人形使い 4

 彼は二人の後を少し離れてついていく。ベルクの街並みを歩み、観光するかのように談笑する二人。それらの表情は子供のように明るかった。子供が成長しかけている段階での、大人びた空気があるのか、周りに配慮した音量で楽しんでいる。




 彼の耳には微かに聞こえる程度の会話。




 彼から見て、二人は自分たち世界に溶けこみかけていた。されど二人して見つめあった際、たまたま横目にうつった彼の姿に気づいたようで、ばっと二人は離れた。照れを隠すように背後を向けば彼と目が合う。


 目が合った以上、彼はいきなりそらすのはまずいと思い、軽く会釈。そして、彼が折れるように視線を下に向けた。ふとした瞬間に視線があったことで、二人も自分たちの世界に溶け込むのをやめた。




 二人もわざと彼がいる前で自分たちの世界に溶け込んだわけじゃない。




 彼の気配や空気がなさすぎて、いないように感じてしまったのだ。




 置物より、道端の石ころより、その辺を歩く人々の視線よりも。




 彼は気配がない。まるで幽霊のように、付いてきていた。そのくせ、きちんと護衛の仕事を果たそうとしているのか、二人から目を離していない。されど、視線があったことすら二人は気付けない。たまたま二人で見つめあったときに、横目にうつった彼の姿で思い出した。




 彼に見られていたことを思い返す。自分たちから護衛を依頼し、彼の前で二人の世界に入っていたことを恥じているようだった。






 彼は地面を見ながら歩いても障害物や誰かにぶつかることもない。道を間違えることも、二人を見失うこともない。なぜならそうなりそうなとき、牛さんが彼に対し合図を出す。二人と少し離れそうになれば、牛さんが顔を前に押し出すようにして、ジェスチャーをするからだ。ぶつかりそうになれば、軽く彼の側面を押すようにして避けさせもする。




 だから安心して、下を向いて歩いていた。










 二人はそんな彼の配慮や後ろ向きな安心を尻目に別の事を考えていた。




 予想以上に彼の実力は高いようだということ。二人はそこまで実力が高いものではない。しかし、弱いわけでもない。それなりには戦える、中途半端な実力。そこから生じる過剰な自信のようなものがあったのだ。人形使いには勝てないことを棚に上げても、他の誰かには勝てると思い込んでいたのだ。




 人形使いが強すぎるだけで、他の者には勝てる。




 未熟な者達が考える思考に陥っていたのだ。




 人形使いは気配を隠す能力も高い。二人が油断をすれば逃げきれないほどに環境に溶け込んでくる。その環境に適応した人形を投入し、翻弄されたこともある。だが、必ず気配があった。人形使いにも、人形にも魔力の気配や、殺気を押し殺した搾りかすのようなものがあったのだ。




 だが彼には一切見えない。足音はあるが、その足音こそ気にならないような音程。自然の音、環境の音にまで溶け込ませた技術があったのだ。視線に関してもそう。人に見られても、観察されていたら少しは気付くのだ。それが彼から感じ取れなかった。




 足、気配、視線、環境に溶け込むというより、環境こそが彼の味方であるようだった。環境自体が彼のために用意されたフィールドのように適応しているのだ。




 彼の呼吸の音はある。だが自然の虫が鳴くような音と区別がつかない。




 なにより恐ろしいのが、彼だけじゃなく。




 トゥグストラたる牛さんも、彼のようにしているということだ。






 彼とは違い、牛さんの足音も鼻息も気配もむき出しに見えている。感じ取ろうと思えば、感じ取れる。圧倒的質量を誇った魔物なのだから、気配なんて隠す必要はない。されど、二人が気付くまで、トゥグストラたる牛さんの気配に二人は気付かなかった。






 まるで彼のように、トゥグストラも合わせて見せた。ただ彼よりは劣化した技術ではある。その劣化した技術にすら気づけなかった。








 彼の隣を歩く牛さんには気配や圧力がある。されど彼が周りにいる際は、主人に合わせるように気配を


極力殺している。主人が気配を消せば、察して気配を消す魔物。






 トゥグストラは、そこまで知能が回る魔物だっただろうか。疑問が二人を駆け巡る。暴走して、重量や筋力による強固な肉体。毛皮にまで衝撃や対刃性能にも特化した魔物。4足からなる飛び出し。それにぶつかれば人間は愚か、下手な獣すら肉塊となるほどの破壊力。




 知能を筋力に。知性は暴走に。自分本位に平原を我が物顔として暴れまわる、強者ではなかっただろうか。






 それが人間に従い、高度な知性をもっている。主人のスキルを身に着け、主人が何を望むかを即座に理解する異端のトゥグストラになっている。




 知性の怪物。それには噂がある。




 人間の心を弄び、どんなに強固な人の心も砕いていく。心をへし折り、プライドすらも踏みにじる。怪物が歩けば、惨劇が訪れ。怪物が去れば、人の血か死体か、最低な結末の成れの果てが待っている。




 常識という言葉を忘れさせる、異常者。




 一説によれば、知性の怪物はリコンレスタを支配した。ニクス大商会という王国で最近名前が売れ出した組織。その真の支配者でもある説。町の住人を皆殺しにもした説。色々、酷い説がある。




 しかし、怪物は一度も裏切った説はない。誰にも従わないのか、王国の支配者の前でも不服従の態度を示した噂すらある。従わないが、裏切りもしない。忠義でもないが、不義理ということでもない。




 されど怪物は何をしでかすかわからない。邪魔になれば潰すし、敵対すれば壊滅させる。そこに容赦はなく、ためらいもない。そういう暴挙をしても、生きている。暴君は狙われて、殺されるのが定番。其の定番すら怪物は跳ね除け、確かな地位を確保している。




 ニクス大商会の真の支配者。リコンレスタの支配者。ハリングルッズの構成員。グラスフィールの商人に対し、脅迫後、都合よく使ってもいる。




 怪物の名を出せば、どの情報屋も口をつぐむ。冒険者も口をつぐむ。




 少し前に近くの町の情報屋が体を糸で縛られ、殺されたそうだ。家族もろとも糸で体を貫かれ、拘束。首筋を深く、即死しない程度に傷をつけ、放置。傷口からあふれだす血液、徐々に失っていく体温。その死に向かう時間を味わわせて殺害。




 その情報屋は怪物の情報を流したらしい。殺された情報屋が、流したことを誰かに言ったのかはわからない。だが怪物に不利なことをして、誰かにこぼすわけもない。口をつぐむほどのことを、自慢できるわけがないのだ。




 だから第三者が情報を聞き出したあと、情報屋が怪物の情報を流したとの嘘をばらまいた。




 殺害方法は人形使いのやり方そのもの。二人にとって、それは見慣れた手段。




 されど怪物がやったという噂もある。二人もよくわからない。人形使いのやり口をしって、怪物側が仕掛けた報復かもしれない。そこは確かじゃない。




 二人は歩む。




 街並みを。




 郊外から少し、町の通りへと抜けていく。ぽつんぽつんと立っていた建物が、やがて列をなす形へ並ぶ風景へと変わっていく。






 その時だった。






「・・・お二人、・・・その場で止まってください」






 背後から言われた指示。それは彼の声。落ち着ききった、大人の余裕。護衛という依頼であっても、人形使いが相手でも変わらない態度。人形使い、バーアミズルトリ。この名前は最低なほうで有名だ。実力も高いのもあるが、それ以上に残酷的な行為が目につかれた男。




 その名前を知らないわけがない。




 知性の怪物ほどの男が知らないわけがない。




 あくまで二人の情報と、彼が持つ情報と組み合わせたに違いなかった。二人は嘘をついていない。嘘をついていた場合、情報が間違っていた場合、きっと依頼を受けてはもらえなかった。あらかじめ調べ、情報をもち、二人の情報が一致してるかが信用の鍵だったのだ。






 用心深いのであろう、怪物は。




 気配を消し、トゥグストラにまで配慮させる異常者は。




 強いのであろう、怖いのであろう。






 そんな彼が指示を出すのだ、二人はすぐさま足を止めた。






「・・・お二人に質問が・・・人形使いさんの・・・人形は・・・人間にそっくりですか?・・・声に出さずに正しかったら、頷いてください・・外れていたら横に顔を振ってください。・・・」




 二人はその指示に従い






 うなずいた。






「・・・ああ、なるほど・・・道理で先ほどから・・・人間の生活を真似た人形劇が広げられているわけですか・・・」




 感情の伴わない彼の声が状況を確認するかのように放たれる。二人は気付かないが、彼は気付いたようだった。人の住む正しい町並みの中、何ら変哲もない。二人にはわからない。




 本当に訳が分からない。




 変わらない日常そのものだ。






 彼の視線は二人の周りを見つめていた。そこには笑いあい、日常を繰り広げる人々。二人の近くは何処かの作業員の恰好をした男性が二人。建材を自身の肉体で運ぶ姿。女性が腹部に押し付けるように壺をもって歩く姿。仲良く連れ添う母親と子の親子の姿。父親らしき人物と母親らしき人物。その間に挟まるような子供のすがた。それぞれの姿の日常があった。




 通りを歩く人々の姿。




「・・・話さないほうがいいです。・・・この人形たちに視界はないのか・・・お二人が話しだすと近づいてきます。・・・ですが・・よくみてください・・・おかしなものがあります・・・」






 彼は歩きだし、二人の前へ進む。その音に誰も反応しない。彼の気配が極端に薄いからか、わざとらしく音を立てて歩く彼に誰も振り向かない。彼は道端に転がったゴミをわざとらしく、蹴って人が集まる方へ送り出したりもした。




 一部振り向いたのは、作業員の男性二人だけだ。




「・・・おかしいでしょう?」




 彼の姿を見て、ぎょっとしたような表情を浮かべそそくさとこの場を立ち去ろうとした作業員の二人。




 思わず二人は作業員二人に対し、警戒の色を見せた。腰に差した剣の柄に手をかけたアルト、手のひらを掲げ魔法の準備をし出したミズリ。






「・・・ちがう・・・その人たちは人間です」






 思わず彼は振り返り、二人の行動を咎めるよう視線を鋭くした。静かに牽制するかのような彼の視線に、二人は少したじろいだ。






「・・・どこに・・・目立つ音をして、気にしない人間がいるのですか?」






 彼は懐からゴミを出した。丸められた包み紙。それを地面に落とし、蹴った。人のほうへ流れるように送る。誰も一向に視線をゴミには向けない。ただ己の対象人物、選ばれた役割を果たすようにしている。






「・・・そもそも・・・こんな時間に・・・いや・・・ここに人は集まらない・・・なぜなら・・・ここは・・・ベルクの中でも治安が悪い地区なんです・・・ただ他の町とは違い、大げさな治安の悪さがあるわけじゃない・・・窃盗程度の犯罪が多発する区域なんです・・・少なくても・・・親子がいる環境じゃない・・・」




 彼は言う。




 このベルクにだって治安が悪い場所はある。されど今は改善されている。圧倒的好景気による自主浄化作用によって、悪質な人間は住人が自ら排除している。また、人が増え、人の目の数が増えたことによって、犯罪がしにくくもなった。第三者の犯罪組織、有名な犯罪者の誰かが問題を起こそうにも、ニクス大商会が壁となって立ちふさがる。




 それは彼だって知っている。




 最近は改善されている。




 だが、この地区には人が集まらない。かつて悪い噂があった場所を誰も好き好んで近づくわけがない。二人が好き勝手歩いたのも、ここに近づいたのも知らなかったこと。ベルクに住んでいるものだけが知ること。




 知らない人間が通っても害はない。




 害はあっても、知る者は通らない。何があるかは世の中わからない。






「・・・二人はここを通った・・・アルトさん、守るべき相手がいる貴方に聞きます・・・大切なひとをわざわざ危険な場所、危険かもしれない場所に連れていきたいですか?・・・・ミズリさん・・・貴女は・・・危険な場所かもしれないところに・・・アルトさんを連れていきますか?・・・それが答えです」






 こんな場所に親子は通らない。こんな場所で日常をこなすならば、別の場所がある。まだ土地はあるし、ましな箇所はある。彼からしたら特に問題はない。リコンレスタ、グラスフィールのスラムより遥かにマシ。一人では通らないが、魔物がいるならば心配はない。






「・・・お二人、声を出さない方がよろしいです・・・先ほどから二人の声によって、反応する動きがありました・・・お二人が話すたびに、場面が変わるような人形劇。・・・でも僕が何をしても変わらない。・・・教えましょう。・・・先ほどの男性二人以外、この場にいる人は僕などを除いて人間じゃない」






 彼は振り返る。二人へ。






「・・・人形使いさんは・・・きっとせっかちな人です・・・こらえ性がなく、待つことを知らないタイプの人です・・・人形を作る技術は高いのでしょう・・・・」






 だが、彼は思う。




「・・・所詮は、誰かの意志で動くだけの人形・・・誰かがいなければ動けない人形。・・・条件がなければ発動する能力もない」






 彼は二人を手で誘導するように先を示す。






「・・・ここで仕留めるつもりかはわかりません・・・でもせっかちで・・・聞いた話だと性格が悪そうです・・・なら、気付いて戻ることも計算してそうです・・・なら進みましょう・・・失礼なことをいいますが、恋仲のお二人。そのお二人は自分の世界に入り込んで、声を漏らすことも計算にいれたのでしょう・・・声によって反応する人形・・・なかなか恐ろしいです」




 彼はそういって、足を止めた二人の背後へ回る。




「・・・先へどうぞ・・・人形使いは、この町にいるかもしれません・・・でもこの場にはいない。・・・だって人形を先んじて投入する必要性がない。・・・失敗する可能性もあります。・・・こんなわかりやすい罠。・・・これは二人に対しての精神圧迫の可能性もあります・・気付かせることを前提にした罠。・・・いつもどうしてます・・・罠があった場合、いつも引き下がっているのでは?・・・引き下がった先にあるのは、人が極端に少ない郊外です・・・・・ああ、なるほど・・・人形使いさんは・・・郊外に何かを仕掛けているのですか・・・だから呼び寄せるための罠でしたか」






 彼は口元に手を寄せた。




 彼の適当にいった発言は、二人にとって的中していた。罠があれば引き下がるか、様子を見る。先に進むことはしなかった。状況が悪化したこともあるが、その前に外の世界の場合、道は沢山ある。逃げ道は唯あるため、今まで問題はなかった。




 町の場合、入り組んでいるか、特定の道しかない。




 その場合、思考が制限される。




 先に進んでいる最中の罠。




 危険がある場合、引き下がるのが常。危険な魔獣の気配が先にある中で進むもの好きはいない。それと変わらない。






「・・・引き下がることを前提にした罠とか・・・性格が悪いということが実感できました」




 彼に恐れはない。




 怖がる様子はなく、ただ二人が足を進めるまで静かに説明をしていた。






 この人形トラップにおけるものも、彼が気付いた。二人は一切気づけなかった。町の中だから安全という意識があったのか、怪物の支配領域だから安全だと思ったのか。




 その安全意識が覆られそうになった。






 二人の様子を彼は観察していたのか。




 ただ尋ねてきていた。






「・・・今まで町中で仕掛けられたことはなかったのでしょうか?・・・正解なら頷いてください・・・外れなら顔を横に・・・一々、言うのも面倒なので・・・正解は頷き、外れは横に振るで今後はいきましょう・・・」






 二人は彼の通りにうなずいた。






「・・・なら・・・焦っているのかもしれません・・・しないことをするのは・・・なかなかに勇気が必要なことです・・」




 彼は読みがあたっても、人形のように無表情だった。自分の勘、二人が思ったことを的中させたとしても当然のように表情に変化はない。






 その余裕が恐ろしくもある。




 だが、同時に二人にとってこれほど安心感がある者はいない。






 もし彼の読み通り。




 人形使いが焦るのであれば、それは目の前にいる彼という怪物が原因。




 この王国で怪物は恐るべきものだ。他国には名前が売れていないが、下手をすれば人形使いバーアミズルトリよりも有名かもしれない。組織力や本人の実力やトゥグストラにかけた常識外れの教育を見ればよくわかる。




「・・・さあ・・・進みましょう・・・せっかちな人形使いさんがしびれを切らす前に」






 彼がそう言えば、二人は先へ足を進めだした。






 音を立てず、声も出さず、二人は進む。そのくせ彼はわざとらしく音を出し、牛さんが大きく欠伸のような音を出す。されど人々らしきものは一切振り向かない。ただ日常を繰り広げるだけだ。




 ただこの声だけは気付かれないように、彼は小声で言っている。




「・・・指示されたことだけしかできない・・・人間のように頭が使えれば、目的のものがあるというのに・・・人間に似せられてしまったからこそ、人間と同じ基準に見られてしまう・・・可哀想に・・・」






 気付いたのは牛さんだけ、あとは緊張した二人は先に進むこと周りを確認することだけで終わる。それほど小さく、呼吸音に混ぜたような音量の彼の声。牛さんは彼の意見に同意するように、呼吸に混ぜた返事を乗せた。






 ベルクの通り、今度は溢れたような熱気に包まれた。それは人の熱気。些細なことに気付く人の音。彼は少し周りを確認し、足音を立てるのをやめた。そうすれば牛さんも音を立てるのをやめる。






「・・・人形はいません・・・この場なら少し会話をしても構いません・・・怪しくなったら教えますので・・僕たちはいないものと思ってご自由に」






 彼が言うのだから安全なのだろう。それほど状況になれた観察力。人間と人形の境目などわからない。先ほどの人形だって、黙っていたわけじゃない。ちゃんとセリフをいい、ちゃんと役割を果たしていたのだ。




 まるで人間のように、演じていたのだ。




 プロの俳優が演じたキャラクター。




 その世界で本物を見つけた彼の目は確かなものだった。

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