人形使い 11
知性の怪物が襲われた事実だけは簡単に流れた。人々は勝手に驚愕し、混乱を生む。この町の支配者にして、最低な外道である。されど、利益を最適に分配する支配者でもある。信奉はできないが、信頼もできないが、信用もできないが、必要な存在である。
必要な存在であって、手を触れてはいけない危険人物。かかわってはならない兵器。それが怪物という評判である。攻撃をされれば、それ以上に反撃をするのが人々の予想。
だからこの町は慌てている。人々は慌てて物資を買い込んでいる。商人に押し寄せ、人々の数の暴力に近い視線で物資を売れという圧力をかけていた。この通りに店を構える商人たちのところで、人が集まらない箇所などない。今通りは人々で押し寄せている。
知性の怪物が攻撃されるという予測はあった。危険な人間であって、恐怖の象徴であって、敵対するものは数多くあることはわかりきったことだ。だが、あまりにもやらかしすぎていて、実際に攻撃をするものはいないと思っていたのだ。
人々は予測していた。知性の怪物に対して襲撃があることを。
されど予測していて、準備をしていなかった。
対策をしていなかった。
怪物が攻撃されれば、苛烈な反撃に出るという予測をもっても、対策などはしていなかった。苛烈な反撃の中で外に出ていれば、巻き添えを食う。そんな思いがあってもなお手は打っていなかった。
予測とは、妄想のたぐいである。
実際に起こるであろう事象に対し、妄想を立て勝手に対策する思考に陥る。考えるだけで満足し、実行に移さない。不幸になりたくないくせに、なっていく様を想像し自分ならこういう手段をとる。それだけのために行われた思考。だが実際に行動に移さないから、本当に起きた時にパニックになる。
そういう人は常にこういうのだ。
わかっていることを起きてから、手を打つのは愚かだと。
愚かだと見下し、自分が起きたことない物事に対し、自分ならこうするという予測を立てる。でも、実際には行動しない。この連鎖。これこそ予測の正体である。
もう一つ情報は流れている。
人形が人間に成り代わっている。町中で歩くものを無差別に襲って、人形にしている。
その人形は人込みで次なる獲物を探して、家までついてくる。そしていつしか家族に入れ替わる。家にいれば安全で、外は危険であるという噂である。
その噂はあまり信用はされなかった。
だが怪物の家を襲撃したのが人形という情報が流れれば、噂は真実のように語られる。短い内容で外は危険、家にいたほうが安全という噂。それらは短ければ短いほど、人はかってに物語を追加していく。家にいれば人形は家に入ってこれない。人形には制約があって、家で身を寄せ合う人たちに襲えない。外では自由でも室内では魔力の制限が限られているため、家にいたほうがいい。
されど人々は家に居続けることはできない。ストレスもある。だが何より物資が足りない。だから下記か詰めるのだ。それは外である。されど長くいる外ではない。長い期間家にこもるため、短い期間外に出ていく。引きこもって安全を確保するため、誰かが伝えた噂を真実として動き出す。
その噂は不自然に流れたものであるというのにだ。
誰も疑わない。最初は疑ったものもいる。それこそ半分は疑っただろう。さりとて、信じた者たちがパニックを起こし物資をかき集めれば、信じていなかったものたちは行動に出る。信じたわけではないが、パニックになった人が物資を買占めれば自分たちは手に入らないかもしれない。
不安の連鎖が起きるのだ。
信じているものたちの行動が、信じていないものたちの不安を作る。不安の質や内容は違うのに、やっている行動は同じ。買占めである。
やがて真実を疑うものは、当初の目的を忘れる。
目先の物事だけに集中していくのだ。
疑念はない。噂は真実である。なぜなら物資がないから。パニックになったひとをみて、パニックになったから。物資がないから、パニックになったから。だから真実なのだ。目先にある現実は確実に真実であるし、それを引き起こした噂もまた真実である。
不安の連鎖が、真実の連鎖を偽造する。
人形に入れ替わる人々は、人込みで探される。
そんな噂は少し考えれば嘘だとわかる。人込みの中でいるほうが、人は安全なのだ。他人の視線を人々は甘く見すぎている。見ていないようで、他人をよく見るのが人間なのだ。だから人込みのなかで不審なことをすれば、不審なことをしたものを誰かは必ず視認する。
人は必ず痕跡を残す。
例外はない。
家など閉鎖空間でしかない。人の視線という人込みの中の特有の安全を放棄した、愚策でしかない。
そんな当たり前の真実すら嘘になる。それを語れば、嘘つき、詐欺師という形で人々は拒絶する。目先にいるものが語っているのに、影も形も見せない知らない誰かの噂だけを信じる。自分は対策をしているという思いが、当たり前を拒絶する。無意識にだ。自覚などはない。
そうして、物事は進む。
「・・・ありがとうございます。これで町中から人は減ることでしょう」
淡々とした物言いでありながら、されど感謝するように手を揺らすものがいる。それは人形のように感情はない。さりとて、視線のなかには観察するような思惑が潜んでいる。当たり前を当たり前と思わない変わり者。人の本性をさらけ出すことに対し、得意な化け物がただ一人受付で礼を述べるのだ。
受け付けは男性の職員である。
目先にいる人形のような化け物。怪物たる彼を前にし、震えることすら放棄し、思考を停止。表情を停止。感情にあふれ、活気に満ちていた職員の希望すらを粉砕していく。
ただいるだけでだ。
「・・・皆様にも感謝しましょう」
彼は背を向けたまま、礼を言うべきものたちに語る。それらは彼の背後に向けられる視線の数々。場所が場所で、語るべき相手が相手なら騒動になりかねない。なぜならこの場所は、かつては町の支配者たるものたちの集まり。
冒険者ギルド。
この町の人形が人と入れ替わる噂は彼が、冒険者ギルドに依頼した内容である。
その際、細かく指示を入れている。
噂は短く、記憶に残りやすいもの。誰かの感性に少しでも触れること。騒ぎ立てるようにするのでなく、日々取り入れる口コミのように流すこと。
人形が人と入れ替わる。
人が人形になっている。
人込みのなかで誰かを見つけて、さらう。さらわれたら最後戻れない。
それを話し口調で流していく。個人が独り言をいうようにするのでなく、誰かと対面する形で、騒がず、されど聞こえるほどの音量で話すこと。場所を常に変え、対面相手を常に変え、同じことを繰り返すこと。
同時に一人で、大きく騒ぐようにわめく人も用意した。
人込みを避けよ、さもなくば人形にのっとられる。
こういった騒ぐ人を彼は要求した。馬鹿にできるような内容で騒ぐことも指示した。
最初は誰も信じない。騒ぐひとを馬鹿にして、笑うだけ。日常で誰もが、頭のおかしな騒ぐ人がいたと友人や家族と共有するだけだ。だが日々変わらない噂話。騒ぐ人は変わらずいて、そのなかで対面するような形で話すものたちがいる。そこに自然とたつ聞き耳は、騒ぐ人と同じ内容だった。頭のおかしい騒ぐ人、まともそうな誰かの会話方式。二つの主張が同じだと頭が混乱を繰り返す。
冒険者が偽装した会話のような噂は、やがて人々から話し始めた。少し考えれば、馬鹿なことなのだ。常に繰り返すこと。それは長い話であってはいけない。それを遵守したせいで、人々は自分から噂を回す。勝手に付け足して、面白おかしくバラまいた。
長い話は聞く気すらなくなる。読む気すらなくなる。
頭にすら残したくない。
それは仕掛ける側の話。
付け足す側の人々はお構いなし。
それは成功する。
新たな噂をつける際には短くするだけで、もともとの共通的用語があるものたちならば追加要素は苦にならない。
人形になられた人は、家族を人形にする。
人形は制約があるから、家には入ってこない。
安全なのは、家にいること。
共通認識を作るまでが難しく、作ってしまえば、何もしなくていい。ときおり追加要素をいれること。
これが怪物の指示だった。
「・・・お支払いした金額で足りましたか?・・・まだ足りないなら、支払います」
金を使うことをためらわない。こんなうわさ一つでも、怪物は金を払う。それも大金を簡単に落とす。簡単な仕事にして、一気に町が混乱した。
かつての支配者たる冒険者が、こんな小間使い。
だが怪物がするのだから、無駄なことはあり得ない。
暴力に関しては最も得意で、支配に関しても得意な怪物が無駄なことをするわけがない。
今では一般人にも劣る権力しかない冒険者とは格が違うのだ。
昔は支配者で、今は最下層の冒険者。
その逆転劇を成功させたものこそ、怪物である。
また逆転劇をしかけたあと、その構造を複雑化させた。勝者が敗者に転落しないように、権力を分けたのだ。怪物が頂点に君臨し、その下にニクス大商会を作った。大商会の下に各商店や各職人などを傘下に迎えている。傘下の商店や職人は販売や生産を行う。大商会が望むままに物を売り、作る。日に増す要求をこなすためには、人が足りない。設備が足りない。金が足りない。その不足したものを大商会はどんどん追加する。各自で手配するのは人手のみ。人手を確保するために競争すらする。そうなると町の雇用も間接的に握ることになる。傘下同士で競争をし、人手の確保競争も行われる。
直接支配せずとも、町を支配する。
そういう構造を作り上げた。
怪物の直接の支配下はニクス大商会だけである。ニクス大商会の傘下はあくまで協力関係のみ。ただ親密なだけである。
だが目に見えるだけのものは、それだけだ。
それよりも大きなものを怪物は支配している。
金も。
人も。
物も。
目に見えて重要ではある。だが本質的に目に見えるものかといえば難しい。
だがそれも支配している。
金はとどまらない。物はとどまらない。人もとどまることなく流動的に移動する。常に変化をしていき、同じ日々は訪れない。ニクス大商会が傘下に要求し、金を回す。傘下はそれを応えるべく、人手を確保し、金を消費して要求をこなす。その際間接的にどこかの商売に消費として回る。人材紹介などの商売なども宣伝の仕事に金は回る。金が回れば、税が回る。税が回れば、どこかのインフラなどにも使われる。
誰かの消費は誰かの収入である。
誰かの借金は誰かの資産である。
人は個人だけですまない。個人の行動は全体に左右する。
金は回さねば意味がない。
使わねば価値がない。
貯めるだけでは死んでいるのと同じ。死んだ金はどこにも回らず、価値が下がっていくのだ。物価が上がったという言葉で誤魔化す日々など、まさに典型的なそれ。もらえる金が少ないくせに、物の値段は上がる。
そうではない。
金の価値が下がったから、物の価値に追いつかない。昔の値段で買えたものが、今は変えないなど金の価値が下がったからだ。インフレという言葉が当てはまるだろう。金の価値が下がり、物の価値が上がる。貯金という墓場は、金の価値を毎日下げるだけの価値無き事。
時間は有限である。
時間に追いつくには消費しかない。物の価値が上がるときこそ、消費を。今消費をしなければ、明日には値段が上がる。上がった値段は誰かの収入に。貯金をしてないからこそ、足りないのであれば借金がある。そうして金は回って、誰かに役立っていく。
金の価値が毎日下がるのは、インフレだけでない。
物の価値が下がり、金の価値だけが上がるデフレも同じ。
死に金が多い環境は、埋もれた金によって全体的に貧乏になる。金は有限である。無限に発行すればするほど、全体的に薄くなる。かつては一枚で買えた。一枚の紙幣やコインで買えたもの。それが薄くなったせいで、一枚の紙幣が、一枚のコインがもたらす金の力では足りない。ほかの金銭と組み合わせる必要がある。
時間が進むたびに、金の価値は薄くなる。
本当に損をしたくないのであればこそ。
今そのときが、金の使い道なのである。
これが今のベルク。
消費が活発的で雇用が流動的で、回って回って止まらない。
昔のベルクは違う。物よりも金のほうが上だった。金のほうが上だから税金なども住人たちは払い渋った。ただ住人側からすれば金がないのだから払いたくない。それを行動して実践した結果が、冒険者の台頭なのだ。成長を停止し、金の力が日々濃くなっていく環境では意味がない。一枚の紙幣やコインが価値を増していく環境では、消費は生まれない。金をためれば、そのうち一枚の紙幣が大金として君臨する。価値の逆転現象。
なけなしの金は冒険者側へ取られる。貯めても貯めても取られて消える。
一枚の金すら大金として、使わず消える。
それはかつてのベルク。
消費が抑制的で、雇用など働ければまし。止まっては、回って。回っては止まる。
それが見えないけれど重要なもの。金は見える、物は見える、雇用は見える。幸せか不幸かも顔を見ればよく分かる。一目見ればすぐ判断できるのだ。
だが経済全体など見えない。計測して、計算して、推測をたてて、ようやく答えが予測できる。
わからないから、調整が難しい。
この経済を怪物は支配した。
金も物も雇用も情報もサービスも、めぐりめぐって、価値を高めて手元に戻ってくる。戻ってきたものを、再び外に放出し、価値を高めて手元に戻す。それが怪物の力。
恐怖もある。
暴力もある。
それらはあくまで抑制にしか使われない。この構造を奪わせず、変えさせず、常に回すだけの潤滑として使用される。
ニクス大商会とは、経済というシステムを掌握するためだけの組織なのである。
これは誰もが知ることだ。
冒険者たちがその実態をしったのは、怪物の配下たるアラクネによるものである。ニクス大商会ができて時期がたったころの話だ。そのアラクネが冒険者たちに大金を払い、ギルド内で集めて説明したもの。もはやどうしようもない現実をたたきつけたのだ。金の話、物の値段の話、雇用の話、ベルクの実態。一から百まで丁寧に一方的に教えて、金を払った。一日拘束する代わりに、一か月分の稼ぎを一人ずつ支払った。
金による情報の信用性。金を払わない情報に信用はない。金がもらえない仕事に対する責任。金とは責任である。信用とは金になる。だから金は信用にも責任にもなる。冒険者であればあるほど、それは常識である。
冒険者の常識を持って、信用や責任をアラクネは果たした。
その際、暴力だけの人間は価値がないとされる。新たな価値観を生み出すものが常に上の立場。金を作り出すものが上の立場。物を作り出すものが上の立場。誰かの下で働くものが上の立場。人は人の上に人を作ってはいない。環境によって、立場を変えること。
暴力はルール違反である。ルールから外れればさらなる暴力をもたらす。
暴力はしょせん、相手に痛みを与えるだけで終わってしまう。生産能力も持たず、金を生み出す思考も持たず、新たな世界を作り上げる天才的なひらめきがあるわけではない。
冒険者などそれが一番。
ただし、誰かを守る武力は別。
誰かにやくたつ、武力は別。
冒険者は立場を強制的に、暴力から武力。誰かを傷つけるものから、守る力にさせられたのだ。
この町で生きて、この町で仕事をして、多大な利益をむさぼるためには、必要な措置。昔よりももらえる金銭や買える物資のために。ベルクの冒険者ということでほかの町から、勝手に評価が上がることのために。かつての地位を捨てたのだ。
反逆する建前を、利益をむさぼるための暴力を、人のためにやくたてることに意識を人々に押し付けられた。
ゆえに冒険者は構造上、下である。
誰かに頼られるまでは、誰の力にもなれない。
「・・・皆さんがいなければ・・・ここまでうまくはいかなかった」
ただ、この噂は怪物の支配したものを弱くする。経済は消費によって成り立つ。パニックになればなるほど、消費は冷え込む。一時的な買占めによるものはあるだろう。物不足はあるだろう。だが満ち足りて、ひきこもれば、外での消費は減る。そもそも生産するものや、販売するものが外に出なければ商売は成り立たない。
開かなかった店は、利用される機会を失う。最初は客は通うかもしれないが、やらない日が続けば、行くことすら放棄する。職人も同じことだ。
これは生産能力を、販売能力を、大きく引き下げる。
騒動が起きれば、人は理性を失う。失った理性は感情のまま人を暴徒とさせる。それは治安が悪化する。ますます正常な形に戻せなくなる。物がない。金がない。仕事がない。これは人を狂わせるものである。
失うものばかりである。
冒険者たちの懸念を感じ取ったのか、怪物は首を傾げた。
「・・・ああ、皆さん少し勘違いしているようです・・・この町は、そこまでならない。・・・皆さんが考えるほど、この町の人々は混乱しない・・・だって噂程度で動く程度なんです・・・噂で行動できるのであれば・・・新たな真実という形で上書きできる。・・・本当の真実とか、・・本当の何とかはという・・・都合の良い展開を流せば、いくらでも・・・根拠もない、名前も知らない誰かの話を信じる素直な人には・・・いくらでも手段はあります・・・騒動にも混乱にもならない。・・・騒動や混乱をするのは、本当の大人とは言えないという噂を流せば済むこと・・・新たな価値をもって、抑制する・・・」
怪物は続けた。
「・・・噂で動かない人は・・・逆に難しい。・・・でもそういう人は、別のところで簡単にだまされる・・・でも、疑って、だまされないよう意識している分、少し厄介なだけです・・・。簡単です。・・・そういう人は直接、わかるように指導すれば事足りる。・・・顔を合わせて介することで信じる人、顔を合わせるからこそ、他人を信用しない方。・・・どんな人間も・・・癖がある」
ここで怪物は振り返った。ゆったりと隙だらけであるかのように正面を冒険者たちに向けた。
「・・・明日には別の噂を流してください。・・・一つ潤沢な物資が来週にはそろっていく。・・・一つ今週中には人形がこの町からいなくなる・・・一つ冒険者の皆様が率先して対処すること・・一つ有名な学者さんが人形の対処法を見つけた。・・・一つ今週で終わるのに騒ぐ人、来週も引きこもっているのは、情報遅れ・・・そういう風に流していただきたい・・・全部は言ってはいけません。・・・・一つだけでいいです・・・違う場所、違う人、対面するように、一人で騒ぐように宣伝するように・・・いろいろな形で流してください」
怪物は微笑を浮かべている。ただ自然のものでなく、作ったものである。どことなく演技のように、かといって表情をわざとらしく作った素人の笑み。
「・・・僕は混乱を望まない。・・・でも今は、ベルクに人がいないほうがいい・・・危険なものが身近に潜んでいます。・・・それは人を調べている者です。・・・それは人を良く知っている者です。・・・人形を操って、本物らしい人のように擬態しています・・・日常に溶け込み、人を人形に切り替える隙を伺っている・・・気づけば周りの人間は人形だった・・・そういうことができる危険な相手がいるのです・・・人を人形から逃がすためでもあります・・・ただ少し違うのもあります」
怪物は噂には入れない。人形が身近にいるだけの怪談話として終える。噂は、嘘は、人の手を介して、本物になる。それは具体的なものがあればあるほど、陳腐と化す。抽象的で、すぐに頭に浮かぶイメージで話しやすいものこそ、人は好む。
人形遣いは噂に入らない。
「・・・人形しかたたきたくないのです・・・そこに関係のない人がいたら罪悪感がわきます・・・僕は人形を排除したい・・・ベルクから・・・視界から全部・・・その作り手の人形使いにはベルクから退場していほしい・・・そのためには・・・人が邪魔なんです・・・人形が隠れられる場所は人込みも一つ・・・そういう場所をひとつずつ消していきます・・・」
怪物はここで初めて嗤った。
誰もが求める動機を誰も聞かない。その当たり前がないことを。噂を流す理由は何かと尋ねるものが誰もいない。だが、誰もが理解している。聞く必要こそないという事実を。
だから怪物から話す。
「・・・個人的にですが・・・襲撃をされました」
冒険者たちは知っている。怪物の住居が襲われたことを。
その報復のために、一手を投じたことを。
苛烈な反撃を示して、弾圧する。歯向かうものに絶望を。邪魔をするものには鎮圧を。抵抗するものには蹂躙を。容赦なく押しつぶしては、消し飛ばす。それこそ怪物の本性。暴力だけでない。暴力は手段。恐怖も手段。
人間の本質を、本性を手玉にとってくるからこそ、おぞましい。
冒険者は人間である。
この怪物から逃れるすべはない。
「・・・襲撃されたぐらいでは・・・ベルクを混乱させようとは思いません・・・人々を混乱ぎりぎりまで追い詰めたいとも思いません。・・・不安に追い込みたいとも思いません・・・無意味です・・・個人の仕返しは・・・個人で行います・・・・全体を巻き込む必要はない・・・いくら人々が外にあふれてたら、人形が見つけにくいからといっても・・・そこまではしない・・・平穏が一番・・・無用な騒動は好まない」
怪物は初めて口端を少し釣り上げた。
これは演技ではない。
感情を押し殺し、理性をもって弾圧しようとしているものがある人間の姿。
怒りを理性で押し殺す姿を怪物は見せている。
「・・・大切に育てていたゴブリンが二匹も殺されました・・・それだけが事実・・・今だけは誰かの迷惑を気にすることをやめました・・・」
怪物が支配した経済。怪物が手に入れたニクス大商会。そこから派生する雇用と金。人が集まる組織から、人の雇用が生まれ、金が回り、物が売れる。その流れを止めてまで、行う反撃。
ベルクはダメージを受けかけている。
それも怪物の手によって。
怪物が支配した絶対的なる立場を壊しかけてまで。
その理由が、攻撃されたわけでも、反撃されたわけでもなく。
ただのゴブリン二匹である。この価値にもならない、命と認めることすらない物二つによってベルクの日常が壊されかけていた。
怪物の反撃は苛烈である。暴力も恐怖だけでなく。
経済恐慌。物も金も回らず、腐る世界が近づいてくる。これはベルクが、経済が、人々が影響を受ける。そしてとばっちりとして冒険者も受ける。怪物の影響力がある以上破綻することはない。逆転することもできない。このまま怪物の気持ちでベルクは上昇しては、下落する。圧倒的なほどに立ち位置を手に入れた怪物を排除したら、かつての景気は戻ってこない。
すべては怪物次第。
これこそ、絶対的な反撃。
怪物の意志一つで、ベルクが運命を共にする。
「・・・保証しましょう・・・これは一時的にすむ問題です・・・なぜならベルクの人々は良い生活をしたからです・・・生活レベルを引き上げてくれたからです・・一度知れば、二度と後退できない。・・・それが楽しむことの恐ろしさです・・・でも幸せをしった・・・だから意地でも幸せに戻りたいと思うはずです・・・だからきっと・・・一時的にすみます・・・人は努力してかなわないことなど、ないのだから」
怪物がそういうのだから、そうなる。
憶測ではない。絶対である。
それだけの力があるのだ、怪物には。
「・・・・これは全部、人形使いにあてた浅知恵です・・・突破したければどうぞ・・・」
怪物はそのなかで視線を向ける。冒険者たちに向けられている。冒険者たちの身なりは、仕事前も仕事終わりも様々なものがいる。身だしなみが整ったものも、整っていない者もいる。きれいな容姿も、容姿がそれほど整っていないものもいる。男性も女性も様々。
だが怪物は視線を数か所で交互している。
それは身だしなみが整った冒険者に向けられている。性別は男性。必要装備を磨き上げ、よごれもあるし、傷もある。だが汚さを感じさせない素朴な男性冒険者。
別の場所では、長袖のような麻服を着崩した男性にも向けられている。その着方は見ていて見苦しさよりファッション性を感じるものである。見ていて不快ではない。
魔法使いのようでありながら、細見をもって知的なイメージを感じさせる男性。肌を露出することなく、ただ賢さを容姿にも現したかのようだ。
それらすべてに不快はない。
それらすべてに綺麗さがある。
そんな人間を怪物は視界に入れていて、隠さない。
「・・・僕は・・・人形使いさんの性別を特定しています・・・年齢も僕より上であることを予測しています・・・人形使いさんの社会経験とまではいいませんが・・・それなりに人生経験をつんでいる。・・・無駄なことこそしないが、効率がよければする。・・・職人のように思い切りがあって・・・不必要には誰かを痛めつけることはない・・・必要であれば、痛めつける・・・そのくせ人を導いてきた職業、もしくは人と密接にかかわって、人々の悩みを聞き出す、探しだすような立場の方」
怪物は特定の人物に視界を向けるのをやめ、全体を見渡した。
「・・・この場には人形使いはいません・・・この場にいるのは人間と・・・人形のみです」
そうして怪物は閉めかかった。
怪物の言葉一つ、この場にいる人形の有無。怪物と敵対するものが冒険者ギルドにいないと勝手に思い込んでいた常識。それらが崩れ、壊れていく。
冒険者にとって、怪物と敵対することは、破滅をもたらす。
だからあり得ない。
人々のように、噂を流し混乱をさせた人々のように冒険者たちは互いを確認しだした。そこには焦りしかない。他人を信用せず、そのくせ周りを拒絶するように、間をあける。
「・・・・人形のみなさん・・・・冒険者の皆さん・・・ほら、噂は怖いでしょう?・・・真実ですが・・・気にしなくていいです・・・これも、もうすぐ終わるのだから」
そして終息を待たず、怪物は歩き出す。
出口へ向かってだ。
最後に一言を残して、消えていく。
「・・・・・また会いましょう」
誰に残したかはわからず、ただ怪物は影も気配も薄くしてギルドから去った。残ったのは疑心暗鬼になった冒険者たちだけだ。この場にいる冒険者だけは人間。無自覚なほどに信じていた世界を台無しにされたのだ。
そのくせ仕事は与えられている。
人間でなく、人形も混ざったものたちで仕事をこなす。
この意味を知らないものはこの場にいなかった。
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