第16話 闘技場 始動

ベルクの町から馬車で揺られ7日。彼は大会が行われるオリニクという町に来ていた。今の時期から準備をしないといけないといわれていたが、宿と食事の手配はレインがしてくれていた。


 武器と薬品はなんとかそろえた。武器はもともと、オークとリザードマンが持っていたものからグレードをあげたものと、薬品はフーリ君から買っていたものだった。


 それらは全てベルクの町で揃えておいた。


 準備はそろった。


 やれるだけやってみよう。

 そのときはそう思ってた。


 大会当日。

 その朝。


 彼は何をしているか、といえば。


 宿のベットで布団をかぶって、がたがたと震えていた。大の大人が震える姿はどことなく惨めだった。


 がたがた。


 武者震いとかではない。


 寒いわけじゃない。


 ただ、怖くて震えていた。そしてそれを周りで見つめるオークとリザードマン。なにやってるんだとオークがリザードマンに言葉をかけているが、リザードマンは肩をすくめて、さぁわからんと答えていた。


 魔物たちのわけのわからないコミュニケーションはおいておいて。



 彼は、自問自答の真っ只中にいた。


 なぜ、うけてしまったのか。


 あの時、涙に負けず断っておけば、今頃はうはうは草ワールドだったというのに。


 彼は後悔していた。


 自身の弱さ。


 頼られるのは慣れていない。

 泣かれるのは慣れていない。


 経験と慣れが圧倒的に少ない彼はどうしても、断るということがなれていない。


 後悔は先にたたず。


 最初から断る気ではあったが、結局引き受けてしまった。何やれるだけやってみようとか思ってたんだろうか。


 恥ずかしいより、馬鹿じゃないか。


 うまく、いくわけがない。


 考えてみろ、そこらの子供が簡単に持ち上げている大きな野菜一つ彼は本気を出さなくてはもてないのだ。子供と力勝負ですら勝てないそんな人間が武器とか魔法とか使える危険人物パニックワールドに放り込まれても生き残れるはずがない。


 勝てるわけが無いのだ。


 布団の暗闇からわずかに除き見える彼は、頬がゆるみ、口が開きっぱなしである。悲観的になりすぎた人間が生み出した表情は、もはや死人そのものだ。別に命までをとる大会ではないのに、彼は死ぬかもしれないと危惧していた。


 いつもは人形のように無機質、無表情の彼でも。


 さすがに今日はひどく怯えていた。


 がたがた。


 考えれば、考えるほど悪いほうに進んでいく。これならあれだ。あれ、何とかして降参しよう。確かバトルトーナメントとやらは降伏をしても相手が認めればよいらしい。


 認められかったらどうなるの?


 殺されるの?


 がたがたがた、震えがとまらなかった。


 別に、ルールとしては命をとるまではしてはいけない。事故ならともかく。降参を認めればよいというのも、あくまで殺すことを目的としたわけじゃない。どんなものでも人間は金を生み出す。武器、薬品、そしてギャンブル。


 誰が勝利したとかいう勝ち負けのギャンブル。

 どういう組み合わせで優勝するか、とかそういうギャンブル。


 トーナメントでどのぐらいの時間で勝敗が決まるかとかいうギャンブル、もあるということだ。とくに対戦相手がそれに噛んでいるとすれば、自身の利益が最大になるまで、負けを認めることを許してくれないかもしれない。


 断ればよい。

 逃げればよい。

 その選択肢は彼には無い。


 彼に今更受けてしまったことを断るという選択肢は意外にもなかった。ぐだぐだ悩んではいるが、受けてしまった約束は守らなければならない。初めてした約束だからこそ、大切なんだ。


 初めてやった約束を簡単にやぶりました。なんて笑い事にもなりはしない。


 でも、やっぱり怖いものは怖い。


 どうすればいい?

 どうすれば。


 こんこん。


 地獄に引き込む音がした。


 こんこんとドアを叩かれる音。


「サツキさん、そろそろ時間です。一緒に行きましょう」


 がたがたと振るえながらも彼は布団からでた。


 人を待たせるということはできはしない。時間厳守というのは、冒険者でも派遣社員でも、正社員でも当たり前のことだ。


 当たり前のことができなければ。

 とても恥ずかしい。

 それが彼にとっての絶対理由だった。



 彼は今、大会の受付を行っていた。闘技場で受付を行うのではなく、広場で行われるそうだ。いつもの広場では町の住人達がくつろぐ憩いの場としてなっているところだが、今日は違う。


 殺伐としていた。それもそうだろう、今日は王国でも珍しい大きなイベントのひとつだ。しかも、暴力がメインとなる今回の催しは、そういう類が得意な人が多く集まっていた。


 彼以外。


 彼は受付を終えると、人の渦から離れたところにいるレインのところまで歩く。何か札を渡された。よくわからないが何か必要なのかもしれない。


 闘技場の場所がわからないので一緒についていくことになった。


 調べておけばよいかもしれないが、今この町は昼も夜も人がたくさんいる。武器、レストラン、ありとあらゆる商売人が昼も夜も24時間コンビに状態となっていた。


 彼は人が多いところを歩けない。


 調べる時間がないわけじゃない。調べる気力がなかった。


 しょうがなくレインについていくことになった。


 大会が始まるまでの間彼が何をしていたかといえば。


 ベルクで準備した。


 あとはオリニクで寝泊りする宿に引きこもっていた。


 それだけだった。


 ときたま食料を買いに宿の売店までいったことぐらいだろう。


 宿代はレインではなく騎士団が払ってくれるそうなので、元を取るとかそういう考えは無かった。別にこんなに人が込む今のオリニクの町で観光をする気もなかった。人が居なければ観光をしたかもしれないが。


 闘技場。


 その建物は王国としてもそれなりには歴史がある。といっても出来て40年ぐらいだ。


 40年前は隣国との戦争真っ只中、勝っても負けてもおらず、税金と負担ばかりが多くなり民衆の不満が膨れ上がっていた。


 戦争開始時は民衆も隣国を叩き潰せと噴出していたが、時間もたてば自分達が湧き上がってたことも忘れ、政府ばかりを非難していた。王国政府も反逆者として非難者を捕まえてはいたが、いつまでたっても生み出てくるものだから意味が無い。


 そこで王国政府が考えたのは不満をそらすことだった。暴力の根源たる戦争にちなんで作られた。この闘技場は隣国の捕虜と自国の兵士を戦わせることで、解消させるのにやくだった。


 捕虜は武器をもたず、兵士が一方的に叩き潰す。それが戦争相手の捕虜、自分達に負担をさせる諸悪の元凶というものだ。それが残酷に死んでいく姿に民衆はまた沸き上がる。


 興奮と安全に戦争が見れるということで闘技場には人が溢れた。民衆の怒りも不満も闘技場の捕虜に向き、金を大量に使う。落とした金は戦争に向かう。その甲斐もあり、隣国とは引き分けとなった。一時はクーデターでつぶれかかった王国も闘技場のおかげで命拾いをした。 


 王国政府にとっては命の恩人だ。


 だが同時に黒歴史でもある。


 闘技場についた。目にして驚いたのはその大きさだった。大きな石壁で囲われた円状のドーム。中心が開かれており、巨大な空間があった。天井はなく空から日が直接降り注ぐ。中心の広場を壁の上部の観客席が見下ろす形。それら観客席が左右にあり、会場全体を包んでいる。


 観客席の中で装飾品が目立つ席があった。周囲とは隔離された専用の席。宝石などの装飾品がつく、豪華な数席。それらは名誉がある人間の席なのだろう。


 彼は闘技場の大きく開いた場所で壁を触っていた。

 レインは少し用事があると離れ、ここにはいない。


 別に壁に興味がある彼じゃない。建物の文化価値も凄いとかは思うが、別に詳しくないし、知ろうとも思わない。


 彼が壁を見ている理由はこうだ。


 周りには参加者が戦いの場所を下見にきていて、誰とも顔を合わせたくなかっただけだ。それで彼はおのずと壁のほうにむいている。


 何もしないで壁ばかり見ていると変人扱いされることを恐れていた彼は壁を触り、別に怪しくないですよーとアピールしているだけだった。


 大きな傷跡と小さな黒い染み。傷跡をなぞり、ここでの戦闘を少し考えてみた。それなりに激闘があったのだろうと一言。この傷は鋭くえぐれていることから魔獣辺りが暴れたんではないだろうかと彼は予測した。下にみえる黒い染みはもしかしなくても血痕だろう。


 やばい。

 手が震えてきた。


 この傷を見て、抑えてきた恐怖がまたあふれ出した。


 恐れから彼の体は全身小刻みに震えていた。その姿は現代人からすれば中毒者だと疑うだろうが、ここは異世界。戦闘場所を確認しに来た他の人間からすれば壁ばかり視線を向け、壁の傷に手をそれて震えているところは全身を震わせ武者震いをしているように見えていた。


 背後にはオーク、リザードマンが彼の背中を守るように警戒をしている。それだけならテイマーの初心者が自身の実力を見誤った哀れな参加者だと侮るだろうが、傍らでトゥグストラがいるのだ。



 トゥグストラはオリニクでもそれなりに知られている。隣町のベルクほどではないが、ここに来て大会に参加する人間なら誰でもしっている。


 トゥグストラを従わせ、オークとリザードマンで囲った武装集団。そしてそのテイマーは全身を震わせ壁の傷をなぞっている彼。戦う場所の下見すら行わず、壁ばかりに注目する姿は、どんなところであっても戦えるという圧倒的自信に満ちていると思われていた。また、壁の傷跡をなぞり、体を震わせていた姿は歴戦の戦闘に思いをはせ、興奮しているように見えていた。


 何より恐ろしいのが、そういう目立つ集団でありながら彼の気配が薄いことだ。トゥグストラやオーク、リザードマンが目立つのにその主人が目を離せば消えてしまいそうな希薄さはアサシンなどの裏家業の人間とよく似ている。


 誰もが誰も、周りの参加者を警戒する中、少しでも情報をほしがっていた。そんなところで、変わった行動をする彼は要注意人物として警戒されていた。また、警戒をしているのに気づけば見失いそうになっているところも恐れられていた。


 魔物だけではない。

 きっと何かある。

 何かをしかけてくる。


 だれか殺すきかもしれない。

 見えないところで。

 だから、顔を隠しているのかもとかも思われていた。


 


 別に顔を合わせたくないだけだが、人の考えなんか他人にわかるわけがなく、大きく誤解されていった。

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