人形使い 10

 彼は牛さんを撫でながら命を感じ取っている。血の池に膝を下ろし、その上に死体を二つ。首がないけれども、温かみはある。大分冷めてきて、本当の意味で死というものを認識させられた。死とは終わりである。死とは冷たくなる。生産活動も生命活動も一切できず、会話などによる精神教養の機会も与えられない。




 死は何も生まない。




 だが彼は知っていた。




 何も感慨がない。ただ再認識をさせられただけの話。現代において自分から死を選んだものたちを沢山見てきた。平和でありながら、平穏でありながら、勝手に自分を追い詰め死を選んだものたちをだ。殺されるよりも、自分を殺す負の循環。




 否定はしない。肯定もしない。そこにあった現象を勝手に名前をつけて戒める。他人の死をもって、自身の糧にする。自殺は最大の逃げであり、攻めである。相手を一番貶める方法は、自分を犠牲にして遺書で相手のせいにする。そうすれば真実など精査されることなく、勝手に相手が悪となる。




 自殺をするほどなのだから、よっぽどのことをされた。




 勝手に出来事を作られ、事件を知った人々が個々で物語を作る。そのため最大の攻めである。




 あとは目先のこと、将来がどうしようもなく自殺する者達。それらは勝手に絶望の物語を作って自殺する。死を選び、それ以上の思考を永遠に停止させる。そのため最大の逃げである。




 自殺は最強の武器。自殺は最大の逃げ。これを上回る手段などはこの世にない。二度は使えない。でも、どんな人間も使える最強の一手。






 では殺害、他殺はどうか。そんなのは最大の被害でしかない。相手から害される場合において、利益などは一切生まれない。反撃しようにも死んでいるのだから何もできない。恨もうにも死体は何も生まない。急に殺されるとわからない限り、対策など打ちようがない。






 牛さんを撫でながら体温を、命の温かみを感じ取る。




 開いた手で死体をなでながら、体温を死の冷たさを再確認。






 彼の中に悲しみは少なかった。恨みは少なかった。それよりも今の状態になったのは、どうしてかという思いの方が上だった。冷めた目で、覚めた心で思考する。




 彼は、人のために泣けない。心を痛めない。苦しまない。つらくならない。






 他人がどんなに苦しんだとしても、彼は苦しくない。






 そもそも人は他人が苦しんでも、苦しくならない。他人が心臓が痛いといって、自分の心臓が痛くなるのか。過度な共感による、精神的圧迫がおきての共有はある。密閉された空間で、誰かが発狂し、それが伝染したように別の誰かに共有される。そういった精神パンデミックはある。




 だがそういう例外を除き、誰かの苦しみが、別の誰かに行くとは思えるか。




 一切ない。あり得ないのだ。誰かの苦しみは、その人の苦しみでしかない。人は本当の意味では相手をわかれない。相手を思えない。




 でも人は誰かのために泣く。悲しみを見せる。それは誰かのためと思っているだけで、自分が勝手に酔いしれているだけだ。誰かが死んだ場合、誰かのせいにして泣いているだけだ。自分がもしそうなったらという、過度な思慮が働いて苦しんでいるだけだ。




 死んだ人間の声を聴けない。その思いが自分の中に生まれて、心の容量を超えて涙となる。誰かのせいにしているだけ。自分が勝手に鳴いて、騒いで、そして記憶の中の思い出になっていく。






 彼は、それをしたくない。誰かのためにという言葉をもって、相手のせいにするものをしたくない。自分が勝手に苦しいだけなのに、つらさを共感させようと伝染活動もしたくない。




 だから泣けない。無駄な思考が彼の感情を制御する。




 人は孤独である。人は人の間にいきることで人間となる。されど彼の持論は人間でありながらも、人は個々である。個々の活動は、個々で留まる。個々の活躍が集約されたとき、組織になる。個々で生きているだけで不便だから、協力する。




 全ては自分のため。




 働くのは何故か、自分のため。生きるのは何故か、自分のため。悲しむのは誰か、自分だ。死体は悲しまない。家族を作るのは誰のためか、自分のため。




 自分の欲望のため、他者に依存する。自分の生存のために組織に依存する。自身の成長のために、相手の知識を取り入れる。






 そういうことを考えれば考えるほど、彼は冷静になっていた。時にそういうのをとっぱらって、泣きたくなるときもある。されど、してはいけない。彼の出来上がった個性がそれを許さない。もし、できたとしてもしたくない。




 人は変わることを恐れる。勝手に蓋をして、耳をふさぐ。都合の悪いことはあくまで悪いこととして、捉える。彼も一部当てはまる。あくまで一部。彼の場合は、自分の個性を自覚したうえで、それを高めるような行動はしている。




 人は変われない。他人は変われない。そもそも変化を恐れるのは、変化できない事実を突き詰めるからだ。自分はこのままという現実を噛みしめさせられるからだ。変化をするために、すべきことを学べば学ぶほど、変われない。




 ただし成長は出来る。






 あくまで人は変われない。個性は変われない。自分が変われないのだから、他人は最も変われない。そして、考えれば考えるほど思うのだ。変わる必要などない。個性という言葉は誰もを許容する。




 個性の感性を高めることは出来る。






 相手の気に入らないところは、変えられない。自分の気に入らないところは変えられない。




 それこそ個性であって、否定してはいけない。受け入れていくしかない。






 牛さんを撫でながら思う。凶悪な表情をし、巨大な体躯を持つ魔物。人とは異なる種族でありながら、感情を表現できる。牛さんは、きっと彼のためにという思いの上で、自分の為に泣いている。死を悲しみ、命の重さを確認していることだろう。




 だが身近な死には慣れているのか、知っているのか。そこまで慌てふためく様子もない。自然として湧き上がる悲しみがあるだけだ。初めての死を見たとき、いきなり人は涙は出さない。死体が動かず、話さず、冷たくなっていく。二度と接することができないと理解したとき、初めて思いが湧き上がる。その沸き上がる思いは、最初はわからないのだ。




 このあふれた感情は何か。




 このつらさは何か。




 思考が生まれ、悲しみという言葉に当てはめる。




 だから牛さんは身近なものの死を知っている。なぜなら泣けるからだ。この部屋に入ったとき、彼の横で座り込み泣いたからだ。すぐに悲しみを見出し、感情を表にさらけ出す。我慢することなくだ。








 彼は面倒な人間だ。他人の心を判れないと知っているくせに、観察しようとしてしまう。分析しようとしてしまう。そういった教養も持たず、独自の判断理由で考えてしまう。






 だが決して、自分の思考内容を口にする気はない。あくまで彼の独自の価値観によるものだ。表に出して、相手の気持ちに泥を塗ることは許されない。環境の流れに逆らってまで、乱すものではない。




 この世に尊く、何度も受けれない最大の教育。




 死。






 この教育は良識が残るものであれば、絶対に汚せない。どんな最低な人間であっても、良識が一部でも残れば邪魔をしない。それほどの重さである。








 だから彼は一言も発さず、撫で続けた。牛さんを、死体を撫で続けた。












 牛さんが泣き終えるころを見計らった。感情の渦が吐き出されたのか、牛さんは鼻をすすっている。その表情はぐしゃぐしゃに乱れていることだろう。だが彼は一切見なかった。泣き顔など誰にも見られたくないだろう。なぜなら牛さんは一切彼の方へ顔を向けようとしなかった。むしろ顔を彼からそらすようにしている。






 見られたくないものを見ようとは思わない。




 人の泣き顔を見たがるものに、ロクな者はいない。自分が子供であり、相手の泣き顔を見慣れていないものであれば別。されど大人で泣き顔を見たがる者は、大体が性癖。もしくは見せたくないのに、勝手に見られたものたちの歪みからくるものだ。




 彼は歪んでいる。それ以上に。




 歪んでねじ曲がりすぎているだけだ。常識外を通り越すほどのねじ曲がり具合なだけだ。普通の感性もわかるし、人間としての最低な感性も知識としては持っている。否定も肯定もしないだけだ。






 彼は勝手に語り出す。会話など自分のために相手を利用するものだ。知識を得るため、共有をするため、共感をさせるためが主な目的。相手の意見など、気持ちなどわからず、勝手に話し出す。






「・・・牛さん、小鬼君たちの死体を見て思ったことがあるんだ。一人で話しているからそのまま聞いておいてほしい」






 彼は牛さんの反応を待たない。






 死体の断面を触る。指先で断面を上から下になぞっていく。突っかかりもなければ、とっかかりもない。鋭い刃物で首を跳ね飛ばしたのかと思考もした。されど刃物で綺麗に切るというのは難しいことであろう。ギロチンですらここまでの綺麗な切断はできないのではないか。綺麗な断面であって、技術の高さに関心すら持てる。




 なにより生きた相手に、何かしら行動ができる相手を綺麗に殺す。






「相手は高い技術を持っている。褒めたくはないけれど生物を綺麗に殺せる人だ。あがいても、騒いでも綺麗に殺せるぐらいの技術を持っている。そのくせ、死体を綺麗に残せる人でもある」






 依頼内容において、人形遣いは頭がおかしい奴だと思うだろう。彼の場合は依頼人の言葉を全て信用しているわけがない。人は都合のよいことをいうのが常である。彼も同様である。




 だから彼は相手を普通の人間として、捉えた。依頼人が、人形遣いをおかしく言えば言うほど、冷静になる必要があったのだ。




 きれいに殺し、きれいに死体を残せる相手。




 甚振ることもせず、見せしめに死体を汚さないという裏返しでもある。






「目的以外では、余計なことをしない人だと思う」






 だが目的のためには、見せしめもする。その見せしめの中に、自分の品性を貶める行為を避けている。いや、違う。自分のキャラクターを貶める行為を避けているといったほうが正しい。




「相手は信念があって、独自のルールを持つ人だ。それは人と相容れないように演出している」






 部屋の壊れ方。ここまで壊す必要はない。宿の入り口から部屋に至るまで壊す必要はない。この技術を持つのだから、壊さなくても殺せたはずだ。






「今の目的は、自分が・・・なるほど」






 無駄な行為をしない。だが無駄な行為で物を壊す。そのくせ死体は綺麗に殺す。そもそも罠を仕掛けるほどの無駄をしている。ベルクにたどり着く前に依頼人を捉えることは容易のはずだ。それがわざわざベルクまで入れさせ、人形の罠を仕掛ける周到さ。






「・・・依頼人に負荷をかける目的・・・追い詰めるのが目的・・・無駄なことをしているようで、それが目的なら話は別」




 無駄なことが、一番の近道だった。




 依頼人を護衛したことに対する報復かと彼は考えた。その事に関してはわからない。理由は何かはわからない。だが近道である。






「・・・牛さん・・・さっきさ、もしかして争いがあった?それこそ結構な罠があったとかない?」




 その彼の言葉を前に牛さんは大きく跳ねた。顔を向けず、されど事実だと反応が物語る。






「・・・相手は牛さんを・・いや捜索に行こうとしたものを殺そうとした・・・だが殺せなかった・・・そのための苦肉の策かもしれない・・・誰かを殺さなければ、相手の努力が報われない」






 彼はそうして考える。人のことなど一切わからない。勝手に分析して、勝手に思い込む。




 努力して、罠をしかけた労力。それが報われないとしたとき、どこかで妥協するための結果を回収しようとするのではないか。そのためにゴブリンを殺した。




 果たして、それでよいのかと彼は思った。






 そんなわかりやすく、きれいな流れでよいのか。ここで彼は自分の思考を疑った。相手の言葉だけをうのみにするのではだめだ。加害者の意見と被害者の意見をそれぞれ聞かなければ事件の真実がわからない。








 別の観点を持つ必要があった。だから突拍子のない言葉を探し出す。










「・・・初めから人形使いさんは、僕の住処が目的だった」




 牛さんのような、探索させたものが目的ではない。人形の罠も目的ではない。あくまで住処を壊すことが目的だった。そういう逆転した意見。






「・・・人が最も安心できるのは、家なんだ」




 どんな人間も家がなければ、落ち着かない。考えをまとめられない。




 そうなるとおかしなものが出てくる。彼は人の意見を参考程度にする。それは自分個人の意見ですら参考程度にしか使わない。






 ここで依頼人の意見を思い出した。




 相手は実力があって、人を見下す癖がある。一人でいることを嗜好としている。






 その意見を参考程度に使ってはいた。されど間違っている箇所がある。




 人を見下す癖がある。




 そうでなく。人を観察したうえで、自分が行動した結果の反応を確かめている。その場合、見下された感覚になるのではないか。自分が実験動物の動画を見て、観察し、可哀想な命と勝手に憐れんだ記憶。




 その憐れんだものは、何も知らない実験動物からすれば見下されたと感じるのでないか。






 他者を見下すものは、結果を作り出すことはできても、生み出すことはできない。




 いずれ破たんする。




「人が最も安心できるものを汚して、壊した。これは人を見下すものにはできない。・・・人と向き合い、何が大切かを調べて、学んだものの知識だ」




 人から学べるものは幾らでもある。どんな人でも学べる知識や、考えはある。そこから学ぼうとする意識をもって、取り組めば幾らでもだ。見下して、勝手に完結させた思考では不可能なのだ。






「・・・人形使いは人を見下さない。見下したように見せているだけか、勘違いされているだけの人である」




 その彼の意見に対し、牛さんは初めて勢いよく顔を向けた。




 涙は引いているものの、目元が濡れた牛さんの顔。




 その顔は彼を強く睨み付けている。






「牛さん怒っているね。・・・わかるよ、君は今、僕が小鬼君たちを殺した犯人の評価をまともなほうに転換した。・・・それが怒りの元かな」




「ぐるるる」






 牛さんは、初めて彼に対し怒るような表情を見せている。




 彼は別に怖くもなかった。そもそもこれが認識の差である。価値観の差である。






「・・・殺害をした行為は最低だ・・・最低なことをする人間は、それ以上でもそれ以下でもない。僕も同じ意見。・・・でも、冷静に考えれば、そうあってほしいという被害者の思惑でしかない。人形使いは最低だから、殺したという思いに囚われているんだ」






 最低なことをする人間は、最低な性格である。最低なものは、最低なことしかせず、結果などもたらさないという価値観。






「・・・牛さん、酷いことをできるというのは才能だよ・・・環境の常識から外れるということだから・・・つまり流れに逆らえることへの証明なんだ」






 彼はただ牛さんから目をそらさない。






「・・・最低なことをする人間は、最低である・・・でも、法は違う。最低なことをした人間は最低の証明にはならない事実。人間の文化には犯罪というものがある。ルールを著しく外れた行為をそう呼ぶんだ。




 犯罪をしたものは誰かが捕まえる。そして一定期間自由を奪われる。奪った自由な時間を使って、更生する勉強をさせられる。わかるかい?人間は犯罪した人間が立ち直る機会を与えるんだ。犯罪は最低であるけど、犯罪者は最低であるけれど、最低なままではない。犯罪者は一般人に戻れるんだ」






 そうして思考を纏めると。






「人形使いは最低なことを選択できる、ただの人間でしかない。それが他人から最低な人という個性を植え付けられて、話が大きくなっただけだ」






 牛さんは納得ができないようだ。牙を見せることはないが、唸り声は鳴り響いている。






「・・・牛さんが押し付けたい、犯人に対しての看板、最低な奴という意見は・・・僕としては同意しない。いくら怒られようとも、牛さんから嫌われるかもしれなくても変えない。・・・相手はまともな感性を持つ人間で、最短を選びがちな人間。相手を見下さず、調べたうえで効果的な一撃を与えてくる。きっと、負けたことは負けたと認められる人間だと思った。素直なほどに、自分に足りないものを他人から得られることが良く分かった」






 彼は額を牛さんの額に合わせた。




「・・・罠をしかける人間は卑怯じゃない。知恵を回した結果の手段でしかない。人の嫌がることをできる人間は困難に立ち向かえる人。嫌われる人間は、自分の立ち位置を確保している人」






 彼の顔が至近距離にあるためか、牛さんは強く困惑している。逃げようとあがくが、それ以上に彼が距離を詰めた。








「・・・牛さん、これは僕と君の課題だ。・・・相手を悪い言葉で括ってはいけない・・・初めから選択肢が狭まる・・・良い言葉で括って、大きく広げそこから狭めていくほうがいい。そうしたほうが取のがしが少ないから」






 大は小を兼ねる。




 それは物質的なものだけでなく、思考の物事一つでも影響を及ぼすのだ。






「・・そうした思考の中で・・・人形使いさんを・・・絶対に許さない」






 彼は悲しまない。彼は苦しまない。






 だが彼は怒ることは出来る。人の仲間を傷つけて、それで済む問題ではない。法が働いて束縛するとでもいうのであれば、心を何としてでも抑える。それが今のところ見られない。だから、出来る限り自衛するしかない。




 それに依頼を受けている。








「・・・この事件の要は依頼人にある・・・だから華と静をつけておいてよかった・・・あの子たちを前に人形ごときが手を出せるわけもない」








 そう、彼は選択肢を大きくとるため、思慮を広げても。






 自分のものにたいしては、狭くなる。自覚しながら直さない。直す必要などない。狭くなった自分のものにたいする評価。それは常に高評価でしかないからだ。




 自分に関わる者を低く見積もる人間など、生きているだけの命でしかなかった。




「・・・牛さん、これ以上は必要?」




 彼は無表情でありながら、首を傾げた。そういった尋ねたくせに、それ以上は答えない彼の意志がある。




 それを知ったか知らずか、牛さんは拗ねるように表情を尖らせた。




「も」






 悔しさは悲しさはバネに、教育の糧に。




 命は先に進むしかない。生きている以上、後には引き下がれない。




 彼の力を継承し、彼のイメージを引き継いだ、この世界で一匹の存在。彼の意見に歯向かうこともせず、ただ納得する形を見せた。これが彼であり、面倒な人間であり、ねじ曲がった人形の対処である。


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