ローレライの火種 10
彼はハーブティーを嗜んでいる。狐顔の男を脇に座らせ、自身もソファーに座る。貴族用なのか、座った瞬間腰が沈み込む感覚。綿のような手触りと程よく体重が全体に分散されたかのような心地。快適であった。其の快適なソファーにて彼は、目の前のテーブルにカップを置いた。
そのカップはリコンレスタでも使っていたカップ。
彼の自前である。
コップの底面にハリングルッズのマークが刻まれているが、彼は気にしたことが無い。適度な品質と価格によって庶民に還元された一品。
彼は気にせず使う。ただ周りはそう思わない。その行為や物自体にハリングルッズとのかかわり、また独自の圧力、独自の勢力。過去の所業。見えない力が彼への恐怖として見える力に発展する。
ただこの場面が歓迎でも宴会でもない。会談ですらない。それこそ彼は、狐顔の男は、仕事をしに来ている。至福を楽しむ場面でもない。
その光景は異質であった。いつも異質であるが、彼のやること全て異質であるが。
彼は異質であることを自覚し、異端である以上に最低なことをしていることをしっていた。だが必要な措置だと自分を押し殺した。必要なことをするとき、誰かの評価が与えられるときがある。
成功するためならば、どんなことでもする。成功したいけれど、どんなことはしたくない。この二つのパターンがある二人の人間がいるとする。同程度のスペック。同程度の学歴、性格だけが違う。持つ者も持たない者も全て同じ。
前者は自分のために動く最低な奴。後者は臆病者や卑怯者や怠け者とすら称される。人は思いたいように思い、言いたいようにいう。そして、大体がネガティブな方針に置き換わる。
前者の人間が自分の目的のためだけに、他人を見ず一直線に立ち向かった場合でも関係が無い。誰かを助けないだけで、自分の成功に懸けている。時間が惜しく、自分のためだけに、自分の能力を使う。実際、助けられる余裕などあってもなくても関係が無い。ただ夢に走るのに精いっぱい。
しかし、このとき他人はどう思うかだ。
他人は夢に走るぐらいなら、もう少し誰かを助けてくれればいいとすら思うだろう。長い先のところに目を向けるなら、近くを見ろと哲学者気取りは語るだろう。
もう少し具体的にいうのであれば、仕事の話に置き換える。残業をしたくない。定時に絶対に帰りたい。だから休憩も削り、ひたすら仕事に励む。自分の自由を積極的に削り、とにかく定時の道を突き進む。そして、定時までに終わり、帰ろうとするだろう。そのとき誰かから残業を申される。それは自分の自由時間を確保した誰かへの協力。自分の自由を削ってまで、帰ろうとしたのに、自由を謳歌した誰かの協力。それは当然、拒否するとしよう。
そうしたら、薄情。協力を断られた誰かと、その周りの人物が勝手に思い込み、垂れ流す。
実は仕事が楽なのでないかとレッテルを張る。
残業せずに出来る仕事でいいと勝手に思われる。自由を削ってまで得た道の先は、ネガティブな決めつけでしかない。
定時までの夢を日々適えた者に与えられるのは、仕事の速さに対する評価もあるだろう。されど明るい評価と同じように暗い評価も与えられる。
後者は簡単だ。
どんなこともせずにただ成功したい。その言葉は怠け者として捉えられる。当たり前の願望は思うだけならば、無料。しかし一度口に出せば呪いの言葉。誰もが風評として、口に出したものをネチネチと叩くだろう。当たり前のことをいっただけ、当たり前のことをしただけ。
その風評を一度、自分の耳で聞けばさらにやる気は消えるだろう。
自分がやりたいこともやらず、ただ時間だけが過ぎていく。何をしても失敗しても、取り戻せる若さがあったとしても、やらず歳を追う。若いときにやらなかった挑戦は、年寄りになってからの涙に変わる。
人はそういうものだ。
彼は知っている。知識として、経験として。彼自身は何もせず、ただ適当に観察していただけだ。だが労働じゃなく、学業の場面でも見てきた。夜道を歩けば電話でひたすら謝る社会人を見た。酔っ払いが路上で一人愚痴ってる姿を見た。
働きが悪いものもいる。されど働きが良いものもいる。
しかし、誰かの評価は、決して良い方向に進んだ例は少なかった。それが彼の見解。
その見解のもとに、彼はこの空間にて寛ぐ姿を見せた。
一人の女子生徒が彼たちの前へゆったりと歩いてきた。その姿は小動物を思わせるほど、びくついている。実際、表情がひきつっているし、その目は彼の手元やソファー、テーブルなどの持ち物に視線が向いているのも理解している。
しかし言葉に出さず、表情までは隠しきれない女子生徒は彼の前で歩みを止めた。
「・・・さ、サツキ先生。これでよろしかったですか?」
「・・・僕は何もわかりませんので、」
片手で狐顔の男を指し示す。
狐顔の男ですら顔を引きつらせ、彼と生徒を見つめた。脇にソファーで座っていても気が落ち着くわけもない。場所がおかしい。狐顔の男は確かにおかしなことをしてきた過去を持つ。人を脅迫したこともある。
裏切ったことすら幾度も。
切り捨てたことも幾度も。
しかしながら危険人物としての常識は欠かしていなかった。常識人に常識でなく、危険な人間がやる当たり前を、当たり前のようにしてきた。
「おにいさん、」
「・・・質問に答えるのが先です・・・貴方は先生なのです・・・さあ職務を続行してください」
そして、彼はハーブティーのカップを手元にもった。カップのふちに口をつけ、軽く喉元をうるおしていく。
「おにいさん!!」
狐顔の男は引きつりながらも、生徒と彼を交互に見つめながらも、声を荒げた。狐顔の男が声を荒げれば、生徒はびくついた。生徒からすれば、狐顔の男も彼も危険人物でしかない。
もはや職員室で、学園の防衛戦力を排除した実力は密かにばれている。この生徒は知っていて、噂としてばらさず自分にため込むタイプだ。防衛戦力はローレライにしては質が高く、そう簡単に一人で突破されるわけもない。生徒は下級貴族であるがゆえに、同時に相手への危険度に応じて対応を変える能力を持つ。
対して、彼は耳を軽く押さえ。
「・・・しずかに、皆さんが集中できないでしょう・・・」
「そういう場面じゃないって!ここ学園だよ!ローレライとはいえ、国家が運営する学園だよ!貴族や王族、平民も集められて暴動も起きてない管理された場所だよ?!わかってるの?!」
「・・・わかっています」
「ここさ!ここで今何やってるかしっているの?」
「・・・ええ、見ればわかります。・・・授業をしています。・・・学園の庭で、広々とした環境で皆さん魔法の練習をされています・・・それが何か?」
ごく自然に彼は狐顔の男の問いに答える。人形が人間のふりして、淡々と事実をかたる。その姿に躊躇いはなく、その姿に変化はない。
ローレライの学園。その校庭で、二つのグループにわかれ、一つの練習の授業を行っている。一つは平民だけが集まってできるグループ。一つは貴族や王族が集まるグループ。それは魔法。火の魔法でも水の魔法でもなんでもいい。一人ずつ前に立ち、その後ろに一列となって生徒が並ぶ。得意の魔法を一つ放ち終えたら、最後列に並び直す。シンプルなルールだ。それをひたすら繰り返し、連続で魔法を放つ訓練。
貴族や王族側のグループも平民も一人ずつやるルールは同じ。一度魔法を放ったただ平民の魔法が貴族側に飛ばないように距離を開けた状態で練習をしている。またその間に教師が一人たって警戒している。平民からの魔法。貴族が平民に対しての魔法を防ぐために間に教師がたつ。
その貴族や王族と平民たちの間で、それぞれのグループの最後列より少し離れた場所。彼と狐顔の男はソファーを持ち込んで寛いでいた。各グループの中間の後ろにて彼はハーブティーを嗜んでいる。
そして生徒は貴族側から来たものだ。一度魔法を放ち、彼の実力を知ったからこそ評価を知りたいと多い訪れた。恐怖に耐えながらも、ただ愚直に自身の真価を狙う下級貴族。
異質で、ふざけた態度の彼に対し怒りを覚えるものはいなかった。無表情で人形な時点で異質。人間のくせに人形のように感情も気配も薄い。気付いたときにいて、気付いた時にはいない。無知なわけじゃなく知識を持ち合わせているのは独自性の礼儀の正しさが証明する。礼儀とは品格を表す、知性を示す。
彼は人形にして人から恐怖を感じ取られても、この授業で怒る者はいなかった。ただびくつくものたちは多数いた。
生徒が固まり、彼と狐顔の男を見やる。その姿を彼は気配で感じ取る。生徒に恨みはない。感謝もないが、子供を虐める嗜虐性は持ち合わせない。
待つという行為は、誰かからの視線を集める。貴族が彼の元に来るだけで視線が集まるだろう。彼と狐顔の男に質問をし、答えてもらえず待ちぼうけをうける。その生徒の背中にどれほどの視線が集まるだろう。授業なのに、ソファーを持ち込むものたちだけで視線を集めるのに、そんなやつの前で待つ生徒は恥をどれだけかくのか。
人はただ待つだけでも人の視線を気にする生き物だ。バス停でもレジを待つでもいい。後ろの視線、前からの人間が横目でチラ見する視線。隣からの視線。通りすがりの人間の視線。何気ないものでも、視線は必ず集まる。何を思われてなくても、誰かは必ず自分を見る。
それがこんな光景であればなおさらだ。
それを一瞬で思い立った彼。この状況は生徒のためにも良くない。これはあくまで自分のため、彼自身が目的のために程よく妥協した手。そこに成長しようとする子供を巻き込んでいけない。
狐顔の男に対し、少し眼光を鋭く細めた。
その瞬間、沸騰しかけた狐顔の男は真っ青となって、お湯から水へと急転するように表情を色変えた。
「・・・生徒さんに迷惑をかけてしまいます・・・メインは貴方なんですから」
狐顔の男は彼の視線から逃れるように少しソファーからずれた。そして彼を極力見ないようにし、生徒の方へ向き直る。しかしその様子は狐顔の男が彼から脅され、恐怖で従う姿でしかない。スラムとはいえ大国の貴族。それが彼という平民に指示される。同じソファーで座り、平民はハーブティー。貴族は何もない。
だから、権力とは社会的立場だけじゃないことを実感させられる。
彼が生徒に配慮した形。狐顔の男ですら躊躇う奇天烈行為。平民が貴族に指示。権力の別の形。それを見せるだけで訪れた下級貴族の生徒にとって良い勉強になっていた。決して平民が貴族に負けるものでないと生徒が学ばされた瞬間でもある。
しかし今は魔法の授業。
狐顔の男は口を開いた。
「君の使った魔法は良かったと思う。風の魔法だっけ、小型の竜巻が8つに展開するなんて制御すごいね。威力を発揮する系じゃなくて、緻密な魔力制御が得意だと理解したよ。うん。ただ、それの出力を少しでも上げると破たんするね。展開も竜巻の移動も上手いと思ったけど、君あのとき結構きつかったでしょ?無理せず、かといって長時間できるものじゃないと判断したよ。魔力量が結構少なく感じるかな、最初は良くても最後らへん維持するだけで精一杯だったでしょ?だから当面、魔力量を増やすことから始めようか。制御はすごい。ギリアクレスタ・・・まあ俺のところでもそれほど制御できる人間は少なかったから誇っていいよ」
ただ彼からの指示であっても、狐顔の男はやることはやる。怯えていても、恐怖していても見る目だけはある。魔法を使えなくても、使える人間はたくさん見た。そいつを脅して部下にして、組織を巨大化させてきた狐顔の男。
人選はそれなりにできる。
相手が年下。年齢は近いが年下。狐顔の男は当たり前のことを当たり前のように言う。ただし若干心も読んだ。魔法を発動する際、発動している間の心を勝手に読んでもいた。キツイといった悲鳴を読み込み、それを制御だけで精一杯と評価と言葉を代えた。
しかしながら、その評価を見た生徒はハッとしたようだった。自分の能力。自覚はあるが、誰かから認められなければそれが正しいかわからない。本人は薄々気付いていたけれど、実際は間違っているかもしれない。それがわからないから、誰かの評価を求めた。
そういう悩める思春期の子供。
狐顔の男はいつもならば、その先に脅迫材料を見つけようとするだろう。だが彼がひたすら狐顔の男を鋭く観察しているのだから何もしようがない。悪いことを企めば、それ以上の恐怖が報復として訪れる。実際にやっているし、実際にできるのが知性の怪物。
生徒は第三者の評価を得て、自身を得たのか。
そこに彼が一つ付け加えた。
「・・・あと貴女の良いところを付け加えさせてください・・・貴女は・・・恥を駆ける人だ・・・決して悪口じゃありません・・・挑戦を恐れず・・・自分の力を自分で評価できるように思える人だと感じました。・・・第三者の支点というのでしょうか・・・自分を他人の目で見てここが駄目だと感じとれるのでしょう・・・自分が駄目だと感じたら、そのまま素直に修正する努力をしても失敗は少ないかと思います・・・」
「ありがとうございます」
女子生徒が礼をいう。それは感謝をこめたようなものだ。
その彼が言った評価は、人の視線を気にしない。貴族が彼の元へ来るほどの勇気。また自身がなさげでありながら学欲に忠実そうなところ。小動物っぽくても、子供であっても、成長しようとするものは形として現れる。それを彼が感じ取ったから適当に言葉を当て入れた。
されど彼はつづけた。
「・・・しかし・・・一つ悪い点があります」
少し最初に覇気を込めるようにつづけた。
「は、はい」
「・・・貴女、僕やギリア先生に対して、試そうとしましたか?」
「っ!?」
彼は狐顔の男から視線をそらし、女子生徒に向けた。無感情なまでの無表情を向ける。その眼光にあるのは冷酷なまでの無。されど片目は煉獄を思わせる灼熱の赤。灼熱の赤は、人の不幸が凝縮されたかのような禍々しさすら感じ取れる。
彼は女子生徒に対し、ただ尋ねた。
「・・・ためしましたか?」
彼の問いに対し女子生徒は俯いた。視線を下げ、彼の足元やソファーをみるようにしていた。彼の問いに、狐顔の男からの疑惑の視線が向けられることに対してから避けていた。
されど黙ってはいられない。女子生徒は下を向きながら口元をびくつかせて答え出した。
「ため、ためしました」
学園の防衛戦力排除。授業の奇天烈ソファー観戦。また自分の魔法に対して、生徒の魔法に対して興味があるかどうか。この学園にいる資格があるのか。アーティクティカに呼ばれるほどの人間。高名かどうかはともかく、知りたかった。
どれほどすごいのか。どれほど大したことないのか。その判断をするために試したかった。恐怖はあるし、怯えもある。されど試さずにはいられない。
「・・・正直にどうも・・・まあ試したことに対しては特に思いません・・・ですが・・・誰かを試す行為はばれない様にしたほうがいいと思います・・・・」
挑戦は、努力は、自己研磨は、自分だけじゃなく他人の評価が必要だ。他人が認めなければ、自分が認めても大したことはない。自分が認めたからといってすごいわけじゃない。すごいという評価は他人の目を介して初めて偉くなるのだ。
だから彼は怒らない。
子供が大人を試すのは良くあることだ。愛情表現を確認するため、親を試したり。教育的環境での信用できるかどうか教師を試したり。
自分に使えるかどうか、利用できるか試したりと。
「・・・貴女は、少し意欲的すぎる。・・・かといって小心者すぎる・・・小心的で意欲的。・・・独善的さが多少あるかなと思います・・・それはとても良い個性だと思います・・・でも、貴女ならもっとうまく綺麗に試せるかなと思います・・・・」
「・・・はい」
彼は淡々と過去の経歴からの予測を持って突き立てる。女子生徒は彼が自分の性格や個性を読み当てたことに対して否定はしない。事実あっているし、逃げようにも逃げられない。実力があるから言うのだ。普通自信がなければ、実力がなければ人の都合が悪いことをいうなどあり得ない。不躾な人間や不作法な奴、無礼なもの、無知な輩などであれば、別だ。
無表情の人形であったとしても、確かに知性があることがある。防衛戦力を排除できるほどの実力、それを前提としたうえでの知性。
そんな彼の前に女子生徒が否定などできるわけもない。できることを、上手くやれといわれているだけのことなのだから。
「・・・人にはばれない様に試すこと・・・これを一つ心掛けると適度な良好関係を隣人と築けます。・・・あと僕個人は嫌いな言葉ですが、でも貴女になら掛けても負担はないと思うので言ってよいですか?」
彼は淡々と聞き、女子生徒はその彼の発言に対し、一歩下がったように警戒を示す。何の言葉か、何の警告か。ただわからず、狼狽したように、警戒するしか女子生徒はできなかった。
しかし返事はする。
「はい」
対する彼の言葉など軽いものだ。
「・・・頑張って。頑張る人に頑張れっていうの個人的に・・・嫌いなんです・・・ただ貴女は人を試してまで頑張れる人なので・・・試された人間からですが、貴女を頑張れと応援します・・・そのぐらい受け止めれるでしょう?・・・」
そして、彼は話を終え、ハーブティーを口に含んだ。
女子生徒はあっけなく終わったことに、ただ茫然とした様子で立伏せた。しかしすぐ再起動をかけたかのように表情を引き締めた。
「はい、頑張ります」
「・・・ほどほどにね」
授業は女子生徒が来てから、そこから何人か訪れた。その人間の能力の有無を狐顔の男が言い、人間の個性の話を彼が言う。その流れで魔法の教育者である教師の話はほどほどに、彼と狐顔の男を優先して話を聞きに来た。
そして、防衛戦力が彼によって無力化された情報。それが一部の者たちから半分以上の者たちに流れた。
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