ローレライの火種 12

彼はローランドを泣かし、その場から消えた。。授業の合間でありながらも関係が無い。手をくるりと回せば、暗闇が彼がいる空間ごと覆い隠していた。闇が晴れた頃にはローランドしかいなかった。涙はもはや出ていないが、剣の切っ先は床を叩き、俯いている。




 ローランドは敗北を噛みしめた。




 負けたことに対するもの。




 相手にならなかったこと。






 それもある。しかし違う。彼の恐ろしさは、いつでも勝てることを実証しただけだ。本気を出すところではない。手段が見えない。人間の本質がわからない。不気味で無感情な人形しかわからない。されど彼は人間を知り尽くしているようだった。




 ローランドが彼をわからないのに、彼はローランドの本質をわかっていた。




 大人の余裕。子供の手口。一度決めた手段で処断するとわかっていたのか、対策なんてされていなかったように見えた。途中で臨機応変に対処できるのが大人であり、それができないのが子供なのかもしれない。






 剣を手放して、殴り掛かったら勝てたか。




 魔法を使ったら勝てただろうか。




 ローランドは必死に考えた。頭もそうだし、自分が培った戦闘技能からによる推測からも割り出そうとした。そして気付く。






 そんな類でわかりきれる相手ではない。そもそも子供なのはそこだ。暴力で勝てる前提で物事を進めようとしている。其の短絡的な自分の思考が彼に読まれたのだ。






 初めからわかっていた。




 彼を呼びよせたのは誰か。




 その彼が従っているものは誰か。






 アーティクティカが呼び出し、ここにいることを許可した。それを覆せるのは王族であるローランドのみ。しかし彼本人に出て行けといったところで聞きやしない。雇い主ではないし、この国の民でもない。




 アーティクティカだけが、彼に対処できる。






 その悔しさが剣を強く握りしめた。彼は最初から明かしている。アーティクティカじゃなければ無理だと。それを子供の自分が言われて、納得できるものか。






 ローランドは自覚している。自分は素直じゃない。相手からいきなり答えを言われて、証明もしないのに納得できるわけがない。難題を言われれば言われるほど、あらかじめ出された真実を疑ってしまうのだ。




 邪魔者から言われれば猶更。












 自分は王族で、何でもできて当たり前。もしくはなんでも命令できて当たり前。その感覚に支配されただけの万能感。それが幼稚なのだ。それが子供なのだ。






 彼ごとき、実力者であろうと関係なく、王族がえらい。それは無意味なものだと諭されたわけだ。






「・・・私の周りにはあんな奴いなかった」






 悪い手本として彼はいなかった。彼のやり方は最低だし、もし身近にいればそうならないための鍛錬もできた。ローランドの周りにいたのは、優秀な人間だけだ。それこそ魔法も武器も勉強も得意なジャンルがそれぞれ異なった有能な奴だけだ。犯罪者の教育と見学もしたことがある。牢に捕らわれた犯罪者の人相や、所業の数々。それを資料と、牢の番人から聞き、こういう人間もいると学ばされた。






 犯罪者の中には精神を操るものもいる。魔法を使う者、言葉巧みにだます詐欺師。強制的に監禁し、精神を屈服させて操るものもいる。






 大体が自分の能力や、得意分野を利用した犯罪者が多かった。肉体が健康で丈夫な犯罪者もいた。それは下っ端として色々悪事を働いていた。皆、そう自分の得意分野があるからそれを使う。得意なものがないやつなんていない。






「・・・奴は何者なんだ」






 ローランドは剣も魔法も学業も得意だ。苦手なものはなくす教育を受け、今ではどのジャンルにも対応できるほどの才能が出来た。だが彼を相手にした場合、その才能は役に立たない。犯罪者の中で見てきた手口を持つ者には対処できる。詐欺師も魔法使いも肉体だけの下っ端もまともに戦えば、勝てる自信がある。






「・・・あの嫌な感じ」






 彼はローランドを見ていた。それは何の感情も示さない無。冷酷も怒りもない。初めて教室で出会った時もローランドを虫のように見ていた。ただそこにあるから、認識しただけの紛い物。






 しかしながら先ほどの彼は確かに感情があった。どういった感情かわからない。しかしわかるものもある。まるで大人が子供を相手にしたような感覚であった。






 真実を事実を、残酷なまでに正しく。何度も聞き入れ指すように同じ答えを繰り返した。己が心に閉じ込めた答えを、元々しっていた答えを心から引きずり出してきた。






 動けたのに動かなかった自分。剣を封じ込められたときまでは体が動いた。でも剣に執着し、動かなかった。口は動いた、そのとき悪口の一つでもいってやればよかった。でも彼のいう事を拒絶しきれなかった。




 彼の能力はわからない。正直、気配の薄さ以外は特筆するところはない。あの気配の殺し方は見事であるが、その割には足元も体の動かし方に芯が通っていない。チグハグなのだ。暗殺者かと思えば、ただの素人に見える。されどローランドの一撃を軽々と止めて見せた。その止め方はわからない。見えない結界でもあるのかもしれない。






 しかし魔力量も感じない。一寸もない。






 何ができるのかわからないのが彼という男。




 そのくせ、まるで人のことを知り尽くしているかのようだ。防衛戦力を一人で無効化した時点でローランドが勝てる見込みなどなかった。それでも牙をむくローランドの姿は彼からしたら滑稽そのものだろう。




 強者は一目見れば強者だとわかる。知恵者は言葉を交わせば、賢いとわかる。彼をみても何もわからない。




 言葉を交わせば、見たくないものを思い出させ。






 暴力を向ければ、それ以上なまでに抑え込まれる。






 どうしようもない残酷なまでの真実。それを王族である自分に直接伝えてきた平民。処罰も恐れることなどない。処罰など対処できる。平民が王族の暴力を弾き、ただ己の答えを染み込ませる。




 魔法ではない。




 それは武器ではない。






 ただの人間がもつ手段を、ただ表に出しただけだ。王族など処罰が出来なければ、ただの人。ただの人に、貴族と名の付く人が従っているだけだ。個性も関係ない。






 権力が使えない一人では、どうしようもなく無力なのだ。アーティクティカ一人の影響力ですらローランドは越えられない。




 それを突きつけたのが彼だ。








 むろん、知っていたことだ。






 全部知っていて、全部無視してきた。






 悔しいじゃないか、将来の伴侶に負けるのが。悲しいじゃないか、自分より優れたものがいる事実が。だからアーティクティカに対抗意識をもった。負けているのも優れているのも、相手だ。自分は足元ぐらいのものだ。剣や魔法ではベラドンナに勝てても、政治の世界や貴族社会においては意味がないのだ。








 そうして一人で勝手に孤独になった。






 自分は頑張っている、相手は悪くないけれど気に食わない。相手は自分の為に動いているけれど、それが逆効果。子供は負けず嫌いだ。いくらローランドのためなんかいっても、結局負けていることを突きつけられるだけなんだ。






 ベラドンナが成長するたびに、自分の心を嫉妬などで勝手に傷つける。それは将来の自分の力になる伴侶なのに。それを素直に受け止めて、逆に利用してやるぐらいの気概が自分にはなかった。






 ローランドは床を見つめた。剣を見つめた。涙は枯れた。何故か知らないが口に残るクッキーの生地の甘さと木の実の苦み。つらい現実の苦さを木の実が表し、生地の甘さは自分の甘さだと思った。






 彼は言った。






 自分で動けるのがローランド。今回ばかりは他人から言われた動いたが、確かにいつも自分から動いている。






 それを学園に短期間しかいない彼に気付かれた。








「・・・確かに私は子供だ」






 そうして勝手に傷ついた自分が 出会ってしまったのがカルミアだった。アーティクティカが上を行くたびに、惨めになっていたローランド。その惨めさを、見守るように立ち止まってくれたのがカルミアだった。寂しさもある。アーティクティカが先に進めば、自分も成長しないといけないという圧力。






 その圧力は成長が出来るうちならば耐えられる。しかしそろそろ成長できない限界に近付いてきた。肉体も頭脳も魔法もこれ以上は無理というレベルまで進んでしまった。ただその先には停滞、老いによる劣化も含めれば、マイナスなものとしかならない。




 アーティクティカだけが成長、老いても別のジャンルが進化する。






 その事実がローランドの隙をつくった。その隙はカルミアが埋めた。カルミアはローランドより遥か下だ。肉体も華奢だし、頭脳も良くはない。しかし感受性があり、ローランドが嫌がることはしなかった。魔法もローランドより成長はしないだろう。ただ今は成長段階であるが、次第に限界が訪れる。






 全部劣化ローランド。ただそれ以上に、隙を埋めるように、ほしい言葉を欲しい態度を、ほしい立場をカルミアは維持してきた。だから己の弱さがカルミアへ流れていき、カルミアが受け止めた。






 突然、己の心が素直になった気がした。張り詰めた思いが溶け出すように、ただ精神が安定し、事実を事実として認識できていた。








 突如、目の前に暗闇が現れた。




 周りを囲み、目先しか見えない世界。




 それが出来るものは、一人しかいない。




「いるのか?」






「・・・ええ、ただ声は大きくしないように・・・この子はそこまで出来ないので・・・あくまで見えなくするようにしただけです・・・」




 それはか細く聞こえる彼の言葉。ただの暗闇から向けられる会話の兆し。築くまでもない。目先しか見えない空間に、彼は暗闇からゆったりと現れ、足を止めた。








「お前は私をどうしたかったんだ?」






「・・・少なくても・・・自覚させたかったといいましょう」








 ローランドは剣を手放した。からんからんと金属が床を反響するが、そんなのは関係ない。暴力など彼には効果が無い。






「自覚か・・・お前は私が自覚したうえで、やっているというんだな?」






「・・・ええ、貴方はそういう勝手に苦しんで・・・勝手に人を巻き込んで・・・勝手に溺れる・・・そういった・・・寂しがりな迷惑装置だと思っています」






「寂しがりな迷惑装置・・・そこまでいうのか。ただまあ、そうだな。私はその通りだな・・・認めたくないが、認めよう。私は人を巻き込んで、勝手に溺れただけの子供だった」




 呆れたように、疲れ切ったようにローランドは受け止めた。子供がするには大人らしく、されどやっていることは幼稚そのもの。物事の受け止め方は人それぞれ。確かにローランドは子供。だが、子供であるが、大人へ成長をしている。




 彼はその姿を見て、軽くうなずいた。




「・・・ええ、ご自覚なされたようで結構です・・・少しは落ち着かれたようですね?」






 彼の片手にはクッキー一枚。その手をローランド側へ伸ばした。手を届かさずとも、顔を少し動かせば口で受け取れる。その距離。






「また食べればいいのか?」






「・・・ええ、このクッキー・・・実は毒が入っているんです。先ほど食べさせたのは毒が入っています」








 彼は爆弾を落とした。言葉の爆弾。その瞬間、ローランドの口が開きかけ、目を大きく見開いた。




 そのまま怒りによるものか、感情の混雑によるものか。ただ大きく口を開き、睨み付けるように彼を捉えた。そのまま行動するかと思えば、目を閉じ、口も閉じた。






「冗談か?」






 ローランドは一度落ち着きを持つ。このままいけば彼のペース。それは先ほどの繰り返し。






「いいえ、間違いなく毒です」






 対する彼も独特の間を亡くし、断言する。淡々とされど力強く。微塵の余地もいれないほどの断言だ。彼の表情はすごく変化がない。嘘をついているようにも、本気で言っているようにも感じない。




「私は王族だ。その王族に対し、毒を食べさせた。それはさすがに冗談でも許されないぞ」




 警告だ。ローランドは警戒しながら警告をした。剣を拾う気もない。拳も魔法も意味がない。暴力なんか彼には通じない。それより必要なのは対話だ。






「・・・まだ子供のようですね」




 彼は首を傾げた。無表情のまま、諭す口調。




「王族の権力に頼っているところがか?お前がいっていた、まだ自分の力じゃないのを言っているからか?違うぞ。さすがに王族に対しての毒は、国家が許さないといっているだけだ」






 ローランドは彼をもはや敵とすら思っていない。敵であるならば、排除してやろうとすら思う。それは敵ならば相手もローランドを排除できる。こちらができないことは、相手ができる。相手はこちらを殺すことは可能、脅すことも可能。強さも、不気味さも相手の方が上。






 権力に頼る王族の子供。そういう風だけで見られても困るのだ。






 だが彼は首を振った。






「・・・貴方個人の意見がない・・・ふつうは、言うんです。聞くんです・・なんの毒だ?・・・どういう効果があるのか?・・・要件は何だ?って・・・どうして?なんの恨みがとか動機を聞くんです・・・感情のままに、強く訴えかけるんです・・・助けてって。・・・もしかして僕が権力に捕らわれた子供っていった事気にしてます?・・・だから幼稚なんです・・・・子供のくせに開き直れないなんて・・・子供やめたらどうです?・・・赤ん坊のほうがお似合いです」






 彼は乱暴に、されど大胆に。






 子供は開き直る者。毒を盛られたら、普通は聞くのだ。毒がどういうもので、どういう効果があるのか。動機や毒の理由も聞くのだ。ただ聞かないのは思考が停止している。






 言っていいのだ。生死がかかるかもしれないものに、対し、感情のままに叫んでいいのだ。自分の命がかかるかもしれない場面で落ち着くことこそおかしいことだ。無関係な第三者が、安全なところで、生命を脅かされる人々の慌てぶりを検証しても意味がない。










 落ち着けば助かったかもしれない場面。だが誰かにそこで落ち着けばよかったなんか言われたくない。




 死にたい人は死にたくないから生命を燃やして動くのだ。感情でも理性でも本能でもいい、生きたいからだ。






「私を怒らせたいのはわかる。感情のまま叫ばせたいのか?」






「・・・いいえ?・・・まだ子供なんだなっと思っただけです」






「私はお前を相手に怒りに任せるのは不利だと悟っただけだ」








 彼はそうして笑う。先ほどまでのローランドとは違う態度に、彼は笑う。それは健闘した相手に向ける、善意の笑みだ。






「・・・落ち着きましたか?・・・なら毒は効いています。・・・貴方は僕がいったことを気にして聞いてこないので、教えましょう・・・精神安定の毒です・・・薬というかもしれません・・・ですが勝手に含ませた以上、本人の意思なく飲ませた薬は・・・毒です」




 彼の持論は薬は毒だ。




 自分の意志で飲む薬は薬、誰かが内緒で入れるのは薬であっても毒だ。人には権利があり、義務がある。生きる権利と生きる義務。二つの生存への根拠が人を成長させる。人が自分を納得させる最大の理屈になる。






 人はなぜ生きて、死ぬのか。






 人はなんで生きているのか。






 そんなのは生まれたからだ。生まれて死にたくないから生きるのだ。誰もがそうだから、頭の賢い人が、生きるのを義務と権利にしてくれた。義務と権利にすれば、下手に悩まずに済む。それは国の方針でもいいし、個人の考えの前提でもいい。






「精神を安定させる意味がわからない」






 ローランドは困惑した。怒りに任せた自分も厄介であるが、相手のわけわからなさが特に厄介だ。其の厄介さのなかに、どういう発言をすればいいのか、どういう表情をすればいいのかがわからない。








「・・・自分を見つめられたじゃないですか?・・・先ほどの貴方は間違いなく、自分を見つめた人がすることです・・・感情のままだと・・・自分の立ち位置すら危ういことにも気づかない・・・」




「お前の発言は・・ときどきわからなくなる。・・・お前の立場がわからなくなる・・・ベラドンナに呼ばれたんだろう・・・どうして私を・・」






「・・・個人が個人らしくいてほしい・・・それだけです・・・お気になさらず、・・・僕も理解してほしいとは思っていません・・・世の中にはそういう考えもあるんです・・・幼稚なのだから・・・そのぐらい開き直ってください・・・」




 貴族社会は義務だけだ。権利などは家が国が決める。平民も貴族の持ち物だし、国家の持ち物だ。持ち物が勝手に自立し、貴族が別の義務をつければ国が混乱する。




 人の個性など。




 自分を見つめるなど。






 武人が己を鍛えるならばわかる。貴族が政治力をつけるためならばわかる。ただ個人としての考えをもてなどあり得ない。






 自由主義である彼の思考は受け入れられない。






 それでいい。それでこそ人生。彼は文化の押し売りなんかする気はない。ただ一つ、彼のいう事をうのみにしない子供ができた。






 ローランドだから、彼はローランドに適した教育をする。様々な問題を定義してきた。






 幼稚だから開き直れ。




 感情のまま動くな。






 感情をむき出しにしろ。






 幼稚と馬鹿にして、子供だと馬鹿にして。










 彼が言っていることに一貫性はない。






「むちゃくちゃだ」




 




 彼は拍手した。ローランドが、彼の言っていることを一々頭で悩んでいる事実に拍手した。






「・・・感情を、人から言われたことを気にして抑えられるのは素晴らしいことです・・・でもまだ早い。それをするには数年早すぎるんです・・・子供は唯、子供らしくあればいい・・・子供を子供のまま生きられなかったのは、体は大人になっても・・・・心が大人になれなくなるんです・・・子供のうちに飽きるほど遊んで・・・飽きるほど楽しんで・・・大人になって余裕をもって・・・達観する・・・それでいいんです・・・それこそが人生です・・・僕が言った事なんか・・・僕が馬鹿にしたことなんか・・・ゴミみたいな出来事です・・・開き直ってください・・・貴方は少し・・・自分を追い込みすぎる・・・」








「それは成長じゃない・・・子供は大人になる者だ・・・大人になりかけているのに、子供に戻れなんてできるわけがないだろう。王が開き直れば、臣下が混乱する・・・子供に戻れば皆が困惑する」








「・・・でも子供に戻れれば・・・僕には勝てました。・・・貴方は人の意見を聞きすぎる・・・自分の意見も大切にしているようですが・・・他人と比べて・・・勝手に落ち込んで・・・結果、迷惑をかけたじゃないですか・・・たぶん・・・貴方はベラドンナ様と比べて、自分が駄目だと落ち込んだ。その弱さで自分を傷つけていたところをカルミア様に支えられたんでしょう?」








「ああ、そのとおりだ。カルミアに助けられた」






「・・・ほら、開き直った・・・事実を言われて開き直れたのは認めます・・・でも、何もかも開き直れたら・・・人は人。他人は他人って自分は関係ないって開き直れたら・・・貴方が傷つくことも・・・心をカルミア様に奪われることもなかった・・・・子供であったら貴方は裏切らなかった。・・・歪なんです・・・貴方の成長は。・・・妬んで、逃げて、かつての婚約者が邪魔になった・・・好きなものを好きになれなくなった・・・大人になりたい貴方」








 彼はクッキーをローランドの口元に押し当てた。






「それでも進んでしまったんだ、私は」






「・・・ええ、間違った道を進みました・・・引き返すことも不可能です・・・ですが間違った道の前に、正しかった道もありました。・・・正しかった道には誰がいました?間違った道には誰がいます?・・・国が貴族がという貴方の正しい道は何ですか?・・・それって婚約者と結ばれるのが国として正しいことでは?・・・間違った道に引きずり込んだのは誰ですか?・・・婚約者がいる貴方を取ったのは誰ですか?・・・カルミアさまでしょう?・・・人には人の正しさがある・・・僕には僕の正しさがあるように・・・ただ僕の正しさからも・・・この国の正しさからも・・・貴方の正しさからも・・・・貴方の今は・・・正しいですか?」






 悔しそうに、されど噛みしめるローランド。涙ではない。事実を事実として、ただ客観的に叩きつけられただけだ。




「だったらどうすればいいんだ!!」




「・・・間違ったんですから・・・開き直りましょう・・・もうどうせ取り戻せない・・・下手に王族を気取るより・・・貴族をいうより・・・開きなおったほうが幸せです・・・開き直るって結構難しいんです・・・自分が悪いってわかっていると猶更・・・だから貴方の罰は開き直ることを覚えましょう」






「私は許されないのか」






「・・・二度と許されないでしょう・・・」






「・・・そうか」




「・・・僕がしたかったことを簡単にいいましょう・・・自分を自覚させたかった。嫉妬と歪に育った大人を目指す貴方を子供に戻したかった。子供に戻して・・・もう一度好きな物、嫌いなもの、本当に大切なのは何かを思い出してほしかった・・・それを自覚したうえで、開き直らせたかった」








 過去は過去。未来は未来。




 どうせ変わらない。




 失敗は成功のもと。




 一度の失敗が取り戻しもつかないが、別の成功にはなるかもしれない。








「・・・さあ、開き直れないというのであれば」




 彼はクッキーを押し付けた。ローランドの僅かに空いた口元にクッキーをねじこんだ。






 それをローランドは噛みついた。そのまま歯で彼の手から奪い取るようにし、そして砕いて口元に飲み込んだ。






「私は最低の王族だ。・・・今はカルミアを愛し、ベラドンナが怖いと思っている。お前に剣を振ったのも貴族に言われたからだ。・・・私の弱さが婚約者を裏切った・・・開き直ったぞ。私が悪い・・・だからこそ、次はしないようにする・・・」






「・・・結構。・・・あと覚悟を・・・ベラドンナ様は貴方に復讐するでしょう・・・僕の勘です。・・・開き直って好きなようにしなさい・・・ベラドンナ様に危害を加えるのは駄目です・・・貴方が加害者で、ベラドンナ様は被害者なので・・・被害者からの過剰な仕返しに対し防衛するのみです」






「お前・・・それは」






「・・・アーティクティカに雇われたからといって・・・開き直ることはしないなんて言ってません。・・・職務上の義務としての自分は果たします・・・貴方が危害を加えるなら、少しばかり手を出します・・・・あくまで自由なのが・・・僕なので」








「世間一般では、それは裏切りと」






「・・・僕の考えでは、・・・臨機応変っていうんです」








 そして暗闇がローランドの視界を覆った。






  暗闇が晴れた頃に、彼は今度こそ消えた。




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