英雄と外道

ベルクの姿を見て、英雄は怒りで心が焼けそうだった。心が砕かれた瞬間ともいう。英雄の心ではない。英雄がみた人々の姿が心砕かれる。英雄たる男、ベルナットは吠えた。同情よりも、破裂するかのような怒りをもって吠えた。




 その通りはいつもの日常が作られていた。英雄が現れ、ただの何気ない日常がありふれていた。






 ベルクにたどり着いた英雄は吠えるしかなかった。王国に仇なす、知性の怪物。いわく人々のやったことを思い知らせた。これは仕方ない。いわく、弱者を甚振った。よく調べれば、弱者にも責任がある。商人の利益を激減させた。商人は少し暴走しすぎる傾向がある。釘をさすという意味ではよい教訓になっただろう。




 英雄はその程度で怒りはしない。




 いわく、住人を皆殺しにした。






 証拠不十分による無罪。






 英雄が吠えたのはそこじゃない。討伐を決めたのはそこじゃない。英雄はそこまで暇ではない。話も商売も戦闘もある程度こなせるベルナットは噂だけで決めつけない。




 人を殺すだの、弱者を甚振っただの、そういう誰かが決めつけた疑惑を信じるほど、夢想家ではない。ゆえに調べた。情報を調べ、酒を飲むという形で、噂を聞きまわった。




 嘘は、噂は流す人間、流れる環境によって大きく異なる。王国も英雄も巨大な存在になっていくほど、その影にわたる情報は増えていく。増やす嘘つきと増える真実が、混ざりあってわかりづらい嘘になる。




 真実と嘘が混ざった時点で、嘘だ。噂と真実が混ざった時点でも嘘だ。






 真実とは何の曇りも汚れもない、本当の答えを示すとベルナットは考えている。






 酒を飲み、隣り合った男と会話した。グラスフィールに赴き、商人と語り合った。脅されたという村人に話し合った。冒険者たちとも話し合った。






 噂は噂。されど聴かされたものは、非道な存在というもの。されど効かされた言葉は、危険であるが、必要不可欠な守り手というもの。






 商人は釘をさされても、怪物を否定せず。




 酒をたしなむ男は、怪物を嫌悪した。




 村人は、怪物を必要以上に震えた。




 冒険者たちは、無関係を装った。






 弱者に嫌われるだけの存在ではなく、必要不可欠な存在であると英雄は判断した。商人は力ある弱者だ。その弱者は怪物側についたのを会話で何となく感じた。村人は怪物という存在に怯えているが、嫌悪はしていない。






 両者とも被害にあったはずであるが、被害だけでなく利益もあったということだ。調べてみた。村人は怪物に脅されたが、村人の生活環境を守った。商人は商売の伝手があった、町を崩壊させられたが、現状怪物の支配下におさまり、安定した利益を貪る予定。






 嫌悪した男は、怪物に家族を殺されたという。グラスフィールの隣町にて、住人皆殺し事件が発生。その中で家族が死んでいたという。証拠もなく、いまだ自由の身。許せないという怒りと、何もできないという無力感が合わさった感じだった。








 冒険者たちはとにかく何も話さない。聴こうとすれば、逃げる。逃げるのを先回りして通せんぼしても絶対に口を開かない。意志をもって口を閉ざす冒険者たちの口を開かせるのは不可能だと理解し、勝手に調べた。王国の名誉ある大会にての動向が、冒険者たちの言葉に重みをつけていることまでは理解した。。








 破壊者。






 人の隙をつけこみ、心を壊す異常者。






 人の隙をつけこみ、生活を守る守護者。






 人の隙をつけこみ、利益を生み出す金づる。






 人の隙をつけこみ、住人を殺しつくした。






 これは一体なんなのか。怪物とはいったい何なのか。




 調べてみる中で、怪物は何もしていないように見えた。だが全ての出来事に怪物が関与し、最善と最悪の二択を突きつけてきている。影で何かをしているかもしれないし、ただの偶然だと片づけることもできる。






 人を壊す存在でありながら、人を守る存在でもある。






 アンバランスにしては異常。極端に振り切った異常者だと英雄は判断した。






 楽しんで選択肢を突きつけているのか。だが、調べてみると怪物はそういうものではない。守ると決めたものに対し、守ろうとするものはいる。








 もう一人助けられた存在がいるのを思い出した。






 もう二人殺された存在がいるのを思い出した。








 住人皆殺し事件にかかわった少女。






 ベルクの町にて怪物と敵対し、殺された二人の権力者。






 一人を守って、二人を殺す。






 生き残った少女と話もしてみたかったが、一切の痕跡が無い。助けた後、どこかで殺されたかもしれない。だが、そういった情報もない。人は案外痕跡が残る。何気ない日常といっても、調べれば必ず跡が残るのだ。誰と会話した、誰かと一緒だった。勉強をしていたとかでもいい。必ず人は誰かに後を残している。見知らぬ誰かであっても変わらない。問題があれば、思い出す。薄れた跡が、再び濃くなって表へとあふれ出す。






 殺されてはいないが酷い目にあったという痕跡もない。ベルナットが探れる最後の情報は、少女に道を怪物が示したという点だ。過剰なまでの現実逃避を否定し、進んでいた夢の果てから遠ざけた。






 何もない、身寄りもなくなった少女に仕事を斡旋。






 そこまでは探れた。




 いくら人の口や耳を閉ざしても、閉ざしきれないものは必ずある。








 そして殺された二人の権力者。ベルクの都市にて市民の代表たるニクスフィーリドと冒険者ベルク支部の代表が殺された。一人は自殺。一人は嚙み殺された。一人はもがいて、自殺にしては死に物狂いの表情を浮かべていたという。一人は首を噛まれ、喉仏が抜き取られたという。






 やった相手は怪物。だがそれ以上はわからない。情報が遮断されているのと、ここはベルクじゃない。正確な情報は現地じゃなければ得られない。






 歪だといえる。殺すだけなら、悪といえる。守るだけなら善といえる。善と悪があるのが人間だとしても、割り切りすぎているのだ。英雄ベルナットのしる悪とは、人々を貪りつくし、自分のみを潤す存在だ。逆にベルナットの善とは人々を慈しみ、他者の為に行動する存在だ。








 怪物には何も混ざりけがない。善もするが極端に。悪もするが極端に。徹底しすぎる。




 善も悪も混ざった中途半端な中立的立場がない。だが調べてみれば怪物の片目には、人々の悪意が集まっているという。どこぞの聖女のような両目に善意が集まった人間。感情を集めて、己を感情の箱庭とするもの。






 かつて出会った腐れ聖女の善意。歪で善にも悪にもなる、怪物の悪意。聖女は思い付きで害しかもたらさない。怪物は害も益も与える、紛い物。中途半端ではなく、どちらかにしか行動していない。






 聖女は善意に愛される、畜生だ。




 怪物は悪意に愛される、畜生だ。






 聖女は行動が読める最悪な存在。聖女、フロストは性格を捻じ曲げ、冷酷なまでに人々を自分のもののように見下ろす下種だ。されど、見下し色々画策するが、動きはしない。






 怪物は色々わからない。わからないからこそ、危険だ。何もしない最低な聖女と、何かしでかしすぎる極端な怪物。どちらが王国に仇なすか決まっている。






 怪物を討伐する。あとは聖女の動きを再び監視する。王国への干渉を極力弾き、興味を別のところへとそらす工作を再び開始するのだ。






 だから時間はかけられない。聖女は今、王国に興味を持っている。ただしくは王国に潜む、怪物に興味を持っている。聖女の能力は世界を希望の感情というもので、歩き回るものだ。どこでも入り込み、どこでも情報を奪い取る。視界にいれても、感情が目に見えないように聖女は誰の目にも見えない。






 英雄は装備、魔槍ジャッジメントの契約によって、聖女の姿を捉えられる。世界を希望でわたる聖女の姿を容易く見つけたのはそのためだ。聖女が動けば、視界に入らずとも魔槍がささやく。






 聖女の興味が王国にあれば、魔槍はベルナットに伝える。




 命を奪うことに特化した魔槍ジャッジメントは命に飢えている。命の集まりたる聖女を見つけて、黙っていられるほどではない。だがベルナットの意志に反することだけはしない。自身にも欲望はあるが、ベルナットの意志を否定してまでの行動は絶対に行わない。






 欲する魔槍は、契約者に忠実だった。だからこそ、王国を守りたいというベルナットの希望にこたえた形で力を与えている。同時にベルナットもジャッジメントに対し真摯だ。手入れも欠かさず、愛している異常の執着をジャッジメントに分け与えている。






 両者は信頼しあっている。その信頼感から与えられた情報、聖女は王国に興味がある。聖女は怪物に興味を抱きだした。善意を集める聖女と悪意を高める怪物。




 聖女がいる星稜は英雄では入れない。距離の問題ではなく、聖女が英雄ベルナットの入国を拒否しているためだ。聖女はベルナットが自身に気付いていることに気付いている。それをもっても脅威としないのは、世界に一個として地面に足がなければ動けない、ただの人間だからだ。英雄、sランクとしても人間でしかない。武器がなければ、腕が無ければ聖女を殺せない。殺せる範囲にいなければ、害せない。そんな存在に聖女は脅威を感じない。






 ベルナットの星稜に対しての入国を拒否。及び王国に潜ませた影たちによる英雄の監視。ベルナットですら気付きにくい影の達人たちが、監視しているのだ。攻め入るには少し心もとない。殺しつくすならば簡単だ。




 だが星稜には害ある聖女だけでなく、人畜無害な人たちもいる。巻き込めない。だからこそ監視対象に甘んじている。攻め入らず、王国内で聖女の影響を排除してきた立役者だともいえる。






 聖女と英雄は会話などしない。






 お互いがお互いの敵対者なのだ。




 その敵対者に対して害を与えるために英雄は行動した。






 善もするが悪もする。摩訶不思議であり、王国に益と害をもたらす怪物と対峙することを選んだのだった。












 怪物を討伐するという判断のあと、すぐさまベルクに向った。愛馬をこき使い、食事も極力とらない。休憩もあまりせずの強行だった。




 sランクともなると常人とは違い、疲れの顔すらない。しいて言うならば愛馬のほうが息を荒げて、抗議の視線をベルナットに向けているところだけだ。






 ベルクは何もない。人はいる。生活はある。人の流れも、営みの形も一応はある。だが何もない。笑顔がない。希望が無い。夢がない。人々の心は貪欲な闇に飲まれていた。






 ぽつぽつと通りを歩くものの顔は感情が無だった。目に光はなく、意志の形すら見えていない。もぬけの殻のようにコツコツと歩いていた。






 英雄がベルクの通りに姿を見せると、止まっていた人形が再び動き出すかのように、人々は動き出していたのだ。こつこつと歩き、日常をこなす。そして与えられた役割を果たした人形は、英雄のほうへとむかっていく。視線は英雄のほうじゃなく、足元をみている。視界はなくても、英雄のほうへと向かって歩いている。






 害はない。




 そもそも感情が見えない。








「怪物・・・貴様はどこまで人を」






 いわく、怪物は人の心の隙をみつけて、壊していく。






 隙が無ければ、傷をつけて、そこからえぐり出す。








 怪物は人でなしであり、弱者であろうと強者であろうと容赦ない。だが時折優しさを見せる。少なくてもそう判断した。怪物を噂だけで判断する人々は、怪物は容赦がない悪と判断した。だが面識あるものたちは一方的な悪と決めつけるものだけじゃない。少ないが、怪物に助けられた人もいる。






 だから訳が分からない。








 人々は焦点もあわさず、足元を見つめて英雄のもとへと歩くだけ。異常だった。震撼にもおよぶ、拒絶が英雄、ベルナットの背筋を襲った。否定的というよりは、人が人の形をしているだけ。








「ジャッジメント、答えろ。あれらは人か」






(答えは人。ただし、感情を一時的に封じられている)








 英雄の問いに、ジャッジメントは機械的に答える。英雄は感情が豊かだ、真逆の存在である魔槍ジャッジメントは機械的だが。対照的かもしれないが、これでいい。この会話のあれこれが、どんなときにでも英雄に知識をあたえ、勇気を与え続けた。






「怪物は何をした」




(不明。ここの空気をよく見よ、悪意が空気に混じっている)






「悪意が空気に混じるとどうなる!」




(ここの住人のようになる。以下同文に似た質問を拒絶する)






 英雄は与えられた知識を組み立てるしかない。ジャッジメントは知識を与えるが、答えは聞き逃した以外絶対に二度はいわない。理解できない場合は聞き逃した振りをしなければ、絶対に教えない。面倒な部分もある。






「俺もこうなるか?」




 英雄の視界、人々は英雄の周りを大きく広げて囲みだした。大きな円。人々の輪が英雄ベルナットを大きな円陣として囲んでいた。






 英雄の問い、俺も意識を失い、人形になりはてるか?






(ありえない。お前はこの程度の悪意では染まらない)






 ジャッジメントは必ず否定する。ベルナットを鼓舞し、ベルナットの弱さが現れるのを防ぐ。






 動揺を隠しきれないベルベット。人々の意志を操る、精神操作の魔法ならばわかる。ジャッジメントはその魔力に頼った現象ならば有効な武器だ。命に頼ったやり方ならばジャッジメントを所有するベルナットが大きく有利だ。




 魔力を食らい、命をも食らうジャッジメントに敵はない。






 だが英雄は周囲を警戒するだけで行動できない。囲む無害な人々の円陣。人々の視線は全て己の足元のみ。全員が下を向き、両手をだらんとさげている。






「怪物!姿を現せ!」






 ベルナットは吠えた。人々を操るにしてももう少しまともなことができるだろう。闇討ち、暗殺、毒、人々の意志に反する行為を行うためなのが、精神操作だ。ただ囲むだけ、ただ下を見るだけ。何のための精神操作なのかわからない。






 だが、変化はある。




 人々の円陣、囲む人たちの顔が下から上へ。ただしくはベルナットを見つめるように勢いよく跳ね上がったのだ。無感情であるが、口だけは開きだした。




 思わず、ベルナットは後ずさった。強さじゃない、奇妙さに少し後ずさったのだ。






「「「「わからないか、・・・かいぶつはすがたをみせない・・・おまえごときにみせるかちはない」」」」」






 人々の同一にして、同タイミングでの発生。円陣全てが口を開き、同じように言葉をつむぐ。








「・・・怪物本人か?操っている怪物本人が、ベルクの人々を利用しているのか?」






 だが、訝し気に反応を返すのが英雄の良いところでもある。英雄は見たものしか信じない。だが、知る限り怪物はもう少し行動が極端なのだ。回りくどいやり方を好むのは怪物じゃない。少しばかりの違和感が英雄に残った。






「「「「・・・そうだ」」」」






 その瞬間、英雄は疑問を持った。






 会話における間ではない。






「貴様は怪物じゃない。何者だ名乗れ!!」






 怪物は最善と最悪の極端を示す。このような中途半端な悪は怪物のものではない。別の曲解から生まれた別の答え。怪物を知らぬ人々からすれば、怪物と信じる所業。だが英雄は信じない。






 英雄は己が導き出した答えしか信じない。






 伊達にsランクじゃない。




 sランクは強さもあるが、強さだけじゃない。芯の強さも大きく影響あるのだ。








「「「「・・・さすがえいゆう、べるなっとさま・・・ぼくは・・・かいぶつの・・・いちばんのてした・・・とでも・・いっておこうか」」」」






 関心にも似たような言葉。人々からもれる詠唱のような発言には関心が込められていた。




「怪物の手下は魔物だけと聞いたが?」




 人語を介するからこそ英雄は魔物という感覚を捨て、人間という判断を多少持った。だが全ての可能性を否定しない。英雄は英雄なのだ。調べた中では人間の配下もいる。協力者という形の配下がいる。だがここまでの魔法を介さず、意味不明な精神操作を行えるやつは協力者にいない。その情報は調べつくしている。




 トゥグストラ、リザードマン、オーク、アラクネ。後は雑魚のコボルトとゴブリン数匹ずつ。




 手下がそれだけだと聞いている。調べ上げている。








 警戒すべきはトゥグストラ、リザードマン、オークと情報では聞いた。戦闘能力も高く、怪物の手先になるにふさわしい強者だとも。




 だが英雄はその程度相手にしない。






 警戒すべきは、アラクネだ。最低最悪の魔物。Aランクにして外道と称される畜生生物、アラクネだ。








「「「「くきゅ・・・・きゅきゅ・・・・にんげんとか・・・・まものとか・・・どうでもいいだろう・・・・」」」」






 その言葉を聞き、別の答えが英雄にはたどり着く。






 人間とか魔物とかどうでもいい。






 それは別の答えがあるということを示している。そういう可能性。








「・・・俺は、確信している。貴様は人間じゃない。だから聞く、貴様は人間ではないな」






 怪物の協力者に、そのような能力が使える人間はいない。ハリングルッズとも仲がいいと聞くが、実際はぎすぎすした冷戦下のような関係だろうと推測もしている。








 調べた結果、起こした結果。躊躇いも見せない、行為は人間のものではないと判断した。そして、そのような高等な嫌がらせが出来るのは怪物の配下にして一匹のみ。




 トゥグストラは戦闘脳筋。




 オークもリザードマンも戦闘要員。






「「「「「・・・さあ、」」」」




 受け流すかのように答えは語らない円陣。だが英雄は答えなぞいい。確信した言葉が真実を貫き通すのだ。






「貴様は、魔物。アラクネだ!!!」








 その瞬間、円陣となる人々は意識を失い、地面に付した。








 ドミノ倒しのごとく中央から順番に倒れていく。英雄の元へと歩き出していた円外の人々も地面に付していく。




 ぱちぱちぱち。




 倒れる音とは別に背後から音がなる。手を叩いて英雄の正解を祝うかのような拍手だ。視界は向けていない。だが歩く複数の足音。一個の生命にして、複数の足音。






「アラクネぇぇぇ!!!貴様だな!!怪物の手下にして、最低の外道!!」






 武器をもち、視界をまだ向けない英雄。だが憤怒の表情が全てを物語る。悪には罪を。善には救済を。英雄ベルナットの独自の解釈による答えの結果が向けられていた。




 アラクネたる、雲は、拍手して背後へと歩き出した。人々の倒れた円陣を軽く跳ねるように飛び越えた。そして英雄の背後にして、少し走れば戦闘領域になりはてる距離まで近づいた。






 そこで足を止め、拍手を開始した。少しいうなれば、雲の指と指の間に一房の黒髪がはさまっていた。それぐらいであるが、そのまま拍手していた。






「・・・おみごと・・・えいゆう・・・べるなっと・・・」






 その言葉を雲が関心したように言う。だが英雄は小馬鹿にされたと感じたのか、勢いよく振り返った。今にも襲い掛かってきそうな獰猛さを英雄は隠さない。ふーふーと激しく息を荒げて雲をにらみあげている。






「貴様だけは」




「・・・おたがいさまだ・・・ぼくは・・・えいゆう・・・べるなっとをゆるさない」






 関心と共に雲は冷酷な視線を見せつけている。雲にしては珍しく、玩具とは思わない真剣な冷たさをもっている。




 拍手はやまず、指と指に挟まれた髪の束がゆれる。




 憤激はとめず、握りしめた槍が怒りにゆれている。






「・・・べるなっと・・・ぼくをてきとしてみとめたか・・・・ぼくはおまえをさいしょから・・・てきとみなしている・・・きみだけは・・・ぼくのてでいたぶるときめている・・・・たのしいからとかむししてね・・・きみだけはころす・・・あれのじゃまにもなる・・・だけど・・・これだけはぼくのねがいだ・・・」






 雲は子供である。だが無邪気さに見せた笑みは一切ない。彼と共にする笑みすら凍らせた本性がそこにある。無邪気など捨てた。笑みなど捨てた。








「・・・きみは・・・あらくねをみなごろしにした・・・あらくねをごみくずのようにころしつくした・・・でも、ぼくはうらんでいない・・・・きみたちにんげんがあらくねを・・・みなごろしにしたから・・・ぼくはいきている・・・・ぼくは、きらわれものでね・・・にんげんからも・・・あらくねからも・・・あのまま・・・あらくねのところでいきていても・・ころされていただろうし・・・ああ、なげいているわけじゃない・・・じぶんがたりをしたいわけじゃない・・・ただ、あらくねをみなごろしにした・・・きみを・・・ころしつくしたい・・・あらくねなんかくたばってとうぜん・・・きみも・・・ころされてとうぜん・・・」








 雲は笑みも浮かべない。




 英雄ベルナットは雲の故郷たるアラクネの住処を襲撃した一員だ。冒険者と傭兵による共同戦線によって滅ぼされたアラクネの住処の生き残り。だが、唯一生き残ったものもいる、それが雲だ。雲は人間との戦闘のさなか、弱った同胞を殺しつくしもした。本来ならばもう少し生き残りがいてもよかったが、それはないように雲が無邪気に殺しまわった。






 アラクネの故郷から見ても、雲は異常だった。見ていても害をもたらすわけじゃないが、見ていて、不安になる。心に秘めたものが深すぎて、表に出ている無邪気な感情が嘘のようにみえたのだ。アラクネは敵対者には残酷だ。だが同胞には優しさを見せる、仲間意識が高い魔物だ。






 善と悪が子供に根付く前に、アラクネの成体たちが、雲を異常者という型をつけた。ただ己の感情の示し方を知らないだけの未熟児が、成体という大人によって捻じ曲げられた。雲は成体のアラクネに異常者とみられ、いつからか、それが雲の常識になった。異常者なのだから、異常なことをしよう。誰もがやらないからやってみよう。






 そういった行為。常識が雲を捻じ曲げ、認識が雲を狂わせた。








 英雄がアラクネを殺しつくしたのは、アラクネの常識が人々に害を出しすぎるからだ。アラクネの認識が人々にとって不利益を生み出しつくしたのだ。アラクネは人間の異性を犯したりはしないが、苦痛をあたえたりする。アラクネのオスは人間の女性が嫌がる行為をする。性的行為ではない。だがそれも見方によっては、非道なものだ。アラクネのメスは人間の男性が恐れる行為をする。性的ではないが、二度と立ち直れない行為を強制される。






 人間に害を出しまくる、害獣、アラクネがそれにあたる。




 人間の目的がアラクネの討伐。






 雲はそれをしり、弱ったアラクネを殺しつくした。人間との戦闘で傷をおったアラクネは簡単に雲でも殺せた。無邪気に殺し、愛をもって甚振った。アラクネを殺しつくしたあとは、人間の中でも気弱そうなやつの前に無邪気さと無抵抗しめして地面に転がった。




 笑みを浮かべて何もわかってないふりをして、媚びをうった。害あるアラクネは雲をのぞき、誰もいない。目的は果たさせた。あとは己の命をギャンブルして、生存へと媚びをうる。






 それが雲の生存した理由。アラクネを殺しつくした冒険者と傭兵は雲を殺そうとした。だが気弱そうなやつが必死に殺そうとする手を押しとどめた。押し問答にも近いが、それで時間が立ちすぎた。喧嘩のような空気がまみれ、時間だけがたっていく。そこでハリングルッズが間に入り、雲の生存が確約されたということだ。








 だが雲は人間もアラクネも恨んでいない。






 ただ一人を覗いて。








 英雄ベルナットだけを覗いて、だ。










「・・・このよに・・・かがやきなんていらないんだ・・・」






 ごく自然の笑みで雲はこぼした。






 この世に人々を安心させる輝き、英雄。異常者と蔑まれ決めつけられた影。恨みが生まれる前に性格が作られ、種族による常識を学ぶ前に否定された子供。






 雲の正体は、輝きを奪われた子供だということだった。だから大したことはない。恨みはない。憎しみはない。ただ、哀れにも輝きだけを壊そうとする。




 そこに復讐とう負の感情があるわけじゃないのだ。






 面白そうだからという理由しかない。何をもって面白いかどうかもわからないのに、面白いという理由を心の中で付け加えての行動だ。




 学ばないから感情が作れない。笑みしか作れない。貯めるための感情も持たず、奪う事による快感も得られない。己の目的、種族による本能だけが雲の心に刺激を与える。






 子供になれない、紛い物な子供の我がままだった。






 雲は大したことのない理由で、大したことのない行為を目指す。無邪気にして害悪。だが、それでもこぼした言葉だけが真実だ。






 零れた言葉だけは本心だった。




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