移動中1

大会が終わり、優勝したのは支配者だ。


 会場は心地よい余韻を感じていはなかった。むしろ最悪の目覚めの気分でつつまれていた。


 この優勝ははじめから決まっていたことだと全員が知っていたからだ。


 観客。


 参加者達。


 全ての人間が。


 大会は全て彼の手のひらの上だったということを理解していた。


 支配者は恐るべき相手だった。少しでも弱み見せればそこを狙い、油断をすればその隙を叩く。常人では追えない一瞬の静止であっても関係ない。


 そこに例外はなく、踏みにじられる。


 暴力だけが支配者の持ち味ではなかった。優れた観察眼は、人が最もしてほしくないことを見つけることに長けていた。そいつが何を恐れるか、何が怖いのか。そういった人の感情のわずかな動きをすぐにみぬくのだ。


 感情を完璧に押さえ、心の壁にしまい込んだ人間であっても支配者は暴き出す。


 どんな手段をとってでも、その壁にひびをいれる。ひびがはいった壁は、もろいものだ。少しの衝撃を与え壁を砕く。そこから開いた隙間から感情をあふれ出させ、そこから弱点を探る。


 支配者は用意周到だった。


 人の弱みをみることは戦う前からはじめている。


 心のかべをひびを入れる作業は戦う前から行っている。


 大会ではその動きがよく見られた。彼と戦うものはそれでやられてきたのだ。


 それらは予選のときから始まっていた。


 予選で地獄をみせた。それはただ見せ付けるだけじゃなく、次への布石の一歩だったのだ。


 本選の参加者は、支配者の予選での行いにとらわれすぎていた。


 予選を地獄にかえた相手に、拍子抜けした隙をねらわれた クキ


 悪逆の行為を行う彼に、怯えてまけた クイン


 数々の非道な行いに激情にのまれた 勇者


 全ては心のあり方。


 それらをつかれて負けていた。


 人の壊し方をしっている。肉体的にも感情的にも、敵に回ったものはことごとく潰されてきた。


 そのくせ支配者本人の弱点はつかませない。無で感情を覆い隠し、自身の情報を外にはだそうとしなかった。だが、出すことが有利につながる場合、支配者は表に出すのだ。


 無表情の人形が人間のように感情をあらわした。


 普段から何を考えているかわからない人間が、にらみもすれば何かしら思うはずだ。


 自分の魔物に睨み、勇者に睨む。無表情で悪逆の限りをつくした。そんな行動に裏づけをされた非道の支配者。そいつが感情を表せば、危機感を抱くのが大半だ。


 支配者の行動は常人には理解できないものだ。常に先手を打ち続け、一切の油断をみせない。


 誰もが行うものを行わない。


 だからこそ、支配者には勝てなかった。


 大会にいた全員がしっていた。


 参加者達は皆、自分がまけた理由をしっている。戦ってはいない観客も自分がなぜ、ごみ投げなど、暴言など普段しない暴挙にでたのかをしっている。



 そう、思うことに。


 そう、行うことに。


 全ては仕組まれていたことだった。


 支配者が仕組んだことだった。


 そうでなければ、大会の流れが納得できないのだ。


 トゥグストラを使い続けて優勝したならば、まだ納得ができる。


 だが最初の一度だけだ。

 それ以外は一切使用していない。


 リザードマンが。


 オークが。


 なぜ凄腕の本選出場者に勝てるのか。魔物のプロばかりがいる本選を突破できるのは常識では考えられない。


 人間にも限界があるように。


 魔物にもあるのだ。



 彼の魔物の実力は確かなものだ。だが、それでも単純な戦闘力では勝てないのだ。1対1であれば、本選に出場したものたちは負けないはずだった。


 目が肥えた観客達。


 自信を持っている参加者達。


 その戦闘力を見る目もまた確かなものだ。


 何かをしたからこそ。


 本選の実力者たちはまけた。


 そういう判断にいたるわけだった。 





 参加者が隙をみせて負けたのは事実だ。だが、そこまで画策なんか彼はしていない。ただ適当に参加して、本気で仲間の活躍をみた。


 それだけだった。








  


 馬車がゆれ、中にいる彼とオークとリザードマンは振動にさらわれる。彼は今、王国の首都へ向かっていた。オリニクから町道を馬車で進む半日の旅に巻き込まれていたのである。


 その道を進む馬車はひとつではない。一番先頭の馬車から数えて8つの馬車が列をなして進んでいた。その馬車一つに6人の騎士が馬に乗り、左右に別れ護衛をしている。


 8つの馬車にのっているのは、先の大会で本選に出場しているものが乗っていた。


 王国の歴史ある大会。その大会で本選まで出た人間は王城へ招待される。遠足は家まで帰るのが遠足だ。


 王国の大会は城までいくまでが大会なのだ。始まりは会場だが、閉めは王によっておこなわれる。それを拒否することはできない。無理に拒否をすれば王に対して泥をかける行為となる。


 しかし、その分気は使ってくれている。王国は名誉あるものには、きちんとした対応を行うのだ。


 本選に8人出場しているから8つ馬車を用意した。一人に一つの馬車を乗せるぐらいには、配慮をしてくれている。


 他の国では行わない気の使い方だった。他の国ならば一つの馬車に何人かつめておしまい。さぁ来いといわんばかりだ。


 それを一人、一つの馬車というのだから恵まれていた。


 馬車の列。


 彼の馬車はその列の一番最後尾だ。六人の騎士とは別に一匹の巨体が周りにいる。黒い毛で覆われた巨大な魔物。頭に左右対称に角を生やすバッファローみたいな獣がついてきていた。


 牛さんである。


 馬車に入りきらない牛さんは彼が馬車と一緒に移動していた。その牛さんの姿に騎士達は震えている。震えた手で馬の手綱をひき、必死に周囲を警戒するようにして、牛さんの姿を見ようとしなかった。


 しかし、近くにいる牛さんは強力な力をもっている。その強大な力がいつこちらに向くかわからない。


 その恐怖が騎士達を追い詰めていた。


 騎士達のストレスはつもっていく。心臓がばくばく鼓動をたてながらも、自身の仕事をこなしていた。


 他の馬車の騎士がうらやましい。騎士は前方の馬車達を睨みつけるように思った。

 そいつらは、比較的安全な人間を護衛しているが、彼を守る騎士達はちがう。


 なにせ、本選で悪逆の限りをつくした彼がのっている。下手なことをすれば間違いなく殺される。いや、殺されるだけではない。


 言葉ではあらわせない。ひどい目にあわされるに違いなかった。


 完璧に行わなくてはいけない。いつも護衛のときはそうしているが、更に警戒をしなくてはいけなかった。


 貴族を護衛するよりも、心臓の負担が大きい。王国の貴族も横暴だが、ある程度の妥協はしてくれる。少し馬車がゆれた程度で文句は言わない。


 突然の襲撃に馬車が壊れても、命を守りきれれば許される。そのとき褒章もくれるときもあった。


 だが、彼はちがう。


 少しでも機嫌をそこねれば、自分達は血肉となりはてる。たちまち町道は血にそまることになるはずだ。


「何があっても馬車は守れ。振動も極力あてるな」


 その彼の馬車を護衛する騎士の中でも古参の兵はいった。その騎士は一応はリーダー格だ。この護衛グループは8つに分かれたぶん、代表者も同じ数いる。


 そのうちの一人だった。


 返す言葉は無言だ。他の騎士だってそんなことはわかっていた。自分が護衛する人間は、護衛の必要が無いぐらいの危険な存在だ。


 惨劇を繰り返すことはできない。


 何も問題を起こすわけには行かない。


 まだ死にたくない。


 そういう決心の元、護衛をつとめていた。



 そんな騎士たちの思いとは別に。


 彼はまどろみの中にいた。


 眠かったのだ。大会でストレスばかりがかかり、期間中はよく眠れなかった。殺されるかもとか怪我をするとかそんな類の心配がありすぎた。


 今は戦いはない。ただ王都へ行って何かをするだけだ。死ぬことは無い。そういう安心感が彼を睡眠へといざなおうとしていた。


 しかし王都へ行って行うことは彼の最も大嫌いなことだ。権力者にあうという最大のイベント。彼が行ってきた面接とはわけが違う。


 下手をすれば国を敵に回す。


 そういう危険性を彼は一切考えていない。頭が回っていなかった。それほどまでに、深いまどろみは彼をやすらぎへと導こうとしている。


 彼は自分がまけたと思っていた。決勝戦で彼はまけ、勇者が勝った結果になっていると信じていた。


 事実は彼が勝ち、勇者が敗北を認めた。そういう結果なのだが、彼はそこまで深くは考えていない。


 ただ負けた。そう考えていた。


 優勝者じゃないのだから、王都へいっても気負うことはない。適当に話して、終わりだろう。その程度の考えだった。


 前の世界は何よりも結果を重要視している。過程がいくら素晴らしくても、結果を出せなければ意味が無い。薄情なまでの合理性。


 そういう世界の考えが彼には染み付いていた。負けたと信じる彼は、その価値観で物事を捉えているのだ。


 負けたから気楽でいける。


 しかし勝利したのは彼なのだ。その結果は変わらない。



 先ほどよりも、誘惑は強くなっていた。

 深いまどろみの中。


 かくん、かくんと彼の頭は下がっては、はっとしては上がる。それの繰り返しばかりしていた。


 いつ寝てもおかしくはない。


 次第におきる回数が少なくなってきた。もはや抵抗する意思もなくなっていた。意識が飛び、隣に座るオークの毛深い肩、頭をよりかからせた。


「....」


 静かな寝息を立てはじめていた。普段の無表情さで考えると想像は付かないほど、穏やかな寝顔だった。


 ここは密閉された空間だ。


 人と会うことは無い。すぐ近くには騎士がいるが、それも壁に遮断されて見えない。


 和やかな空間があった。


 オークもリザードマンもそれを見て恐ろしい頬をゆるませた。恐ろしい顔の魔物たちが笑っても怖いだけだ。だが、流れる雰囲気は緩やかなものだ。


 オークも肩に寄りかかる主人の睡眠を邪魔しようとはしない。快適な睡眠を阻害しないようオークも気を使っていた。 


 振動を与えないように、必死に動きをとめるオーク。その少しの動作で主人はおきてしまうかもと考えた結果だ。


 そのオークの顔をみて、リザードマンは声に出さない笑いをみせた。なにせ主人が寄りかかったときのオークは、あわわと慌てる表情をうかべていたからだ。


 指をさし、オークを笑う。


 オークは動けないから、表情でリザードマンに抗議。


 がたんと馬車がはねた。衝撃がオークとリザードマンを硬直させた。主人がそれで起きてしまったかもしれないと思ったからだ。


 恐る恐る主人を見る二匹。


 彼はそれでも寝ていた。


 ほっと安堵の息をはいた。


 魔物にとって安息の場はここにある。大会決勝戦のときの彼は本当に恐ろしかった。普段めったに感情を出さない主人だからこそ、たまに出す感情が怖いのだ。


 終わったときも、彼の機嫌は悪かった。入り口に戻ってきたとき、魔物たちはぎょっとしたような顔で主人をみた。


 その恐るべき感情の爆発は、牛さんでさえ、彼から距離を離したぐらいだ。リザードマンも目をそらし、逃げるように一歩後退した。


 肩をつかまれていたオークは逃げれなかった。主人の喚起に触れないように、大人しくしているだけだった。


 助けてと牛さんとリザードマンに視線を送っても、すぐに目をそらされた。いつもならば、彼に構われると嫉妬する牛さんも目をそらした。


 こういう感情の爆発。



 たいていが主人が吹っ切れたときだ。


 決意が定まったとき、主人は本気で動く。


 どんな手でも使う。


 だからこそ、切れさせてはならない。


 魔物たちは暴力の権化だ。だが、彼はそれを身も心も従わせる支配者だ。いかなる愚者でも主人の前ではひざまずく。


 全て主人がこの大会を片付けたようなものだ。


 わかっているのだ。本選の参加者に自分達の実力では勝てなかったことを理解している。




 全ては主人が何か一石を投じて隙を生み出した。そこを踏み潰した。リザードマンですら敵であるクイナが主人に気を回しすぎていて、集中できていなかったのをしっている。


 オークは主人の一言が勇者をとめたのをしっている。一瞬だ。その一瞬の静止のなかで周りをよく見て状況を確かめるオークだからこそ気づけた。



 実力者の隙を生み出す恐るべき主人。


 敵に回せばそれは自分達の終わるときを示す。彼の戦力は牛さんだけじゃない。


 いくらでも代わりは手に入る。


 離反する気は無い。だが、離反したとすれば新たな戦力をみつけるだろう。


 その戦力は簡単に自分達を超え、つぶされる。いくら自分達が強くなっても隙を生み出されてしまえば負けてしまう。


 恐ろしい。


 そんな恐ろしい主人は今無防備に寝ている。誰もが恐れる主人は自分達に隙をみせている。もし、敵に回るのであれば、今仕留めておいたほうがいい。


 だがオークとリザードマンは見も心もささげている。だからこそ、その発想はない。


 きっと主人は更に上へ行くだろう。そのときも自分達もお情けで繰り上がる。主人の付加価値が自分達についてくるのだ。


 自分達が大嫌いな人間が彼に怯える姿は非常に喜ばしい。もともと人間にひどい目に合わされていた二匹。その復讐心は消えていない。


 彼以外の人間は必要ない。


 魔物たちの彼への忠誠は高く、ゲージを超えた先まで魔物たちは従っている。


 そういう魔物たちの忠誠を受ける彼も普段は優しい。そのギャップもあり怯えたのもある。


 全ては彼の手のひらの上だ。彼が動けば魔物が動く。状況が動き、結果がうまれる。


 そこに例外は無い。





 がたん、がたんと馬車は揺れながら進んでいる。近辺では見られなかった遮蔽物がちらほらと見えてきた。大きな石、まばらに生えた木、小さな獣であれば身を隠せるほど伸びた草花。


 町の近辺は綺麗だった。町の管理の下、平原を整えていたからだ。


 それが人の手をかけないと、乱れた土地となる。


 少し馬車を走らせていると何か影がそれを追いかけるように動き出す。複数の影が草から草へ隠しながら進んでいる。


 それは周りにちらほらと現れだした。町道を囲むように、馬車を囲むように動いている影。


 多い。影の数は多い。


 外で護衛をする騎士たちは何かを感じた。また、牛さんも気づいた。人間よりも優れた聴覚を持つ牛さんは、何が藪の中に潜んでいるとわかった。


 そして大きく息をすった。


「ぐるぁぁぁぁぁぁぁぁあ」


 咆哮。

 影に警告するのと同時に馬車にいる彼と弟達に伝えるためだ。何かがいる。それは馬車をねらっている。


 彼が怪我をすれば大変だ。過保護なまでの牛さんの行動は、影をびくりと震わせ、馬車にいた彼を飛び起こさせた。飛び起きたことにより、肩があいたオークとリザードマンも馬車を飛び出した。


 リザードマンは武器をもっている。


 だがオークは槍の刃先しかもっていない。勇者が両断した槍は、もはや体裁をもっていなかった。


 それでも行くしかないのだ。


 彼の下僕として動いている以上、おろかな奇襲を見逃すわけには行かない。



 全ての馬車は咆哮により、動きを止めた。馬が怯えたのもあるが、騎士たちもおかしいと思っていたから好都合といわんばかりに身を固めた。


 騎士達は武器を抜き、馬車の中にいた参加者達は気配を感じ取り外へと出る。


 隠れていてもしょうがないと判断した影達は、藪のなかから姿をあらわした。一匹が現れ、またそれに続く影。


 影達の動きが大きくなり、続々と現れた影。その獣は狼のような姿で、顔は獰猛そのものだ。


 ウルフガルド


 そのウルフガルド達は多い数を利用し、馬車全てをかこっていた。迎撃の用意ができた騎士と、状況を読み込んだ参加者達。


 馬車のなかで 戸惑うようにきょろきょろする彼以外は、油断はない。


 眠い思考の中では周りがよく見えない。深いまどろみから一回だけおきた。だが油断をすれば深い眠りへといざなわれるだろう。


 そして、また誘惑に負けた。


 すーすーと小さな音を彼は生み出した。

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