レインと勇者
救護班達がクイナとリザードマンの怪我を治療する。ヒールという回復魔法が怪我の箇所を光で包み込む。試合終了後にリザードマンの腕が変色していたのに気づいた彼はすぐに救護班に申し出て、治療をしてもらっていた。彼に声をかけられた救護班の人間が少し震えていたのは、気づかなかった。
彼は勝利した。
大切な何かをすてた気がした。
倫理とか道徳とかそういうものを。
この大会が終わったら二度と参加しない。
二度目の決意を固めた。
自分がが泣くのも、なかれるのも好きじゃない。彼は小心者であり、常識人だった。他の人のように自分さえよければどうでもよいという人間ではなかった。
他人がいて。
初めて自分という存在があるのだから。
人は人の間でしかいきられない。たとえ人から排除され、孤独を生きる彼も人間の文化なくして生活はできないのだ。
人は群れて社会をつくる。
やがて財産をうみ、知識をつける。
人は人といきるからこそ、人間と呼ぶのだ。
だからこそ。
彼は人とまともに付き合えなくても、傷つけることだけは嫌いだった。目の前で泣きじゃくるクイナに対し、彼は凄く罪悪感を覚えていた。
怪我をさせたのもそうだが。
殺されるとまで思い込ませたのがつらい。
彼がもっともしないようなことを相手が言うのだ。
エルフが、少女がわめくのだ。
心にぐさりとつきささった棘。それはだんだんと侵食していき、彼をさらに苛めたのだった。
エルフが泣きじゃくりながら、退出。彼もまた心に棘をさしたまま、退出。
人がいなくなり。
あらたに二人が入ってきた。
レインと 勇者。
お互いが位置につき、鐘がなり勝負がはじまった。
突き詰めて。
駆け出して。
踏みとどまった。
レインと勇者の戦いはリザードマンとクイナの戦いが遊びに見えるほどの激戦だった。
勇者が拳を振るったのをレインは片手でいなし、開いた懐に飛び込んで膝蹴り。それを体を横に転がるように身を投げ出した。間一髪勇者の懐に届くであろう蹴りは宙をけった。それを時間をあけずに追い討ちを掛けるようにレインが迫った。
お互いの武器はもはや自分の肉体のみだ。両者の武器である剣は闘技場に地面に突き刺さった状態で戦闘を続行している。開始直前でレインと勇者が勢いよく衝突し、握る力よりも上まった衝撃により簡単に両者の手から離れた。
横に転がったせいで十分に迎撃するほど体制が整っていない勇者に迫るレインの拳を下から掬い上げるように、勇者の手が跳ね上げた。ここでカウンターまで行きたいが崩れた体制では無理だった。
たとえできても相手はそんなに甘くない。今は何より体制を戻すことを優先した。
跳ね上げて今度はレインの懐ががら空きだった。
だが、それには飛び込まず。
今は立ち上がり、バックステップで後退した。
間合いが開き、お互いが相手の隙を伺うように動かない。構えた両手と一切油断のない両者。
先に飛び出したのはレインだ。
体を低くし、重心を下へ。もぐりこむように勇者へと走り出した。ここで勇者は蹴りでとめるのではなく。
自分も同じように、体を低くした。足は地面にしっかりと踏みとどまり、重心は下にもっていった。
受け止める気だった。
相撲取りが相手の突進を受け止めるような姿勢で勇者はレインを待った。相手の行動を驚きの表情を浮かべたレインだったが、それもすぐに元の冷徹な顔に戻った。戦いのときのレインは日常と違い、冷徹だ。仕事に関してはどんな手を使ってでも完遂する冷酷さがある。
レインにとってこれは仕事だ。騎士団の意地と実力を見せ付けるという意味で、無様には負けられない。
どんな手を使っても、だ。
自身がくだらない手を使ってでも、勝たなくてはならない。しかし、そこには民衆が望むようにという制約がつきまとう。
税金で、民衆の金で生活している以上、そこにはルールがあり、基盤があった。もしふざけた行為を行えば、誰の金で生きていけるといった民衆の感情が騎士にむくからだ。
犯罪者を逮捕できない治安組織に対し、民衆が金食い虫とののしるように騎士もまた、そういう宿命にある。
だからこそ。
ルールの中で最善を尽くさなくてはいけない。
ルールの中でならば、どういう手も使うつもりだった。
勇者とレインがもう少しで邂逅する、その瞬間。レインはとんだ。地面を蹴り、勇者の頭を超えた。
もともとぶつかる気はない。
今度は勇者が驚きの表情を浮かべた。とっさの行動により、勇者の視線は上空のレインへとむかった。狙うは背後。着地したレインはすぐさま勇者の首に向けて手刀を放った。
「ちっ」
舌打ち一つ。
勇者ではない。
レインの舌打ちだった。
体制を戻している暇は無い。その場で片足を伸ばし、円を描くように体を回す。コンパスが回るように動かし、足は半円をきずいた。くるりと体はすぐに背後へと向き直り、迫りくる手刀を拳で迎え撃った。
受け止めた拳に負荷がかかり、指の骨がおれた。
手刀も受け止められた部分の骨がいかれた。
「くそっ」
勇者が毒を吐き。
「届かない!!」
レインが声を荒げた。
思わず、両者は飛び跳ねるように後ろへ飛んだ。また間合いが開いた。痛みによってお互いの集中が一瞬乱れたからだ。その乱れた状態では、相手には勝てない。
だからこそ、集中を一にまとめなおさなければならない。両者が両者とも考えること、行うことは同じだった。
集中する時間は一瞬でよい。
また、レインが駆け出した。今度は勇者も駆け出している。
無事なほうの手で放たれた勇者の拳を骨がいかれたほうの手で振り払う。逆に反撃といわんばかりにレインの無事のほうの手が勇者を狙い、怪我をしているほうで打ち落とす。
はねては、おとされ。
うっては、うけとめられる。
拮抗していた。
レインは冷徹に勇者を睨み。
勇者は激情にレインを睨む。
二人とも凄い形相でお互いを攻め立てていた。
怪我をしていようがお構いなく使い込む二人。使うたびに襲う痛みだろうが、集中を統一させた両者の動きに鈍さはなかった。
「しつこいんだよ!!!!」
勇者は吼えた。ここで負けられない。
勝たなくては彼と戦えない。あの人々をどん底に突き落とす悪魔を倒さなくてはいけないのだ。
観客が望んでいる。
彼を、支配者を倒せ、と。
大会というものに戦場を持ち込み、拷問を行い、人の心を簡単に打ち砕く化け物を倒してこそ。
勇者は勇者たりえるのだ。
「あなただって、いい加減にしてください!」
レインもまた、吼えた。
レインにだって負けられない理由がある。
騎士の名誉もある。
だが、そうじゃない。
ベルクという街において、初めて異物に出会った。
人間とは思えないほどの感情の薄い彼。宿で出会ったとき、少し自分の境遇をのろった。すぐに扉を閉められたことは、予想外だった。レインは感情がすぐに出てしまう、抑えるところと抑えないところを使い分けることはできるが、そのときはどうでもよかったと油断していた。
閉められた。
それは別にどうでもよい。
気づかなかった。
扉が開き、彼が前に立っていた。部屋の中で動くような気配がなかった。
そして、いつのまにか扉はとじていて。
彼が扉の向こう側に消えていた。
動きがおえなかった。
いつのまにか前にいて。
いつのまにか後ろにいる。
幽霊、ゴーストの魔物でも魔力を探せば探知できるというのに、彼にはそれがない。
気配がない。
痕跡がないのだ。
そこにいたという確かな痕跡。
それが見当たらない。
未知をみた。
未知の人間をみた。
マッケンから聞かされた以上の未知を発見し、思わず怯えた。そのときに少し涙をこぼしてしまった。
自分が無様とかは思わない。
別に気にしない。
そのときは必死に取り繕った。
そのときは彼もどうでもよさそうに部屋に招きいれた。
彼の表情から見て、自分が相手にされていないと思った。敵にすらならないのかと何故か思った。
マッケンが剣を突きつけたときも。
どうでもよさそうだった。
影のように希薄で、荒々しく凶暴な魔物を支配している化け物。
彼が感情を表に出さない人形のくせに、そばにいるのが感情が激しい魔物たち。
彼には何があるのか。
テイマーという後衛の人間でありながらも、アサシンのような彼。
どんなものなのか、どういう人間なのか。
それを知りたかった。
今回、大会にどんな手でもつれてきたのは、今後どういう手段をとるにせよ彼の実力と規則性を見つけるためだった。その重要性を騎士団長たるマッケンに訴えかけて、保障とかそういう類の予算を許可させた。
ゴブリン討伐を彼は受けなかった。
冒険者ギルドに登録していない彼は、討伐クエストもうけていない。ただ薬草をとっては売るということしかしていなかった。
せめて登録していれば。
情報は探れる。権力を使い、いかなる些細なことでも探れるというのに。
それがないから探れない。
彼は自分の行動を覆い隠し、読ませない、動かせない、そういう類の思惑で動いているとしか思えなかった。なぜそうも自分の情報を残さないのかはわからない。
何か考えがあるのかもしれない。
恐ろしいことをしでかすのかもしれない。
それがわからないから怖いのだ。
相対して彼の行動パターンを少しでも探り、実力を本当の意味で測定しないといけない。
ここで負けられない。
なのにレインは本当の意味で実力を出し切っていない。
スキルが使えるのに、だ。
この戦いでレインがスキルを使わないのは相手の命を奪わないようにしているためだ。
逆に勇者もスキルを使わないのは相手の命を奪わないようにとしているからだ。
お互いがお互いの実力が拮抗しているだけでなく、考え方も同じだった。
騎士として、罪の無い人を殺せないように。
勇者もまた、大会というゲームのなかで人はころせない。
武器を取りにいかず、肉体戦闘を行い続けた。
だからこそ、攻めて、受けた二人だからこそ。
レインはこのままでは勝てないと悟った。
甘い、考えを捨てた。
スキル発動、アタッククラウン、レインの攻撃をはじく力が強くなった。また殴りつけた拳も衝撃力が増えた。肉体の力を底上げする戦士ならば誰でも使える簡単なスキル。
そんなスキルでも、簡単には使えない。相手の命を尊重するからだ。
相手が同じ実力を持っていると思った。だから、使う。勝てないからだ。
今まで、はじき、ふせぐという両者の関係が崩れだした。はじいてはレインの力によって思わぬほうへ打ちあがり、攻撃を打ち落としては、貫通力のある一撃に手に負担がかかる。
一歩まえへレインが進むたび、勇者は一歩下がる。
レインの渾身の一撃が迫り、ついに勇者は防ぎきれなくなった。防ごうとした手ごとレインの拳は勇者の体を打った。スキルによって増強された攻撃は勇者の体を九の字にまげた。
「がはっ」
勇者は思わず、声をはいた。
一撃、打ち込むたびに勇者の体は衝撃で震えた。容赦ない。本気をだしたレインは恐ろしく強かった。
勇者もまた受けるばかりではいなかった。何とか反撃のチャンスをつかもうと、腹部に打ち込まれる拳を頭で迎撃した。頭突き、人間の拳と勇者の頭突きがぶつかり、額がわれ、血があふれだす。
レインの拳もスキルで増強しているとは、骨が折れるということはなかったが、振動により少し麻痺した。
一歩、勇者が奪われた距離を取り戻すように踏み出して。
一歩 相手は満身創痍だが、傷ついた獣が一番危ないという判断で油断をせず、距離を離す。腕の痺れがとれるまで。
血が勇者の視界を赤く染めた。真っ赤にそまる視界の中。
レインがまた距離をとった。
勇者とレインの間合いが再び広がった。見えない相手に遠距離スキルを打ち込めば勝てるかもしれないが、それはさすがにしようとしなかった。
油断ではない。
レインは遠距離スキルが使えない。
近接戦闘スキルに特化していた。肉体強化におよび剣に使うエンチャント魔法。そういう類のものだった。
レインが距離を離したのは、戦闘でもっとも得意なもの。一気に肩をつけることだった。レインは走るための距離を稼ぎたかったのだ。
助走する空間はある。レインは駆け出した。走り、空気をさいた。飛び出した弾丸は血を吹きながらよろめく勇者に迫り、拳をうがつ。
「....ぽ..to..クイ」
勇者の口元がかすかに動いた。
拳が勇者の頭部に迫り。
空をきった。
「なっ」
勇者の姿はそこにはない。狙い定めた拳は何も無い空間を切り裂いた。空間を拳が穿つ前に勇者がいた残像が微かな証拠として彼女の視界にみえた。
残像はあったが、今はいない。どこにきえたのか。ありえないといった表情でレインは思わず拳を見つめ。
首筋に衝撃がおそった。
レインの背後には残像が収束し、立っている勇者の姿があった。見えない速度で背後に回り、手刀が首をうっていた。
思わぬ一撃をくらい、その場で崩れ落ちた。
「...あなたも...化け物じゃないですか」
薄れいく意識の中、勇者にむかって言った。彼も化け物だというのに勇者も化け物なんて。
化け物ばっかりなのに、それを相手にしないといけない騎士はこれからどうなるのか。
そう考えて闇に沈んだ。
勇者は倒れたレインを見た。
恐ろしい相手だった。
ここまで追い詰められた経験は人間相手ではなかった。迫りくる強大な魔物たちだったら結構経験はあるが、相手は騎士とはいえ、ただの少女だ。
強力な魔物にしか使ってこなかったもの。
人間には使わない。この大会では使わないと思ったスキル。
思わず、負けそうになって使っていた。
クイックサポート。
早く移動できる。
高速で動くことができる。移動補助の魔法。他の人間が使ってもそれなりにしか早くならない技だが、勇者が本気で育てたこの魔法は、常人とは比べられないほどの速度を手に入れることができる。
勇者の得意技の一つ。レインもまた駆け抜けることが得意なように、勇者もまた得意だった。
お互いがお互い。
得意なことがにていた。
ただし早すぎる為に、行動できる時間が限られている。一回6秒という短時間のみしか使えず、一度使えば3時間は使えない。負荷が凄まじく、体が耐え切れないからだ。
「本気でいてぇ」
ぼろぼろだった。手の骨はおれ、額からは血、全身がダメージをうけていた。
一介の騎士に負けそうになった勇者。だが、結果は勝った。いかなる過程がひどいものでも、全ては結果が優先される。
勇者は勝った。
残るは決勝戦。
あの支配者。
彼と戦い、そして勝つ。
決心した心とは別に、体はもたなかった。勇者はその場で倒れた。
今の戦いで勝利者は勇者。
待ち望むのは彼。
民衆にとって希望の勇者と。
民衆にとって絶望の彼。
ぶつかる日、決勝戦は明日に行われ。
決着がつく。
どちらが勝つか。
それはわからない。
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