第20話 根暗と力と闇の人

 ふと前方に気配を感じた。後ろの家族に向けていた視線を前へと向けた。

 目の前に少女が立っていた。

 ゴシックな服装で、無邪気そうな笑顔でこちらを見ている。その笑顔にも彼が気配に気づいたことによる驚きが少しだけあった。だがすぐにそれをかき消した。

 笑みだけが残る。 

 しかし、彼の観察眼は気づいた。相手が必死に表情を偽るように、彼も必死に見抜こうとする。少女の笑顔は綺麗だった。誰が見ても穢れの無いものだろうが、彼の目はごまかせない。

 それは彼がかつて受けてきた面接官や新しい学年になったときの同級生がよく彼に向けてきたものとそっくりだった。

 表情は笑顔でも人を品定めするような目。

 彼を追い詰めてきた恐ろしい視線。



 無職でコミュ症の彼は変な経験を持つ。その経験が少女という存在を警戒へと持っていく。

 そもそも、突然目の前に立っているほうがおかしい。

 自慢じゃないが、人の観察と気配読み、そして影になることは彼の自慢だ。友達作ろうとして覚えた観察と人から逃れるための気配読み、そして人から注目されないよう影に徹してきた技術は並大抵のものではない。

 そんな彼の技術ですら、目の前にたつまで気づかないなんて常人には考えられない。

 彼の技術は数年の技じゃない、自己を持ってから勝手に鍛えられてきた10年以上の熟練技なのだ。自慢じゃないけど。


 彼は立ちあがる。

 それと同時。

 少女がスカートの裾を持ち上げ、片足は後ろに持っていき、逆の足はそのままで姿勢正しく挨拶。

 淑女の挨拶。たしかカーテシーとかそういう感じの名前の挨拶だった気がした。

「始めまして、予選突破おめでとうございます」

 祝福をもらった。

 年相応の笑顔にみえたが、彼は少しベンチから離れた。少女の視線がそれを追う。

 彼が離れたのはベンチだと背後に動けないからだ。後ずさりをする前に逃げる道を確保しておく。

 何より、危険だと信号が体から発せられている。

 離れ終わってから彼はかえした。

「...どうも」

 挨拶。

 少女と彼の間には少し空間があいた。目の前だったときよりは安全が得られたことだろう。

 一瞬即発ではないが、それに近い状態である。

 二匹が疑問を抱いたまま彼の背後まで歩き、牛さんもそれに戸惑うように傍らまで移動した。

 たかが子供に何をしているんだ?という魔物の視線も彼は気にしない。圧倒的弱者が生んだ行動は家族にすらわからない。強者だからこそ、自分に自信があるものにはわからないのだ。



 そんな彼の行動に。


 少女の口端がつりあがった。先ほどの屈託のない笑みではなく、凶悪なゆがみを抱えた表情になりかわる。外見も中身も少女のように偽っていた仮面はもはやない。 

 年齢にあわない。


 意地の悪そうな顔になりかわった。

 凶悪な笑みと成ると同時に鋭い気配が彼に突き刺さる。


 その瞬間、家族達は反応する。二匹が彼の前に出て、その傍らでは牛さんが警戒するように牙を見せた。

 一歩遅れた家族の反応。二匹は主人が警戒をした理由を察し、牛さんは彼の行動に疑問をもった己を恥じた。

 同時に主人の危機感知能力の高さに驚いた。法律もなければ規則もない魔物の世界でも同属に対しては危機感が薄い。横暴な仲間はいても、殺されたり、餓死をさせられることはない。同じ同属を殺すのは人間と魔族と亜人だけだ。


 だからこそ、彼の同属に対しての警戒心に感服した。魔物の忠誠度は更に跳ね上がる。能ある鷹は爪を隠す。ナイフを突き刺してくるような牙を隠し持っていた少女の裏を見抜いた主人こそ、従うに値する。


 ただの人間ではないのだ。

 魔物の賛美だけではなく、それは少女も同じようなことを考えていた。


 ぎりぎりになるまで少女の接近に気づかなかったのは理由がある。この世界には魔法もスキルもある。そのうちのスキル、気配遮断というものを少女は使ったのだ。名前の通り、ありとあらゆる気配、視線、魔力、を全て遮断し誤魔化すことができる。それを使って少女は彼の前に出た。気配遮断は直接見られていても、見なかったことにされるというチート技の一つ。


 ただ、彼の普段から鍛え上げた技が途中で見抜いただけのこと。


 自慢ではないが。


 さすが。


 気配遮断も手を抜いたわけじゃない。驚かすのと相手の実力を見るのに使っただけだった。

 それを近づくまでとはいえ見抜いたこと。

 少女に対する彼の応対。


 自然と賛辞が浮かんだ。


 少女が侮られていたわけじゃない、彼が侮っていたわけじゃない。会った誰もが少女の見た目にだまされた。そんな状況しかしらない少女にとって彼の行動には目を見張るものがあった。


 人を見た目で判断しない。裏の裏まで読む男。



 さすが予選を地獄に変えた男。


 

 賞賛を心にひめ、酷薄に笑みを浮かべる。

 壊れた仮面の上からまた仮面をかぶった。


 彼が見た目で判断しないのは正解だ。


 彼からすればこの世界の生き物は強大だ。弱いとされる子供だって彼よりも優れている。野菜一つでも軽々と持ち上げる子供、騎士になる子供。子供がスイカ並みの野菜を簡単に持ち上げるなんておかしいし、ましてや剣という重いものを振り回す子供もおかしい。


 口に出さないけれど。


 皆化け物だ。


 だからこそ、そこに油断は無い。下手をすればすぐやられる。

 その面持ちで彼は立っていた。


「始めまして。」

 少女は親しみを込めた。

 それは最初の挨拶とは違う意味。

 己にとって最大の存在の相手に向けた親愛の挨拶。壊した仮面と上書きされた仮面。中途半端な自分を見せなくては相手にできない強敵へ。

「...始めまして」

 彼も同じように返す。何もない、警戒からの返事。面接のときよりも心を研ぎ澄ました彼の行動は少しの失敗も許されないと油断はなかった。


 そもそも彼が人に気を許したことなんかないが。


 うふふ。

 手で口を覆い隠す。抑えきれない残虐性を秘めたそれを隠した。

「取って食べる気はありません。ハリングルッズという組織の使者として挨拶をと思いまして」

 隠した手とは逆の手で手を差し出した。武器も持ってはいない、ただの手。握手をしたいとのことだろうか。

 彼は悩むことなく、手を交わす。

 ここで逃げればどうなるかわからない。

 疑問は尽きない。

「私の名前はそうですね~」

 少女の視線は一時どこかを見渡し、リザードマンを見た。そこからひらめいたように隠した指の隙間から牙を見せた。

「リザとおよびください」

 リザードマンから二文字をとっただけの安直な名前。いきなり会った他人に本名を明かすやつはいないが、あまりにも適当な名前。

 即興にもほどがあった。

 少女の視線の先がリザードマンというのは気づいていたが、リザードマンから名前を取ったことには気づかない。

「挨拶と、もう二つほど用件があります。」

 指を二本たてた。

「ハリングルッズの仲間になりませんか?」

 勧誘。決して油断をしない行動と恐るべき魔物たちの主人に。

 彼が答えるのは決まり言葉。

「...遠慮します」

 早かった。

 いつもの返事より早い。

 ハリングルッズなるものを彼は良く知らない。何かの組織とかいうのは少女がいったからわかる。

 何をするのか。

 何をさせられるのか。

 何も知らないものを簡単に引き受けるほど彼は馬鹿ではない。


 少女の弱点はそこにある。自身の組織がどういったものかを説明せず、すぐに結論に走ろうとする。せっかちなのだ。

 だが、少女のせっかちさも意味はあった。

 ハリングルッズという組織は、王国の治安を悪化させる犯罪者達の集まりだ。密売、密輸、法律で販売してはいけないものを扱う商人の顔と敵となったものを毒殺など暗殺を用いて排除する裏の顔。二つの顔を持つ強大な組織。

 いってしまえば王国に潜むマフィアとかそういう類のものだ。

 彼がしらないだけで、有名だった。

 なにせ、身近なものにすらハリングルッズの手がかかっている。王国でいえば奴隷キャラバンの奴隷達、毒薬、武器、防具、服、薬、食べ物。王国で販売されるものの1割はハリングルッズの構成員が市場に流しているものだ。


 オークとリザードマンが手にした武器こそ、ハリングルッズの組織がつくったものなのだから。

 ハリングルッズの武器は予選という戦場で彼の身を守った。それだけじゃない。草をとるときも、平原で襲い掛かってくる獣を倒すときも、ハリングルッズの武器は役に立っていた。恩恵の割りに価格もそれなりだ。

 彼が売った草の一部もハリングルッズの手にかかれば、立派な薬品となり市場に出回る。普通の効力で安い値段。

 彼はしらずしらずその恩恵をえていた。

 ハリングルッズは表はそれなりによくやっている。だからこそ、王国も無闇やたらに殲滅が出来ていない。手段を選ばなければ王国の産業がダメージを受ける。少しづつ、王国が手を出しても大きく距離を離して逃げてきた。


 商人たちの間ではハリングルッズというのは利益を生み出す希望であり、民衆からすれば値段それなりの物を生み出す生活の基盤。

 組織のためなら汚い手段をとる裏の顔が強い。

 だからこそ人から恐れられる。

 それ以外は何も変わらない企業と一緒。


 犯罪組織でありながら、堂々と彼の前で動けるのはそのためだ。


 残念ながら彼はそれをしらない。


 立てた二本の指のうち一本を折る。

「残念です。」

 言葉とは裏腹に別に残念そうではなく、少女は続けた。

「もう一つは」

 彼の視界から少女が掻き消えたように見えた。だが、驚きとともに細めた目は少女のかすかな残像をとらえた。わずかな気配、見ているのに気づけば見えなくなる、そういうものが目の前で起きていた。

 気配遮断。

 残像は彼へと近づいてくる。迫ってきた少女から一歩後ずさるが、それよりも少女のほうが早かった。魔物の脇をすり抜け、少女は彼の前に出た。

 見えている。

 気配遮断を使っても彼は少女が見えている。鈍い行動だとは思っていない、反応できることこそありえない。

 恐ろしい。

 少女が彼へと手を伸ばせば届くほどの距離に近づいた。もう少し近寄れば彼の懐に入れるだろう。


 だがそれは出来ない。


 阻まれた。


 横から出てきた毛むくじゃらの腕がそれを阻止している。彼と少女の間を割るように飛び出してきた腕に少女は後退。いつの間にか彼の隣に移動したオークが少女を近づかせなかった。


 少女の接近に反応したのは彼とオークだけだった。牛さんもリザードマンも突然消えたことに目を丸くしていただけである。オークも別に彼のように見えていたわけじゃない。主人の反応を見て動いただけだ。どういうふうな動きをしていたかを見ていたオークはそれに合った行動をした。

 予選でもそうだった。

 リザードマンが敵のメインを防ぎ、サポートがオークという形だった。彼の魔物の中で一番周りを見るのはオークだけだ。牛さんは彼しか見ないため状況を読み込むほどの力はなく、リザードマンは攻撃と防戦なら得意だが、どこか抜けたところがある。そこを補っていたのがオークなのだ。

 一番の攻撃主 牛さん

 バランス リザードマン

 サポート オーク

 彼の意図しない軍団がそこにはある。各自の弱点を補う構成をされた集団は決して侮れるものではない。


 少女の気配遮断がたかがオークに見抜かれた。屈辱もあるが驚愕もある。地獄を見せた彼の魔物だから甘く見るつもりは無かった。

 だが、ここまでか。

 想像よりも遥かに上だった。リザードマンが気づくならまだわかる、トゥグストラが反応するなら理解できる。

 オークが。

 脳筋の欲望一筋だと思っていた豚が誰よりも知的に状況を見渡していた。それが恐ろしい。

 どうやったら知性のない魔物がこんなにも育つのか。

 どうやったら気配遮断に対応するオークが生み出せるのか。

 常識が通じない。

 魔物の行動もそうだが、それを教育、従えた彼こそが。

 少女が自分自体常識外の化け物だと自負していたが目の前の彼はそれを更にこえた化け物だ。


 そもそも最初から敵に回すつもりはない。

 予選を地獄にかえた男に直接あってみたかっただけだ。ただの挨拶がてらに遊んでみただけである。突然姿が現れ、消えてをやってどう動くのかを見たいと上から見下してみれば、このざまである。


 常識から外れたオークではあるが一匹しか状況を把握していないのならば、対した障害にもなりはしない。

 少し驚いただけだ。

 そう自身を納得させ、オークを蹴り飛ばした。どこにいるか彼の反応で動いていたオークにとって迫ってきた一撃を交わすのは容易ではない。

 見えない一撃がオークを吹き飛ばした。

 衝撃によりオークが転がると同時に彼と少女に間にあった障壁がなくなった。牛さんもリザードマンもオークが倒されたことにより、何かがあったとはわかった。だが、それしかわからず周囲をぐるぐると見渡すだけだ。

 オークが立ち上がるよりも先に少女の行動は終わった。

 彼の手をつかみ、自分のほうへ引き寄せた。

「...何が」

 彼が残像に何かを渡された。

 手に握らされたのは一つの短剣。短剣の柄の部分になにやらマークがあった。四角いマークの中に対角線上の線がはいったバツマーク、その中央に小さい円がきざまれたシンボルマーク。

 ハリングルップのマークが刻まれていた。

 残像が彼に語る。

「決して後悔はしないと保障いたします。決して。またオークを蹴り上げたことを深く謝罪いたします。」

 残像が最初に出会ったときのようにスカートの裾をあげて、謝罪をかねた。

「またお会いしましょう。」

 そういい残して、残像は姿を消した。

 居なくなった。


 一体なんだったのか。

 幽霊みたいに出現して、消失した。

 実態があるくせに掴めない。つかませない。

 夢のような出来事のように思えた。だが、手に持った短剣がそれを否定。これは現実にあったこと、渡したのは紛れもなく少女である。

 彼は短剣を呆然と見つめていた。

 オークが近寄り、彼の顔を覗き込む。突然、現れた顔に彼が少し、びくりと跳ねた。

 まだいるのかというオークの顔合図に彼は首を横にふった。


 たかが引きこもりに。


 こういうびっくりショーを見せられても困るというものだ。

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