選がひどかったために、第二回は良く思われ、最後の第八回が最高な形として終わることとなった。


 大会としては良い流れだろう。


 最初が最悪。

 最後が最高。


 いい形である。はからずとも観客たちに希望が生まれたわけだ。最悪の化身たる彼を倒すであろう希望が姿を見せ、本選は民衆の鬱憤を晴らしてくれるであろう素晴らしい戦いになるかもしれない。


 勇者は目指している。民衆の希望というシステムの下、動く英雄はその思いをかなえなくてはならない。

 ゆえに。

 この大会で優勝できなくても。


 彼にだけは勝たなくてはいけない。


 観客を恐怖で縛り、従えている彼を倒すのだ。人々を開放しなければいけない。この大会だけもでも支配者はその行動を起こした。

 オークションのときもそう。

 彼はいつのまにか場を自分のものした。 

 この大会でもそれをした。

 勝手におびえて行動する民衆のことを棚に上げ、彼だけを悪とした考えが勇者にはあった。


 それらは正義感のもった勇者が独善的に思っていることだが、民衆もそれをのぞんでいる。三日間行った予選の中、彼は観客席に足を運ばない日がなかった。彼が来るたび、民衆は試合を見ることを放棄し、彼から逃げるように壁となる。

 大会を見に来ることをやめればいいかもしれないが、この大会は王国でも娯楽としての価値が高く、彼一人のために見るのをやめるのは惜しいものがあった。そういう観客のけちな性分が不幸を呼び込むこととなっていた。


 彼がこなければ良い試合観戦日となる。

 きても近くにこなければ自分は関係ない。


 そういう民衆意識が試合を見に行くことをやめさせなかった。


 彼は知らない。

 周りの人々がそういう風に思っていることも、誰かに敵視されていることも。

 何もわからない。

 人生経験が少なすぎた。

 人の悪意はしっているが、直接、強い悪意をぶつけられたことはあまりない。いつもは遠まわしに小さい悪意や悪口、陰口を言われたことしか記憶になかった。そのぐらいなら彼はなれていた。

 強い悪意なんてものはオークションのときぐらいしか覚えが無かった。


 彼は立ち上がった。

 傍らの牛さんも立ち上がり、彼を見上げた。見るべきことは見たという主人の行動に寄り添い、頭を押し付ける。

 周囲の人間がわずらわしいために牛さんは彼に体を押し付ける。

 気づかないのは彼だけだ。周りの民衆による壁が有名人に対して行っているものだと勘違いしている彼は決してわからない。これはすべて、恐怖によって行っていることであり、早く消えろという悪意のもとで成り立っている。


 だがそれを直接ぶつけるには危険だし、人から離れて孤立するのはさらに危険だ。誰もが彼をみずに崩壊した表情を必死に取り繕うので精一杯だった。


 彼が動き出すとき。


 強い気配が彼の動きを止めた。下から、戦いの場から強くにらみつける勇者の姿があった。その姿を彼は観客席から見下ろす形で見た。

 視線だけが衝突した。彼の冷たい視線と勇者の鋭い視線がぶつかり合った。


 強敵、物語で言うラスボス。

 彼からすれば勇者はこの戦いにおけるラスボスの位置。

 勇者からすれば彼は正義の大敵の位置となる。


 お互いがお互いを避けては通れぬ敵と認識していた。ただし彼のほうは予選の戦いを見ていたら勇者には勝てないだろうと確信している。戦いが見えなかったのだ。一瞬で相手を無力化させ続けた勇者の猛攻を目で捉えるどころか反応すらできなかった。他の屈強な参加者たちすらわからないのに、彼がわかるわけがないが。

 レベルが違う。

 彼でもわかる。彼の魔物たちで倒せるかといわれれば否だ。通常通りに戦えば必ずまけることだろう。牛さんでもたぶん負ける。そういう感覚に陥っていた。

 家族を信じたいが。


 あの勇者相手では無理だ。

 彼の絶対的観察眼がそれを告げている。


 信用とか信頼とかではなくて。


 圧倒的な実力差がある。手を伸ばしても届かず、遥か先にいる勇者には何をしても近づくことはできないだろう。


 だが、彼としてもただ負けるつもりなどはない。なんとしてでも勝とうとして動いている。観客は観客の仕事をしたのだから、参加者は参加者の仕事を行わなくてはならない。

 彼は催しなど今回が初めてだった。学生のころの運動会も修学旅行とかそういうのは全てボイコットしていた。運動会の二人で行う競技すら彼とやってくれる人間なんかいなかった。いやとかじゃなく浮いていた。そんな彼が修学旅行で誰かと組めるわけも無く。

 恥をかくくらいならと、最初から参加を拒否していた。彼の親も所詮子供の思い出だからというものもあったし、お金が戻ってくるからいいやという安易な考えがそれを認めていた。


 彼にとってはじめての催しはこの大会である。適当なことをして見ている人をイラつかせるこどなどできないし、大会を楽しみにしている人を落ち込ませるわけにもいかない。


 ただの大会でも好きな人がいるのは事実なのだ。いかなる暴力と血にまみれた危険な催しであっても、文化として形成されているのだ。その文化を平気で踏みにじることなど常識人としての彼が許さなかった。


 参加しないほうが良いと思われていることをまだ気づかないのが残念だ。


 しかし彼にも彼なりのポリシーをつらぬいていた。


 せめて手を尽くしてから負けよう。


 でも、怪我をする前に降参しよう。そういう逃げも彼には大きく残っているが。




 

  彼は今、食事をしていた。レインが予約していたうちのレストランにて一人寂しくではなく、オークとかリザードマンとか牛さんとは別の生き物と相席をしていた。

 このレストランは魔物も同席して食事をとることができる、テイマー御用達の食事の場所である。

 彼は知らないが、予選で戦った参加者のうちの一人と一緒に食べていた。店に入ったとき、いきなり声をかけられたときはあせったものだった。


 第一予選で彼の魔物に敗北したと聞き、目を瞑っていた彼はまるでわけがわからなかった。どうこうと勝手に話を進められた結果一緒に食べることとなった。


 席の奥がわからオーク、リザードマンが座り、通路側の端に彼が座っていた。通路には牛さんがすわり、彼の手から与えられる食べ物をとっている。

「いやーそれでも貴方の魔物は素晴らしく強いな!!!」

 そういってフォークみたいなもので、麺状の食べ物をくるくると絡めているエルフ。リザードマンとオークの連携に敗れた参加者の一人が対面するように座っていた。

 彼が思い出したのは怪我をしたエルフの応急処置をしたことだ。そのとき、気絶していた気がしたのだが。だれか気を取り戻したエルフに誰が処置したのかを伝えたのだろうかとも思った。

 それでお礼にきたのだろうか。

 仲がよいお友達でもいたのか。


 うらやましいことだ。

 彼はパンと野菜スープ、そしてハンバーグみたいなものを頼んでいた。食事をとっていると、牛さんに食べさせていたものを飲み込んだようで、もうたべたーといった表情でこちらをみていた。怖い魔物の顔でも暮らしていけば何かわかるものだ。

 パンを二つに割り、半分を牛さんの口にもっていた。ぱくぱくと牛さんが食べていく。牛さんの分も合わせて食べる量を多くしていた。

 パンは7つほど。

 サラダは山盛り10皿分。

 あとお肉の丸焼き。

 牛さんの癖にお肉を食べるらしい。前の世界の牛は肉を食べると病気になるのだがこの世界の牛さんは肉食動物らしい。


 大食いめ。

 彼は水を飲む。


 牛さんの食器だけでテーブルがかなりうまる。だがそれでも空間は余るので別に気にすることは無かった。それもそうだ。

 4席分使っているのだ。あまらなくては困る。だが、彼は常識人だ。きちんと店側に4席分を使うことを承諾させ、その代金もしっかりとカウントされている。周りの大型の魔物を飼っているテイマーも特別料金を支払って認めさせていた。

 ただ食事をさせるにも毎回彼の手から渡さないと食べないため、いつも手渡しで食わせていた。でも彼が忙しそうなときはいつも勝手に食べる。

 そこはしっかりと理解して行動する知的な牛さんなのだ。

 頭をなでて、彼は自分の食事を開始。安い宿の食事ばかり食うとたまに食うレストランの食事がおいしく感じる。だが、安い味ばかりに慣れてしまうと、高い味に舌がついていけないときもある。

 いいかげん、安い宿の食事が食べたくなってきた。いい味ばかりでは人は満足しない。ときにどうでもよいものを食べ人は自身の心をみたすのだ。

 まずかったものが最近はどうしても食べたい。

 いけない中毒へと進む彼である。

「しかし!いったい貴方はどうやってリザードマンやオークをそこまで育てたのか!!」

 エルフは満面笑顔だ。

 いつのまにかエルフは食べ終わっていた。彼がぐだぐだとしている間に食事を終え、テーブルに少し体をのりだしていた。

「....」

 ノリについていけない。

 人は彼を恐れ、離れていく。だが、このエルフはそういうタイプではなく、ずいぶんと変わっている御仁だった。

 ずばずばとくる。

 彼はなれない相手に戸惑っていた。

 少し引いていた。

 やっぱりかなり引いていた。


 人はどんなものにもあこがれる。勇者という希望であり、マッケンという王国の奇跡の剣にも導かれる。惹かれていくのだ。

 そして相対するように犯罪者や不良などと同じように彼も嫌われていく。ただ問題を起こさないからマシという程度な扱いだった。この大会では問題を一番起こしているのは今はしらない。

 嫌われ者が人から好かれないというわけではない。大勢の人間がついていかないだけで一部の人間はそれにあこがれるものもいる。

 闇についていこうとするものも少ないがいてしまうのだ。

 犯罪者グループに加わるもの、不良に自らなるもの、自ら闇に落ちていく。その闇に落ちた人間が綺麗ごとを抜かす大会で惨劇を見せたらどうなるか。

 観客は沈黙をした。

 だが裏の住人は興奮した。

 堂々とルールぎりぎりのことを行い、予選という乱闘ワールドを寝てすごした化け物を裏の住人は上には上がいるという驚愕とかかわりをもちたいという感情に支配される。

 そんな考えでは表の人間とは仲良くなれないだろう。また裏の住人からしてもわざわざ関わってやる必要も無かった。

 決して表の世界の人間と裏の人間は相容れない。

 表の英雄がマッケンや勇者ならば。


 この大会では。


 裏の英雄が 彼なのだ。


 一部の人間は彼に興奮し、惹かれていた。または接触を試みようとするものが必ず現れる。彼がベンチであったリザという安直ネーム少女であり目の前のエルフであったりと。

 エルフの場合は裏の住人ではない。

 ただ、侮っていた魔物の認識を改めさせた主人に興味があった。それだけのことだった。


 彼に惹かれるのは別に裏の住人だけとは限らない。

 力が強いというのもあるが、オークとリザードマンを腕自慢の冒険者たちを手玉にとった魔物を育てた主人には誰もが敬服した。恐怖の一面もあるが、それは周りの人間が創造するおぞましいことをできるだけの実力を持つからこそ、おびえられていた。

 魔物が強くなったのは彼の実力ではないが、主人なのだから凄腕なのだろうとかそういうふうに思われていた。


 ただ勝手に牛さんと戯れて強くなった。

 平原で野生の魔物に襲われて戦ったら強くなった。

 それだけだ。

 牛さん、トゥグストラは腐ってもAランクモンスターなのだ。そんな魔物に鍛えられたオークとリザードマンが弱いわけが無いし、平原で彼のことを守りながら草をとってきた二匹にとって連携は重要なものだった。


 彼が弱いからこそ、力をつけた。


 彼がかまうからこそ、牛さんがオークとリザードマンを苛めてしまう。


 全ては彼が関わっている。どんなものにおいても彼が動き、彼のことで家族が動く。

 彼という存在は自分が思っているほど軽いものではない。家族にとって唯一無二の主人であり、命の恩人である。人間が嫌いな魔物たちも彼という存在は人間としてみていないで親として家族として、主人としてみている。上下関係がある魔物世界でも歪なことだった。

 弱者に従う強者なんかいるわけが無い。


 だがそこには例外があった。他のテイマーは刻印というものを自身より強大な力を持つ魔物に刻み、自由を束縛するのだが、家族にはそれがなかった。いうことを聞かなければ牛さんが勝手に教育するというのもあるが、家族になるのだから奴隷みたいに束縛するのは彼の主義に反した。

 自由なのだ。

 彼という重みがあっても、それは苦ではない。

 誇りであり、愛すべきものなのだ。


 それに答えたのが彼の家族だった。


「.....普通に育てました」

 それしか答えられることは無い。

 彼の答えに。


 エルフは興奮した表情が固まった。

 目の前の相手が簡単に教えるわけがないとは思っていた。だが案外簡単に帰ってきた。

 それが。


 普通。


 他の相手ならきっと何かあるだろうとか勘ぐりを入れていたが。

 オークとリザードマンを強くさせることなんか彼にとって普通のことなのだろう。

 別に考えることでもない。

 彼の無表情さも相まって、そういう風にエルフには聞こえた。

 教えるとかではなく。

 普通に育てた。

 普通。

 どんな場面でも使え、答えやすい最高の言葉。困ったときのいう言葉トップに入るであろうもの。

 それがここでは深く別の意味となっていた。

「......そうか普通か。」

 乗り出した体は自然と席に収まり、エルフは悩むように天井を見上げた。思い出すのは過去の思い出だ。

 自身が鍛え上げてきた技は数十年にも及ぶ。いかなる苦境のときも決してあきらめず、ピンチのときも自慢の短剣でそれを切り抜けてきた。

 修行もつらかった。

 幼少期という遊び盛りのときから体を鍛え上げてきたのだ。遊びたい心を押し殺し、必死に強くなろうとあがいた。最近の魔物の活発化とそれによる家族への被害を防ぐ意思の元努力してきた。

 魔物との激しい戦い、サバイバル。それは子供が行うものではなく、大人がやるようなことをやってきた。

 苦痛とも呼べる修行の中でいつしか仲間が生まれ、協力し、自身の力が強いことを確信した。いつしか村の中でエルフには勝てるものなどいなくなった。大人でも勝てなくなった。

 仲間ぐらいがエルフとついてこれるぐらいの実力をもっていた。


 そんな思い出。


 そんな思い出を積み上げて育ってきたエルフが普通に育てた魔物にぼろ負けにされた。長年積み上げてきた技術も通用せず、侮ったオークとリザードマンにまけた。しかも尾が無いリザードマンだ。

 悔しさがある。

 強い悔しさ。

 大会に出る前、仲間とともに決勝戦は僕とお前で決まりとか言い張っていたことが馬鹿らしくなってきた。きっと仲間との良い戦いになるだろうとか勝手に思ってた。

 本選で負けるならばまだわかる。

 だが予選だ。

 本番に出れなかった。


 仲間との約束を破った。それがつらい。



 才能。


 目の前の彼にはそれがあるのかもしれない。普通と呼べるもので片付けれるほどの実力をつけさせることのできる教育という才能が。


 エルフにとっての経験が。

 普通に押しつぶされた。


 過信していた。

 甘く見ていた。

 予選では侮った対価を支払わされた。


 だが今度は世界を甘く見たことへの対価を支払わされた。上には上がいる。当たり前のことだ。修行をする前のエルフは大人に力でも技術でも勝てなかった。そのときから知っておくべきだったのだ。


 必ず乗り越えてやるという意思に隠してきた事実。


 今では勝てない。だからがんばって超えるそういう勤勉さから覆ってきた現実。


 たまたま乗り越えてきただけで、運が良かっただけなのだ。今まであった壁はどれもハードルが小さいものであった。


 自分の成長が大きかったからこそ、気づかなかった。


 努力したから。

 がんばったから。

 そんなのは感情論だ。


 感情で物事が動くなら誰も苦労はしない。今まで良い流れがきて、せきとめられて、のりこえて。

 そういう順風満帆の人生では決してわかりはしないのだ。


 いくら実力をあげても限界がある。その限界はエルフが誰にも負けなくなった時点で着てしまっていた。


 エルフ自身もわかっている、これ以上はどうあがいても強くはなれないということを。


 種族としての限界、自分の心に潜む感覚。


 エルフはそれがわかっていた。修行時代から自分の体を大切にし、限界を超えないように常に努力してきたからこそわかっている。


 これ以上は無理だ。


 そんなエルフの限界を簡単に片付けられる化け物。


 普通。


 たった一言。


 たった一言で片付けられた。


 なんて使いやすくて。


 残酷な言葉なのか。



 上には上がいた。


 簡単な言葉ではあるが、複雑で重いものでもあった。




 エルフが沈黙した。

 悩むように、うつむいた。


 小さく、ひとりごちた。


「....僕の人生とはいったいなんだったのか。がんばって、強くなったつもりでも、勝てなくて。調子こいて、侮って、ぼろまけした。がんばったつもり...努力したつもり....村では負けなかった。友達にも仲間にも負けなかった。でも、貴方を狙っても届かなかった。」


 なのに。

 なぜ。

 言葉が出なかった。


 ぽろぽろと涙をこぼしだし、ひざにおいた握りこぶしに粒がおちた。



 さすがの彼も目の前でなかれたのはパニックものだった。レインのときはドア閉めて半泣きであったのだが、今回は本気で泣かれた。


 必死に慰めようにも何をいえばいいかわからない。


 エルフは続けた。

「僕は強かった。でも弱かった。...聞きたい。どうしたら僕は貴方に勝てたんだ?どうすれば僕は...ぐすん。どうすれば。」


 どうすれば貴方に勝てたか。

「どうすれば貴方に届いたのか。」


 その言葉で彼も気づいた。家族がエルフを倒してしまったという事実にようやくここで理解した。


 エルフとしては本気の教育した魔物に負けたということにして自分を納得させたかったのだ。


 負けたくない。それを認めたくない。でも、認めなくてはいけないからこそ、彼を見つけた店で強引にでも相席したのだろう。


 引きこもりの彼には人生経験がない。


 彼は今まで修行なんかしないし、友達だって昔はいないし、本物の家族だって血のつながりはあっても薄い関係だった。



 今の家族がそれをみたした。

 でも、満たさなかった前。


 過去の自分ならわかる。


 エルフは一番信じたものを過信して裏切られた。そう思っているのだ。何もなかった自分が相手をわかったつもりでいてはいけない。


 長年行ってきた修行、それについた実力。


 それがエルフにとって何よりもかけがえのないものだった。それを信じられなくなったのだ。敗北によって。


 少ない言葉から、彼はそこまで深く考えた。あながち間違っていないだろうと予測している。そのとおり正解だった。

「.....」

 彼が関係して泣かれたのはこれで二回目だ。


 それも彼が深く関わったことだ。


 適当に逃げるのも、避けるのも彼の性格が許さなかった。意外とまじめなのだが誰も彼を雇ってくれないし、友達にもなってくれない。


 食事を一気にたいらげる。といってももともと、量が少なかった。空になった皿は脇によせ、空間をあける。


 腕を差し出し、ひじはテーブルにつけた。

「....腕相撲をしましょう」

 彼はそう提案した。

 エルフは泣くのをやめ、目が点になった。

「へ?」

 何を突然いっているのかわからない。

 目の前の彼に注目するが無表情すぎて感情が読み取れない。少しだけわかるなら冗談を言っているわけでなく、本気でいっているみたいだった。


 エルフは戸惑いながらも腕をだし、ひじをテーブルにつけた。


 手と手を力強く握り、合図をだそうとした。


 さすがの彼でも腕相撲はしたことがある。友達とではなく、家族とでもない。誰一人いない時間をねらっていったゲームセンターの腕相撲マシンとだが。


 ちなみにゲームセンターの腕相撲マシンにまけた。


 まけてすぐ逃げた。


 何か問題あるのか。


 あるわけがない。



 だが人とやったことはない。そのため合図がわからない。

「...開始の合図は任せます」


 丸投げした。

 彼が自分のタイミングで合図を出すなんてできるわけがない。それに他人を合わせることなんか更に無理だった。

「ええと、わ、わかった」

 エルフは承諾し。


「よーい、どん!でスタートします」

 握る力をお互い強くする。綺麗な手からでは想像がつかないほどごつごつとしていた。鍛え上げられた手とまったく鍛えない手ではかなり相性が悪い。

 握りづらい。

「よーい」

 エルフが続けた。

「どん!!!」


 彼の顔が真っ赤になり、相手を押し倒そうと力をこめる。

 が、

 すぐにエルフに逆側に倒され、テーブルに腕がついた。


 早い。

 早い決着がついた。

「.....なにこれ」

 さすがのエルフも何がしたいのかわからない。

 今度は逆側の手を差し出した。

「...次は別の手で」

「は,はい」

 彼の気迫に押し負け、エルフも合わせた。


 そして始まり、彼はまけた。


 何回も繰り返した。

 何回も彼がまけた。

 負けたら彼は逆、何回も交互に繰り出して、ぼろまけする。


 同じことをなぜ繰り返すのかわからないエルフは疑問を持ち続けながらも彼にあわせた。

 負けることが何か楽しいのだろうか。


 しかし長くは続かない。


 腕相撲は馬鹿にするがかなり体力を使うのだ。へたれな人間で運動をあまりしない彼がそこまで体力があるわけがなかった。

 表情が変わるまではしない。顔色も普通のままだ。


 ただ疲れたからやめた。


「...貴方は強い」

 さすがに腕相撲をしすぎて腕がいたかった。彼はいたい箇所をさすりながら声に出した。

「腕相撲なんか強くても」

 エルフが勝ちたいのはこんな遊びではない。

 戦いなのだ。

「...これもまた戦いです」

「は?何をいって?」

 彼のいつものあれが発動しないように必死に言葉を頭で反復する。何を伝えたいかをしっかりと頭の中で言い、それから口に出した。

 話すタイミングを相手に与えれば、彼では会話をあわせられない。


 こちらから話すしかないのだ。

 こちらのペースに持ち込めば。


 何とかなるかもしれない。

「....僕は弱い。一人では貴方に負けるでしょう」

 腕が痛くてしょうがない。痛いことばかり考えて口に出しそうになった。

「だから!!何が言いたいんだよ!!」

 少しエルフの声が荒くなった。それもそうだ彼が何を発したいのかがわからない。

 腕相撲に関しても。

 こんなくだらない会話でも。


 エルフが聞きたいのはそうではなく。


「...腕相撲は力勝負のことです。僕は貴方に力でまけた。別の手でも負けた。何回やっても負けた。技量とかではなく、ただ負けた」

 少し。

 少しだけ。

 彼が言いたいことがわかってきた。

「....そこに技量が加われば、技が加われば僕は貴方に勝てません」

 ここまで話したことなんかない。

 最近ははじめてのオンパレードが続く。

「じゃあ、何でまけたんだ!」

「...貴方が勝負する相手を間違えたからです」


 彼は予選のとき目をつむっていた。弱いと戦えないからというのもあるが怖かったというのが一番だ。現実逃避の末、闇に逃げた。

「....もし魔物がいなければ。僕は貴方に勝てません。腕相撲で勝てないのに勝負で勝てるわけが無い。」

 実力が無い。

 目をつむって現実逃避をする相手を真っ先に狙うやつなんかいるか。そう彼はいいたかった。言葉はそれより丁寧だが、似たような表現でごまかしたが。だが怖くて目を瞑っていたなんかエルフにはわからない。

 ただ余裕をかましていたようにしか見えなかった。


 それがいけなかった。


 その余裕を崩してやろうという余裕をもたなければ。


 はじめから魔物を狙っていれば話は別だった。

 もしリザードマンを最初に狙っていれば。

 オークを最初に倒していれば。

 エルフ一人なら勝てたのだ。一対一で負けるほどエルフは弱くは無い。長年鍛え上げた技術というのは並大抵のことで打ち破れるほど簡単なものではないのだ。 

 たかが生まれて数ヶ月しかたっていない魔物より長年努力してきたほうが強いに決まっている。

 いくらでも隙があった。

 彼は隙だらけだったが。

 魔物たちは隙が無かった。


 時間がかかるからとか、一瞬で彼を倒せばよいとかそういう考えはすてて。


 地道に魔物を倒せば。


 勝てた。


 それだけなのだ。


 軍団のトップを倒して、試合に勝つ方法は正しい。それで歴史上の英雄は大勢の軍団を率いるトップを倒して、戦争にかつものはたくさんいる。

 だけれども。

 はなから無理なものを狙うのがだめなのだ。


 長年魔物を倒してきたエルフだからこそ、トップを倒そうと動いた。魔物はトップを倒せばその場でばらばらに解散する。そこを一匹、一匹倒してきた経験からそれをしてしまった。


 経験は宝だ。


 だが時に経験は選択をせばめる。魔物退治を主に経験してきたエルフはいつものパターンを無意識で行ってしまった。


 相手は魔物ではあるが。


 人間が主人なのだ。


 知能がないわけじゃない。ましてや他のテイマーの魔物のように自由を制限されたものではなく、深い絆でつながった魔物たちは彼を全力で守るに決まっていた。

 人間は暴力だけではない。


 知性というものをかねそなえており。


 また人間社会で一番大切な 愛情とか言う恥ずかしいけれども必要なものをもっている。

 その愛情で育てられた魔物は主人を尊重するに決まっている。

 人間だって家族が大切なように。


 魔物だって家族が大切なのだ。


 本気で守ろうとした魔物に。


 彼を倒せば終わりとかいう適当な気持ちでいるエルフが勝てるわけが無い。


「...そして何より運が悪い」


 歴史の英雄も天候に左右されて戦争に勝つものもいたし、相手を甘く見て油断して死んだ英雄もいる。


 全ては運。


 エルフが初めから冒険者を相手にするように、人間を相手にするように動けば第一予選は彼は敗北していただろう。


 全ては気まぐれだ。


 彼はそう仕切った。



 さすがのエルフも声がでなかった。

 彼はそういいきり、何も話さなかった。


 皿を元の位置に戻し、牛さんに残った食事を与えた。手渡しでもぐもぐと食べる牛さんをみて心を落ち着かせた。


 恥ずかしかった。


 人に何をいえばいいのか。


 初めてここまで話した。


 たくさん話した。彼が自分のやった行動で身悶えていた。


 そんな彼のことは気にせず。


 沈黙したエルフは震えだし、そして大きく

「あはっははあっはあ」

 笑い出した。


 そうだ。

 初めから、甘く見てはいけなかったのだ。


 油断した。

 侮った。

 馬鹿にしたから。

 それは自分でもわかっていた。


 だが納得できない部分も確かにあったのだ。見下してきた存在を認めるには認めるが全てを許容できるほどエルフのキャパシティーは広くない。

 だがようやく納得できた。


 相手が違う。


 彼ではなく。


 魔物を狙い。


 そして自分の自惚れが初めからだめだった。


 それはわかっていたことだが。


 わかっていても、わからないことなんてたくさんある。



 そもそも彼と出会わなければエルフは勝っていたかもしれない。全ては運。


 そのときの考えも。


 負けたときの考えも。


 結果論。


 数ある選択肢を選び間違えたという運。


 それだけだった。


「ありがとう」

 エルフは手を差し出した。


 えっ驚きそれと同時に彼が腕をかくまう。腕相撲はもういやです。そういう逃げから彼は身じろいだ。

 エルフも彼の行動に苦笑。


「ふふそうじゃない。握手、握手をしたいんだ」

 ほっと息をはき、彼も手を差し出した。

 手と手を握る。

 強くもなく弱くも無い。


「そういえば僕の傷の手当をしてくれたんだってね」

「..はい」

「それもありがとう」

「...いえ」

 彼は知らないが、エルフの傷は彼の家族がつけたものだ。責任は彼にはないが、別に礼を言われることでもなかった。

「本選がんばってくれ、僕の分まで」

 握った手の上に、エルフは空いた手をのせた。


「頼んだよ。」

「...努力します」


 彼は勝てるとはいわない。

 ただ参加者としての義務は果たすつもりだ。

 だから軽くものをいうことはできない。






 食事を終え、彼は立ち上がった。エルフは笑みを浮かべ、座ったまま彼を見上げた。

「迷惑をかけたからおごるよ。安心してくれ、お金はたくさんあるんだ。」

「...いえ、遠慮します」

「おごる」

「...いえ」

「おごる」

「...いえ」

「人に恥をかかせるのか」

 言葉につまった。

 恥をかくのもかかせるのも嫌いな彼は何もいえず。

「...すいません、今度お礼を」

 次の連絡を無意識に取り付けた。

「それでいい」

 そしてエルフは手をぱっぱっと振り、早く出てけとうながした。

「....僕はこの店に良く来ます。何か必ずお礼を」

 そういって彼は立ち去った。


 立ち去ろうとしたとき、エルフは気づいた。

 そのとき、最初であったときには気づかなかったものがあった。彼のベルトにささった一つの短剣。


 ただの短剣ならば何も気にすることは無い。


 だがそれは一つのマークが刻まれていた。

 ハリングルッズのマーク。


 王国の裏世界の覇者の刻印。それはハリングルッズ以外の人間が武器に刻印すれば粛清されるほどの禁忌。


 エルフは顔が凍りついた。


 裏の顔のハリングルッズが所持する武器をなぜ彼が持っているのか。

 それも大切だが。


 一番は自分はハリングルッズの構成員と話をしていたということだ。



 全ては運。


 今自分は生きている。ハリングルッズの構成員と話して息をしている。背筋が寒くなり、震えだした。


 下手をすれば命がなかった。


 彼は結構面白いやつだと思っていた。


 だが、それは自分に合わせていただけのこと。


 ハリングルッズは表は利益を生み出し、裏では危険な組織だ。また構成員である彼も自分とは表で話をしたのだろう。表の顔はそれなりに王国でも優しいときく。

 彼もそうなのだろう。

 だが。

 もし、裏をださせていたら?

 たぶん死んでいた。どういう風に殺されるかはわからないが、確実なのは死ぬということだ。

 粛清の対象に入るのは間違いない。



 全ては彼の気まぐれなのだとエルフは思った。


 そうだ、エルフが負けたのはただの人間ではない。ただの魔物ではない。

 ハリングルッズとして動ける化け物に負けたのだ。



 運が悪い。


 彼がいっていたとおりじゃないか。

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