村とフードと根暗さん 2

「…」


 彼は口を閉ざして何も言えなかった。自身が何も関わらずに、自身を巻き込む形で勝手に話が進んでいる事実。戸惑いもある。困惑もある。それ以上に自身がもたらす役目の重さを今になってしったのだ。


 広場には20人の武装集団が村人たちを囲んでいる。武器を抜き、構えて脅しをかけている状況。


 割に合わない。精神的に割に合わない。


「…」


 村人たちの視線が彼を捉えている。そこにあるのは深い怯えと恐怖。強烈な殺意と死が間近なことによる悲しみの数々が彼へと突き刺さっている。


 助けてほしいと村人たちは顔で語っている。悲哀の表情を浮かべながら、もし行動が自由にできるならば神に懇願するように彼に膝まづくことだろう。それが思い描けるほどに状況は切迫していた。



 村人たちの少し前に出ていた村長が、フードの男から彼の元へ。ゆったりと足音を立てながら近づいていた。そこには焦りと今後の展開が悪い方向へいくかもしれないという絶望が顔に張り付いていた。


 わりにあわない。




 だが無責任とフードの男を罵るわけにもいかなかった。


 仕事を受け入れたのは自分であったと。リザに頼み込んだのは己なのだ。


 内容をしらないで受け入れて、受け入れたくせに仕事を拒否するなど出来やしなかった。だから彼の脳内にあるのは、逃げる方法ではなかった。





 村長が彼の手前で膝まづいた。



「我々は決して金を、借りていた金銭を返さないといっておりません」


 震える体でありながらも、声はしっかりと芯が通っていた。下手なことをすれば、言葉ひとつでも言い間違えれば死が待っている。それらを回避する。村人たちを守るという信念が、しっかりと言葉を伝える芯となっていた。


 村長が言えば。


 それに反するのはフードの男だった。


「マダライ殿、そやつは嘘をついております。この村は2年ほどまえに我々が貸した金貨55枚を一切返しておりません。少額でも払えばよいのに、一枚たりとも今まで返すことはなかった。結局は金だけ受け取って、あとはなかったことにしようとした薄汚い欲望が引き起こした結末。考えるまでもなく、許可を頂ければすぐにでも」


「それは前にも申した通りに、このあたりで盗賊が出て農作物などが全て奪われたからです。その被害はすさまじく、現状金貨一枚でも失えば、生きていくことすら難しかったのです」


「この辺に盗賊が出たという知らせは一切来ていない。もしいるならば何故今まで衛兵、もしくは騎士たちに伝えなかったのだ。それに武装もしていないし、抵抗する気もない。どこにどういうやる気が、払う気があると信じれるというのだ」


「伝えれば、殺すと皆殺しにするといわれたからです。我々はこの広場で集まれる程度の人口しかいない小さな村なのです。その村の人間が盗賊にどう立ち向かえるというのですか!!」


 彼は飲み込まれていた。


 両者とも一歩も手を引かない。


 命が掛かっているからか信念にかられる村長と。


 それらを看破しようとするフードの男。


 状況が何もわからず、事前にも聞かされていない。盗賊という話も、借金返済というお仕事のことも。会話に入り込めないのだから、入り込む必要はない。


 底辺は底辺の思考をもって、立ち尽くすのみ。


 フードの男は、イライラを隠すつもりなどないのだろう。


「払う気などなかった!!盗賊もいなかった!!貸した金は生きるために使ったのは事実かもしれないが、金を返すつもりなどはなかった。今、そう認めれば命だけは助けてやるぞ!さあ嘘をついたと・・」


 体を怒りに震わせながらも、口調を荒くしていた。


「嘘はついておりません!!全て事実です。盗賊はいつの間にか現れて、いつの間にか消え去ったのです」


 恐怖に体を震わせながらも、村長は返事だけは欠かさない。


「我慢ならん」


 フードの男は、そうして動き出した。また囲んでいた武装集団も合わせるように徐々に村人たちを追い詰めていく。


「やめてください!!」


 村長の声が、目が村人たちに向かい、悲鳴をあげている。


 そして、彼の足元に縋るように。


「本当に嘘はついてないのです!!!信じてください!!」


 必死だった。先ほどまでの芯はなくなり、村長が感情的に彼に訴えかけていた。


「・・・」


 彼は目を一瞬閉じた。暗闇が広がる世界に、あるものを思い描いた。生きるとか、助けるとかいう高潔な考えは一切なかった。その描いたものは、止めるもの。制止するものの姿。つまるところ理性を心の底から引きずり出すように描いていた。


 彼は再び目を開けた。


 その目はどことなく感情を感じ取れるわけもない。怒っているわけでもない。ただ、理性をもって行動するための無を演じているのみ。彼の心情を写すことなく無だけを描き、その視線は村長の目を見下ろすように覗き込んでいた。


 深淵を覗く者は、深淵に覗かれている。


 鏡が万物を反射するように。


 彼の瞳には、村長の姿が映っていた。


 懇願する村長自身の姿が、彼の目を鏡として映しこむ。彼の目に映る己の姿、それらを見て、村長の懇願が止まった。無様とか己の姿に感情を抱いたわけではないが、ただ何となくあるのは不気味さだった。己を見ているようで、まったく見ていない。


 恐怖ではない。


 ただ、不気味だった。


 人形が人形よりも無を演じている。個性ある人間が形を亡くしている影よりも暗い闇。


 人間が感情をそぎ落とし、生命の輝きを極限にまで暗くしたかのような存在が、ただ村長を見つめている。


「…今までの話に偽りは?」


 彼が問いかける。義務であるかのように、淡々とした問い。そこにあるのは村人や村長といった個人を考えるような言葉ではない。ただ、そこにいるから、そこにあるから疑問を投げかけているだけ。


 ごくり、と村長が息をのむ。


 長いこと生きてきて、ここまで傲慢さも、希望も、絶望も、明るさも、憤怒も、色々な感情を削りおとした無の存在を見たことがない。歯向かえば殺すといったフードの男のような怖さもない。盗賊のような物を奪ってくる傲慢さもない。


 ただ生きているだけの物体をただ生きているだけの物体が確認するかのように口を開いているだけだ。


 これは。


 これは。


 何なのか。


「…先ほどの事は嘘なのですか?」


 口を開かなくなった村長に、彼は更に疑問を問いかけた。どう行動するにせよ、彼は何かをしなければならない。命を奪うとか、傷つけるとかはしたくない。ならば、ある程度平和的に進めるには、村長の言葉を信じなければ動けないのだ。


 だからこそ、確認をとっているのだが。一向に返事がない。



「…嘘ならば何もできませんよ?」


 ただ問いかける。


 義務的に。それは彼も意図的に義務感を覚えてやっていることだ。それらは隠されることなく、表に出ているし、村長も感じ取っている。


「ほ、ほんとうで・・・」


「…本当ですね?」


 最後まで言わせなく、彼が問い詰める。彼が態勢を低くし、顔を近づけてまで有無を言わせようとしない。


 嘘であってほしい。彼が何もしなくてすむから。


 嘘でなくてほしい。彼は何かを行うことができるから。



 矛盾が彼の心で沸き立っている。村長の対応一つで、二つの矛盾のうち一つが消滅する。何事もしたくないが、何もしないわけにもいかない。前者の感情と後者の義務。それらは仕事のうちで、消滅させなければいけないのだ。


「…ほ」

 村長が口を開けようとしたときだった。


「…悩めば悩むほど、遅くなればなるほど状況は悪くなります」


 彼は事実を簡潔に語る。状況を冷静に語る。命が奪われそうな状況で、何一つ心を乱さずに淡々と。


「…わかりますか?貴方はどうしたいのか、どうすればよいのか考える必要はないのです」


 彼は考えてもわからない。他人がどうであろうとも、自分ではできない。丸投げという方法をもって動くのみ。自身の放棄を、その心境を村長に言い聞かせるかのように口を開いている。


「…もうあなたは何も考えずに言うべきだ」


 彼は何も考えていない。


「本当に言えばいいのですか?」


「…先ほど言った通りです。僕たちは悪魔じゃない。言えばもしかするとということもあるかもしれません」


 そういって彼は微笑を浮かべる。頬をひきつらせ、無理をしたかのような笑顔。計算高い商人が、含み笑いをするかのような胡散臭さ。


 嘘だ。


 悪魔じゃないとか嘘だ。


 そう言えればどれほど楽か。


「本当です。嘘はついていません」


「…わかりました。それでどうしたいですか?」


 彼は再び問いかけた。


 これからを。


 何も考えたくない人間は、考えることを他人に丸投げするのが一番。


「借金ならば、もう少しお待ちください。いきなり返すことは無理ですが時間を頂ければ必ず。で、ですので村人たちを傷つけようとする方達を止めてください!!」


「…もし嘘だった場合は?」


「嘘じゃない!!嘘じゃない!!嘘じゃない!!私は、私たちは何一つ嘘をついていないし、騙そうともしていない!!あんたたちを敵に回してただで済むなんて考えていない。それは今もこれからも考えることなんかない!!!」


 村人たちの命が消えようとしていく焦りと、彼がもたらす不気味な空気。つまらないものを見るかのような人形が、命を持たない人形が、生ある村人たちを奪おうとする反逆。


 村長にあるのは、怒りだった。だが感情に支配されながらも、目の前にたつ彼の姿が行動を理知的に抑え込んでいた。


 覗き込むように。


 違う。


 どこかで見たことがあるのだ。彼が浮かべている表情を。村人がとらえた獲物を、どう食べようと思い描いた表情によく似ているのだ。


 観察されている。


 獲物というよりかは、道具をみるかのような目で。虫を観察するかのように不気味な彼が覗き込んでいるのだ。



 村長と彼の問いが始まったときから、フードの男は行動の速度を遅くしていた。どのような結末を得るかはわからないが、決して悪くない方へ彼ならば進めるはずだと。その邪魔をするわけにもいかず、実際には行動するための決断は彼が握っている。


 指示を得なければ何もできない。ただ追い詰めたのは、一時の感情のみ。


 それらは村人たちを囲む武装集団もわかっていることだった。彼が判断し、指示を出すまでは追い詰めるのみ。


 それ以上行えば、彼が敵に回る。


 噂だけではなく、ハリングルッズの上位陣営の一人が彼の邪魔をしたため、盛大に計画を狂わされたと聞いている。報復は必ず行い、二倍どころか何倍も増幅させてくるとかいう嫌がらせのプロだとも聞いていた。


 徐々に。


 徐々に追い詰める。


 その時だった。


 村長の悲鳴が聞こえたのは。


 気付けば村長は怒りに、恐怖に震えたかのような声をあげている。理知的な姿を浮かべていた村長の姿はそこになく、駄々をこねるかのような子供みたいな感情に支配されている。ただ表情こそは恐怖に満ちているのか判断がつかないが、何かしら恐ろしいものを見るかのような形相をうかべている。


 またやったのか。


 彼が浮かべるひきつった笑み。詐欺師が嘘を隠す気もない含み笑いは、見る者の恐怖を書き立てる。



 ハリングルッズだろうと。


 誰であろうと牙をむく。


 鎖のつながれていない猛獣。その猛獣が言葉だけで、芯の通った人間を狂い落とす。最悪の獣は、最悪の結果しかもたらさない。



「…すみませんが、フードの人」


 物静かになった空間には、彼の声が良く響く。村長の悲鳴の後、誰もかれもが口を閉ざし、一点だけを見つめていたからだ。村人も集団もフードの男も、彼と村長のみを見つめて黙っていたからだ。



「はっ」


 フードの男にあるのは、敬意だった。


「…借金は必ず、払うそうです。」


「信じるのですか?この村を」



 ただ、彼は振り返る。村長からフードの男へ。無をもって、不気味を生み出す怪物が。


「…借金は必ず、払うそうです」


 同じことを繰り返す。


 彼は、ただ繰り返す。問いに答えず、答えのみを押し付ける。


 愚者は考えを持たない方がいい。賢者に任せて、愚者は賢者の指示によって動くべき。


 だからこそ、彼は考えずに丸投げを選択したのだ。



「で、ですが」


「…借金は必ず払うそうです。ほかに何か必要ですか?」


 にたりと笑う。無の人形が個性を演出するかのように感情を浮かべている。詐欺師よりも、悪魔よりも打算的で性悪そうな含み笑い。ひきつって、押し通せないかなと悩む彼の思考がもたらす笑みが、ただこの場を冷え込ませていく。



「い、いえ」


 押し通す。その一点のみが彼にある感情で。


「ですが、信用するには何かを頂かなくては!こればかりは」


「…わかっています」


 彼の視線は再び村長へと向かった。何かを成し遂げるには、何かを差し出さなくてはならない。彼の人生は打算しかなかった。その打算しかなかった性格が、簡単にことを進められるとは思ってもいない。


「…何を差し出します?何を差し出せます?」


「ひっ、村の農作物3割ほどなら何とか!!」


 打算に興じた彼と、それに怯える村長。


 両者の求めること、求められることは一致する。



 彼はフードの男たちの事情がわからない。これで満足できるのかどうか。理解できないからこそ、再び視線をフードの男たちへと向けた。


「…だ、そうです。ほかに問題は?」

「幾人か、奴隷として村人を頂ければ、問題は」



 その言葉に。


「…それは駄目だ。それは駄目だ。わかるだろう?」


 彼の目が見開いた。浮かべるのは獲物を見つけた蛇の眼光のような鋭さが、フードの男を睨み付けた。


 知性あるものを奴隷と簡単に片づけられる。それが気に食わない。オークの華が、リザードマンの静が、ゴブリンとコボルトたちがどれほど傷を負っていたのか。


 奴隷にならなければ、傷つかずに済んだというのに。


 その光景が彼の中でリフレインし、感情を一瞬だけ暴発させたわけであった。


「そ、それだと我々も」


 その鋭い視線にさらされた瞬間に、フードの男の背筋が張った弓のように沿った。震えはないが、背筋は冷や汗で濡れている。


「…3割と借金の増加。これが妥当では?」


 返済は遅れれば遅れるほど、借金は増えるのが常識。その常識からの提案だった。村長に問いかけるまでもなく、答えは彼の中で完結している。


 否定されたところで、これ以上に平和的に解決する手段なんかないのだから。


「で、ですが」


「…妥当では?」


 再び、同じことの繰り返しだった。


 認めろという圧力。認めなければどうなるかという脅威。


 悩むことなく。フードの男は決断した。


「仰せのままに」

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