第24話 本選 2

彼が戦いの場から立ち去って、2分後にクキは立ち上がった。この会場の救護班の力を借りず、またクキ自身も傷を治すような魔法などはつかった様子は無かった。

 ただ立ち上がり、腕を回し、感覚を確かめた。牛さんに折られた肘も復活し、また頭突きを食らって混乱していた脳も今は回復している。

 クキを救おうとした救護班も少し驚きの顔をみせていたが、それは気にすることではなく。



 クキは戦闘スキルが使えない。ましてや魔法なんか使えなかった。ただ肉体一つで生きてきた。それに偽りは無い。

 唯一つ、己の治癒能力が秀でていた。怪我をしても数十秒もしくは数分の間に再生が行われるという自動修復機能をもちあわせていた。

 腕を折られようが、ちぎられようが。

 必ず回復する。血がなくなろうとも勝手に自動的に作られる。


 怪我でずっと動けなくなるということは一切なかった。


 だからこそ、肉体の限界を超えて活動することができた。鋼鉄の肉体を持つ魔物を素手で吹き飛ばす火力を出して、骨がいかれても数十秒で治り、参加者たちの猛威も怪我をしたとすれば即座に再生を繰り返し、ここまで勝ち上がった。もともと、並外れた肉体を持つクキには弱者の攻撃は届かない。だがこの予選は雑魚だと思っていても人は集まる。

 それなりの実力をもった参加者たち。

 一体一では余裕で勝てる。片手も必要ない。指一つで並みの冒険者とかなら粉砕できる自身はあった。

 ただそれでも数の暴力の前にはいくら人外のクキでも怪我はする。だが動けなくなる前に再生する。


 


 ただ、今回の本選においては自慢の治癒能力は追いつかなかった。クキの再生能力は重要な部分を優先して行われるのだが、頭部に頭突きを受け続けた結果、頭に深刻なダメージがいっていた。生物として大切な機関の脳が何事にも優先される。それが壊されれば、生命が途絶えるからだ。

 頭を優先するあまり、肘はほっておかれていた。


 その再生速度よりも、口を一回開くほうが速いのは当たり前のことで。

 口を開いた瞬間、牛さん連続頭突きを敢行し続けた。


 結果、動けなかった。


 のしかかったままだったらクキは簡単に反撃に出たのだろうが、そうは甘くない。容赦が無い彼の魔物は生物としての弱点をつき続けた。回復しそうになっては頭突きをくらう。

 頭突きスパイラルに陥った時点でクキに勝ち目は無かった。それでもあの程度ではクキは動けないだけで、死ぬことは無かった。


 もし命のやり取りがあるのであれば。


 体力がつきるまでやりあったとすれば。


 勝ち残るのはクキだ。いくら魔物でも飲まず食わずでどこまでも張り合えるわけではない。クキの命をとろうにも、トゥグストラの力でさえもそこまではいかない。骨は折れ、肉体は欠損するだろうが。


 それでも殺すまでにはいけない。クキの体は再生能力だけではなく、魔物と渡り合えるほどには鍛えている。鍛え上げた体は怪我はしても、簡単に突破できるほど軟くは無かった。


 それは時間が無制限の話。


 でも。


 大会は時間制限があり、その中でクキは勝てないと悟った。それを脳震盪で動けない状態で考え付くのだから人間をやめている。



 しかしクキは口端を鋭くゆがめていた。負けたことに悔しさは無く、むしろすがすがしかった。

 別に人生はじめての敗北とは言わない。何回も負け続けて、それでも努力して上へ上へと上り続けてきた。

 今はSランクという強者の位置まできた。Sランクになってから一介の魔物にやられたというのであれば、初めての経験だが。


 ただの魔物ではなく。


 彼という大会の参加者にまけた。人外の化け物は、冒険者たちから恐れられてきた人間は、敗北をきざんだ。

 観客たちの前で。

 無様に降伏をした。

 勝てないといって潔く敗北を認めたのは。


 久しぶりのことだった。


 ただうれしくて仕方が無い。


 敗因はわかっている。己が油断し、隙をみせた。それを見逃すほど甘い敵ではなかった。無表情で何を考えているかわからなかった彼だが、その表情の裏では戦いをどういう風にするか考えていたのだろう。


 一切表に出さず、勝負は最後までわからない。そういう意地を突き通した彼と緊張の糸がたるんだクキでは。


 勝てなかった。


 たったそれだけ。


 それをクキ相手に行えたのだから。いくら油断をしていたからといって、並大抵のものにできるわけがなく。


 己相手に実行できたのだから。


 賞賛に値した。




 

 観客席は混乱の真っ只中だった。民衆がごみを投げつけた相手がすぐ近くにいたからだ。自分たちがやった行為に関して報復されるという考えが観客たちにはあった。

 彼自身はいつもの無表情で観客を道端の石ころ程度に見るのに対し、彼の配下は今にも殺してやるといわんばかりに睨みつけているからだ。


 彼自身は気にしてはおらず、少し騒がしいなぁとしか思っていなかった。ただ次の試合が気になるからこそ。


 指定席になりつつあるところに座っていた。もちろん周りの席には誰もおらず一番後ろの席で群がるだけだ。


 ただ何時もとは違い、顔を真っ青にしていたのが気がかりだった。その程度だった。


 後悔先に立たずとはいうが。


 観客たちもそういう後悔の念におちていた。もう少し抑えていれば、こういう思いをしなくてもすんだのに。


 そういう感情を持ち、次はしないという反復作業が心で行われた。クキという人間の実力は観客たちが一番しっている。前回の大会での優勝者だ。その男が敗れた以上、彼を止める実力者はもういないとさえ思っていた。


 まだ命はある。


 だが次はないかもしれない。ときおり頭をさする彼の挙動にびくりと観客たちははねた。少しの動きだけで、心臓が止まりそうになる。


 もういやだ。


 謝ります。


 だから許して。


 観客たちは自分の行いを口には出さないけれど、そう思っていた。



 ただ何もせず。


 何もさせず。


 ただ地獄のような鑑賞会がそこにはある。







 第一本選の第二、第三、第四グループの試合が終わり、彼は帰路についた。最近は見慣れつつある町並みではあるが、いまだわからないことばかりだった。


 何が産業とか。


 有名なところとか。


 そういう観光気分が少しあった。大会の準備期間や戦い間近のときは参加者たちであふれていたこの街も、今はすくなくなっていた。ただそれでも、商人やら試合を見に来る人間は多いが、戦う人間がいないだけで少し街の空気はすんでいた。

 危険な人間がいるだけで、居心地は悪いのだ。


 観客たちは彼に対してそう思っているのは気づかなかった。


 本選まで勝ち残り。


 少し彼に余裕ができていた。


 しいて言うならば、ベルクという町のことを考えていた。 

 ホームシックというわけではないが。

 少しだけ恋しかった。


 この異世界での故郷はベルクだ。その故郷を懐かしんでいた。短い期間しか離れいないというのに、なぜか寂しかった。


 この街に長くいれば、今度はこの街が恋しくなるのかもしれない。


 通りを歩いていると、大きな木の看板をみた。文字は何と書いてあるのかが読めないが周囲の人間がそれを読みはしゃいでいたのを見ると面白いものなのかもしれないと少し興味がわいた。



 大きな看板の主。

 それはパン屋だった。このオリニクの街では闘技場以外に特に目立つものは無く、大会期間中でなければ人が少ない寂しい街だ。その街でも大会以外娯楽はなかった。

 そこで代わりの心の安らぐ場所を人々はみつけた。


 食事。


 食事は何があっても人を裏切らない嗜好の時間だ。その時間を精一杯楽しもうとした考えは、この街において食事改革がおきた。いろいろな既存の料理をいかにおいしくするかという革命。誰もが誰も料理に本気をだし、実力に自身をもった人間だけが店をだした。


 そういう街の人々の意思が、利益をよびこんでいた。大会の参加者だけではなく、何も行事がないときも人の足は途絶えない。

 料理を口にしたい。

 この街の料理を食べたい。

 そういう人間がこの街を訪れ、食事をする。


 たかが食事。


 でも人生で考えれば、限られた回数しか食べられない。生きるのは流れ作業みたいになっているが、食事だけはそうはいかない。食べたいもの、食べたくないものが気分で気まぐれに変わるものであるからこそ、人は手をぬきたくないのだ。ただ、作るのが面倒という考えも少しある。


 そういうときは店で食べればいい。このオリニクの食事改革は値段は安く、うまいというのが売りだった。ベルクの街で食事を取るよりも安く、なおかつおいしいのは彼がこの街を好きになりそうな理由の一つだった。


 だがレストランでもそうだが。


 彼は最近、安い宿の食事が取りたいと思っている。しいて言うならば異世界で初めて住んだ宿の食事は、故郷の味とすら考えていた。


 だからこそ、長くはこの街にはいない。


 自分の居場所はここではないのだ。


 そう思っている。



 あたり一面のパンだらけ。パンに囲まれた空間、いろいろな種類のパンがあり、彼は適当に取り、トレーにのせた。人がたくさんいるので息がつまりそうになれど、それを美味しそうな匂いが苦しみを開放する。


 魔物たちは外で待っている。さすがに魔物を中に入れると衛生面でこの店に迷惑がかかるかもしれないと思ったからだ。

 いや、魔物たちはしっかりと水あびをさせてしっかりと体は洗っている。だが戦いの帰りで暴れた牛さんとかは少し汚れていた。そういうのもあり、彼は中に入れなかった。


 オークもリザードマンも例外は無い。牛さんが入れないのに、2匹をいれたらすねるだろうし、他のお客さんが怯えてしまうかもしれない。心遣いは一人前だった。

 適当に乗せ続けた結果、トレーは満杯となった。

 トレーに乗せきれなくなったため、会計を行うことにした。誰もまだパンを悩み続けているようで、会計場所はすいていた。

 一番お先に。

 笑みがたえない優しそうな店員が出迎え、パンの数と金額を計算する。彼は財布を懐からだした。

「銅貨7枚です」

 店員は告げ、彼は払った。

 渡された紙袋を受け取り、店員に背をみせた。

「ありがとうございました!」

 うれしそうな声が背中にかかり、何か良い気分で店をでた。


 このオリニクの食事改革を行う人々にとって、大会は別に興味がなかった。ただ食事をしてくれる人が増える程度のイベントとしか思っていない。

 だからこそ、彼は普通に買い物を行い、気疲れすることなく店をでることができる。ここが他の街がイベント会場であったなら、彼は一切外食何かをすることはなく、早く逃げたいと思っただろう。

 いってしまえばこの街は料理人にとって。


 料理馬鹿にとって。


 天国だった。


 そういう話。



 彼は会場の受付となった広場にやってきていた。今は受付の看板は無く、ちらほらと人々が憩いの場でのんびりとすごしていた。


 彼は石段にすわり、買ってきたパンを袋からとりだした。たくさん買ったため、袋は大きく、取り出すのは簡単だった。オークとリザードマンに適当に手渡しし、彼も大きいパンを一個とった。

 牛さんは彼の手からじゃないと食べない。大きそうなパンを二つにわけて、一つ牛さんの口にもっていく。大きく口が開き、その中にパンをいれた。


 牛さんはそのとき彼の手を舐めないという技術をもっている。


 べとべとになったり、手が汚れると主人はすぐに手を洗う習性をもっている。この場所で水がある場所は中央にある噴水ぐらいしかない。そこまでいかせるわけにもいかないし、洗わなかったら買って来たパンは食べないであろう。

 それはまずい。

 食べれないから、嫌いなるかもという極論はありえないが、そうなるかもしれないという危惧した牛さんの努力によって、何とか彼の手を汚さないように覚えた。


 もう一つの片割れは彼が食べる。牛さんと仲良く半分こという形だった。ただ和やかな時間がそこにはあった。ただ食べて、なでる、変わらぬひと時、休息の時間。


 明日は第二本選だというのに結構、暢気な一行だった。





 宿に着き、厩舎まで牛さんを連れて行った。途中名残惜しそうに彼に頭を押し付けるも、すぐに離れた。牛さんなりのコミュニケーションのあと。

「もーもー」

 これは牛さんなりの挨拶だった。大丈夫という鳴きの後、彼は立ち去った。異世界で一番彼と長いのは牛さんだ。すこしばかりではるが牛さんの感情も彼にはわかる。

 牛さんだって彼が大体どういう行動をするのかわかるのに対し。

 彼だって牛さんにとってどんなことが良いのかはわかる。



 一人と一匹、種族は違えど同じ家族で、友達だ。通じ合えるのは当たり前で、逆にわからないのがおかしいのだ。


 彼と同じ部屋で住むオークとリザードマンには多少嫉妬もするが、その分外に出たときは彼を独占できるのは自分なのだから無理は言わなかった。逆に少しだけオークとリザードマンに申し訳ない気持ちもあるくらいだった。


 牛さんが彼と一緒にいたいように。


 オークとリザードマンもそうなのだ。


 それは牛さんもわかっている。なにせ彼の次に繋がりがある家族だ。ある程度の感情ぐらい予測できる。その二匹も彼にいっぱい構ってほしいと思っているのは知っていた。


 だからこそ。


 外で十分彼を堪能して、オークとリザードマンにあげる。ただ彼に構われ続けていたら本気で嫉妬する。そのときは怪我をしないていどに苛めてしまうが。二匹は別に悪くは無い。



 暴力はいけないことだけれど。


 わかっているいるが、やめられない。


 感情は時に暴走するのだ。


 そこには理性があり、怪我をさせない、草をだめにしないという意思の元感情を爆発させる。



 一般家庭でのわがままなお兄ちゃんの姿が牛さんにはあった。




 本選は第二回へと進んだ。

 トーナメント形式で行われる戦いではあるが残り4名。その第二回でも最初を飾るのは彼である。


 入り口付近で待機させた牛さんとオーク。彼は今回は牛さんは使わない。牛さん無双でも面白そうだが、相手で有利なのを選ぶならばと少しでも考えた結果。

 リザードマンを選んだ。

 そのリザードマンはえっ俺と予想外といわんばかりの反応だったが、牛さんに軽くにらまれて、予想してたという態度になった。そんな道化のリザードマンと彼は一緒に戦いの舞台へと向かった。


 今回の相手は第二グループの予選の勝利者の人だった。小柄な体格であったが、遠くでみたときは種族も性別もわからなかった。


 だが今ならわかる。


 今二人は向かい合っていた。


 耳が長く、美しい容姿からエルフと断定した。慎ましいながらも胸部が膨らんだ鎧。その鎧は皮でできているようで、軽く丈夫な防具でありそうだ。性別はそこから女性と推測した。


 なぜかエルフは彼をにらみつけている。まるで親の敵といわんばかりの表情だった。


 エルフは彼に指をさした。

「あたしは!あんたに負けない!!仲間の仇とらせてやる!!!」


 仇?


 よくわからないが。


 エルフはそうして自分の武器を取り出した。自分の感情を表すように荒々しく剣を一回その場で縦ぶり。予選第二グループを観戦したときにみた剣を抜き、構えた。

 リザードマンもそれを見て構える。


 まだ勝負は始まっていない。


 なのに。


 もう準備をするとは、気が早いエルフだった。


 エルフ族は少し面倒なのが多いのかもしれない。


 鐘がなるにはまだ少し時間があった。その時間を利用して彼は上を見上げた。空は変わらず青く、雲はゆったりと流れている。


 いい天気だ。


 そう思ったとき、鐘がなった。


 試合が始まりをつげた。

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