ローレライの火種 9

 彼の強さは戦闘力でもない。無駄に作られた政治力でもない。ただの一個人としての自由さが強さなのだ。知性の怪物と思われた結果の過程には自由があった。自由に旅し、自由に仕事し、そこで得られた結果が知性の怪物なのだ。






 立場に縛られたものが自由さに勝てるわけがない。前の世界でも一番強い国とは自由な国なのだ。他国から流れる移民も圧倒的自由さがある国家の前では、移民は国民に成り上がる。前の国の縛られた文化は、解き放たれた自由な環境の前では効果をなさない。本人が自覚しなうちに前の国の常識は塗り替えられ、自由に作り変えられる。






 結果、その自由な国の民になってしまうのだ。ルールも文化も自由になってしまう。圧倒的自由と圧倒的発想の広さから生まれる技術と文化。束縛がないから新しいことへ成長を進めることに躊躇いが無い。失敗もあるが、それに対し怯えることなく突き進められる。






 失敗が怖いという文化でなく、失敗よりも成功の夢が先に立つ。






 自由とは夢だ。






 不吉な予感を殺し、素晴らしい未来だけが前に導かれる。安定が根付く文化の前には失敗の夢が先に立ち、行動を抑制させる。また実際に動いたとしても失敗が前提だから、本当に失敗した場合、行動しなければよかった。わかっていたことだと自分を攻め立てる。ときに成功したとしても、結局失敗する先しか考えていないから、失敗する。






 安定とは安心とは未来を墜落させる可能性が高い選択だった。安定を望む国民が選ぶ政治家は安定しかもたらさない。安定とは冒険でない。冒険を忘れたものたちは、失敗を恐れるあまり成長を促す危険への一歩を踏み出せないのだ。




 そして、成長は生まれない。停滞をもって成長をつぶしていく。ただし、都合の悪いことがあってもすぐに立ち直れる。病気になろうが、無職になろうが飯は食っていける。保護などが申請すれば大体通る。子供の手当ても老後の手当ても用意されている。貧乏人は貧乏のまま老後を迎え、不安を抱いたまま寿命を迎えられる。




 貧乏人より金持ちの負担が大きく、実力のあるものは安定した国から逃げ出す。税金から見ても金持ちは負担が大きい。年収が多ければ多いほど税率は高くなり、収入の半分以上が税金で取られることもある。だから自由な発想をもち、可能性が高い未来の金持ちは逃げ出す国である。






 金持ちは逃げ、貧乏人だけが残る。貧乏人は安定や成長を望むが、安定の立ち位置が強く成長の部分は重要視されていない。安定は金持ちが最も嫌い、最も選びたくない選択肢。




 利益を得れば、叩かれる。




 遊べば、金を稼げば、金持ちから税金をとれと動かない貧乏に叩かれる。安定だけを望む貧乏人に、高収入を望む、行動しない貧乏人は、金持ちを叩いていく。






 安定とは将来の面倒すら含まれる。






 貧乏人の面倒を見るのが金持ちの役目。世界の金持ちはそうしているのだから、お前たちもしろといった圧力。貧乏人から税金をとるのはおかしい。貧乏人の面倒を見ろと国に抱っこを要求する子供。また、給料が少ないから上げろ。将来も面倒みて、仕事を首にするな。不況でも好景気でも安定と成長した給料をよこせという。








 それが安定した国の民。弱者に厳しい国といっている貧乏人、自己責任の国と貧乏人がいっている。この安定した国ほど貧乏人に優しく、無職になりにくい正社員の制度。急に仕事を失うことも少なければ、保護と手当て、インフラ含めて貧乏人のための制度は充実。それを知らず、ただ叩くのだ。自分より優れたものを持つものたちに貧乏人は牙をむく。






 だから優れたものは皆逃げ出すのだろう。安定を望む国に、成長の兆しは訪れにくい。






 常に変わらない日常と、将来落ちぶれる未来が予測できる




 それが安定の呪い。金持ちを犠牲にし、貧乏人がより貧乏人に成り上がる構図である。






 逆に自由な国では貯蓄もしなければ、何か都合の悪いことがあればそのまま人生が終わる。金がなければ病気になった際、病院にさえ通えない。安定した保険制度がないため高額な医療費や、利益からなる自由さが必需品の高騰を抑制させられない。抑制をすれば、それは自由に反している。武器を持つ権利、言葉を話す権利、自分に責任を持ったうえで行動する。






 貧乏人は文字通り、生きることが大変でもある。ただし自由がある。何をしても自己責任によって、夢をかなえることも可能。未来を広げることも可能。金持ちは優遇され、金持ちはより金持ちに。貧乏人はより貧乏人になる。ただし金持ちが余力で貧乏人のランクを一緒に導く釣り上げていくため、収入の成長は見込める。






 金は金があるところに集まってくる。その金の中に貧乏人が混ざれば、貧乏人も収入が上がる。格差が酷いといわれても、格差に目をつぶれば安定上の利益を得られることもできる。






 貧乏人は貧乏人。金持ちは金持ちと分けられる国であるが、しかし貧乏人も中間層ぐらいには引き上げてもらえる。金持ちの慈悲も強く、国民総所得向上を社会全体が意識として持たれた国家。






 自由の国では堅実さが強さになり。




 安定した国では自由な発想が強さになる。






 自由な発想の国の中で異端なのが堅実さ。金持ちほど質素に生き、金を使わないのが自由の国の堅実さ。貯金し、それを必要な箇所に投資という形で振り分けることの余力。それが堅実さのもたらす強さ。自由な国では堅実さが力を持つ。




 安定した国のなかで異端なのが自由さ。安定した国にはありきたりなものしか生まれない。みな平等。皆同じ立ち位置にて、同じ貧乏人になろうとした文化。そこに自由をもった破壊者が生まれた場合、皆から外れた行動し、皆とは違う観点から利益の道を作り上げる。




 商売とは皆同じでは競争が生まれる。同じものを作れば、売れるのは安いもの。価格の安さ戦争が生まれ、低価格の製品からもたらす低利益は、少額の賃金しかもたらさない。敵が多いのは同一路線。しかし独自路線であれば競争相手は少なく、利益率が高いものだ。発想はブランドになり、製品は付加価値としての高利益が見込める。






 安定した国では自由は強さである。






 彼は安定した国で自由を持った人間である。規則に縛られ、文化に縛られ、ルールに縛られた彼であるが自由である。規則の中の自由。ルールの中の自由。文化の中の自由。制度のなかにある限られた自由を楽しめる人間なのだ。




 束縛された環境ですら、自由を見つけることだろう。




 無職であり、苦しんだとしても、その苦しみの中には確かに自由があったことすら自覚している。






 正社員を望み、派遣を好まない。しかしながらそれは安定の知識としての物事。環境によって環境に適応し、それに近いものを選ぶ柔軟性がある。金持ちを叩くこともなく、金持ちが更なる金を持とうが気にしない。






 実力があるものは発揮してもらい、力をつけてもらいたい。できるならば、その中に加わわりたいといった安楽的な発想すらあった。






 彼は強い自由さを持っている。力を発揮できるもの、有能なものに頼る癖がある。自分ができなくても、できる人間がいれば別に構わない。その人間が身近にいれば彼は頼ることができる。頼るだけでなくどこかで借りを返さなければいけないが。






 とにかく他人を自分の力として利用できるのが彼なのだ。そこに嫉妬はあるが、邪魔はない。邪魔をしようとすら思わないし、肯定のみですむのであれば認めてしまう。






 だから彼は強い。






 ルールに縛られた小国ローレライ。この国は小国ながら安定しているし、ある程度成長はしている。制度もそれなりだし、平民も多少は利益がある。






 ローレライは貴族も平民も自国の制度やルールに縛られ、自由な観点を持っていない。学園の中で狼藉物がいれば排除する。防衛戦力をそれなりに配備し、武装集団が現れた際対抗できるほどのものを用意していた。ただしそれが一人によって無力化されたことに対し、ルールが無い。武装集団に負けた際は、国から軍隊を呼べるが、一人に負けたのであれば、軍隊を呼ぶなど恥だ。




 なんのために予算が付けられ、無駄なほどの防衛戦力を用意していたのか。






 ローレライ政府に目をつけられるし、貴族たちからも干渉されかねない。






 そう、ルールとは自由には勝てない。ルールの中で自由な発想を持てない者に勝てるわけがない。恥が、失敗が前面に立ち、後悔した姿を先に浮かべるような輩が彼に勝てるわけもない。






 彼は先に後悔した姿を思い浮かべても、結局動く。動いたうえで成功できるよう努力してもいる。失敗すれば別の手を考えるのだ。大体が結局失敗もする。されど失敗しても、何度も挑戦するし、今後もあきらめず突き進んでいく。それが彼の自由。






 あきらめたうえで、別の道に逃げる自由。








 そうした彼と、安定した国のルールに縛られた学園。恥や失敗の呪いが学園の権力者たちの口や行動を抑制し、彼の評価を釣り上げる。学園側の権力者たちが負けたのは自分たちが原因でなく、相手が強すぎたからだといったもの。責任を強い相手のせいにしたうえで、自分の失敗や恥をごまかすのだ。






 一人にまけた学園。その恥や失敗はアーティクティカという強者のせい。アーティクティカが連れてきた実力者が強すぎるから負けた。アーティクティカにまけ、他国の強者にまけただけ。ローレライ政府に軍隊を申請せず、ただ情報を隠蔽し誤魔化す。その強者にこびへつらうといった建前で、ただ真実を闇に隠そうとする。






 彼ならば自分の失敗を認めたくなくても認めて、別の手段に逃げる。






 別の手段に逃げれず、同じ道を進むしかない学園の権力者たち。








 彼は手のひらをくるくるして遊んでいる。職員室で防衛戦力たちが無力化され、山のように積まれた状況で無関心だった。無表情で、無感情で、淡々とした人形のようだ。独特の黒い髪と、独特の厚着の恰好。気配は薄く、目は死んでいる。しかし片目に秘められた灼熱の地獄を想像させる赤さが不気味さを呼ぶ。






 彼はこの状況を気にしていない。






 学園側はもはや実力で排除できない。ローレライ政府には伝えられない。アーティクティカが政府に伝えれば学園側が何をいおうと政府はアーティクティカ側につく。なぜなら政府の要職にはアーティクティカの友人たる侯爵がいる。病に伏せたバルキア王もアーティクティカ側に強い恩があるため、学園を排除する程度で恩が返せるなら容易くやることだろう。






 だから学園側はアーティクティカ側のせいにした理由を考え、勝てないのは当たり前という認識で押し通すことにした。しかし、わかってはいる。アーティクティカだけでなく、この彼という人形が一番おかしな人間だということ。






 職員室の視線が彼に集まり出す。無表情な人形である彼は気配に敏感だ。視線が集まりだしたことにも気づき、それ以上拡大する前に自由に逃げ道を作り出す。その逃げ道、彼は視線を狐顔の男に向けた。






 冷酷なほどに死んだ目を狐顔の男に向けた。彼のしでかした無力化、先ほどの奇妙な鳴き声、正体の見えない戦闘手段の前に、少し怯えが見える狐顔の男。目元も表情にも怯えがあり、彼から少し離れるような位置側に椅子から体がずれていた。






 彼の視線が自分に届いたと解り次第、狐顔の男はびくりと体を震わした。彼は自分の視線に狐顔の男が気付いたことに理解し、視線を軽く左右に動かした。学園側の権力者たちを一瞥するかのように小さく視線を動かし、再び狐顔の男に視線を向ける




 次に進めてといったお願いによるもの。




 彼はあくまでお願いをしたつもりだ。






 しかし、狐顔の男は彼のことを危険な化け物と認識している。敵対すれば排除以上の恐怖をもって駆逐される。英雄を留守中の本拠地で駆逐した策略。魔物すらも彼の力の一つでしかない。魔物が彼の全てでなく、あくまで一部。彼の強さは、あくまで彼における怪物性によるものだ。






 だから学園の職員室を雰囲気と武力で支配した姿に狐顔の男は怯えていたのだ。




 次は自分。




 歯向かえば、怪我をさせられなくても、殺されなくても。






 心を殺される。






 名誉貴族といっても、貴族は貴族。リコンレスタといってもローレライの知識ぐらいはある。どういった文化をもち、どういったプライドをもつかをしっている。この彼はローレライのプライドを盾にし、戦略をしかけたのだ。トゥグストラ、オーク、リザードマンを連れてきたうえで、防衛戦力を無力化したのであれば、学園側はローレライ政府に助けを求めれた。武力集団がいるといった理由で要請できた。






 しかし一人で倒したうえで、アーティクティカを前面に押し出した手は、間違いなく最低なものだ。学園は政府に恥を見せられず助けを求められない。アーティクティカの駒にして、たった一人の嫌がらせの達人。生徒の前でアーティクティカの娘、ベラドンナと会話し、職員室でもそれを隠さない。権力化の保護を皆に見せびらかしたうえでの策。






 殺していないのだから、怪我をさせていないのだから、恨みは少ない。




 それどころか殺さず、怪我させず無力化させた実力差を噛みしめさせられる。殺した方が早いし、怪我させた方が手っ取り早い。それをさせずに手間かけて無力化させたのだ。屈辱は相当だし、それ以上に苦手意識を彼に誰もが持ったことだろう。




 その中で震えた体で狐顔の男が口を開いた。






「こ、これでわかっただろ?お、おれたちはね。少しばかりお灸をすえに・・・」






 彼からの指示。次に進めなければいけないという義務感。口が少し硬くなり言葉が噛み噛みだった。しかし動かなければいけない。恐怖に硬直している場面ではない。しかし先ほどの余裕そうだった狐顔の男の姿はない。大国である王国の貴族が、何も持たない彼に対し怯えている姿。それを小国の貴族たちは見せられるわけだ。






 大国の貴族すら脅し、小国の学園を無力化させた実力者。アーティクティカの用意した手駒にして、それ以上の人物と。






 学園の権力者たちが負けるのは無理はないと納得できる用意をさせられたわけだ。だから小国の貴族たちは御膳盾と知りつつ、それに乗っかるしかなかった。








「お、お兄さんも言いたいことあるかい?」




 狐顔の男が彼に話を促せば、それに乗っかるように彼が入りこむ。




「・・・とくにはありません・・・しいていうならば・・・今後僕たちの邪魔はしないでいただきたい」






 か細く、それでいて存在を消そうとするかのような薄い声。






「だ、そうだよ。わかったね?俺やおにいさんの邪魔をするのはやめときなよ?・・・本当にやめとくんだよ?いやだからね、俺。わかっていると思うけど、俺は止められないから」




 びくりとしている狐顔の男の様子を彼は気にすることもない。なぜなら彼ですら防衛戦力を呼び出されたことに対しては怯えそうなのだ。ただ彼は学園側に少し怯えているが、狐顔の男は彼に対し恐怖を抱いている。その違和感に彼は気付かない。彼は自分を弱者と認識しているため、彼自身が恐怖される理由を見つけられないのだ。






 あくまで防衛戦力を無効化させたのは自己防衛。






 過剰防衛にさせないために、怪我も殺しもしていない。暴力を振るってきたのは相手だが、それに対し一方的な暴力ではじき倒すのは異常だ。文化人として理性をもって、平和的に解決することこそ大切なのだ。




 ただこの世界には暴力がなくてはいけない場面も沢山ある。そこには躊躇わないよう自己逃避の道を作って暴力を選択肢に入れてもいる。






 自由な彼の、自由な手段。規則に縛られることが好きなくせに、その中で自由を見つけるのが得意な彼。






 彼は有能なものに頼る自由さをもち、有能なものを無意識で怯えさせる強さを持っている。これが彼の独自路線。無意識から生まれた、皆同じ立ち位置の商売でない。自分だけの価値。皆とは違う、恐怖を。皆とは違う不気味さを。






 だから彼は強く。






 知性の怪物として常道から外れることを許されている。彼の住む王国は認めた。王国は彼の存在を認め、彼のもたらす利益が王国にも大きな影響を与えたことに対し評価した。リコンレスタのスラムを改善させ、グラスフィールの商人たちから金を引き出し、万年赤字のベルクを光景にもたらした。嘘をつき、利益になるならば手段を選ばない商人たちにルールを持ち出し、値ははるが質は高い製品。嘘を認めない強制的な安定を作り上げた。信頼と嘘の商売を禁止したルール。それに歯向かえば怪物本人が迎えに来るといった恐怖の報復。






 しかし安定は重要視されず、信頼性と冒険性を評価させたルール。安定とは必要最低限でしかなく、実際は嘘をつかないことだけが重要視されている。利益をもたらせばいい。金をつくればいい。自由なのだから、ただ嘘はついてはいけない。






 彼の思考を予測した雲が勝手に作って管理している。されど彼の前提条件を前に雲が一生懸命ルールを作って管理した結果の影響力拡大だ。ルールを破っても彼が報復するのでなく、雲が報復しているだけだ。それにルールは施行され、報復も実行されている。






 王国はそれらを兼ね備えた彼を認め、国民として認めた。王国にも柔軟性はある。じゃなければ平民を名誉貴族としたリコンレスタなど生まれたりしない。彼を敵対者の危険人物としてだけで評価するのでなく、自分たちの国力として認める柔軟性が王国にはあった。






 だから王国は大国である。だから彼は平凡でありながら強者である。








 その王国の柔軟性が認めた彼はただ小国でも己の自由さを保つ。








 職員室の学園上の権力者たち。王国のリコンレスタの領主の息子、狐顔の男。それらに何を思われようとも気にすることなどない。








 彼は一人、視線を前に向けた。




 死んだ目は権力者たちを捉え。




 視線を彼は横に向けた。






 死んだ目は狐顔の男を捉え。






 山となって気絶した防衛戦力たちに一瞥し、学園全体を把握するように全体をその場で見回した。職員室からでは見えない状況でありながら、意味の分からない行動でありながら、その不気味さは彼という人間の評価を悪い意味で跳ね上げていく。




 意味が解らなくてもやる人間、それが彼。








「・・・・・素晴らしい学園ですね・・・ほんとうに」






 彼はそうして、一人聞こえるように褒めた。それを聞いたものたちは背筋に寒気が走った。氷を直接背中に張り付けさせ、前後させたかのような悪寒。








「・・・・・王子様とカルミア様、ベラドンナ様とソラさん。・・・そして、皆さん。・・・問題は沢山あるようで実は少ない。・・・無駄に建前によって動く子供に、無駄に自分を振りまく子供に、子供の振りした大人に、子供のような子供に、・・・無駄にプライドの高い大人に・・・なるほど、・・・これは少し面倒・・・・」








 学園の職員室にて彼は独り言をこぼす。






 聞こえるようにしている。彼は勇気を振り絞り、ただ偉そうにしている。






 自分の頭に指を当て、軽く首をかしげる。無表情で人形のように、されど悩む子供のようにジェスチャーを加えてわかりやすくする。








「・・・・これは結局子供が引き起こした事件でしかない・・・・でも大人がそれを利用するわけかな・・・この学園は権力が届かないといっていますが・・・実際は権力がある・・・学園で権力を持つ人がいるなら・・・外にも権力はある・・・治外法権など・・・夢物語。なら、大人なら子供の我がままにどう対処するか・・・・・モンスターペアレントと普通の親。・・・過保護な親の場合・・・・・・・」




 前の世界での常識を持ち込み、またかつて軽く調べた事件の記憶を片っ端から引きずり起こす。どういった事件があったか。どういった歴史があったか。とにかく調べた。






 人間は歴史を繰り返す。それは小さな事件一つとっても同じことの繰り返し。それを必死に小さい影響下にするよう努力してきたのが法律なのだ。この世界にはまだない。知識は彼がこの世界に持ってきた。






 多種多様な可能性をとにかく脳裏で探す






 そして彼は。








「・・・・・皆さん・・・僕の予測ですが・・・きっと何かが起きます・・・どうしようもない場合、外から連れてきていいですか?」








 彼の問いに答えるものはいなかった。彼自身は答えが見つかっていない。しかし必要な手は多ければ多いほど良い。






「・・・言い方をかえます・・・連れてきます。・・・アーティクティカ様にはあとで確認をとります・・・みなさんは納得して受け入れてください。・・・認めてくださるなら、先ほどの暴行事件、貴方方が起こした事件は見なかったことになります。・・・アーティクティカ様にもばれることはないでしょう」






 彼は断言し、そしてその発言に狐顔の男が驚愕の表情をし、彼の袖をつかんだ。






「か、勝手にしていいのお兄さん!?相手は小国といっても侯爵だよ?しかも名高きアーティクティカだ!報告もしないのも、勝手に連れてくる確認も相手を選ばないと!」






「・・・アーティクティカ様は、子供の振りした大人なので・・・きっと許してくれます・・・それに、この事件、子供の我がままにしては少し影響力が高い」






 彼でもわかる。権力者とは絶対でないのか。侯爵の娘アーティクティカを伯爵が罠にはめる。また苛め問題に発展させて、影響力をそぐ。しかしそれはあくまで学園内の出来事でしかない。学園内で影響力を下げても実家の影響力は下げられない。






 もしだ。




 学園の出来事が外に影響を及ぼすのであれば。






 及ぼすことに発展するのであれば、単純な子供には不可能だ。子供が自主的に罠を作り、影響力を拡大させたとしても続かない。それを外で持ちだす、外側の大人が必要だ。






 彼は用心ぶかい。




 今まで人を見てきたからこそわかる。ああいった人間はその場限りの快楽をとる。それがカルミアであったり、恋愛と権力の重みに耐えているかのような姿をみせたローランドであったりする。しかし学園であった関係も外では続くことは難しい。続いたとしても、誰も納得はしない。






 続かせるならば、アーティクティカを排除しなければいけない。文句を言うのも、罅をいれるのもカルミアの邪魔もローランドの邪魔もするのは全部アーティクティカだ。その場で快楽をとる人間は、その場限りの発想で邪魔者を排除するに決まっている。






 だが起きていない。






 その場で王族を奪うカルミアが、手を出さないわけがない。罠をはめて侯爵を貶めていたという前提条件の知識。侯爵を苛めの容疑者としても、王族を奪ったとしても先はない。先を考えない短絡的な快楽主義者。






 間に挟むのが一人いる。






「・・・・ソラ」








 もし短絡的な思考をもつカルミアが行動に動かないのであれば、間にはさまった奴がいる。その気持ちを揺らし、ベラドンナの排除でない方向に誘導したものがいる。カルミアは短絡的快楽主義者。ほしいものを手に入れるコレクション主義者。






 ソラを欲しいものとしたうえで、カルミアが動いている。






 ベラドンナを守るためにソラが動いている。






「・・・・・ソラさんという方は何がしたい・・・・」






 カルミアはソラがいなければ、ベラドンナを排除した。学園から追い出すことに成功するかどうかはともかく、排除に出ているはずだ。しかし、事前から得た情報にソラが来てから追い出し行為は少なくなった。






 ソラを手に入れようとカルミアはしている。間違いなく、それは正しい。






 ソラはベラドンナの近くにいる。ソラ自らベラドンナの傍にいる。ならカルミアはベラドンナに嫉妬し、排除を試みてもいいはず。






 カルミアから見て、ソラがベラドンナを虐める役割に見えた場合。






 その瞬間、彼は考えが固まった。






「・・・・ソラさんという人は、事前情報では子供のような子供と思っていました・・・違う、性格の悪い悪人だとするならば。・・・ベラドンナ様が・・・」






 ベラドンナを排除されては困る。カルミアの手によって排除されることは望ましくない。だからソラがベラドンナを虐めるような姿に見せつける必要があった。カルミアの気持ちを抑え、ベラドンナを守る。ベラドンナを守る理由は、カルミアの魔の手から防ぐ役割だけ。








 あくまでカルミアから守っているだけ。






 カルミアが悪評を誰それに伝えても抑制はしない。全体がベラドンナの敵に回っても抑制はしない。






「・・・そっか・・・・」








 これは彼が適任の仕事だ。彼は弱者であるし底辺である。しかし見てきた人間の数々は知っているつもりだ。








 権力者たちもただの人間。ただの人間に権力が付与されているから難しく見える。この学園において権力の闘争でなく、あくまで人間感情による争いが発動しているだけなのだ。






 権力を挟めば、人は感情を抑え込める。






 権力が無いという建前で、感情を引き出す。表向き権力が無くても裏にはあるのだ。普通は手を出さない。それをしてしまうのがカルミアの短絡的思考。ソラはカルミアからベラドンナを守る。ただしそれだけ。あとはベラドンナとカルミアの争いであるけれど、直接発展はしない。カルミアが他人を巻き込み、その他人がベラドンナを傷つけることに対してはきっと邪魔をしないだろう。






 決着をつけるのは他人とベラドンナ。








 そこに大人たちが紛れ込んだ場合も紛れ込まない場合も含め。








 彼は必要な道が定まった。


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