ローレライの火種 5
前の席で授業を受けるソラ。教師が教本を手に、熱弁する中、ソラはカルミアと笑顔で語りあう場面もある。こそこそと声を立てず静かに話し合う二人。その二人を見て、嫉妬に似た感情を持つ者も二人。ローランドとベラドンナ。カルミアを挟んだ右にソラ、左にローランドと座る。そのローランドが自分が関わらず、盛り上がる二人に嫉妬していた。カルミアが関わるときにはローランドが関わらないと面白くないといった態度。
ベラドンナはローランドの嫉妬の様子を見てカルミアに嫉妬。ソラが楽し気にカルミアと話す姿に不快感を抱いている。侯爵の娘は同時に二人の男をカルミアに手玉に取られたように見えていた。
だから気に食わない。
ローランドは初めは自分との関係を持っていた。婚約者であり、未来の支配者夫婦。そのために努力し、そのために自分を磨いてきた。
その隙に泥棒に奪われた。
泥棒に奪われた隙を埋めるようにソラが現れた。ソラが現れて、一週間。ベラドンナが不快に思うことはせず、してほしいことを優先的に自発的に行ってきた。ベラドンナは誰かから一方的に与えられるのが嫌いだ。与え続けられるものに対し、疑惑を抱いてしまう。与える相手に対しも自分に対しも疑惑が生まれる。相手はこのまま与えてくれるのだろうか、施しを与え続けられる自分に呆れが来るのでないか。
自分がそのまま与えられるだけのモルモットになってしまうのでないか。
好意は、自由は、平和は、恩恵は。
人を堕落させる。
人には苦難も必要だ。
地獄も必要だ。
最低も最悪も人生には起きなければいけない出来事だ。それなくして人は堕落する。成功しているだけの人生は、一度失敗した場合立ち直れない。
だからベラドンナは一方的に与えるものを嫌う。与えられて当然というやつも嫌う。
しかし完璧な相手はもっと嫌う。
そんな難しいベラドンナの気性にソラはあった。
それをソラは時折大きな失敗をした。ローレライの礼儀作法においてや、多国間での文化の違い。その差で迷惑をかけそうになったことすらある。それをフォローしてきたのはベラドンナだ。
完璧な人間にベラドンナはなりたい。
しかし相手に完璧を求めたいとは一切思わない。
相手が不完全だからこそ、自分が映えるのだ。相手に弱点があるからこそ、それを補える自分を愛せるのだ。
その心を許し掛けた相手がカルミアと共に授業を受けている。ベラドンナは知っている。ソラはただ勉強を受けるために、文化を学ぶために前列という効率を選んだのだ。カルミアによる誘いであるが、それは効率によるもの。この国を知らない他国の平民が、この国の貴族にだまされたようなもの。
怒ることもでもない。
静かに己を殺していくベラドンナ。ペンを持つ手は震え、羊皮紙に刻む文字はいつもより歪んでいる。目元が涙で滲む。自分へのくやしさ、奪われるだけの自分。ローランドは毒牙にかけられ、ソラは誘導された。
歯ぎしり音が出るぎりぎりまで自分を殺し、目元を僅かに涙で濡らす。しかし耐える。
貴族は次なる手を打つ。
その悔しさは、憎しみは、次なる手へ。
侯爵に喧嘩を売る己の地位の不安定さを噛みしめさせる。
しかし、カルミアは伯爵の娘。ただで侯爵に喧嘩を売るだろうかという疑問すらある。高位の貴族になればなるほど、悪知恵はつくものだ。手に入れた地位を守る実力、高める悪徳さはどの貴族にも備わっている。果たして、侯爵に喧嘩をうってタダで済むと思っているのか。
もしや次なる手を打っているのでないか。
授業の中、耐えながら必死にカルミアの次なる手を探っていく。
ローランドは次期王である。そのローランドを奪えばカルミアは王妃だ。しかしローランドは、アーティクティカ侯爵の娘との婚約を正式に結んでいる。その正式を無視して、恋愛感情だけで奪うものだろうか。建前を無視した暴挙や、正当性を無視した蹂躙は火種を生む。
ローレライにおいて、王族は権力者だ。
アーティクティカは、絶対なる忠義者だ。
だからこそ、わからない。
その疑惑がベラドンナの胸の内を占めている。ローレライの内側はアーティクティカ侯爵とその友人貴族たる別の侯爵。そして王族の三つの権力者構造によるものだ。
王族が全ての貴族を従える。
二つの侯爵がローレライの貴族を部下的立場として二分させている。
伯爵は、カルミアの実家は、アーティクティカ側の貴族だ。アーティクティカ侯爵家を敵に回してどうにかなるわけでない。王族ですら、アーティクティカ侯爵に対し強く出れないのだ。では他の権力者にそそのかされた。
ローレライにおいて、アーティクティカに比例するのは一つ。
友人たる侯爵の家だ。
その友人たる侯爵家は宰相の地位にて政治面での権力を握る。武力面を前面に出すアーティクティカとは敵対しない位置の権力であるし、交流は強い。裏切るならば、侯爵家同士でなく王族を裏切った方が効率が良い。
友人の侯爵を次なるトップにし、アーティクティカが守るという形で裏切った方が強い。しかし忠義面が強いアーティクティカは絶対にしない。友人である侯爵は馬鹿ではない。武力面で衝突すれば、アーティクティカに絶対敵わない。またアーティクティカが王族に裏切られた場合、次なるトップは友人たちであると自負すらある。友人たる侯爵が王族を裏切ることがあっても、アーティクティカを切り捨てることなどありえない。アーティクティカは上に立つ者を選ばない。その家訓は、ローレライ中に広がっている。友人たる侯爵が上にたとうが変わらず忠義を示す。
政治面で勝てずとも武力面でアーティクティカはかつ。しかし武力で勝てる世界などない。政治面が弱ければ世界で負けるだけ。武力が無ければ、政治などあっても意味がない。力無き正論は、強者の理不尽によって駆逐される。だから侯爵家同士の喧嘩などありえない。敵に回すぐらいなら味方に回す意地悪さが友人にはある。アーティクティカに向けないだけの意地悪さがある。
だから余計訳がわからない。
カルミアに対し、悔しさもある。
憎しみもある。
しかし、このままでは伯爵は終わる。アーティクティカを敵に回せば、友人たる侯爵がそれを無理やり叩いて潰す。いくらアーティクティカ側の貴族であろうと、政治面において友人を越えるものなどない。領域を乗り越えて潰し、別なる貴族を誕生させアーティクティカ側へ寄与させることだろう。
いくら学園でも情報が遅くても終わるのだ。この学園は上位者になればなるほど実家に通達される情報は遅くなる。侯爵も伯爵もこの学園の状況を知らないだろう。王族ですらルールに適応される。
全てはバルキア王が定めたルール。
権力に縛られる前に、一度は偽りの自由を貴族に与える。学園に拘束される代わりに、実家や権力抜きの個人的立場を噛みしめさせる。
平民は自由だ。制約として学園内の情報は外に出してはいけない。それ以外は学園の外へいこうが、学園内で学歴を刻もうが自由。
貴族にルールを、平民には自由を。貴族は制約に縛られる代わり、権力がある。平民に自由がある代わり、権力が無い。
平民も貴族も学がある者ならばわかるはず。自由な頭の平民も制約ばかりの貴族も、学べばわかるのだ。
アーティクティカは裏切らなければ、絶対に裏切らない。恩には必ず恩を返す。その家訓がローレライに響き、友人を動かせる。だから絶対にありえない。友人が武力による危機になれば、アーティクティカが領分をわきまえず、その敵を粉砕する。そして粉砕した敵を賠償させ、自分たちに必要なものをとった後、友人に明け渡す。無条件で無利子で発動するお互いを守る暗黙のルール。
知らないわけがない。
貴族では有名だ。
アーティクティカと友人は、切れない絆で繋がっている。
策謀があろうとも侯爵同士に割り込める余地はない。それは絶対の事実である。
ベラドンナは授業を聞き、悔しさに耐え、次なる手を模索する。されど次なる手の前に敵のやり口がわからない。その疑問を前に必死に頭をまわしている。
手は授業を書き写し。
耳は授業を取り入れ。
目はカルミアとソラ、そしてローランドを捉え。
頭は思考を張り巡らせる。次なる手を、相手への理解をめぐり合わせる。
武力面によるアーティクティカにおいて、ベラドンナは異色の娘だ。武力を必死に剣術や魔法を習うだけでなく、知恵を学ぼうとしている。貴族においての最低知識以上に貪欲に情報を求めていく。政治面で優勢な友人と対等に渡り合うためのもの。友人はアーティクティカを裏切らない。しかし王族相手だとわからない。友人と王族をつなぎとめるのはアーティクティカなのだ。
カルミアはまるで考えもなしに動いているようにしか見えない。
学園は子供のころから入れられる。実家などから離れ、子供のうちに集団行動を、権力の違いを学ばされる。独自ルールがあり、学生同士での恋愛も自己責任において認可される。平民同士が恋愛をしカップルを作る。貴族の子は最初に教え込まれるのは、家を前提に動くこと。貴族同士の恋愛は実家が認めない。だから貴族同士の恋愛はない。性行為もない。例外があるとすれば貴族が平民を抱いても責任はない。任意でも強制でも責任はない。
貴族は一方的に平民の異性を弄ぶ権利を持つ。されど誰もしたことがない。
アーティクティカがいるからだ。アーティクティカの子供がいるからだ。その忠義さが平民への暴力を一切認めないのだ。またアーティクティカの方針が友人へも伝わり、友人とアーティクティカの両貴族が学園の下位者への暴力を一切否定させている。
その方針があるからこそ、ベラドンナはカルミアに手を出せなかった。
その方針があるからこそ、ベラドンナは悪役になった。
アーティクティカが作った方針、その流れが暗黙のルールとなって平民や貴族に伝わっている。その守ってくれる相手が作ったことを忘れ、それが当たり前と教授した。
ベラドンナは、涙を忘れ、悔しさを忘れ。ローランドとカルミア。ソラとカルミアの姿を視界に抑えつつ、思考にのめり込んだ。歴史の授業はローレライの独自性を説明している。それは独学で学び、再度耳にいれることで認識させる。事前に勉強したからといって、今日やる授業を無視することなどベラドンナは一切しなかった。元々ある知識を再び学ぶ際、独自の解釈が生まれるかもしれない。
本は何回も読むのと一緒だ。
一度読めば、物語の大体がわかる。
二度読めば、物語の全容が強く残る。
三度目は、物語の背後に掛かれた、風景がみえてくる
読めば、読むほど別の支点が生まれるのが本。勉強も一緒だ。最初は最低な他国のやり口であろうと、二度目に学べば他国の事情がわかる。三度目には他国がやった理由の意味を知る。同じことの知識であろうと繰り返すたびに、知識は進化する。
必死に耳に入れ、必死に脳内を回す。
ローレライの内側において、敵はアーティクティカにない。学園という特殊環境においての敵対者であっても、貴族界においての敵でない。実家にもどれば、叱責とともにアーティクティカに謝罪がくることだろう。勉強と本を読むのと一緒。その環境の実力者より、本当の世界の実力者のほうが恐ろしいことを知るのだ。
ならば外。
侯爵の娘たるベラドンナが結論付けた。
授業の佳境。教師が歴史の中で、崩壊した国を紹介する場面だ。その国は大陸の端に位置する国家のものだ。平民は貧しく、貴族が一方的に私服を肥やす国家。それなりの規模で、それなりの繁栄。庶民を犠牲に上位者たちが幸せになるための国家。軍事において、飯が食えるからと平民が殺到するため、徴兵じゃなく、志願制。志願だからと無茶ぶりするが、家族を養うため平民たちは従う。
毎年増える税金。毎年増える貴族の私服額。
その税金は平民の負担の7割を超えている。平民が楽しむことなく、飯を食う事で精一杯。軍隊に入った場合においてのみ税金が免除されるため、誰もが志願する。しかし軍隊に入っても飯と給料は出ても雀の涙。軍隊に入れなければ、地獄が待つ。そんな環境に平民が爆発し、反乱を起こす。
最初の反乱は叩き潰された。志願兵たる平民が、同じ平民を殺していった。恨み言を残し、貴族に組する平民を呪っていった。一つあれば、二つある。反乱は初めは小さかった。されど徐々に反乱がおきたという情報が広まれば、たちまち大きく展開されていく。国の端から端まで反乱地獄。最初は弾圧していた軍隊の平民も、ここまで反乱が広がれば軍隊にいる意味がない。貴族に勝てないと思ったからこそ貴族側に組した軍隊に入った。されど反乱を鎮圧する軍隊の手が間に合わない。軍隊の手が間に合わない箇所は崩壊していく。その鎮圧する軍隊は思ったのだろう、このままいけば、自分たちが反乱を起こせば、貴族の政治が終わるかもしれない。
ふと思ったかもしれない思いが、軍隊の平民を動かす。下等兵が平民であれば、上司は貴族。だから上司を殺し、反乱を起こす。軍隊と平民が手を取り合い、国の領土を燃やすように反乱が拡大。貴族は皆殺し、王族はギロチン。
そうした内乱が起き、その隙を他国に攻められ滅ぼされた国。
しかも恐ろしいことに他国に攻められて滅ぼされた国の領地は、治外法権となっている。
貴族という名前が出れば出るほど反乱が発動するらしく。表向きは支配しているが、反乱が強すぎるため貴族管理など届かない。平民の強さを知ら締めた地域であり、今や平民が平民による統治を掲げ行動している。しかし、貴族も軍を派兵。この国の軍は平民を弾圧していないためか精強であり、反乱をその都度叩き潰している。また叩き潰した情報が流れても反乱など起きていない。
その情報を教師が伝えたとき、前列のある生徒が手を挙げた。大きく耳元に肘を当てた手の上げ方。それは勿論、ソラだ。ベラドンナからは見えないが、きっと楽しい表情を浮かべているだろうと行動で予測した。
そして自国の平民でなく。
他国の平民。しかも巨大な財閥の子供。
だから教師も無視することなく、ソラに話を振った
「ソラだったか?どこか疑問でもあったか?」
「他国に支配される前なんですけど、反乱はどのぐらいの期間で行われましたか?」
ソラは食い気味の様子だ。声でわかる。まるで知識欲に意識を奪われたかのようにハキハキしている。
「数か月だな、ただ最初の反乱は早く鎮圧された。その反乱が起こされたことだけが国中を駆け回ったそうだ。その駆け回った速度は平民にしては凄まじいほどのものだったそうだ。二日ほどで国中に駆けまわたそうだぞ」
教師がソラの興味に答える。自分の授業で、学園の一年分の経費を払える財閥。平民とはいえ実力のある子供に興味を持たれて気分がよさそうに教師は答えていた。
「二日?その日数で情報は届くものなんですか?」
この世界において連絡手段は手紙などが多い。いきなり遠距離の相手に伝える手段などこの世界にありはしない。だからこそ国を駆け巡る情報が二日で出回るなどあり得ないことなのだ。
「ふつうは届かない。ローレライより二回りも大きな国家。ローレライですら情報が安全に無理をせずに情報を張り巡らせるのに4日はかかる。だから安全を無視し、ただ伝えることのみを優先した平民の捨て身だな。寝ることも食事も休憩も一切取らずに敢行した結果じゃないか?」
教師にとって疑問に思う生徒は貴重。貴族が疑問を思っても、決して手を上げることはしない。平民も貴族が手を上げない以上、手を上げない。授業の合間に平民が手をあげれば、貴族の学ぶ時間が減る。質問に答える教師と学ぶ平民。その時間が貴族の学ぶ時間を停滞させる。
だから誰も手を上げない。
その中で他国の平民。
他国の財閥であるがゆえに、この国の貴族の力が及ばない平民。その平民といえど疑問をもって手を挙げてくれるのは教師にとって幸せなことなんだろう
初めての出来事のように教師は楽し気に語る。
「まるで火災ですね?」
ソラは笑う。教師の答えにソラが独自の想いをはせる。わらっていることなどベラドンナにはわからないが、口調で何となく理解した。ソラは楽し気にしていると。
「火災かもしれないな。最初は小さな火でも、いつの間にか思いもよらず燃え上がることに関して、火災かもしれない」
教師が同調し、ソラはつづけた。
「火種は作られるもの、火災は大きくさせるもの。自分の手で招いた結果が自分の手で広がったということですね。何かしたら火種は生まれ、何もしなければ火種は巨大に膨れ上がる。小さな火種のうちに沈下させても、別のとこに火種が生まれてくる。ああ、歴史とは火災みたいなものですね」
それはきっとソラの独善場だった。
思いも知らず、愉快気な様子が手に取るようにわかる。
他国の財閥だからこそ平民も貴族も口を出さない。されどその様子は少しおかしく感じるだろう。ベラドンナですら思うのだ。普段の無邪気で陽気なソラらしくない。
まるで無知のまま面白がって虫を甚振る子供そのものだ。理性も育たず、善悪や命の重さを学んでいない子供のありさま。人は子供が一番残酷で大人になって残虐性を理性で押し隠す。
ソラの様子はそれに似ている。いや、もっと酷いものだ。
理性を持って、善悪を知って、歴史を、不幸を楽しんでいる。
そういう風にベラドンナには取れた。その様子に気付いたものはいない。おかしく思っても歴史に対する知識への欲望の探求にしか誰も思わないのだ。ベラドンナの侯爵の地位にいる娘だからこそ気付いたのだ。地位への渇望がなく、忠義に家訓と人生をささげる一本筋の貴族。
野心を忠義に変えたアーティクティカ家訓。
それで育てられた娘は、ここでソラの異常さを少し見せつけられた。
前列にいるソラの声。その隣でソラをニコニコと見つめるカルミアの横顔。カルミアの様子に嫉妬し、ソラを憎たらしく思うローランド。
その一部始終でありながら、ベラドンナは嫉妬よりも恐れを抱いた。
無能であれば、人間性など誰も考えない。他者は他人。自分は己という建前をもって、他人を否定した。なかったものにし、自分の価値観に加えずに済んだ。されど侯爵であり、忠義の娘は価値観に組み入れた。武人の家であるからこそ、人心は貴重なのだ。
ベラドンナはソラに対し、間違いなく嫉妬し。
間違いなく、違和感を抱いた。
懸念は表情に、疑惑の目を持ってソラの背中を見つめた。
「火種とは恐ろしいものですね、そうでしょうベラドンナ様」
ベラドンナの見つめた視線に気づいたのか、ソラは背を向けたまま言う。前列の言葉がはっきりと聞こえるぐらいに澄んでいた。ソラの発言に教室の誰もが口を出せずにいた。突然であるし、学生の嫌われものになったベラドンナを話題に出されれば、口に出せるものはいない。
教師も侯爵の娘の名前を出されれば、口を閉ざすしかなかった。
子供は学園にて地位の高さの知識だけを得る。
教師は地位の高さを知識と実感を持って経験してきた。
ベラドンナの視界にはソラがメインだった。ソラがベラドンナの名前を出した時、カルミアが急に慌てた様子を見せたが時遅し。
聞かれた以上、ソラに問われた以上。
ベラドンナは席を優雅に立ち上がる。無駄に椅子を引くのでなく、音を立てずに体で下げる。静かにされど毅然とした態度で立ち上がったベラドンナは、髪を手ですくった。
「そうね、火種は恐ろしいわね」
後列のベラドンナの声も澄んでいる。ソラの声もベラドンナの声も澄んでいる。邪魔な音声などはない。二人の独断場。高位の貴族の他国の財閥の平民。小国であれど侯爵。平民であれど他国の財閥。ソラは顔だけを後ろに向けた。
ベラドンナは髪を軽く掬いあげた状態で迎え撃つ。
視線は視線としてぶつかる。
ソラはベラドンナは己の眼光に相手の視線を叩きつけていた。
「歴史とは面白いものですね。なぜならどこの国でもやっていることが、どこの場所にでも当てはまってしまう」
ソラが愉快気に語れば。
「人の歴史は繰り返すとはいったものね。他人がやった悪事を、否定し、やらないようにしても自分たちで再現してしまうもの。反乱も内乱も戦争も戦災も災害も対策をしてても、必ず引き起こされる。自分たちはしないと意識を高めても、その意識の中だから歴史よりも大きな被害が生まれてしまうのよ。結局歴史の繰り返し。過去を学んでも、先にあるのは過去より未来の大きな被害」
人は成長する。
過去を学び、過去を引き起こさないようにする。
それは過去の再現でなく、過去よりも最大を引き起こす教訓になり得てしまう。
内戦をさせない。反乱を起こさせない。
民衆を圧迫したから反乱がおきた。だから民衆に優しくしたとしても、今度は図に乗った民衆が反乱を起こす。圧力をかけたからこその反乱。甘くし圧力の蓋を緩くすれば、その力を民衆は反乱の余裕に使う。
それを弾圧し沈静化させる。民衆を圧迫したときは、税でむしりとったため民衆に元気がない。金も食料も武器もない。されど圧迫の蓋を緩めれば、その分余力が生まれる。その余力で買われた食料、貯金、武器が新たな被害を生む。何もない圧政下の民衆の力より、余力をもった民衆の方が力をもっている。
力を持たない民衆を沈静させる力と被害。
力を持つ民衆を鎮静させる力と被害。
どちらかを考えればよくわかること。
歴史は過去を学び、未来に役立たせる。
されど歴史は必ずしも未来に役立つものではない。
「ベラドンナ様、今回の歴史はどうでしたか?学べるところがあったのでは?」
ソラが問いかければ。
ベラドンナが毅然とした態度で立ち向かう。
「常に学んでいるわ。その歴史すらも凌駕し、わたしは私の道を突き立てる。歴史は、過去は、学ぶ必要がある。なぜなら未来を幸せにするために、教訓としての価値がある。その価値を悪用するかは人次第。私は過去よりマシな未来を創る努力をする。そう学ばされた授業ね」
絶対に譲れない一線がある。過去は未来を酷くする。被害を大きくする。
されどそれは愚者の成り立ち。
必ず賢者が現れ、被害を未来では少なくする努力をするはずだ。
過去の再現でも最大に表すものでもない。
未来には、必ず教訓が生まれるのだ。被害を生まない教訓が必ず。
ベラドンナは完ぺきな人間になりたい。だからこそ平民であれど、財閥の他国の平民であっても、決して譲らない。過去は過去。未来は未来。未来とは過去の積み重ねによって、被害を減らしていくものだと確信している。
強く気高い侯爵の娘、ベラドンナ。
そのベラドンナの様子を、ソラは見て笑う。無邪気に残酷なまでに子供らしく。
「そうしていただけると助かります。僕のような平民は、過去の歴史の火種の再現だけは避けたいんです。だって火種は僕たち平民に降り注ぎますからね」
顔だけ振り向くのに飽きたのか。ソラは全身をベラドンナに向けるよう、振り向いた。ただ笑っている子供のような青年のソラ。それに対し、毅然とした大人のような子供のベラドンナ。
「当然だわ。貴族は過去を越えていくのが宿命よ」
決して折れない。ベラドンナの想いだけは常に突き進む。
「それなら安心ですね。ローレライの平民、貴族の皆様が羨ましい」
そして、ソラは前へ振り向いた。ベラドンナの立った視界からでもよく見えない。だが机に置かれた教科書や羊皮紙を一つの束に纏めているように見えた。その様子にカルミアが再度慌てて見せるが、ソラは気にも留めていない。まとめた束をカバンにつめ、ソラが立ち上がる。
「先生、席移動してもいいですか?ベラドンナ様の隣で学びたいです」
「あ、ああ」
先ほどの対決もどき。その様子から平民でありながら、平民らしくないソラの様子。その姿の前に教師はたじろいだ。されど否定できず、受け入れた。
ソラは机と机の間を歩いて進む。教師が受け入れるのを前提で振り向くことなく歩き出した。
ついにベラドンナの横へと移動すると、立ち上がったベラドンナの視線をソラは無視し。
ベラドンナの隣に座った。
たったまま見下すベラドンナの視線をソラは側面で受け止め、口を開く。
「ベラドンナ様、やはり僕は貴女の隣で歴史を学びたい」
そう笑って言葉に出したソラ。
その様子は変わらず、青年のような子供であり、子供のような青年の姿であった。
ベラドンナは腕を軽くくみ、ソラの言葉と様子を必死に飲み込む努力をした。言いたいことも聞きたいこともある。だが、その己の欲求を殺し、ベラドンナは偉そうにうなずいた。
「構わないわ。私以上に学べる人間など少ないもの」
そして、ベラドンナ自身も席に座った。
ベラドンナが席に座り、幾ばくかの時間が立った後授業が再開された。教師が何事もなかったかのように授業をはじめ、教室の皆がそれに合わせた。合わせられなかったのはカルミアとローランドだけだ。
カルミアは後ろにいったソラの姿を時折見つめ、ベラドンナを見つめた。
悲痛なカルミアの表情であれど、内心何を考えているかは不明。されど表を被害者ぶっても、人は裏で加害者に成り立つものだ。だからベラドンナは気付いたうえで、見捨てた。ローランドはカルミアの様子とソラの価値によって嫉妬しているだけ、だから気付かないふりをした。
そんな俗物たちより、ベラドンナは厄介なものに注視した。
ソラは唯の平民でない。ただの財閥の一族の子供でない。
ベラドンナは有能だからこそ、そう仮定した
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