彼の活動 4
広場で女性、少女は待たされていた。人の目が付くこの場所ならば一人だとしても、犯罪行為に巻き込まれにくい。女性とはいえまだ少女という言葉が付く未成年。さすがに子供にナンパをしかけるものも、無理やり連れだす輩も少ない。
人前で。
人の目がある広場で。
堂々と犯罪行為を行える愚か者はいないはずだと。
されど、例外がいる。周りの目があっても、例外がいると話は別だ。関われば、邪魔をすれば、不幸を恐怖を痛みを持って報復する例外が。
人の目を気にすることなく、ためらわない。
この広場に最近いる例外。
広場の通りには活気があり、人の流れもある。たくさんの笑顔と商売する露店や店前で客引きする店員たち。色々な商売人と、お客の立場が見て取れた。
だがそんな人間も広場には立ち入ってこない。正確には広場の一角において立ち入りを自粛している。
そこは例外の立ち位置。毎日、毎回同じ場所の石段に座って、無表情を浮かべるだけの例外が。今はいなくても、誰も立ち寄らない。近づかない。
そんな場所に少女は立ち尽くしている。浮かべている不安の表情も隠せずに、ぎゅっと上着を握りしめている。
一人で待っている。それを周りに見られている。何をしているのかと興味を持たれている。それは思い違いではない。確信できる、興味を持った目が通りから、少女が立つ広場のあちこちから。
その目に何故か哀れみが浮かんでいることは疑問ではあれど。
犯罪行為に巻き込まれにくい。人の目がこんなに通るのだから。
犯罪行為があるから怖い。それもある。人の目が沢山あるから恥ずかしい。それもある。
少女の耳に足音が聞こえる。何故か今まで小さかった足音が、近づいてくる。複数の足音、石を踏む音と巨大なものが地面をどしどしと踏む音が。小柄なものが放つ音が複数と。
少女の周りには商人も民衆も近づいていない。その立ち入り禁止区域にて。自粛して、暗黙の了解となった禁止の一角にて。
「…おまたせしました」
形式的な謝罪が少女の背中に届く。聞こえていたのは背後から、後ろを見ることなくも正体がわかってしまう。この独特な間をあけた声。
少女はびくつきながらも振り返った。
人間の男はいないでほしい。振り返る最中そんなことを思っていた。彼の言っていた、仲間とは魔物のことという言葉が嘘でないでほしい。
そういう祈り事。
だが、人間の男たちが仲間の方がよかったと。
振り返って少女は思った。
少女から少し離れたとこに、無を現したかのような彼が立っている。その背後に人間の男ではなく、魔物とやらがいた。一匹ではない。
目を小さく見開いて、少女は固まった。
一匹ではない。
黒き巨躯を持つ4足の獣、トゥグストラ。討伐ランクも上位の冒険者たちがパーティーを組むほどの危険生物。魔法耐性を強く持ち、服従させることのできないことで有名だ。
人間の子供のような顔を持ってこそいるが、背中に生えた複数の蜘蛛の足。人間であれば二足あるのだが、それを持ち合わせず代わりに背中と同じような蜘蛛の足が複数。
アラクネ。
豚鼻を持ち、人型の魔物、オーク。
うろこ状の皮膚を持った青いトカゲ。リザードマン。
小鬼のゴブリン複数、子犬のコボルト複数。
「に、人間では…た、たしかに」
人間では確かにない。少女の喉から出かかった言葉。トゥグストラは誰にも支配されない、暴走行為をもたらす破壊生物。アラクネは魔物たちの中でも知性と残酷性を突出させた生物。
オーク、リザードマンはまだわかる。ゴブリン、コボルトもよくわかる。
学校で習うことに義務のような教育がある。ゴブリン、コボルト、オーク、リザードマン。それらの生活環境と、生活習慣。どういうことをして人間に被害をもたらすということかも。
だが、習うことの中で。
危険だと、一人で戦うなという魔物を学校で習った。その魔物の死骸を凍結させたものを、何度も見せられた。それを見せるたびに、教師は戒めた。
トゥグストラ。
アラクネ。
破壊力と人間では抑えきれないトゥグストラを。獲物を貶めて心を甚振る性悪なアラクネ。ランクAの強大な魔物たちを二匹つれて。
両手を背に回した彼が言う。
いつも通りの挨拶かのように。
「…安心してください」
過剰な戦力をもって。静かに彼は告げる。
(何を!?)
こんなやつらを連れて、何を安心しろと。少女の心が叫ぶ。声にも出せない、悲鳴が上がる。
「・・・」
ひきつった少女の口は、ぱくぱくと開く。だが声に出ない。思考が止まり、息すら止まりそうにある衝撃。
ほかに少女の心を襲う出来事があれば、砕けてしまうだろう。
「…これで問題はありません」
彼の声が事実を淡々と言い放った。
少女が何をしようとも。
抵抗しようとも。
問題はない。
その言葉に、少女の目から輝きが消えていった。先ほどの未遂事件のときよりも、彼が冷酷な殺気を飛ばして脅していたときよりも。
「…はい」
少女は俯いた。人の顔を見ながら会話するのが礼儀である。それを忘れて、ただ放心していた。心が叫んでいた自身の感情が抜けていく感覚もある。身近な感情が、遠くあることのように。
この広場の例外は。例外の暴力をもって、少女の心を鎮圧した。
少女の持てる力全てで、反抗しても問題はない。片手間で対処できる戦力をもって、踏みつぶしてやるぞと言われた気がした。
暴行未遂犯が受けた恐怖。彼が暴力犯に行った脅しが、見ていただけでも恐ろしかったのに。男から振るわれた暴力も痛くて怖かったのに。
これとくらべればなんてことはない。
少女の目に映る、過剰な暴力たち。魔物のトゥグストラは少女に一瞥しただけで、興味をなくし。アラクネは、にこにこと笑みを浮かべて少女を見つめるばかり。
他の魔物たちはトゥグストラと同様に、少女に興味はない。だが、アラクネだけは少女に興味津々のようだった。知性をもち、魔物たちの中でも残酷性が高い魔物が。
「…」
少女は泣きそうだった。未来が、自分の未来が。簡単に散ってしまう現実に。彼という存在の機嫌をそこねれば。魔物たちの機嫌もそこねれば。
自身の命も尊厳もなくなってしまう。
感情が死んでいく。諦めに近い絶望が、少女の心を浸食していく。
「…どうしました?」
彼が尋ねる。
無表情で、形式的に。圧力すらかけていない。かける必要はないといわんばかりに。そして何事もなかったかのように、尋ねている。
何かあったか?
そんな彼からの問いに。
反論できずに。強大な魔物たちを見せられて、言外の脅しをかけられて。
被害者になりたくない。
先ほどの被害者にも勿論なりたくない。だが一番なりたくないのは、彼の被害になりたくない。
それが口を紡ぎ。感情を押しとどめさせた。
言えたのは。
「…いえ、なにも」
何もない。自身には。自分の未来は散るのだ。
目は死んだ。表情は死んだ。年相応な笑顔も、利発そうな表情も。すべては闇の底。
殺されるなら、楽に殺されたい。そうなるには、順調に物事を進めなくては。甚振られることより、楽に命を落とす。そう諦めの境地からか。
少女は会話を切り出した。
「ギルドへいそぎましょう」
死んだ目で、表情で。少女は促した。目的は端からギルドだ。順調に、慎重に、丁寧に物事を進められればいいのだ。
そうすれば。
簡単に殺してもらえるはず。
遠い明るい未来は、近い闇の未来になりかわった。
そんな少女の様子を見て、彼は顎に手をやった。いつもの振りではなく、本当に考えるように。
(…これ、いけないやつかも)
先ほどの暴力事件が後を引いている。時間がたてばたつほど、恐怖が痛みが心を支配する。事故も後から痛みがくるように、少女にも訪れているのだ。
子供には重すぎたと。
他人に一切興味のない彼が、本気で心配を覚えるぐらいには少女はおかしくなっていた。
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