ローレライの火種 24

 人を処罰する重さ。好きな相手の親を処罰する重さ。仕出かしたことを考えれば、重罪。よくて死刑か、悪くて拷問のあとの処刑か。どちらにしても死ぬことは変わらない。人間の尊厳を持ったまま死ねる死刑のほうがまだまし。




 その重さがローランドの手を震わせた。




 逃げたい心が周りの重圧によって防がれる。この場にいる生徒たちからの重罰を望む視線。愛した女からの助命を願う表情。婚約者からの責任を問う視線。防衛戦力たちによる観察の視線。部外者たるギリアクレスタからの賭けごとを楽しむかのような会話。






 そして彼からの催促








「・・・さあ。・・。王族らしく・・・処罰をどうぞ・・・。貴方の道は終わらない・・・この先もあるのでしょう?・・・弟様、ローギニア様が・・・起こしたクーデター・・・本当の黒幕への対処・・・色々あるじゃないですか・・・このぐらいでつまずかれても困ります・・・貴方は王族・・・これからも王族でありたいのでしょう?」






 彼はそうして、催促した。




 この国の支配者たる王族。絶対なる支配者。貴族からの裏切りはローレライにおいて消えた記憶。誰もローランドを裏切ってはいない。ローランドが裏切ったから見限られただけのことだ。アーティクティカを裏切り、カルミアを愛した。貴族と王族の婚約という大切な行事を王族側から裏切った。




 だからアーティクティカは力を貸さない。




 この国最強の貴族が手を貸さないのだ。




 アーティクティカが力を貸さない以上、誰も手を貸してはくれない。




 王族であるならば、配下に対し命令できるのだ。自分がやりたくないことを配下の責任という形にして、命令できるのだ。




 愛した女の親を処罰する。




 それは配下に命じて、配下がしたことだからという言い訳でなかったことにする。






 渡された短剣が震えた。




 鞘ごと渡されたが、剣先どころか少しも引き出せなかった。手元が狂いそうになるほどに震え、逃げられない重さが、王族としての権威を揺るがす。






 時間にして数秒。




 しかし、感じた時間はそれ以上のもの。数時間ほどにも感じるが、まだまだ時間は有り余る。






「わ、私が処罰するには・・・まだ情報が」




 処罰するために判断する材料。その情報がローランドには足りていない。それも事実。言い訳がましくローランドは口走った。生徒たちから視線を免れようと身を震わせ、さりとて言い訳のように彼へ視線を向けた。




 カルミアの表情も、ベラドンナの表情も見れなかった。






「・・・いくらでもあげましょう・・・何がほしいですか・・・貴方が王族としての道を歩むために必要なものはあげましょう・・・それが貴方への罰です・・・貴方が王族である以上、貴方が反乱を倒した・・・ことになっています・・・貴方の旗を用いて反乱の首謀者を捉えました・・・。貴方の功績です・・・あとは愛した女性の家族を犯罪者として処罰するだけのこと・・・」






 彼はつづけた。






「・・・何が必要ですか・・・さあ・・・反乱を倒した後は・・・クーデターです・・・ローギニア様が貴方という先任者がいながら・・・先手を打ってきました・・・今なら勝てます・・・まだ安定していません・・・反乱も・・・鎮圧したのは貴方・・・功績など相手は反逆しかしていません・・・王が定めたことを無視し自分勝手に動いた弟様を・・・処罰するのでしょう・・あなたは身内と戦いつづけるんです・・・そして・・・その過去を永遠に刻まれるのです・・・」




 ローランドは王が定めた後継者。




 アーティクティカと結ばれることを前提にした基盤での戦略であった。それが今はない。ローランドの後ろにはどの貴族もいないのだ。カルミアたる伯爵が反乱者の実行犯。結婚したところでローランドに得はないし未来もない。もはやカルミアに貴族としての価値はない。




 しかし人間の理屈はそうではない。




 貴族とか平民とか関係がないのだ。




 好きなものは好きなんだ。その思いが子供だからこ先に走っているのだ。






 ローランドの視界がにじんだ。涙があふれ、カルミアの父親を捉えた。その涙目は父親を少したじろがせた。父親からしてみても憎いのは娘であって、その男ではない。カルミアに騙されただけの被害者でしかない。




 本質的に善良に足を一歩ほど踏み込んだ父親はたじろぐだけで終わった。




 そのことをローランドは気付けない。




 ローランドは父親に対し、反乱を起こしたことへ心で恨む。父親事態を恨むのでなく、環境を恨んだ。そして行動に起こしたことへ思いを心中で叫んだ。




 その叫びは声でなく、涙として表に現れた。




 悔しさ、悲しさ、辛さがローランドの心を叩く。








 その中でも彼は無表情だった。




 ローランドの横目で彼を捉えたのだから間違いはない。ローランドが悩んで、躊躇っている中でも馬鹿にした様子はない。観察よりも、ただ見学しているだけにも見えた。興味無さげにみえて、視線はローランドから離れていない。






 そのことはローランドにも気づいた。




 先ほどからローランドは彼に訴えているのだ。涙を見せて、思いを心で叫んで、彼へ届けと思っているのだ。無理だという思いを彼へ見せているのだ。気付いていないはずがない。彼は人の心を推測する力にたけている。ローランドとて王族の中で有能な方だ。




 そのぐらい人間の評価ぐらいできる。






「私には」




 ローランドは答えは決まっている。これだけ悩み、成長過程における中で道を間違えた子供。それがローランド。道を間違えた子供であれど、道は沢山ある。若さが子供が大人になる過程で悩む時間は沢山ある。






 それはあくまで一般的な平民や貴族での話。






 王族の話ではない。




 王族にとって、そんなの道ではない。一筋しかひかれていない。王へと至るか、王族が配下へと格を下げて、血をつなげるか程度のもの。王か貴族に落ちるか。






 その道の重さを知りながら、ローランドは震えのまま彼へ視線を投げかけた。






「・・・私には無理だ・・・もうやめてくれ・・・もう責めないでくれ・・・反乱を鎮圧したことへの協力も・・・させられてい」




 その先が出る前に。




 彼は人差し指を自分の口元に建てた。




 協力もさせられていただけのことという発言が続いてれば会った。






 それは言わせなかった。








「・・・そうなると・・・王族としての立場がどうなるか・・・わからないわけではないかと思います・・・王が間違いを起こした者を処罰できないなら・・・それは国を治めるものの器ではなくなります・・・反乱を鎮圧し・・されど実行者を処罰できない・・・そうなると、処罰した先にあるクーデタへの対応も・・・難しいかと・・・責務を果たせていないのだから・・・必要な責務を果たせないものに・・・王は難しいかと・・・・」






 そうして彼は言うのだ。






「・・・あきらめますか・・・王を?・・・勝手に動いた弟様へ・・・任せますか?・・・責任は問われます・・・クーデターを起こした人がすることなんて決まっています・・・かつての正当後継者への処罰です・・・反乱を鎮圧した実績をかすめとられ・・・カルミアさんのお父さんのその処罰も弟様にとられます・・・選ばないのだから・・・敷かれた道は奨めない・・・」








 彼は軽く顔だけを前のみぎりしていた。




 観察の視線をもって、ローランドを見つめていた。








「・・・ああ、無理だ。私には。ベラドンナを裏切り、カルミアを愛した時点で終わっているんだ私は。約束って怖いな・・・裏切りって怖いな・・・人って怖いな・・・どうして簡単に人は人を裏切れるのか。私を含めて、どうして裏切れるんだろうか」






 ローランドは半ばあきらめた表情をもって占めた。




 自分の心すら、自分ではわからない。




 ダメな他人をみて、自分はそうならないと思っていた過去。それがいつかは自分の将来になる事実。






 その事実に気付かないでいれば、幸せでいられたというのにだ。






 ローランドは賢い子供であった。だから気付いてしまったのだ。自分は他人と変わらない、ただの裏切っただけの男であると。






「・・・残念です。・・・本当に」




 彼は牛さんに預けた背を戻し。




 ローランドへ歩み寄った。






 この場の者たちは黙った。ローランドは彼へ視線を向けたまま、あきらめた表情を浮かべている。この先、ローランドに未来はない。婚約者を裏切り、王族としての責務を果たせない。愛した女の親が犯罪者。もう終わりだ。




 まだ未来はあったのだ。




 王族としての道は、父親を処罰することで、反乱を鎮圧した実績をもって、クーデターへ立ち向かう。もともとローランド側だった貴族たちだ。ローランドが反発すれば、まとまるわけでもない。アーティクティカは無関心である以上、最大の武力は敵に回らない。




 勝てた勝負を捨てたのだ。






 彼はローランドの目の前に立った。




 かるく膝を曲げ、窺うようにローランドへ顔を近づけた。






 誰にも聞こえないように、小さく。






「・・・その選択に・・・悔いはありませんか?」






「・・・悔いしかないに決まっているだろう」




 自分の過去を殴りたい。自分の愛したことへの過去でなく、裏切ったことへ殴りたい。裏切る前に裏切ろうとしているものに気付けない自分を殴りたい。




 そこに愛したことへの後悔はない。




 ベラドンナを裏切ったことへの罪悪感しかない。




 関係を消化してから、愛した女に入れ込めばよかったのだ。








 彼はローランドの表情を見て察したのか。




 片手を差し出した。






「・・・ならば・・・その短剣は必要ないです・・・貴方は責任を放棄した・・・反乱者を捉えた実績だけが残っただけの・・・支配者の子供です・・・子供に短剣は似合わない・・・さあお返しください」




 ローランドはもはや抵抗もないのか。




 彼の手に短剣を手渡した。




 その短剣を彼は腰元にしまいこんだ。






「・・・非常に残念です・・・・」






「ああ、私でも思う。・・・でも、無理だ。私はまだ子供なんだ。子供が人を裁くなど出来るわけがないだろう」






「・・・立場においては・・・子供は子供でいられない・・・過酷な運命です・・・本当に・・・でも・・・」




 最後につれて彼の声は小さくなった。最初のほうが残念そうな作り物の表情らしかった彼の表情であるが、最後になれば違う。






 彼はそうして小さく微笑んだ。ローランドだけに見えるように微笑んだ。






「・・・でも、人間ってそういうのでいいんです・・・貴方は王族として合わなかっただけのことです・・・人には幸せになる義務と権利があります・・・その幸せの道が王族じゃなかっただけなんです・・・諦めたことを後悔するより、あきらめたことによって別の道が開けたと考えれば・・・きっと最高に楽しいです」






 そう、彼は励ましたかった。




 彼だって気付いている。ローランドはもはや王族の器ではない。王族としての責務を果たせないほどに不倫関係にのめり込んでいる。




 その人間はもう後戻りはできない。




 間違えた以上、道は狭まるのだ。




 自由があるという事は責任があるということ。自己責任とはそういうことだ。勉強したから幸せになれるわけじゃない。だが、無能な人間も有能な人間も勉強をすれば、一定の水準まではたどれる。その先を進めるかだけの違い。




 馬鹿な人間は勉強をしても馬鹿である。その事実は変わらない。しかし勉強をした馬鹿と勉強をしなかった馬鹿では大きく違う。道の広さが違う。世界への知識が違う。世の中への見識が違う。




 勉強をすればするほど、人は知識を得て、自分の考えがさらに深まっていく。世の中無駄なことなどないのだ。勉強をせずにゲームをしていても、感性が育ち、心を潤せられる。自分を追い込むための勉強より、幸せになれる道である。それも人によっては心の勉強といえるだろう。




 知識か心か、経験か、失敗か成功か。




 何でもよい。




 人は勝手に勉強する。学業のための努力も、仕事の中の努力も遊びの中の努力も。ひっくるめて勉強なのだ。ローランドの失敗もやらかしたことも勉強だ。反省もあきらめも勉強だ。






 あとは占めるだけ。






 ローランドに彼は背を向けた。一瞬、振替る際、彼は手を口元に入れ、飲み込んだ。その動作をローランドは見ても気づくことはなかった。






 大きく手を広げ、彼は淡々と述べた。






「・・・ローランド様は・・・王族失格です・・・反乱を鎮圧・・・実行犯を捉えたところまではいきました・・・ですが、その先へは行けなかった。責務を果たせなかった・・・その事実は重い・・・ですが、・・・ローランド様がいなければ・・・実行犯を捉えられなかったのも事実・・・その実績や功績はきっと評価しないといけないものでしょう・・・」






 彼は息を大きく吸った。






「・・・成果と失敗。・・・責務と義務・・・それらを考慮したうえでローランド様は王族失格のみですませたいと思っています・・・皆様意義があればご自由に・・・批判があればどうぞ・・・でも僕も批判した人に批判をしようと思っています・・・自由ですので・・・さあご自由に」






 彼にローランドを処罰する権利などはない。




 しかし表だって声にだせば、ローランドの力の無さを証明できる。しかし、彼が攻めつつ、ローランドを守るように言葉を操るのだから何も言い出せなかった。






「・・・きっとクーデターの件で何かしら沙汰があるでしょう・・・でも皆様には関係がありそうで、関係がないことです・・・同じ加害者同士仲良くしてあげてください」






 そして強制的に締められた。




 絶対に何も言わせなかった。








 これ以上の罰を望むなど、彼には出来なかっただけのこと。








 後日、反乱はローレライから完全に消えた。全ての問題がローレライから消え去った。ギリアクレスタの活躍、国家側からの軍事的行動。反乱を強制的に鎮圧する国家とギリアクレスタの保護的活動。その二つの行動によって強制的に静まった。




 国は正しいことをした。ギリアクレスタが、暴力には慈悲をもっての保護にて対抗。巻き添えを恐れたものたちがギリアクレスタへ参入、小さな反乱だけをしたものもギリアクレスタへと傘下に落ちる。大きな犯罪をおかしたものは国家が排除。








 もう、悩まなくてよいのだ。




 荒れた国は今、回復に向かっている。落ちぶれた人間の悪質さが現れた事件。その事件が過去に流れるまで遠くはない。




 そう思われる前にに彼はベラドンナに会っている。




 その時彼は告げていた。






「・・・カルミアさんのお父さんが・・どうして不倫した奥さんとベラドンナ様を比べたんでしょうか?・・・不思議に思いませんか?・・・アーティクティカの血筋が同じであっても、奥さんとベラドンナ様は年齢が違う・・・本来なら・・・カルミア様と比べるべきなのでは・・・と。」






 その問いにベラドンナはこう答えている。




「私を大人だと思っているからじゃないかしら、お前がいったのよ。私が大人だと。だから思ったのでしょう」






「・・・はたしてそうでしょうか・・・自分で言うのはなんですが・・・僕は少し面倒臭いので・・思ってしまったのです・・・カルミア様が義理の娘だという事実を・・・誰かが告げた・・・最初は使用人の方か善意の誰かだと・・・でも、そうなるとおかしいんです・・・不倫というのはバレナイうちは誰かに隠してやるものだと思っています・・・そうやって注意してきたものが突然ばれる・・身内でなく第三者によってなんておかしなこと・・・使用人にも隠しきっていたのに、子供が物心つくころまで隠しきった・・・隠してきたプロが第三者に暴かれる・・・それで思ったのです・・・気を悪くしないでください・・・」




 父親が不倫を疑って調査したのではない。




 誰かが気付いた。




 父親が勝手に気付いたわけじゃない。そもそも、そういう風に気付けるほど周囲を見渡せる観察眼はないように見られた。






「言わなくていいわ」






 彼の言葉の先をベラドンナは拒絶した。冗談も許さない、冷徹な視線をもって彼を睨み付けた。




 そこに貴族としての余裕はない。




 大人としての余裕もない。




「・・・貴方がばらしたんです・・・今の大人である貴女じゃない・・・子供のときの、悪いことを許せない、裏切りを許せない善意の塊であった子供のときの貴女が、お父さんにばらしたんです・・・だからアーティクティカの血筋である不倫した人とベラドンナさんを比べたんです・・・大人と大人という比較。・・・まともに育ってベラドンナ・・・アーティクティカに不利な情報を教えてくれたベラドンナ様・・・裏切った奥さんと真実を語った子供のときのベラドンナ様。・・・比較がそのとき行われ、基準となった。そして拒絶が始まった・・・。信用と裏切りの基準を作ったのが貴女と奥さんです・・・カルミア様も嫌われた・・・そして父親の愛が突然消え、愛に飢えたカルミア様が異性へ執着した・・・その結果は貴女のご存知の通り」




「憶測ね」




 ベラドンナはただ言いがかりであるという風だった。






「・・・だから貴女は許したんです・・・許せざるを得なかった。・・・だって僕の言い分をわざわざ聞く必要はない。・・・経済も云々も色々ありますが・・・それでもあなたは反乱された地域の弱者を全員拒絶してれば終わっていることなんです・・・それができないわけじゃない・・・貴女も罪悪感があったんです。・・・だからローランド様がとられたとき、悔しさはあっても、仕方ないという感じに諦められたんです・・・正しさが生んだ、正しさの中での失敗・・・世の中、正しいだけじゃいられない証明。・・・学園の生徒たちに対しても、報復は貴女は出来たはず・・・それをしなかったのも。・・・僕を呼んでさせたのも・・・わからせるため・・・。同時に自分と同じ気持ちを味合わせるため・・・。過去の貴女が引き起こした、正しい間違い。・・・貴女は許すし、きっと庇うでしょう。ローランド様、カルミア様・・・そして貴族の皆様を・・・だって貴女は大人だから・・・」






 人は間違える。




 正しいなかでの間違いもある。




 裏切りも、正直者も。




 どちらも間違うのだ。






「それがどうしたというの?・・・ローランド様・・・いえ、ローランドは王族を降りた。カルミアの家は貴族をはく奪された。父親は懲役刑ね。お前のいったとおりなら全員無罪がふさわしいのではないかしら」






「・・・いいえ、・・・それこそ正しいのです・・・人は間違える・・・間違えた中では道がなくなるかもしれません・・・引き戻れないかもしれません・・・でも進むしかない・・・罪を犯したなら償わなくてはいけない・・・その機会を貴女は与えた」






 ローランドは王族を降りた。自分から降り、クーデターを起こしたローギニアに手紙を送った。自分の不甲斐なさによって起きた反乱。その実行犯を捉え、それを責任を負った形として王族を降りる。次期後継者の地位は譲るといった文。




 条件として。




 カルミア、および父親の助命。




 その代り責任はローランドが負う。






 本来ならば、カルミアも父親も全員処刑である。ローランドも王族を降りるだけでなく、実刑をくらっている。しかしながら裏で動いたものがいた。




 アーティクティカの娘、ベラドンナである。




 ベラドンナが裏で動き工作したことによって減刑させた。汚いことをし、他の貴族たちの起こした罪も一定ラインまで許す代わりに工作に協力させた。友人たる侯爵にも手をまわした。




 ローランドが貴族にもなれない。かといってローレライから追放されることもできない。重い縛りのようなものを受ける代わりでの減刑におさめた。




 ローランドは今や平民であり。




 カルミアは無罪とし平民に落とされた。






 誰もが幸せになることはないが、圧倒的な不幸になることもない。




「それよりもお前が連れてきた男のしていることの方が気になるわ」






「・・・ああ、・・・そっちのことは僕にはわかりません・・・なにせ・・・ぼくはそういうのがわからないので」






 彼は微笑を浮かべた。




 ベラドンナはその様子を少し睨み付けていた。






「・・・ローレライが比較的早い段階で回復したのは・・・そいつのおかげでもあるわ。反乱区域で治安が悪化していたのを抑え、向上させた。その実績は素晴らしいものよ。でも、違う。未だにギリアクレスタという名前を掲げ、治安向上、経済活動、有能なローレライの人間の取り込み。雇用の確保といえば言葉は良い。ローレライの未来のためといえば将来性が見える。・・・でも、お前やあの男がしているのはそんなことじゃない」






 これは。






「・・・侵略よ。ギリアクレスタが平和的に弱者を救済する形に見せた、人材の侵略。経済圏の侵略・・・治安への侵略・・・他の貴族もあの男には逆らわない。あの男の有能さを知って、お前のことをしって、逆らえるわけもない」






 狐顔の男はギリアクレスタを用いて、このローレライの人材確保を急いでいる。人材は国の柱。有能な人間を確保し、無能な人間にも雇用を与えている。反乱区域でも仕事はある。商人がいて、その基礎ができている。それを反乱鎮圧した信用をもって、取り込みにきているのだ。




 反乱した期間が短いおかげでインフラの破壊率も少ない。




 人間の心は壊れていない。




 ただ心細さが強く出ているだけの一般的なローレライ国民。




 その心細さを強さ、信用性でギリアクレスタが支えているだけだ。国民から信用されれば、商人も信用してくる。ギリアクレスタを敵に回せば国民の信用が商人から離れるだけだ。守ったのは誰か、不安を解消させたのは誰か。




 貴族ではない。




 貴族がアーティクティカに逆らったから起きたことだと国民は皆しっている。アーティクティカがいなければローレライがないことも知っている。それを流したのが黒幕であっても、利用したのは狐顔の男。




 不安の種を誰かが解消する前に、ギリアクレスタが解消させた。




 ギリアクレスタには元々、知識層が少なかった。教育をうける機関もなかった。リコンレスタという町の住人で構成されたものたちに、まともな人の心の感性などはない。諦めて、勝手に落ちぶれるだけの弱者でしかないのだ。それを必死に使って何とかやりくりしている現状。




 正直、商売気質もない。




 その点、ローレライにはある。ギリアクレスタが欲しいものが一杯あった。




 ただローレライにないものがある。




 犯罪組織。




 犯罪組織としてのやり口を国民が知っていれば、簡単だった。犯罪者は悪いことをするものだという知識があれば、そうして乗っ取ればよい。それがない国民が相手なら、敵に回すことになる。犯罪組織が犯罪をするという前提の知識を、ギリアクレスタが作るわけにもいかないのだ。




 誰だって敵よりは味方の方が使いやすい。




 気を使い、ギリアクレスタは善良な組織であるように見せつけた。同時に苛烈さも見せつけた。反乱したものたちでも重罪を起こしたものは、晒した。手を出すのでなく情報をさらし、国民同士で傷つけさせた。重罪を起こしたものと軽度の反乱者。それらが自分のほうがマシという自分勝手な理屈で争うのだ。




 反乱区域の国民たちは、なにかしら反乱を起こしている。それをしていない風に装っているか、もしくは自分は本当は悪くないと信じているだけだ。




 だから自分より悪い奴を叩くことに夢中になる。




 そういう環境をギリアクレスタは作った。






 ギリアクレスタの本性に気付いたときにはもう遅い。情報も生活も全部、ギリアクレスタのもの。逆らうことより従うことのほうが利益になる。悪事と思っていない過去を、悪事と断定されて晒される。そういう前提情報も流していくのだ。これから長く。






 貴族もそう。




 狐顔の男の手口を知って、逆らえるわけもない。




 反乱区域を収める貴族は、ギリアクレスタが後ろについた。反乱を起こしたものたちからギリアクレスタが守るという形にした。それをもって信用させたのは狐顔の男の力。恐怖と暴力と情報によっての戦略。大したことはしてなくても、やっていることが、非道すぎて凄いように思えてしまう。




 同時に税金も利益も貴族に渡した。




 ギリアクレスタだけが得するのでなく、貴族も得をする。




 さりとて欲張らないように、貴族を戒めるように情報を集めている。その事実は貴族側に通告済み。




 貴族は恐れている。




 狐顔の男を。




 狐顔の男が恐れている彼を。






 だからこの国は乗っ取りかけられているのだ。表部分の、平民、商人あたりの下層区域が奪われかけているのだ。でも逆らえない。武力もやり口も、恐怖も知らされた。






 それをベラドンナは懸念している。








「・・・ならば、ご自由にどうぞ。・・・僕には関係がないので・・・」






 彼は踵を返す。取り付く島もない。






「でも、お前に頼るしかなかった。きっとお前じゃなければこうはならなかった」




 多くの血が流れていたことだろう。アーティクティカと王族が戦争か。もしくは貴族全体でアーティクティカと戦争か。どっちにしろ旨みはない。勝てるだろうが、未来はない。




 ローレライに未来はなかった。




 カルミアがローランドが幸せになることもない。それは彼が来る前も来た後も変わらない。どっちみち最低な道を進むのだ。




 彼がいなくてもアーティクティカは勝つ。




 友人たる侯爵とアーティクティカ。




 そしてローギニアを代理後継者としての争いになる。






 結果は変わらない。






 変わったのは流した血の多さ。




 国力の衰退に直結する人材不足。




 数十年は見えなくても、100年単位でみれば大きな問題であろう、血の流し方。






 それはきっと己の処罰。ベラドンナは過去の記憶の間違いを悔やむ。それがなければ彼に頼らずに済んだ。実際、彼がいったことはある程度正しい。




 正しいが間違っている。




 子供のころのベラドンナがした、正しいけど間違いと一緒。






「・・・悪いようにはならないんじゃないですか・・・僕は言いました。・・・ギリア先生に・・・誰も殺すなと・・・それでも血を流させるのであれば・・・協力は惜しみません・・・この件だけ無償です・・・それと報酬の件です」






 彼はくるりと反転。






「・・・報酬は・・・平民が一年最低限暮らせるお金だけでいいです・・・・忘れても良いです・・・ですが忘れたのであれば・・・欲深くなるかもしれません」






「貴族が一年遊んで暮らせるお金を渡すわ。それでも少ないと思うのだけれど」






「・・・いりません。・・・お金は人を欲深くさせる・・お金は人から理性を奪う・・・お金は人の一生を守って・・・奪うものです・・・お金があればあるほど幸せになれるわけじゃない・・・あればあるほど選択肢が増えるだけで・・・どうせ使う人以上の力はない。・・・ギリア先生に渡してくれれば、きっと僕の方に届くと思いますので」






 彼はそうして、また反転して歩き出した。








 彼はローレライにて活躍を終える。














 ギリアクレスタで改革が起きた。




 ギリアクレスタでの信用性の本当の真実。






 武力もあれば恐怖も生まれるのが正常なもの。それを極力消し、安定した治安に貢献したものがいた。






 それは反乱区域の一角の広場にて証明された。




 演説台が一つ置かれた広場で、その台の周りにはギリアクレスタの護衛が警戒している。護衛がいる中で人々は集まり、今か今かとワクワクした様子で興奮していた。




 その興奮が、騒音となるほどに叫ばれる。




 手を大きくあげ、叫ぶ人々。




 歓声と共に、突如現れたものを出迎えた。






 そのあらわれたものは演説台まで手をふって歩き、やがて上っていく。演説台に上り切った者は男。それも有名な男。反乱区域を鎮圧したという評判の男。王家の旗をもって、ギリアクレスタと魔物の力をもって平和に導いた。




 今は平民。




 かつては王族。






「ギリアクレスタ、ローレライ支部代表に就任したローランドだ。今後は皆と共に一生懸命やっていく所存だ」






 これは王族を利用しての治安活動。




 誰にだって道はある。王族じゃなくなっても道はある。




 ギリアクレスタ、ローレライ支部の代表として立つことも、また別の道。ローレライの高貴な血筋がギリアクレスタに流れたことによって、ますます侵略率は高くなるのも別な話。






 これはギリアクレスタ強化イベントなのである。ニクス大商会が引き起こしたものであっても、ギリアクレスタのほうが活躍した。それだけのこと。






 人材確保、商人の確保。




 ギリアクレスタは経済圏および、人材獲得競争の乗っ取りに成功したのだった。






 そして同時期、同時刻にて。




 アーティクティカの友人たる侯爵家に襲撃があった。




 

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