彼と雲 11.5(平和な回)
冒険者ギルド、ニクスフィーリド。両者の確執は終わりを告げた。冒険者ギルドベルク支部の代表、ニクスフィーリドの代表。それぞれのトップの死をもって、闘争は終焉した。同日に死ぬ。表向きは事故死、および自殺という流れ。証拠はないが、あくまで誰も関わらずに死んだという見解だ。
この一致感を疑う者は多い。だが口に出すこともないだろう。表に出ないだけで、心には刻んであるのだ。ニクスフィーリドの影響力も、冒険者ギルドの権力も。たかが個人で何かできるわけがない。されど個人でできてしまったという事実。自分たちがどうしようもなかったものを一人の怪物が片づけたなど誰が信じるのか。今までの噂が真実さを増す。されど言えない。怪物が殺し、邪魔なものを片づけたという単調な答えを誰も言えないのだ。
組織を壊す。
普通はやらないことをやってのける。これでベルクは再び混乱に陥るのだろう。そう危惧するものもいる。二つの組織は、それぞれのトップの能力によって力を得ていた。その二人が不審な死を迎えたことによって、再び争いが起こるに違いない。ニクスフィーリドと冒険者ギルド。お互いがお互い反目しあうからこそできていた冷戦による平和。
その平和が崩れ、また生殺与奪がはびこる弱肉強食の世が訪れる。このニクスフィーリドと冒険者ギルドの狭間に利益を得ていたものならば、危惧することだ。されど心配なんか必要はない。
怪物は再び手を打った。ニクスフィーリドが再び表に出ないように、冒険者ギルドが権力を持たぬように。行政が口を出さぬように、怪物の目にも見えない手が打たれていたのだ。
ニクスフィーリドの長亡きあと、一つの組織が接近してきた。ただ平和的というよりかは上から目線の対話に近い。抑えてきた商人たち、民衆たちの感情をまとめてきた長の能力なくして判断が難しい。そういう案件のものだ。
接近してきたものはグラスフィールにて商人の纏め役。
大商人たる老人だ。その本人がわざわざ半壊したニクスフィーリドへと足を運んだのだ。会話は不明、内容も不明。されど大商人は金の力をもって、またその裏ボスたる彼を前面に押し出して交渉に応じたという。それは明かされることのない裏の話。
ニクスフィーリドの纏め役はいない。壊れきって崩壊寸前の組織の組員全員を集めて、大商人は語りつくしたという。
滅びか。
生か。
商人の言葉とは思えない。だが切迫した物言いと冗談ではない真顔をもって言われれば、誰もが納得せざるを得ない。これは彼のやり方だと。証拠にも残らず、自分たちを半壊させた怪物と名の裏ボスが仕掛けてきた調略。
拒否ることは現状お勧めしない。そういう含めの言葉を用いられれば、誰もが察するのだ。大商人の力、名前を知らぬものは王国には少ない。その男の行動が怪物という彼の力を証明してしまう。自分たちを叩くだけでなく、有力者ですら支配下におさめる。
その手腕。
剛腕にして苛烈。残酷にして現実を見せつける。世界に悪を正す力などないのだ。ニクスフィーリドの構成員たちは自分たちが正義だと思いこむ節があった。その正義の味方たる自分たちが、悪意の手下に成り下がる。誰が認めるものかと声を小さく言う者もいた。荒げることなどしやしない。聞かれれば、大げさにいって彼に伝えられればどうなるか。そのもたらす恐怖の未来が、構成員たちの言葉を自重させていく。
だが大商人は予測していたのだ。その反応を。
「生きるために必要なことなど幾らでもある。自分たちが全て正しいと思いあがるな。商売も暴力も全て力こそが決める。意志の強さこそが結果を導く」
その大商人は子供に聞かせる言葉を口にする。その意思は気高く、いまだ満ちない心のありさま。
「ニクスフィーリドの諸君、儂らと共に来い。死にたくはないだろう、生きたいであろう。このまま落ちぶれたくはないだろう。まだ負けてはいないだろう。あの怪物は予測していない。諸君らが怪物に媚びを売るなど、今はまだ」
大商人は口を閉じた。その視界の先、構成員たちが口を開き唖然としているのか。それとも何かを思案しているのか。その中身など理解はできやしない。
「今はまだ、その時期じゃない。怪物はそう考えているはず。その考えの裏をもって行動する。諸君らの最後がどうなるかも怪物の頭脳にはあるはず。想像もしたくないが、想像できるだろう。悲惨な自体が引き起こされる、諸君らはどうやって殺されるのか。ベルクの冒険者ギルドのように殺されるか、今の諸君らのトップがなったように殺されるか。自殺という工作をされて殺されるか」
その不安を煽るスタイル。淡々と現実を突きつけていく大商人の発言。その表情に偽りなく真顔であり、真剣というよりは氷のごとく冷淡だ。対する構成員たちは冗談じゃないと憤りを表すものもいる。不安そうになるものもいる。逃げようと画策する者すらいる。自分たちも被害者だというものもいる。
そのすべてを黙らせるため口を大商人は開いた。
「・・・だからこそ諸君らの力を、わしらに貸さんか?ただとは言わない。補償すべき点は身の安全、身元の保証、大商人たる儂の影響下に入るという組織の名義。そして」
一瞬間をあけ。
「・・・怪物の配下になるという、最大の禁じ手で奴を絡めとる。組織というもののトップを表向き、儂にし、実態は怪物の支配下というものを演出し、口外する。宣伝し、わしら全ての責任を怪物に取らせる。ただでは殺されないための手段。殺させないための制約。悪いことは言わん、力を貸せ諸君。あれは失敗作、邪魔になったら殺される。だが配下になったものに関しては魔物であっても今のところ生きている」
静まり返る場面。言葉などでやしない。出るものは口を開いて、息という意思を吐き出す。肯定か否定かそれらはまだわからない。
「あれは怪物。あれは人間の失敗作。情など求めるな、奴に必要なのは制約という枷だ。儂らの意志や思いを怪物に押し付ける。その代り怪物の意志を儂らが引き継ぐ。だから殺されない。殺させない。もし怪物が諸君らを害そうとするならば、わしが何処かに逃がしてやる。逆に益を得るならば最大限配慮して諸君らに還元する。儂も諸君らも、あれに捕らわれた被害者である。被害者であるが、今後は加害者になる」
だから一緒に生きよう。
子供らしく笑みを大商人は浮かべた。苦労と経験による皺と老いによる活力の欠乏。されど子供らしく無邪気に大胆に笑みを浮かべた。まるで本物の信仰者のごとく。
ニクスフィーリドの長という神を殺された宗教もどきは、今や怪物という存在を主君として崇めなくてはならないのだ。大商人はあくまで代理人。されど影響力も実力もニクスフィーリド全盛期よりも格上。信用するかしないかは別の話。だが人間は恐怖を伝えただけで諦めるほど単純ではない。
勝者になりかけた組織の構成員たちが、敗者のままで収まるわけもなく。
「諸君らを取り込み、グラスフィールの商人総出の共同体を作る。怪物とて殺せまい。壊せまい。なぜなら全て怪物の意志を引き継ぐ箱庭なのだから!奴が欲しがる足場を儂らが作る。今はまだ頭脳にないであろう、未来の形を引き渡す。そしてわし等は箱庭の住人にして、怪物の手先と成り下がる!怪物からみれば敗者であろうと、第三者から見れば、わし等こそ真の勝利者だ!」
それは語り手。
それは担い手。
子供らしく、されど大胆不敵。歳のわりに活発的な笑顔をもって大商人は語りつくした。
「儂らと共に来い、敗者の諸君。共に勝者として成り上がるのだ!」
語りつくし、そして手の平を前へ差し出した。歓迎するかのように、引き込むための度量の見せ方だ。
これは誘惑、これは破滅への一歩。勝っても負けても敗者。されど永遠の勝者からみれば敗者である。だが永遠の敗者からしてみれば、共同体もまた勝利。
言葉遊びであるが、それは大いに盛り上げた。生きるという希望が見えた。ニクスフィーリドは無駄に終わらないという現実が見えてきた。
構成員たちは不安の中、必死にできた希望を掴もうと頭を回転させた。一人一人、脳を酷使し、考えを導くまで大商人は待った。この場においての時間しか与えない。その余裕しか見いだせないからだ。この一瞬こそが大切だからだ。だが人間の意志を否定もできない。己が考えて導き出した選択こそ正しいのだ。
最後の一人が行動を決めるまで時間を待った。
そして結論が出た。
大商人がニクスフィーリドの構成員たちを買収、乗っ取りに転じたという情報が各地に出回った。組織ごと買占め、合併。グラスフィールの商人たちが作り上げた共同体に組み込む形で取り込まれた。
その名は。
ニクス大商会。
ニクスフィーリドの構成員たちに配慮し、最初の三文字を組み入れた組織名。大商人の影響力とニクスの名前は今王国に広がった。正しくは広がらせた。全ては怪物の支配下であると裏に含めた宣伝である。
怪物、大商人を支配下におさめる。
ベルクの悪名高きニクスフィーリドを懲罰、乗っ取り。
その力、個人にして破格。
そしてハリングルッズの構成員でもある。だから恐ろしい。ハリングルッズの一員であり、新組織の裏ボス。誰が止めるのか、押さえつけるのか。個人が組織をもつ。組織の一員でありながら、別のものの影響をえぐり取る。
住人皆殺し事件から一年もたっていない。進撃のスピードは常人の物とは思えない速度で、突き進んでいった。
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