移動中 その2

馬車の周りでは騎士達が剣を抜き、馬から下りている。馬はウルフガルドの群れに体を震わせるも、逃げようとはしていない。


 騎士達は馬を馬車の周りに誘導し、その場で待機させた。彼が乗っている馬車意外では、他の参加者達も己の武器を引き抜いていた。


 臨戦態勢を整えたころに、ウルフガルド達は飛び掛ってきた。全ての馬車に一斉に迫る狼の群れに、誰も油断をすることがなかった。


 勇者達は、馬車に仲間を乗せていた。その仲間達はヒーラを除き皆外にでている。


 ウルフガルド迎撃作戦の第一発目は魔法使いが放った。

「狼の分際で調子に乗らないで!」


 


 魔法使いが使ったのはファイアーボールだ。可憐な手から放たれた火炎が狼に衝突。爆発し、火の噴流をつくりだす。数が多く、狙いも同じだった獣達は密集していた。狼の群れが赤く本流につつまれていく。その火は隣から隣へと燃え移る。魔力がこもった一撃は重く、狼達は炎に包まれて息たえた。


 その魔法使いの周りにも狼達はいる。そこで牙をむけうなりをみせる。


 そして飛び掛った。

 魔法使いをかみ殺そうと迫る狼達。


 しかし、メイドがいつの間にかそこに立っていた。

 魔法使いへと放たれた牙は、メイドが伸ばした手によって防がれた。メイドの手刀が狼の頭の側面をうった。狼側面を叩かれた狼は、その勢いのまま横に飛ばされた。その飛ばされた狼が立ち上がることは無い。頭部に突き刺さった剣が命を奪ったからだ。


 その剣の持ち主こそ、勇者だ。駆け抜けながら勇者の剣は倒れた狼を突き刺し、その足で騎士達に迫る狼を両断していく。一体、2体と流れ作業のように切り刻み、戦いの隙間をぬうように走っている。


 戦いながらも必死に周囲をみている。その顔には少しだけの焦りがあるものの、冷静に状況を理解しようとしていた。見渡し、どういったタイミングで狼が迫るかを見定めている。


 迫る危機が近いものに対して勇者は向かっていった。狼も勇者が危険だと認識したのだろう。騎士や馬車にむけていた殺意を勇者に向けなおした。背後からくる気配に勇者は横なぎにして振り払う。狼の開いた口が、剣によって口内の皮ごと穿つ。牙も舌も皮も一刀の元に切り裂かれ、自分の意思で口を閉めることもできなくした。


 その一匹を皮切りに、いっせいに飛び掛ってきた狼達。ウルフガルド達の牙の数々でも勇者は足をとめることはない。


 口が閉められなくなり、痛みにもだえる狼はむしした。


 一切、足を止めない勇者は飛び掛ってくる狼達のわずかな空間をみつけた。

 その狼達の隙間を縫うように体を入れ込ませ、ついでと丁度口がくるであろう位置に剣をおいた。勢いよく飛び込む狼の自前の勢いにより剣は狼の口から体へと剣が切り裂いた。


 その場で旋回し、回転切りが隣にいた狼、新たに飛び掛る狼達を裂いていった。



 隙は無い。


 一瞬により、狼達は血肉となりはてる。






 クキに関してはもはや言うことは無い。狼達は近づこうともしない。絶対の強者として威嚇を放つ男に狼達はたじろいだ。


 その場は血の海だ。


 向かうものはなく、迫るものも無い。何とか勝てるというものがあれば狼達も数の暴力を駆使してでも倒すのだろう。だが、いくら攻撃して、傷をつけても、倒れない。傷が回復する化け物に狼達は気力を奪われていた。


 攻撃してはカウンターで首の骨をおられる。その化け物の男の斜め後方から飛び掛った狼がいた。口を開き、牙を光らせる。その狼の開いた口にクキが手を殴るように差し込んだ。



 うごうごと異物に苦しむ狼。飛び掛った勢いと殴りつけるクキの勢いにより体の奥へと侵入していく。空中でクキの手にぶら下がるように狼が手をつっこまれていた。


 手が心臓へ達した。



 意地悪そうな表情をクキはしている。


 そして握りつぶした。



 心臓がつぶされ、血を口から大量に吐き出した。ポンプが壊れ、ホースから外れた蛇口は大量の血を口や穴という穴から噴出させる。


 そのまま、狼の群れに死体を放り投げた。狼達は慌ててその死体をよけた。その行動により、囲みに小さな穴があいた。


 その穴は脱出口になるだろうがクキはいかない。

 クキは狼達を見ているだけだ。

 狼達もまた注意はクキにむけている。狼の足は石のように動こうとしない。


「己の拳にかかってくるなら、来るが良い。逃げも隠れもせん」


 そういって、クキは狼達に向かって歩き出した。構えもなにもない。無防備そのものだが、それを狙った狼達は皆殺されている。


 その男の存在に狼は後ずさり、見せた牙は少し震えている。恐怖を抱いたのだ。


 怯えた獣に勝ち目は無い。


 わずかながらにあった勝率の可能性も途絶えた。





 クイナは騎士達と連携していた。馬車に乗っていたのはクイナだけだ。他のエルフは誰ものらず、オリニクにとどまっている。そのクイナは護衛する騎士たちのサポートをするように動いている。


 騎士が狼を突き刺し、その横を襲う狼達をクイナの剣が切り払う。真っ二つにさけた狼の開きを作り上げた。クイナ自身に迫る牙に関しては、手を光らせた。その手は飛び掛る狼の頭に軽く接触する位置で衝撃をうませた。


 リザードマンのときにつかったものだ。クイナのそれは威力こそ弱いが、狙うところによっては激痛を伴う。頭蓋骨に皹をいれ、狼は痛みによって噛み付くことをわすれた。


 地に落ちた狼は、痛みにさいなまれた。それを蹴り上げるように空へと回せた。そのもだえた狼にぶつかるのは別の元気な狼だ。


 仲間に噛み付く狼の腹部に剣を突き刺し、引き抜く。引き抜かれた穴からは大量の血を噴出させた。


 優秀な存在だ。


 鋭い眼光は、狼達の行動をくまなく見渡している。騎士たちよりも魔物戦闘においてはプロだ。いかなる展開においても油断は無い。


 その冷静さは、評価できるものだった。


 また、騎士達も優秀だ。


 騎士達も護衛の目標はクイナなのだから、連携するクイナをサポートするように動いている。


 騎士たちもクイナという部外者がありながら良い体勢が作り上げられていた。それこそクイナの持ち味でもある。


 知らない相手と協力していくのが冒険者として当たり前なのだ。その冒険者でも相応の実力を持つクイナは他者と協力することに疑問をもたない。


 騎士たちの連携という持ち味を殺さずに、自身の仕事を完遂する。


 一体一は得意だが、集団戦が苦手なクイナ。その不利を補うように騎士たちは動いていた。クイナの背後に迫る狼は騎士の剣が叩き潰し、騎士に迫る狼の牙はクイナの剣によって頭を両断されて阻止される。


 共同関係。知らない中とはいえない、強い関係がそこにはあった。






 レインの馬車はあってないようなものだ。馬車の中には、護衛の騎士たちの荷物や道具などがつめこめられている。レイン自身は本選出場者だが、国の金で生きる騎士の一人だ。


 そのため、レインの馬車だけは、結構ひどい扱いだった。それでもレインは気にした様子は無い。


 割り切っていた。


 身内だからこそ雑に扱われるのは当たり前のことだった。大会出場中は、出張扱いとなる。優勝こそできなくて悔しいが、騎士の意地は見せられたとは思っていた。


 努力した姿を見せられたのは良いのではないだろうか。感情論だった。しかし、一介の騎士が化け物共に勝てるわけが無い。善戦できたのだから勘弁してほしい。


 そんなレインは狼を一刀の元、両断していた。レインの周りには騎士達が死角を補うように背中を仲間達に押し付ける円陣をくんでいた。その円陣に加わることもなくレインは駆け出している。


 元々走るのが得意だ。狼よりも遅いその速度ではあるが、それなりには追いかけられる。


 狼に囲ませない。そのぐらいならば簡単だ。


 レインは走り出したまま、すれ違う狼達を切り裂いていく。その技術は熟練の技だ。一方適になで切りにされる狼達は戸惑う泣き声をあげるだけである。


 迫らせない。飛び掛らせない。足を止めない。相手に行動を譲らなかった。狼が攻撃に移る前に、レインが先に攻撃している。牙を見せた頃には、一閃の元に沈んでいた。



「少し、数が多すぎますね。」


 愚痴りながらも、剣は狼たちを切り捨てる。


 腕は狼を切りすてる作業を行い、足は狼達が最も嫌がるタイミングで迫っている。そんなレインの視線は効率よく狼達が群れているところをみつめていた。騎士たちは死角をおぎないあっているから心配する必要も無い。もともと、一騎駆けが得なのだ。


 踏み出した一歩は軽く、振るう剣は重い。いちいちとまって攻撃すれば剣の重さに行動が遅くなる。そのため、決してとまることは無い



 







 最後尾の馬車。


 牛さんが馬車の周りを駆けていた。馬車と騎士と魔物を内側にしたように円をかく走行は、飛び掛る狼達を鋼鉄の体が吹き飛ばしていく。また、周りを駆け回ることによって必要以上に馬車にウルフガルドを近づけさせない。


 牛さんの突進の衝撃と一撃の重さに骨が砕かれ、牙を立てる暇も無い。戦車が突撃してくるようなものだ。魔物の中でも上位に君臨する牛さんの前では狼ごときが相手になるはずもない。


 もう牛さんを狙う狼は少ない


 それでも愚か者はいる。牛さん本人に一体の狼が飛び掛った。飛び掛って牛さんにへばりついた狼が牙を立てても、届かないからだ。分厚い鋼鉄の肉体には牙のほうが駄目になった。そして駆ける勢いにへばりつけなくなって地面に落とされ、ついでに踏み潰されて命をおとした。


 牛さんが倒した狼の大体が血は出ていない。角で串刺しにすれば狼も更に恐怖するのだろうが、そうはあえてしない。ただ角で突かないように頭でぶつかっていく。


 血で汚れると彼が嫌うからだ。


 そして心配するからだ。


 怪我をしたんじゃないかって彼は慌てる。見ている牛さんが心配したくなるほど、主人があせるからだ。


 心配してもらえて嬉しいが、自分の不甲斐なさで負担をかけるのは申し訳ない。


 汚れるのは駄目だ。


 血は駄目だ。


 牛さんは彼に対しては良い子なのだ。嫌われたくない。心配するよりしたいという牛さんの判断が狼に血を出させない。


 だが牛さんの突進は強力だ。勢いでぶつかった狼達の血がいくら汚れないようにしても付いてしまう。


 だからなるべく汚さないように気をつけている。それに少しぐらいならばリザードマンとオークに頼めば落としてもらえるだろう。


 そういう算段が牛さんにはあった。


 その企む牛さんではあったが、別の意味で汚れなくなってきていた。強力な走りは馬車へ近寄る狼を少なくさせている。だが、全ての狼が馬車に近づくことをあきらめたわけじゃないのだ。


 円の外側には狼達がいた。そいつらは牙を尖らせ、戦意を失ってはいない。



 いくら牛さんの突進でも、体は一つだ。速度がそれなりに速くても、駆け回るとなると大きな空間があく。その隙は狼にとって簡単に割り込めてしまう。


 何匹か飛び掛り、騎士達の剣の錆となりはてる。血肉を撒き散らせ、悲鳴が鳴り響く。即死ではない。生きている。生きているからこそ、その姿は惨めだ。


 惨めな姿を晒させることで円の内側に飛び込もうとする狼達を躊躇させる。敵は勝てない牛さんだけではない。


 騎士達もまた勇敢な敵なのだ。


 狼達は牛さんが通り過ぎたのを確認し、騎士達が他の狼に気をとられているところを狙って入り込んだ。内側に侵入した狼の数は5体。他の狼達と向き合っている騎士の背中はがら明きだ。


 狙い、地をはねた。尖らせた牙は首筋をねらっていた。その牙が届く前に狼達は体の自由を失った。上から下へ振り下ろされた拳は狼を地面に叩き落した。衝撃により、かすむ視界。わずかに動かせる視界の中で毛深い豚の魔物をみた。彼の武器たる一匹オークがそれを防いだのだ。


 その顔は弱者を見下すものだ。


 もう一匹同じ顔を浮かべる魔物がいる。いわずもがなリザードマンだ。


 リザードマンは容赦が無い。リザードマンは馬車の馬を守るように陣取っていた。狼達の出現により、馬車を引く怯える馬達が今も逃げようとしないのはリザードマンのおかげでもある。


 騎士達の馬はよく訓練されている。それに対し、馬車の馬は簡単な訓練しかされていない。


 ただ馬車をうまく運ぶこと。


 それしかないのだ。人間が絶対主としてはわかっていた。だが自身の命の危機に瀕すれば逃げようとするするのは生物として当たり前のことだ。


 その命を捨ててまで、人間に組するつもりはない。


 逃げようとした馬車の馬。それを威嚇でとめたのがリザードマンだった。馬に視線で伝えたのだ


 狼で死ぬか。

 剣で死ぬか。


 たかが馬が剣の技術が高いリザードマンの相手になるはずが無い。魔物一匹に食い殺される哀れな弱者。ウルフガルド一匹に馬は殺されるだろう。


 それをとめた。


 狼達の狙いは馬だ。


 リザードマンとオークが馬車から降りたとき、狼達の視線の先をみた。そして理解したのだ。馬が狙われている。馬車を守るようにたっていた牛さんとリザードマン。それらを気づいて指示を与えたのはオークだが。


 人間からすれば、何をいっているのかわからない言葉だろうと、魔物ならばわかる。


 その指示をうけて馬車の周りを走る牛さん。馬車の馬を守るリザードマン。オークは彼を護衛する騎士たちを守る。


 馬車にのる彼に傷をつけるわけにはいかない。



 負担をかけさせるわけにはいかないのだ。


 打算がある。全ては彼のためだ。


 馬へと迫る狼なんかはリザードマンが切り殺す。刻み、盾でたたき、押しつぶす。容赦はない。


 狼は一太刀の元、処断されていく。馬達は狼に怖がり、リザードマンに命の危機を感じる。動くことこそ無いが狼もリザードマンも例外はなく怖かった。


 また、馬の手綱を握っていた御者も同じようにしぬことを覚悟していた。


 狼もリザードマンも中にいる彼も御者は怖かった。


 はじめから死ぬことを覚悟している。狼に食われるか、リザードマンに切り殺されるか、彼が残酷な手段で殺すか。


 死体のような青ざめた顔の御者と馬。


 どんな死に方が待っているかがわからない。




 戦いは終盤へと進む。


 数が少なくなり、馬車の列から飛び出したものたちがいた。


 一人は勇者。


 一人はレイン


 もう一人、否。一匹は牛さんだ。


 散会した3つの存在は、狼たちが多く群れるところへ突撃をかましていた。勇者とレインは駆けながら狼達を切り裂き、牛さんはただ衝突して狼達を粉砕していく。



 狼達は自分たちが狩る立場から狩られる側へと転落したことに気づくのは遅かった。もはや、ほとんどが討ち取られている。一目散に逃げ出した狼は無視し、逃げ遅れたものだけを執拗に刈り取っていった。


 狼の撤退と崩壊。


 冒険者達と騎士と彼の愉快な仲間達により窮地を脱することに成功する。




 狼迎撃戦は終わりを告げた。



 各グループのリーダー格が駆け回っていた。戦闘ではなく、探し回るように走っていた。


 参加者の安否確認。


 仲間達の把握。

 全ての被害と状況を把握するため全ての参加者達と仲間に声を駆け回りだした。


 そのうちの一人。 

 彼の馬車を叩くものがいた。それは魔物ではなく、参加者達でもない。彼を名目上の護衛という役目をおった騎士だ。その騎士は、彼護衛の責任者であるリーダーでもあった。


「失礼します。お怪我などはないでしょうか」


 そういう発言と共に、馬車の戸を開いた。騎士は彼の姿をみて、口を開いたまま固まった。


 そこには騎士の信じられない光景が広がっていた。


 彼が眠っていた。ぐっすり深く。穏やかな表情で小さく寝息をたてていた。先ほどまで命のやり取りがあった場所で寝ていた。



 ここで狼と殺し合いをしていた騎士には思わず、逃げそうになった。常識とは考えられない逸脱した行動に。


「な、な」

 声がでない。

 驚きだった。


 騎士からすればありえない。馬車の外は命の奪い合いがあったのだ。少しでも油断をすれば命を落とす争いが起きていたのだ。



 そんなものが近くにあって。

 穏やかそうに。


 寝ている。


 戦いの場で寝る。戦場から離れた場所で寝るのではない。戦場そのものの場所で寝ているのがありえない。


 下手をすれば死んでしまう。殺意と殺気、悲鳴、そういったものが満ち溢れたこの場で、寝るなんて神経を疑った。 


 どうして寝ていられる。



 騎士も何度か死にそうになった。仲間の助けとオークの護衛がなければ死んでいたのは事実だ。また、リーダーの部下も同じように死んでいたかもしれない。


 そういうやり取りがここであったのだ。


 ここは宿じゃないのだ。


「あははは」


 乾いた笑いだ。騎士はどういったものかわからない。言葉に瀕した状態だった。もはや頭は真っ白だ。


 それほどまでに衝撃的だった。


 騎士の常識とはかけ離れていた。いくら魔物とか戦争に赴く騎士であっても、そういう行いはしなかった。


 ただの馬鹿かと思いたかった。しかし、彼は違うのはわかっている。大会でもそうだ。魔物たちの実力もそうだ。


 ただの馬鹿が大会を勝ち残れるはずも無い。本選をいかなる手でも使い、勝ち進んだのは噂になっていた。早すぎる頭の回転、毒をもって毒を制すと噂された悪魔。


 人の悪意を逆に利用する化け物が。


 人の感情を逆なでにする怪物が。


 そんな騎士の常識に当てはまるわけが無かった。


「いかれてる」


 こいつは狂っている。そう思った。


 ここで生み出された音は彼にとって子守唄なのだ。子供が寝るときに歌を聴くように、彼もまた歌を聴く。


 その歌がどんな類のものであっても彼には構わないのだ。悲鳴であろうと、泣き声であろうと睡眠へいざなう素敵な音楽だ。


 騎士の仲間があげた悲鳴でさえ、自分達を守るものたちの悲痛な叫びでさえ彼は子守唄程度のものでしかないのだ。


 そう考えてしまったとき。


「ば、ばけものが」


 思わず口走った。周りは、後処理に扮装していた。距離が離れているのもあるが、皆集中していた。だからこそリーダー格の騎士の声はとどかない。


 魔物たちも後始末をしている。後始末といっても、魔物たちは、真っ赤にそまった牛さんの体を必死に雑草とかで拭いているだけだ。


 安全を確保するだけのはずが。


 戦いが終わったはずが。


 厄介事が減り、少しは楽になるはずだった。だが、結果は逆に重荷が増えただけだ。知りたくは無い、護衛対象者の異常のレベル。


 大会で遠くから見たのとは違う。間近で彼という存在を見てしまった。




 負担が重く、騎士の心に皹が入った。常識に、価値観に全てに亀裂がはしった。


 これが


 彼と相対したものが受けたものだ。


 こんなのと参加者達は戦ったのだ。


 皆、これを味わったのだ。



 騎士は今回来た参加者達に敬意を表した。こんな怪物にかてるわけがない。化け物以上の怪物だ。


 そんな怪物に。

 挑んだ勇気あるものたちに対して、騎士は敬意を表さずにはいられなかった。敗れた結果は変わらない。だが過程は違う。


 勇気ある姿を見せ付けたからだ。


 そんな姿を見たからこそ、自分はここにいる。


 でなければ。



 自分なら逃げていた。戦うものがいたからこそ、その姿を見たからこそ騎士は逃げていなかった。


 職務に縛られただけでは駄目だった。



 怪物と相対するのは英雄の仕事だ。その英雄の欠片はみた。敗北という無様な姿であろうともしっかりと記憶にのこっている。



 他の人間ができて自分ができないわけがない。そういう思いが騎士をたたせていた。

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