ローレライの火種 21

 使者の説明を聞けば、王都は第二王子ローギニアの手によって落ちた。王都に駐在していた騎士団そのものがローギニアに忠誠を誓い、学園に通っていない貴族のものが配下となった。ローレライ最高の学園より劣る高等教育機関。機関にローギニアは通っていた。ローランドは次期王であり、ローギニアは地位を公爵として王国の貴族に落とされるはずだった。






 ローランドとローギニアの関係は良好だった。お互いがローランドこそ次期王にふさわしいと判断をしていたのだ。ローランド自体、ローギニアより上だと思っていたし、ローギニアもそういう判断だった。




 自ら降格のようなものを進言してきたローギニア。それをローランドは快く受け入れ、その代りローギニアの立場を保証しようという自負すらあった。






 しかしこのありさま。




 頭脳も体力も地位も人心も全てローランドの方が上。




 それは確かなものだ。しかし、現状は別。クーデーターが起こされ、王都はローギニアの手に落ちた。しかしローギニアの持つ戦力はなかったはずだ。次期後継者になれないローギニアよりローランドの方に貴族はついているはずだ。確かに次期公爵という貴族最大の地位を得られるのであれば、それの身分につきそうものはいるだろう。だが今は子供。バルキア王もまだ生きている。






 公爵になれていない未確定のローギニア。




 次期王が決められた確定のローランド。






 この差があるのに、クーデターは成功された。本来であれば阻止されるのだ。第二王子といえど、たかが子供。一人では無理だ。ローギニアにつく勢力も数知れている。






 ローランドは混乱中だ。事態が読めないのだ。状況が読めないのだ。あり得ないことが起きた。彼という存在も含め、学園での勢力争い。外での争い。




 アーティクティカは悪くない。その彼の言葉もそう。






 ローギニアに付いて得があるとすれば、この場にただ一人。




 アーティクティカ。




 不貞をしたローランドを見限り、ローギニアに付いた。クーデターを成功させ、反乱の祭りにローレライ全土を巻き込んだ。この力は紛れもなく、権力者がすることだ。だからか、ローランドは懐疑の目でベラドンナを見た。




 ベラドンナは凛々しくも、表情を鋭くとがらせ使者を睨み付けているかのように見えた。




 堂々としすぎている。




 まるでこの状況を読んでいるかのようだ。




 例え、アーティクティカが悪くないとしても、この状況はどうみてもアーティクティカが一番得をする。この場の誰もが思うことだろう。集まった生徒たちの目が怯えより、恐怖より、絶望の目を宿した目でベラドンナを見つめていた。






 ローランドが次なる言葉を開くより先に。








「・・・・また早とちり・・・・。初めにいったはずです・・・これは貴方とカルミア様が原因・・・・この場に集まった皆様が原因・・・たとえ仮に予測通りだったとしてもベラドンナ様は、被害者と加害者の割合一対一でしょう。・・・皆さんみたいに加害者の割合高めではありません・・・皆様に言う権利はあっても・・・叶えてもらえる優しさは権利じゃない・・」






 彼がそれを叩く。




 その場の疑惑を砕く。






「・・・ベラドンナ様・・・。貴女は関わっていない。・・・ご実家も含め無実だと確信しています・・・」






 彼はただ声だけを届かせた。常に無感情の声で、ただ事実だけを述べた。






 だが、それを信じられない声はある。その生徒たちの集まり。加害者たちの集まりの中で声が出始めたのだ。






「証拠は?」




「やってない証拠は?」






「私たちも悪かったけれど、ここまでやらなくてもいいじゃないですか!!」




「そうだ、さすがにやりすぎだろう」






 男女ともに声が現れだした。このままであればローランドとカルミアのみしか情報はもらえない。ローランドが求める言葉しか彼は答えない。ベラドンナも答えない。数の差をいかし、いや、数の差を生かさざるを得ない状況まで焦りがあったのだ。






「・・・証拠?・・・証拠ならもうすぐ訪れます・・・・・皆様がやらかした数々の行為・・・その報いに身をもって実感していただきましょう・・・僕がやったのはあくまで指導・・・罰は与えていない・・・なぜなら、僕が与えてしまえば過剰なものになる・・・皆さんの一人一人の些細な慈悲を願ったベラドンナ様への圧力・・・一人で皆さんの想いを受け止めるのは過剰でしょう?・・・・過剰はいけません・・・耐えきれません・・・やはり、一人の罰は一人で受け止めなければいけない・・・」






 彼はつづけた。






「・・・はやくその場から逃げることをおすすめします・・・まあ・・・逃げたところで、分散した数の差なんて大したことはありません・・・やっぱり、その場にいたほうが安全かもしれません・・・」




 あやふやだった。




 彼の声はあやふやだった。






 常に事実を付き続けてきた彼らしくもない、不確定な発言。それは状況を読んだうえで、展開を知るような策略家のごとき言葉。人の心を煽り、冷静さを奪う畜生のもの。




 怒りはこの場にいるものから生まれなかった。




 生まれたのは恐怖。




 彼が言うのだ。あの秘密を知り、事実をもって苦しめる諸悪が言うのだ。不確定で不安定な言葉を用いたのだ。




 その場を止まるもの半数。その場から逃げようとするもの半数。しかし結局のところ動けなかった。彼の忠告のような言葉をもとに、この場は囲まれたからだ。




 動きやすさを注視した関節部分を皮にし、全身を鎧にまとった戦士。薄いほどの生地でありながら、動くたびに音の発生が極力少ない暗殺者。黒のシルクハットをかぶった、魔法使い。それぞれの職業のものたちが、同装備のもと数多く現れだしたのだ。




 その姿をみれば貴族たちも最初は安心した。




 しかし周囲を取り囲むように戦士と暗殺者が前に立ち。その後ろに魔法使いが杖を生徒たちに向ければ状況がわかるというものだ。






 防衛戦力たちの表情は敵を見る目だ。




 貴族である生徒たちを、その場に集まった一部の平民たちを。ローランドという次期王を。諸悪の根源たるカルミアを。




 敵であるように睥睨していたのだ。








 本来であれば、守るための力。学園の生徒や教師を不当な暴力から守るための戦力。その防衛戦力たちが生徒たちを取り囲んだ。数は多くないが、実力は確か。その実力は貴族たちでも知っている。その防衛能力、戦闘能力は騎士団および軍隊との戦闘行為を一時的に耐えしのぐ力を持つ。




 対人において防衛戦力たちは有能だった。






 その中で逃げられないことを確認した戦力たちは。その代表格であろう一人の戦士に視線を向けた。その戦士は別段変わった物はない。装備も変わらない。






 ただのリーダーでしかない。






「アーティクティカ侯爵、ベラドンナ様。貴女の無事は保証いたします。どうかこの場を離れていただきたい。我々はあくまで貴女以外の不届き者に対する処罰を望む者」




 その言葉を素直に信じられるわけもない。ベラドンナは高位の貴族。自分だけ助かるという立場の気安さもそう。自分だけ助かったという事実は他の貴族たちへの影響力が下がる。しかしこの場において逆らってまで、助ける価値は正直ない。




 悩む必要はない。




 だが真実であればの話。防衛戦力たちの話が真実であればの話。




「・・・・ベラドンナ様・・・貴女だけは助かります・・・保証しましょうか?・・・その人たちは、きっと貴女だけには危害を加えない・・・そうでしょう?・・学園の守りでありながら、・・・実は本当の敵。・・・学園の貴族たちと敵対している、そんな人の傘下である皆さん・・・」






 彼はここで、鼻で笑う音をこぼした。




 それは侮辱かもしれない。




 だが彼の態度に対し腹を立てているものはいない。防衛戦力たちはその彼の傲慢極まりない態度でも腹を立てなかった。それどころか、顔をあげ、空を見上げるようにしていた。






「そうだ。我々はこの場にいる貴族どもを処断する。裏切りものであるローランド、伯爵の娘カルミア、あとは全員だ。調べはついている。罪状も全部だ。無実のものはどうせこの場にいない」






「・・・いるかもしれません、無実の人」






「いない。理由はお前だ。お前が動いている以上、この場にいるのは必ず罰が与えられるものたちだけだ」






「・・・意味が解りませんが・・・まあ無実の人はいません・・・ご推測の通りです・・・ところで処罰とは一体何をなされるつもりで?」






「殺害する。ただ殺す。安心しろ、我々は名誉を重んじる。力をもっているからといって弱者に対し、卑劣な狼藉は働かん。ただ殺す。罪人に触れないよう丁重な扱いをもって、ゴミのように殺す。アーティクティカ侯爵のベラドンナ様以外、この場に価値あるものはいない」






「・・・誰の指示ですか?・・・」






「答える義務はない」




 彼の問いに、相手にすらしないといった態度で拒否するリーダー。防衛戦力にとってこの場にいる貴族は邪魔なのだ。だが最も邪魔なのが一人。この場にいる誰よりも手が読めない彼という手札。




 その手札はアーティクティカが呼び出した。




 元々、アーティクティカに手を出す気はない。危害を加えたとすれば、防衛戦力たちが処罰される。上司からも、慕う民衆からも処罰とした暴力で殺される。その一線を越えないで、丁重に扱うことで支持を得る。




 アーティクティカに手を出さない限り、彼は手を出せない。






 だからか不安がありながら、強気であった。されど質問には答える気ではいた。出来る限りである。下手な対応して、彼の機嫌を損ねれば状況が変わる。






 アーティクティカが呼び出し、防衛戦力たちは彼に負けた。その時より戦力の数を多くそろえて学園に並べていた。前に負けたときより多くいる。しかし勝てるとは思っていない。なぜなら彼は殺す気でいれば、あのとき殺せていたのだ。




 手加減より手抜き。






 同時に調べ上げた。彼の素性を。経歴を。




 そして見つかったのが。




 知性の怪物。




 アーティクティカは王国の化け物をもって、この学園の騒動を叩き潰そうとしたのだろう。それは最も正常であるが、もっとも過剰な暴力行為なのだ。






「・・・・答えないのであれば、答えましょうか?」






 それは含み。彼が知る本当の意味。出し惜しみすらしない人形のようなもの。求められればすぐにでも答えるであろう問い。




「わかるわけがない。いや答えなくていい。答えれば」




 防衛戦力のリーダーが応じるのはそれ。この怪物の怖さ。聞けば必ず答える。知ろうとすれば必ず答える。事実で攻略。策略で攻略。暴力で攻略。この彼という男はなんでもできる外道。最初はわからないのに強がりかと思いたかった。だから条件反射で否定しようともした。だが、その有り余る彼の余裕さをもって確信した。






 知らないわけがない。知っているから自信があるのだから。






 答えればどうなるか。








「・・・アーティクティカのご友人である侯爵様。・・・その方が首謀者です・・・ローギニア王子もグルでしょう?」








 答えればどうなるか。






 倒すしかない、彼を。真実を知っている彼を。そのままばらされるより倒すしかない。このクーデターはローギニア王子が勝てばいい。勝てば、先ほどの証言の強さはなくなる。なぜなら、前の統率者の正義と未来の統率者の正義は異なるのだ。




 前の統率者の都合がよいところが正義。悪いところが悪。逆に未来の統率者の都合のよいところが、将来の正義になるのだ。




 裏切りも、報復も、首謀者である立場も勝てば、革命という言葉に変わるのだ。








「・・・ぼくはしっています・・・みなさん・・・調べました・・・ただ皆さんを調べたといっても・・・正攻法じゃない・・・だから謝ります・・・かなり汚い手を使いました。・・・このまま放置すれば、生徒さんたちは殺されてしまいます・・・命のためだから仕方がない・・・皆さんが思う正義のためだから仕方がない。・・・僕も皆さんも常軌を逸しています。・・・まあ、気に食わないから殺そうとする皆さん・・・気に食わないから汚い手を使った僕・・・お互いさまです」






「調べた?・・・汚い手?・・・馬鹿かお前は。そんな簡単に我らの素性がばれるものか。先ほどのローギニア様と侯爵様がグル?ふざけたことをぬかすとは、貴様死にたいのか」




 防衛戦力たちの正体は誰も知らない。学園の権力者ですら知らないことだ。学園が定める防衛戦力とは、学園に組しない上位者によって定められる。この場合、組しないというのは生徒として子供が通っていない貴族。身内が学園にいない貴族。その中で最高位のものだ。




 この場合。




 アーティクティカの友人たる侯爵があてはまる。






「・・・友人である侯爵様とローギニア様のグル・・・僕とベラドンナ様がグル・・・皆様は前者に与する方達でしょう・・・なら僕も秘密を明かしましょう・・・ベラドンナ様、防衛戦力の皆さま、加害者の貴族の皆さま・・・僕はもうひとつ秘密があります」






 彼が言う秘密。




 秘密をわざわざ口に出すことの意味。それは意味することといえば、その秘密が口に出したことによって武器になる瞬間。






「・・・僕は学園と手を組んでいます・・・そうでしょう学園次長。・・・貴方からの依頼、生徒の皆様の保護でしたか・・・いいでしょう・・・ベラドンナ様からの依頼と、学園次長からの依頼・・・この二つは似たり寄ったりでありながら、お互い妥協できるもの・・・ベラドンナ様が慈悲を下さることを前提にこの依頼は達成する」






 彼はベラドンナと手を組んでいる。協力関係でありながら、彼はもう一人と手を組んでいた。学園次長。学園の防衛戦力と彼が初めて邂逅した日。あのときより以前に学園次長と彼は出会っている。






「ああ」




 この言葉は学園次長のものだ。常に偉そうで、見下す学園次長の声だ。その声は彼の声と同じようにこの場にいなくても伝わった。声だけが伝達されて校庭に拡散される。






「・・・結構・・・あとは返事をせずにいてください・・・静かにしておいたほうが無事な場面もあるので・・・」




 貴族の保護。




 ローレライには元々不安定な部分があった。バルキア王の治世によって保たれていた平穏。その平穏の裏には貴族と王族の駆け引きがあったのだ。アーティクティカという安定剤。ご友人たる侯爵の実務的な政治力。この二つが噛みあって初めてローレライは起動する。




 王族とアーティクティカ。




 友人たる侯爵は元々、アーティクティカに思いをいれているのであって、王族に対しあまり入れ込んでいないのだ。




 そのアーティクティカを裏切るそぶりを見せれば、友人が怒り出すのは目に見えていた。




 ローランドの態度、カルミアという不安定材料の貴族。ほかの貴族の野心が生み出した環境の悪化。




 それらが表立っていく際に、突如防衛戦力たちが追加された。予算が追加された。急激すぎる莫大なものは確かに学園を潤した。しかし、突然されれば疑念が抱くという者。




 それを調べようと思った際、情報が降りなくなった。予算だけが増え、人員だけが増えた。




 防衛戦力たちの素性がわからない。予算の意味が解らない。状況がわからない。わかったことといえば、全部選んだのはアーティクティカのご友人たる侯爵。予算を出したのも友人たる侯爵。




 学園次長が逆らうにも権力差がある。




 調べようとするたびに情報は少なくなり、予算だけが増えていった。




 調べられなくなるほどに、予算は膨れ上がっていく。その事実が不信感を抱かせつつ、他の教師はそれに対し喜びを見せるだけだ。自分たちの実力が評価されたと都合の良く脚色を加えてだ。




 それがおかしいから、彼に依頼をした。ベラドンナの依頼と学園次長の依頼。この二つにおけるつながりは生徒の無事。学園次長は生徒だけは無事でいられるように依頼。ベラドンナからの依頼は状況の打破。および裏切り者の排除。




 この排除とはローランドとカルミアの排除にほかならない。敵対した貴族への排除にほかならない。だから彼はそこだけはベラドンナから譲歩させた。その結果彼はやる気を出せた。






「・・・・僕は防衛戦力である皆さんと出会った時に情報を引き出しました。・・・皆さん、よくここまで隠し通しました。・・・ぼく一人であれば・・・きっと見つからなかった・・・」






 だから彼は狐顔の男を学園に連れてきた。情報を手に入れるために、連れてきた。この情報がおりてこず、勝手に増える人員。防衛戦力たち。まるで不測の事態に備えたものではないか。まるで占領するための武力ではないか。学園次長と彼は事前に話し合い、防衛戦力を分散させて、会わせるようにしたのだ。




 そして、叩き潰した。殺さなかったのは彼の個性。怪我をさせなかったのも彼の個性。






 分散させたのは勝てない可能性もある。彼が連れている見えない何者かの実力。その実力が通じなければ意味がない。だから勝てるように、事前に防衛戦力たちを遠く配置。近いものは数を少な目、遠くのものはそれなりの数。ばれないように、配置させた。予算も人員も学園次長が使えたのは便利であった。




 倒しきった後に、すぐに次の戦力の逐次投入。戦力の逐次投入が愚策であるというのは、状況次第。この場合は愚策。それらは全て彼との話合わせによったものだった。






 狐顔の男の連れてきた役割は、その防衛戦力たちから心を読んでもらうこと。秘密を話さない。秘密を守れるというのは常に意識しているからこそできることだ。だから意識しているものを狐顔の男に読み取ってもらったのだ。




 そしてクーデタの話を掴んだ。




 ベラドンナからの依頼をこなしていく中で彼は、これが人間関係のもつれによるものだと確信した。そのための対策も、手段も人間関係によって解決する。




 この場合、この環境の場合。




 狐顔の男が必要である。






 途中、狐顔の男が腹痛によって、登場が減った。そういう建前で、彼も暗示するように思い込んだ。実際は違う。狐顔の男は学園から得られる情報をもとに、あることをするために裏で動いていてもらったのだ。








「・・・防衛戦力の皆さま・・・皆様のこれからやること・・・どんな相手がいてもできますか?・・・殺す相手がだれであってもできますか?・・・きっと、殺すことならできるでしょうが・・・それはどんな状況でも出来るものでしょうか?・・・卑劣な狼藉を働かず、殺すという意志。・・甚振らない覚悟をもてるほどの強さを持つ方達です・・・きっと高貴な精神をもっていることでしょう」






 不安が募る。彼の言い分は、人の不安をあおりたてるのだ。人間は相手に確証を求めることがある。その確証行為がなければ、プレッシャーがなく簡単に追われる。しかし確証行為を含めれば、緊張が生まれ簡単なことでも失敗することがある






 それは精神に作用する。






「・・・ギリア先生、出番です」




 彼はそういって狐顔の男を呼び出した。彼が出来ることなど知れている。大した実力もなく、相手の行動を推測するだけしかできない。その推測も絶対じゃない。特技ではないし、得意なことでもない。常に行われてきた空気のようなものだ。




 推測をもとに彼は狐顔の男を使う。自分ができないのであれば、有能な人間に丸投げする。






 学園が騒がしくなる。この学園の校庭は極大にまで広げる形にしたせいか、外と中を隔てる壁自体が薄いのだ。外からの入り口から近く、攻め入りやすく逃げやすい。逃げ場所がどこにでもあるし、攻め込む場所もどこにでもある。




 だから校庭近く、生徒たちから近くの入り口が大きく音を立てて、騒がしくなった。




 その騒がしいのは数があった。大きく音を立てるように盾を上に掲げ、槌で叩く戦士一人。杖だけしかもたない貧弱な魔法使い一人。一般人かと思うような歩き方で、武装だけは整えた歩兵数十人。それらが先頭を歩く。




 最先頭は狐顔の男であり、調子に乗ったように意地悪さを示した笑みを見せている。




 その両脇には豚鼻を持つ人型の魔物オーク。青き鱗をもつトカゲが人型を模した魔物、リザードマンが悠然と歩みよってきているのだ。




 魔物、騒がしい武力。




 それにも視線がいった。この学園にいるものたちの視線はそれだけじゃない。その後ろにびくびくしながら歩く者たちがいた。老若男女問わず、歩くものたち。狐顔の男たちに率いられる、簡単にわかるであろう弱者たち。その後ろを武装しただけの一般人歩兵が追い立てるように、付き添っている。






 貴族たちや平民からすれば新たな戦力の登場。




 助かるかもしれない希望の光である。






 だが、この場において唯一喜べないのは防衛戦力たち。その防衛戦力たちは先頭にも後ろに並ぶ歩兵た


ちなんかどうでもよかった。狐顔の男も魔物たちもどうでもよかった。




 その間に引き入れられる弱者たち。




 その顔には見覚えがあった。




 いや、見覚えどころか常に意識している者たちの姿。






「・・・皆さんの身内の皆さまです・・・・さあ家族をつれてきてさしあげました・・・弱点をつれてきてさしあげました・・・その大切なものの前で・・・・なにをするんでしょうか?・・・おしえてください・・・みなさまは何をしようとしていたんでしょうか?・・・大切な人たちの前でやれるというのであれば、・・・まず説明してあげたほうがよろしいのでは?・・・・できないのであれば僕からでもしますが?・・・・一体これから何が始まるんでしょうか?・・・・」






 これが外道






 防衛戦力たちは大切なものを連れてこられたのだ。その弱者の中には子供もいる。家族もいる。妻も、娘も、息子もいる。両親もいる。友達もいる。本当に大切なものだけを連れてきて護衛と称して連れてきた。




 大切なもの達の前で、何をするのか。そもそも何を防衛戦力たちはしようとしていたのか。




 殺すことだ。生徒という弱者を己の武力で粛清して終わらせることだ。




 先ほどまでの状況とは違う。あれは己一人で抱え込み、仲間で罪を分散するからこそできること。それが己の大切なものを巻き込んだうえで、罪も大切なものに植え付ける。今から何が起きるかわからない。防衛戦力たちも大切な弱者たちも。この場で本当にわかっているのは殺される立場の生徒と、彼のみだ。






「・・・・・防衛戦力の皆さま、皆様にも大切なものがいるように。この場にいるどうしようもない生徒の皆様にも大切なものはいます・・・身勝手で我儘な生徒さんでも・・・大切に思う人がいる・・・貴方たちが思う大切な人、貴方たちを思ってくれる大切な人・・・そのまえで職務を実行してみてください・・・そうしたら・・・全力で軽蔑してあげます・・・」






 彼の言葉を前に、狐顔の男が軽く手を挙げた。連れてきた武力たちは武器を掲げた。そしてくるりと反転。戦闘を歩いていたものたちは背を前方に向け、弱者たちに向き直った。後ろを付き添っていたものたちも武器を掲げ弱者たちの前に向けた。






「・・・ギリア先生・・・武器を向けていけません・・・それは、駄目です・・・」




 彼が止めれば即座に狐顔の男は手を下げた。掲げた武力たちの武器は下げられた。しかし、その意図を見せれば、嫌でもわかる。防衛戦力たちは高貴な願いなど消えた。崇高な使命もわすれた。裏切り者を粛清する思いより、大切なものへの思いが打ち勝ったのだ。




 彼は武器を向けるのは個性として許さなかった。狐顔の男は彼が望んだように思ったから武器を向けて、おろさせた。これは見せしめでしかないのだ。歯向かえば、いう事をきかなければ、大切なものが傷つく。そういう見せかけの脅しであると思わせたのだ。






「はーい、お兄さんのいうとおりにしましたよっと」






 狐顔の男が軽く乗るように合わせれば、彼は答えず。




「・・・謝罪しましょう・・・防衛戦力のみなさま・・・大切なひとに武器をむけたことを真摯に謝罪します」




 彼はこればかりは本気で謝っている。煽りではない。しかし、もう遅いのだ。こんなのを見せられて、真摯な謝罪など思う者はいない。生徒に武器を向けた時点で正義などない。大切なものを前に正義など関係がないのだ。




 普通が相手なら大切なものを奪還後、仕事を遂行するのが常だろう。




 相手が、彼である。




 知性の怪物にして、外道である。




 通じるわけがない。常識など、弄ばれる小道具でしかないのだ。






 だから防衛戦力たちは即座に武器を放棄、両手を挙げた。大切なものを奪われる痛みではない。大切なものを人質にとられた意味でもある。しかし、この場合彼と敵対することこそが一番恐ろしい。武器を手放せば、自由となった生徒たちから安堵の息がもれた。その中には落ちた武器を拾おうとし、脅された恐怖の仕返しをしようと企む者もいる。安堵だけじゃなく、仕返しでも次なる手を打とうとする。






 防衛戦力はそれがわかっている。暴力の先には仕返しがまっていて、必ず手痛い反撃がある。普通ならそう。されど相手は彼。彼がした出来事で、彼が関わらないものは許さない。






「・・・もし降伏したひとを攻撃するならば、・・・絶対に許さない」






 それは嘘じゃない。それは注意であり、忠告であり、指導である。彼の指導を受けた者たちならばわかる。これは本気でやる彼の言葉。




 彼が手を出させないことなどわかりきっている。






「・・・ご協力感謝。・・・降伏感謝。・・・生徒の皆さま・・・少しは驚きました?・・・少しは理解しました?・・・罰の数による拡散です・・・下手をすれば皆さんは命がなかったかもしれません・・・たまたま運が良くて・・・たまたま死ぬ恐怖だけで済んだ。・・・次はないかもしれません・・・でも・・・皆さんが起こしたことへの罰です・・・少しは味わいなさい。・・・これにて皆さんへの罰は終わる・・・ただしローランド様、カルミア様・・・お二方はまだ罰があります・・・」


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