ローレライの火種 8

 人形もとい怪物。怪物もとい彼は早速依頼をこなしていた。学園の職員室は階級ごとに幾つか区域が湧けられていた。数少ない平民の教師は入り口付近。貴族の教師が入ったとき歓迎する役目を担い、不審者が入り口から入ってきた場合も命を懸けて防ぐ役割があった。




 学園の職員室ともなれば、それなりの調度品が置かれている。銀で加工された皿、コップ。銀の机や金で作られた盾の置物。精霊木と呼ばれる高価な材木を使用した棚。それらが職員室の入り口奥に配置されており、そこは貴族の領域だった。貴族は安全のため、また自身の立場を証明するため物で着飾った領域にて職務を担う。






 しかしながら、その職員室は占領されていた。






 学園長は職員室にいないが、それより次に偉い教師の立場の席。貴族しかなれない偉い立場の席に座る者がいる。高名な魔獣からもたらされた黒皮を職人が手編みした椅子。黒皮の内部には衝撃を緩和するための羊毛、その羊毛の下には大国からもたらされた衝撃拡散のために組み込まれた術式。それらの内蔵物を黒皮で覆い、手編みされた高級椅子。






 その椅子は狐顔の男が占領していた。その脇に立つのが彼である。






 教師陣営は全員立たされている。貴族も平民も学園長の次に偉い教師のリーダーも狂いなく立たされていた。






「おいおい侯爵様、アーティクティカ侯爵様に対しての狼藉を前に君たちは何もしていないのかい?」






 侮辱し、屈辱を与えるように狐顔の男は膝を組む。大国のスラム街、リコンレスタ。その領主の息子ごときに偉ぶられる。しかも脇には平民。王族を侮辱した平民を脇に立たせたうえで、狐顔の男に偉ぶられる屈辱。






 しかし教師陣は言い返したくても言い返せない。






 それは狐顔の男が先手を打って、全員の悪癖をばらしたからだ。趣味嗜好、好物も、前日の食事から前日に抱いた異性。貴族の異性や無理やり合意をとった平民の異性に対しての性的行為。平民の教師以外全員のそれらをばらしていった。中には生徒と関係をもった貴族の教師もいる。






 ばらした。






 その際、必要な事項。




 譲れない案件だけは言わず、そいつにとって何とでもなることだけをばらしたのだ。




 しかし、一人なら飽き足らず、全員を相手にばらされれば恐怖しか感じないのだ。他国の平民と貴族。これらを相手に排除を試みれば、大国から目をつけられる。大国は攻撃の口実を待ち望んでいる。その口実を自分たちで作れば居場所はない。ローレライにも大国にも一切ない。






 だからできやしない。






 学園の重要ポストにおける教師のリーダーたる学園次長。学園次長しか知らない防衛戦力、配置カ所すらも、ふんわりと晒されれば構造や情報は筒抜けだと感じ取れるだろう。






 逃げ道などはない。






「この学園の戦力も状況も読んでいるからね。ああ、学園次長さんだっけ。ローレライは変わった役職があるもんだね。独自の考え、ガラパゴスとかいうんだったかな。独自の規格に独自のルール。世界に渡り合えないから、自国で使える役割と考えを作って、引きこもる。学園は外に出ないから別にいいのかな?まあどうでもいいけどね。引きこもりの学園で、引きこもりの君たち。外を知らない相手は簡単に扱えて楽だね」




 侮辱も事実も突き詰めたうえで、上からたたく。






 狐顔の男は足を組み、目の前の銀の机に両肘を組む。






「ん?どうしたんだい?文句があるならいってみなよ。わかっているよ?所詮リコンレスタのスラムの領主ごときがって思っているのはね。ただ、やっぱりそれを思うと君たちは引きこもりだよ。リコンレスタはスラムから復活しているよ。それこそ経済規模だけで言うならローレライの伯爵以上規模ぐらいにはあるんだよ?小国のローレライ。王国のリコンレスタ。国家の規模が違うのに、失敗した事実だけしか見れない引きこもりたち。ローレライの外に出なよ。外に出て状況を知るといい。君たちが馬鹿にしている町やスラムは、君たちよりも力を持っている」






 自国のみで、外国は知らないから、引きこもりは外を侮辱する。外国を知らないから、引きこもりは自国を侮辱する。労働体制や安定など補償など。自分に都合の良い部分だけを見て、自国を悪いように見る。自分にとって、見下せるところだけをみて、他国をネタにする。






「君たちなんて所詮、俺たちからすれば獲物でしかないんだよ。この国に恐れるものはアーティクティカのみだからね。王族?君たち貴族?どんだけ自分たちを高く見繕っているんだよ?この国に価値があるのはバルキア王とアーティクティカ一族のみだよ。そうじゃなきゃ俺たちはローレライに来ないんだからね」






 そう言いきった狐顔の男。そこには満足したような表情で嗤っていた。






 しかしながら状況を読まれていても、事実を突き詰められたとしても、許せない発言があった。それはローレライにとって価値のあるもの。バルキア王とアーティクティカのみという発言。アーティクティカの娘は落ちぶれている。教師にとってアーティクティカとは娘だけしかしらない。バルキア王は高名な人間であるがゆえにローレライ中の貴族も平民も慕っている。




 しかしながらたかが伯爵の娘カルミアごときに侮られるアーティクティカ。それらを前に貴族の教師たちは己の拳を握りしめた。それは反感による怒りだ。






「おお、怖い怖い。学園中に配置された防衛戦力さんたちが動き出したみたい。学園次長さんが、ばれないように魔力を拡散させたみたい。拡散した魔力は防衛戦力たちが排除する敵の場所と数を瞬時に伝える役割を持っているみたいだね。やだなー本当に。俺たちは平和的にいきたいのにね。このローレライにおいて、それなりに有能な実力者たちみたいのはわかるね」






 狐顔の男は学園次長の表情を見て、心を読んでいる。学園次長が侮辱した発言とともに密かに魔力を拡散させた。無色透明の魔力を拡散し、拡散した量と広げた領域をもって場所を伝える。学園の防衛戦力たちが潜む領域まで届いた魔力は色をそこでかえる。数が少数の場合は青、それなりの数の場合は赤といった感じに色の変化で状況を伝えるようだった。






 それを心を読んで把握した狐顔の男。






 それを判ったうえで、ばらしていく。






 学園長と学園次長しかしらない伝達方法。それなりの制御で魔法に詳しいものでさえ、このような特定方法をするのは結構大変だ。戦闘魔法でなく、生活魔法に近いかもしれない。






 学園次長は顔を少し青ざめながらも勝利を確信したのか、少し正気を取り戻しているようだった。アーティクティカの娘が送り込んだ平民と貴族。他国のものを学園に組み込む狼藉。権力をもたない場所で権力を持ち込む反抗。またローレライに対しての侮辱。いくら大国でも町の領主ごときに文句を言われる筋合いはない。






 外交問題になれば、狐顔の男が悪いのは一目瞭然だ。






「本当に頭が悪いんだね。ここに来たがったのは俺じゃなくて、隣のお兄さんなんだけどね。俺はこれでも君たちを馬鹿にする程度ですましてきた。だって、そうじゃない。アーティクティカ侯爵の娘様に対し、ある程度まともに扱っていればよかっただけのことだろ?相手が王族だからといって、見なかったことにした君たち、伯爵の娘だからといって、知らない振りした君たち。何も言わないから、何もしないからって被害者の立場に甘んじているからって、許しているわけじゃないんだよ?」








 あ~あと両手を頭の後ろにつけ、残念そうに声を出す狐顔の男。






 そして、狐顔の男は隣の彼を見た。






 彼は怒っていない。






 無表情で無感情のまま視線を外に向けていた。視線は壁、廊下側になる壁を見つめ、それらはやがて入り口まで視線が移動した。その瞬間、入り口が弾き飛ばされ、なだれ込む者たちがいた。杖を持った軽装の魔法使い3名。短剣を用いた気配が薄い黒装束のものたち4名。ショートソードを持ち、急所部分に金属の防具を当てた皮装備の剣士たち2名。






 まだ学園にはいる。




 近くの防衛戦力たちがただ急いで駆けてきたのだ。






 彼はその気配を感じ取り、視線で追っていただけのことだった。足音はなく、訓練されていたように極限に気配は立たれていた。また魔法による気配を極限に下げる技法も使用されていたのだが、彼には効果が無い。




「殺せばおわるとでも?いいや殺さなくても追い出せば終わるとでも終わっている節があるね。あ~あ、一つ言うね。今すぐ、その武力たちを下げた方がいいよ」






 ただ退屈そうに狐顔の男は言う。視線は彼の方へ向け、言葉は学園側の教師たちに言う。その圧倒的なやる気の無さに学園次長は腹を立てたようだ。言葉はなくても握りしめた拳が物語る。






 数は学園側が上。




 相手は無防備の貴族と平民。






 追い出すだけならば、捕縛するだけならば、もしくは侮辱の内容によっては処罰を与えることすらできるかもしれない。その結果は今の過程が決めることだ。






 だから学園次長は再び魔力を練り上げる。攻撃力も防御力も一切ない無色透明の魔力。ただ伝達するだけに作られた独自魔法が再び発動する瞬間。






 狐顔の男が口を開きかけた。






 それを彼が手で制した。






 前に手を軽く差し出し、狐顔の男を制した彼は、ただ入ってきた武力たちを見つめた。無表情に、その視線に敵はいない。彼をいつも守る二匹も圧倒的強い牛さんもいない。






 しかしながら負ける予感はしなかった。






 この学園に来る前に、彼は仕事を一つこなしている。その際に手に入れたものがあった。






 それは強くない。王国であれば対処できる実力者たちはそれなりにいる。豊富な人員と圧倒的な領土と経済規模がもたらす人的資源。有能な人間を集め、無能な人間を食わせていける圧倒的な力。選ばれた人間のみがいきられる小国でなく、選ばれなくても生きられる大国。






 その大国が対処できる基準であっても、小国に対処できるほど簡単なものでない。






 彼は一歩前に出た。武力を持つ者たちが教師たちを守るように入り口から急いで展開している。されど彼に近づく者はいにない。空気と気配が変わり、何もない環境が凍てつく波動をもたらすかのように変化していたからだ。






 身のこなしかたひとつみても、彼は強くない。無力な人間だ。彼自身も誰からみてもわかる事実、彼は弱い。




 しかしそう思わせても、排除を実行させない歪さがあった。






 軽く掲げた片手。くるりと上空で手を回転させた。教師陣に見せていた手のひらを自分自身に向けるように反転させた彼の片手。






「・・・・おいで」






 その瞬間、職員室は暗闇に落とされた。






 視界全体を覆い隠すように職員室全体が陰で覆われていた。






「何が起きている?」






 学園次長の声だ。ここで初めて声を出したのだ。今まで一方的に心を読まれたように状況をばらされ、防衛戦力たちを呼び出しても反応が薄い。そのなかで状況が大きく変化すれば、黙るという知性がなくなるのは無理はない。






「・・・何も・・・おきていません・・・」






 ただ暗闇で、彼の声が学園次長の声を否定する。








 音はなく、声があるだけだ。防衛戦力たちは己が教師たちを守るように配置されている。指示は学園次長が行うまで手を出せない。見えない暗闇。暗闇になれていた黒装束のものたちでさえ見通さない漆黒。魔法使いたちが明るくなる魔法を試みるが、魔力自体がねりこめない。






 防衛戦力たちは己の役割を自分たちで勝手に把握している。暗くなれば魔法使いが明るくする。暗闇のなかでの排除は黒装束たちの役目。明るい場所での単純戦闘であれば剣士たちの役目。






 そこに分をわきまえない指示はない。剣士が魔法使いに明るくしろといった命令はない。暗黙で勝手にやるものだ。そこに口を出すことは一切しない。






 だから明るくなっていないのは、明るくできないことなのだ。








「・・・実力は把握しました・・・これなら・・・やっぱりこの子だけでいい」








「どういう」






 学園次長が問うが。






 彼は答えない。






 暗闇の中でさえ慌てることはしない教師たち。その教師たちを守る防衛戦力たちはただ沈黙の中、警戒を高めている。見えない。見えないだけで動く気配もない。ただ視界の戦闘に気配がある。人を小馬鹿にしたような狐顔の男の気配がある。






 そして微量に感じる極限に薄い気配。それは彼の気配。








 しかしそれだけではない。






 もう一つある。




 個の職員室に新たに入り込んだ気配はないし、誰かが彼や狐顔の男に近づいた気配もない。しかしながら知らない気配が一つだけあった。






 その気配は狐顔の男よりも濃く。




 彼よりも不気味さが漂う不吉な予感の気配。








「・・・怪我はさせないように・・・殺してはいけないよ・・・天」




「くけけけけけけけ!!!!!!」






 その瞬間けたたましい絶叫が職員室にとどろく。職員室を響かせたが、外に音は洩れていない。これは黒い闇に伝わる振動による絶叫だ。それは知識のある教師たちも防衛戦力たちも理解している。






 見えない。




 気配はあれど見えない。




 見えないが、近づいてくる。足音はない。しかしながら不吉な気配が濃くなっていく。その気配は目先にあるのに見えず、ただ防衛戦力たちを前にゆったりとして歩み寄っていく。個の暗闇では仲間の把握もできない。各自仲間は把握できずとも、魔法使いは撃退用の魔法を構築を試み、失敗。黒装束のものたちはひたすら気配と視界によって敵の把握を務め、剣士たちはただ迎撃用に構えていた。






 されど無意味。






 この敵相手にそれは無意味なのだ。






 先頭にたつ剣士たち、その両脇に立つ魔法使いたちと黒装束たち。最初に犠牲になったのは剣士たちだ。ただ何者かの気配が剣士たちの前に気配を濃くして現れ、音もなく首を掴んだ。同時に剣士全員の首を掴み、宙へと上げる。殺す気はないのか、ただひたすら首を絞め、空へ少し浮かばせ抵抗の力をそぐ。その際剣士たちのくぐもった息と苦し紛れの声は職員室に響いた。






 見えぬ相手。暗闇の中防ぎようもなく首を絞められ無力化される。一人が無力化されている最中であれば、予測して迎撃も可能なのだろう。だが無理だ。同時に剣士たち全員の首を絞めたうえで、空へとあげてしまっている。剣を握りしめていることが奇跡であるし、そのまま自分の首を絞めるものから解放されようとあがいてしまっている。首をしめて殺される恐怖か、見えない相手への恐怖か。




 ただひたすら我武者羅に暴れ出す剣士たち。






「くけけけけけけけけ!!」






 何者かの絶叫。剣士たちでもなく、ましてや狐顔の男でも彼でもない。






「・・・剣が危ないから誰もいない所へ飛ばしておいて」






 ただ彼が指示をすれば、その何者かは剣士たちから剣を弾き飛ばす。その剣は廊下に通じる壁を貫き、外へと吐き出された。本来ならば廊下から洩れる光が職員室に入ってきそうである。暗闇と外の明るさ。未だ夕方に近くてもまだ明るい時間。されど光が入りかけた瞬間には暗闇が蓋をした。






「・・・天、その人たちはもういいから意識を奪えたら奪って、次の人を気絶させて・・・少し人が集まってきたかもしれないから」








 暗闇のなかで淡々とこぼす彼の指示。その指示に対し、忠実にこなすのが姿も見えない襲撃者。ただ苦しめるために緩やかに締めていた首。それを殺さない程度に急激に締めあげ息を混乱させる。一気な締め方、空気が体に取り込めず、即座に意識を失った剣士たち。それを確認した襲撃者は、剣士たちを乱暴に床に落とし、近くの魔法使いに忍び寄った。






 そして同じ手段で首を絞め、杖を廊下側の壁をぶち破るように弾き飛ばす。杖が壁を貫き廊下側に飛ばされたとしても光は入ってこない。またしても暗闇に蓋をされる。






 剣士よりも肉体強度がない魔法使いたち。即座に首を絞められ、即座に気絶させられた。黒装束たちは剣士たちが無力化され、魔法使いも無力化。その際、暗くなる前に彼がいた地点にて駆け出していた。姿の見えない襲撃者を相手にするより、彼を無力化したほうが早いと判断したようだ。






 しかしながら暗闇は見えない襲撃者の手の内。




 即座に黒装束たちが全員同タイミングで弾き飛ばされ、最初にいた地点にまで押し戻される。床に転がるように倒れた黒装束たちが立ち上がる時には、自分の意志ではない。自分の意志で立ち上がる前に、首を掴むように黒装束たち全員が首を絞められ、空へと浮かべさせらた。苦しさからか必死に抵抗する様子を気にせず、気絶するまで力を込められた。






 防衛戦力たちの排除が終わったころには別の防衛戦力たちが到着しなだれ込む。




 扉は飛ばされた状態であり、廊下から見れば変哲もない職員室。中に入った瞬間に暗闇が支配する。廊下から見た世界とここの世界。大きく異なる限界点に乱入した防衛戦力たちは、そのまま見えない襲撃者によって無力化させられた。






 時間が立ち、防衛戦力たちが現れなくなったころ。






 暗闇がはれた。






 ただ倒れ伏し、気絶した防衛戦力たちが山となるように積み重ねられていた。








 彼と狐顔の男のみしかいなかった。先ほどの奇妙な唸るような声の持ち主の姿はどこにもいない。ただ二人だけが先ほどの位置にて立っていた。

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