第17話 闘技場 予選 

 彼の前では激闘が繰り広げられていた。

 予選というのは参加者入り乱れての乱闘だったらしい。しかし、バトルトーナメントの参加者が多すぎるため、何回かにわけられて予選は行われた。

 その予選の勝利者が本選へと進むとのことだ。

 そのグループをどうやってわけるのかといえば、もう決まっている。広場で渡された札で既に分けられていた。


 彼は最初の予選。

 壁に背を預けて、目を瞑っていた。

 人前だからこそ、彼は震えては居ない。壁を触っていたときは他の参加者達のことをすっかり忘れていたからだ。

 だが今はしっかりと見てしまっている。

 参加者が沢山居る。

 この予選400人ほど参加しているそうだ。


 震えなくても。

 怖いものは怖い。


 一切、見ない。

 暗闇だけが彼の救いだ。

 だが見えない分、聞こえてくる音が彼を恐怖へと駆り立てる。金属がぶつかりあう音、何かの衝撃音、誰かの悲鳴。ありとあらゆる音は彼の弱い心を追い詰めていった。

 ミノタウロスが牛さんの突進を全身で受け止めていた。ミノタウロスの屈強な腕は牛さんの両角をにぎりしめ、後ろに引きずられながらも必死に食い止めていた。

 強大な力を持つ魔物同士の戦いだ。

 ミノタウロスも強い

 牛さんも強い。

 強い牛と人型の牛。

 その戦いはまだ決着がつかない。

 一歩牛さんのほうが上回っているが、その分一匹相手に時間をとられていた。他の人間も魔物も彼を狙ってくる。それを防がないといけないと焦る牛さんにとってミノタウロスは邪魔だった。また、それもあって彼から距離を離せないのもある。

 でも、それは長くは続かない。

 牛さんの両脇に彼の武器達が駆け寄っていた。拘束をとくべく、オークとリザードマンが己の武器を突進を食い止めている腕に突きつけた。あふれ出る鮮血とともに、ミノタウロスの拘束が緩んだ。怪我により力が入らなくなったミノタウロスに牛さんを防ぐすべは無い。

 牛さんはオーク、リザードマンに目配せで合図するとともに、ミノタウロスの体を纏うように走り出した。狙いは戦闘が激化した中央。そのまま突っ走り、他の参加者たちを巻き込んでいった。衝撃で倒れたもの、元々倒れていた者の体は頭と胴体を除いて踏みつけていった。

「なんだ!」

「つ、つっこんでくるぞ!!」

 中央、迫りくるミノタウロスの巨体とその下から僅かに見える黒い太い足。

 迫ってきた巨体も恐ろしいが、その通り過ぎた後方はもっとひどいものだった。

 踏まれて折れた腕、足。倒されたものたちも吹き飛ばされたものたちも等しく悲鳴をあげていた。

 痛みと恐怖。

 暴力こそ慣れていた参加者達は言葉を失った。

 地獄があった。

 恐怖が過ぎた後には健常者がいない。全てが皆倒れ、痛みにのた打ち回る。

 こんなのは今まで無かった。

 他の参加者達も自分達の争いを忘れ、呆然と立ち尽くす。はっと我に返り、迫りくる牛さんの突進に目を向けた。避けようと走り出した。だが、もう遅く牛さんが纏うミノタウロスの大きい体に吹き飛ばされ、反撃するまでもなく沈黙。

 全てを巻き込む。

 通り過ぎた跡には怪我人と悲鳴だけが上がっていた。


 牛さんの合図とは彼を頼むというものだった。

 リザードマンとオークはそのまま彼に迫る魔物と人間の対処。だが、牛さんが大きく参加者を巻き込むように走ったため、彼を狙うものは少なくなった。

 オークとリザードマンは魔物の中では弱くもなく、強くも無い。

 だが、二体で協力し合って戦う姿は隙が無かった。彼も壁に背をむけていたため、背後を気にする必要が無い。脇と前。それだけで事足りた。

 リザードマンが相手をしていたのは大柄な剣士だった。そいつの繰り出してくる全ての剣激は重く、受け流すのも精一杯だ。

 侮るような顔をしている剣士。

 その余裕をいつまでも続かせない。

 突き。

 迫る剣先を盾で弾き飛ばし、地面を蹴り土けりを剣士の顔にたたきつけた。目に土が入り、激痛と涙で視界が消えた。そんな隙だらけの腹部に柄を叩き込む。一撃の重さと腹部に衝撃をうけた剣士は嘔吐物をもらしながら、後ずさり、ひざを突いた。腹部の残物を吐き出している剣士なんかに興味もわかない。

 その隙に彼へと迫るエルフに標的をかえた。

 エルフは彼を倒せばよいと思っているが、そもそもこの激闘時に眠っている奴に近づくのはありなのかと少し迷いが生じていた。

 余裕がありすぎた。

 堂々とした立ち振る舞いは、まるでこの状態でも勝てるといっているようだ。現に怪我一つしていない。エルフは己の体をみた、この予選で腕と肩に攻撃を受け、いためている。他の参加者もそうだ。自分の体を駆使して戦う全員がどこかを痛めている。

 後衛のテイマーも皆そうだ。この乱戦では全てが全て争いに巻き込まれていた。

 彼を除いて。

 そんな無防備でありながら、無傷。


 横から殺気がきた。

 半身を後ろにずらしたエルフの前には剣が通り過ぎていった。それに視線を向けるまでもなく、攻撃主を見た。

 リザードマン。尾が無い。

 尾が無いリザードマンは言ってしまえば人間と変わらない。ただ少し力が強いだけの魔物に過ぎない。

 剣がその状態から横なぎにせまってきた。エルフはしゃがみ、頭があったぎりぎりの位置にに剣が通り過ぎた。その状態から足を狙う回し蹴りを放つ。当たれば、リザードマンは体制を崩す。その隙を手にした短剣を突き刺そうと画策するエルフだった。だがその足をリザードマンに当たるのを防ぐように何かが突き刺した。

「いっ!!!」

 あまりの痛みに悲鳴がでた。

 リザードマンではない。

 何かとは槍がエルフの足に突き刺さっていた。彼の使役魔、オークがしゃがむように手にした長い槍がエルフの足を突き刺し、行動を制限させていた。

 隙が無い。

 たかが魔物二匹。

 なのに、勝てる気がしない。


 最初に見た。

 彼を見た。

 予選が始まる前、彼は闘技場の壁の近くに居た

 壁に視線をむけ、他の参加者たちを見ようとしなかった。


 情報を得ようとしない。たかがオーク、リザードマン。強いのはトゥグストラだけだと思っていた。恐ろしいのはトゥグストラ。

 相手を探るという初歩を行わない。

 初心者だと思った。基本を行わない彼をみて初歩だと思った。

 ただ、腕には自信があるのだろう。見てもすぐに消えそうになる彼の気配からしてアサシンと近い職業の人間だ。

 壁ばかり見ている彼の体が震えていた。きっと見るまでもなく、勝てるからこそ高笑いでもしていたのだろう、と思っていた。

 叩き潰す。

 ここはそんなに甘くない。



 簡単だとは思っていない。

 余裕とも思っていない。


 だが侮った報いはうけてもらう。

 そのときはそう思った。


 だが今は違う。


 彼が。

 目の前の眠る男が他の参加者をみない理由がわかった。

 見る必要が無かったということだ。


 見る間でもなく、勝ち残る自信があったからこそ、見なかったのだろう。


 すぐ近くで眠る彼。

 それを守るように防ぐ2体の魔物。


 参加者は皆、腕に自信があるものたちばかりだ。エルフもそうだ。自慢の短剣で何体もオーク、リザードマン、ゴブリンなど一人で叩きつぶしてきた。群れに囲まれてきたときも潜り抜けてきた。

 なのになぜ届かない。


 リザードマンの盾が迫る。上から振り下ろされる盾をよけようにも、突き刺さった槍が邪魔で動けない。


 たかがオークに中途半端なリザードマン。


 かつて倒してきた経験から、弱いと思ってきた存在。



 あぁ、そうか。


 エルフは少しわかったきがした。

 そんな存在にエルフは負ける。

 侮ってきた存在に負ける。



 最初に彼をみた。

 こちらを探ろうともせず、壁ばかり見る彼を。


 侮られていると馬鹿にされているとエルフは思っていた。

 だが違う。


 侮っていたのはこちらのほうだった。皆、そうだ。気をつけるべきはトゥグストラだけだと。

 あとは主人のアサシン術。


 そんな油断から今回のようなことになった。


 侮るな

 馬鹿にするな

 そのときは、自信の感情の高まりを感じていた。


 そんな甘かった自分。


 かつての自分をなぐりたい。


 彼の後姿は震えていた。


 今だからこそ。

 わかる。


 彼はきっと嘲笑っていたのだ、とエルフは思った。


 侮っていたところを、馬鹿にしていたところを、油断してはいけない、基本中の基本だった。

 魔物の主人はそれをしっていたからこそ、こちらを見なかった。

 見る必要がなかったのだ。


 現に見てみろ。


 今も眠っている。


 攻撃がくるとも、届くとも思っていない。皆、二匹が防ぐと思っているのだろう。そのとおりになっている。

 基本ができていない自分達が、基本に忠実に動く魔物に勝てるわけも無い。


 足が動いた。オークが突き刺した槍を引き抜いたためだ。栓がなくなり、血があふれだす。

 眼前に迫る影。リザードマンの盾がエルフの体に向かっていた。咄嗟に利き腕の左腕を顔の前においた。短剣を握ったままだったのは失敗だと思ったが、今更時間は無い。

 緩衝材とまではいかないだろうが、顔は防げる。


 勝敗はきまった。


 


 強いじゃないか。


 強いじゃないか。


 傲慢な自分が衝撃とともに叩き潰された。 




 静かになった。

 彼は少し探るように目を開けていく。開いた視界の中には彼の友達、家族以外立っているものはいない。

 皆倒れていた。

 なにこれ?

 声にも顔にもでない驚きが彼を襲う。ただ、それで動けなくなるわけじゃない。

 近くに倒れたエルフの足から血がどばどばとあふれ出していたのが木になっていたからだ。


 バックから消毒液、薬品と包帯を取り出し。しゃがみこむ。

 エルフの足から溢れる血を止めるため、まず消毒液と怪我の周りの土を落とした。そして包帯でぐるぐるまきに強く締め付ける。血が少し勢いが弱くなったところに薬品をかけた。

 この薬は包帯の上からでも効く。

 やりかたは違えど。

 今は血をとめてからでないと後遺症が残るかもしれない。


 彼はそう判断と同時に行動をしていた。あちらこちらから聞こえる悲鳴は聞こえるけど聞きたくない。

 でも、悲鳴が出せる分余裕があるはず。


 悲鳴すら出さないエルフのほうに彼は集中した。治療と薬を消費し、応急処置を終える前に、顔色をみた。どんな人間も倒れると顔色が変わると聞く。

 顔色は別に他の人と換わらないように見えた。

 ただ、変わっているのは顔の造形くらいだ。

 綺麗だった。

 あと耳が長い。

「...耳長」


 整った顔と体。

 彼は人をあまり見ないため、性別こそわかりはしない。だが、どちらでも通じると思った。

 それだけだった。


 彼は治療を終え、立ち上がる。

 自分の家族達はどうだろうかと一番近くに居たオークの体を全身くまなくみた。別に怪我はしていない。


「...怪我は?」

 オークが顔を横に振る。

 次にリザードマンを見る。体に血が大量についているものの、出血とかはみえなかった。

 でも念のため

「...大丈夫?」

 こくりと頷くリザードマン。

 最後は牛さんと周りを見るが。

 いなかった。

 ただ中央から土煙があがっていた。土煙はだんだんと近づき、彼の近くになると勢いと煙はやみだした。

 煙の中からでてきたのは元気な血だらけの牛さんだった。

「け、怪我したの!?」

 思わず、声が荒げた。

 走りより、牛さんの体をくまなく見て、触る。足と顔に少し血が出ていただけで大きな怪我はしていなかった。

 持っていた薬と包帯を先ほどのエルフとは違う順番で行った。消毒液、薬品、包帯との順番で行う。

 少し痛そうに逃げるように身をよじる。そんな牛さんの頭を自分の体に引き寄せた。

「..動かない!」

 治療ができないのもあるが、強くはいえない。でもそんな彼の言葉を聞き、染みるのを動かないで我慢する牛さん。


 この怪我は彼を守る為についたもの。


 それは彼だって知っている。


 包帯を巻き終え、牛さんの頭をなでた。

 その次にリザードマンの頭。オークの頭となでた。助けた順番がオーク、リザードマン、牛さんだったから、その逆でなでていた。

 照れくさそうにしているオークとリザードマン。そして体を押し付ける牛さん。

 彼だって知っている。


 参加者としてみるなら彼だけしかたっていない。

 他の参加者全員、彼の愛すべき友達が倒したのだろう。

 もし。

 もし、も。


 この3匹がいなければ今頃、中央で倒れ付す参加者達と同じになっていたと思った。


 痛みに弱く、心も弱い。

 そんな彼ではあるが心に少し暖かいものがある。

 周りは地獄絵図だが。

 それでも。

 今無事であるのは。

 この予選でで彼を守ったのは3匹の友達のおかげだ。


 僕は一人じゃない。


 守ってくれる存在がいるからこそ、彼は少しだけ前へと視線を向けれるかもしれない。



 この戦いでレインはいなかった。


 別の予選らしいが。

 彼の知るところではない。

 今は無事であった。

 ただ、それだけだ。

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