ローレライの火種 22

「・・・ベラドンナ様、・・・貴女が望む形かはわかりませんが・・・それに近いものは訪れます・・・それ以上を望まないとお願いしていいですか?・・・その結果をもって・・この件に対し幕を引いていただけますか?・・・できないのであれば・・・」




 彼の声は届く。虚空を突き抜けるように彼がいなくても声だけはこの場に伝わった。感情もこもらず、きっと発言している姿を想像するに無表情。見なくてもわかる。それが彼だ。この場の全員が彼の姿を予測し、今回ばかりは全員一致した。






「断るとしたら?それでも我慢できず、子供らしい姿をもって、断ったらどうなるの?」




 ベラドンナはわかっている。もはや察しきったような表情をもって、彼の声に対し答えている。ベラドンナは子供の年齢でありながら、大人の感性を持ち合わせている。彼が大人と称し、ベラドンナは反発するように子供らしく演じようとしている。しかしながら、頭の中ではもはや答えは出来ている。それを先延ばしにするように、答えを言えないだけだった。




 しかしベラドンナの発言は、この場に集まった生徒たちをギョッとさせた。驚愕よりも混乱に似た反応の反発。ベラドンナが彼に対し強気であることの意味。彼が解決させる手をもつかもしれないというのに、その相手に対しての応答。彼が機嫌を損ねれば、自分たちが害される。防衛戦力たちの弱点を開放され、自由となれば生徒たちの身は危うい。このまま手をこまねいているだけでも被害を受ける絶望しかない。自分の身、反乱によっての領地。実家の危機。




 そのなかでの安全地帯にいるベラドンナのもの。彼に対して媚びらない強者の反応そのもの。




 二つの反発がこの場を支配した。しかし表ながら出せるわけもない。ベラドンナの領地は安全だし、実家も安全。経済も軍事もそれこそベラドンナ自身の安全も保障されている。




 こんな相手に喧嘩をうった。




 本来なら貴族的配慮が始まり、自分側についた格下の貴族を保護するのが通例だ。されどアーティクティカに敵対したものしか集まっていない。その集まりの中で貴族的配慮をする格上貴族はいないのだ。媚びを打ったところで遅すぎた。






 だから思っているだけで心で沸騰しているのだ。




 これが罰。 




 これが罪。








「・・・この件から降りるだけです・・・今すぐに・・・そしたら、・・・皆様でご自由にどうぞ」




 彼はただ言うのだ。声の感じからしても、興味なさげなものだ。それこそ今このローレライでどれほどの被害が出ているか一切考えていないようだ。この一件は大きく動きすぎた。アーティクティカは自由で領地から軍隊を出して他貴族の領地に起きた反乱を鎮圧できるのに、動いていない。じっとしている。高みの見物を行っているのだ。アーティクティカの両隣の貴族の領地は反乱でほぼ壊滅。その反乱軍はアーティクティカ領地に一切近寄ることなく、迂回する形で他領地に進軍して合流。合流した反乱の渦はさらなる破壊をもって貴族を壊滅。それが終われば別の領地へなだれ込んでいる。その規模は大きいがアーティクティカならば倒せてしまう。




 しかし動いていない。




 そのむず痒さ、加害者からは何も言えないのだ。この状況はアーティクティカしか頼れない。アーティクティカにしでかした己の身を嘆き、後悔し、そして慈悲を乞うしかないのだ。






「この流れはいつになったら終わるのか、それを教えてくれない?」




 反乱の流れ。虐めの根絶はなされた。されど想定外すぎた。学園の話が国を揺るがす事件にまで膨れ上がった。これはアーティクティカで対処できる範囲であるが、そこまで優しくするつもりもない。






「・・・いつまでも・・・気が済むまで・・・永遠に・・・とまではいきません」






 彼の発言は軽いものだ。独特の間をあけつつ、淡々と述べるそれらに重みはない。ただ彼の発言の中には重い展開しか読めないものばかりだ。






「・・・きっと長いことは確かです・・・貴女の気が済むまで・・・アーティクティカの気がすむまで・・・反乱した人々が飽きるまで・・・そして・・・それが反乱者の仕事にならなければ・・・長い時間を駆ければ勝手に消えます。・・・人はあきやすい・・・それを仕事という形にされてしまえば期間は読めません・・・暴れるだけでお金が手に入るなら、生きられるなら・・・そのほうが反乱者には都合がよい・・・そうじゃなくて、ただの反乱だけなら・・・このまま続いて皆様の家がつぶれたら勝手に消えると思います・・・権力者に立ち向かう、弱者の行進。その空気に飲まれた人々は周囲によって飲まれ、個人の考えを失います・・・まあ気長に待てばいいんじゃないでしょうか・・・貴女にとっては」








 彼は長々とつづけた。




 その中に割り切って入れるものはいない。なぜならまだ続く。声が届く中で呼吸音だけが届いた。彼の呼吸音すら届いているのだ。大きく息を吸い、吐いている音。




 現に想像の中で彼が企む姿が浮かぶのだ。この場に集まるものたち全員が彼を強く思うのだ。悪魔的に最低で外道な人形の化け物。それらが牙をみせ、毒を垂れ流す。




 誰もがわかっている。




 これは彼の罠だ。その先をつづけてはいけない。つづけさせず、別の手段を考えなければいけない。どうしようもない状況であるし、半ば積みかけている現状。そんな中でも自分たちで動かなければいけない。






 しかし、だ。






「・・・それだとやりすぎていると思います・・・なので・・・皆様を救える手が一つだけあります・・・」




 


 不安にさせた中。絶望を見せた中。恐怖を見せた中。暴力を沈めた中。アーティクティカを相手にしている中。






 救済の手を。困難な道のりに一筋の光を人形が連れてきた。






「・・・とりあえず、救える手を教える前に。・・・みなさん、これから仲良く目をつむりませんか?・・・この反乱を起こした人たちに対しても、事情を考慮したうえで配慮を見せる・・・皆様も失敗しました・・・やらかしました・・・その失敗をベラドンナ様に見逃してもらえたとして、皆様も反乱した人々を見逃す・・・まあ犯罪をした人は処罰の対象でしょうが・・・その反乱も罪かどうかは皆様の対応しだい・・・皆様と一緒です・・・のみますか?・・・それを」






 反乱したものは処罰するのが通例。それはどの国においても絶対のルールだ。そこを捻じ曲げるなどはできるわけがない。正常であれば、その意見など無視して反乱者は処罰。されどそうした場合、格上に対しやらかした者たちも普通は処罰。




 彼の言っていることは、善人のように見える。




 彼の言っていることは、自分が許されたのだから他人も許せという善人の特有の意見。






 だが彼の意見は一つ恐ろしいことを言っている。ベラドンナの名前をもって、見逃してもらえるかもしれないという希望的憶測を入れていることだ。たとえ他国の平民といえど、アーティクティカの名前を自分勝手に使うことは許されない。






「お前、許すかどうかは善処するだけよ。勝手に私の名をもって適当なことを・・・」






「・・・ならこのままにしますか?・・・反乱にまみれて弱体していくローレライ。・・・小国という形かもしれないですが・・・確かに秩序があった・・・普通が満ち溢れ、少なくても目に見える弱者は少なかった・・・たとえ他貴族の領地が悪くなっても、自分の領地さえ無事であればいい。そういう意見は人間として・・・あるかもしれません。ですが・・・他が弱くなれば・・・巻き込まれる形で・・・引きずり落とされるんです・・・常に強者はいないんです」




 彼はここで一呼吸を挟んだ。




 そしてつづけた。








 「弱者は強者を自分の方へ引きずっていくんです・・・食べ物がないと死ぬ・・・食べ物を手に入れるには金が要る・・・金を得るには仕事をする・・・仕事がないなら、別の場所へ行く・・・職がないものは・・・職があるところへいく・・・そうすると、元々住んでいた人たちの安定した職がなくなります。・・・仕事の奪い合いが始まるんです・・・いかに低賃金で働けるかという、労働者側の奴隷自慢が始まっていくんです・・・弱者は生きるために必死にします・・・その必死さを賢い人は利用して・・・人件費を安く・・・値段を安く。そうなると・・・元々住んでいた人たちのもらっていた給料が高く感じるんです・・・だから減らされるか、仕事が首になるかの話になります・・・余所から来たものたちのせいで、元いた人たちが苦しんでいく・・・そうなると対立が始まります。元々住んでいた人とよそ者との対立。・・お互いがお互い邪魔になるんです・・・弱者にとって元々住んでいた人たちは障害であり、同じように住んでいた人にとっても弱者が障害になっていく・・・でも元々住んでいた人は余所から来た人に最初は同情的なんです・・・だって自分より惨めだから・・・可哀想だからという思いが先に立つんです・・・この人は大変だったと思ってくれるんです・・・でも数が多いって怖いです・・・弱者が集まりすぎて、その中で団体を作り上げる。弱者の数は強者となって、少数で人間らしく生きていた元々住んでいた人たちの環境を侵略していく。・・・そうなると同情的だった人たちは、手のひらを返すんです・・・だってそうでしょう?自分の環境がどんどん悪くなっていく。給料も安い人材がいるから、それに合わせて減る。・・・初めは安かった土地もだんだん値段が上がる・・・人が多いから土地がたらないための現象です・・物も安くなりますが、給料も減ります・・・でも必需品が人の数に追い付かないので、どこかが値上げをしていきます・・・でも物価の値段の高さは人の給料に反映されない・・・奴隷がいるから・・・。人間であった元々住んでいた人は、奴隷をためらわない弱者の低賃金争いに巻き込まれ、同じ立場にされる・・・その結果税収が減り、治安が悪化します・・・行政も必要な財源というものがあります・・・減る以前の税収じゃないと行政がなりたたたない。その財源はどうしても確保するなら重税するしかない・・・苦渋の選択の重税は低賃金争いで苦しむ弱者たちをさらに苦しめる」




 彼の一息する音がした。




「・・・生きるだけで精一杯の人々がさらなる地獄を見せられる。物価は高く、土地は高く、給料は安く生きるだけで精一杯。賃金は上がらない、財源確保のため将来重税が課されることは予想しやすい。そうした将来が不安である人ほど給料の大半を貯金に回す・・・本来なら貯金されなかったお金は、回りまわって誰かの給料になります・・・貯金されたら、市場にでるお金は少なくなります・・物が売れなきゃ給料はもらえない・・・物が売れても給料は増えない・・・必要な財源を確保するため重税される・・・給料はどんどん減る・・・将来給料もらえないという不安が貯金になってしまう・・・貯金は誰かの消費になるわけじゃない・・・貯金したお金を利息付きで誰かが借りてくれればいいですが・・・こういうときに借りる人というのは追い詰められている人が多い・・・だから誰も金を貸さない。・・・こういう環境に一度でもなると人はなかなか立ち上がれないんです・・・・・・貴女の周りはどうでしょう?・・・貴女の実家はどうでしょう?・・・本来なら上がっていく税収、環境も、崩壊した領地に住んでいた弱者がなだれこんだら?・・・きっと見捨てたら薄情と貴女の領地の人々から怒られます・・・苦労をしらない強者は、絶対に慈悲をみせてくれるんです・・・その慈悲をもって、優しさを持てばいいという理不尽な意見が下から上がっていきます・・・人は人を思いやれる・・・そのやさしさが・・・自分を地獄に落とす・・・どうしたいですか?放置したいですか?嘘だと思いますか?・・・自分たちが強いと思いあがる人ほど優しいんです・・・自信がある人ほど優しいんです・・・人間ができているんです・・・そのできた人間が・・・誰も寄せ付けない底辺になっていく・・・こういう話を今しているんです・・・貴女にとっては何にもない反乱・・・その先を見れば・・・貴女の実家にも被害がある・・・」








 彼は大きく息を吸った。その音だけが残った。








「・・・ベラドンナ様・・・未来を見てください・・・一度、弱者地獄に陥ると・・・中々大変です・・・それこそ数十年も続く地獄かもしれません・・・それは成長じゃなく衰退の一歩になってしまう。・・・弱者地獄は未来なんてありません・・・新しかった命が歳をとり、自分だけ精一杯で何もうまず死んでいく。本来なら人は新しい命を作って、死んでいくのが常です・・・それが生まれた命は、死ぬまで一人。・・・子供を作りたい人は自分だけで一杯なんです・・・自分の子孫に地獄を見せたくなくて、作れる状況であっても作ってくれないんです・・・何も産めず、将来も期待できない。不幸まみれで埋め尽くした弱者が、独自のコミュニティを生み同調し数を増やす・・・独身でいよう・・・一人なら楽という気休めが細菌として感染して回る。・・・国からしても損害。行政からしても損害。歳をとりすぎた方がいつまでも若い人と同じように働けるわけじゃない・・・でも人がいないのと奴隷がいないから年寄りまで働かせる・・・働けなくなったら切り捨てるしかない・・そうしないと行政も国も引きずり落とされる・・・弱者は国すら引きずり落とすんです・・・それとも自己責任で片づけますか?・・・最初は皆自己責任で勝手に自滅しあってくれます・・・だって弱者と弱者がお互い自分は強者と思い込んで、目の前の弱者を叩くんですから・・・自分が頑張って稼いでいるのだから、他人の給料が安いのは頑張りが足らないっていう感じに・・・。本当は同レベルであるのに、それを自分の都合の良いところだけ見て叩く・・・最初だけですそんなの・・・あとは本当に自分が弱者だと気付いたとき、それこそ地獄の始まりです・・・弱者が開き直って、引きずり落としに来たとき、それが本当の地獄の始まりです・・・まだこの国は地獄じゃない・・・・約束しましょう。・・・貴女が許せば、未来は変わる」






 彼はそうして長話を閉じた。




 言葉には出していないが、この話には別の意味がある。




 この反乱にはアーティクティカが弱者になる。弱者によってアーティクティカは引きずり落とされる。それは、弱者による平和的な侵略によるものだ。血ではなく、経済。経済における金の価値を思い知らされる侵略。アーティクティカの領地の民は強者である。高い給料も他領地の民によって落とされ、経済的、精神的による圧迫。その強者という誇りが、いつしか過去の産物となるまで弱体化する。




 誇れるのは過去。過去は強かった。あのとき、こうしていればという考えだけが蔓延し、他の弱者を探し出してでも叩く。そういった他人排斥の思考が強くなっていく。






 第三者からすれば、過去はすごくても今が駄目なら、未来も駄目なのがわかりきっている。






 ベラドンナはその彼の意見にすごく合点が言った。この国は経済的にそういった感性に陥ったことはない。あくまで推測の範囲でしかない。しかし彼の発言には実感が伴っていた。なぜならこの会話の中で彼は感情がこもっていた。




 絶対的な自身による感情が、ハキハキと現れていたのだ。独特の間すら少なくなり、強く断言する形として現れていた。






「・・・今、この場で決断を。ベラドンナ様。・・・この場で皆様を許しましょう・・・そして条件として皆様も反乱前に状況を戻したとしても、反乱者の皆様の状況をみて、判断する。・・・お互いさまでいきましょう・・・」






 嘘ではない。これは彼にとっても確信。ベラドンナにとっても想像しやすい。王国、軍国に挟まれた緊張感による国家の存亡。それだけじゃなく経済だけでも衰退する。そういう話。




 経済破たんをした国はこの世界でも少ない。その前に侵略されて滅亡か、権力者が死んでの後継者争いによっての滅亡ぐらいだ。だから想像が難しいのだ。しかしローレライが続いた前提で反乱の影響力の高さは想像できた。






「いいでしょう、許しましょう。アーティクティカの名において、ベラドンナの名において許しましょう。あくまでアーティクティカの家と領地に住まう民のためにね」








「・・・その言葉を聞きたかったんです・・・この場で許されなければ、きっとこれは止められない・・・この反乱を止めた先には、必ず領地の元の権力者が必要です・・・反乱者が権力者を倒しても、その子孫がいれば、反乱は成功にならない・・・皆様の血族という考えは、庶民にも伝わっています・・・だから一族郎党皆殺しにするまで争いは絶えない。・・・元いた場所に元の血族の支配者を置き、それらが反乱者の状況をみて、配慮する。暴力で成功した反乱という経験は残しちゃいけないんです・・・あくまで平和的に団結した交渉によっての成功だけを経験すべきなんです・・・」




 経験は価値をつくる。




 経験は基準を作る。




 その基準をもって未来の人は動いてしまう。価値を継承して、人は動いてしまう。






 彼は今度はこの場に集まった生徒たちに向けて告げた。






「・・・皆様をベラドンナ様は許した・・・皆様も反乱した人たちの処遇を配慮したうえで判決をきめてください・・・皆様の力が必要です・・・でも皆さまじゃなくてもいい。・・・矛盾しているかもしれませんが・・・皆様の代わりは正直います・・・でも、皆さまじゃなければいけない・・・そういう考えを皆さまで持ちましょう・・・この反乱は皆様がいたから起きたもので、皆さまがいなくても沈められます・・・でも維持ができないのです、平和の。・・・一度支配者を暴力でかえれれば、気に食わないことがあれば暴力によって、返させられます。その流れを断ち切らなければいけない・・・だから許せといっています。・・・犯罪をしたものは厳重に処罰してもいいです・・・反乱だけしたものは許せという話です・・・それだけです・・・条件をのんでいただきます。・・・飲まなければ、どうなるかはわかると思います」








 そして彼は勝手に締めくくる。






「・・・救済の手段を教えます・・・ただ一つ言うと僕は無能なので、この件において無力です」






 彼の発言に対し誰も騒ぐ様子はない。彼の今までの説明に、実感を伴った発言に意識をとられていたのだ。もはや確定じこう。もはや決定事項。そんな彼の自信なさげな無力という言葉は信用されなかった。




 彼なら、対策を打っているに決まっている。








「・・・でも鎮圧できて、対策できて、現実を逃避する環境を用意できる人は連れてきています・・・ギリア先生・・・貴方です・・・貴方が今回のカギです・・・貴方が連れてきた人材および、魔物を使って、勢いよく話題に上がるようにして、反乱者と立ち向かってください。そして生徒の皆さまは・・・ギリア先生の手段を勉強し、サポートしてください・・・できる範囲で良いです。・・・きっと勉強になると思います・・・」






 これは確定された意見である。




 彼にとってこの事件を、人の反乱というものの前提に立って考えていた。人が何故反乱するのか。それは環境が悪化しているからだ。誰かが策謀していたとしても、人は普通動かないのだ。立場が安定していれば、わざわざ立場を捨ててまで反乱する必要はない。




 元々、その下地はできていた。




 アーティクティカと敵対している時点で、その思考の浅はかさは見えている。子供の思考は親の思考である。年齢によるものや、経験による思考の変化はあっても、結局基礎的な考えは似たり寄ったりなのだ。






 彼が言えば、狐顔の男は大きくうなずいた。






「なーるほどね、お兄さん。だから俺を連れてきたんだ。確かに俺ならきっとできるね」






「・・・条件があります・・・人は殺さないようにしてください・・・殺されそうならともかく・・・無意味な殺しは・・・後々悪影響があります・・・人は恨みを忘れないので・・・」






「リコンレスタ風にやればいいってことでしょ?」






「・・・ええ、リコンレスタ風にやっていただいて・・・できればギリアクレスタ風に反乱を叩いて支配してください・・・どうせ誰かが監視しなければ、暴力手段に出てくると思います・・・その思い上がりを叩いてください・・・」






 そう、この反乱は彼には抑えられない。アーティクティカにとって鎮圧は出来ても再発は阻止できない。他領地によるものだから関与もしづらい。狐顔の男だけなら何とでもできる。貴族でもなく平民。自由がある。他国の平民だから自国の価値観は通じないと反乱者が勝手に思いあがってくれる。




 暴力という手段で、団結という形で反乱の規模を拡大したものは自分たちを正義と思いあがる。




 それをギリアクレスタのトップたる狐顔の男が鎮圧。






 リコンレスタから連れてきた少数の構成員および魔物。




 現状の戦力はこれだけである。




 しかし、狐顔の男はそれが武器ではない。本当の武器は現地調達ができるという強みがあるのだ。人材を確保するには、弱みを握る。この学園の防衛戦力たちを無力化させたように、弱点を握る。その管理を構成員たちにさせればいいだけで、あとは戦闘するにおいて現地調達したものと反乱している現地領民を争わせればいい。






 あとは勝手に相手が躊躇ってくれるのだ。




 このやり方を彼は知りつつ、この手しか平和的な手段がないこともわかっていた。








「・・・ローランド王子・・・貴方にはこの反乱を収める旗になっていただきます・・・自分のしでかした行為を開き直りつつ、反乱したものたちを鎮圧してください・・・貴方は旗役なので戦わずに結構・・・仕出かした行為の重さがこうなるのだという知識を頭に叩き込んでください・・・結構重いですが・・・貴方なら大丈夫でしょう・・・反乱者を叩いた後、クーデターやらはご自由に対処してください・・・」






 彼は勝手に決めた。




 子供は都合が悪くなると逃げる。大人も都合が悪くなると逃げる。




 だからこの際は、勝手に決めつけるのが常なのだ。この状況を支配しているのは彼。この状況を見守るのがベラドンナである。現状力を持っているのはベラドンナと彼だけだ。クーデタを起こされたローランドに力はない。この場にいる生徒もそう。




 彼に頼らなければいけない。




 ベラドンナに縋らなければいけない。






「お兄さん、実はもう仕込んでる・・・こんな混乱だからね。もしかしたらと思って色々してたんだよ」






「・・・ええ、貴方ならするでしょう・・・でもローランド王子を旗役にするとは考えていないでしょう?・・・しといたほうがいいです・・・僕にはこういった事への知識がない・・・だけど人は必ず旗を、いや、その身近にあって遠くに感じるものを強く思う時がある」






 身近にあって遠くに感じるもの。




 国の価値観。国家への愛。




 それらは誰かが植え付けたものであっても、確かに心の片隅に残る異物なのだ。






 その異物をもって、旗とする。






「・・・ローランド様が王子でいている今こそ、武器になります」






 ローランドが婚約者とは違う女性を好きになってたとしても、国家の権力者の血族。其の血族を直接殺したとしても戦争状態や内乱状態でもなければ躊躇うのだ。第三者が介入しない争いにおいて、誰かに仕組まれたものにおいて、ローランドの登場は予想外なのだ。






「・・・ギリア先生、この状況でもあなたは反乱者の首謀。実行者の首謀と黒幕。とくに実行者の首謀あたりに目をつけているはずです・・・貴方は弱みを握っているはずなので・・・ローランド様の名前を使って、それを強調してみると効果的かと」






「・・・お兄さんってさ、人の心を読めないくせに読めるのはおかしくない?確かに実行者の首謀の弱みは掴んでいるよ。でもさ、わかっちゃだめでしょ。ばらしちゃだめでしょ。ばらさなければ面白い方にもっていけるのにさ」






「・・・面白さを今の僕が求めていると?・・・ギリア先生・・・僕はこの事件を解決した後、・・・ここに一切手を出す気はありません・・・貴方がどうしようと口を出す気はない・・・・ギリアクレスタがどうしようとも。・・・ただ誠実に正確にやっていただきたいだけです・・・じゃなければ少し怒ってしまうかもしれません」






 彼はただ普通に怒りを込めた。




 人間らしくあろうとした人形のあがき。




 されど静かに込めた怒りは狐顔の男を大きく震え上がらせた。




 彼の強さ、怒りは、更なる外道的手段を作り上げる。その思い込みが狐顔の男の思考を緩めたのだ。






「わ、わかっているさ。全部上手くやるよ。丁度首謀者のところに乗り込もうと思っていたところだから





 慌て気味に彼へとフォローする。




 その姿を生徒の前でさらす狐顔の男。




 その姿を見せられた生徒たちはどう反応するのだろうか。反乱者の実行者の首謀の弱みを掴んでいる事実。彼が連れてきたうえでの実力者である狐顔の男。その実力は会話から察するにかなりの実力者。彼が選んだのだから外道は確定。実力者は確定。






 その男が彼へ必死に弁明する。




 だから生徒たちは思った。




 彼はやっぱり危険な奴なのだと。反乱自体をとっくの前に掴み、弱点をもって叩き潰せるのだと。それこそ相手が誰であろうと強大であろうとも関係がなく叩き潰せるのだ。






 ローランドを巻き込んだ時点でもはや、王族を敵に回す覚悟があるとしか思えない。




 だから歯向かわなかった。反乱者は終わるその確信が生徒たちにあり、約束を反故にする考えもなかった。なぜなら彼に嘘をつけば、この狐顔の男のように弁明する羽目になるからだ。






「…お願いしますギリア先生・・・そして皆様、このまま学園にいたほうが安全かと・・・。頼りになる防衛戦力の皆さまもいます・・・防衛戦力の皆さまはきっと保護してくださるかと思います・・・この場のことは皆目をつむって忘れて仲良くです・・・・それにベラドンナ様もいます・・・この学園は安全です・・・ベラドンナ様がいる限り、この場に攻撃はない・・・攻撃したらアーティクティカ様が反撃をするでしょうから・・きっと平和です・・・」






 そして彼は締めくくる。






「・・・仲良くできないなら、ご自由に・・・生徒の皆さま、防衛戦力の皆さま、ベラドンナ様・・・皆様が仲良くないと・・・きっと大変なことが起きます・・・だから仲良くしましょう・・・最後にギリア先生・・・防衛戦力の大切な人をこの場で開放してください・・・そのまま学園にいてもらえば安全です・・・」








 こんなことを彼から言われれば、誰だって仲良くせざるを得ない。誰も信用できない疑心暗鬼の中、それをさせた張本人が言うのだ。実行しているだけとはいえ、首謀者を特定済み。防衛戦力の弱点すら掌握済み。学園は安全であり、外は危険。アーティクティカの領地であれば、安全なのだろうが、ここは王都。反乱があり、クーデターがある。争いは目の前に迫っている。






 それを対処できるであろう、化け物が言うのだ。




 学園は安全。外は危険。学園に大切な人がいる限り防衛戦力も本気であろう。アーティクティカの娘たるベラドンナがいる限り、安全であろう。狙われるべきものがいても、狙ってはいけない相手もいる。






 攻撃の手口も策略の手口も読ませない彼に対し、先手をうてるものなどいないのだ。脅しを今更されても、意味がない。十分に危機感は全員持っている。彼の言う通り、彼に対し、歯向かう事をしなければなんとでもなる。




「・・・では、皆さま・・・解散をしてください・・・校舎内で自由に・・・一人になることは奨めません。・・・必ず複数で動いてください・・・ただどうしても一人になる方がいるのであれば・・・つらいかもしれませんが・・・僕が一緒に行動しましょう・・・」






 そういう彼なりの配慮も、一人の危機感をあおるのだ。仲良くない者同士。疑心暗鬼の者同士。表面上手を取り合って、協力する。そういう関係を強制的に作り上げた。












 解散された。






 そして、当日。




 反乱を実行した首謀者の身柄を確保した。少数による奇襲。ローランドが持っている王家の旗を掲げた華が牛さんの背に乗って突進。その旗の力と魔物の恐怖。一般市民が集まっただけのものたちは、魔物と王家の旗の前に、混乱。そのさなか、静に護衛された狐顔の男率いるギリアクレスタ構成員少数。及び反乱者を適当に捕まえて弱点を把握された者達による強襲。






 その結果、首謀者は確保された。




 元々目をつけていて、首謀者自体が罠にかけられていただけのこと。反乱軍の弱点など人の心をよめばわかる。その中で有力者の弱みを握って、脅して、利用しただけのことだ。首謀者の居場所もそう。どこに誘導するかを狐顔の男があらかじめ決め、有力者に指示を出す。その指示をもって、あらかじめ伝えていた場所に首謀者を誘導する。






 そして、その行動の際にローランドを連れて、旗を用いての奇襲作戦だ。




 ローレライの貴族に歯向かう勇気はあっても、王家に歯向かう勇気はない。たとえローランドが相手でも、だ。これが国。これが象徴。王とはローレライの象徴なのだ。その象徴を直接害しようとできるものなど少なかった。だから抵抗は少なく、終わってしまったのだ。






 場所は学園より離れすぎない地。




 伯爵の娘、カルミアの領地にて確保された。

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