ローレライの火種 18


彼が思う他人と他人が思う自分はきっと認識が違う。彼だって自分を愛し、尊重したいが、それをそのまま受け入れられるほど素直ではない。されど、誰だって自分が好きなのだ。素直になれないだけで、本当は自分が一番なのだ。天邪鬼でも自分のふがいなさを感じる場面でも、自分が好きだから悲しくなるのだ。




彼は耐える。




彼の心臓がバクバクと鼓動する。いつもよりも激しい鼓動は時折不整脈のように鼓動の音程が狂う。勢いよくポンプが血液を全身に送り出し、かけめぐる。その勢いは熱を生み、彼の体を痛みすら感じさせるほどの力を生んだ。




クッキーでは抑えられない。精神安定の薬を混ぜ込んだクッキーはアーティクティカの前で食せない。事前に食べたものでは効果が切れているようだ。ハーブティーを飲んで強制的に収めたい気分すら彼にはあった。だができない。






懐に入れた手は、自分の心臓の鼓動を少しでも抑えようと努力したものだ。胸元の上からしがみつくように握りしめた手。その努力も関係なく、心臓がとにかく跳ね上げるように鼓動する。






それでも彼は無表情を貫くし、頑固として弱みを見せたいとは思わない。彼の眼前で繰り広げられる老獪の護衛との攻防。彼の手持ちである武器、天。見えない何者かの攻撃を彼は見えない。しかし老獪の護衛は見えなくても気配で感じ取って迎撃しているようだ。先ほどまでの彼への攻撃は止み、防戦へ移行した老獪の護衛。年をとっても護衛の役割を持つ以上、生産性は彼より上。能力も彼より上。




人間は年をとっても活躍できる。




それがこの世界でも確認できた。




戦闘ですらこなせてしまう、この世界の年配の人。






この世界の学生だってそうだ。彼の知る子供とこの世界の子供の格差は大きく違う。学園の中には子供がほとんどだ。学ぶ過程の者たちなのだから未熟で当然。未熟でも許され、大人の階段をゆったりと上るのが学生だと認識していた。さりとて、彼の知識にある子供は未熟ゆえの甘さがある。成長過程特有のあやうさがあった。そこまでは同じ。前の世界と同じ。




しかしながら、その中でも子供でありながら役割を持たされている。貴族や平民といった役割。現代でも有能さがある家庭、エリートと呼ばれる家庭の子供であれば役割があるのだろう。しかし、エリートであっても人間性は捨てていなかった。役割がある中で、将来のレールがある中で、自分の広い可能性の中で効率が良いもの、都合の良いものを選ぶのが現代だ。






この学園は与えられた役割を、ただこなす。こなした中で子供の形を表す、厄介さを秘めていた。




他は同じなのに、そこだけが違う。現代との違い。自由主義的、社会主義的な自由をもつ現代とは違った。閉じられた環境での将来が決められた道筋。その成長速度も大体が似たり寄ったり。ただ子供の力が違うだけだ。なのに役割があるだけで、未来が定められてしまう。平民も貴族も同じ。自由がある立場の平民も制約のある貴族もみな、決まった通りで行くしかない。




その決められた道筋の中で誰がどう成長するのかすら見えてしまう。




ただ一人を除いて。




閉じられた環境下では、成長が著しい子供と成長が遅い子供もいる。しかしながらアーティクティカの娘ベラドンナは大人である。子供の年齢でありながら、子供よりも上の達観差を持つ。未熟なところはあるが、それは大人でもなかなかできない分野のもの。大人だから進めるステージでの未熟さであって、子供のステージおいては未熟さはなかった。




彼は懐に手を入れたまま、心臓を抑え続けた。その動作は上着の中に隠れて見えない。まるで何か次なる手を打つ仕草にも見えることだろう。彼は実際そのつもりでもいる。




この手が使えるのはこの世界だからこそのもの。




懐に手をいれること事態、この世界では無意味だ。ただ彼が事前に懐に手を入れたときの事件を起こしたからこそ通じる手。新鮮さが残る動作の一つ。現代の映画では懐に手を入れれば武器が出てくる。札が出てくる。命をつなげるための手段が出てくる。




この世界の場合、懐に手をいれたところで意味はない。銃などないし、魔法がある。剣などはむき出しにし、短剣を懐に隠したところで所詮暗殺者ぐらいしか使わない手。お金を出すぐらいなら、殺して奪ったほうが早い。相手の発言を待つ文化が少ない世界における一つの厄介さ。




だから彼が懐に手を入れて事件を作った。




とにかく懐に入れた瞬間に指導と称した圧力をかけた。携帯の録音機能、次なる含みをしめしたといういやがらせ。異なる文化における、やり口の変化。懐に手を入れる動作一つとっても、意味のない行動が意味をなす。




その未知さが彼の不透明さを示した。




大人であれば、相手の対策を打つ。情報を垂れ流している相手を調べて、その次なる手を打つのだ。アーティクティカであれば絶対にする。この学園の生徒は情報を流しても、結局対策を打たなかった。打てないともいえるが、打たなかった。






ベラドンナの凝固の視線が彼の懐に潜ませた手を観察している。彼の垂れ流した情報を前に、疑惑の表情を持って彼を注視しているのだ。




アーティクティカにしか通じないが、それでいいのだ。






この携帯録音事件も。




問題騒動とまでに起きた指導事件も。




全部アーティクティカに対してのものなのだ。










人生の未来を定められたものほど、つまらなく、楽しくもない道もない。それに対し誰もが当たり前として認識し、常識として不満をいうものがいない。これが文化。ローレライにおける文化。だから彼の持つ文化とローレライの文化は相いれないのだ。




ローレライの文化を極めた女傑。




それこそがベラドンナ。




相容れない文化を極めた子供の年齢の大人。








未知を相手に、既知へと姿を変えようとしてくることだろう。世の中には懐に手を入れて次なる手を打つ、人間の意味を知った。銃を持ち出す映画の世界のように、彼は胸元を抑える手こそ武器なのだ。








「・・・どうしましょうか?」






彼の優勢は続く。老獪の護衛は防戦一方だ。もはや防ぐだけで精一杯。年配での動きでありながら、彼の目には剣の動きすらつかめなかった。彼よりも性能の高い年配。彼よりもはるかに強い見えない何物。




優勢さを誇るからこそ、彼の次なる手が恐ろしい。




追い詰められた獣の、全力を恐れるようにだ。命の危機を前に獣がむき出しの敵意を示した行動の怖さ。それはこの世界でも知られている。だから油断をせずに全力を尽くすのだ。自分が生きて、相手を殺す。そして誰かを生かすために、相手を害する。




無表情に首をかしげて問う彼の言葉。




その言葉を前に、苦汁を噛みしめたようなベラドンナが告げた。






「いい加減になさい。ゴルダ。お前では勝てないというのがわからないの?私でもわかるわ、これ以上はまずいことがね。この男は決して油断をしない。この男は誰よりも人を理解している。だからこそ私は呼んだのよ。いいお前がしていることは、私の客人に手を出していることよ。お前がしでかしたからこそ、私はそれを認めた。だけど、認めて動いても変わらないなら、そのまま引きなさい」




途中からは命令にも近いベラドンナの命令。落ち着きを持っているが、しかし表情の片隅にはいら立ちと警戒の色が滲んでいた。






「・・・引きますか?・・・でも・・・僕が引かないといったら?」






彼は片腕を挙げた。無表情であり続け、人形であり続け、さりとて人間としての意地悪さを示す。この腕の上げ方はローレライでもわかるだろう。この世界のやり方を彼が真似し、独自な解釈で運用したやり口だ。多少意味が違っていても、わかるだろう。




この挙げられた手が下がれば、戦闘が続く。




今は手加減されている。






「待ちなさい!お前の雇い主は私よ。確かに私の命令もゴルダの攻撃も看過できたものじゃないわ!それでもお前は私のおかげでこの学園にいられる。ローレライで立場を確保できるのよ。雇い主に手を挙げた行為が知られればお前の評判も下がり、仕事を得づらくなるわ。さすがに仕事を得られないとは言わないわ。お前なら得られる。理想の人間であるお前は、必ず未来を手にする。だからこそ取引よ。手を引きなさい。ゴルダも引かせる。条件として未来の達成を妨害したりしない。私はお前の要求している事項において、極力手を出さない」






ベラドンナは大人だ。彼の次なる手をわからずとも、彼が望む物を的確に推測してみせた。手を挙げた彼には要求がある。そしてその要求とは彼の怪物としての経歴を見れば、たいていが暗躍関係によるものだ。薄暗く、汚いやり口のもの。その予想がベラドンナの交渉のものとなっていた。








しかしながら違う。






「・・・いいませんでしたか?・・・僕は・・・ローランド様とカルミア様に対し配慮を、少しばかりの慈悲をお願いしたいって。似たような言葉で・・・いいましたよ?」






それは建前。




彼の怪物としての建前。建前とベラドンナは判断し、彼は本音の意見。建前と本音がぶつかった際に予測など意味はない。彼は建前より本音を優先した。ベラドンナは彼の建前を聞かず、本音を聞くことにこだわった。最初から建前をいう世界で生きていた彼とベラドンナ。その前提で動いたベラドンナと、その前提を破棄した彼。




お互いに読めるわけがないのだ。ベラドンナは彼が建前をいう人間だと推測したし、彼も同様に推測した。だからこそ本音を先に出して、相手の意見を聞き出したかった。推測を前に、本音を前に。時間は定められている。定めたのは彼でも、定めさせたのは老獪の護衛とベラドンナ。最初は暴走した護衛の行動を認めて排除しようとしたベラドンナ。




未知を前に人は必ずミスをする。




経験がないものに対し完璧など求められない。




この世界でも同じルールであることを彼は確信し、安堵した。安堵の中での次なる手。まるで彼が策士であるかのように思えた。彼が自分を策士であると思わせるほどに、うまくいった。




時間制限とは暴力執行の制限。




彼には正当防衛という言葉が使われる。ベラドンナは学園の敵。本来アーティクティカに手を出せば、平民である彼は犯罪者だ。アーティクティカが悪くても、結果は彼が悪くなる。普通の貴族であればそうなる。しかしながら彼は無実となるだろう。




彼には未知なる手がある。




彼には秘密を握る手段がある。




学園全体の秘密を握ることで、無実を得られる可能性を手に入れた。同時に相手はベラドンナ。学園の敵。彼も学園の敵だ。だがベラドンナと彼が敵対しあった場合、どちらを援護するか。どちらも援護されず、どちらも否定される。その中で弱みを握った彼の処遇が考えられ、そこで彼の立場を支持するものが必ず現れる。




アーティクティカは忠義の貴族。




彼は事件を起こした犯罪者。




でも彼を呼んだのはアーティクティカ。それは初めて教室で邂逅した際、アーティクティカ側だと晒した。彼のやり口をみれば、犯罪をしてもおかしくないと思われている。だが表立って非難もできないだろう。人を信じられず、彼の怖さを知った生徒が、彼の敵に回るわけがない。






それに表向き、アーティクティカが攻撃したことが原因だ。証人はいずとも、未知なる彼の手が証拠になるかもしれない。ねつ造された証拠だと意見を述べたところで、それを実証する手段もない。彼とベラドンナは二人で敵なのだ。敵と敵による分裂を否定する中立は生まれない。




だがベラドンナは彼の要求に対し吠えた。




人間として。大人として。




自分のしでかしたことによる責任の有無を訴えるために、ベラドンナが吠えた。






「認めない!それは認めない!アーティクティカを裏切った者は、忠義の名のもとに断罪するわ!」




「・・・認めません。・・・被害をうけた以上、それに近い賠償は受け取ってもいいと思っています・・・でもそれ以上の行為は、ただの過剰防衛にも思われない。・・・下種な暴力となんらかわらない・・・被害者だからって、何をしても許されるわけじゃないんです・・・それとも貴女は、言うつもりですか」






ベラドンナは感情をさらけ出してはいる。しかしそこには理性があって、理性の前提を感情で後押しする形で決着をつけようとしている。ただ吠えるのでなく、そこに理屈があってのことだ。だから彼も併せて応じるのだ。




相手の理屈と同じように。




「・・・下の者に・・・被害をうけたなら自分でやり返せと・・・法を無視して、自分の思った通りで動けと言うつもりですか?・・それとも・・・自分は筋を通さないですが、・・・下の者たちは筋を通せと仰る?・・・被害を受けた方は加害者に絶対、やられた以上の痛みを与えます・・・やられた程度の痛みだけを与えられる人なんて・・・一握り。・・・忠義の貴族と名高いアーティクティカ侯爵。その娘である貴女の理屈とは考えられません・・・」






相手が理屈を前面に感情を後押しにするのであれば、淡々とした理屈のみで説き伏せる。そもそも彼が勝てる戦いであるし、相手は負ける戦い。




ベラドンナはそれでも引かない。




忠義とは厄介なこと。




裏切りを前に許せない。




これこそ大人であっても、絶対に抑えられない負の点。子供も大人も、自分に痛みを与えた相手を前にしたとき、必ず復讐を頭で考えてしまう。実行できる環境がなければ泣き寝入り。それはまだ最低であるが、被害者が被害者のままで終われる。いつか時間がたった際、平和的で陰湿的な仕返しを企てるチャンスを得られる。




問題は復讐ができる環境。ベラドンナはその環境だ。頭の中で考えた最高の復讐。大人であるベラドンナは相手に対し大人の対応を求めてしまう。自分の能力と立場を鑑みた考えをもって、それを相手に押し付けてしまう。立場の放棄、権力の引きずり下ろし。命を奪わないのは慈悲かもしれない。高位の貴族と王族の争い。命を奪えば、信じた主人と、信じた臣下の裏切りは悲劇の歴史に早変わり。だが命を奪わないものは、ただの争いで片付く。




確かに平和的だ。




子供らしくはない。叩いて、殴って終わらせられる子供の環境ではない。未来をそこそこ守った上での報復でおわる子供の事件ではない。




大人らしい手をもって、相手の尊厳を奪う手段だ。少なくても大人が子供に対しやることではない。彼の持論でしかない。この世界では違うのかもしれない。でも、彼が関わった以上、かかわらせた以上、彼は自分の理屈をもって動いてしまうのだ。




「お前のいっていることはわかるわ!素晴らしい理想論といえる!」






ベラドンナだってわかっている。彼の理屈を言い分を理解しているのだ。だが、彼が言えば、うさん臭く聞こえる。過剰防衛という独自の言葉を引きずり出してまでの言い分。人をたぶらかすのでなく、人の弱みを知り尽くした彼の手口。




知性の怪物は邪魔になったものを排除する。強固な心の壁も、必ずもろい個所を見つけ出し叩き壊す。そして作り出した隙をもって掌握する。これこそ怪物なのだ。






だからベラドンナは彼の言葉を信じられなかった。




お前が言うなという気持ちが強かった。




学園で彼がした秘密の保持、暴露事件は間違いなくやり過ぎによるものだ。過剰な反撃で相手を沈黙させ、環境を掌握した。それは先ほどの理想論を語るもののやり口でない。頭がお花畑の妄言とは違う。




人間を知るからこその手。




ベラドンナが現に攻撃の中止の中止。それを命令したくなるほどの不気味さしか生まなかったのだ。






それすら彼の手のひらの上である。






「・・・わかっています・・・僕のやり方はきれいじゃなかったなと思っています・・・でも、あれでいいんです・・・今の傷は将来の糧になる。・・・あの程度で未来が壊れるほど・・不安定な立場の人はいないとおもっています・・・ちゃんと調べました・・・僕なりに」




現代とは違う。この世界には未来を自分で決められなくても、問題はない。役割がその不安を殺してくれるのだ。自分で選ぶのは確かに自由がある。しかし落ちぶれるのも自由の責任として必ず起きる事象。自分か他人か。自由の先は見えない。見えない不安に押しつぶされる恐怖が自由にはあるのだ。






この学園にはそれがない。




つまらない人生であっても、将来がわかりきっているのなら、恐れることはない。不安なんかより、学園の日常の方が怖いぐらいだろう。学園は所詮未来の足掛かり。学校で問題を起こし、学校で叱られ、傷つき、傷つける。喧嘩もそう。悪口もそう。




「・・・でも、・・・いまだからこそやれるんです」






でも子供の時の悪事は、大人になった時の良識の基準になる。子供のころ問題を起こさない人間より、起こした人間のほうが印象も強い。いい意味かもしれないが、記憶には残る。誰かが覚えてくれるというメリットもある。それを恐れるからこそ、人の記憶を恐れるのだ。過去を恐れるのだ。過去が怖いからこそ、それを作らないように未来で気をつけるのだ。






だから彼はやった。






「・・・きっと怖いですよ・・・自分も怖いが他人の怖さもある・・・それを知れました。・・・僕がやったからです・・・僕がやったことで他人に意見があることを知ったはずです。・・・人は、自分が誰かの悪口をいっても、誰も自分の悪口をいうわけがないと思い込むんです・・・本当は言われています・・・悪口を言う人間の陰口なんて・・・誰もがしているんです・・・当然でしょう・・・」




誰も本人の前で陰口など叩かない。本人がいないところで陰口をたたいて、その中で嘘と本当を混ぜた会話がなされるのだ。その陰口のなかで一部の話が膨れ上がり、別の誰かへばらされる。その誰かが誰かにとバトンリレーのように話を流していく






勝手に話が大きくなり、本人に伝わる。それがいじめになる。




それは他人が自分の陰口を言わないという無自覚の心の盾があるからだ。実際は自分が陰口を言うのであれば、相手も言っている。子供のうちはそれがわからない。陰口を言い合う友人も、自分も、その中で混ざって誰かの悪口をいっても、結局自分には関係がない世界と思い込む。






その世界を彼が崩した。疑心暗鬼の世界であっても、人の意見が自分に向けられていた。その事実の確認にいたるのだ。




彼のやり方は正しくない。




でも正しい道を選ばせるための手段。




建前と本音を混ぜた、最低であるが効率的な手段。残念ながら、それをベラドンナは知ったのだ。かみしめた思いは紡がれることなく、抵抗交じりの抗議の目が彼を貫いた。




「当たり前のことでも、改めて言われればそうかもしれない」




「・・・ええ、・・・貴女だけは認識できていた・・・貴女がいじめの被害者だからでもあります・・・でも貴女が大人だからでもあります・・・当たり前を新たな知識として得たのを実感できるのは、大人の証拠です・・・」






「当たり前を新たな知識という発想はないわ」






「・・・でも、実感したでしょう?・・・子供がそれを実感するのは難しいんです。・・・だってまだ自分の世界の強さを思い上がれる期間だからです・・・剣で刺せば人は死ぬ・・・でも自分は死ぬだろうけど、実際は死なないみたいな・・・根拠のない自信が子供にはあるんです・・・そこがあるから子供は守らないといけないんです・・・知識として得られたとしても、茶化してしまうのが子供・・・貴女みたいに自分の世界観に組み込められるのは子供では難しい・・・大人だけです・・・それはね」






「だから許せというのかしら」






「・・・いいえ、許さないで結構。・・・許すことなんかしてはいけません・・・一生恨んでいいです。貴女が飽きるまで、怒ってていんです・・・貴女は被害者なんです・・・心で思うのは自由です。・・・実行に移さなければ・・・。」






「ふざけないで。私と王子もカルミアも同年齢よ。私が大人であるならば、王子もカルミアも大人じゃなければおかしいわ」






それは当然の指摘。




ベラドンナもローランドもカルミアも。同学年にして同年齢。子供であり、大人の年齢ではない。ベラドンナ一人が大人で、ほかの二人がまるで子供みたいではないか。なら、ベラドンナも子供であるべきだし、ほかの二人も大人であるべきだろう。




それでは自分が面白くない。






「・・・いいえ、僕の偏見ですが、貴女は大人です・・・ほかの二人は子供です。・・・王子といっても伯爵の家系であっても・・・今はただの子供・・・貴女だってわかっていて発言しているはずです・・・それとも自分が得をしないから、ずるいと思っているのですか?・・・いいえ、そういえば僕が反論できなくなる可能性を考えてのものでしょう・・・」




「決めつけじゃない」






「・・・はい。・・・だって僕が普通に会話を試みようと思うぐらいには、貴女の対応が手に取るようにわかる」






その発言とともに、剣の一撃が眼前へと向けられた。防戦一方であり視界外においやった光景のなごりが彼へ放たれた。




むろん、はじかれた。




同時に攻撃が激しくなったのか、防戦がさらなる後退を引き起こす。老獪の護衛も主人に対しての暴言は許せないのか、必ず無理をして反撃してくる。その無理は必ず体力の消耗を引き起こす。






貴族相手に読み取れるなど、暴言でしかない。




しかし彼はつづけた。






「・・・人の心を他人がわかるわけがありません・・・でも貴女はわかりやすい・・・次はきっと如何にうまく収めようと思っているかですか?・・・確かにこの状況は少し不利だと思います」






「っ」




初めて苦悶の顔をベラドンナは見せた。




貴族であるがゆえの教育。




大人になるために向けられた精神構造。






「・・・子供のままであれば、・・・きっと貴女は僕に余裕で勝ててます・・・大人である貴女なんて怖いものではない・・・」






彼はもはやあげている片手が疲れたのか。おろしたいように、わざとぴくぴくさせていた。だがベラドンナは次なる手を見つけたのか。しかし成功する可能性を一切信じていない。




ただ悪あがきのように口を開いた。






「待ちなさい。サツキマダライ。・・・条件は飲めない。ゴルダも見逃しなさい。これが私の要求よ。でも今の状況でも言える理由を述べて差し上げるわ。なぜならお前は私の・・・」






「・・・依頼を達成しきっていません。確かに・・・そうです・・・確か。ローランド様、カルミア様・・・そしてソラさん。学園の状況を打開することと、3名に対しての報復でしたか・・・」






「手段は問わない。やり口も結果も問わない。ただお前が満足するやり方で片づけなさいって条件だったはずよ」






「・・・ええ、残りはソラさんでしたか」








「そうよ、最近見ないけど、ソラの対処もよ。話はそれからじゃなければ・・・」






「・・・ソラさんならカルミアさんから聞きましたが、貴女を避けているそうです・・・きっと・・・何かを企んでいるでしょう・・・ですが・・それはソラさんの件は条件になりえない」






「なぜ?」








彼はそういって、懐から手を出した。何も持たない素手。次なる手を発動せずに終わった手。あげていた手をそっと下した。それをベラドンナがどうとるかはわからない。




だが彼は自分の来ている上着の胸元部分を両手でつかみ、しわを伸ばすように引っ張った。






「・・・ローランド様、カルミア様は・・・所詮、ソラさんの使い捨ての駒でしかない・・・ただ一人貴女を動かすための駒なんです・・・。・・・こんな悪ガキのような発想を持つ人間の手は読めます・・・きっと貴女とカルミア様を対決させる予定だったはずなんです・・・ローランド様とソラさんのカルミア様争奪に似た嫉妬の感情の高めを期待しての悪戯。・・・カルミア様とベラドンナ様の間を行き来することでの衝突。・・・カルミア様の味方であるローランド様。学園の敵である貴女。中間を行き来するソラさん・・・ソラさんをめぐりカルミア様と貴女は衝突させる予定。ローランド様をめぐってカルミア様と貴女の衝突。・・・でもきっとローランド様は、カルミアさんにつきます・・・好きな相手が恋敵についてしまう。・・怒りを軸に理屈をもって貴女は動く・・・その結果、貴女はローランド様とカルミア様を排除するために動く・・・学園には貴女の悪いイメージが満載・・・悪女として王子と伯爵の恋を引き裂く。相手が悪くても、貴女が悪くなる・・・・そういう作りやすい環境をソラさんは整えた・・・」






彼は知っている。彼はよく知っている。




彼の過去に似たような出来事があった。所詮は人間の付き合い。女性と女性の争い。男性をめぐる争いでありながら、一つ違うのは、ベラドンナが大人であること。






その大人であるベラドンナが、動くと予測しやすいための計画。




現代であれば、人間関係の争い。この世界であれば、相手が貴族の場合、権力闘争につながってしまう。たいしたことのない出来事でも、大きく盛り上がってしまう。恋の物語に関したもので、好きあった二人の王子と貴族。その王子には婚約者がいて、貴族との恋愛はかなうものではない。婚約者がいることで勝手に盛り上がる世界観。障害があれば、逆に燃える小説のような出来事。




そうして二人の仲を引き裂こうとする婚約者。婚約者は自分の未来を守っただけで悪くないが、王子や貴族からすれば敵でしかないのだ。その物語を楽しむ読者からも婚約者が悪くなる。障害が大きな邪魔をすればするほど、物語は熱くなる。






「・・・まるで物語・・・貴女を障害とすることでの恋愛劇を作り上げようとした・・・どうせかないません。・・アーティクティカは強いと聞いています・・・だから貴女は勝ちます・・・王子様とカルミア様の人間としての恋愛を邪魔するベラドンナ様。自分の立場を利用して、二人の恋を邪魔するベラドンナ様・・・人は弱いもので都合の良いものを応援するんです・・・貴女は悪くないですが、悪くされる・・・この物語における最低さは、王子もカルミア様も婚約者を無視して勝手に自分の世界観を繰り広げたこと・・・でも大衆は違う・・愛し合う二人、でも立場があるから本当の恋ではなく、好きではない相手と結婚が決められた悲しき物語。・・・・勝手に解釈されるんです・・・都合がよいから・・・楽しいから・・・二人の勝手な恋愛劇に貴女は悪役として登場し、被害を追うんです・・・・そのくせ勝ってしまうんです・・・」






これは胸糞の悪いストーリでしかない。




これは彼の過去の出来事だ。




実際にあったことを、際限のように語っているだけだ。ただ、彼の発言には重みがあった。実際にあった出来事からによる重みは、ベラドンナの口を閉ざさせた。










「・・・二人の恋を引き裂いた婚約者。正当な婚約者は・・・その環境の前ではこう呼ばれるんです。悪女って・・・わかりきったことです・・・ああ、安心してください。・・・だから叩き潰しました。・・・その可能性すべて・・・今はその未来は訪れないかと思っていいです」






彼は別に有能ではない。ただ過去の経歴を引用し、どうせこうなるといった体験からの防衛をしたまでだ。環境の前に個人は役に立たない。




ただ彼の過去からすれば、婚約者ではなく恋人であったが。




悪い意味で一致団結した環境は、正当性を持つものを壊した。






環境を壊し、団結を砕き、正当性を強く保持する。






「・・・ローランド様とカルミア様に慈悲を与えてくれません?・・・そうしていただけるなら・・・きっと仕事頑張れると思うんです・・・たぶんですが」






「その話を聞かされて慈悲を?」






「・・・追い詰めて、叩き潰して悪女になりたいですか?・・・相手を悪く断罪したいのであれば、中途半端も時に必要ってことです・・・受け入れればソラさんは何とかしてみる努力はします」






「認めない!」




ベラドンナの頑固な態度に彼は苦笑し。






「・・・そうですか・・・ならできる範囲で頑張ります」






「結果次第で認めるわ」






ベラドンナが占めた。最初は否定しても、結末でひっくり返されれば意味がない。彼に頼んで正解だった。間違いなくだ。少なくてもほかの人間であれば、ここまで可能性のかけら一つ残さず叩き潰せなかった。反逆よりも悪逆なイメージの先行の中で、悪質な未来を壊せなかった。なぜなら策略でもなく調略でもない。まるで内部から嫌がらせをするかのようなのだ。




アーティクティカが勝つ前提での嫌がらせ。










「・・・ただ、ソラさんは見逃したことがあります・・・きっと本人も気づいていない」






「其れはいったい」






「・・・語ってもわかりません・・・これは・・・僕とソラさんの間で考えることです」






決して、人間は甘くない。人は決して弱くない。人をだませる、いやがらせすることの本当の難しさを相手は知らないのだ。






人の気持ちを他人が理解できるものではない。その事実を知らないのだから




後書き編集

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