彼の活動 6

 彼は護衛依頼を受けた。それまではよかった。少女がギルドの前でホッとしたような息をこぼしたあと、すぐさまに表情をしゅっと平坦な表情へと戻す。


「では、今日か、明日出発でお願いします」


 少女はそういって、彼の手の側面を横から軽く触れる形で握りしめる。切羽詰まった感を必死に隠しての平坦な表情であったのは彼も理解していた。


 理解していたがゆえに、断れない。彼は取捨選択を自分で定められないのだ。


 時間が急だった。今日か明日か。


 今日は無理である。やることがあるのだ。彼には。


 明日にするかという答えもすぐには生み出せない。なぜなら事情を、どのぐらいまで拘束されるのかという情報が彼の手元には来ていない。


「・・・隣町までの距離は?」


 彼が答えれたのは、かかる距離についての問いのみだ。時間、それにかかる食料など色々な準備。彼の頭の中にある複数の計算。底辺なれど、ある程度の憶測をもって行動をなさねばならない。


「そんなに時間はかかりません。朝から行けば昼ぐらいには着きます」


 少女は断られたくないのか、彼の問いに食いつき気味に返答している。少しばかり少女の方から、距離を縮めていることが何よりの証拠だった。少女が少し近づくたびに、彼が少し離れるという具合。


 底辺には底辺なりのスペースが必要なのだ。孤独で根暗な底辺が、いきなり知り合って間もない他者と関係を深くすることはできやしない。簡単に仲良く、親しきなれる仲になれる奴はどこか頭がくるっている。そういう考えすら彼にはあった。


 自分ができないことを他者がおかしいと考えを纏める。それこそが底辺の証であるが、彼は気付いている。気付いているが気にもしていない。


 あきらめというよりは癖だった。自己防衛といってもよかった。自分の駄目さを理解しているが、そこに深く考えることを放棄している。放棄していて、理解を深めることを絶対にしない。突き詰めないのだ。知れば知るほど、自分が駄目だと理解するのであれば、する必要はない。


 生きていくだけにおいて、全く意味のない行為だと彼は開き直ってしまっていた。


「・・・では、明日の朝ということで」


 彼は先ほどの明るいキャラクターダメージが残っているのか、少しふらふらしそうな足元を心で叱咤しながら、背中を見せた。帰りたいのだ。話を切り上げて、すぐさまに宿につきたいのだ。


 それを表に出さずに無を貫き通す、人形の表情。足元もふらつく様子を表に出さずに、必死に制御している。少女には何処か、逃げてしまいそうな様子も僅かに感じ取れてしまっていた。それは彼の隠ぺい技術が悪いのではなく、少女が大人を信用できないがゆえに疑いの心を強く持ってしまっていたからだ。



 だからこそだろうか。


 彼の服の裾を掴んで、見せる背中を引き留めてしまっていた。僅かばかりに引き留められた感触、裾に引っ張られるように、彼の足は止まっていた。


「・・・何か?」


 彼は振り返らない。ただ僅かに視界を傾ける程度で、裾を掴む少女の姿を隅に入れて置いていた。それゆえに少女が彼を拘束する要因の一つだと理解していたわけだった。


「しゅ、集合場所を決めていません!そ、それに報酬の話も、護衛についても」


「・・・集合場所は先ほど待ち合わせたところでしましょう。・・・報酬についても適正価格もしくは、払える金額で結構です、あとは適当に明日決めましょう」


 彼は無表情かつ、必死に抑制する心の感情をもって淡々と言葉だけを返している。振り返ることなく、相手の反応を待つこともない。


 彼は人指し指を牛さんに向けた。少女の反応を待つことなどなかった。


「・・・送ります。ただ僕はこの後用事がありますので、この子が代わりに送り届けます。・・・安心を。この子は強い、きっと貴女のことを無事に送ってくれます。また明日の朝、この子を迎えにいかせます」


 それは牛さんに対する指示だった。彼に対しての絶対的守護者を少女に貸すという信頼。牛さんの凶悪そうな容姿から想像できない、きょとんとした瞳。彼だからこそ、牛さんがきょとんとした反応だと理解している。彼は身を僅かにかがめ、牛さんの顔と自身の顔の距離を近づけさせた。


 呼吸が届くか届かないかの至近距離だった。


「・・・守ってあげて。少しばかり僕は用事がある」

「も?も!」


 彼の言葉、彼の指示に納得できないのか。疑問の声を上げる牛さんである。自分が何よりも強いと自負をもつ牛さんにとって、彼を護衛できないのは疑問なのだろう。自分が一緒に彼と行くといわんばかりの後者の鳴き声が指示に納得できないと裏付けている。


 そして、それを彼は気付いている。この異世界にて誰よりも近く、深い関係にあるのが牛さんなのだ。その牛さんの言葉も、鳴き声も理解できてしまっていた。


 彼は牛さんしか聞こえないだろう領域まで、声を低くして。



「・・・あの子は少し傷を負いすぎた。僕や人型の子たちでは駄目。言いたくはないけれど、人型は信用できないかもしれない。・・・君しかいない。どうか僕を助けると思って、あの子を守ってあげて」


 彼は牛さんの頭をなでた。彼と牛さん。少女に背中を向けて、魔物たちも周囲を睥睨しているために、彼と牛さんの様子を誰も正確にしることはできない。


「も・・も~」


 それは渋々といった反応だった。彼の頼みだから、動くといった反応なのだ。牛さんにとって彼以外と彼の魔物以外はどうでもよい存在なのだ。たとえ綺麗だろうと、同種族のメスであろうと。興味のわかない存在なのだ。


 いう事を聞くには聞く。だが乗り気ではない。そういった牛さんの態度だ。これに関しては本気でやってほしいという彼の考え。護衛において、万全を期すという点について。


 仕方なく、彼は息を吸う。覚悟を決めるように、大きく息を体に取り入れていく。


 そして彼は口を開いた。


「・・・恰好いいお兄ちゃんは、誰だろう?」


 彼は本気で恥ずかしくなった。少女に対してもそうだが、牛さんに対してもそうだった。幼稚な子供に向けて、優しく微笑みかける親の気分。だが、その親の形を何もしらない底辺が真似をしていると思うと、ものすごく恥ずかしかった。


 無表情になれていなければ、すぐにでも照れが表に出ていたことだろう。だが長年続けてきた無の表情は、その程度では崩れはしない。


「も!」


 意気揚々と、はっきりとした反応を牛さんは返す。自分であるとアピールである。強いのは自分、恰好いいのも自分。魔物たちの兄貴分は自分であると堂々と表現しているのだ。わずかに前足をとんとんと地面をたたいて、主張する。


 胸を張るという表現ではおかしいかもしれないが、地面に向いた牛さんの胸部が小躍りをするかのように跳ねている。足が地面をたたき、胸部が小躍りを行う。


「恰好いいお兄ちゃんの牛さん。牛さんと、あの子たちだけでいいよね。華と静を借りていくけど、大丈夫だよね。強くて格好いいお兄ちゃんは大丈夫だよね」


「も!!!」


 もちろんだという反応を牛さんは返事の勢いで主張。先ほどよりも前足とんとん、胸部小躍りが激しくなっている。


 ちょろかった。


 恥ずかしさの代償は対価をもって払われたわけだった。彼はいくら家族であろうと、魔物たちであろうと、この会話だけは本気で恥ずかしかった。無様な姿を見せるのは何も思わない。だが不格好なふるまいを見せるのは痛々しかった。


(・・・忘れたい)


 彼は感情のうちに、恥ずかしさが二つぶり返す。少女に向けた対応と牛さんに対する行動。自分が自分らしくないとすら思えてしまうのだ。無表情で何も語らないスタイル。それが自身のアイデンティティみたいな感覚すらあった。



 だが、何も動かずに考えにふけるといったことはしたくなかった。


 彼の脳内はすぐに別の事へと切り替えを果たそうとしていたからだ。


 彼は顔だけを振り向ける、少女に向けて。



「この子が送り届けます、この子に明日の朝迎えにいかせます。その後すぐに護衛任務につきます。詳しい話はその時に。急かすようで、貴女の反応を待たなくて申し訳ありません。・・・・少しばかり用事があるため、これで失礼させてください」


 彼はそういって裾をにぎる少女の手を見つめた。淡々と、冷気を放つかのような瞳をもって、見つめていた。その様子は多少の感情をもった人形が、死んでいく様のような変化の仕方だった。


 不気味には届かないが、僅かばかりに恐ろしさを含むものだった。彼の会話の最後あたりに僅かに見せた、闇を含んだ表情。どこかともなく哀愁ではなく、殺意を押し込めたかのような空気が一瞬漂ったのだ。その証拠に、彼の周りを警戒する魔物たちの反応が、彼を窺うようなものになった。


 強大な魔物が、一瞬にて鎮圧されるかのような認識。ただの個人が持つには強すぎる毒素を放出した感覚。


 気付いたときには、手が裾から離れていた。


「・・・ありがとうございます、では。・・・また明日」


 少女に対し、謝礼と礼儀を示す。そして、彼は顔を再び無へと変貌させた。ただし、この変貌は魔物たちを震え上がらせる鬼のような無だった。


 彼は一歩進む。少女が立ち止まって、背中を見送る中で。小さく、それは魔物たちであれば、聞こえるだろう音量で。



「さっきの言った通り、華と静はついてきて。あとは牛さんと一緒に行動して」


 聞き逃すことは許されない。そういった断言さを含む彼の命令。いつものあれが、悪いことをしたときに出るあれが、再び彼の雰囲気となって周囲に張り巡らされていく。その空気に浸食されたのか、華も静も背筋をぴんと伸ばし、距離を話していく彼の背中へ小走りぎみに駆け寄った。


 牛さんは、珍しく怯えていなかった。震えてもいなかった。緊張もしていなかった。使命があるために、指示があるために。彼が初めて、言葉に表したお兄ちゃん表現に興奮しているからだ。そのお兄ちゃんがこの程度で、びくつくわけにもいかないと。胸をはっているのだ。魔物のボスが彼であれば、兄貴分は牛さんなのだ。牛さんの兄貴成分たっぷりにより、彼の周囲威嚇空気も効果が薄まっていたのだ。


 少女は彼のもたらす空気に怯え、他の魔物たちもアラクネの雲を除き、少女と同様の反応を示している。アラクネの雲に至っては愉快気な、独特な笑みをもって彼の背中を見つめている。


「も!」


 それは牛さんからの他の魔物への指示だ。


「も!」


 それは、コボルト、ゴブリンたちへ側面で守れという指示だった。たった一言でありながらも牛さんの指示が伝わったのか。コボルトとゴブリンたちはそれぞれ種族ごとに左右に分かれた。右がコボルト、左がゴブリン。そして一番最後は牛さんが陣取る。先頭にいたっては少女が向かう道順がわからないために配置していなかった。



 牛さんは雲へと視線を向けた。狂暴そうな容姿でありながら、真剣そうな眼差しが雲へと向かっていた。アラクネの雲はただ純粋に彼の背中を見続けていた。愉快気な、無邪気そうな、子供特有の笑みをもって、背中を見続けていた。それは他の魔物たちが彼へと向けるものではない。彼へ危害を加える反応ではないが、まるでおもちゃを見るかのような視線だったのは確かだ。


 牛さんは、低い領域の唸り声を作った。


「ぐるあああ」


「くきゅ?」


 唸り声に向けて、雲は牛さんに首をかしげて答える。


 低い領域の唸り声に秘められたもの。それは殺意だ。凶悪そうな容姿をもった牛さんであれど、その見た目にあった実力の高さがある。彼の魔物最強とは伊達ではなく、華や静の二匹がいて要約足止めが出来るといったレベルの高さ。冒険者たちから彼を守った二匹の連携をしても、牛さんの攻撃を防ぎ続けれるわけではない。その最強の魔物が、雲に対してだけは殺意を隠さない。



 彼に手を出したら殺す。


 それが唸り声の意味合いだった。


 そしてアラクネの答えは。


 あんな面白いものに手を出すと?


 首をかしげて、愉快そうな笑みを堂々と見せつけて答える雲。それがアラクネの本領だった。牛さんが殺意を見せても怯えることもない。警戒することもない。実力において子供のアラクネでは牛さんどころか、華や静の一匹にすら敵わない。だが、その事実に気づこうが気付かなかろうが、アラクネの余裕は変わらない。


 牛さんは護衛対象を怯えさせるわけにもいかない。だが先ほどよりも濃くなった殺意をアラクネだけに飛ばす。飛ばされたアラクネはきょとんと、わざとらしく笑みを浮かべて殺意を受け取るのみだ。


「ぐるあああ」


 小さい咆哮が牛さんの口から放たれ。


「きゅくく」


 それに対しての小馬鹿にするかのような反応をアラクネが返した。



 彼の邪魔をするなという牛さんの警告。アラクネの、お気に入りの邪魔をするわけがないと深い陽気さが強調され、結果小馬鹿にするように見えていた。


 普段は二匹一緒にいることが多いが、完璧に仲がいいかというと話は別なのだ。牛さんとアラクネは同格の魔物だ。Aランクという括りに入れられる二匹の力は強大だ。今は子供である分、アラクネでは牛さんどころか幹部の魔物たちに勝てなくても。いずれ牛さんと同じ立場に躍り出る。その成長率の高さ、知性の高さは彼の魔物の中でもトップクラスだった。


 人間と同じような知性を持つ。知性が高いからこそ得る残酷性を、人間は持っている。その人間が持つ良いものも悪いものも取り入れた魔物が、アラクネという種族だった。


 そんな人間の良いところと悪いところを取り入れた魔物と、魔物らしい牛さんとの考えは全て一致するわけではない。彼に子供らしく応対する雲であれば、牛さんは何も危機感を抱かない。だが、時折見せる子供らしい残酷性を秘めた笑みのときは、牛さんは雲から離れない。


 牛さんと雲がいるときの理由は、残酷な一面を表に出しきっているときのみだ。その場合、牛さんでしか対応できない場合もある。彼が被害にあわれるのは駄目だ、他の華や静が被害にあうのも駄目だ。兄貴分である牛さんは、何よりも自身の家族を大切にする。


「ぐるる」


 唸り声が、アラクネに殺意を込めて飛ばされる。この雲に対して言ったところで意味はない。警告も警戒も意味はない。今はやらなくても、いずれやるかもしれない。だがその対処をしようにも、彼が雲を意外と気に入っているらしく、牛さんからでは手が出せない。


 それが雲にもわかるから、おちょくるような笑顔を牛さんに向けているのだ。


「くっきゅきゅ」


 首をかしげて、笑みを深くして返すアラクネ。二匹の距離は離れず、つかずといったものだ。突撃するには間合いがせまく、ぶつかりあうには広すぎる。牛さんに有利でもあり、雲にも有利である。だが戦闘にはならない。


 牛さんも何となくわかっているのだ。雲が彼に危害を加えないということにおいては、嘘ではない。その事実を知っているが、知っているからこそ油断ができないという点なのだ。




  アラクネは指を牛さんの顔に向けた。一指し指を伸ばす仕草は、まるで彼が牛さんに指示しているときの行動だ。彼の行動を本人かと間違うぐらいの動作で、ゆったりとした仕草で差し向けられていた。


「くきゅきゅ」


 あれは君のお気に入りである以上に、自分のお気に入り。それがアラクネの見解だ。子供に教えこむように、指を向けるアラクネ。彼が牛さんに向ける仕草で、同じような表情をアラクネが作り上げている。


 子供に教え込むような表情を雲が作り上げている。子供の雲が、成長しきった牛さんに対して教育するかのようだ。


「ぐるああ」


 彼をまねするな!


「くきゅきゅ」


 彼は皆のものだから、いいの。


 前足を曲げるように、上体を低くする。一匹ではなく、二匹ともだ。アラクネも蜘蛛の全部を曲げて、飛び込む体制をつくり、牛さんの突進体制に備えている。牛さんは怒りを前面に出し、アラクネはおちょくりを前面に押し出していた。



 だが衝突はない。


 護衛対象である少女が慌てふためく姿をみれば、牛さんの殺意は霧散する。牛さんの殺意が霧散すれば、雲も合わせるようにおちょくりをやめていく。牛さんにとって彼の命令は絶対だ。彼が少女を守れといった以上、脅かすのは駄目だと理解しているのだ。



「ぐるあああ」


 これは殺意ではなく、ただの会話だ。込められたものは、大した意味を持つものじゃない。


 彼の元へ行け。


 牛さんは彼に危害を加えられるのが一番許せない。だがアラクネは彼を玩具みたいに見ているが、玩具みたいに扱っているわけではないのを知っている。危害を加えないという点も、お気に入りという点も邪魔をしないという点も、嘘ではない。それは事実と理解したうえで、ただ警戒をしていただけなのだ。



「くきゅう?」


 ここにいたほうがいいじゃないかなといった雲の疑問の声。突然の変化に雲ですら、少しびっくりしたように目を点にさせている。牛さんの態度の変わりように、子供であり残酷な魔物の雲も驚いたのだ。



 彼の指示は、華と静以外は牛さんと一緒にといった内容だ。その内容に背く行為は、さすがの雲でもためらうらしい。


 そこから魔物たちの会話が始まった。


「・・・ぐるあああ」


 彼にばれないように、行け。


「くきゅう」


 だから何故


「ぐるるる」


 見ておくといい、彼は思っているほど弱くない。


「くきゅ?」


 なんの話?


「ぐるるるう」


 いいから行け、決してばれないように。見てくるんだ。


「くきゅきゅ」


 だから何で。


 牛さんは耳を持たないといったように、雲から顔を背けた。背信があるわけでもなく、心に疚しいことがあるわけでもない。ただ興味がなくなったかのような、姿を雲に見せつけた。こうなったときの兄貴分である牛さんは梃でも動かない。耳を貸せといったところで意味はなく、疑問に答えろといったところで答えない。


 雲は、本気でわからないといった表情だった。


「くきゅきゅきゅ」


 怒られたら、責任とってもらうから。それはアラクネの抗議だった。彼の指示に背く。それがどれほど、恐ろしいかは雲はしらない。彼が周囲に怒っていようとも、いつも雲は気にしていなかったからだ。だが、自身が彼の命令に背くという点において、僅かばかりに不安さが生じたのも事実だった。



 牛さんは耳を貸さない。牛さんが耳をかさなければ、他の魔物たちも耳を貸す気はない。彼が魔物の中で一番信頼を得ていて、次に信頼を得ているのが牛さんなのだ。牛さんの言葉に魔物たちは従い、それ以下の魔物の言葉など価値がないといわんばかりの軍隊方式。上官の命令は絶対といわんばかりの対応。



 アラクネは、肩をすくめた。


 一度考えが決まると、その方向に突っ走る。それが牛さんの特徴だった。その特徴を馬鹿にするわけではないが、融通が利かないと肩をすくめたのだ。


 そして、牛さんが向く真逆の方へ歩み出した。それは彼が先ほど進んだ道をまねるように、たどっていく。彼の臭い、華や静の臭い。あとは二匹の魔物の魔力反応を確認しながら歩けば、道を迷うことはない。その自信と実力は子供ながらに備わっていた。


 雲が彼を追うように歩き出している中、その問題の彼は殺意を隠さずに目的地にたどり着いていた。



 そこは路地だった。少女が襲われかけた路地と通りの中間地点。一歩踏み出せば路地であり、一歩引き返せば通りといった地点。


 その地点に二匹の魔物を連れて、彼はいた。



 やるべきことは、ただ一つ。その目的の確認の為に、足を止めていた。脳内で整理するのと、歩くという行為を両立することはできても、完璧にこなすということはできない。


 彼のスペックは低いのだ。



「・・・華、静」


 スペックは低いけれど、頼るべき家族がいる。彼の殺意交じりの視線は二匹をとらえ、その視線にとらえられた瞬間に背筋に冷気が走る。無表情でありながら、殺意に満ちた眼光をもつ人形。


 二匹に向けたものではないが、二匹に向かっている視線の前に怖さを隠さない。


「・・・この中に入ったら、色々とお願い」


 反応を待つことなく、彼は進みだした。路地へ、建物が生み出す影と影の世界に彼は再び足を踏みいれた。

 

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