第18話
彼は予選を勝利した。
「第一グループ予選勝者が決定しました!」
アナウンスが響き渡る。会場全体に響き渡らせている技術は別にマイクとか音を響かせる機械があるわけじゃない。どうやって大きくしているかと思えば、ただ魔法を使っているだけだ。
勝利したとしても彼には喜びも嬉しさも無かった。
彼はいますぐにここから出たかった。
入ってきた出入り口に戻る彼の背中には痛みと恐怖による悲鳴が流れている。大会運営の救護班が必死にその場で回復魔法をかけているが、数が多い分手が足りていない。手伝おうとして彼が近づけば、参加者達がさらに悲鳴を上げるものだから何もすることができない。
救護班の人間も表情を崩すものだから彼も近づこうとは思わなかった。
彼はただ歩く。後方から悲鳴があろうとも振り向くつもりはない。
この惨状を生み出したのは彼の家族であり友達だ。
他の参加者たちが潰し合いで、こんな風になっているわけじゃないと、なんとなくわかっていた。助けようと近づいただけで悲鳴をあげるのだから誰だってわかる。
目を瞑り、現実逃避をしていた彼は決して家族に文句は言わないし、感謝さえしている。
怪我をすることは参加する前から予測していた彼だが、無事だった。他の参加者だけが怪我をして、痛みを味わった。
それだけである。
でも、なぜなのか。
自業自得。
自業自得という言葉が出るには出るが、それをいうほど彼は軽くは無い。恥ずかしいとかではなく、彼自身の矜持で言葉には出せなかった。
どんなものにも責任はある。参加して怪我をして悲鳴を上げるのは参加者達の責任だ。町を歩いてて突然怪我をさせられたなら、させた相手が悪い。
わかってはいるが。
釈然としない。
全ては綺麗に終わるわけがない。
この惨状を生み出した友達と家族の責任者。つまるところ主人であり、親である彼の責任だった。
悪いとは思っていない。
こういう大会だから。
彼だってやられていたかもしれない。もしやられていても、やった相手に文句は言えない。彼自身の責任だ。
しんではいない。死にそうな人間も居ない。しにそうだったのはエルフだけだ。それは治療した。
ならば、意味は無い。
考えるだけ無意味。
そう思ってはいる。
それでも、少し気になった。
振り向くつもりはなかったのに、ちらりと後ろをみた。彼が考えていること、思っていることと違う行動だった。
気になった。
救護班のヒールの光はやみそうにない。怨嗟の声はまだ続いている。誰も彼もが痛みからの解放を求めて声を出していた。
見ていてもしょうがなく。
前を向いた。
堂々としていたい、彼は悪くない。バトルトーナメントの絶対のルールがある。
それは自己責任。死んでも文句はいうな。怪我をしても文句はいうな。
そのルールの中の大会に参加した参加者の責任は彼が負うものではない。
それは観客の人間が証明もしてくれるだろう。だが、そうじゃない。
彼は文化人だ。
暴力嫌い、平和、人権。絶対の条件が保障された民族の子供なのだ。誰かれかまわず人を傷つける蛮族とは違う。
思わぬ彼の言動が人を傷つけたとすれば気にもする。誰だってそうだ。もし自分の言葉が人を傷つけていたとしったら罪悪感が生まれるのと一緒だ。
彼には今、罪悪感がある。
人を傷つけるということは重かった。心に大きくとげが残る。
彼は弱い。肉体も、精神もまだ未熟だ。子供は未熟なのは当たり前。
大人が完熟しているとは限らない。
彼は未熟だ。完熟まで育たない果実。
自分で思っていることにすら悩む哀れな子羊なのだ。
面倒臭い。
わかっているがやめられない。
入り口のところまでたどり着く。半ばまで歩けば、中央の開けたところから入る日差しは届かない。松明の火だけがこの暗闇を照らし、道をつくっていた。
彼はもう後ろを見るきはない。
全ては彼の責任だ。
ただ賠償とかの責任ではなく、心のあり方のほうだが。
勝利が決定した。
観客席は静かだった。
全員言葉が出ない。それもそのはずだ。
凄惨な光景が広がっていた。
誰もが口を閉ざしていた。
人が痛みにわめく。テイマーが己の魔物の被害に泣き、武器も防具も叩き折られたものが泣いている。利き腕もへし折られた戦士が悲痛な叫びを上げ、弓使いは自慢の指の骨を砕かれた。剣士も、ありとあらゆる職業の人間も全員砕かれた。
皆、自分が得意としていたものを砕かれていた。ただの痛みだけではなく、自分のもっとも大切にしていたものを壊された。
肉体と心の破壊。
それを同時に行われた。
怨嗟の声が響き、観客席は声を上げられない。いつもの大会は勝負がついたら歓声が上がり、にぎやかなものだ。
それが今はない。
この闘技場は出来たときこそ、歴史に残したくは無い黒歴史というのがある。他国の人間を痛めつけてきたことだ。その痛めつけられている姿に歓喜していた民衆も今回のことは口を開けられない。
第一グループ。それは王国の人間が多く参加していたグループだった。全員が全員ではないが、9割ほどは王国の参加者達だ。
自分達の同胞が傷つけられた戦いだった。最初は自慢げに誇らしげに参加していた人間は今では参加したことを後悔させていた。
他国の人間をいたぶり、それを笑っていた自分達。それが髪も肌も違う異国の民に同胞は壊された。
皮肉なものだ。
やっていたことをやりかえされたといえる。
誰だってそうだ。平和が訪れ、周辺国から闘技場で捕虜を使うのはおかしいとの苦情。観光していた土地の住民から貴方達はおかしいといわれた。そのたびに民衆は皆政府が悪いといっているが、のめりこんだのは民衆だ。
それがこのざまである。
戦争当時をしらない一部の人間はこれを行った人間に激怒していた。だがほとんどの人間がこの闘技場の歴史は誇れないとしっている。
他国から言われて、弾かれて、ようやく数年前から捕虜を使うのをやめた王国。
それをするのが遅い、と自分は悪くないといわんばかりの民衆。
誰が悪いとかではなく、誰もが悪いというのに。
一瞬で傲慢で残酷な民衆の意識を叩き落した。
人はやられてようやくわかるのだ。
仕返しされて、自分達の行為がどういうことかを知るのだ。
それが今行われたということ。
安全に戦争を見れると民衆が金を落とした闘技場。
安全に戦争の中でおこなってきたことを見せられて、金もきえた。沸き上がる心もなければ、興奮で踊ることは無い。
ただ、それだけだ。
その犯人は今、中央から出て行った。今頃はどこにいるかわからないし、どこかいくのかもしれないが知ろうともしたくない。
皆が皆口を閉ざし、深い心の闇に沈み込んでいる中、あるパーティーと一人だけは観客席で拳をにぎっていた。
あるパーティーとはいうまでもなく。
勇者のパーティーだ。
時は少し前。
始まる直前。
勇者とその一行はそろいもそろって横一列にならぶように座っていた。そして戦いが始まり、壁に寄りかかる支配者の姿をみた。
ヒーラーが口を開く。
「あ、あの人。あの人がいますよ!!!」
声を思わず荒げていた。
自分の役目とは冷静に人の状態をしることから始まるヒーラーもこのときばかりは抑えられない。
魔法使いが驚きのあまり、杖を強く握り締めた。
「う、嘘でしょ?」
その言葉を信じられない魔法使いはおもわず前の席に乗り出すように立ち上がっていた。
「...まさか、オークとリザードマンをつれて大会にでるとは。」
メイドが小さく声に出した。
何かがある。
そう思っていたが。
この戦いに。
大会に。
オークとリザードマンを出すなんてあまりに甘く見すぎている。皆、腕自慢ばかりの参加者達だ。ほとんどの人間がオークとリザードマンを簡単に倒せるほどの実力者しかいない。
勇者は何もいわない。口を開かず、戦いをながめている。
そんな考えは、すぐにきえさった。
彼に迫る参加者達をオークとリザードマンは全て弾く。いかなる攻撃も二匹の連携の前には手がだせないでいた。
勇者達は声が出ない。
ただのオーク。
尾が無いリザードマン。
その二匹程度が迫る凶手を叩き落していた。いかなる攻撃も寄せ付けぬ難攻不落の集団。そして彼の中の最大手トゥグストラが他の参加者たちを叩き潰すように走り出す。ミノタウロスという肉盾をまといながらの突進の波は全てをのみこんだ。
攻撃と守り。
二匹が守りならば。
トゥグストラは攻撃のようだった。
そんな戦いが行われているのに、彼は眠ったままだ。勇者達一行の目は常人よりもすぐれていた。だからこそ、距離が離れていても見えるのだ。
余裕そうに、目を瞑る。
近くでは激戦が行われているというのに。
堂々と。
悠然として。
そこにたっている。
終われば、たっていたのは支配者とその従属魔だけだった。
ただのオークとリザードマンですら腕自慢の参加者達は突破できず、怪我を負った。武器を失い、防具もへこみ、心を壊された。
参加者達は虫の息。
肉体も心も砕かれた。
ここまで、するのか!
その光景に勇者は心が怒りへ高まっていくのを感じた。
勇者は握った拳を自分のひざに落とした。痛みが興奮を収め、心を冷静にもどさせる。
魔法使いも、ヒーラーも、メイドも。
誰もが口を開けない。
これは戦争の姿だった。命こそ、あれど優しさは無い。
戦争というのは相手に負担をかけさせることから始まる。兵と兵の戦いではいかに相手を殺すかではなく、動けなくさせるかという点が特に優先させられる。怪我をした人間を救う人間、治療する人間、それにかかる経済的損失。
また、大怪我をしていて虫の息の姿を見ると人間は次は自分かもという恐怖が生じ、行動が鈍くなるというのもある。
王国が敵国の捕虜をいたぶっていたのは、相手に心的恐怖を与えるためでもある。つかまれば、負ければ酷い目にあうぞというものが兵の逃走を加速させた。
それは戦争のお話だ。
だがここは戦場じゃない。
問答無用のものではなく、ルールがある戦いの場なのだ。
そんな場に彼は戦争をもってきた。
彼は最初にこう告げたのだ。
牙を向く奴はこうなる、と観客と次に戦う対戦相手に対して。
それはやり方が違う。
そんなやり方は認められない!
こんなのは許せない!そう思えるだけで、あの怪物をとめられるかといわれれば、答えはでない。
でもとめなくてはいけない。
勇者だから。
支配者は予選を勝った。
勇者ならば。
とめなくてはいけない。
勝てなくてもと逃げるのではなく、勝ってあの化け物の被害をおさえるほうへ。
そうするにはどうするべきか。
決まっている。
自分達も予選を勝つしかない。
本選で支配者と勇者の戦いを行うのだ。
そして勝ってとめる。
なんとなくで始めた大会で。
最大の敵が見つかった。
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