彼と雲 9
雲と彼の違いは種族差が第一に述べられる。身体的能力も含め人間と魔物の違い。社会的構造においての影響力も大分偏る。
彼と雲は似ている。同じではなく似ている。彼はある程度はルールを順守する。雲はルールを知っていて無視する。彼は約束をある程度守る。雲は約束を必ず守る。彼が悪であると評されるように、雲は悪そのものだと自負している。他人から見た彼という怪物のイメージ。他者からみたら悪魔そのものの雲。
彼は曖昧にし、雲は災い方面にて誠実だ。
怪物は雲なくしてあり得ず。
怪物なくして、雲は雲足り得ない。
彼を守るのは雲だ。イメージ像を維持し、声明を守る。影響力を保持し、常に恐怖を印象付ける怪物。それこそが彼の命を守り続けている。雲が雲らしくいるおかげで、彼は生きている。
力が強い魔物たちでは駄目である。人間は時として強者に挑む勇敢な主人公たちなのだ。相手が強者であれば、あるほど数をもって打ち負かそうとする。敵対せずに同調をさせる、協力ではなく支配の形へと生み出す。
雲は恐怖を先行させ。
彼はその上に君臨する弱者の核なのだ。
お互いがいなければ、彼の物語はとっくの前に終わりを告げている。トゥグストラであれば生き残れたか、オークやリザードマンでは勝ち続けられたか。ゴブリンやコボルトでは危機から脱しられたか。
不可能だ。
悪意たる感情の総数をつかさどる彼であろうと、人間に勝つことなどできない。大本の感情の供給源、人間相手に彼が生き残るのは絶対に不可能。
それを可能とさせたのが雲なのだ。拷問、殺害、これらを雲が泥をかぶる形として好き勝手に行った。だからこそ、恐怖が満ちた。
危険人物。
歯向かう物、敵対するもの、邪魔になったものを滅ぼす鬼畜の怪物。それらを生み出したことによって、起きるはずだった反撃を回避した。グラスフィールで暴行犯を雲が殺してなければ、怪物のイメージは少しマイナスへと落ちただろう。この場合のマイナスとは甘い人間としてのほうだ。
歯向かおうが降伏すれば、また逃げるのであれば命だけは助けてもらえるかもしれない。かもしれないという希望が生じたかもしれない。その場合、隣町の住人皆殺し事件は発動しなかったのは事実だ。だが彼という一個の生命の危機は高まったことだろう。彼自身を犠牲に皆を救うか、彼自身を救うことによって皆を殺すかの違いでしかない。
雲はそこまで理解したわけではない。だが雲には大よそ、人の行動が読める。心を読み、行動を読む。その後何が起こるかは大体読めていたのも事実。暴行犯が殺されたときに浮かべたイメージ、死の瀬戸際に浮かべた印象を読み込み、展開を予測した。
そして放っておいた。
結果住人皆殺し事件が起きた。人間は時として暴走する。それらの観察経過もしたかった。
雲と彼が出会う前、人々の怪物に対しての悪印象は最悪だった。暴発寸前とまではいかないが、いきそうなものぐらいには膨らんでいた。グラスフィールでの希望的観測を残したままであった場合、吹聴されたことだろう。
怪物は案外甘いと。
少しは歯向かってもいいかもしれないと。
トゥグストラで守れたか、オークで薙ぎ払えたか、リザードマンが切り捨てられ続けたか。
雲の回答は、不可能だと告げていた。力だけで勝てるほど人間も弱くはない。人間が恐れるのは個人の戦闘系ではない。いかに人を貶める存在かが重要なのだ。
力があって人を甚振る人間なんて最悪のものだろう。
恐怖でそれを打ち砕いた。
雲は間違っている。人間の社会構造。弱者優先の社会において、雲は最低の獣だ。
最低の行いで、一人を守り切った。
雲の行いは忌避されることだろう。されど残虐思考を満たせつつ、彼一人という存在を守ったのだ。趣味嗜好を果たし、なおかつ魔物たち最大の目標を果たしたのだ。何も文句を出す奴はいない。
そこまで理解する魔物など雲しかいないが。
場面は変わる。雲から彼へ。
彼は両手を後ろで組み合わせた姿勢で、燃え尽きた宿の前で立っていた。魔物たちをその場で待機させ戦闘に立つ彼の姿はどこか雄大だ。雲を待つこともあるが、ほかに大切な用事があったのだ。
宿屋の廃墟から出てくるもの、主人を彼は待っていた。彼の姿を見かけたか、主人はそれに引きつられるように表へ姿を現した。
「・・・いちおうは、保証があると思います」
彼は独特の間をもった会話で切り出した。だが異論は許さないように、つづけた。
「・・・求められたことはしました・・・今度はこちらがかなえてもらう番かと」
それは圧力。
無表情をもって、されど悪意を持つ左目をちらつかせた行為。虫を見るような視線と、悪意の目が解き放つ殺気は生命の危機すら感じさせる。
「・・・な、」
「・・・ニクスフィーリドさんのほうへお話は伺わせていただきました・・・ですが少しだけ何となくですが、ひっかかるんです」
彼は小さい物事を気にしない。どうでもいいことならそれで切り捨てる。たとえ自分が多少かかわったことですら、だ。
されど。
「・・・本当に冒険者でしたか?」
彼は主語を語らない。物事を進め、どうしようもなくなったときに彼は訪ねてくる。こういう人生、行動してから後で実際はどうなったのかを知りたくなる。後悔を先に立たす教訓を持たない人間なのだ。
「・・・・・も、もち」
「・・・抗議は?」
「・・・したぞ」
これらのこと、全てを含めて彼は物事を判決した。
「・・・嘘だ」
彼は断言する。相手が狼狽する姿をもって断定をした。底辺たる彼は人間観察を好みとする。するしかなかった趣味がそれなのだから、ねじ曲がり気味も極大化している。
だが大抵嘘をつく人間の癖ぐらいはわかるのだ。関わらないからこそ、第三者の目で見てきた経験。
抗議をする気が無かった。
「・・・冒険者たちの行いを知っていれば誰だって動けないわい」
ためらいがちな主人の抗議。
か細い彼に対しての抗議の言葉すら、交わす気などないのだ。
この事件に関し彼は知ろうと思わない。ただ知りたかったのは自分の行いで、どこまで影響が出るのかだけだった。
だから言い訳も何も聞かず。
「・・・貴方たちは最低だ・・・」
彼はゴミを見る軽蔑の目をもって、切り捨てた。宿の主人は、この老人は嘘つきである。
「・・・まだ、ニクスフィーリドのほうが誠実だ」
ニクスフィーリドは彼の眼をもって、正直だ。嘘をついたわけではないが、責任の所在を果たす約束をした。疑惑まじりの騒動。
彼はニクスフィーリドから事情を聴かなかった。コミュニケーション不足というのもあるが、実際は違う。
会話を進めるうちに気付いてしまったのだ。
ニクスフィーリドは多少かかわっているのだろうが、そこまで悪くない。
誘導された。
宿屋の主人の言葉はどうか。
冒険者が焼き払った。
彼は冒険者と一般人の違いなどわからない。装備するものを見れば一瞬でもわかるのだろうが、これが実は気にかかるのだ。
犯罪を起こすのに装備など付けて特定されようとするのか。装備というのは個性みたいなものだと彼は思っている。個性を堂々と身に着けて、動くものか。
彼ならば全身をいつもと違う格好にする。されど目立たない一般人の流行に合わせることだろう。木を隠すなら森のように。人ごみの中で目立たないものにし、行動を起こす。
最初は疑惑のうちだ。
冒険者がやった。燃やした。宿屋の主人の言葉を思い返す。思い出があったというが、その割には激情の色が薄い。彼はちらりと主人を横目で見るが、そこには何もない。
目的を果たした達成感も、怒りに震える姿もない。悲しみもない。
思い返せば、もう一人おかしなものがいる。
冒険者を捉えた。情報は渡せない。
「・・・やってくれる・・・全員」
ニクスフィーリドという組織が目障りだった。弱者が強者になると邪魔になるやつらがいる。それらはもともとベルクにおいて強者の位置につくものだ。そんな強者の立場など騎士や商人かもしれない。だが、別のジャンルにおいて敵対する奴達がいた。
冒険者。
冒険者と敵対するための組織がニクスフィーリドである。その組織目的を彼は知らないが、だがニクスフィーリドの長との会話で理解している。
話が通じる相手だと。
それとは別に通じないものがいる。通じたような形式で別の思考へと誘導させた奴らがいるのだ。
捉えた冒険者を渡せない。
その言葉は嘘だ。
そんな奴はもともといない。情報を渡せないのではなく、渡さないつもりだった。
この世界は安いものだ。誰もが騙し、騙される。誰も守らないから。
「・・・・・・こんな世界嫌いだ・・・」
彼はこのとき、少しだけ世界を憎んだ。
冒険者ギルドと宿屋の主人はグルである。お互い連携していた商売において、ニクスフィーリドは色々目障りであった。宿屋の主人は、宿だけが主目的でない。冒険者ギルドも冒険者を集めて色々させることだけが仕事ではない。
ニクスフィーリドは被害者であり。
加害者である。事実、冒険者に何かしようとしたのは本当だ。ただ行動する前に情報を読まれて利用されただけのことだ。
ニクスフィーリドも冒険者ギルドも。
彼という存在を利用し、相手を叩き潰そうとしたのだ。
彼と雲は似ている。嫌いな人間も好きな人間も同じなのだ。雲は好きな人間も殺すが、そいつの約束だけは守る。彼は好きな人間と約束自体極力しない。
彼は宿屋の主人に目を向けた。
「・・・正直にだましてくれてありがとう・・・」
どかない。彼はそういって腕を組んで待つ。消え去ることもせず、睨み続けた。真相は知らない。なぜこの事件が起きたのかを知らない。
されど気に食わないから睨み付ける。
蛇に睨まれたカエル。狼狽し、冷や汗が止まらない主人の姿をもっても彼の鬱憤は収まらない。
やがて雲が無邪気な笑みを見せて現れた。
「くきゅくきゅきゅ」
本質を隠し、本能を隠し。得られたものを全て隠す子供の魔物の姿。雲が現れた同時に、彼は歩き出した。主人の横をすり抜けるようにし魔物たちがついていく。最後尾である雲がすり抜ける瞬間。
「・・・つぎは・・・おまえだぞ・・・」
紛れもなく中年の、敵対関係であった長の声を小さく告げて抜けていった。
主人が勢いよく振替り、雲の背中を見続けるが答えなどでやしない。されどこのとき浮かべたものは、まさしく死の恐怖の味わいだ。
次の日。
冒険者ギルドの受付嬢、支部長が首を掻き毟って自殺した。殺されたという意見もあったが、自殺した。証拠もない。現場に残る小さな糸くずだけが証拠かもしれないが、ただの線維という形で切り捨てられた。
彼は真相を知ろうとしない。だが受付嬢たる女性の死についてすらも興味が無い。嘘をつく相手が自身でなければどうだってよい。彼とその魔物たちも同じようなものだ。
一匹をのぞき。
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